RPG 魔人ブルズアイSS   - ある年老いたブルズアイと、ももっちの物語 - 「そういえば。」   北方の暗黒帝国グリナテッレの秘書官、レオラ・ドールトは、食事の席で思い出したように、正面に座りかちゃかちゃと行儀悪く皿にせっついている魔人ブルズアイ――ももブルに、視線を向けた。 「ん??なんじゃらほい」   ももブルが、フォークを咥えながら顔を呆けさせる。 「ただのももっちだった貴女は、どうしてブルズアイと融合する事になり、魔人となったのですか?」   レオラは、彼女の額をフォークで指しながら言った。   ももブルは、目を瞑って、うーん、と一度唸り、口を開いた。 「それはだね、秘書官くん...」   そして、悠然と語り始めた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   (もうそろそろだろうか?)   そう、呟く。   彼は、意識を持っていた。   本来ならば、彼――は、他の生物に寄生する事ができなければ、そのまま日光を浴びて消滅する運命だ。   彼。   彼の名――固体名ではなく、種族をあらわす記号――は、ブルズアイ。   動物の死骸に、この世界を漂う負の「魂の欠片」が作用して魔物化したもの。   (中略)   ブルズアイは、その名の通り牛の眼球から発生し、そして牛の睡眠中に麻酔毒を注入して眼球をくらい、その眼窩内に収まる。   後はそのまま宿主が死亡するまで養分を吸い続けるのだ。   (中略)   繁殖はせず、数匹の牛を殺すか、日光を浴びると消滅する。   (中略)   知能もなく、生存の本能もなく、ただその行動をとることしか出来ない哀れな魂の残滓と言えよう。   魔物生物辞典によると、そのように記されている。   彼は固体の中でも愚鈍であった。   宿主の牛が死亡し、本能的に周囲の牛を殺そうとした時に、後ろ足で蹴りつけられた。   彼の小さな身体は宙を舞い、草むらに投げ出され――――   "意識"を失った。   (......?)   彼は、草むらで目覚めた。   (ここは...いや...)   自らに起こった異変に気づく。   そう、"意識"を持っていた。   一夜限りの命である筈の彼が。   何故かは、わからない。   牛の足に蹴られた時に、何かが起きたのか。   誰にも、わからない。   本人にも、彼を蹴り飛ばした牛にさえ、全く意の解さぬ所であった。   彼は、意識を持ってすぐに、疑問を、持った。   哲学――考える、生きる、事の根本。   (何故、私は存在しているのだ)   彼は、自分の現象としての生まれ――牛の眼球から発生して云々――については、理解していた。   そうではなく、自分の存在。   牛の眼球から発生して云々、宿主の死後、周囲の生物を殺し、日光を浴びて、死ぬ。   それがごとき存在が、何故、生まれてきたのか。         何故、"生まれてくる必要などあったのだろうか。"       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・   そして、彼は知ろうと思った。   その目で、そして、全身で。   しかし、彼は自分の仲間、ブルズアイと出会う事はほとんどなかった。   彼らは、偶然から、"魔が差した"様に生まれてくる。   場所、状況によるが、その発生現場に居合わせる事は、稀と言える。   ほとんどなかった―――つまり、全く出会わなかったわけではない。   だが、彼らは、彼の求めた答えを与えるに値しなかった。   彼らに意思はなく、ただ、宿主の死後、周囲の生物に襲い掛かり、日光を浴びて消滅する。   彼は、何度も彼らに話しかけた。   (そんな事をしても無意味だ。夜が明ける頃には死んでしまう。日陰に隠れるのだ)   何度呼びかけても、彼らは答えなかった。   そして、他の生物に襲い掛かって夜を過ごし、夜明けには小さな悲鳴を上げて死んでいった。   彼は、孤独を知った。   彼らは、同種であれど、仲間でもなく、友でもなく、家族でもない。   それは、当然の事であった。   彼らに"個(こ)"はなく"己(こ)"がない。   全くに、"唯の"ブルズアイでしかない。   唯の一夜限りの儚い現象。   彼は、絶望した。   (しかし...私は、自分"ブルズアイ"しか見ていない。他の生ある物を観察すれば、何かが見えるかもしれないではないか。)   彼は、森の木陰をさまよい歩き、様々な生き物を見た。   昆虫、鳥、動物、魔物...そして、人間。   昆虫。   彼らは、最も自分に近い存在だと感じた。   生きて、死ぬ、という事象を繰り返す、小さく儚い生き物。   鳥。   彼らは、最も自分から遠い存在だと感じた。   華やかなさえずりの音、そして、自らが近づき得ぬ大空を舞う、花。   動物。   彼らは、最も自分と比べて意義のある存在だと感じた。   種々の物達が、食う、食われるという輪廻を繰り返し、バランスを保つ。   魔物。   彼らは、最も自らに近く、そして最も遠い存在だと感じた。   種によっては獰猛で、種によっては愛らしい。   そして、人間。   彼らは、最も残酷で醜く、恐ろしい存在だと感じた。   特に――冒険者という人種。   彼が見た全ての冒険者がそうであったわけではない。   魔物に対し優しく接する者も、確かに、いた。   しかしその数と大きく反比例し、残忍な冒険者は数多かった。   魂の欠片を奪う為に魔物を殺し、材料の為に動物を殺す。   時には、場の興として殺す。   最も欲に塗れ、堕ちた生物。   だが、彼は思った。   (我々ブルズアイと、彼らは似ているのかもしれないな)   生物に寄生し、宿主の死後、周囲の生物を襲う。   そこに、意味はないが、対象の生物に対しての思いやりは欠片も存在しない。   ただ、殺す。   (私は、醜いのだな)   彼は、気持ちを落とした。   (私など、生まれてくる意味はなかったのだ。    そして、生まれてくるべきではなかったのだ。彼ら、人間達のように。)   しかし、ある出来事を森の中で目の当たりにし、考えを変えた。   ある時、凶悪な冒険者が、魔物に襲い掛かった。   しかし不運にも返り討ちに合い、大怪我を負った。   彼は死の淵で呻き、苦しんだ。   それを見た動物や、魔物達が、代わるがわる、彼を様々な方法で癒そうとしたのだ。   食べる事のできる者を運ぶ者。独自の癒しの術で癒す者。   弱きもの達の小さな力、そしてとても優しい力に、徐々に冒険者は癒されていく。   そして彼は、歩けるほどまで、回復し、目を覚ました。   その彼の顔は、以前のような悪しき表情は一片たりとも残っていない。   まるで聖者かの様な優しい表情と、自らの蛮行への悔やみによる、苦しみの表情。   彼は立ち上がり、森の中で無暗に動物、魔物を殺そうとする人々へ、それを止める様、訴えかけた。 「我々と同じ、生在る者、優しき者達を無暗と殺してはならない。そして、蛮行によって自らの命を汚してはならない」   彼の耳を聞き入れる者は、いなかった。   しかし、彼は諦めなかった。   心無い冒険者たちにあしらわれ、暴力を振舞われながらも、続けた。   そして―― 「彼らを殺すなら、まず、私を殺せ」   彼は、死んだ。   彼は、愚か者だった。   しかし、彼――ブルズアイは、その回心し、死んでいった元冒険者の行動を、美しい、と思った。   (彼は、何もしなかった。できなかった。だが、その行動には大きな意味がある。    奇跡。そう、言葉に例えるならば奇跡。それが彼に使命を与え、穢れた彼の魂を浄化した。    ただの殺意の塊であった私に、意識が芽生えた。それも奇跡だろう。    ならば、恐らく私にも、そのような使命があるに違いない。)   そう願った。   その愚かで偉大なる冒険者の遺骸を、彼は小さな身体で懸命に地に埋めた。   そして、近くに埋まっていた大きな岩に、「森の賢者、ここに眠る」と刻んだ。   彼は、自らの使命を見つける為に、生き始めた。   そして、何年も過ぎた。   彼は次第に、本当に使命等あるのだろうか?、と疑い始めていた。   そして―――   (寂しい...)   孤独を、感じていた。   彼が見た生き物達は、同種族と共に生きていた。   冒険者達でさえ、殆どが仲間と連れ立って旅をしていた。   彼には、誰もいなかった。   希望を持って、他のブルズアイと接触もしてみたが、やはり、意思疎通がとれなかった。   それならば、と他の生物、動物に彼は語りかけたが、元々、他の生物に襲い掛かる習性をもつブルズアイである彼を見つけると、当然の如く逃げてしまう。   (もうそろそろだろうか?)   彼は、儚げにそう言った。   ブルズアイは、負の魂の欠片に寄って生まれる。   だから彼は、宙に漂う負の魂の欠片を吸収して生きてきた。   だが彼は、それをやめた。   死を、選んだ。   彼は、孤独に耐えられなかった。   彼の意識は徐々に遠のいていく。   (もうすぐ、死ねる。    天国とはどんなところだろうか。    このような私でも、迎え入れてくれるのだろうか。    一夜限りの命を散らしていった中間達も、そこにいるのだろうか)   様々な考えが過ぎる。   そして、意識が消える。   その時だった。 「あれえー?めだまさん、どうしたの?」   彼は驚いた。   何者かが、突然彼を抱き上げたからだ。   意識を戻し、抱き上げた者を見上げて彼はさらに驚いた。   彼を抱き上げていたのは、ももっちだった。   彼の知っているももっちはとても臆病で、彼の姿を見つける事があれば、すぐにどこかへ逃げ去ったからだ。   彼は動揺し、なんとそのももっちに声をかければいいかわからなかった。 「太陽を沢山浴びてないからしおしおしてるのかな?」   彼女――ももっちは、彼が日陰から動けなくなったので死に掛けている、と判断した。   しかし、彼は陽光に浴びると、消滅する。   (いいじゃないか)   彼は思った。   (どうせ今死ぬ所だ)   しかし、彼は初めて他者に触れ、ももっちの胸に抱かれて、思った。   (なんと、暖かいのだろう。心が安らぐ)   臆病なももっちが、ブルズアイに触れる。   今までにない事が起こっている。   (これは、私に訪れた奇跡かもしれない。    ならば、何らかの使命があるはずだ)   そう彼は考えた。   (もう少し、生きてみよう)   陽光に浴びせれば彼が元気になると思い込み、自分を太陽の下に晒そうとしている、ももっちに彼は声をかけた。   (おい、君) 「あれえ?頭のなかに声がひびいてる??」   彼は、自分で声を掛けておきながら、少し驚いた。   なぜなら、彼が声をかけた動物達は驚いて逃げてしまうし、仲間のブルズアイ達も、彼の言葉に耳を貸す事はなかった。   それもその筈、ブルズアイは意識を持たないし、動物達は彼の言語を解する事もないからだ。   (そう、私だ。君が胸に抱いている"めだまさん"だ)   そのももっちは彼の固体識別名――名前、として、めだまさん、と読んだわけではない。   ただ、彼の外見が目玉だったから、あくまで仮にそう呼んだに過ぎない。   しかし彼は、初めて名を呼ばれ、それが嬉しく、少し気に入っていた。 「めだまさん、不思議なお話のしかただね。  あたしは、"君"じゃなくて、ももっちだよ」   彼女は、自らをももっち、と名乗った。   ももっちというのは、彼女らの種族名であって、名前ではない。   彼女は自分の名前をももっち、だと思っているのか、ももっちという種族は固体識別名を持たず、自分達をただ、ももっちだと認識しているのか。   彼にはわからなかったが、彼女が自らをももっち、と名乗ったのなら、ももっちなのだろう。   そう、彼は思った。   (私は、発声器官がない。だから念波で語りかけている) 「はっせいきかん?ねんぱ?」   ももっちが、小首を傾げる。   その仕草を見て、ももっちとは、なんとも愛らしい生き物なのだろうか、そう彼は思った。   人間と概観こそ似ているものの、何かが根本的に違う。   純粋な、悪意を持たない、美しい瞳。   彼は、自らに向けられる事がないと思っていたそれに見つめられて、幸福を感じていた。   (発声器官というのは、ももっち、にも着いている口の事だ。念波というのは、そうだな、なんと言えばいいのか...私の心の声をももっちに聞こえるようにする術だ)   ももっちは、彼の解説で言葉を理解したのか、嬉しげに、うん、うんと頷いた。 「わかった!めだまさんは、すごいんだね。あたしは口がないと喋れないから!」   感じた事を口に出す。   素直で、わかりやすい生物だ、と彼は思った。   (それよりだな、私は、太陽の光を浴びると死んでしまうのだ。    だから、日陰に居させてくれ) 「ほへえー!どうして死んじゃうの?」   (...そうだな、太陽というのは、強いとても清らかな力を持っていて、悪い霊を殺してしまう。    私は悪い霊...とは言え、そんなに悪くもないとは思うのだが、まぁ、悪い霊だ。    だから、太陽の光を浴びると、死んでしまう) 「ふーん...あったかくてきもちいいのにね。  めだまさんは、悪い霊なの?」   (そうだな...) 「ふ〜ん......」   ももっちは、人差し指を唇に当て、彼を見て、少し黙り込んだ。   その沈黙に、彼は、少し落ち込んだ。   悪い霊、という言葉は適切ではない。   彼らブルズアイの発生は、現象でしかなく、そこに善悪は無関係だからだ。   しかし、どうやらあまり知的ではない彼女に説明をするには、そう例える以外、彼には思いつかなかった。   悪い、霊。   彼女は、私をそう認識したのかもしれない。   私を、嫌がるだろうか?   彼は少し不安になった。 「うーーん。でも、めだまさんは、悪い感じがしないね」   その一言に、彼は胸を撫で下ろした。   (どうしてそう感じる?) 「だって、優しい声をしてるから」   そう言って、ももっちは歯を見せて笑った。   彼は、胸を打たれた。   なんと、暖かい事か。   彼女は、彼の浴びた事のない太陽について、「暖かくて気持ちい」と言った。   太陽を浴びる事ができない、というより浴びれば消滅するが、きっと、太陽というのは、このような暖かさを持つに違いない、と思った。   (彼女は、私の太陽なのだ――)   彼は、熱い思いが自らを満たすのを感じた。 「あれ?なにこれー!」   ももっちは、彼を胸に抱いたまま、突然何かを見つけて走り出した。   彼は、彼女が何を見つけたのか、と視線をやった。   それは、黒光りしており、異様な形をした植物だった。   彼女は何の警戒をするでもなく、それを手に取ると、もいだ。   (これは―――) 「おいしそー...」   ももっちはそれを、何の躊躇もなく口に運ぼうとした。   彼は、焦った。   その植物が何であるか、知っていたからだ。   (待て、ももっち!!) 「んえ?どうしたの?めだまさんも食べる?」   (いや、やめておこう。そもそも私には口がないから食べられない。    その実は、アリエナスビと言って、食した者は、"ありえない"行動を取るらしい。    それがどのような行動なのかはわからないが、ももっちによい影響を与えるものではないだろう。    だから、それを食べてはいけない)   彼は、冒険者や旅人が時折落としていく事典や辞書等を読む事があったので、知識は深かった。 「え、そうだったんだ。おいしそうなのに。  それにしても、めだまさんは物知りなんだねー!」   (いや、まぁ、それ程でもないさ)   彼は、ももっちに褒められて、照れた。   もとより、彼自身そのつもりではあったのだが、ももっちは、彼を片時も放そうとしなかった。   そして共に、森の中を歩き回った。   彼は、幸せだった。   しかし、彼が頭を悩ませる事が一つだけ、あった。 「あ、これおいしそう!あーん――」   (ま、待て!それは毒キノコだ!) 「じゃあ、こっちは大丈夫かな?あーん――」   (そ、そっちは毒草だ!)   何にでも、すぐ口に運ぶ。   実際、彼が目を離した隙に、毒性のある植物を口にして、腹を壊した事はよくあった。   それだけではなかった。 「おー!!おっきいねこ!!あそぼーう!」   (ま、待てその動物はタイガーキャット――!) 『ぐるぉぁぅッ!!』   何度も、凶暴な動物や魔物に追われて逃げる羽目になった。   彼は何度も、目玉が飛び出そうな思いをした。   ももっちには、足りない物があったのだ。   それは、警戒心。   そもそも、彼の姿を見れば逃げていたはずのももっちの一人である彼女が、何故彼に躊躇せずに近づいたのか。   彼女は警戒心がなく、ただ興味を持った物へと走り、行動する。   希少生物であるももっち、いや、力の持たない生物が生き延びる為に持つ、"警戒心"が無いのだ。   彼女は、彼と同じく愚鈍であり、外れ者だったのだ。   (よく、今まで生きてきたものだ...)   彼は、嘆息した。   しかし、その彼女のその欠いた部分に、彼は自分の生を見出した。   (ももっちに生きる術を与える。それこそが、私の使命なのだ)   彼は、根気よく、様々な事をももっちに教えた。   植物、動物、魔物、そして、人間。   特に人間は、殆どの人間は、恐ろしい者だ。   特に、彼らには気をつけなければならない。   彼女は、笑顔で、わかった、と答えた。   それは本当にわかっているのか、よくわからない表情で、彼を不安にさせた。   だが、彼はその愚かで純粋な彼女が、愛しかった。   そして、彼の庇護心を掻き立てた。   (なんと、幸せな事だろうか)   毎日、ももっちの破天荒っぷりに頭を悩ませていたが、その時間が幸せだった。   長く生きてきて、初めて味わう、その感覚に酔いしれていた。   そして、こんな時が、永遠に続くならば、と願った。   しかし、終わりは、訪れる。   毎度の事ながらに、彼女は何かを感じて、ある方向に、走り出した。   それは、森に漂う、匂いだった。   最初は、何の匂いだろうか、と特に気にもとめていなかったが、彼は気づいた。   (これは、獣を焼く匂い――!)   獣を焼く匂い。   つまり、人間達が発している、匂いであった。   人間達――それもこのような森に来るのは、冒険者である可能性が高い――と、ももっちが接触するという事は、ももっちの死を指し示している。   彼は、必死に、ももっちを止めた。   (だめだ、ももっち!行ってはならない!彼らは、とても危険だ!!)   彼は、嘆願するように、言った。 「だいじょうぶ!あたしは、かわいいから食べ物ゆずってくれるよう!」   空腹に、肉の焼ける香り。   周りが見えなくなっていた彼女を、彼は止める事ができなかった。   そして、煙が見え、徐々に人間達の会話が耳に入ってくる。   彼は、人間達が悪意を持たぬ人間である事をただ、ひたすら願った。 「うぉっ!?」 「なんだぁ!」   ももっちは、草むらを飛び出して、肉の元へ、駆け寄った。   そして、丁度焼けてきている肉に手を伸ばそうとする。 「おい、ガキ――いや――ももっちか!?」 「なんだ、こんな所でこんなレアなもんに出会えるとはな――とりあえず、肉から引き離せ!」   彼はただ、ももっちを守る術を考えていた。   しかし、何も思い浮かばない。   硬い鎧を着ていて、鋭い剣を持つ彼らに襲い掛かった所で、自分が勝てるわけがなかった。 「はうっ!?ごめんね、ちょっとおなかが減ってただけなの...。  ちょっとだけあたしにも食べさせて――」   ももっちは、冒険者に乱暴に掴み上げられながら、人差し指を咥えた。   視線は、肉から外れていない。   彼らは、肉より美味そうに、彼女を見つめていたというのに。 「おれら、運いいよな」 「そうだな。ま、さっさと殺して晩飯にしようぜ」   彼らは、視線を交わし、頷きあった。   そして、剣を抜いた。 「う?う??」   ももっちは、自分の身に何が起ころうとしているのか、理解できない様子で、疑問符を浮かべながら彼らの挙動を見守っていた。   (だめだ、ももっち!逃げ出すんだ!)   彼は、そのような事がもう、叶わないと解していながらも、叫んだ。   そう、それは、叶わなかった。   冒険者の一人が、剣を構える。 「あえ?どうし――」   ぶじゅう 「ん――あれえ――いたい――」   彼女の表情が、恐怖へと――   変わるより先に、命は、絶たれた。   ぶじゅう、ずん、ざぐ、ざぐ。   剣が、ももっちに何度となく、振り下ろされる。   その度に、血が、吹き出す。   冒険者達に躊躇は一切見られなかった。   ももっちは、口から、全身から、血を溢れさせながら、表情を失った。   彼は、頭の中が真っ白になっていた。   目の前で、私の太陽が、宝が、失われてゆく。   おお、なんたる事だ。   使命を果たす事ができず、彼女を守る事が叶わなかった。   彼は、心の中で、大粒の、涙を流した。   希望を失いかけていた時だった。   ももっちの唇が、微かに、動くのを彼はつぶさに見た。 「め...だまさ...ごめ...ね...」 「あれ?魂の欠片が得られた感じがしねぇ。  まだ生きてやがんのか――」   冒険者が、ももっちに最後の太刀を振り上げる。   本能的に、彼はももっちの額へと飛び込んだ。   彼は、必死だった。   彼だけが知りえた事だが、ブルズアイは宿主の死後、無意味に動き回って朝日を浴びて死んでゆくのだが、実は、生き延びる事ができる。   それは彼のように偶発的な可能性を指しているのではない。   単純な話、元が寄生生命体であるので、宿主の死後も、寄生器官を有している。   つまり、その後も他の生物に、寄生する事ができる。   彼は、もがく様に、藁を掴むように、ももっちの脳内へ触手を伸ばす。   ブルズアイは、牛の眼球に寄生し、宿主の脳を犯して、身体を乗っ取る。   乗っ取った牛を彼らは自由に動かせるが、基本的に動かす必要がないので、動かす事はない。   牛は、勝手に食事を取って自分たちに栄養を与えてくれるからだ。   つまり彼は、寄生した相手の身体を自らの意思で操る事が出来る。   ももっちは、力を持たないとは言えど、魔物だ。   多少なりとも、魔力を体内に秘めている。   幸いな事に彼は、ある魔術師が落としていった魔術書に目を通し、癒しの術を覚えていた。   しかし彼自身は魔力保有量が少ないために、使えなかった。   ももっちの魔力を使い、魔法を使えばなんとかなるかもしれない。   やらなければ、いけない。   実際できるのかどうかわからない――やった事がなかったし、次の瞬間死に至る状況下で、なんとかできるのかも、疑問だった。   しかし、彼は、諦めなかった。   愛する者を、長きに渡って生き、ようやく手に入れた幸せを   穢れた人間たちに壊されるなど、堪えられなかった。   (どこだ、どこにある――)    そして、彼は、琴線に、触れた。    古(いにしえ)の、扉。    一瞬、禍々しき巨躯を持ち、全てを飲み込むような大きな翼を持つ影を、彼は、見た。    そして、彼は、理解した。    それが、ももっちの遠き祖、エルダーデーモンであると。    次の瞬間、魔力が溢れるのを、感じた。    まるで火山のごとく力強く、熱く、吹き出す。    徐々に、彼は、意識を失っていく。    しかし、意識を失ってゆくなかで、彼女に、与えなければならない物があった。    (そなたの、両の目を、閉じよう。     その美しく、純粋な優しき瞳が、この穢れた世を、映さぬように。     そして私が、そなたがこの世に絶望せぬように、心を守ろう)    そして、ももっちの両の目は、彼の触手によって、閉じられた。    (それと、もう一つ――)    彼の意識は、そこで、飲み込まれた。    そして――    ももっちは、目覚めた。 「ん――?」    ざぐ――    目覚めたももっちの耳元に、剣が、突き刺さった。 「うひゃああ!?」    突如耳元で鳴った音に驚き、彼女は飛び起きた。    「な、なんだぁ!?傷が消えて...姿が...変わっていく!?」   冒険者達は驚き、目を見張った。   しかし、ももっちにはそれすら見えていない。   目を開けようとしても、開かないからだ。   その間にも、ももっちの身体の傷は癒え、栗色の茶髪が黄金色に染まり、長く、長く、伸びてゆく。   彼女は――魔人ブルズアイと、なった。 「う〜〜??なんか暗いよう...ってあれ?」   彼女は手を眼前に何度もかざした挙句、第三の目の存在に気がついた。 「うひゃああ!?に、人間!?」   そして、自分を目を丸くして凝視しながら剣を構える、冒険者達の存在に気がついた。   それを一つのつぶさで見て、彼女は顔を引きつらせた。 「うきゃあああああああああ!!」   彼女は、突然自らに降りかかった災難に、両手を挙げて逃げ出した。   草を掻き分け、転ぶように森の中を駆け回る。   冒険者達が、彼女を追いかけてくる様子はなかった。 「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ...突然、なんじゃい!この可愛い愛らしいQ&P(キュート&プリティー)なあたしに向かって剣を振り上げるなんて―――ん?」   彼女は、静かな視線を、感じた。 『るるるルゥ...』   喉の奥を鳴らすような、唸り声。   彼女が、視線を送ると、そこには―― 「と、虎ぁああああああああー―――――!!」   以前の彼女が、物怖じせず近づいた、タイガーキャットであった。   そのタイガーキャットが、大きな口をあけて彼女に襲いかかろう、とするより何倍も早く、彼女は走り去った。   彼――ブルズアイが、最後に彼女に贈った物、それは――   強い、警戒心。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「と言う訳で、あたしは隠しても隠し切れないほどのスゥパーパウワを目覚めさせて、勇者達を蹴散らしましたとさ!」 「.........はぁ...時間を無駄にする、という言葉はこういう時に使うんでしょうね...」   ももブルが、嘘八百の英雄譚が如き話を披露し、食卓につく全員を白けさせていた。   白けた、とは言っても、ほぼ全員は、彼女の面白くすらない虚言を無視して食事を進めていた。 「なーんだと、レオラー!!長々と語ってやったってのにい!!」   ももブルが、心外だ、と言わんばかりに机を叩く。   がちゃ、と音が鳴って食器が揺れる。   それに返すように、ももブルの隣の席で、どん、と大きな音が鳴り、机が揺れた。 「いいから黙れ小物!!飯がまずくなるだろうが!!」   アドルファスが、彼女を睨んで、机に拳を叩きつけていた。 「ひっ!?な、アドちん、いきなし机ぶっ叩くなんて!!マジ驚いたっすよ!?」   ももブルが、アドルファスに非難の視線を浴びせた。 「......おい、召使い!このアホをさっさと連れ出せ!」 『かしこまりました』   アドルファスに命じられ、二人の召使いがももブルの腕を片方づつ掴むと、椅子から無理矢理引き剥がして部屋の外へ連れ出した。   ももブルは、召使いに暴言を浴びせ、じたばたと暴れながら、引きずられていく。   そして、部屋の外に、ぽい、と放りだされた。   ばたん、と音を立てて、彼女の目の前で扉は閉じられた。 「ち、ちくしょー!!?あたしは食客っすよ!?もっと大切に扱えー!!」   ももブルは扉に向かって叫ぶ。   扉の向こうの誰が反応するわけでもなく、黙々と食事は進んでゆく。   少しの間、扉の向こうに向かって異議を唱えていたが、それでも全く無反応だった。   彼女は次第に虚しくなり、溜め息をつきながら自室へ足を向けた。 「そういえば――」   ふと、彼女は目覚めた時の事を思い出す。   (そういえばあたし、ももっちだった時の記憶ってないんだよね...)   彼女には、魔人ブルズアイとなった時以前の記憶は、なかった。   エルダーデーモンの力の発現によるものか、ブルズアイが脳に触手を伸ばしたことによって何かが欠損してしまったのか。   ブルズアイにも、当然、彼女自身にもわからない。   (それで良いのだ)   ブルズアイは、時々、意識を取り戻す事がある。   そして、彼女の第三の目を通して、彼女が幸せでいるかどうかを確認すると、すぐまた眠りにつく。   (それにしても、一人で放浪していた時は少し寂し気であったが...    あの、アドルファスという魔族と知り合ってから、いつも幸せそうだ)   彼は、彼女の今の状況に満足していた。   心が満たされるのを感じると、彼はまた、眠りに着いた。   彼は密かに、ずっと彼女を見守り続けていた。   第三の目を通して。   (...何も覚えてないけど...。    誰かが、ずっと私を見守ってくれていたような、気がする...)   彼女はそれを、うすらと、感じていた。   アドルファスと出会うまで、彼女は独りで旅をしていた。   その間、あまり寂しい、と思う事が少なかった。   彼女が孤独を感じると、何か暖かいものが心を満たして、寂しいという感情が薄れてしまったからだ。   ブルズアイがその都度目覚め、脳に刺激を与えて誰かに抱かれるような感覚を与えていたからだが、彼女自身は、それ以上の温もり、暖かさを感じていた。   (もしかして...ブルズアイ?)   彼女は、ふと思い立って、第三の目に手で触れた。 「うぁいてっ!!」   眼球に手で触れると痛みがあるのは、当然だった。   自分が愚かな事をしたのに気付き、大きな溜め息をついた。   (んな訳、ないか...)   彼女も、一応自分の身体に関係する事だから、ブルズアイという魔物がどんなものかを知っていた。   牛に寄生する魔物。知性や意識はない。   宿主の死後、朝日を浴びるまで周囲の動物に襲い掛かり、消えてゆく儚い魔物。   それが如何なる理由で自分の額に寄生したのかはわからないが、今ではそれが身体の一部だ。   目覚めてすぐの頃はよく疑問に思ったが、今では、額にあって当然の物となっている。   額に住み着く他人でありながらも、自分の身体の一部。   いわば、家族だ。   (まぁ、案外、この額のブルズアイだったのかも...)   う〜ん、と腕を組み、いくら考えてもわからない事に気がつくと、自室に戻ってベッドの中へもぐりこんだ。   そして、すぐさま、いびきをかき始めた。   暖かい眼差しに、見守られながら。 ―――――――――終わり