RPG 月に住まう者達SS     - 月面戦争 -   大きく、仰々しいモノが、煙を吐き出しながら月に襲い掛かった。   それは月の正面に見据える大きな惑星からの迷惑な人物からの迷惑な贈り物。   その迷惑な贈り物は、回転し、月面――月光族(極東に似た文化を持つ月に住まう者)の王城に飛び込んだ。   回転するものは、城を破壊しながら突き進み、城の謁見場で、長く続いた月影族(大陸に似た文化を持つ月に住まう者)との戦いを終え、平和協定を結び次からの彼らに対する対応について議論をしていた、   月光族の長・月之上 兎治子(つきのうえとちこ)の眼前に深々と突き刺さった。   部下達は腰を抜かし、兎治子はほんの少し失禁した。   呆けている彼らに追い討ちをかけるように、城は崩れ落ち、屋根が降り注いだ。   城は半壊。   城内は悲鳴に包まれた。   しばらくしてから、崩れた城から這い出した兎治子は、赤い瞳を爛と輝かせ、拳を握り締めた。 「.........おのれぇっ!!月影族め!!和議を結び油断させ、我等が城に集まっている時を狙って我ともども武将全員を殺す気だったか!!  許せぬ!!兵(つわもの)どもよ、立ち上がれ!全面戦争だ!!目にもの見せてやる!」 『.........』   ......兵どもは、目に物を見せられ、瓦礫の下で沈黙を守っていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――   (まただ…)   鎧で重装した地属性戦士、更葉=ニードレスベンチは酒場で蹲っていた。   何度冒険者にパーティーへ入れてくれと頼んでも、地属性斧戦士という理由で断られ続けた。 「うう...どうしてみんな、私とパーティー組んでくれないの…」   自分でもわかりきっている事を呟いた。 「う、うわぁーん!」   更葉は、長い金髪をまとめたツインテールを揺らし、鼻水を流しながら泣き始めた。 「更葉。もう泣かなくていい」   荒くれものの集う酒場には似合わぬほど美麗な容姿を持つ、銀髪の少女がそう言って、更葉の肩に手を置いた。   更葉はその少女のほうに涙と鼻水で崩れた顔を向けた。 「しゃ、シャル〜...寂しかったよーっ!誰も相手にしてくれないし…うわーん…」   そういって更葉はシャル…賢龍シャルヴィルトに泣き付いた。   シャルヴィルトは当然ながら、本来の姿は龍であるが、現在は人の形をとり、更葉と旅をしていた。   とは言っても、数日前からどこかに旅立っており、今、更葉の元に返ってきたところだった。 「寂しかったとは言っても、一週間ほど出かけてきただけではないか。  その様子だと、相変わらず誰からもパーティーに入れてもらえなかったようだな。  だが、安心しろ。  お前はこれで最強…ある意味、最狂の戦士となる」   泣いていた更葉は気がつかなかったが、酒場の視線が全てシャルヴィルト…の持つ、想像を絶する程に巨大な片刃の斧に向けられていた。   その斧の異様さは、大きさだけではない。   斧の刃の腹には奇怪な機械がついてた。   その機械部からは、斧の刃の両側から後ろに向けて六対、刃先からは一本...合計、十三本の筒が飛び出ていた。 「しゃ、しゃる...こ、これは...?」 「これはだな...魔速斧"magic boost axe"と言って――私が命名したのだが――魔動力十三気筒エンジンを搭載した斧だ。  でかいが、超破壊力、そして超速で攻撃できる。  結構大変だったぞ、作るのは。  まずリオン山まで飛び、魔鉱石を集め、カーメンの鍛冶師を脅して斧部を作らせた。  その後、ウォンベリエまで飛んで魔動力学者を脅してエンジンを作らせ、仕上げさせた。  金を幾ら積んでも買えるような代物じゃない」 「......それ以前に、普通の斧として使えないよ、これ...」   それは斧というには大きすぎた。   幾ら更葉の怪力を以てしても振り回す事は困難そうだった。 「まぁ、そこは魔動力十三気筒エンジンに頼れ。  ある程度敵のほうを向いていれば豪速で魔物を切り裂く。  ...さて、試し切りに行こうじゃないか。  誰か、パーティーを組むやつはいないか?」   シャルが周囲を見渡す。   誰も、手をあげようとはしなかった。 「そんな物騒なモン持ってる奴と一緒にいけるかよ!」   冒険者の一人が叫ぶ。   (そりゃそうだよね...)   ちょっとだけ期待した更葉は、ため息をついた。 「ふむ...では、私達に付き合ってくれて、成果が出せれば私が夜に、楽しい宴を開いてやろう。  一晩中相手をしてやる」 『行くぞ!!』   男達の態度が一気に豹変する。 「え、ええ!?シャル、本気...?」 「うむ。人間の雄固体との生殖行為にも興味がある。  更葉もするか?」 「い、いいいい!私は遠慮しとく!」   更葉は、必死に顔を振った。 「そうか...残念だな。  更葉と一緒に楽しみたかったが」   (知らない人とエッチして楽しいわけないよ...)   今夜、どんな惨状になるのか、と更葉は不安になった。   冒険者数名を連れた更葉一行は、中級程度の狩場へ向かった。   しかし、何故か魔物が現れる気配はなく、夜を迎えた。 「へへへ...こんな美人とやれるなんてな...」   (うう...シャルがエッチしてる間、私はどうしよう...?)   更葉が今から目の前で起こる宴から逃げる算段をしている時だった。 『グォォォ...!』   複数の、魔物のうなり声。   一同は、声のした方を振り返る。 「ま、魔物の群れ...!?」 「な、なんであんなにいるんだ...!」   一同が騒ぐ中、一人だけ冷静...というか、特に気にもとめていない人物がいた。 「...良い機会ではないか。更葉、試し切りだ」 「えぇ!?幾ら大きくて速く振れるからって、あんな数相手じゃ...」 「まぁ、いざとなれば私もいるし、その為に彼らを連れて来たのではないか。  心配するな。  さぁ皆、行け」   明らかに一行より多い数の魔物を目の前にして、心配するなというのは無理があった。 「お、お前が一番に行けよ。  そんなエモノ持ってんだからよ...」 「え、ぇぇ!?私!?  こ、怖いよ、あんなに沢山...」 「おい、男ども。  私が何のために宴を開いてやると思っているんだ。  働け。そして汗を流し、その疲れを私で癒せばいいだろう」 「...そ、そうだな...これが終わったらたっぷり可愛がってやるッ!!」   男達は気合を入れて、魔物の方へ向かう。 「あ、ま、待って〜!」   更葉は巨大な斧を引きずり、男達の後を追った。 「ぐっ...こいつら、それなりにつぇえ...ていうか、数が多すぎる!」   男達はそこそこの冒険者なだけあって、それなりの戦いぶりを見せる。   魔物の群れを一匹づつ切り刻む。   しかし、数が多すぎた。 『グォォッ!!』 「うわぁっ!!」   一人の冒険者が魔物が振り回す拳に辺り、ふきとんだ。 「くそ...おいお前、さっさとそれを使え!  俺達だけじゃなんともならねぇ!」 「え、え?」   更葉は、斧を振り上げようとふんばるが、動かない。   (斧に使い方なんてあるのー!?)   更葉の心中を察したように、背後からシャルが現れた。 「更葉。エンジンにレバーがついているだろう?  それをまず引っ張れ」 「う、うん」   更葉は地面に斧を突き刺し、レバーを引こうとする。   ...動かない。 「動かないよ??」 「全体重をかけて引っ張れ。  少々重いからな」   更葉は、女性としては割と腕力のある部類に属する。   その更葉が、ある程度の重さがある事を考えて力を引いたにもかかわらず、動かない物は"少々"重い所ではない。 「......」   シャルの言葉に絶句しながらも、レバーを握って更葉は後ろに全体重をかけた。   徐々にレバーが下がり、途中からいきなり、ぎゅん、と音を鳴らして限界まで下がった。   驚いた更葉はしりもちをつく。   同時に、エンジンがどろろぉん、大きな音を鳴らし、更葉は驚いてまた跳ねる事になった。 「こんなの、振れないよぉー!」 「大丈夫だと言ってるだろう。  手元のスイッチを押せば、向けた方に高速前進する。  少々力が強いから、振り回されるな」   (無理だよ〜...絶対、振り回される...)   この斧の力の強さは使わずとも"少々"でない事がわかる。   更葉は、不安に顔を歪ませる。 『グゥォォンッ!』 「ぐあぁっ!」   冒険者の一人がまた、魔物の拳で吹き飛ばされる。   もはや、猶予はなかった。   更葉は斧ともつかぬ巨大な物体を、魔物の群れに向けた。 「じゃあ行くよー!」 「さっさとしてくれぇーーっ!!」   冒険者の悲痛な叫び。   それと同時に更葉は、手元にあるスイッチを押した――― 『ドロロロロロオオオオオオオオオオオオオオオオ――!!』 「きゃあーっ!!」 「うぉぉぉーー!?」 『グォォォーーン!?」   斧は大量の煙を吐き出しながら回転飛翔し、魔物ごと、冒険者達ごと、シャルごと、更葉ごと吹き飛ばした。   ...そして、夜空に浮かぶ、やわらかな光に向かって突き進んだ。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ふむ、美味...」   長く続いた月光族との戦争もようやく、和平が結ばれた事によってとりあえずは終結し、一段落がつき、   月影族の王、ネザーランドムーン=ロップイヤーは執事の少年に耳かきをさせながら、キャロットタルトを頬張っていた。   一口。もう一口。戦争中はゆっくりと味わえなかった、この旨み。   当分はこうして毎日過ごせそうだ、そう安堵していた時だった。 「ロップイヤー様ぁーっ!!」   王室の扉が開き、兵士が騒々しく入ってきた。 「なんだ...?私の久方ぶりの至福のひと時を邪魔するな」 「そ、それどころではありません!!月光族が...!」 「ん...やつらが、どうした?」 「せ、攻めて参りましたッ!!」   ロップイヤーは、タルトを噴出し、身を乗り出した。 「な、なんだと!?どういうつもりだ、やつらめ...!!」 「わ、わかりません...先日、和平を結んだばかりなのに...!」 「...そうか、わかったぞ...!  和平を結んだと見せかけて我等を油断させ、城まで踏み込むつもりだったのだッ!!  全軍、出撃だ!!  今日こそ、決着をつけるッ!!」   ロップイヤーはそう叫んだ。   彼女は戦の準備を早急に整え、集結した全軍を率いて城を出た。   そして、街を抜ける。   街の中からでも街壁外に集まる大群の気配を感じた。   街の門を開ける。   外には、月光族の大群。   ロップイヤーは不意打ちをかけてきた彼らをねめつけ、苛立ちに拳を震わせながら、先陣を切って進んだ。   それに、全軍が続く。   全軍の戦の準備が整うと、ロップイヤーは月光族に向けて、声を張り上げた。 「和平を結ぶと嘯き、我等を油断させておいて城に攻め入る、まったく、卑怯な者どもめ!!  しかし、われ等が不意打ち如きで負けるわけがなかろう!  この地を、お前達の血で洗ってやるッ!!」   月光族の兵の間を掻き分け、月光族の長・兎治子が現れた。 「お主、何を言うか!!  卑劣なのはそちではないかッ!  和議を結んだと見せかけ、われ等が城に集結した所を狙い、禍々しい兵器で攻撃をしかけおってッ!!」 「何!?わけのわからん事を言うな!!  私は毎日キャロットタルトを食うのに一生懸命で、お前達の事など微塵も考えておらんかったわ!  そんな嘘をついてまで、自らの行いを正当化するつもりか!?」 「何を言うか!!  アレのお陰で、城が半壊したのだぞ!とぼけるな!  お前達以外にあんな事をする輩がどこにおるというのだ!!」 「まだ嘘をつきとおすか!?  それが真実というならば、その兵器とやらを見せてみよ!!」 「...重くて...持ってこれんわ!  大体、戦をしにきたというのに敵の兵器をわざわざ持ってくるわけがなかろう!」 「...もう、付き合いきれん!  兎治子、今日こそ貴様を我が剣・モーヘル(つまりは人参)の錆にしてくれる!」 「何おう!?  ロップ、貴様こそ我が刀・胡蘿蔔(つまりは人参)で血祭りにあげてくれるッ!!」 『全軍、かかれぇっ!!』 『おおおおおおおーーーーッ!!』   両軍が前進し、剣と刀がぶつかり合う――   びゅぁぁぁあああああああああああん!!   世界が閃光し、彼らの間を何かが走り抜けた。   両軍全員、腰を抜かし、しりもちをつく。   光が収まり、目を開けると、両軍の間は大きく裂け、谷ができていた。   兎治子とロップイヤーは、失禁した。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――   (うう...やっぱり、だめだぁ...)   更葉は、あの魔速斧の一件から数日後、また同じ事をしていた。   むしろ、その一件の所為で悪評が広まり、避けられていた。   誰も、彼女の言葉を聴くどころか、無視し続けた。 「お母さん...私、もうだめかも...冒険者として...うーうん、人として...」   更葉は酒場の中でひざまずいた。 「うわぁぁーーん!!」   そして、髪を振り乱して泣き始めた。 「更葉。もう泣く事はない」   また泣く事になった原因の張本人が、更葉に声をかけた。 「しゃるぅうう!またどっか行っちゃうし...独りにしないで...」   パーティーを組んで貰えないのは毎度の事なので、彼女はただ寂しかっただけだった。   更葉はシャルの胸にすがりつき、涙と鼻水だらけの顔をこすりつけた。 「可愛いな、更葉は...」   そう言ってシャルは更葉の頭を撫でた。 「シャル、次はどこで何をしてたの...?」 「そう、そうれだ。  次こそ、お前をパーティーの引っ張りだこにできる斧を作り上げた。  これを見てくれ」 「ぅ...次は何...?」   シャルが取り出して見せた物は、武器というより、錫杖のように見える、棒状の物だった。   ただ、違うのは、斧の刃が出ているべき場所の両側に、縦長の排気口がついている事だ。   (...斧??っていうかこれはそもそも武器なの...??) 「どうだ、これなら軽々と振り回せるだろう?」 「う、うん。でもこれじゃ殴れないというか...切れないよ??」 「まぁ、そこは私の話を聞け」   シャルは、自信満々で胸を叩いた。 「う、うん...」 「コレの名前は魔斬斧"magic blade axe"、だ。  もちろん、私が名づけた。  まずはリオン山まで飛び、また魔鉱石をかき集めた。  そして次は魔法国家ミュラスまで飛び、魔道具技師を脅して作らせた。  周囲の魔力を吸収し、魔法の刃を作り出し、相手をぶった切る。  ...前回に比べれば、シンプルだろう?」 「脅してばっかかい...。  確かに、これならなんとかなりそう」   更葉は不安気にしながらも頷く。 「で、誰か私達とパーティーを組むヤツはいないか?」   シャルは、酒場内を見回して、声をはりあげた。 「何いってやがるッ!!死ぬ思いだけして結局やれなかったしよ...!  誰が行くか!!」   そう叫んだのは、前回、更葉たちに付き合った冒険者達だった。   まだ怪我が完治しないらしく、包帯を巻き、ギブスをしていた。 「...じゃあ、お前達、共にゆこうではないか」 『え...』   シャルが指差したのは、魔法使いの集まったパーティーだった。 「協力してくれれば、今夜はいい思いをさせてやる。  私だけでなく、更葉もつけてやろう。どうだ?」 「まじかっ!?行こうぜ!!」 『おおっ!!行くぞっ!』   魔法使い達は、嬉々として声を張り上げる。 「え、えぇ!?私はやだよぅ...そんな、知らない人と...ごにょごにょ...なんて...」   更葉は頬を染めながら首を横に大きく振った。 「...前回の筋肉ダルマ達とは違い、今回は美形ばかりだぞ?  それに私は更葉とも楽しみたい」   (確かにかっこいい人達だけど...う〜...)   更葉は、もじもじと手を胸の前で動かした。 「...まぁ、嫌ならいいさ。  気が進まなければその場で私に言え。  私が手出しさせない」 「あ、ありがとう、シャル...」   シャルの妙な男らしい優しさに、喜んでいいのか複雑な表情で、更葉は感謝を述べた。   また前回と同じ場所へ更葉達と魔法使い達は向かった。   そして、また何事もなく、夜が訪れた。 「よ、夜だぞ...本当に、いいのか?」   魔法使い達が、笑みを溢しながら、シャルに尋ねる。 「...まぁ、約束だからな」   魔物が現れなかった事に不服を覚えながらも、別に魔法使い達と性交する事に不満はなかったので、頷いた。 「じゃあ誰からやる...?俺いっていいか?」 「いや、俺からだろ?いつも美味しいとこお前がもってくじゃん」 「とかいいながらお前いつも報酬大目にガメてるじゃないか。俺がいかせてもらう」 『俺だろ!?』 『いや、俺だ!!』   魔法使い達が喧嘩を始める。   シャルはため息をついた。 「面倒くさいやつらだな。さっさと全員裸になれ!」 『は、はいッ!』   男達はいそいそと服を脱ぎだした。   (う...私はどうしたら...)   更葉は嫌に高鳴る鼓動を抑える。 「更葉はどうする?」   突然声をかけられ、更葉は一度、びく、と身体を振るわせた。 「あ...わ、私は遠慮しとこうかな?」 「そうか。お前達、すまないが更葉は駄目だ。  私だけだ」 「いや、別にあんただけでいいよ」   冒険者達はあっさりそう言いあって頷く。   (それはそれでショック...)   魔法使い達は服を脱ぎ始め、素っ裸になった。   シャルも、それに合わせて服を脱ぐ。   その場に居たシャル以外...更葉も、その美しい裸体に見とれた。   (やっぱり、綺麗だなぁ...) 「とりあえず、手前から順だ。  まずはお前」   シャルが一番近い魔法使いを指差す。 「よし...じゃあ――」 『グォォオオオオッ――!!』 『なっ―!?』   大勢の魔物がうなる声。 「かなり、いやがるぞッ...!」   どどどどど、とその群れが近づいてくる音、そしてうなり声。   自分達の方へ魔物達が向かってくるのが少し、遠めに見える。   彼らに時間の余裕はなかった。   しかし、彼らはあられもない姿をしている。 「お、お前だけ鎧着てんだから、とりあえず食い止めろよ!  その間に服を着るっ!!」 「う、えぇ!?あんな大群、一人でなんともならないよーっ!?」   ぽん、とシャルが更葉の肩を叩く。   更葉が振り返ると、口元に笑みを浮かべたシャルが立っていた。 「安心しろ。私のプレゼントした魔斬斧があるだろう?  あれを使え」 「う、うん...」   更葉は、魔斬斧を取り出し、構える。 「え?あれ??」   人差し指の置き場所と、親指の置き場所にそれぞれスイッチがついている。   かち、かち、とその二つを押すが、何も起こらない。   案の定、更葉には使い方がわからなかった。 「それはだな。まず人差し指の場所のスイッチを押し続け、魔力を吸収させた後、親指のスイッチを押して斬りつけたい方に向かって思い切り振る。  すると魔の刃...魔斬が飛び出す。やってみろ」 「やってみる...」   かち、と更葉は人差し指のスイッチを押し込む。   しゅぅぅぅぅ...   聞こえるか聞えないかほどの何かの音を発しながら、魔斬斧は何かを吸引し始める。   今度は大丈夫そうだ、と更葉は安堵しながら向かいくる魔物の群れに向かって、斧を構えた。 「ぐ...ぉ...?」 「ふ...ぉぉ...!?」 「へ?」   背後で聞えるうめき声に、更葉は振り返った。 「え、ええー!?」   更葉は驚嘆する。   魔法使い達は、裸のまま、地に伏して呻いている。   しかも、みるみるうちに萎んでいく。 「さ...らは。  斧が、周囲の魔力を手当たり次第に...吸収しているようだな。  私も、結構、吸われて辛い。  人差し指はそろそろ離しても...」   裸のまま、真っ青な顔をしてシャルが呻く。 「しゃ、しゃる大丈夫!?  今すぐ――あれ??」   更葉はスイッチを離す。   しかし、押し込まれた元に戻る気配はなかった。   そうしている間にも魔法使い達はしおれ、魔物は向かってくる。 『ぐ、ぉぉぉおおお――』 「あ、あわわーーっ!!」 「く――更葉、とりあえずあっちの魔物が先だ。  思い切り、振れっ...!」   シャルが、苦しげにしながら言った。 「わ、わかったっ!」   更葉は右足をあげて大きく振りかぶり、魔物の群れを凪ぐように思い切り魔斬斧を振込み、親指のスイッチに力を入れる。   魔斬斧は閃光し――   びゅうううううわわあああああああああああああああ――― 「ひょぇええええええええ!?」   光の津波が飛び、魔物を消滅させ、その光の津波は夜空に――月に向かって突き進んだ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――      結局、月光族は戦意を喪失して自国に戻り、月影族は領土内に出来てしまった大きな渓谷を埋める作業に性をだす羽目になった。   戦をするにも渓谷があって進軍する事ができず、休戦せざるをえなくなった。   そして、月の民を恐怖に陥れた怪奇現象は、神の怒りによるものではないか、という推測がなされ、両国共に、祭壇に大量の人参を捧げた。   戦争もなく、日々特にする事もないのに、そのお陰で兎治子は大好物の人参饅頭を食べる事もままならなかったし、ロップイヤーもキャロットタルトを食べる事ができなかった。   一方、月の民を恐怖に陥れた人物はと言うと――   (うぅ〜...迫害されてる...)   同じ事を繰り返していた。   地に膝をつき、自分の誘いを受けてくれるパーティーが無い事を嘆いていた。 「う、うわぁあーーん!!話くらい聞いてくれてもいいのにー!」 「泣くな、更葉...」   そして、嘆く更葉の肩に手を置くシャル。 「うぇえええー!シャル、変な武器はもういいからどっかいっちゃわないでよーっ!」   シャルに泣きつく更葉。 「変とは失礼な。確かにあれらは失敗だったが。次のはだな、魔刃斧"magic edge axe"と言って――」 「うわああーーん!!もう勘弁してよしゃるぅうううーーっ!!」   昼間の酒場に、子供のように泣きじゃくる更葉の声が響く。   冒険者達は、迷惑そうに「またか」といった表情で昼間っから酒をかっくらいながらそれを聞いていた。    ─────end?