『首切り僧侶殺人事件@』 朝から、嫌に騒々しかった。 その部屋の主は、まどろみの中にいた。 20日連続勤務という悪夢のような状況から開放され、本当に久々の非番の日だというのに、 部屋の外はまるでお祭りでもあるかのようにドタドタと騒がしい。 大丈夫だ。あの事件はようやく解決したんだ。手柄はヨソに持っていかれたけれど、 警察官たるもの、世間が平和であればそれでいいんだ・・・ 静かなのはこの部屋だけか。平穏なのが一番。部屋の主はロクに働こうとしない頭でそう考えた。 が、気のせいか、先ほどからドアを乱暴にドンドンと叩くような音がする。 目覚まし時計はオフにしているはずなのに、耳元でベルが鳴り続けている。 ちっとも平穏で静かじゃない。どうも何かがあったようだ。 目覚まし時計の音が、実は自分のケータイの音だと気づいたのは、3度目の着信の時だった。 「うぅ・・・う・・・はい・・・古坂です」 寝ぼけながらも、この部屋の主、古坂敬二(ふるさかけいじ)は電話をとった。 『バッキャロォ!いつまでグズグズ寝てんだ!さっさと起きてドアを開けないか!』 電話の向こうで酷く乱暴な声がする。が、古坂はその声で完全に目を覚ました。 その声は彼の直属の上司で、相棒でもある南部逸鷹(なんぶはやたか)のものだったからだ。 ケータイのディスプレイを見る。時刻は午前9時12分。 「ナンさん、こんな朝っぱらから何ですか。まさかまた事件ですか」 『そのまさか、だよ。いいからさっさと着替えて出て来いよ』 「わかりました。ってまさかナンさん、オレの部屋の前にもう来てるって事ですか?」 『そのまさかも当たりだ。だが、このまさかは想像外だろう。殺人事件だ。  しかもその現場な、お前の住んでるアパートだ』 「っ!わかりました。5分下さい」 『3分だ。急げよ』 大慌てで着替え、バシャバシャと顔を洗い、ヒゲ剃り機で乱暴にヒゲを剃り、 歯グキにブラシをぶつけながらも歯を磨き、そこでタイムリミット。 寝癖髪を気にしながら古坂が部屋のドアを開けた時、アパートの廊下は捜査員でごった返しになっていた。 ホールから階下を覗くと、1階の方が騒がしいように見える。 「おう!目が覚めたか?」 南部が右手を軽くあげて挨拶をして、歩み寄ってくる。 全身真っ黒のスーツに、独特の強面。角刈りにサングラス。 警察関係者というよりも、その筋の兄貴か、100歩譲っても葬儀屋にしか見えない。 現に一部では「喪服の南部」などというアダ名で呼ばれているのだ。 「おう、ご苦労。20日ぶりの非番だって言うのに悪かったな。  でもな、警察官たるもの、いつでも臨戦態勢でいるべきだぜ」 「ロクに寝食しないでの20日ですよ。眠くて仕方ないですよ。  ナンさんだって久々の休暇だったんじゃないですか?  どうせオレと同じで、グッスリ寝てたんじゃないでしょう」 「バッキャロ!ノン気にグースカ寝てやがってこの!  オレなんざ、昨日の夜は不覚にも寝ちまったから、  早起きしていざ一戦カマそうと思って、女房のパンティおろした瞬間に電話がきたんだぞ。  こりゃ夫婦の危機だぜ、オイ」 本当に口惜しそうに言うので、古坂は笑いを堪えきれなくなった。 南部には4歳年下の妻がいて、古坂はしょっちゅう食事に呼ばれている。 小柄で美人というよりも可愛らしいといった風で、南部と並ぶとそのミスマッチ感が微笑ましく見える。 冗談じみて言ってはいたが、本当に一戦する時に電話が来たんだろうなと古坂は思った。 しかし、それぐらいで夫婦仲が悪くなるような二人でもないだろうとも思った。 南部は彼女にだけは随分とマメな性格で、連絡を絶やさないのを知っているからだ。 「それで・・・」 古坂が話を切り替えようとすると、南部は即座にメモ帳を開いた。 今回の事件の情報が、ページを埋め尽くす勢いでビッシリと書き込まれている。 「オゥ、ガイシャはこのアパートの3号室の住人で、名前はツダオードー。  これな、津、田、横、道。  中年のオッサンだな。どうよ、少しは知ってるか?」 「津田さんですね。残念ですが、あまり知りません。  確か、どこかのお寺の僧侶だと聞いた事がありますけど」 「そうだ。祭御仁久宗って知ってるか。そこのボンさんのようだな。  部屋で寝ていたところを、鋭い刃物のような凶器でクビをズバァーン!で即死。  死後硬直等の状態から推測すると、犯行は午後11時から午前2時の辺り。  第一発見者はアパートの隣の住民で、今朝になって玄関のドアから、  血がダバダバ流れてるのを見て不信に思い、大家に連絡を取ったと。  で、大家が玄関の鍵を開けて見たら、そこに津田横道の死体があった。  じゃあ第一発見者は大家じゃねぇか。誰だこの報告したのは!  まあここら辺までで、『普通の人間』で集められる情報は終わり、と」 「そこ、詳しく聞きたいですね、ナンさん。  さっきから気になってるんですけど、この現場、『特能犯対策課』の連中も来てるじゃないですか。  もしかして、アレがらみの事件なんですか」 「ちょ、お前、今朝は随分と頭が働いてるじゃねぇか。ビンゴだよビンゴ。  さっきも言っただろ。祭御仁久宗って。これな、実態は仏教系のサイキック集団なんだと。  そんでもってガイシャの津田横道も『超能力者』だったってワケだ。  能力は・・・『予言』かよ。オッサン、自分が死ぬのは予言できなかったって事かね」 「じゃあこのヤマ、アチラさんの管轄になっちゃうって事ですか」 「さあ、それはどうかな。まあとりあえず、現場に行ってみっか?  ここで立ち話しててもしょうがないだろ。刑事たるもの・・・」 「現場1000回ですね」 「ふん・・・わかってきたじゃねぇか」 階段を下りて1階の3号室前に行くと、その瞬間から異臭がするのがわかる。 死臭だ。 古坂は何度と無くこの臭いを嗅がされたが、いつまでも慣れる事が出来ないでいる。 この臭いに慣れるというのは恐ろしい事だと、本能が感じ取っているからかもしれない。 部屋の中は恐ろしく質素であった。自分の部屋と同じ間取りとは思えない。 『家具が無いからか。いや、そうじゃないな。生活感がないからか。  普段は別の場所で生活をしていて、ここは別目的で使う部屋のようだ。  愛人との密会の場所にでもしていたんだろうか』 そして、そんな部屋には似合わない異形のオブジェが、部屋の中央に鎮座している。 首を斬られて死んでいる、津田横道の胴体である。 首から血が溢れ出し、フローリングの床が真赤に染まっていた。 「ボンさんは畳間ってイメージだけどな。最近のボンズはそんな事もないのか」 「まぁた適当な事を言って・・・ナンさん、クビはどこにいったんですか?」 「そこ」 「そこって?」 古坂は南部が指差した方に目を向けた。 そこには古坂にはちょっと買えそうも無い、値の張りそうなダイニングテーブルがあり、 その上には食事の用意がなされていた。真っ白なテーブルクロス、スプーン、フォーク、 そしてスープ用の大皿の上に、津田横道の首が乗っかっていた。 「今時珍しいくらい王道の猟奇殺人ですね」 「そんなモンに王道とか要らねぇんだけどなぁ。まあ王道だな。  それと今、鑑識サンに気張ってもらってるけど、もう一つやっかいな事があってな」 「何です?」 「これな、密室殺人かもしれねぇんだよ」 「それじゃ・・・」 「ああそうだ。そうなったら完全に『特能犯対策課』の管轄なんだよなぁ」 二人の話が一旦途切れるタイミングを見計らって、小太りな男が話に割り込んできた。 警視庁鑑識課のロゴが背中に入った、紺色の作業着を着ている。 「あの、鑑識の者なんですけどね。部屋をおおよそ調べた結果が出ましたんでね。  玄関には鍵がかかっていたそうですし、部屋の全ての窓には施錠されていました。  これらには壊されたような跡は一切確認されませんでした。  床も天井もしっかりした作りになっていますし、抜け穴なんて時代錯誤なものもありませんね。  これで部屋の鍵が持ち去られでもしてたら別ですが、部屋の中から出てきちゃいましてね。  大家さんにもアリバイがありますし、これは密室殺人ですね。  我々に出来る事は、どうもここまでのようですね」 鑑識の男は、まくしたてるように言った。 『あとは超能力者に任せてしまえ』と暗に言っている。 が、南部も古坂も納得しかねている。 「ちょい待て。鍵を複製したって可能性もあるじゃねぇか」 南部は当然とも言える疑問を投げかけた。 が、それには古坂が答えを返した。 「ナンさん、それはありえないんですよ。玄関のドアノブを見てください。  オレの部屋もそうなんですけど、ここのアパート、サイキック対策してまして、  玄関ドアも窓も、全部が対超能力仕様の特殊鍵なんです。  鍵は大家さんが持ってる本鍵と、オレらが預かってるスペアの2本しか無いんです。  で、大家さんのアリバイは間違いないのかな」 古坂も当然の質問をした。個人的に世話にはなっているが、事件とは別問題だ。 ところがその質問には、南部が返事をした。 「大家のアリバイならメモを取ってるぜ。  大矢スミ代(おおやすみよ)82歳。女性。超能力反応マイナス。  友人と温泉旅行に行ってて、今朝方帰ってきたばっかりだとよ。  切符も確認したし、本当に行ってたかどうかも確認取れてる。  どこぞの2時間ドラマみたいな時刻表トリックも、まあ無いわな。  温泉っつっても、米国のスプリングフィールドだ。  仮にテレポート能力者の協力を得たとしてもこれじゃ遠すぎだ。  にしても、お前んトコの大家ってのは、よほどの道楽者だな、オイ」 「何かの旅番組でも見たんじゃないですか。  こないだはベトナムのホーチミンに行ってましたから」 「質問がなければ、私はこれで失礼させていただきますね。  というか、鑑識全員撤収しますんでね。  ここから先の現場検証は、『特能犯対策課』のサイコメトリーにお任せですね」 「おいおい、超能力者どもに現場を放り投げるのかよ。  そいつぁちょっといただけないぜ」 少しイラついたのか、南部がサングラスを外して睨みつけながら言った。 「し、仕方無いじゃないですか。  私らに出来る事は精一杯やってますよ。  でもね、テレポートしてきたり念力で遠隔殺人出来る犯人相手に  私らごときが一体何を出来るって言うんですかね。  超能力者の犯罪は、超能力者が片付ければいいんですよ。  それじゃ、失礼しますね」 鑑識の男は、慌ただしく荷物をまとめ、外に出て行った。 気がつけば現場には、ほとんど人が残っていなかった。 「さてと。ナンさん。まずはどうしましょうかね」 「しょうがねぇな。『特能犯対策課』が来る前に、状況の再確認だ。  ガイシャは仏教系サイキック集団祭御仁久宗の僧侶で津田横道。  犯行は午後11時から午前2時の辺りで、首を切断されて死亡。  犯行現場はおそらく自室。目撃者なし。  第一発見者はアパートの隣の2号室住民で、安田恩(やすだおん)32歳。男。  大家の大矢スミ代(おおやすみよ)82歳。女。とドアを開けて、死体を発見している。  二人とも超能力反応はマイナス。  このアパートにはお前を含めて8人の人間が暮らしていたわけだが、  その中に超能力反応プラスなのは2人いるな。  1人はこの部屋の直上の8号室に住んでる寺橋那観(てらはしなみ)21歳。女。  もう1人は反対隣の5号室住人の埠顎智香(ふがくともか)17歳。女。  どちらもどんな能力持ちなのかは不明。自己申告じゃ本当かどうか、オレらには判断できないしな。  寺橋は女子大生で、埠顎は女子高生のようだな。お前、結構ウラヤマシイ環境に居たんだな。オイ。  その他は、1号室に甘利魔人(あまりまじん)35歳。男。  6号室に新野範人(にいののりひと)42歳。男。7号室がお前だな。  で、10号室に上篠邪道(うえしのじゃどう)35歳。男。  誰もかれもアヤシイっちゃあ怪しいんだがな。特に7号室の男。  おい、不満そうな顔をするなよ。お前も本来なら容疑者の一人なんだぜ?  お前、よりにもよってアリバイ無いだろ」 「確かに、1人で寝てましたからね。アリバイは無いです。  無理してでもナンさんと徹夜で酒でも飲んでおくべきでした」 「まあ、あんだけ疲れてたら、酒を飲む気力も無いよな。  っと、来たぞ来たぞ。『特能犯対策課』サマのお出ましだ」 『特能犯対策課』、すなわち警視庁特殊能力犯罪対策課は、増加する超能力犯罪を迅速に解決すべく、 超能力のエキスパート達によって結成された、超能力犯罪の専門集団なのである。 「うっわ!にゅーたくーん!首がお皿の上に乗ってるよ〜!」 「いやホント空気読めよ。殺人現場だぞ」 現場に現れた刑事2人は、どう見ても子供と付き添いの姉にしか見えないコンビだった。 「警視庁捜査一課の南部逸鷹でありまぁす」 「同じく、古坂敬二です」 呆気にとられながらも挨拶をする2人。 「あ、失礼しました。  警視庁特殊能力犯罪対策課、鈴木新太(すずきあらた)。超能力プラス、再生能力者です。  ガキに見えると思いますが、それ外見だけなんでよろしく。  で、こっちは神奈川暎子(かながわえいこ)っつって、サイコメトラーです。現場検証にコキ使ってください。  それで、状況はどんな事になっていますか」 「ちょっと〜。にゅーたくんもうちょっとマシな紹介してよね」 やはり唖然とする2人。特に南部は信じられないという表情をしていた。 「あのよ」 「はい?」 「もしかして、オレらまだ捜査に加わっててもいいワケ?」 『特能犯対策課』と捜査に加わる加わらないで大喧嘩するつもりですらいたのだ。 それをアッサリと協同戦線を張るというのだから。 「もし本当に犯人が凶悪な超能力者であったなら、ボクらの出番です。  でも、正直言ってまだわかんないよね。  捜査が進展するまでは、ぜひ協力してください。えぇと」 「南部だ。よろしくな、ボウズ」 「古坂です。ナンさん、ボウズってのはちょっと・・・  それじゃ、部屋のサイコメトリーから始めてもらえますか。  鑑識は終わりましたが、どうも密室だったみたいなんです」 「まぁかせてください!  神奈川暎子、超真剣に読み取らせていただきます!」 30分後、神奈川が行った報告は、信じがたい内容のものであった。 「あの・・・ちょっとよくわかんないんですけど・・・  この部屋のモノ、凄く読み取りにくくて、読みきれないところもあるんです。  物体に残る人間の残留思念もグルグルと渦巻いていてですね。  でも、これだけはハッキリしててですね。その。  この部屋は少なくとも1日以上、何の超能力も使われた痕跡が無いです。  つまりその、テレポートもサイコキネシスも使われて無いんです。  という事はですねぇ」 神奈川が言葉を詰まらせる。 その先の言葉は、あまりに非科学的で、非論理的だからだ。 「つまり、本当の密室殺人だったって事なんですね」 古坂がポツリとつぶやいた一言は、捜査員全員に戦慄を走らせた。 部屋に、謎が、産まれたのだ。   続く 古坂敬二(ふるさか けいじ)〜20代男性。警視庁捜査1課の刑事(巡査)。 南部逸鷹(なんぶはやたか)〜29歳。警視庁の捜査1課に所属する刑事(非能力者)。階級は巡査長。 津田横道(つだ おうどう)〜仏教系PK集団「祭御仁久宗」所属の僧侶。 鈴木新太(すずき あらた)〜警視庁特殊能力犯罪対策課の刑事。階級は巡査。再生能力者。 神奈川暎子(かながわ えいこ)〜警視庁特殊能力犯罪対策課に所属するサイコメトリー能力者。 埠顎 智香(ふがく・ともか)〜17歳の少女。非常に攻撃的なテレパスの持ち主で、交信と同時に相手の精神構造に干渉できる。 魔道商人記は少しお休み