亜人傭兵団奮闘記 その四 ■登場人物■ ・パーティー 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 剣士 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 副長 無口 ガチムチ 重戦士 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 剣士 「ファイ」  コボルド 男 … 最年少 わぁい レンジャー 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 魔法剣士 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 怪力 重戦士 (今回出ない人たち) 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ --------------------------------------------------------------------------- ●ゲッコー市到着● ゲッコー市は皇国最南端に位置する地方都市で、手付かずの自然が多く残る場所にある。 南方小国家群と隣接しているため皇国陸軍駐屯地があるが、なにせ東国や西国、王国連合に隣接している 地域に比べれば、諍いなど無いに等しいので、半ば新兵の訓練所と化しているのが実情である。 元々この地方はリザードマン五大氏族の「ヤパルラ族」と共に人間が魔族達から奪還した土地である。 そのため、都市化されているゲッコー市内ではともかく、未だ伝承が残る周辺の村落ではリザードマンは 信仰に近い、崇敬の念を持たれているらしい。 しかし、いくら都市部で伝承が失われつつあるとはいっても「ヤパルラの森に立ち入るな」というのは ここに住むものなら子供のころから必ず教えられることだし、それを破れば法で罰せられることになる。 不侵の約定はこの土地と切っても切り離せないものなのだ。 それはおそらくヤパルラ族にも、同じ事なのだろう。 呆れ果てた律儀さで古代の契約を守ってきたヤパルラ族にとっては──この数百年は姿を見たものさえいないのだ── お互いの土地を侵さぬことは彼らに本能のように結び付けられているに違いない。 ゲッコー市長の依頼の文言を信じるとするならば、何らかの理由でこの均衡が破られたことになる。    *  *  *  *  * 酒場でカーターとファイと席を共にしているのはどこから見ても人間の男女だった。 「いやー、しかし人間の体ってのはどこもかしこも柔らけぇんだな!俺の腹みてぇ。  あ、でも柔らかいっつってもアレがあるか。アレはなー、柔らかいだけじゃねぇもんなー。だろ、ファイ!」 「あの…もうちょっと小さな声で…。」 ファイが言うより早く、男は隣に座っていた女に思いっきり頭をどつかれた。 「ちょっと!そんなバカ大声でバカな事わめき散らさないでよ!」 「…いっってーなー!少しは手加減しろよゴリラ女!」 「あんたがくだらない事ばっか言ってるからでしょ!まず自分の態度を改めなさいよ。」 「まぁまぁまぁ二人とも…」 どこからどう見ても人間のその男はリゲイ、女はエピリッタ、本来は二人ともリザードマンである。 リザードマンが問題になっているこの街で、そのままの姿で動き回るのは大変だろうということで 市内に入る前にミラーが『変装』の魔法を施してくれたのだ。 外見だけを取り繕うのならともかく、皮膚の質感まで変えるほどの偽装、しかもそれを他人に施すとなれば 並みの魔法使いには到底不可能な事である。一体ミラーはどれほどの魔力と素養を持ち合わせているのか。 カーターは改めて感服した。 「さぁエピリッタ君、リゲイ君、喧嘩はそのくらいにして、手分けして情報収集といこうか。」 「はい、じゃあ私とファイは市場と商店あたりを。」 「はい!」 「じゃあ、俺は酒でも持っていって警ら中の皇国軍のやつらに聞いて回るよ。」 ジャックと副長二人は市長に挨拶、ニコラはここの盗賊ギルド、ミラーは魔法屋に話を聞きに言っている。 どうにも「裏がありそう」な依頼の隠された部分を暴き出すためには、少しでも情報が多いほうがいい。 「では、一通り回ったら宿屋に集合しよう。」 「ういーっす。…なーエピりん。」 「なによ。」 「おっぱい触ってみていい?」 「…死ねば?」    *  *  *  *  * 「遠路はるばるご苦労。私がゲッコー市長、フィリップ・モーリスだ。この度は依頼を受けてくれて感謝している。」 ジャック、リーガン、ゴルドスの三人の前に現れた男は、市長という肩書きには似つかわしくない 意外なほど若々しい男だった。 聞いた話では四十を越えていたはずだが、眼前にいる男は多く見積もっても二十代後半。 若者らしくない正確に七三に分けられた髪型と、モノクル、男物の香水のキツイ臭いを除けば、三人が会った事のある どんな四十男よりも見た目は若かった。まるで禁術でも使っているかのように。 そして傍らに立つ秘書らしき女性。彼女もまた怪しげな美しさを持った、とても秘書官とは思えないような在りようだった。 美しい繊細な黒髪、すらりと伸びた長い足。リゲイがこの場にいたならすぐにでも口説きかかっているだろう。 癖なのか、それとも眼が不自由なのか、それとも単に顔立ちでそう見えるのか、常に両目を閉じているように見える。 市長の態度は表面上の謝意は示しているものの、言葉の調子と冷めきった目線が鼻につく。典型的なエリート役人といった感じだ。 もっとも、荒事を生業にしている冒険者達に対しての扱いは、どこの役人でも似たり寄ったりなのだが。 「ところで、その二匹は君の護衛かね?」 しかめっ面をして市長がリーガンとゴルドスを睨む。早速、差別主義者の本領発揮だ。 「ええ、この『二人』は私が最も信頼をおいている仲間ですので。」 「そうか。畜生を『仲間』とは、変わっているねぇ君。まぁとにかく追い出してくれたまえ、獣クサくて息が詰まりそうだ。」 リーガンもゴルドスもさして気にした様子はない。いくら皇国に住んでいようとこういった差別や偏見は往々にしてある事だ。 もう慣れっこなのである。それに─ 一番辛いのはジャックであることを二人ともよく知っている。 「お言葉ですが、市長殿…」 言葉を返そうとしたジャックを二人が制す。 「…む。(首を横に振りながら)」 「失礼いたしました。私達二人は退室させていただきます。…じゃあ、後でな、ジャック。」 二人が部屋を後にすると市長は、フン、と鼻を鳴らした。 「それなりに躾は行き届いているようだな。」 よくこんな男が皇国の一都市の長になれたものだ、とジャックは呆れ返った。 種族や生まれの貴賎ではなく一個人の持つ能力を求める皇国の理念を追求する上で、この男のような 差別主義者が人の上に立つなど、あってはならないことのはずである。 それ程この男の能力が高いのか、それとも何か政治工作をしたのか、そこまではジャックには知る由もないが。 「さて、では肝心の依頼の話に移ろうか。」 「…リザードマンの退治、と聞いていますが。詳しい話をお聞かせ願えますか。」 「うむ。実はここ半年の間ヤパルラの森付近で惨殺事件が多発していてね。常駐している陸軍にパトロールを頼んだが  その兵すらも殺されるといった有様だ。」 「その犯人がヤパルラ族である、と?」 「おお、よく勉強しているな。未だ決定的な証拠はつかめないが、私はそうだと踏んでいる。」 市長の話によれば、犯行が常に深夜に行われること、現場に居合わせた者がで生存者がいないことから 未だ確証がもてないのだそうだ。 「…盗賊団や魔物、若しくは悪霊種の可能性は。」 「ありえんね、あの周辺には大型の魔物の生息が確認されたことはないし、金品が盗まれたわけでもない。  しかも森林外部の古代の石壁の効果か、残留思念や負の精霊が実体化することもない。そうなれば疑うべきは  ヤパルラだけなのだよ。」 「…確かに、そう考えられますが。」 とはいったものの、信じがたい事実である。 実に二千年近く(!)約定を守り続けてきたヤパルラが人を襲う、とは。 「それにな、どの死体にも爪あとや噛り付かれた跡が残っている。ハハ、よほど腹でも空いていたのかな。」 「…食料を求めていた、ということでしょうか。」 「かもしれんな。ともかく、決定的な証拠をつかむために、君たちには囮になって犯人を生け捕りにしてもらいたい。  まぁ死体でもかまわんがね。」 「解りました、微力ながら真相究明をお手伝いさせていただきます。…ちなみにもし犯人がヤパルラだった場合は…」 「皇国陸軍に要請して森を焼き討ちにしてもらう。」 「…!しかし、不侵の約定はどうなります!それに他地域の氏族にも重大な影響を及ぼしますよ!」 「何を言っている、約定を先に破ったのはあちらの方だ。それに影響など知ったことか。  私は市民に安全な生活を取り戻したいだけだ。…文句があるようなら他に依頼してもいいのだぞ。」 「…解りました。出すぎたお言葉、失礼いたしました。」 「よろしい、では明後日の夜、十時過ぎに市庁舎前に来てくれたまえ。現場に案内する。」 一礼してジャックが扉を開けようとした所に市長から声がかかる。 「ところで、何人で行動しているのかね。」 「…七人です。」 ジャックは嘘をついた。 本能的にではあるが、この男に自分達の手の内を明かすのは危険だと思ったのだ。 「そうか。君、これを彼に。」 市長は懐の財布から金貨を七枚、秘書官に渡した。 ジャックは秘書官が歩み寄ってくるのを手で制した。 「戴けません。ギルドのほうからすでに前金は届いておりますので。」 「いい、宿代だ、受け取りたまえ。」 それでもジャックが拒み続けると、秘書官は彼の手を掴んだ。体温を感じない冷たい手。 ハッとしてジャックが秘書官を見返すと ─ 気づけばジャックは市庁舎の外に立っていた。金貨を握り締めたまま。 嫌な汗がどっと吹き出る。 いったい何が起こった?なぜ俺は今ここに立っている? 思い出せない。 確か秘書官に手を掴まれて、彼女の眼を見て… 美しい 漆黒の 瞳 … 「…イ!オイ!ジャックどうした!」 リーガンに肩をゆすられて、ジャックは正気に返った。 「あ…おお。リーガン、ゴルドス、いたのか。」 「いたのかもなにも、さっきからずっと声かけてたぞ。なぁ?」 「…ん。」 「そうだったのか…。」 「…何かあったな。」 ジャックはあの眼を思い出さないようにしつつ、答える。 「ああ、あの秘書官は、やばい。俺もうまく思い出せないが、多分『魅了』の術を使いやがった。  お前らに気づかされなきゃ今も俺は操られたまんまだ。」 「魔法か?」 「いや、そんな素振りは一切見せなかったから多分、瞳術だ。案外市長も操られているのかもしれんな。」 「…む。」 だとしても、なぜそこまでしてヤパルラを滅ぼしたいのか、肝心の部分は謎のままだが。 「ともかく、いったん宿に戻ろう。今後の予定をみなに伝えたうえで、色々計画を練らなきゃならん。」 「瞳術使いの秘書官に、イカレた市長。…この街は一体どうなってんだ。」 「…むぅ。」 つづく