亜人傭兵団奮戦記その1.5 「出発前日」 出発前日 ----------------------------------------------------------------- ファイは頭を抱えていた。 「言葉が通じないって…まさか言語を持たないとか?」 「まさか、五大氏族に類されるリザードマンはどれも立派な文化を持ってるぜ。」 「だとしたら蜥蜴族の共通語はダメなんですか?サーペンタイルですら共通語は通じるはずですが。」 「だからそれが通じるなら苦労しねぇってば。」 「えー?じゃあ一体?」 混乱するファイを見てリゲイはニヤニヤしている。 最年少のファイは亜人傭兵団の中では完全に子供扱いである。困った顔が面白いという事で よく団員達にからかわれている。一言で言えば「可愛い弟キャラ」だろうか。 「おいリゲイ、あんまりウチの坊主をいじめるんじゃない。」 「あ、リーガンさん!」 コボルドのリーガンは歴戦の傭兵である。過去の戦いで両目を失っているが それを補って余りある鋭い聴覚と嗅覚、そして敵を追尾して貫く奇剣「ドッグハウンド」を操り 戦場では負け無しである。 己の意思で里を抜け出し、自らの力のみを頼りに戦場を駆け抜けてきた本物の戦士。 ただなんとなく旅に出たファイとっては彼は尊敬の対象である。 「なーにいってんすかリーガンさん、これはいわゆる『かわいがり』ってやつで…」 無視してリーガンが続ける。 「ファイ、ヒントだ。ヤパルラ族は神代の時代に古代人達と不可侵の約定を結んで以来  人間との接触はまったく無い。逆に考えれば…?」 「えと、古代にはコミュニケーションが取れていた…え、もしかして!」 「そう、彼らは『神代言語』しか話せないんだよ。」 神代言語といえば洞窟や遺跡、もしくは博物館ぐらいでしか目にかけることが無いものである。 それを解読できる者ですら皇国内に数えるほどしかいないというのに、ましてやそれを話せる者など いるのだろうか?少なくともファイの知る限りではそんな人物は聞いた事すらない。 「なーんだつまんねぇの。リーガンさーん、言わないでくださいよー。」 「じゃあ、どうすれば…?」 「団長には何か考えがあるようだ。まぁ追々話してくれるだろうさ。」   *  *  * (…やはり文字を書くのは苦手だ) そんな事を思いながらゴルドスは何枚目か解らない書きかけの便箋を屑篭に放り投げた。 すでに満杯になった屑篭にはじかれて、丸めた手紙は床に転がった。 大体文字を書いたのは皇国軍で初等教育を受けさせてもらって以来である。上手くいくはずも無い。 しかしそれでも彼が代筆を断ったのは、ロアに対する恩義の故だった。 好き放題暴れ回り、討伐対象になりかけていたゴルドスを超獣軍団にスカウトし 真っ当な道に進めてくれたのはロアである。 ロアは優れた戦士であると同時に、獣人たちのよき理解者であり、兄のような存在であった。 読み書きのできない部下達に教育を施す制度を作り、「人間」の生活になじめない獣人たちに 「人間」の常識を教え、彼らを立派な皇国人として育て上げた。 軍団を離れた今でも、共に戦い、共に笑った日々を忘れた事は無い。 だからこそ、何本もペンを折り、筆圧で便箋を破いてしまいながらもゴルドスは自分の手で便りを 書きたかったのである。 (よし、もう一度!)  U ω ぁぃな る  □了 だω ちょぅ ∧  ゎた Uは ぁたらUぃ なかまたちと たのU<・・・ 「お、頑張ってるな。」 いつの間にかジャックが覗き込んでいた。 「…む!」 「いや、何回ノックしても返事が無かったからな。鍵開いてたし。」 「むぅ…。」 先ほど驚いた拍子にまた便箋を破いてしまったらしい。ゴルドスは紙くずと化した便箋を悲しげに見つめている。 「…す、すまん。」 「…ん。」 「書き上げるなら夕方までにしてくれよ。援助要請の書類と一緒に郵送しとくから。邪魔したな。」 「…む?」 「皇国軍経由でウォンベリエに知恵をお借りしようと思ってな。」  *  *   * クァル・ブーリーはきっと良いお嫁さんになる、それは亜人傭兵団砦のコック全員の見解である。 基本的に団員達に出す食事には繊細な味付けや凝った料理法は必要ない。 食材さえあれば生であろうとなんであろうと平気で平らげてしまうからだ。 彼らの強靭な体を支えるため、食べる量も半端ではない。 要は質よりも量が重要視される食卓であり、自然、コック達もいちいち調理法を気にかけなくなった。 しかしそんな食卓も、クァルが入ってきてから様子が一変した。 今まで焼く、煮る、生、ぐらいしかなかったレパートリーが大幅に増えたのだ。 それは「戦いに疲れた団員達を少しでも労ってあげたい」、とクァルがコック達に料理を 教え込んだのだ。 今では飯時になると誰もが食堂にすっ飛んでいくほどである。 -閑話休題- クァルは食糧倉庫で明日の出発する皆の食料の選別をしていた。 様々な種族がいる亜人傭兵団では食料の選別も一苦労である。 「えーと、パンが三袋に…あ、リゲイさんガいるカら虫も用意しないと…エピリッタさんに干し魚…  ファイ君とリーガンさんに骨…あ、干し肉切れてるカら…買出しに行って…えーと…」 「クァル、手伝おうか?」 「いえ、大丈夫ですよー。あ、買い出し行ってもらえますカ?」 親しくはなったものの爬虫類恐怖症のせいで未だに目を合わせてくれないのが エピリッタにはちょっと寂しかった。 「うん、OK。いつもありがとうね。」 「いえいえ、明日から頑張ってクださいね!お弁当作りますカら!」 「あ、アレ入れといて。」 「ヒャクメウオの酢漬けですね、了解です!」 「あ、エピリッタさん」 「ん、なに、追加でなんか買ってくる?」 「いえ、あの、今回の依頼の件なんですけど…なんで皇国中央が直接調査に乗り出さないんでしょうカ?  五大氏族が人間を襲うなんて、おカしな話でしょう?」 「んー…色々要因はあるだろうけど…多分また国家間で新たな火種があるのよ。  いちいち辺境の土地には構ってらんないんでしょうね。」 「火種?」 「『極東』でなんか動きがあるらしいわ。何事も無く終わってくれればいいんだけどね、あーやだやだ。」 「…ですねぇ。」  *   *   *