いきなりだが夏休みである。 全寮制である言霊学園は長期休みになると大半の生徒は実家に帰省し、魁子を筆頭としたいつもの3人も帰省していた。 といっても3人は同じ中学の出身なので帰る所は一緒なのだが。 そんな訳で地元に帰っていた3人は都合よくやっていた神社の縁日へと遊びに来ていた。 ちなみに3人とも夏らしく浴衣姿に着替えており普段とは違った印象で何と言うかまぁ悪くないですね。 「やっぱり地元ってのはいいもんだなー。空気っていうか匂いが落ち着くよ」 「そうよ。1年の大半を学園で過ごしてるからってのもあるけど見飽きた風景が懐かしいって思えるのは新鮮だわ。まぁ特にこ れといって何もないけど」 「あらいいじゃない。日本の田舎ってまさしくこういう感じだと思うわよ」 郷愁に耽りつつも夜店を物色していく3人の両手はいつの間にか荷物でいっぱいになっていく。 「次は射的やろう射的」 「いやここはやっぱ王道の金魚すくいでしょ」 「私はリンゴ飴が食べたいわ」 思う存分お祭りを楽しむ3人の姿はどこから見てもごく普通の少女たちにしか見えなかった。 普段は怪鳥音で叫んだり剣を振るったり人の頭に乗せた蜜柑を打ち抜こうとして失敗してる3人だがその辺から目を反らせば 実はけっこうな美少女なのだ。 だからそんな3人を見て一夏のラブロマンスを妄想した若者達が声をかけてくるのは不思議ではない。 「ねぇねぇキミら3人だけ?よかったら俺達と一緒に歩かない?」 「「「パス」」」 「ヒューそこのイケてるお嬢ちゃん達ぃ、俺達とたこ焼きつつこうぜぇ!」 「「「パス」」」 「好きだ!」 「「「パス」」」 とまぁこんな具合にさっきからナンパされまくりだった。 「あー鬱陶しいなーもー。テンション下がるってーの」 「お祭り気分で浮かれてる女なら楽に釣れるとでも思ってんのかしらねまったく」 「縁日の出し物とでも思えばいいじゃない。2人ともまだまだね」 中学時代からそれなりにモテていた零は平然としていたがナンパされる事に慣れていない魁子と麻衣は先ほどから続くナン パラッシュにかなりウンザリしていた。 「どうせナンパされるならもっとこう誠実そうで何かこっちが守ってあげたくなるような感じの男の子にされたいよ」 「それはあんたの好みでしょーが。というか誠実な男の子はたぶんナンパなんかしないわよ」 「そういえば魁子、壱太郎に浴衣姿を見せなくていいの?」 零が壱太郎と言った瞬間魁子の顔がトマトになった。 「ななななな、何でそこで壱太郎くんの名前が出てくるんだよ馬鹿!べ、別にあたしは壱太郎くんの事何とも思ってないんだ からな!!」 トマトになった魁子は面白いくらいに動揺していた。 「あらそう、じゃあ帰ったら壱太郎にそう伝えておくわ」 「いやゴメンそれだけは勘弁して!一生のお願いだから!」 「あんたも素直じゃないわねー。好きなんでしょ?壱太郎くんの事」 「いやそのあのまぁそのなんというか・・・・・・嫌いじゃないけどさ」 「嫌いじゃないけど?」 麻衣はニヨニヨしながら魁子の反応を楽しんでいた。ひょっとしたら縁日よりも楽しんでるかもしれない。 「けど・・・・・・だーもう!!これ以上あたしに何を言わせる気だコンチクショー!!」 魁子は恥ずかしさが限界を超え何故か叫ぶとぽかぽかと麻衣の頭を叩きだした。 「あたたたた!ゴメンゴメンあたしが悪かったから殴るな殴るな」 頭を抱えて謝る麻衣だがその目はまだ笑っていた。 零はそんな2人を見て静かに微笑んだ。 ナンパされイライラしていた事などいつの間にかすっかり忘れていた。 だが空気が読めない奴というのはどこにでもいるものでいかにも頭の悪そうな茶髪の3人組がヘラヘとした笑みを浮かべなが ら声をかけてきた。 「楽しそうだね、何やってんの?」 「俺達これから花火見に行くんだけど一緒に行こーぜ」 「俺達花火がよく見える穴場知ってんだよ」 やはり零は平然としていたが忘れかけてたものを思い出してしまった魁子と麻衣は露骨に顔をしかめた。 「ナンパなら他所でやれよ」 「花火は見るけどあんたらとは見る気しないわね」 「という訳だからさようなら。早く相手が見つかるといいわね」 そう言い残すと魁子達は茶髪達に背を向けさっさと歩き出した。 あんまりと言えばあんまりな態度と言葉に唖然としていた茶髪達だったが我に返ると怒りの形相を浮かべると魁子達の前に回 りこんだ。 「ちょっと待てよオイ!」 「ンだよ今の態度はよぉ!男ナメてっと痛い目みっぞ!?」 「女だからって“殴”られねーとか思ってんじゃねーぞ!」 3人は今にも『ビキィ!?』と聞こえてきそうな茶髪達の顔を見て噴出しそうになるもギリギリで堪えた。 この手の輩には関わらない方がいいと判断し無視をする事に決めたのだ。いきなりヤバかったけど。 「聞いてんのかこのアマ!あぁん!?」 「人が話してる時はその人の目を見ろって学校で先生に教わっただろうが!」 「“不幸”と“躍”らせるぞコラァ!!」 「「「ブフォ!」」」 茶髪達がメンチを切るのと3人が噴出すのはほぼ同時だった。 「プ・・・あっはははははは!ちょ、勘弁して!」 「こ、これはヤバイ,これはヤバイって!」 「ふ、2人ともそんなに笑ったら(プス)失礼じゃないの(プス)」 魁子と麻衣は爆笑し、零は笑いを頬を大きく膨らませ笑いを堪えるもプスプスと息をもらしていた。 だが3人の行動はどう考えても火に油を注いでいた。 「てんめぇら・・・ぶっ殺す!二度と外歩けねぇ面にしてやる!」 分かりやすく馬鹿にされた茶髪達はパキパキと指を鳴らし3人威嚇する。 「今更謝ったってもう遅いぜ・・・」 「それに・・・ヘヘヘ、ボコボコにされるだけで済むと思うなよ」 下卑た笑みを浮かべるその姿はどう見ても悪者である。 そんな茶髪達を見て麻衣は肩を竦めた。 「まったく、せっかくの縁日だってのにつまらなくしてくれちゃってまぁ・・・魁子、やっちゃって」 「ってやるのはあたしかよ。まぁいいけどさ・・・って、今日浴衣だから無理だ、ゴメン」 「え?いやいやちょ、そんなの困るわよ。あたしだって今日竹光も何も持ってきてないんだからさ。どーすんのよ」 「どーすんのよってあたしに言うなよ。零・・・は聞くだけ無駄か」 「当然よ」 「あーもーじゃーどーすりゃいいのよ。正義の味方でも呼んでみる?」 「てゆーか俺達を無視してんじゃねぇ!」 またも自分達を無視する3人組に茶髪の堪忍袋の緒が切れた。 魁子と麻衣は都合よく正義の味方でもいないかと辺りを見回したが他の縁日客や屋台の店主達はこちらの様子を気にしな がらも巻き込まれるのが嫌でただ眺めているだけである。 「くっ、なんて世知辛い世の中だ」 「人間最後は1人という事らしいわね」 周囲に助けが望めないと分かった2人(零はいつの間にかギャラリーと化していた)はやむを得ず浴衣のまま構える。 素早い動きを得意とする魁子にとって浴衣という格好は動きを制限する枷となり麻衣も素手での戦闘力はたかが知れている 上やはり浴衣という格好が大きな枷になっていた。 「麻衣、前言ってた虎拳とかいうのは完成したのか?」 「いやまだ無理、前試したら手首が外れてすっごい痛かった」 「そうか・・・あたしもせめて浴衣の下にTシャツとスパッツくらい着てたら脱いで戦えたのにな」 魁子は浴衣の下からチラリと覗く自分の生足を見下ろしながら呟いた。 「どうやら覚悟を決めたみてーだな・・・そんじゃ死ねやぁ!!」 茶髪Aが今にも飛び掛ろうとしたその時である。 「悪事を働くのはそこまでにしたまえ」 どこからか聞こえた凛々しい声が茶髪Aの動きを止めた。 「誰だ!どこにいやがる!」 「出てきやがれ!」 「そう焦るな。言われずとも出て行くさ」 突如聞こえた謎の声に動揺する茶髪をさらに動揺させるかの如く声の主は人ごみの中から静かにその姿を表した。 「キミ達の相手は私が致そう」 声の主は背の高い若い男であった。 縁日らしく浴衣に身を包んだその男はどこぞの夜店で買ったのか狐の面を被って顔を隠しこれも夜店で買った物か浴衣の帯 には1本の刀を差していた。 「な、何だぁてめぇは!?」 「女の前でいいカッコしようってか。痛い目みねぇ内にさっさと消えろ!」 侍姿に狐面という男の姿に驚いた茶髪達だったがすぐに威勢を取り戻した。 相手がどんな格好をしていても1人であるのに対して自分達は3人である。 しかもそれぞれがポケットや懐にナイフやメリケンサック等の得物を忍ばせているのだからこんな偽侍が表れたところで何も 怖くはない。 「残念だが消えるのは僕ではなくキミ達だ。が、出来る事なら素人に対して刀を抜きたくない。今すぐどこかへ消えてくれるな ら今回は見逃そう」 狐面はごく自然にその台詞を口にした。 だが狐面思いとは裏腹にそれは茶髪達の神経をさらに逆撫でする事となった。 「てめぇ何ふざけた事ぬかしてんだコラ!時代劇ごっこなら家に帰ってやりやがれ!」 激昂した茶髪Aは腕を大きく振りかぶり狐面の男に殴りかかった。 「柳一刀流───紙一重」 狐面は男のパンチをあっさり避けると静かに呟いた。いや、呟いただけの様に見えた。 「この野郎!避けんじゃ・・・・・・あん?何だこりゃ?」 すぐさま次の攻撃に移ろうとした茶髪Aだったが突然顔に『何か』が降りかかってきて動きを止めた。 「・・・こ、これはまさか俺の!?」 「お、おい!お前その頭!!」 降りかかってきた『何か』の正体に気がつき仲間の声で確信を持った茶髪Aは自分の頭を触った。 そこには本来あるはずの物がなく代わりにペチンといい音が鳴った。 「おおおおお俺の髪の毛ぇぇぇぇぇぇ!?」 狐面はあの時呟きと共に腰の剣を一閃し茶髪Aの髪を見事に刈り取っていたのだ。信じられない神技である。 「髪ならばいずれまた生えてくるだろう。服よりはそっちの方がいいと思って気を使ったのだがな。さて、次は誰かな」 斬られた髪を手に放心している茶髪A、いや坊主を一瞥した狐面は残る2人の茶髪に目をやった。 「う・・・お、お前行けよ!たしか中学の頃空手やってたって言ってただろ!」 「い、いや、やってたっつっても3日で止めてるから・・・それよりお前行けよ!」 「お前が行けよ!」 「お前が行けって!」 「お前が」 「お前が」 「来ないのならこちらから参ろう」 「「え?」」 言い争う茶髪達を見かねた狐面は疾風の如く間合いを詰めると一閃した。 「柳一刀流───紙一重」 「「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」 茶髪改め坊主達を撃退した狐面はその後魁子達3人を伴って神社の境内へとやって来ていた。 「危ないところを助けてくれてありがとうございます。お馬鹿な友人2人に代わって礼を言うわ」 「いやあたしらもちゃんとお礼言うって・・・さっきはありがとうございます」 「ありがとうございます」 3人は狐面に向かって次々に頭を下げた。 この3人が頭を下げてる姿は海亀の産卵より珍しい貴重な光景である。 「礼には及ばないさ。困っている人がいれば助けるのが武士道。それに知らない顔でもなかったからね」 そう言って狐面を外した男の顔は3人も知る人物だった。 「柳先輩!?」 「何で柳先輩がここに!?・・・ってそういや先輩も同じ中学でしたっけ」 狐面の正体──それは3人と同じ中学の出身にして同じ高校──つまり言霊学園の先輩、柳現十郎だった。 柳は日本有数の剣術道場の跡取り息子で男子剣術部の部長を務め言霊学園四天王にも名を連ねる文句なしの実力者で ある。 そこら辺のチンピラでは10人20人束になってかかっても1分とかからずに成敗してしまうだろう。 「久しぶりに地元の祭りに足を運んでみたら何やら物騒な気配を感じてね。人目もあったので咄嗟に顔を隠して助太刀したと いう訳さ。まぁ戦木さんは僕の正体に気付いていたみたいだけどね」 「えっ?そうなの零」 「当然よ。私達の地元で普段から帯刀してる人なんて柳先輩くらいしかいないもの。というか声とか動きを見てて気付かない かしら」 「いや、だってまさか柳先輩がいるとは思わないじゃない。ねぇ魁子」 「ん、え、あぁそうだね、うん」 魁子は何故か下を向いたままゴニョゴニョと反応する。 「まぁいろいろあったがキミ達が無事でなによりだ。それはそうと霧々くん。僕の剣を見てどう思った?」 「え?いやまぁそりゃ凄いと思いましたよ。模造刀でああも見事に人間を丸坊主にするなんて石川五ヱ衛門か先輩くらいにし か出来ないんじゃないですかね」 「いいやそんな事はないさ。あの程度の技はうちの道場の高弟ならば朝飯前にやってのける。だから霧々くん。この際だから キミも漫画剣術なんて止めてちゃんとした剣術を学んでみないかね」 「え?いやそれは遠慮しときます。私は虎眼流一筋なんで」 「何故だね?キミほどのセンスがあればうちの道場で師範代を目指す事も夢ではないというのに。大体漫画剣術というのはだ ね。剣術において最も大事な・・・」 助けてもらった手前麻衣には勧誘→お説教というコンボに入った柳を止める事は出来なかった。 魁子は相変わらず下を向いて何かモジモジしているし零はそれを眺めて微笑んでいる。 そんな4人の影を本日1発目の打ち上げ花火が写し出した。 ◆あとがき◆ 季節外れですが今回のSSの舞台は夏休みです。 3人の地元が同じというのはいわゆる裏設定ですが紛失したSSにはそれを臭わす事がちゃんと書いてあります。 PCが飛ばなきゃ証拠を見せられるのに残念です。まぁ柳先輩が同郷なのは跡付けですが。 そして今回も出ました。噛ませ犬というか当て馬というかやられ役の名も無きチンピラ達。 無闇やたらと人様のキャラを倒すのはいかんし自分のキャラにも丁度いいのがいない時に使う苦肉の策です。 ぼちぼち他の人の設定使いたいなーとは思うんですが魁子と戦わせる場合勝敗がほぼ決まってるのがネックです。 自分の設定を倒されてもいいって人がいたらぜひご一報下さい。でないと勝手に使います。 以上、萌えよ小龍でした。 ちなみに今回で魁子は柳先輩に惚れました。