■ 亜人傭兵団奮闘記 その五 ■ 『ゲッコー市にて その二』 ■登場人物■ ・パーティー 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 剣士 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 副長 無口 ガチムチ 重戦士 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 剣士 「ファイ」  コボルド 男 … いい子 最年少 わぁい レンジャー 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 魔法剣士 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 怪力 重戦士 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ ------------------------------------------------------------------------------------------------- 自慢の黒装束に身を包んで、ニコラは市庁舎の屋根の上にいた。 意外なほどあっけなくたどり着くことが出来た。 警備は門の前に一人と裏庭に一人。どちらも眠り薬で眠ってもらったので、市庁舎は完全に無防備な状態である。 ニコラはシーフギルドの者の言葉を思い出していた。 「(なーにが『戻ってきた奴はいない』だよ!隙だらけじゃないか!)」 足音を消して動き、市長の部屋の真上に移動する。屋根越しに見える明かりからすると、日付も変わる頃だというのにまだ誰かいるようだ。 彼女の耳なら、この位置でも十分中の会話を聞き取ることが出来る。うまくすれば今回の事件にかかわる 何か重要な話が飛び出すかもしれない。 前庭にある門の近くの茂みに目をやると、見張りの為に無理やり連れてきたファイが緊張した面持ちで辺りを見回している。 警備は朝が来るまで絶対に眼を覚まさないほど深い眠りに落ちているし、同業者が来る心配も無いので、要は「いるだけ」である。 ファイの隠れ方はそれはそれは無様なものである。バンダナの両端に木の枝を二本くくりつけ、茂みの天辺から半分顔を出して キョロキョロしている。 昔見た喜劇の泥棒役がちょうどあんな感じだった、と、思い出してニコラは噴出しそうになった。 ニコラはふと月を見上げた。月は分厚い雲に覆われてまったく見ることが出来ない。 彼女のようなシーフにとっては絶好の仕事日和だ、実際今日もかなり順調に事は運んでいる。 なのに、なぜだろう。 今日に限っては、一条の光もないことが不吉の兆しに見えて仕方がなかった。 「・・・さて・・・・・ンに・・・・だろうか・・・。」 市長らしき男の声が聞こえる。 不安はどこかに吹き飛ばして。 ニコラは全神経を耳に集中して、会話を聞き始めた。 ------------------------------------------------------------------------------------- その前日、夜。宿屋「月の兎亭」の一室にて。 亜人傭兵団の面々は一同に会して、情報収集の成果の報告会議である。 さすがに宿のロビーで会議をするわけにはいかないので、一室に集まったわけなのだが… 「やっぱここ狭いよー!」 「せめーよー!」 不満が出るのは当然ではある。なにせ三人部屋に九人もの面子が集まっているのだ。 部屋のほとんどがベッドに占拠されているうえに、タンスまである中で九人は…さすがにキツい。 部屋を入って目の前のベッドにミラーとジャック、左のベッドにリゲイとファイ、左奥にはエピリッタとカーター 窓のせり出しにニコラが腰かけ、リーガンとゴルドスは入り口の前に立っている。 「…む。」 「ぬぅ…。」 九人の中でもとくに幅を取るリーガンとゴルドスは色々と肩身が狭そうである。 「もっとでかい部屋とればよかったじゃんよ団長ー。」 「我慢しましょうよリゲイさん…。」 「なんで男とベッドを共にしなきゃなんねーんだよ。」 「共にって…寝るときまで一緒ってわけじゃないでしょう!」 「じゃあアタシとかニコラなら良いわけ?」 「えー、ゴリラとガキだもんなー。」 「こらこら、リゲイ君…」 カーターが口を挟もうとした瞬間 「ガキとは失礼な!こうみえてもボク18なんだからね!」 「えー、ぺったんこの寸胴で18って言われてもなぁ…なぁファイ?」 「え!?あの、ええ?なんで僕に振るんですか!」 「あんたまたゴリラっていったわねぇ!」 「ファイまでボクの事バカにするのか!サイテー!」 「いや、違いますニコラさん!その…カーターさんなんとか言ってください!」 「うむ…その…人を見た目で判断するのは…」 「いってえ!また殴りやがったな!」  ギャー ギャー ギャー 「おーい」  ギャー ギャー ギャー ギャー ギャー ギャー こうなってしまうともう手のつけようが無い。 騒いでいるのがリゲイ一人ならその内エピリッタがノしてくれるのでいいのだがニコラまで混じってしまうと…。 頼みの綱のカーターは若いパワーに完全に翻弄されている。 若い衆は(というかリゲイとニコラは)どうにも緊張感が無くて困る。 「現場では皆真面目なのになぁ…」 ジャックは頭を掻きながら呟いた。 リーガンがジャックに促す。 「そろそろ止めないとほかの客が怒鳴りこんできそうだぞ。かといってゴルドスに壁をブッ叩かせる訳に行かないし。」 「…む。」 「どうしたもんかな…あ、すいませんミラーさん。こんな恥さらしを…」 微笑みながら(口元は隠れているので、多分、だが)ミラーは首を振ると、立ち上がった。 『皆さん、お静かに。』 低い声が皆の頭の中に響き渡る。 『ジャックさんからお話があるそうですよ。』 効果覿面、騒ぎはぴたりと収まった。 ジャックと副長二人は年長者二人に頭を下げる。 「…カーターさん、ミラーさん、すいません。よーし、気は済んだか野郎共、今度からそういうのは  陽の高いうちに、ほかの場所でやってくれな。でないと…。」 ジャックは笑いながらも指をパキパキと鳴らしている。 「 コ レ だ ぞ ?」 「「「ヒッ!」」」 「…どしたの三人とも?」 滅多に見られることは無いが、団長の鉄拳制裁の恐ろしさはニコラ以外の若者組は皆知っている。 リゲイにいたってはその身に受けたことがあるので、特によく知っている。 軍隊時代の彼の部下に鉄拳制裁の話を聞こうとすると、皆途端に顔を伏せるそうである。 荒くれ者を纏め上げてこれたのは彼の優しさや有能さのおかげだけでなく、恐ろしさもあるようだ。   *  *  *  *  * 市街地での聞き込みではほとんど何の情報も得られなかった、といっても良い。 被害者は南方から移動中だった商隊や移民たちで、今のところ市民に被害者はいない。 なので、残酷なようだが市民達は一連の事件にあまり関心が無い。 むしろよりいっそうヤパルラの森には近づかなくなったので、知っているのは新聞に載っている程度の情報である。 当然市長の提案する殲滅作戦など知る由も無く、いつか誰かが何とかしてくれるだろうという、まぁ在り来たりな反応である。 冒険者達にとってはゲッコー市は南方へ向かう途中の宿場程度にしか思われていないので、一連の事件は 旅のちょっとした障害、といった程度の認識である。興味を持ったものが幾日か張り込んでみたりもしたらしいが なぜかそういうときに限って、何も起こらないのだそうだ。 皇国軍の方では身内に被害が出ていることもあって、かなり敏感である。 しかし、殲滅作戦に賛同するもの、約定を意識して異を唱えるもの、上層部でも意見はまとまらず結局のところ 臨時司令官である市長の判断待ち、といったところだ。 リゲイによると「戦る気はあるのにビビってる」らしい。 ニコラの得てきた情報は市長への疑いをかなり深めるものだった。 一連の事件が起こり始めたのは、あの市長が就任してからまもなくである事。 事件のことを知っていながら警告も出さず、パトロールも行わず、被害がより増えた事。 市長の周辺を嗅ぎまわっていたギルド員達が一人残らず「消え失せた」事。 「消え失せた、というのは?」 「言葉のまんまだよ、連絡も残さずいきなりいなくなっちゃうの。『始末された』って言った方がいいのかな?  捕まえるんじゃなくそっちの方が私達を威嚇できるからねー。」 自ら進んで闇の道を歩こうという盗賊たちに同情の言葉は必要ない。 とはいえこのような若者があっさりと「始末」などという言葉を口にするのは、生き死にの境界線を 生きてきた亜人傭兵団の面々にとっても心苦しい事ではある。 ともかく、皆の情報を総合しても解る事は、この事件が全てにおいて市長の掌にある、という事だけだ。 「…結局の所、市長が何を企んでいるのかは知りようが無いわけね。」 「約定の効力がむしろヤパルラを窮地に陥れさせているとは、皮肉なものだ。」 カーターの言うとおり、約定がヤパルラを「触れ得ない存在」としているからこそ、世間に流れている 情報がそのまま彼らの存在になってしまっている。 真実がどうあれ、今やヤパルラは「恐ろしい魔物」のレッテルを貼られているのだ。 「まー、だからこそさ、罠かもしんねぇけど飛び込んでみるしかしかねーんじゃねぇの?  こっちにはミラーのおっさんっていう切り札もあるわけだし。それにここにいる皆むざむざブッ殺されるような  奴らじゃねーしさ。襲ってきた連中とっ捕まえてなにがどうなってんのか聞くしかねーじゃん。」 リゲイの意見に皆納得せざるを得なかった。 事実自由に行動できるのは明日の夜までで、情報収集など悠長な事をしている余裕は無い。 「確かにな…。ともかく明日に賭けるしかないだろう。  何が出てくるか解らんから、準備だけは十二分に行ってくれ。以上、解散だ。」   *  *  *  *  * ニコラは自分の技能に全幅の信頼を寄せている。 それは決して驕りなどではない、そうでなければ生き残れないからだ。 不安はトラップを解除する手を動揺させる、忍び込む足の動きを鈍らせる、危機を知らせる神経を鈍らせる。 会議から二時間後 ニコラはひとつの音も立てずこっそりとベッドを抜け出した。 皆が寝静まった今なら誰にも気づかれず外出できる。 相部屋のファイとエピリッタも眠り薬で完璧に眠り込んでいる。 誰もが探れなかった市長の計画、そんな絶好の挑戦材料が目の前にあるのにじっとしていては 『白銀の神風』の異名が泣く。 「(さぁて、一仕事といきますかね!)」 ニコラが窓に手をかけた瞬間、部屋のドアがガチャリと開いた。 立っていたのはジャックだった。 「あ、すまんな。部屋を間違えたみたいだ。…どうした、窓なんか見つめて。眠れないのか?」 不覚だった。ワクワクしすぎて一瞬部屋の外まで気を回せなかった。 「う…うん。いつもは起きてる時間だからさ。今から寝ようと思ってさ!」 「そうか。」 「うん、じゃあおやすみっ!」 「ああ、おやすみ。」 ニコラはベッドに潜り込み、全神経を部屋の外の音を聞く事に集中させた。 リゲイとゴルドスの大鼾のせいで中々聞こえないが…ジャックが廊下を歩く音…今部屋に入った… よし、今ならいける!最大限の迅速さと静かさで飛び起き、窓を開けて窓枠に足をかけた瞬間 廊下からドアを開ける音がした。 さっきと同じ最大限の迅速さと静かさでベッドに飛び込む。 「(なんなんだよ、もぉ!)」 ニコラの部屋のドアを開けたのはまたしてもジャックであった。 「あー、また間違えちまったなぁ……ニコラ、起きてるか?」 「……」 「起きてるよな。仕事着のままだもんな。」 「(やっちゃったぁ…)」 ジャックは壁にもたれて、ニコラが潜り込んだブランケットを見つめている。 「…まぁ起きてるだろうから言っとくがな。絶対に単独で市長を嗅ぎまわったりするな。  …俺が瞳術にかけられたのも、探りまわるな、という警告の意味があるんだろう。」 「………」 「別にお前の腕を疑ってるわけじゃない。ただな、得策じゃないと言ってるんだ、ここまで相手の正体が  解らない状態ではな。」 「でも…!」 ブランケットを跳ね除けてニコラはジャックを見つめ返した。 「一時的にでも、お前は俺の仲間だ。仲間を『始末』されてはかなわんからな。」 「…されないよ!」 「俺に考えを読まれてるようじゃなぁ…」 「…ぶー。」 ニコラは精一杯ふくれて見せた。 ジャックはニコラの頭をなでてやる。 「まぁ明日はお前のナイフの腕を見せてもらう事になると思うからな。そこで存分に力を振るってくれ。」 「…わかった、勝手な事はしないよ。」 「ん、解ればよし!あ、あと仲間に眠り薬なんか使うんじゃないぞー。」 「(バレてる…)はーい。」 おやすみ、と挨拶をしてジャックは自分の部屋に帰っていった。 今度こそ寝るつもりでブランケットに潜り込んだニコラは、それはそれは悪い笑みを浮かべていた。 「(勝手な事はしないよ…『今日は』ね!)」 静かな部屋の中にラットマン独特の「チチチチチ…」という笑い声がかすかに響いた。 続く