RPG カーメン王国SS     - カーメン戦記 - ―――――大旱魃   砂漠の国、カーメン。   普段ならば、砂塵にも負けず、日差しにも負けず、人々が街を活気で賑わせているはずだった。   しかし、ここの所、何日も、街の中は静まり返っていた。   強すぎる、陽光。   さらに追い討ちをかける様な、砂塵。   人々の表情は皆、気だるげな表情で街を歩いている。   半裸に近い状態の者も少なくはない。   いつも元気よく街中を駆け回っている子供達も、ここ最近は日陰で大人しくしていた。   空調管理の行き届いた王宮に住まう王族、貴族であっても、それは同じだった。   うちわで主を扇ぐお付きの者達も、千切れんばかりに腕を動かし続けていた。   しかし、その中にあっても、きりとした表情で動く者達がいた。   カーメン騎士団。   彼らは、この強烈な日差しの中であるというのに、きちと騎士団の団服を着、剣術稽古に励んでいた。   服は汗でぐしょりと濡れて、湯気を放っている。   それは、見る者すらも息が咽びそうな光景だった。   その端に、日陰に立ち、その様子を見守る人物がいた。   カーメン人らしい褐色肌、小柄で童顔、さらに真横に切りそろえられた前髪、後ろ髪――極東では幼子がする、おかっぱ、と呼ばれる髪型――はその人物の童顔を際立たせていた。   近眼だからという理由でかけている眼鏡ですら、子供が大人ぶろうとしてかけているように見え、彼女は二十代半ばであるにも関わらず、少女のようであった。   そんな彼女も、日陰にはいるが、皆と同様に玉の様な汗を顔中に浮かべていた。   しかし、他の騎士達同様にきりとした表情を崩しはしていない。   彼女は剣を握る事はなくとも、誇り高き騎士の魂を持つ一人である事をそれが証明していた。   その彼女の元へ、一人の兵士が宮殿の表口から駆け寄ってきた。   そして、彼女に何かを話しかける。 「そうでしたか、ご苦労様です」   その少女のような女性――カーメン王国日の騎士団副長、タニア=アテンは、兵士の報告を受け、剣の鍛錬に励む兵士達の方へ歩き始めた。   そして、少し先で部下に剣術稽古をつけている、陽光のごとく眩く光る立派な禿頭を持つ巨漢、カーメン王国日の騎士団団長、ルマダ=アイコフの前に立った。   タニアは先述した様に、小柄で、大柄なルマダと並ぶと、まるで親子のようにも見える。   タニアは首を曲げ、ルマダを高々と見上げると、口を開いた。 「ルマダ団長」   その声に反応し、ルマダは、まるで顎で胸を突くようにして下げ、タニアを見た。   あまりにもの身長差の為、彼女に気付かない事も少なくはない。   身長差だけでなく、彼女は寡黙で静かで、あまり存在感がある方ではない。   その事がより、彼に彼女の存在を認知させ辛くした。   彼女が副団長に就任したばかりの頃は、突然眼下へと静かに現れる彼女に、彼女以上に寡黙なルマダも、最初は度々驚かされた。   しかし、一年も共に働けば、彼にそれを慣れさせてしまった。 「どうだった?」   ルマダは、仏頂面で口を開く。   その時不意に、彼の頬を伝う汗が、顎に到達し、大きな雫となって砂の上に落ちた。 「西地区、東地区共に農作物は壊滅的です...」   タニアのそれは、報告というより、ため息の様だった。 「うむ...王へ報告差し上げてくる」   対するルマダの返答も重く、ため息の如くであった。   皇暦2257年、カーメン王国を、大旱魃(かんばつ)が襲った。   元より焼け付くようであった陽射しは、更に力強く地を焼き、稀に降っていた雨も、全く降る気配を見せなかった。   それにより、少量ばかりは収穫できていた作物が、枯れ果てた。   とは言え――自国で取れる作物など少量であった為、それ自体はそれほど国全体に影響を及ぼさなかった。   ――しかし、旱魃は、カーメンの地のみの問題ではなかった。   砂漠の民の八割方の腹を満たす、食料の輸入先――隣国、実り豊かな農業国エルドクリア。   彼の国も、旱魃により被害を受けていた。   日差しが増し、雨が自然に、降る事はなかった。   しかし、元よりエルドクリアは農業において右に出る国も無いほどの農業技術を持っていたし――   水工事や水を汲み上げる風車などの施設の完備により、水が枯れはてる、という自体に陥る事はなかった。   さらには、畑を持ち、自給自足を行っている家庭も多く、貴族、王族等ですらも、菜園を持っていた。   その永きに渡る伝統からも、国民が飢える、という自体には陥らなかった。   彼の国にしてみれば、ただ、農作物等の輸出量が減る、という事だけであったし、元々国益にさほど執着を持たぬ王が納めていた事もあり、さほど問題にはならなかった。   ――ただ、困るのは、彼の国の輸出物の恩恵を大きく受けていた、カーメン。   エルドクリアは旱魃による被害が幾分かは少なくとも、確実に被害は受けているのだ。   輸出する農作物は普段の五〜六割程度しか収穫する事ができなかった。   とは言え、旱魃の被害を受けていたにしては、驚異的な収穫量ではあった。   しかしその収穫量では、ぼ全てエルドクリアからの輸入に頼っているカーメンへの輸出量ぎりぎり、否、幾分か少ないくらいで、他国への輸出は不可能であった。   カーメン国王、カーメン・バルイ・マルネイザ13世はルマダからの国内の収穫が壊滅的である事、エルドクリアも旱魃の被害を受けているという報告を受けるとすぐさま、エルドクリアへ使者を送った。   心優しき寛大なエルドクリア王は、カーメンの状況を聞き、出来る限り、収穫のほぼ全てをカーメンへ輸出するという、良心的な配慮を使者に伝えた。   それが出来た事にも、訳がある。   カーメン以外の国もエルドクリアから幾分か作物の輸入を行っていたが、それはある程度は国民の腹を満たす為の補いの意味もあったが、どちらかというと彼の農業国エルドクリア産、というブランド的な意味合いが強かった。   エルドクリア王の返答を受け、大旱魃により、日々の糧への不安を募らせていた国民へ、カーメン王は即座にその旨を伝え、彼の農業国の王を褒め称えた。   それにより、カーメンの不安はある程度(雨が降らないという事は、単純に水分が不足するという事と同義である)は消え去った――   かのように、見えた。   その不運な旱魃の被害を受けていた国が、もうひとつ、あった。   王国連合と対を成し、カーメンから見て、エルドクリアを挟んで隣に位置する、大国――   ――皇国。   皇国領土の、エルドクリアに隣接する一部地域は、旱魃の被害に見舞われていた。   皇国全土として見ると、大した被害ではなかった。   しかし、なにせ小さいとは言え国の集合である王国連合と対を成すほどの広大な土地を持つ皇国の一部地域となると、王国連合諸国の一国、若しくはそれ以上の広さはある。   かなりの数の民が飢餓に苦しんだ。   皇国は広い。   当然、収穫できる農作物は豊富であるし、旱魃に見舞われた地域に他の地域から作物を送ればいい。   しかし――皇国は、広い。   端から端まで食料を届けるとなると、間に合わず腐る物も多く、かと言って一度に遅れる量はそれほど多くもない。   食料の輸送に尽力を尽くせば、不可能ではなかったかもしれないが、馬や各地域に足る食料、人材等を考えると莫大な費用がかかる。   自国領土の旱魃の被害報告、旱魃地域の食料を国内で賄う際の費用等の報告を受け、皇帝は――      ―――にや、と笑みを浮かべた。狡猾な、獣のように。   間に合わない、莫大な費用がかかる、ならば、てとり早い法があるではないか、と。   その地域の隣には、彼の農業国、エルドクリアがあるではないか、と。   皇帝はすぐさま使者を送り、エルドクリアに、自国も旱魃を受けたという事、そしてその地域の為に食料を売って頂きたい、といった旨を伝えた。   しかし、エルドクリアとしては、輸出する作物は、カーメンに対しての量で手一杯だったし、出来る限り輸出する、と約束もしてしまっている。   そこから減らす事はできなかった。   心優しきエルドクリア王は――悩んだ末に、自国の為の作物から、幾分かそちらに輸出しよう、と答えた。   自国民や自分達、王族貴族が食事の量を減らせばすむだけの話だ。   それで、飢餓に苦しむ人が幾らか救えるならば、といった配慮だった。   ――ただ、皇国は、広い。   その程度では、飢餓地域の半分も食料を満たせなかった。   しかし、それでも十分ではあるし、エルドクリアからの輸入で賄えない分は、自国から送れば済む事であった。   ――皇国からの使者が、否、皇帝の思惑が、エルドクリアからの農作物を輸入する事が目的であったのならば、そこで話は終わっていた。   皇国からの使者は、エルドクリア王の返答を受け、言った。 「それぽちでは、広く旱魃の被害を受けた我が領土に住まう民の腹を満たす事はできませぬ」   エルドクリア王は、困惑した。   これ以上、妥協のしようがないと言うのに、この使者は引こうとしない。   如何にすれば、彼の使者を満足させる答えを出せるのか、と。   うむ、と言って顎に手を当て思考を巡らせている王に、使者は言い放った。 「収穫できる作物は、それだけではないでしょう?それに、こちらの申し出が聞けぬと言われるならば――飯種は無くとも、我が国には、武力がある」   つまり、他国――カーメンへ輸出する、作物。   そして、会話とは何の脈絡もなく武力がある、という言葉――脅しである。   それ言い放つ使者は、どこか挑戦的で――否、その時だけではない。   この使者は、王宮に招きいれ、謁見室の卓についた時から、なにやら高慢な態度を見せていた。   当然、通常であれば、否、通常でなくとも一国の王と顔を合わせる時に見せるような態度ではないし――   ましてや、直接敵対してはおらずとも、どちらと言うならば不和な間柄同士である王国連合の一国に、自国民への援助を願い出るような態度でも、なかった。  バァン――!   その使者の言葉を聞き、机を叩いた者がいた。   金髪で女性としては大柄、その体は鍛えられ引き締まってはいるが、女性としての魅力は申し分ない、華麗かつ豪華な容姿を持つ女性。   エルドクリアの有権者の一人、であり、男子禁制の女宮をまもる「紅宮警護隊」の隊長をつとめる女騎士、イザベラ・ジョルジェット・ルドワイヤン。   ルドワイヤン家が何故、王宮で絶大な権力を誇るかは謎である。   遥か以前からそうであり、そういうものであった。   本人らも、何故か、とは深くは考えない。   一説によると、幾代も前、当時のルドワイヤン家頭首が、国が侵略され、危機に陥った時、たった一人で全ての兵を相手にし、王宮を守り抜いた。   その武勇、不屈の精神に恐れをなして敵軍は兵を引いた、という。   しかし、彼は剣を構えながらにして、死んだ。   その功績を褒め称え、当時の王が出来る限りの恩として王権に次ぐ程の権力、発言権を与えた。   というものが有力ではあるが、実際その戦争があったという事を現在では証明する物もなく、伝説的な話に過ぎなかった。   その話を信じている者は多くはなかった。   しかし否定する理由もなく、半信半疑、といった者が大半を占めている。   何にせよ、事実として王家とルドワイヤン家の間に、貴家は権力を有する、といった内容の文面の契約書が存在する事は事実であった。   かといってルドワイヤン家は代々誇り高き騎士であるし、王に仕える事こそがその使命と堅く信じていた。   と、いう事もあり、ルドワイヤン家が権力を振りかざすような事は今の今までに一度もない。   しかし、この様な事(王の意にそぐわぬ行為)は、偶に起こる。   王を侮辱し、さらには武力を傘に食料をよこせ、という。   それに、カーメンへ送る、としかりと約束したというのに、武力を翳されたからといって、それを破る事等、騎士精神が許さなかった。   イザベラ・ジョルジェット・ルドワイヤンは激怒した。 「貴様ッ!!それがモノを頼む態度なのかッ!!そして何より王を愚弄したようなその態度ッ!!!それをこれ以上続けるならば、斬るッ!!!!」  ガギィッ!   そう叫び終えると卓に飛び乗って使者の前に立ち、眼前の卓に剣を突き立てた。   流石にこれには使者も小さく悲鳴をあげ、椅子を引いた。   ルドワイヤン家は、武勇に優れ、王に全きに忠実で、立派な騎士を輩出して来たが、少々気性の荒い、特に王への侮辱に対して我を無くす程のような者が多かった。   彼女は特にその中でも気性が激しかった。   その直後に、黒髪で黒い鎧を身につけ、口元をスカーフで隠した女性が立ち上がり、そのままでは本当に斬りかかりかねないイザベラを背後から羽交い絞めにした。 「離せ、離せッ!!サラ・デギュジス!」   その女性は、デギュジス子爵家の次女にして「紅宮警護隊」の隊員であり、イザベラの部下にして目付け役のような存在の、サラ・デギュジス。   デギュジス家も武勇に秀でた者が多く、ルドワイヤン家と繋がりが深く、エルドクリアにて権力を有していた。   彼女は暴れるイザベラを羽交い絞めにしたまま、机から引き摺り下ろした。   それでも尚、イザベラは暴れ続けていた。 「こ、交渉決裂――ですな」   皇国からの使者は、自らに躍りかかろうとした猛獣を泳ぐ目で見ながら、身を引いてそう言った。   王は謝罪の言葉を幾らか述べたが、殺されかけた、と言って使者は憤慨し、言葉を全く聞き入れようとはしなかった。   王は深いため息をつき、兵士に使者を城外まで送らせた。   交渉は、決裂した。   その後に起こるであろう出来事は、誰にでも容易に予見できた。   戦争、である。   皇帝は使者の報告を受けると、若き軍師、皇国が誇りし強大なる武力、皇国十二軍団の一つ、第三軍「神記軍団」の団長を呼び出した。   命を受け、小柄で、短く切り揃えた白髪、頭には花飾りをつけ、獅子の顔の文様のある白い鎧を身に着けた少女、皇国十二軍団第三軍「神記軍団」団長エレム=P=エルンドラードはすぐさま皇帝の眼前に参上した。   皇帝は、自らの思惑、旨を伝えた。   そして、 「全てお前に任そう」   最後に、そう付け加えた。 「全て、皇帝の意のままに」   少女とは思えぬ凛々しさを以て、エレムは皇帝にそう言った。   彼女の皇帝に対する絶対的な忠誠の意思を象徴するかのように、暗い謁見室の中であっても、その身に着けた白銀の鎧はきらきらと神々しい輝きを放っていた。   数日後、皇国十二軍団第三軍「神記軍団」団長エレム=P=エルンドラードは、軍を編成し、エルドクリアへとその矛を向けた。   エレムの軍は、神殿騎士、といった様相の者が大半を占めており、陽光を受け、淡く水の如く爛と輝く鎧を身に着け、穂先が斧と槍を混合させた形状をした長槍、ハルベルトで天を突くように真直ぐ構えていた。   彼らの行軍は、まるで芸術品のように、寸分違わぬきちとした行列であった。   だが、その芸術的行列を汚すように、隣には禍々しい様相の、魔獣の軍勢が唸りながら行軍していた。   大きな身体、大きな爪を持つ魔獣、狼のような様相の大きな牙を持つ魔物、   エレムは、自軍単独でエルドクリアへ行軍しているわけではなかった。   皇帝の意を体現する為に、策を練り、この魔物軍を率いる事を決めた。   その魔物の軍勢は、決して強大な魔族の集い、ましてや彼の魔同盟の率いる軍団ではない。   歴とした、皇国十二軍団のひとつであった。   皇国十二軍団第六軍「瞬閃軍団」。   率いるは、剣の収まっていない煌びやかな装飾のなされた鞘を持ち、一糸まとわぬ裸体で機嫌よく歩く、ロロ。   その裸体以上に目を引くのは、頭であった。   ロロの頭は、顔を覆い隠す程の巨大な冠で完全に隠れており、表情を伺う事ができなかった。   彼女は、幼少時代、事象存在と呼ばれる龍によって育てられた事もあり、類稀なる怪力に加え、魔物と会話する事ができた。   そんな彼女が何故、皇国十二軍団の団長の一人として選出されたのかは謎である。   彼女の率いる瞬閃軍団も、結成当初はちゃんとした人間だけで構成されていた。   しかし、団長であるロロが魔物を一匹、一匹と増やしてゆき、代わりに人間が少しづつ減っていった。   そして現在に至っては、魔物しか見当たらない。   ......兵士が辞めていったのか、戦死して魔物だけが生き残っていったのかは、謎である。   ただ、辞めた、とも戦死した、とも皇国十二軍団総括、セルフィア・M・アルバロンの元に報告は届いていない。   そして、戦場で第六軍団兵士の亡骸を、少なくとも人間が減った分だけ、見たという人間もいない。   ならば、答えは一つにしぼられる――魔物が兵士に喰って代わった。   しかし、そうなれば面倒な事であるし(公開すれば国民達等から軍部が非難を受ける事は間違いないし、責任を取るのも我がだ)、実際、彼女自身は人間とは思えぬ程の力を発揮し、その彼女に魔物は従い、戦場で大きな功績を幾つも残した。   ロロを、解雇、瞬閃軍団を解散する事は望ましくなかった。   かと言って事実を直接本人から耳にしてしまっては、自らの立場としてその判断を下さざるを得ない。   セルフィア・M・アルバロンは、嘘をつくのが嫌いだった。   だから、彼はあえて、ロロに何も問わなかった。あえて、謎を謎のままとしておいたのだ。   そのような経歴があり、瞬閃軍団は今や魔物の軍勢となっている。   全く異なる二軍の行列は、片や聖者の行進、片や悪魔の散策であった。   その強大なる大軍は、国として平均的な領土、さほど大きな軍事力を持たないエルドクリアを攻めるには、多すぎる軍勢であった。   その大軍は、着々と、エルドクリアに向けて進行していた。   着、着、とエルドクリアには、危機が迫っていた。   エルドクリアは、混乱に陥っていた。   旱魃に見舞われていたとはいえ、賑やかに過ごしていた人々も、戦が始まると聞けば落ち着きを無くし、如何にして身を守るのか、それも、あの皇国相手だと言うのだ、自国の武力では太刀打ちできない事をはきりと民達もわかっていた。   落ち着きを無くし、明日への不安を募らせていたのは、当然ながら民達だけではない。   王族、貴族達も、であった。   戦を好まない王は(この国に戦を好む者は誰一人としていないが)、如何にこの状況を乗り越えればよいか、わからなかった。   しかし勇猛なるイザベラやサラ、その他数家の貴族は、すぐさま部隊を編成し、皇国軍を迎え撃てるように準備を整えた。   ただ、兵士の育成がさほど盛んでないエルドクリアは、兵士の数が少ない(兵として国に仕えるより、農民として畑を耕し、大地に仕える事を良しとする風潮が民の中にある)。   武勇の秀でた個人ならば幾人も居るが、戦争では、大半の場合は数が物を言う。   幾ら武勇に優れてはいても、ルドワイヤン家に伝わる伝説のような、一人間が一騎当千、というのは非現実である。   皇軍の数は多すぎ、策でなんとかできる、という状態ではない。   一人でも多く、と全土にいる警備団等にも召集をかけ、首都へ集めさせた。   ――そうはしても、絶対的に数が、少ない。   皇国は、広い。たったの一軍であっても、小国の全軍に匹敵するほどの数、そしてそれを上回る戦技を持つ者ばかりで占められている。   攻め入られれば、幾日持つか――彼の大国の大軍が来るのだ、二、三日持てばいいほうかもしれない。   しかし、負ける訳にはいかないのだ。   兵が死に、民が死に、この愛する地が皇国領土となってしまう、それをわかっていながら放っておく事など、出来るはずも無かった。   数が揃わなければ、揃えなければ、ならない。   まず、王国連合加入国は、戦争が起こる事がわかった時、仕掛けられた時、王国連合政府に使者を送る。   そして、報告を受けた王国連合政府は軍を編成し、部隊を送る。   その為にも、王国連合加入国は、多少なりとも自国の勇猛な兵士達を王国連合政府に派遣する事が義務付けられている。   しかし、王国連合政府も、隣の領土にあるわけではなく、使者が到着する頃には、皇国軍に攻め入られてしまう。   一応、念のため――使者を出しはしたが、当てにはならなかった。   ならば隣国に援軍を求めるか――?   しかしながら、王国連合加入国である隣国同士であったとしても、実は仲が良い、というわけではなく、不干渉、我関せずと言った態度なのである。   とは言え、自国の、民の危機である。   当てにはならずとも、援軍を要請しなければならなかった。   かくしてエルドクリア王は、隣接する数国へ、早急に使者を送った――カーメン王国もその中に含まれている。   そして、カーメン王の下へ、エルドクリアからの使者が参上した。   しかしカーメンは、使者が来ずとも、エルドクリアの現在の状況――皇国軍が迫っている、という状況を察知していた。   カーメンは、エルドクリアの恩恵を大きく受けているし、実際、現在旱魃を受けたというのに、民が飢餓で死に絶えていないのは、エルドクリア王の心優しき英断あっての事だ。   カーメン王は、エルドクリアに対しては気を配っていたし、皇国を含む周囲の国に対して月の騎士団から諜報員を放っていた。   彼の国の内情が、今から少しでも変わってしまえば、大きく被害を受けるのはカーメンであり、攻め入られなどしては困るのだ。   エルドクリアなくして現在のカーメンなし、と言っても誇張ではない。   かと言って、すぐさま軍を送る訳にはいかない。   行動が早すぎれば、隣国、とくに他の国に、諜報員を放っている事が知られてしまう。   他国は、他国の事に不干渉ではあれ、常に目を光らせて行動を見張っているのだ。   恐らく、他国も諜報員を放っているであろうし、こちらが諜報員を送っていることも、恐らく感ずいてはいるだろう。   だが、表向きには、加盟国同士、あくまで友好的であり、信頼関係で結ばれている、という態度を取らねばならない。   国同士の均衡は、そうやって保たれているからだ。   カーメン国王、カーメン・バルイ・マルネイザ13世は玉座から立ち上がり、エルドクリアからの使者の前にひざまずき、一度頭を垂れた。   それに合わせ、周囲の側近、召使、日の騎士団団長ルマダ・アイコフ、月の騎士団団長ビヨンド・ヘルマ・グリムヘッド――その場に居た全ての者が、使者に対し、頭を垂れた。   ただ一介の使者である彼を、まるで高位な人物を迎えるように、全ての者が、恭しくひれ伏した。   そして、カーメン・バルイ・マルネイザ13世は、使者の顔を、ぎらりと輝く黄金の仮面の向こうから見据え、王たる威厳を以て、悠然と、右手を掲げた。 「盟友よ、おお、心優しき偉大なる、盟友よ!今こそ、そなたらの御恩に報いる時が来た!  貴国に対しては全きに不運なる事ではあるが――我らへ貴国の為に尽力する機会を与えたもうた神に、今一度感謝しよう!  緑の国の使者よ、今すぐそなたの偉大なる王の元に戻り、この様に伝えよ!  『あの非道なる大国に彼の美しき緑の地を一歩たりとも踏み入らせはせぬ、汚させぬ、民一人たりとも傷付けさせはせぬ!   我らが、砂の民が、地龍の民が、全ての誇りにかけて、地の力を以て、命を賭け、彼の国を守らん!』と!  さぁ、ゆけ!緑の使者よ、我が国と彼の国を縁堅くする者よ!馬を駆け、今すぐこの言葉を伝えよ!」   エルドクリアからの使者は、黄金の仮面の向こうから放たれる王の高貴な、堂々たる、威風たる、力強い言葉に心を激しく打たれ、震え、涙を流した。   使者は王やその他の者達よりも深く、額に地を打ち付けるように頭を垂れた。 「砂の国の偉大なる、マルネイザ王、王の英断に、我が緑の国の民全てが、私よりも深く、深く頭を垂れるでしょう。  私は一刻も早く主の下へ戻り、王のお言葉を一言一句漏らさず、伝えさせて頂きます...!」   使者はすぐさま立ち上がり、もう一度深く王へと頭を深く下げると、宮殿の外へと全力疾走し始めた。   本来ならば、使者が取る態度ではない。交渉相手の前で我を無くし、興奮のままに行動するなど、あってはならない事であった。   それは、相手の国に弱味を見せる事であるし、無礼にも当たる。だが、それを微塵たりとも気にする者は、いなかった。   誰が彼を責めようか。自国の危機を、未来を救おうと、命を差し出したと言うのだ。   無謀にも、あの大国と対峙しようと言うのだ!   熱き言葉に胸を打ちひしがれ、一心不乱に主の元へと馬を駆る彼を、誰が責めようというのか!   王の言葉に胸を打ちひしがれたのは、使者だけではない。   その場にいた一同、全員である。   王が如何なる判断を下すかは、誰にもわかりきっていた。なぜなら、エルドクリアが滅べば、自国も滅ぶのだ。   援軍を送らない、という選択は、自らの死をも招くのだから。   しかし、それはやはり、王の、王たる位格の満ち溢れであった。   その溢れ出る位格が、聞き手の心を強く打ったのだ。   それは彼が王たる所以である。   カーメン国では、王の子が必ずしも王となるわけではない。   王の死亡、もしくは引退を表明した後に、分家を含む王家から、最も優れた者が王として選ばれる。   しかしながら、前王の子孫の第一子が次王となる事が最も多く、分家から王が輩出される事など、至極稀な事態だった。   それには訳がある。   次王の選択は、前王が王家、側近等から意見を聞き、最終的に王が決定するからだ(そもそも、王の子息より分家の子の方が優れていると、誰が進呈できようか)。   王は死期を感じると即引退を表明する事が慣わしであり、王が死亡した時点で次王が決定していない事は殆どなかった。   例え王が死亡した時点で次王が決定してはおらずとも、自然と最も権力を持つもの――女王ないし、前王第一子が選抜されるのが常である。   分家から王が選出される事等、有り得ない事態、と言っても過言ではない。   しかし彼は、成り得た。   前王が、彼を次王に選んだからだ。   決して前王の子息が秀でていなかったわけではない。   彼が、優れ過ぎていたのだ。   武勇に優れ、英知に優れ、砂術に優れ(砂術とは、カーメン王家のみに伝わる秘術。詳細は次巻にて明記する)、そして人格に優れていた。   武勇においては、カーメン史に残る戦士の中でも最も秀でている、と称えられる現・日の騎士団団長であるルマダ・アイコフとも互角、時には負かす事もあった(ルマダと王は幼馴染であり、共に武芸稽古を行う事が多かった)。   英知においては、十に満たぬ頃からカーメン歴書や学術書等を読破、暗記しており、兵の駒を動かし、敵陣を占領する、軍戯と呼ばれる盤上遊戯においては、大人をも軽々と打ち負かした。   砂術においては、凡そ十歳前後になってから行われる砂産み、と呼ばれる儀式を六つの時に行った。   人格においては、王宮内部にて反乱が起きるという噂がたった時、それを逸早く察知し、首謀者を探し当てると、その人物の元へゆき、説き伏せて王への忠誠を再び誓わせた。   その人物は、カーメンの政務を担う重役であり、有能かつ国にとって重要であって、そして頑固者として有名であった。   国が傾けば、他国の攻め入る隙となる。若きマルネイザによって国は、足を掬われずに済んだのである。   前王は、周囲の進言とは関係なく、迷う事なく、彼を次王と選んだ。   マルネイザ王はエルドクリアの使者が立ち去ると、立ち上がり、自国の使者を呼び出した。   そして、命じた。 「王国連合政府に彼の国の危機を知らせよ。援軍を要請せよ」   それは淡々とした物言いであり、義務的であった。   使者が立ち去ると、日の騎士団団長ルマダ・アイコフに金の面を向けた。 「王国連合政府の軍は当てにはしておらん。ゆけ、誇り高き砂の騎士達よ。彼の国を命に代えても死守せよ!」 「はっ!」   ルマダは、眼光をぎらりと光らせると、その場から立ち去った。   その姿は、今も煌々と燃え盛る太陽の様であった。   ルマダは王宮から退出すると、街門へと真っ直ぐ向かった。   巨体を揺らし、ずん、ずんと、砂を踏みしめて街中を進んでゆく。   砂の民は、その死をも恐れぬ英雄の、堂々たる勇姿を、頭を垂れて、見送った。   ルマダが門前に立つと、門兵が手元の装置を操作し、扉を開け始める。   ぎい、ぎい、と音を立てながら徐々に、徐々に、扉が開いてゆく。   扉の開口と共に、強い、全てを焼き尽くすような灼熱の日差しが差し込み、彼らを照らす――   その光の向うから、逆行に照らされ、地を覆う黒い影が現れた。   彼らの目が光に慣れると、黒い影が姿を現す。   砂漠を覆う黒い影は―― 「日の騎士団副団長、タニア=アテンより日の騎士団団長、ルマダ・アイコフ殿に報告、日の騎士団、出撃準備整いました」   太陽を模した鎧に、犬、鷹の面を被った、誇り高き砂の戦士達――カーメン騎士団の、軍勢であった。   彼らはまさに、砂漠そのものであった。   一つ一つが例え小さな砂粒であったとしても、集結すれば砂の海となり、砂塵となり、全てを包み込む。   強大な、力。 「うむ」   タニアの報告を受け、日の騎士団団長ルマダ・アイコフは深く頷いた。   タニアが報告を終えると、タニアの隣に立っていた、蛇の面を被った女性がルマダの方へ、歩み出た。   その女性は薄手の衣装に、軽鎧、鎧の奥にあってもはきりと判る豊満な身体をしていた。   小柄で未発達なタニアと並ぶと、その魅力は更に際立っていた。   彼女は右手を胸に添えると、ルマダを見上げた。 「月の騎士団香術隊隊長、アロマ・ハルシオンより日の騎士団団長、ルマダ・アイコフ殿に報告、月の騎士団香術隊、出撃準備、整っております」   香術隊(香術、香術隊については次巻に明記する)隊長、アロマ・ハルシオンの報告と共に漏らした吐息は、面の内からでも男を魅了せんばかりの甘さを持っていた。   まさに、かの物語に登場する、人を誘惑した蛇の如き妖さであった。 「了解した」   しかし当然ながら、ルマダはそれに微塵もそれに惑わされる風は一切なく、アロマの面を真正面から見据え、答えた。   両者は報告を終えると、持ち場へ戻る。   タニアは日の騎士団の先頭へ、アロマは香術隊の先頭へと歩く。   香術隊は、月の騎士団のうちの一部隊である為、日の騎士団の兵数の四分の一にも満たない、少数の部隊であった。   そして、その全てがアロマの如く、薄手の衣装に、軽鎧を身に着けた魅惑的な女性達のみで構成されていた。   軽鎧を着た女性のみで構成されている事も相まって、鎧を着込む日の騎士団と並べると、日の騎士団は半数のみが騎乗しており、香術隊は全員が騎乗してはいるが、二人一組で騎乗しているため、かなり少数の部隊に見えた。   一人の兵士が、黒く、立派な鬣を持つ馬を一匹引き連れ、ルマダの元へ近づいた。   タニアとアロマの二人が持ち場に着くのを見届けると、ルマダはその黒馬に騎乗する。   それが済むと、ルマダは犬の面を深く被り、出撃を今か、今かと待つ騎士団全員に向けて、剣を翳した。 「今、我らが友にして恩人たる緑の国が、彼の大国に攻め入られんとしている!  それを我々が、親しき友である我らが、見捨てる事などあろうか!  今こそ報いる時ぞ!  しかし、彼の大国の地を埋め尽くすほどの大軍は、力強く、我らの盾を砕き、狡猾な策で我らと緑の国を陥れるであろう!  だが、我らの魂は砕けぬ!砂漠の砂は容易く散ろうとも、砂漠は決して散りはせぬ!  いかに相手が強固であろうとも、我らは砂漠となりて彼の敵を埋め尽くさん!  誇り高き砂の民よ!偉大なる砂の龍に賭けて緑の地を、民を守り通すのだ!  やつ等に決して、緑の地を汚させるな!!」   ルマダの力強い声が、全軍に、そして砂漠一帯に響き渡った。 『おおおおおおおおおおお!!!』   そして、全軍は右手を掲げ、その声を掻き消すほどの、砂の民の声を上げた。   ルマダは、頷くと馬を歩ませた。   それに続き、全軍が動く。   砂塵をあげて、進む。   彼の、緑の大地へと向けて。   広大なる大国の、強大なる、大軍へと向けて。   ――カーメン戦記第一巻(完)