異世界SDロボSS 月夜酒 メラメラ パチパチ 雲のほとんど見られない満月の夜空の下、三人の旅人が焚き火を囲んで野宿をしていた。 うち二人はすでに眠りに就いており、一人はまだまだ幼女と言っても差し支えないほどに幼い顔立ちと体格の少女。 もう一人は服を着ていない風変わりな男で、手製のぬいぐるみを抱きながら「このぴー…モフモフ…」と満面の笑顔で寝言を発していた。 そして、最後の一人…眼帯をした異国の若者はそんな仲間達をよそに満月を眺めていた。 「…そう言や、あの夜も満月だったっけな……」 若者は自分の右目につけた眼帯と傷跡を撫でて苦い思い出を回想していた。 話は一年ほど前に遡る。 場所は東の海に浮かぶ島国「バクフ国」。 そこは他国とは異なる独自のロボット「機械人(きっかいびと)」と勇猛果敢な武士達が独自の文化を守る地であった。 ある大名家に召抱えられた若き野武士サイゾウは、今日も一仕事(平時は城の警備程度だが)終え、 仲間達と安酒場で上役の文官の悪口や誇張した武勇伝に花を咲かせつつ酒を酌み交わしていた。 酔いもだいぶ回り、サイゾウと同僚数名はさすがにうわばみどもの群れから中座して店を出た。 一緒にいた面々も一人減り、二人減り、下宿している遠縁の商家へと向かう途上でサイゾウは足を止めた。 「酔っ払いに喧嘩を売るのはフルボッコフラグだぜ?」 ぼんやりした頭で最近覚えた横文字を使って無理に気の利いた台詞を言おうとするサイゾウに対し、 後を尾けてきた人相の悪い浪人はふふふと不気味な笑いを浮かべつつ、こう答えた。 「これはこれは…かなりの使い手とお見受けしたが、安酒で酔う悪餓鬼でござったか」 次の瞬間、サイゾウの槍が一寸の迷いもなく浪人の喉笛を狙って突き出されていた。 ところが、男は余裕の笑みを浮かべたまま突きをゆらりとかわしてみせた。 「!?」 サイゾウが驚きの表情を顔に浮かべると同時に浪人はけたたましい奇声を発して飛び上がり、狂人そのものの顔で斬りかかる。 その気迫に押されてか、サイゾウの動きが鈍ったのを男は見逃さず、頭を横に両断せんと刀を真一文字に振るった。 ビュッ!! すかさずサイゾウは槍を振るって男の腹をしこたま強打し、致命傷を避けようとする。 思わぬ反撃と先ほどの店でだいぶ飲んでいたのか、路上へ吐瀉物を吐く男。 顔に生暖かい感触が走るのと、元服以来(とは言え数年に過ぎないが)いかなる戦場でも出会った事のない強者との出会いに いい意味での武者震いに震えるサイゾウ…だが、この状況では勝てると判断したのか、男に声をかける。 「俺とここまで戦りあえたのはてめぇが初めてだぜ! 名前と俺に喧嘩を売った理由ぐらいは遺言として聞いてやる……」 すっかり胃の中身を吐き出した男はゆらりと顔を上げ、歪んだ笑みを浮かべつつこう答えた。 「ふっ…理由か…わしの名はイゾウ…これでわかるじゃろう」 イゾウ…いぞう…以蔵…IZOU…? 元々頭がすごくいいというわけでもないサイゾウは、思い当たる節を脳内で検索したが、まったく身に覚えがなかった。 「わりぃ、人違いじゃねぇのか…?」 その返事を聞いたイゾウは憤怒の形相を浮かべ大喝した。 「まだわからんのかっ!!! わしは…さっき酒場で耳にしたおまえの名前が気に入らんと言うておるのだ!!!! わしはな…自分と同名や自分より名前の字が一文字多い○イゾウという奴の喧嘩自慢ほど腹が立つ事はない……。 この間も先刻のおまえのように自慢ばかりしておったタイゾウという侍をナマス斬りにしてやったわい…ふははは!!!」 来津輝…もとい、狂ってる。 喧嘩を売られる事、その結果次第では果てる事も戦で飯を食う男としては望む所。 だが、あまりに理不尽なイゾウの言いがかりと、そんな理由で自分が殺されかけたアホらしい事実にサイゾウは切れた。 「くっくっく…わかったよ、おまえに斬られる前に末期の酒を飲ませてもらいたいんだが」 「ふん、やっと観念しおったか。よかろう、とくと味わって飲むがいい」 懐から取り出した竹筒で酒を飲みだしたサイゾウ。 だが、次の瞬間!サイゾウは口から飲んだ酒を霧状に口から噴き出した!! すると、霧となった酒が緑色の光と化してサイゾウを包み込み、竹を模した鎧を纏った機械の武者が路上にそびえ立った。 「ぐっ…! おまえ、小僧のくせに専用の機械人乗りだったのか!? 卑怯だぞ! それでも武士か!!」 「うるせぇ! メチャクチャな理由で闇討ちしようとした奴に言われたかねぇぇぇ!!!」 あまりに大人気ない二人の言い合いに、サイゾウの愛機「蛮武ー丸」がうるさそうにぼやく。 「サイゾウ殿…さっさと済ませて寝かしてもらいたいでゴザル」 「急な夜襲だとでも思ってあきらめろ! ほーら、どうするイゾウ?」 追い詰められたイゾウは猫に追い詰められた鼠のように蛮武ー丸に襲いかかる。 人間であってもある程度の達人であれば、立ち回り次第で機械人と渡り合う事も可能である。 しかし、体力を消耗し冷静さを欠いていては勝負などできるはずもなかった。 イゾウは素手の蛮武ー丸に完膚なきまでに叩きのめされ、ゴミ集積所に逆立ち状態で頭から突っ込み気絶する。 「奉行所には届けないのでゴザルか?」 「いや…それもアホらしいからほっとけ。 それよりご苦労だった、ゆっくり眠るといいぜ」 寝ぼけ眼をこする蛮武ー丸を竹筒に戻し、再び家路につくサイゾウ。 だが、その瞳には新たな決意が宿っていた。 それから数日後、サイゾウは職を辞して同僚達や彼を慕う少年兵サスケに見送られ、武者修行の旅に出た。 今はどういう巡り合わせか奇妙な仲間達と出会い、様々な国を渡り歩いているが、 いつも満月の夜になるとあの狂った人斬りを思い出すのであった。 後にサイゾウとイゾウは別の形で死闘を繰り広げるのだが、それはまだ当分先の話である。 終