■ 亜人傭兵団奮闘記 その六 ■ 『ゲッコー市にて その三』 ■登場人物■ ・パーティー 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ 「ファイ」  コボルド 男 … いい子 最年少 わぁい レンジャー 今回出ない 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 剣士 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 副長 無口 ガチムチ 重戦士 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 剣士 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 魔法剣士 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 怪力 重戦士 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 ・名前だけ 「ミュー」  コボルド 女 … ファイの幼馴染にして許婚 ------------------------------------------------------------------------------- ■大脱走?■ 「…やりやがった。」 ベッドの上におかれた書置きを見てジャックは頭を抱えた。 判断が甘かった。昨日の夜説教をしてから、今日一日は随分と大人しくしていたので完全に油断していたが あのニコラがお宝(今回の場合「市長の情報」)を目の前にしてじっとしているはずなどなかったのだ。 出発直前になってニコラは姿をくらました。随分支度が遅いからまさかとは思ったのだが… 書置きを手にとって眺める。拙い字で、へまはしないから心配するな、という主旨の言葉と── 「『もし いいじょうほうがつかめたら ついかで おかねをください』 …か。ハァ…」 ジャックの口から深いため息が漏れる。 もし市長を告発するのに十分な証拠をつかむ事が出来たなら、それは追加で報酬を与えるに値する 大活躍であるといえるだろう。 もしかすると中央から報奨金もでるかもしれない。 だがそれも、生きて戻ってこられなければ何の意味も無い。 命あっての物種、とはよくいったものだ。 いくら場末のシーフギルドといえどそれなりの技術を持ったものはいくらでもいるはずだ。 その彼らが手を出さない──正確には、手を出すものがいなくなってしまった──ということは、あまりにもリスクが 高いということなのだ。 裏の情報網にも正体が解らないあの秘書官…おそらく彼女が「始末」に関わっているのだろう。 あの得体の知れない技(ミラー曰く、魔術的な痕跡を一切残さない、魔法とは違う体系の技) 「魔眼」とか「瞳術」とか言われるあの技で数々の侵入者を捕らえ、そして誰にも知られぬ内に… ジャックはあの眼を思い出して戦慄した。 例え一流の戦士であろうと、知覚遮断や特別な防護魔法がなければあの目に逆らうことはできない。 ジャックが支配から逃れる事が出来たのはあれが単なる威嚇だったからで、もし全力で技をかけられていたなら 今も彼は操り人形のままだっただろう。 ──もしかするとあの時、パーティーメンバーの特徴なども聞き出されているかもしれない。 更に彼女が「魔眼」だけを武器にしているとは思えない、なにか魔法を使うかもしれない。 「熱源探知」でも使われればニコラは一瞬にして捕捉されてしまうだろうし、盗み見の最中に「視線感知」など使われれば 視線を返されて、それだけでもはや「魔眼」の術中に落ちてしまう。 「(とにかく、なんとしてもニコラを止めなければ…)」 「ジャックさん、ニコラさん!そろそろ出発ですよ。」 ファイの声が聞こえる。皆を下に待たせたままなのだ、あまりモタモタするわけにもいかない。 市庁舎に行く時間も迫っている。 「あれ?…ニコラさんはどうしたんです?」 「まぁ、ちょっとな…。」 さて、この状況をどうしたものか。こちら側の都合で期限を延ばして市長の不興を買うのもよろしくない。 しかし、ニコラを止めなければ彼女の命が危うい。 多分彼女はパーティーが出発するのをどこかで見届けてから市庁舎に忍び込むだろう。 この身が二つあれば、依頼と捜索を同時にこなせるものを…。 同時に…そうだ! 「ジャックさん?」 「…そうか!俺達は『七人』なんだ!」 「えーと、どうしたんです?ニコラさんは何処へ?」 可能性の低い賭けではあるが、これしか方法は無い。 ジャックはファイの肩をがっしりと掴んだ。唐突な行動にファイはきょとんとしている。 「ファイ、頼まれてくれるか?」   *  *  *  *  *  * ■覗き屋稼業?■ 馬車(ハヤテにひかせているので竜車、か)に人が乗り込むのが見える。 挨拶をしていたジャックさん、リーガンさん、ゴルドスさんと…あれは案内役かな? うわ、市長直々の見送りだ。隣は…例の秘書官の人か、…きれいな人だなぁ… いつの間にか見とれている自分に気づいて、ファイは気合を入れなおした。 この光景をニコラもどこかで見ているに違いないのだ。皆が出発し、建物に人がいなくなった事を確認して、ニコラは 動き出すはずだ。全員が竜車から出たわけではないので、まさかファイがここに残って自分を探しているとは 気づいていないだろう。 眼を皿のようにしてあたりを見渡し、自慢の鼻をひくつかせて臭いを探り、聞き耳を立てて自然のものではない音を探す。 …が見つからない。 相手は『白銀の神風』の異名をとる腕利きのシーフである、そう簡単に見つかるはずは無いのだ。 だが諦めるわけにはいかない、なんとしてでも見つけ出して止めないと。 ホントは皆と一緒に行きたかった気持ちはある、だが仲間の危機をほうっておく事は出来ない。 一番鼻が利くリーガンは市長に面が割れてしまっている以上目的地に行かないわけにはいかない。それに盲目だ。 そうなれば残りの面子の中で一番人探しに適しているのは鋭敏な五感を持つファイだ。 ジャックがファイを選んだのは彼を信頼しての事である。 そう思うとファイは力が湧いてくるのだった。 敷地外の林を移動して、裏庭の塀の当たりにポイントを移動する。 いくらなんでも正面堂々と侵入することはないだろう。それに市庁舎はそこまで大きな建物ではないので ここからなら正面一方向に注意を向ければ市庁舎の側面に近づく影も確認できる。 葉の生い茂った木の枝に登ってあたりを見渡す。そよ風で葉がわずかにさざめくぐらいで不審な音は ほとんどしないし、何の動きも無い、ニコラの臭いもしない。 市庁舎の方に目をやると、男が一人中から出てきた。ひさしの無い鉄兜に簡易な鉄の胸当て、手には六尺棒を 持っている。警備の皇国兵だろう、一通り裏庭を見回った後元の位置に戻ってぼんやりと景色を見渡している。 勿論向こうはこちらの事をまったく認識していないのだが、それでも視線を送られると恐ろしいものだ。 いつの間にか掌が汗でにじんでいる。 いつもこんな状況で隠れたり建物に潜入しているのかと考えると、ファイは少しニコラを尊敬したくなった 一時間近くたっても、未だ状況に変化は無かった。 警備の皇国兵のほうは暇なのか明かりを足元において、短剣で六尺棒に彫刻を始めている。 対してファイは神経を集中させっぱなしである。 かなり疲れてはきたが、では今日は終了、というわけにもいかない。 とりあえず一度気を落ち着けようと軽く伸びをすると── 「動くな…!」 首筋に冷たい感触。刃物だ。 ファイは伸びの姿勢のままピタリと硬直する。 ──いつの間に!? 音も、臭いも、ともかく気配が全くしなかった。 ──何故バレた? 隠れ始めてから一度も視線は感じなかったのに! 「妙な真似をしたら首を掻っ切るぞ…。」 ああ、駄目だ。もうしょうがない、ここは死に物狂いで暴れて… いや、多分その前に首を落とされて終わりだろうな。 「貴様、市長の事を探ろうとしていたな?」 怯えきった表情でファイは首を横に振る。 「嘘をつくな…!フフフ、残念だが貴様にはここで死んでもらうぞ…!」 「ほ…本当に…ちが…」 「黙れ…!さぁてどうしてくれようか…まず喉を潰して声を出ないようにして…」 ジャックさん、皆、ごめんなさい。何の役にも立てませんでした…。 「耳を削いで、鼻を削いで、両腕両足を切り落として…」 ごめんね…ミュー…。最後にもう一度会いたかった、僕は先に逝くけど、元気で…。 「最後は尻尾モフモフの刑だっ!」 「ああああ…もごっ!」 自分の運命に絶望して叫ぼうとした瞬間にファイは口を塞がれた。 もう終わりだ。短い人生だった… 「バカ!見つかりたいの!?」 …? よく聞けば、聞きなれた声… 横目で声の主を見ると…ニコラだった。 「……ええっ…もごっ!」 「だから!静かにってば!いったん降りるよ。」   *  *  *  *  *  * ■ボクは自由だ■ ファイの注意力が足りなかったのか、それともニコラの技が凄かったのか(多分、後者だが) ニコラはファイよりも後にあの場所に移動したらしい。 それで、周りを探しているファイを見つけて、少し驚かしてやった、というわけだ。 「びっくりだよー、皆と一緒に行ったと思ってたからさー。」 「本当はその予定だったんですけど、ジャックさんに言われて…」 「大体さー、少しは抵抗しなきゃ駄目だよ。『始末される』って話聞いてたでしょ?」 「ごめんなさい…頭が回らなくて…」 「あとさ、敵が『尻尾モフモフの刑だ!』なんていうと思う?なんであそこで気づかないのさ!  せっかく安心させてあげようとしたのにさー、がっかりだよ。」 確かにその通りだ。まぁ、いきなり脅かしにかかるニコラもニコラだが。 「ごめんなさい…。」 「解ればよろしいっ。」 いつも自分が子ども扱いされている分、ニコラはファイに対してはよく先輩風を吹かす。 「じゃ、ボク行ってくるから。早く宿にもどりなよ。」 「ダメですっ!」 ファイは咄嗟にニコラの肩をつかむ。ニコラは肩越しにファイを睨むが、ファイは動じる様子は無い。 「…離してよ。」 「嫌です。危険すぎるってジャックさんに言われたんでしょう?」 「そんなのカンケーないよ。危険でもなんでも、盗むべきものがあるならボクは行く。  それに皆の不利益になるような事をしてるつもりはないよ。」 「でも…もしなにかあったら…!」 「皆の事は何があっても吐かないし。戻ってこなかったら『しくじったんだな』ぐらいに思ってくれればじゅーぶん。」 「そんなの…そんなのダメです、行かせません!」 「それでも行く、って言ったら?」 「力づくでも、止めます。」 緊張が走る。 いくら相手が『白銀の神風』といってもこの状態なら、無理やりにでも 組み伏せる事が出来るはずだ。さすがに力では自分のほうが上だろうし… 「ふぅん。力づくで、ねぇ。」 言い終わるか終わらないかの内に、ニコラはストン、と膝の力を抜いた。 「あっ。」 ニコラを掴んだ手に引っ張られて、一瞬ファイの体勢が前に崩れる。 次の瞬間、ニコラは思い切り体を捻り手を引き剥がす、と同時に右拳を思い切りファイの鳩尾に叩き込んだ ファイは鎧を着込んでいないので、軽いはずのニコラの拳が思い切り腹にめり込む。 倒れ込むまもなく、ファイは腕を捻りあげられ、完全に身動きが取れなくなっていた。 「力づくで止める」宣言をしてから10秒足らずの出来事である。 「どーお?これでもまだ『力づく』で止められると思う〜?」 チチチチ、と奇妙な笑いをたてながらニコラは意地悪く囁いた。 すでにファイの首筋には短剣が当てられている。 「…う……ぐ…ううー…。」 痛みによる呻きなのか、悔しさからの嗚咽なのか、よく解らない声を発しながらファイは涙ぐみ始めた。 ニコラは思わず手を離す。ファイはその場にへたり込んだ。 「ちょっ、ちょおっと!そんなに痛くしたつもりは無いんだけど!?」 「だっで…ごのままだとニコラさんが…死んじゃうのに…どめられないから…ううー。  だめでず…行っちゃだめでず…。」 今度は泣き落としか!?ニコラは半ばあきれつつも、不思議な気持ちだった。 どうしてこの人達は私なんかを気にかけるんだろう。私がいなくなれば報酬の取り分が増えるだけじゃないか。 シーフなんてそういうものだ。成功すればいくらかの報酬がもらえても、失敗すれば誰に知られる事も無く死んでいく。 自分の事だって損得勘定だけで計ってもらってもいいのに。何故わざわざ。 人の心配してる場合じゃないだろうに。馬鹿みたいだ。 馬鹿みたいだけど。 まぁ、そういうのもアリかな。 「ファイ、いつまでもメソメソしない!ミューちゃんに叱られるよ!」 「…ええっ!何故その名前を…!」 「そりゃあ、あれだけ寝言で言ってればねー…」 「ううー…。」 ニコラはしゃがみ込んで、ファイの目をじっと見つめる。 「ファイ、聞いて。誰に止められようとも、ボクは行くよ。残念だけど、これがボクの生きる意味なんだ。」 「…でも!」 「その代わり、まだ誰にも見せた事のない、ボクのとっておきを披露するよ。だから、ボクの事信じて。  絶対に、絶対に生きて戻ってくるから。」 「え?」 「どんな目にも、鼻にも、耳にも、手にも、魔法にも捉えられない、ボクのとっておきさ!」 そう言うなり、ニコラはポケットから二枚の真っ黒な布を取り出した。 奇妙な布だった。ただの布切れのようだが、全く光を反射しない。まるで影そのもののようだ。 それを目にも止まらない速さで耳と尻尾に巻きつけた。 その瞬間。 目の前にいたはずのニコラは、完全に消え去った。 音も、臭いも、実像も影も。息遣いも、鼓動も、投げかける視線も。 ニコラをこの世界に形作っていた全てが ─ 最早誰にも知覚できなくなった。 周りを見渡しても、正に影も形も無い。 あわてるファイの頭に、こつり、と小石が当たった。 見上げると、木の天辺でニコラが笑っている。 と、その姿はすぐに掻き消え、今度は背後から声がする。 「どお?これで信じてもらえる?」 「あ…いや…その……すごい…です…!」 ニコラは満足そうに頷くと(ファイには見えないが) 「じゃ、行ってくるね。あ、一応さ、前庭の辺りで誰かこないか見張っててよ。まぁ誰も来ないと思うけど!」 ファイが前庭の茂みに身を隠すころには、もうすでに二人目の番兵が心地よい眠りについていた。 つづく