PSIONIX GARDEN X'mas SS 「わたしたちのクリスマス」 --サイオニクスガーデン 授与室前 「失礼します」 私は任務を終え、部屋の奥の教師に一礼して作戦司令室の扉をしめた。 私の名は 麻生 奏詠(あそう かなえ) 超能力者達の学校、サイオニクスガーデンの高等部2年生。 背中まである黒い髪。赤い瞳。サイコキネシス能力者。 特徴はその程度。 今日は12月24日 クリスマスイヴ。 世界は赤と白で飾り立てられて、世界中の子供にサンタクロースがプレゼントを配る。 恋人達は二人で甘い日を過ごしているだろう。 PGの生徒のうち半数以上は今日、明日と休暇をとっている。 そもそも冬休みに入っているから授業はない。 あるとすれば「任務」 超能力者として、力を間違った事に使う同胞を止める。 それが私達に与えられた任務。 PGから与えられる任務は強制ではない。 拒否することも出来た。 今日はイヴだ。教師も拒否する生徒を咎めはしない。 けれど 事件は起こっている。 私が拒否すればどの道、誰かがやるのだ。 私に任務の命が下ったと言うことは、現時点で私がその作戦に最も適していると言うことだ。 それなら。 それなら私は拒否できない。 私が拒否すればより成功率の低い生徒が任務に出る。 私が成功すれば、私の後に続く生徒が危険にさらされる事はない。 だから、どんな日でも。どんな時でも。与えられた任務は必ず受ける。 それが、私のやり方。 --サイオニクスガーデン 女子寮 前 任務が終わったのは午後六時。 自分の寮に帰るころには七時になっていた。 ダッフルコートに軽く積もった雪を払う。 髪についた雪も軽く払い、靴のかかとを地面にコツリと当てて寮に入った。 --サイオニクスガーデン 女子寮 廊下 女子寮の廊下を歩く。 今日はイヴの夜だ。 騒いでいる部屋と外出している部屋しかない。 今日ばかりは消灯時間を過ぎても教師達に怒られることは無い。 私の部屋に着く。 私の部屋の扉には私の名前と、もう一つのネームプレートが付いている。 出雲 兎卯(いずもの とう)が私のルームメイト。 カールした金髪で少し童顔。 誰に対しても柔らかに対応して場を和ませてくれる。 そして私の最初の友達。 私は10歳の頃に両親を殺され、PGに入学したのは高校生の頃。 その頃の私は両親を殺した男に復讐する為だけに生きていた。 PGに入ったのも自分ひとりでは情報収集が困難だからだ。 私はPGに入学し任務を受ける代わりに両親を殺した男の情報を求めた。 その頃の私はいつもピリピリしていた。 学校生活など要らなかった。 ずっと復讐だけを考えていた。 けれど思春期の子供の体は、永遠と続く憎しみの心的負荷に耐えられ無かった。 私は倒れた。 私はその頃もPGの寮に住んでいたが、ルームメイトは居なかった。 他の生徒とコミュニケーションを取ろうとしなかったからだ。 私と他の生徒が相部屋になると相手の生徒が疲れてしまうからだろう。 私は二人部屋に一人で住んでいた。 誰も来ない一人部屋で私は寝ていた。 部屋の扉が開くのは三度の食事と保険医の検診の時だけ。 その中で強くなる頭痛、吐き気、疲労感・・・ そんな中、私の部屋に訪れるクラスメイトがいた。 それが兎卯だった。 兎卯は授業が終わるとすぐに私の部屋に来た。 クラスは同じだったが、話したことは無かった。 けれど兎卯は食事の用意や身の回りの世話をする為に私の部屋に来た。 私は何度も断ったが、兎卯は懲りずに毎日来た。 何度断っても来るので私は兎卯が来る事を止めなくなった。 それに、頭痛と目眩でまともに歩けなかった私にとって兎卯の補助はありがたかったのもある。 最初は何も喋らなかったが、お互い徐々に喋るようになっていた。 学校の出来事、テレビの話題、クラスの男子の話。 兎卯とのコミュニケーションを通じて、私の体調は徐々に回復していった。 頭痛や吐き気、疲労感が小さくなる中で一つ大きくなるモノがあった。 焦燥感。 PGに来てから一年は経つのにも関わらず、情報は何一つ集まらない。 何も状況は進んではいなかった。 その頃からまた私はピリピリし始めた。 目を閉じれば目蓋に移る憎い男の顔。 いつまでも情報をくれないPG。 そのPGに頼らなければ人を探せない無力な自分。 全てに苛立った。 私は荒れた。 苛立ちをぶつける相手は一人しかいなかった。 兎卯だ。 少しでも気に触る事をすれば兎卯に怒鳴り散らした。 何度も何度も。 私が兎卯に最後に言う言葉は決まっていた。 「出て行って」 その時の哀しそうな兎卯の顔を見て思うのだ。 やってしまった と。 兎卯の居ない昼間にあれだけ寂しい思いをしながら、扉が開くのをずっと待っているくせに。 私は、醜くて愚かだった。 そんな事があっても、次の日に兎卯は必ず来た。 何度も何度も。 何度目だったか、私が兎卯に向けて怒鳴り散らした時、兎卯が目を瞑った。 私の意味不明な言いがかりを全て聞いてから兎卯は私の目を見て言った。 「前に進もう?」 私を見つめる兎卯の瞳は私の心を見透かしていた。 私は前に進みたかったのだ。 先が見えないことに苛立ち、全てを受け止めてくれる兎卯に甘えて、考える事をやめてしまっていた。 私は泣いた。 泣き崩れる私を兎卯は抱きしめてくれた。 その晩、私は兎卯に全てを話した。 両親の事、復讐の事、毎晩見る悪夢の事・・・たくさん話した。 その時、兎卯も両親が亡くなっている事を聞いた。 兎卯は言った。 「この学校に来る人たちは皆、いろんな問題をかかえてやってくる。  だって、皆“普通”の人じゃないから。  大小はあるかもしれないけど、皆、悩んで、苦しんでここに辿り着いたんだと思う。  だから、わたしはここで、ここに辿り着いた皆で幸せになりたいって思ってるんだよ」 私は言葉を失った。 自分の事しか頭に無かった自分がいかに小さいか。 兎卯が今までどんな思いで私の部屋に来ていたのか。 ただ、自分が恥ずかしく、兎卯の心の大きさを知った。 私はその時に決めた。 兎卯と一緒に、この学校に辿り着いた皆の為に生きる。 一人も、“仲間”を欠けさせない。 私は誰にもその言葉を言わなかったが、兎卯は次の日から私の部屋に遊びに来る事はなくなった。 兎卯と私は同じ部屋になったからだ。 こうして、今の私がいる。 私は自分の部屋の扉にかかっている、 少し斜めにズレた兎卯のネームプレートを綺麗に直してから扉をあけた。 --女子寮 麻生奏詠&出雲兎卯の部屋 『めりーくりすまーす!!』 私が自室に入った途端、3つのクラッカーが鳴り響いた。 一人は兎卯、もう二人はクラスメイトの 一ツ橋 希(ヒトツバシ ノゾミ)、新宮路 美砂(しんぐうじ みさ)だった。 どうやら私を待ち構えていたらしい。 「びっくりするじゃない。もっと普通に出迎えて」 「ほらーやっぱり怒られたじゃない!どうすんのよ!」 洒落た私服に身を包んだ美砂が希に向かって言った。 「く、クリスマスにはサプライズは必要かなーって思ってぇ・・・」 希はもじもじしながら私の方を見た。 「怒ってなんか、いないわ」 私がそう言うと美砂と希の後で兎卯がニコっと笑った。 部屋にはクリスマス用の手作りの飾りつけがしてあった。 リビングの食卓には赤いテーブルクロスがかけられ、テーブルの真ん中にはローストチキンとサラダが置かれている。 チキンからは湯気が出ているし、四つの席のワイングラスにはシャンパンが入れられていた。 私が作戦司令室を出るタイミングを見計らって準備したとしか思えない。 希が遠隔透視でも使ったのだろうか。 私はコートをハンガーにかけ、制服のネクタイを緩めた。 私の姿を見守る三人に声をかける。 「ご馳走してくれるんでしょ。冷めたチキンは食べたくないわ」 私が言うと、その言葉に反応して美砂が言った。 「あんたねー!これすっごく手間かかってんだから!ちょっとは感謝しなさいよ!」 「食べてから考えるわ」 「ムカッ!美味しいに決まってるでしょ!」 私は全て味わってから答えを出したかったから 食べてから考える、と言ったのだが、美砂は何故か味の話をした。 「どうして分かるの」 私の問いに美砂は目を泳がせた。 幾分か顔も赤くなっているように見える。 「それは・・・皆で頑張って作ったから・・・」 美砂が言葉尻に困っていると、間に希が入ってきた。 「美砂ちゃんは一通り味見したもんねぇ。私、チキンは食べてない!」 「あーもう!そうよ!味見したから分かるの!美味しいのよ!」 美砂はツインテールを揺らしながら、顔を赤くして叫んだ。 「わかった。それなら味が楽しみね。食べましょう」 私はそう言って席についた。 それに続いてみんな席にすわる。 でもローストチキンを味見? 上からは見えない裏側でも削ったのだろうか・・・? --わたしたちのクリスマス カチャカチャとフォークとナイフが鳴る。 「チキンおいしー!皮パリパリだねぇー」 希が切り分けたチキンを頬張りながら言った。 「当たり前よ!練習したんだから!」 美砂もチキンを食べながら言う。 「練習?」 「今日の為に二羽犠牲になってるの!」 「美砂ちゃんのおべんとがほぐしたチキンばっかりだったのはそのせいだったんだねー」 「チキンはヘルシーだから良いのよ!」 「このシャンパンも美味しいね」 兎卯がグラスに口をつけながら言った。 「うん!飲みやすいからどんどん飲んじゃう!」 そう言って希が自分のグラスに何度目かのおかわりを注いだ。 「シャンメリー・・・?じゃないの?」 私が口を挟んだ。 私たちは17歳で未成年。アルコールは飲めない。 シャンメリーはシャンパンに似せて作られた清涼飲料水だ。アルコールは入っていない。 「凄く良いシャンパンを保険医の西東先生にもらったのでした!」 希が元気良く言った。 いま見ると大分顔が赤い。 「盗撮写真の代わりに、でしょ・・・」 美砂がはぁ〜、と溜息をついて言った。 「西東せんせいはねー小さい子が好きなんだって!んでちょっとだけ私のコレクションをあげたの」 「コレクション!?交換が終わったら捨てなさいよそんなの!」 「でもシャンパン代浮いたし良かったよねー。おいしいしぃー」 希はかなり酔っているようだ。 喋り方が変になってきている。 でも・・・教師が黙認しているなら良いだろう。今夜くらいは。 そう思って私もシャンパンに口をつけた。 --わたしたちのクリスマス2 料理も粗方食べ終え、二本のシャンパンを飲み干し、四人でプレゼント交換をした。 私はプレゼントを買っていなかったが、兎卯がこっそり後から渡してくれた。 私は心の中でありがとうを言って、美砂、希、兎卯とプレゼントの交換をした。 絨毯の上で四人で他愛の無い話をしていると、希が赤い顔でゲームをしよう、と言い出した。 内容はジャンケンをして負けた人が罰ゲームというものだ。 普段ならば断っているだろうが、シャンパンのお陰で気分が高揚しているせいか 何も考えずに「わかったわ」と言ってしまった。 四人でジャンケンをする。 何度かあいこになったが、決着がつく。 「・・・」 「むふふ」 「あ、勝ち〜♪」 「良かったー」 美砂と兎卯が抜ける。 希と一騎打ちだ。 さっき負けたのにも関わらず、へんな笑みをこぼした希が気になるが・・・。 『じゃーんけん ぽん!』 「・・・」 「やった!奏詠さんの負け!」 赤い顔で希が言う。 やった・・・? 最初から狙い撃ちにされていたのだろうか・・・? 「さぁー罰ゲームの発表でーす!」 希はごそごそと自分のカバンを漁り、サンタの衣装を取り出した。 「これ着て男子の部屋にサンタクロース!」 意味不明だった。 「服を着替えるのは良いけど、男子の部屋には行けないわ。  はめを外しすぎて校則が厳しくなったら、来年苦しむのは私たちよ」 私が言うと、希がうなだれた。 「そ、そうですよねぇ・・・」 寂しそうな顔をする希を前にして兎卯が口を開いた。 「奏詠、実はね・・・」 兎卯が話した内容はこうだ。 本当は同じクラスの 灯室 晶(ヒムロ アキラ)も呼んだのだが、拒否されたこと。 彼はずっと何かを悩み続けていること。 今日も一人だということ。 「晶さんのプレゼントもあるんだけどなぁ・・・」 希はそう言って小さなプレゼントの箱を取り出した。 赤と金のリボンで綺麗に装飾されている。 「わかったわ。灯室にプレゼントを渡せばいいのね」 「え!ほんとに!」 希が目を輝かせた。 「私に二言は無いわ」 「奏詠サンすきー」 希が抱きついて来ようとしたので避けた。 私が避けると希はよろよろと歩いて兎卯のお気に入りのウサギのぬいぐるみに抱きついた。 「ふえーん」 希はぬいぐるみに抱きつきながらクネクネした。 「それに、イヴの夜に私だけ制服っていうのも味気ないから」 私は、皆の服装を見て言った。 それを聞いて兎卯が微笑んだ。 --サイオニクスガーデン 男子寮前 私は女子寮から少し離れた男子寮に向かった。 希が用意したサンタクロースの服装だけで外を出歩くと あまりに怪しいので上にダッフルコートを着ている。 男子寮の玄関に着く。 締まっていない事を願ってドアを押した。 ガチャリ どうやら男子寮も今晩は解禁のようだ。 玄関を見るとビールのラックがいくつか詰まれていた。 流石男子、と言った所か・・・飲む量が半端じゃない。 買出しの回数も相当だろう。 ・・・いや、寮には教師の部屋もある。 教師の私物だ、と考えておこう。 私は希から受け取った灯室の部屋番号のメモを見て、部屋に向かった。 --サイオニクスガーデン 男子寮 灯室晶の部屋 灯室の部屋に着いた。 コートを脱いで床に置く。 灯室の部屋のチャイムを鳴らす。 ・・・返事がない。 ドアに手をかけてみると、ガチャリ、と開いた。 鍵はかかっていない。 「灯室、入るわ」 部屋の中は真っ暗だ。 リビングの方に人の気配がする。 私はリビングの方に歩いた。 リビングには一本の蝋燭に火をつけ、 ソファに座りながら、その火の向こうに置かれた鏡をじっと見つめる灯室が居た。 「・・・麻生か・・・」 「照明、付けるわよ」 「ああ」 カチリ、とリビングの照明をつけると灯室が意外だ、という顔をした。 「へえ、麻生もコスプレするんだな」 「成り行きよ。私の趣味じゃないわ」 灯室は私の言葉を聞きながら蝋燭の火を消した。 灯室の顔色は悪い。 いつもの制服と違って首もとの開いたセーターを着ているせいか、首の傷が目立つ。 「これ、クリスマスプレゼント」 私はそう言って希から受け取った小さなプレゼントボックスを手渡した。 「開けていいか?」 「ご自由に」 灯室はゆっくりと、リボンを解いて箱を開けた。 「これ・・・は」 中から出てきたのは赤くて可愛らしいチョーカーだった。 灯室は首の傷を隠すために普段からチョーカーをしている。 希はいつもそのチョーカーを見ていたのかもしれない。 「ん・・・?もう一つあるな」 灯室はそう言って小さな箱の底から折りたたまれた紙を取り出した。 手紙、のようだった。 私は手紙の内容が見えないようにリビングから出た。 「帰るわ。一人で読みなさい」 「待ってくれ、もう読み終わる」 私は灯室に背中を向けたまま、20秒程待った。 灯室が私の背中に声をかける。 「・・・ありがとう」 灯室は静かに言った。 「プレゼントは一ツ橋希が選んだものよ。その言葉は、あなたが希に言いなさい」 「・・・そうだな」 「あなたが何に悩み、苦しんでいるかは知らないわ。  でもね、あなたを見ている人たちの事を忘れないで。  あなたが思っているより、あなたは独りじゃないのよ」 「・・・ああ」 「良いクリスマスを」 私はそう言って灯室の部屋を出た。 --わたしたちのクリスマス3 私が自分の部屋に帰ると、絨毯の上すでに希と兎卯は眠っていた。 「あ、おかえり」 美砂は一人でテーブルクロスのかかった机に座り、水を飲んでいた。 「どうだった?」 「喜んでいたわ」 そう言って私は美砂の斜め向かいの席に座った。 「そう?良かった」 美砂が席から立ち上がり、私に言った。 「水、飲む?」 「頂くわ」 美砂が持ってきたコップ水をそそぐ。 「はい」 「ありがとう」 私が眠る兎卯と希の姿を見ながら水を飲んでいると、美砂が口を開いた。 「そう言えば、まだ感想を聴いてないわよ」 私は一呼吸置いてから美砂に言った。 「美味しかったわ。今までで一番」 美砂は顔を赤らめながら目をそらして言った。 「そ、そう!?それならいいんだけど・・・」 私は立ち上がって、予備の毛布を収納から取り出した。 眠る希と兎卯の分だ。 「あたしも手伝う」 美砂が私の隣に来て言った。 「希をおねがい」 私は美砂に毛布を一枚手渡す。 「うん」 --わたしたちのクリスマス4 私は兎卯に毛布をかけながら思った。 今日、灯室に言った言葉は兎卯がいたから言えた言葉だ。 私一人ではここまで辿り着いてはいない。 兎卯のお陰で今の私がいる。 「うっ、酒くさっ・・・一人でどんだけ飲んでんのよ・・・」 ぶつくさ言いながら美砂が希に毛布をかけていた。 私は美砂に向かって言った。 「私たち、似てるわね」 「え!?似てないでしょ!全然!」 美砂は困惑した表情で大きく否定した。 私は言った。 「二人とも、最高のパートナーが居る」 美砂は頭をかいて、少し照れながら言った。 「あはは、それはそうかもね」 その晩、私は美砂と普段交わさない話をした。 たくさん喋った。 美砂の話は男子の話や服装の話が多かった。 外見には結構気をつけているようだ。 それが特定の男子の為か、年頃の女子としての行動かは判断がつかなかったけれど。 他愛も無い会話で夜は更けて行く。 クリスマスイヴは超能力者のわたしたちを普通の高校生に戻してくれた。 それがサンタクロースから私たちへのプレゼントなのかもしれない。 --END