■ 亜人傭兵団奮闘記 その七 ■ 『ゲッコー市にて その四』 ■登場人物■ ・パーティー 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 剣士 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 副長 無口 ガチムチ 重戦士 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 剣士 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 魔法剣士 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 怪力 重戦士 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 今回出ない 「ファイ」  コボルド 男 … いい子 最年少 わぁい レンジャー 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ ------------------------------------------------------------------------------- ■偶然の再会■ 市街地から竜車で南に下る事一時間、一行は皇国軍のキャンプに到着した。 道の先はなだらかな斜面の続く丘陵地帯になっており、木が密生している。 この森林が市民達が「ヤパルラの森」と呼ぶ場所なのだが、約定に守られている場所は この森林一帯というわけではない。 キャンプ地から見て南東にある、古代の石壁と高い樹木に囲われた直径5kmほどの区域が 「ヤパルラの森」なのである。 皇国領から南方へ至る道はいくつかあるが、唯一「ヤパルラの森」に接するのがこの道であり そこで事件は起きたというわけだ。 名目上このキャンプにいる皇国兵たちは、ヤパルラの森の調査で来ている事になっているのだが 実際のところはこれ以上被害が出ないようにする為の監視役である。 監視といったところで、元々皇国側からこの道を使うものはほとんどいないので 結局の所訓練の一環のようなものである。 なので、実際に兵に被害が出てしまった事に対して、皆動揺の色が濃い。 過度に恐れるものもいれば、敵討ちだと息巻く者もいる。 一行が到着した際も、かなりの人数が共に行く事を志願したが、ジャックは丁重に断った。 襲われる事がそもそもの目的なのに、あまりの大所帯で行ってしまっては襲撃自体が 起こらないかもしれないからである。 竜車を一台ここに預け、ここからは索敵をしつつゆっくりと進む。 ハヤテに水を飲ませ、出発の準備を整えていると一人の皇国兵がパーティーの元にやってきた。 「アーノルド軍曹殿!お久しぶりであります!」 聞き慣れない名前にパーティーの面々はぽかんとしている。 「『元』軍曹だよ…ハハ!久しぶりだなこの野郎!」 ジャックが抱擁で迎える。どうも軍籍時代の部下らしい。 初めて聞いたジャックの本名に、リゲイは意外そうな顔をしている。 「へー、ガントレットって本名じゃなかったんだな。」 「当たり前でしょ。ガントレットは通り名よ通り名。」 「いや、しょうがねーじゃん。全く気にした事なかったし。」 「団長昔の事全然喋んないしね。」 アガネンというその皇国兵は再開の感動を抑えきれない様子だった。 「まさか軍曹殿ともう一度お会いする事が出来るとは…。感無量であります!」 「ああ、俺も嬉しいぞ。まさかお前が部下を率いる立場になっているのが見れるとはな。」 「それも軍曹殿の教えの賜物であります!」 「ハハ、そんな大層な事を教えたつもりはないよ。さて、昔話としゃれ込みたいところだが  何分こっちは任務中なんでな。積もる話はまた今度だ。」 「ハッ、お忙しいところ失礼いたしました。……新兵もいたとはいえ、六人からの偵察隊が殺されております。  十分ご注意のほどを…。」 「心配するな、ウチは精鋭ぞろいだ。…仇は取らせてもらうよ。」 「御武運を…!」 アガネンの敬礼に、ジャックも敬礼でもって答える。 去っていくアガネンの姿を見届けた後も、軍籍時代のさまざまな記憶がジャックの胸に去来していた。 闘いがあった、勝利があった、名誉があった。多くの部下を従え、戦場で武勲を挙げた。 惜しみない祝福が送られ… そして ──最後に、裏切りがあった。 「どうしたジャック、そろそろ出発だろ?」 「ん?ああ、すまん。」 「…懐かしくなったか?」 「まさか!俺は皆と気楽にやってる方が性にあってるんだよ。さ、行くぞ。リーガンは殿を頼む。」 それは半分事実で、半分嘘だ。付き合いの長いリーガンはなんとはなしに解っている。 ジャックは生き死にを賭けた闘いに己を見出す「戦士」ではない、「武人」なのだ。 彼は心のどこかで、戦場での栄誉、仕えるべき君主を探しているのだ。 自分に戦う場所を与えてくれたジャックのために、いつかは彼の元を離れなければならないな。 ぼんやりとそんな事を考えながら、リーガンは竜車へと向かった。   *  *  *  *  * ■襲撃■ 案内役としてついてきた者は、実に奇妙な男だった。 名をロスマンというこのゲッコー出身のレンジャーは、ヤパルラの森周辺を主な狩場としていたらしく ここいら一帯の地理に詳しい。更に事件の第一発見者でもある。 その諸々の要素が重なって、案内役に最も適任とされたのがこの男なのであるが… 一行としては森林地帯の入り口あたりまで案内してもらえば充分で、現場にまで同行してもらうつもりは無かったのだが なぜかこの男は、付いて行くと言って憚らない。 襲撃現場に言って囮の役を果たすというこの恐ろしい任務に、何故事件の凄惨さを知っている者が 同行しようとするのだろう?理解に苦しむところである。 奇妙といえばこの男の風貌も相当に奇妙である。 額に目のような模様の六つの刺青。 足元まですっぽりと隠れるような丈の長いマントを幾重にも重ねて身に着けており、体格はさっぱり解らない。 見たところせむしというわけでもなさそうだが、首の付け根に大きな二つの瘤がある。 ただ、奇妙な態度や外見を補って余りある知識の深さと明朗な喋り口は、一行に悪い印象は与えなかった 兎にも角にも一行はこの奇妙な同行者と共に事件現場に向かっている。 先頭を行くリゲイ、竜車の手綱を引くジャック、竜車の中にカーター、ミラー、ロスマン 竜車の両脇にゴルドスとエピリッタ、殿はリーガン、という並びで、何かあればいつでも 戦闘態勢に入れるようにしている。 「…まぁ、なにせヤパルラってのは謎ばっかりな奴らでしてね。世間一般で言われてる『古代語しか喋らない』  ってのも数百年前の古文書に記された事を元にした推測でしかねぇんですよ。」 「ふむ…ということは勿論姿かたちも解らぬ、ということですかな?」 幌の中から外を伺いつつカーターが聞く。 「ええ。あ、この先にある石壁にそれらしき姿が描いてはあるんですがね…現物を見たことある奴ぁ  一人もいないんじゃねぇかなぁ…あ、ですからね、今回生け捕りに出来りゃあ旦那さん方ぁ素晴らしい  発見をしたことになるんですよ!あー、でもなーどうせここらも焼かれちまうんだからなぁ…」 先頭をゆくリゲイが少し歩みの速度を落としてジャックに近づく。 「どうした?」 「いや、さすがにあのオッサン黙らしたほうがいいんじゃねーかな、と。」 「まぁ、いい感じにこちらの存在を敵に知らせられるからいいんじゃないか?隠密行動というわけでもないし。  索敵の支障になるほどの大声でもないしな。」 「あー、そっか。了解っス。」 というわけでその後もロスマンのお喋りは続き、ゲッコーの歴史や名所、果ては市長が如何に素晴らしい人物か という話までも聞く事になった。二十分後には、ちょっとした観光案内なら出来るほどの知識を計らずも得てしまった。 「…つーわけでね、再開発ってのはどうしても必要な…あ、そろそろ『ヤパルラの森』と接するあたりですぜ。  ちょうど何人も殺された場所です。」 一行はますます感覚を研ぎ澄ます。 「ゴルドス、エピリッタ、側面からの襲撃に備えろ。カーターさん、ミラーさん、いつでも出れるようにしといてください。  ロスマンさんは何があっても竜車から出ないように。リーガン、後方警戒を頼む。行くぞ。」 先ほどの場所から少し行くと木もまばらな、少し開けた場所に出た。 「あー、今は暗くて見えやせんけどね、左手側の奥のほうに『ヤパルラの森』の石壁が…」 歩きながら先頭のリゲイが無言で合図を出す。全員に緊張が走る。 カーターがロスマンを黙らせて、身を伏せさせる。 (2時方向ニ2、10時方向ニ1、木ノ上) 「このまま進む。」 リゲイの合図とジャックの指示をミラーが全員に念話で送る。 ゆっくりと、しかし一分の隙もない足取りで一行は進む。 まだ来ない。 丁度敵の真横を通る。 まだ来ない。 各々得物を握る手に力が入る。 と、敵のいる辺りを通り過ぎたその瞬間  「 「 「 キシャアアァァアアッ!! 」 」 」 樹上から三つの影が一行に躍りかかった。 影は鋭い爪でそれぞれゴルドス、エピリッタ、リーガンに襲い掛かる。 が、三人は目を瞑っている。 三人に爪が届くよりも早く、ミラーは呪文を詠唱した 『 闇 を 滅 せ よ 』 ミラーの手から生まれた人工精霊(ウィスプ)から、あたりを照らす強烈な光が放たれた。 「ギィッッ!」 流石というべきか、三つの影は目を眩まされつつも身を翻して三人の反撃を避け、樹上へと退避する。 ウィスプが樹上の襲撃者達を照らす。 緑色の肌。 鋭い牙の並んだ長い吻。 鱗に包まれた体。 そのどれもが、彼らの目の前にいる襲撃者がリザードマンである事を物語っていた。 続く。