言霊学園に放課後がやって来た。 ほとんどの生徒はさっさと部活へと向かったが1人だけ部活には行かず人気のない廊下を歩く生徒がいた。 言霊学園のボーイッシュ・オブ・ザ・イヤー一本槍魁子である。 いつもなら他の生徒同様部活へと向かうのだが先日魁子が部室の床板をぶち破ってしまい、その修理の為数日間は部活が 休みなのだ。 「あー部活で汗流すのも気持ちいいけどたまにはのんびりすんのも悪くないなぁ。まぁ休みはあたしより友萌の方がありがたい かもしれないけど。友萌は無理するっていうかどーも頑張り過ぎるところがあるからなぁ」 人間は1人になると独り言を言いたくなる習性でもあるのだろうか。 まぁ魁子の場合元々ポスターに話しかけたりしてたし独り言の素質があるだけかもしれないが。 「しかしまさか床板がぶち破れるとはなぁ。今度から少し手加減する様にしないと駄目だな・・・ん?」 ぶつぶつと独り言を言っていると後ろの方から騒がしい足音が近づいてきているのに気付く。 「ったく、誰だか知らないけど廊下は走るなっての・・・いや、まさか狐狗狸じゃないだろうな?」 嫌な予感がして振り返るとそこには猛スピードで駆けて来るアフリカ中央テレビのクルーが、もとい九逆六の姿があった。 「何だ六か。驚かせるなよ」 「姐さん!ちょっと一緒に来てくださいYO!」 「え?ちょ、うわ!?引っ張るな馬鹿!」 相手が狐狗狸でない事に安心したのも束の間で魁子は六に腕を引かれ引きずられる様に連れて行かれてしまった。 その光景は頑張れば映画『卒業』の1シーンに見えなくもない。 「HEY!着きましたYO姐さん!」 引っ張りながら(引っ張られながら)とはいえ魁子も六も身体能力は高いので目的地にはすぐに到着した。 「着きましたじゃないだろ馬鹿。いきなり人を引っ張ってどこに連れて・・・ってカポエラ部じゃん」 「そうですYO。まぁ細かい事は後にしてとにかく入ってくださいYO」 魁子は六に急かされるままにカポエラ部の扉を開けた。 「・・・え、何これ?」 カポエラ部の広さは截拳道同好会の約2倍ほどの広さだったが魁子が驚いたのはそこではなくボロ雑巾の様に打ちのめさ れたカポエラ部の部員達と1人だけ怪我もなく壁に寄りかかっている見慣れぬコギャルという図だった。 コギャルはキョトンとしている魁子を見て目を細める。 「ふーん、アンタがそこのドレッドの言ってたアタシより強い奴なんだ」 「その通りだYO!姐さんはお前みたいな絶滅危惧種(ガングロ)より1万2千倍は強いんだZE!」 「いやちょ、待て待て待て。何が一体どうなってこうなった?」 何がなんだかさっぱり状況が理解出来なかった。 いきなり六に引っ張られ連れて来られたのはカポエラ部でそこで待っていたのは全滅した部員達と一昔前に流行したメイク のコギャルである。 狐狗狸ならばこれでも人類滅亡に結びつけ自己完結するかもしれないが魁子にはそんな芸当は出来なかった。 「あぁ、そうでしたYO。まぁぶっちゃけて言いますと姐さんにあのコギャルをちょちょいぶっ倒してもらいたいんですスYO」 「説明になってるようでなってないよそれ。せめてどうしてあたしが戦わなきゃならないのか説明しろって」 「あ、はいスンマセン」 拳を固めた魁子にビビった六はゆっくりと説明を始めた。 要するに今日カポエラ部は力道学園と練習試合を行ったのだが力道学園から来たのはそこにいるコギャルだけであった。 侮辱されたと思ったカポエラ部の面々は練習試合は中止だと言ったがコギャルはそれに聞く耳持たずあっという間に六を含 めカポエラ部を全滅させたのだという。 しかし日頃(魁子に)殴られ慣れてる六はダメージが浅かった為すぐに復活し声高らかに『お前より強い奴を呼んでくるからち ょっと待ってろYO!!』と言い魁子を連れて来たのだと言う。 「という訳なんで姐さん俺達の仇討ちお願いしますYO」 「いや、理由は分かったけど何でそこであたしなんだよ。強い人なら四天王とか他にもいるじゃんか」 魁子の言ってる事も最もである。 確かに魁子は自分は学園内では上位の強さだと自負しているが別に学園最強であるとは思っていない。 「いやまぁそうなんスけど俺四天王の事よく知らないしパッ思い浮かんだのが姐さんだったもんでつい」 「ついってお前な・・・あたし今日部活休みで見ての通り制服じゃん。まぁこの格好でもやれない事はないけど破れたりしたら 嫌だしさ。制服ってけっこう高いし」 「いやいや姐さんでしたら一発も貰わないで勝てますYO!それにホラ、アイツも制服のまんまじゃないっスか!条件は同じ なんですしお願いしますYO!」 「えー、でもなぁ」 「つーかアタシは別にどっちだっていーんだけど早くしてくんない?ま、どうせやったってアタシが勝つんだし?やるだけ時間 の無駄っていうか?」 いい加減痺れを切らしたのかコギャルが口を挟んだ。しかも挑発交じりである。 そしてそこは安い挑発に弱い魁子さん、一瞬でスイッチが入りました。 「いいよ、やってやろうじゃないか。ただし勝つのはお前じゃなくてあたしだけどな」 「ふーん、やる気になったみたいじゃん。それじゃ・・・と、その前にアンタ何て名前?アタシは萩希。力道学園の2年よ」 「萩希ね・・・。あたしは一本槍魁子だ。学園はお前と一緒2年だよ」 「一本槍魁子ね。オッケー、それじゃ始めよっか」 互いに自己紹介を終えると魁子は構えを取り希はその場で跳ねだした。 先手を取ったのは希だった。 その場で跳ねているだけと思いきやいきなり大きく前方に跳ぶとそのまま空中で回転し、回転の勢いをそのまま乗せた強烈な 蹴りを放つ。 魁子はその蹴りを僅かに下がるだけで避け、希が着地した瞬間を狙って拳を打ち込む。 希は着地と同時に素早くしゃがむ事でその拳を回避しそのままコマの様に回転して連続で回し蹴りを放った。 「くっ!」 トリッキーに惑わされながらも魁子は咄嗟に両腕を交差して防御態勢を取る事でなんとか蹴りを防いだ。 「ふーん、思ったよりやるじゃん!」 だが希の攻撃はこれで終わらずコマの様に回っていたかと思ったらいつの間にか距離を開け、側転をしながら上段から蹴り を振り下ろす。 「食らうかこんなもん!フゥゥワチャァ!!」 魁子は今度は防御はせず希の足を受け止めその勢いを利用して一本背負いの如く放り投げるとまだ宙を舞う希目掛けて跳 び蹴りを放った。 身動きの取れない空中では避ける事も出来ず魁子の跳び蹴りは見事に決まるかと思われたが。 「あ、危な!!」 「マジ!?」 希は空中で強引に身を捩って魁子に蹴りに自分の蹴りをぶつける事で攻撃を防いだ。 2人は一瞬足の裏を合わせたまま硬直したがすぐに蹴りがぶつかり合った衝撃で後ろに弾け飛んだ。 当然2人ともしっかりと受身を取ったため落下によるダメージはない。 「ヒュー、やるじゃんアンタ。予想以上だわ」 「お前こそ。まさか今の蹴りを防がれるとは思わなかったよ」 2人は起き上がりながら互いの実力を称えあう。僅かな攻防を繰り広げただけだが互いの力量を計るにはそれで十分だった。 魁子は希は自分とほぼ互角と判断し希も魁子の強さを自分とほぼ互角と判断した。 だがそれ故に魁子と希の間には決定的な差が生じていた。それは経験と認識である。 魁子は過去に六と、つまりカポエラの使い手と戦った事がある上に希がカポエラの使い手であるのを分かっている。 それに対し希は截拳道の使い手と戦った事がないどころか截拳道という格闘技の存在さえ知らないのだ。 世間の截拳道の認知度の低さを考えれば希が知らないのも無理のない話である。 よって現状では魁子の方が有利だった。 僅かでも相手の手の内を知っていればそれだけで十分戦いを有利に運ぶ事が出来るのだ。実力が拮抗していれば尚更だ。 実際一進一退の攻防を繰り広げながらも徐々に魁子の攻撃は当たる様になり、逆に希の攻撃は当たらなくなってきていた。 「フッ!ハッ!ッチャアッ!!」 「こ、コレちょっとヤバイ感じかも・・・!クッ!!」 ストレートタイプとトリッキータイプの違いはあれど魁子も希も速攻をかけ一気に畳み掛ける戦い方を得意としているのはすで にお互い分かっていたので劣勢に追い込まれ始めた希はいつの間にか攻撃を止め防御に徹するようになっていた。 拳でも蹴りでも綺麗なのを一発貰ってしまえばそこから捻じ込まれると確信しているからだ。 だが距離を取ろうとしても魁子は希を自分の間合いから逃れさせてはくれない。 「こーなりゃ『アレ』をやるっきゃないかな・・・」 圧倒的ピンチにも関わらず希の顔には何故かうっすらと笑みが浮かんでいた。 「ま、まさかあの野郎『アレ』をやる気だYO!!」 この笑みを見て今まで大人しく観戦していた六が叫んだ。 そして六の叫びは僅かだが魁子の動揺を誘い一瞬にも満たないほんの僅かの間だけ隙を生んでしまった。 「サンキュードレッド!これでも喰らいな!!」 隙と言えない様な隙を見逃さず希は魁子の頭付近まで飛び上がると大きく開脚した。 すると当然魁子の眼前には希のショーツが大きく映し出される。 しかも希のショーツは女子高生のものとは思えないほど派手なものであった。 これこそが希の最終兵器『ブラック・ラフレシア』である。 己のショーツを相手の眼前に晒す事で強引に隙を作りその後に続く怒涛の連続攻撃で仕留めるという恐ろしいコンボだ。 六が敗れたのもこの『ブラック・ラフレシア』であり相手が男であるならば例え冷静沈着な柳現十郎だろうと恐らく逃れる事は 出来ないだろう。 そう、相手が男であるならば。 「ホワチャ!」 魁子はいきなり眼前に晒されたド派手なショーツにも怯む事なく逆にダブルチョップで希の太ももを打ち墜落させた。 「痛ーーーっ!!」 予想していなかった反撃だったため受身も取れなかった希は墜落して強打した尻を押さえる。 「痛たたた・・・うっ」 希は尻を押さえながらなおも立ち上がろうとしたがその眼前に魁子の足が突き出される。 馬鹿そうなコギャルだがこの意味が分からないほど希は馬鹿ではなかった。 「・・・アタシの負けか。あーあ、悔しいなー」 「ふぅ、降参してくれて良かったよ。あたしとしては出来れば女の子の顔は蹴りたくないしさ」 希のギブアップ宣言を受けた魁子突き出した足を下ろし静かに息を整えた。 「アンタ強いわね。アタシこれでも力道学園じゃトップクラスの実力者なのにさ」 「んーまぁ確かにあたしは強いけどさ。それはやっぱ截拳道のおかげってのが大きいかな」 「じーくん・・・何?」 「截拳道。相手の拳を截つ道と書いて截拳道。偉大なブルース・リー先生が創始した最強の格闘技だよ」 「ブルース・リーってあのアチャーとか叫んでるあのブルース・リー?そういや戦ってる時アンタも何か叫んでたわね。何、叫ぶ と強くなるの?」 「いや、別に叫ばなきゃいけない訳じゃないけどさ。まぁあたしの場合は気合が入るっていうかさ。まぁそんな感じ」 「精神論てやつ?ふーん、アタシにはよく分からないわ」 そんな感じに少しの間魁子と希は他愛のない会話を続けた。ちなみに六は放置プレイだ。 「それじゃあたしはそろそろ帰るわ」 「あ、そう。それじゃ校門まで送ってくよ。あ、あと1つ聞いて良い?」 「スリーサイズと体重は秘密よ」 「いや、そんなんじゃなくて何で練習試合なのに希は1人で来た訳?ひょっとして部員が希だけとか?」 「あぁ、そんな事。別に部員はアタシだけじゃないよ」 「じゃあ何でさ」 「話すとちょっと長くなるんだけどね」 そう前置きすると希は校門に向かって歩き出した。魁子もその後に続く。 「カポエラってさ、本当は空手とかボクシングみたく試合でも攻撃を当てないのよ。むしろ当てるのはヘタクソ。でも中には言 霊(ここ)実戦を想定したカポエラをやってるとこもあってさ。つってもそんなん全然数少ないんだけど?力道(うち)も本当は 相手に当てない方のカポエラなのよ。で、その中で唯一実戦も可能なのがアタシだったって訳。他に誰も連れて来なかった のは万が一怪我とかされたら面倒だから?みたいな」 「あぁ、なるほど。そういう事だったんだ」 希の説明が終わった頃にはすでに校門の前へと来ていた。なんか早すぎる気もするけどその辺はご都合主義という事で。 「聞きたい事はそれだけ?」 「うん。そんだけ。それじゃまた機会があったら」 そう言って魁子が拳を前に出すと希も拳を突き出しそれに答える。 「つーか今度はアタシが勝つから」 拳をぶつけて別れの挨拶を、いや、再戦の約束をした2人は互いに振り返る事なく歩いていった。 例えどんな相手だろうと、例え相手がコギャルだろうと真剣勝負の後に美しい友情が芽生えるのは青春のお約束である。 こうして新たな強敵(とも)を得た魁子はまた少し強くなった。 そしてやっぱり六は部室に放置プレイだ。 ◆あとがき◆ 萩希の設定あき、ありがとうございました。 あとがきで適当に言った事に対応してくれて凄く嬉しかったです。 人様の設定を負かすのは気が引けるけどそれを前提で出してくれたってのも非常に助かりました。 とはいえ気苦労はいつもよりずっと多くて書くの大変でしたが。 では本編の解説を。 ぶっちゃけカポエラなんてYou Tubeで動画見たとか漫画で読んだ程度の知識しかないんで戦闘シーンはかなり誤魔化し誤魔化しでした。 前六との戦いを書いた時もやっぱり誤魔化しながら書いてました。 截拳道だったらまぁブルース・リーの映画みたいな感じでやればたぶん合ってると思うんで何とかなるんですがカポエラて。 奇をてらったのはいいけどあんまマイナー過ぎるネタは自分の首を締める事になるのでみなさんも気をつけましょう。 あと今回の戦いは魁子も希もミニスカなのでパンチラしまくってます。 というか希にいたってはパンモロしてます。 以上、萌えよ小龍でした。