■ 亜人傭兵団奮闘記 その八 ■ 『ゲッコー市にて その五』 ■登場人物■ ・パーティー 「ファイ」  コボルド 男 … いい子 最年少 わぁい レンジャー 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ 今回出ない 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 剣士 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 副長 無口 ガチムチ 重戦士 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 剣士 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 魔法剣士 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 怪力 重戦士 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 ・『敵』 「******」 ? 女 … 秘書官 魔眼使い? 「******」 ? 男 … 市長? ------------------------------------------------------------------------------------------- ■ファイ君の杞憂■ 茂みの中から明かりのついた窓を見る。 カーテンに遮られて室内の様子は見えないけれど、映る影から市長が誰かと 話しているらしい事は解る。 何かの話し合いか、残った仕事を片付けているのかは解らないが随分熱心な事だ。 もう日付も変わるころだというのに。 いや、もしかすると何かの悪巧みをしているのかもしれないが。 姿は見えないけれど多分ニコラはその真上の屋根の辺りにいるのだろう。 ──あの技を使っているのならニコラさんは大丈夫だ。 ファイはそう確信している。 一睨みでどんな屈強な戦士も虜にしてしまう秘書の魔眼よりも 亜人を完全に人間に変装させたミラーの魔術よりも 傭兵団の皆が持ついかなる戦いの技よりも 恐ろしいのはニコラの隠遁術だ。 音も、においも、実像も影も、この世に自らが残すありとあらゆる爪あとを 消し去って動き回るなんて、理解の範疇を超えている。 その気になれば、全く気づかれないうちに敵の首筋に刃を走らせる事だってできるのだ。 先刻首筋にあてられた短剣のヒヤリとした感触を思い出して、ファイは身震いした。 「(ニコラさんが敵じゃなくてよかった…)」 今なら心の底からそういえる。 「(敵じゃない…ハッ!待てよ…僕はニコラさんの切り札を知ってしまったわけだから…もしかすると  口封じに始末される可能性が…!?)」 あわわわ、どうしよう、とファイがいらぬ心配をしていると、市長の部屋のカーテンが開いた。 バレた!? いやいやいや、別に物音を立てたわけじゃないし、カーテン越しだからこちらが 見えることも無いだろうし… まさかニコラさんが!? と、市庁舎のほうを見ると、窓を開けた市長が伸びをしている所だった。 単に換気が目的で窓を開けただけらしい。 ファイはホッと一息つくと、近寄る人影が無いかを見張る為、周囲の警戒をはじめた。   *  *  *  *  * ■天にも昇る…■ ニコラは至って冷静だ。 彼女の耳は100m先に落ちた針の音でも聞き分けられるくらいに集中しているし 彼女の体はまるで死体のようにピクリとも動かない 心臓の鼓動も隠匿して、大気の精霊ですら彼女の事を認識していない。 だが、冷静な頭とは別に、彼女の胸は渦巻く感情で張り裂けそうだ。 怒り、恐怖、悲しみ。 …そして愉悦。 これこそが彼女がいつも追い求めているものだった。 数々の罠を潜り抜けて隠された秘宝を手にしようとする瞬間─ 敵の目を欺いて一国を傾かせるような情報を盗み出そうとする瞬間─ 迫り来る死の咢と、魅惑に満ちたお宝に、引き裂かれそうになる瞬間。 これこそが。 亜人傭兵団の、いや彼女の敵は 「魔眼使いの秘書官」でも 「得体の知れない市長」でもなかった 屋根を隔てて数m下にいるその敵は 「悪魔」だったのだ。 陳腐な比喩などでは断じてない。 その性悪なるゆえに神代の昔から幾度もヒトと大立ち回りを演じてきた「悪魔」 ヒトの欲望に手を貸し、そして破滅に導く「悪魔」 計り知れない魔力や、異形の力を持って殺戮を繰り返す「悪魔」 ヒトの絶望と、苦痛と、死を最上の喜びとする「悪魔」 ホンモノの「悪魔」が彼女達の敵だったのだ 市長は最早市長ではなく、議会や皇国軍を操るためにすり替わられた上級魔族。 秘書官は「魔眼使いの人間」ではなく、市長が召還した魔族。 ・ ・    ・ ・  ・  ・  ・  ・ あ あ ! な ん て 絶 望 的 ! スリルに満ちた、ゾクゾクするようなお宝を、彼女は手に掴んだのだ。 窓が開いた。 「ふぅ。魔界の瘴気が懐かしいねぇ、キミ。」 市長の声。 「いやぁ、しかしここいらはネズミが多いね。どこに潜んでいるか解らん。  ちょっとキミ、退治してくれたまえ。」 秘書が窓から半身を乗り出し、結わえてある髪の毛を解いた。 妖しいまでの艶やかさ。窓辺で星を眺めているようで。そのまま一枚の絵になってしまいそうだ。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そのままであったなら。 解かれた秘書の美しい黒髪が、まるで一本一本命を得たかのようにざわざわと蠢き始める。 背中に届く程度だった長さの髪は次第に伸び始め、地蟲の大群が地上に這い出てくるように 少しずつ、市庁舎の外壁を覆い始めた。 それは外壁を這い登り、ニコラのいる屋根にまで達しようとしていた。 いくらニコラの技が五感全てを欺くものであったとしても、あの髪に魂の息吹を 感じられてしまってはなす術もないだろう。 ああ、このままとっ捕まって始末されてしまうのだろうか。 まぁそれもいい。今まで、まるで天にも昇るような気持ちを何度も味わえたのだ、これ以上なにを望もうか。 一流のシーフは影に消えるものだ。 それでいい、それでいい。 この窮地に至って、ニコラの技は更なる高みへと達した。 彼女は遂に、魂の息吹さえも、消す事に成功したのだ。 体の上を這い回る「生きた髪」はもはやニコラを見つけ出す事は出来なかった。 彼女は『見知れぬ世界』の一部となったのだ。 「いない?確かに先程気配を感じたのだが…まぁよかろう、あとはあの冒険者共をうまく騙しとおせれば  それで終わりだ。万が一の時は奴が始末をつけてくれるだろうしな。」 冒険者共?ジャックさん達…始末をつける? 心臓がどくんと一跳ねする。 ダメだ!そんなことはさせちゃいけない! 私が生きて帰ったとしても、彼らが見届けてくれなければ、約束は果たした事にならない。 死なせちゃいけない!生きなきゃいけない! 私も生きて帰って、皆も無事に帰らなきゃ… 隠し通していた魂の息吹が、またよみがえってくる。 「尻尾を現したなネズミめ。」 戻りかけていた「生きた髪」が瞬時に躍りかかり、ニコラを縛り上げた。 「く…くそおっ!」 「魔具を使っていたとはいえ、まさか私達をここまで欺くとはなぁ…ドブネズミとはいえ賞賛に値するよ。  ま、しかしそれももう終わりだ。聞き耳を立てていたのだろう?私達の正体を知ってしまったからには  消えてもらうよ。キミ、適当に〆ておきなさい。」 秘書官はまるで雑用を引き受けるときのように、軽い微笑を浮かべて頷いた。 「生きた髪」がぎりぎりとニコラの体を締め上げる。 「ん゙っ…ん゙んんんんんっ!!」 口を塞がれてまともに悲鳴をあげる事すら出来ない。 骨がぎしぎしと嫌な音を立てる。 意識が薄らいできた。 「(ジャックさん、約束破ってごめんなさい。皆、お願いだから無事でいてね。  ファイ、ボクのこの姿が見えてるだろ?逃げるんだ、全力で逃げて…)」 死を覚悟したその瞬間 ひゅん、という風を切る音が聞こえ、その直後 ごすっ と鈍い音が響いた。 体を締め付ける力が一気に緩む。 落ちてゆくニコラの体。地面に叩きつけられるまえにそれを受け止めたのは 「ファ…イ…!?」 「大丈夫ですかニコラさん!?」 呆れた大馬鹿小僧だ。あんな怪物達にかなう訳が無いのに。 命が惜しくないのだろうか? 「あ…あんたばかじゃないの!?ほっといて逃げなきゃダメだったのに!死にたいの!?」 「お小言は後でいくらでも聞きますから!ほら、今のうちに!」 上を見上げると…額からショートソードを生やした秘書官が見えた。 一か八かで全力投球したファイの得物が奇跡的に突き刺さったのだ。 銀色の液体(血のようなものだろうか?)をだくだくと額から垂れ流し、フラフラしている。 「うわ…っていうかファイ!あれ投げちゃったら武器がないじゃないか!」 「それはなんとかしますから!とにかく逃げましょう!走れますか?」 「多分ファイよりは早く走れるよ。」 「それだけ軽口が叩ければ大丈夫ですね!行きましょう!」 二人を眺める憎悪の瞳があった。 「この…カスにも劣る亜人どもがあああっ!私の計画を図々しくも邪魔しおってぇええええええ!!」 市長には最早、ジャックに会った時のような余裕は見られなかった。 虚ろな目でフラフラとしている秘書官の首根っこを掴み、ショートソードを乱暴に引っこ抜いた。 傷口から噴出す銀色の液体は乱れきった髪の毛をべっとりと汚し、秘書官の虚ろな顔を滴り落ちた。 市長は秘書官の首を掴んだまま、ブツブツと奇妙な呪文を唱え始めた。 『 汝の名は妖眼八葬。魂を弄ぶ者。 』 『 その眼差しは八の生を射抜き八の死を司る 』 『 全ての生ある者は汝の前にひれ伏し 』    『 許しを乞うであろう… 』 市長の手が青白く光り、その光が秘書官の体に注がれていく。 その光は徐々に秘書官の全体を包み始める。 額から噴出す銀色の液体が、ぴたりと止まった。 『 葬 り 去 れ ! イ ェ ガ ン ツ ラ !』 掛け声と共に体を包んでいた青白い光は、漆黒の闇となって秘書官の体に吸収されていく。 秘書官の体がメリメリと奇妙な音をたて始める。 彼女の着ていた衣服がはじけ飛ぶ、と、そこには体から新たに生え出た四本の異形の腕があった。 額から噴水のように銀色の液体が噴出し彼女の全身をくまなく覆う。 それは全身を這いずり回り、鎧のような外骨格を作り上げた。髪の毛はまるでワイヤーのように変質した。 口が耳元のあたりまでバリバリと裂け、中から二本の金属製の大顎が突き出る。 「ギキイイイイイイエエエエアアアアアアアアッ!!!!」 最後にこの世のものとは思えぬ金切り声を上げると、それに呼応するように、体に六つの 魔眼が六色の眼差しを開く。 「往け!イェガンツラ!」 「元」秘書官だった金属生物は、クモのような格好で壁に張り付くと すさまじい速さで獲物を追いはじめた。 続く ----------------------------------------------------------------------------------- 「******」 ? 女 … 秘書官 魔眼使い? は 「魔剣イェガンツラ」 魔同盟 女 … 『 剣の8 / 妖眼八葬 』 です。 http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/477.html 勝手に使わせていただきました。 しかも若干設定変えました。ごめんなさい設定あき。