■学者たちの祭り■                 ■第三話「天空城にて」  ――世界が崩れ落ちる音が聞こえたんだ。                         『天空城探索に関わった者の言葉』               1.始まりのベルは高らかに鳴る  眼下に広がる海と、頭上に広がる空と、今自分のいる天空城を見ながら男は笑う。  高い尖塔の先端部分、まるで針のようなそこに男は立っていた。  風が強く吹きつけ、常人であればすぐに落ちてしまうそこで男はこれから起きる――起 こすことに胸を躍らせていた。  今まさに天空城に入ろうとする少女たち、すでに入り込み調査を始めている男たち、そ して今ここに向かっている天空人。  男は笑いが止まらない。  全て彼の思い描いた通りの展開である。  天空人はすでに殺した。  あとは彼らを殺せれば重畳。  目的はただ一つ。  彼の退屈を紛らわせること。  にやにや笑いの男――ヘイ=ストの退屈を紛らわせること。  たったそれだけのために彼は長い長い下準備をしてきた。  世紀の大魔導師は暇なのだ。                ■ ■ ■ ■ ■          ディライト=モーニングは目の前にあるものをまじまじと見たあとで、触ってみた。ひ んやりとした冷たさが、それがそこにあることを証明していた。  世界中の学者が今も在るか無いかを議論しているのだろう。でも、私は今それを目の当 たりにしている。声を大にして叫びたい。天空城はここだ――と。歓喜を身のうちに宿し ながらディライトはぶるぶると震えた。 「なぁに、ディライト。びびってるの」  それに気付いたトゥルーシィ=アキコが後ろからディライトの肩に手を乗せる。  がちがちと歯を鳴らしてディライトは答えない。何かが恐ろしいわけではない。理由は 分からないけれど震えが止まらなかった。それが武者震いであることをゆかっちだけが理 解していた。 「ディライト……」  頭の中でめぐるガレヴァントゥーナの言葉を頭を振って追いやり、私はディライトの手 を握る。  彼の言った近いうちというのがどれほどのものか分からない。でも、その最後の時まで は私がこの手を離してはいけないことだけは分かっていた。彼女の手が震えていのが分か る。ぎゅっと強く握ると、その震えが止まった。ほら、ディライトには私がついていない と駄目なんだから。 「現状の把握を始めた方がいいと思うんですけど」  ディライトの手を握ったままゆかっちが提案するとアキコもディライトも頷いてその場 に座った。 「さて、現状の把握ってことだけども、ここは天空城でいいのよね」  そもそもの疑問をアキコが投げかける。未だ嘗て誰も足を踏み入れたことの無いであろ うここが本当に天空城であるかどうかは疑問の余地が残る。 「たしかに、その疑問はあると思うのです。でも今はここを天空城と仮定しましょう」 「じゃあ、そう仮定する根拠は?」  ゆかっちがディライトに問う。 「ここが、上空だということだね。下に広がっているのは海は海でも水の海じゃない。暗 いけれどおそらくあれは雲の海。これほどの高度に到達した人はほぼいないはずだし、あ の迷宮よりガレヴァントゥーナが嘘を吐くとも思えない」  言葉に詰まっていたディライトの代わりにアキコがそう答える。 「なるほど、じゃあ私たちがここでするべきことは?」 「内部調査――なのです」  その問いに答えたのはディライトだった。 「その通り。それで、私たちはどうすれば帰れるんですかね」  この問いはアキコに向けられたものだ。 「今回はイレギュラーが発生して変なところに出ちゃったけど、本来であればああいった 装置は天空城内にあるもう片方の装置に出るはずなのよ。だから、そこを見つければ帰る ことも可能ね。そして、そのもう片方の装置が見つかればここが天空城という証拠にもな るってわけ」  アキコの言葉にゆかっちは頷いた。それが聞きたかったのだろう。 「つまり、帰るためにも内部調査は欠かせない。ということなのですね」  ディライトが今するべきことを簡潔にまとめてくれた。そう、彼女たちがするべきこと はたったそれだけなのである。 「それと、一つだけ良いですか」  行動目的がはっきりした所でゆかっちは手をおずおずと上げる。それにアキコがまるで 学校の先生かのような所作ではい、ゆかっちくんと指をさす。 「あのですね。一日――経ってませんか?」  ディライトもアキコもゆかっちが指差した方向を見る。その先には―― 「――月だ」 「――月なのです」 「――月ですよね」  細いが、確かに月が出ていた。ディライトたちが天空城に登ったのは新月の夜である。 その時と同じく暗いのでてっきりそんなに時間が経っていないのかと思いきや、ゆかっち の言うとおり確かに一日が経っていた。 「……。ま、まぁ、異空間の時間の流れが違うのは今に始まったことじゃないし」 「ですよね。それに一日経ったからといって調査に支障があるかと言ったら無い訳ですし」  ゆかっちの言うとおりである。新月の夜に昇降装置にたどり着いた時点で時間の制約は ほぼ無くなったと言って構わない。ただ、驚いただけで済んだのだ。 「さて、それじゃ行動開始するのです」  とりあえずの現状把握は終了し、ディライトは立ち上がり伸びをする。背骨がぽきぽき と音を立てた。震えはすっかり無くなっていた。  ディライトを見てアキコもゆかっちも立ち上がり、荷物を取って天空城を見る。中央に いやに高い尖塔があり、その下にはシンプルな、それでいて城だと分かる建物があった。 それらは白亜で囲まれており、それに沿うようにディライトたちは歩く。歩き始めてから 数分後、門の様なものが見えた。  アキコは一人走って門の前にたどり着くと「ふむ……」と呟いた。  遅れてディライトとゆかっちがアキコに追いつく。  そこには大きな門があった。そして、それは開けっ放しだった。  門扉が地面を削った跡があり、そこには草が生えていない。 「どういうことだと思います」  ゆかっちの問いにディライトはあごに手を当てて思案を始める。 「うぅん、ここが草の生えない土地というのであればこれは相当前に開けられてそのまま だという事になるのです」  それにアキコが口を挟む。 「でも、そんなことは無いはずよね。ほら、これ」  ツタが沢山絡まっている門扉を指差す。何もおかしな所はない。 「そこじゃなくってこっち」  アキコの指を追っていくと、指は門扉の下の方を差していた。ツタが千切られている。 ずっと前からあるならすでにこのツタは朽ちているはずである。そうなっていないという 事は―― 「私たち以前の訪問者が居るってこと」  導き出される結論はそれである。  現時点ではその訪問者がどのようなものかは分からない。分からないにせよ、気を引き 締めなくていけないことは確かだった。  アキコとゆかっちはそれを知ってそこを越えるのをためらっていた。そんな二人を見か ねてディライトが城内に足を踏み入れた。 「へっへーん、一番乗りなのです!」  嬉しそうに言うディライトを見て二人顔を見合わせ――我先にと二番乗りを争った。  軍配が上がったのはアキコの方で、体格の差がその要因であった。 「別に、三番乗りでもいいですけど……」  頬を膨らませながらゆかっちも足を踏み入れる。瞬間、違和感が彼女を襲った。  アキコもディライトも気付いていないが、ここはおかしい。  負の感情が渦巻いている――気がする。  気のせいであればいい。この事を言うべきか迷った。それが顔に出たのだろうディライ トはゆかっちの顔を覗き込む。 「どうしたのですか?」 「うぅん、なんでも無い」  ディライトは心配性だ。言ったら余計な心配をするに決まっている。伝えるならアキコ になのだが、常にディライトと一緒に居る今は話せない。  その違和感が杞憂であることを望みながらゆかっちは人一倍用心することを決めた。  門は開け放たれていた。そして、城への入り口も開け放たれていた。  いくつか魔法で開かないようにされていた扉があったが、まるで誰かがディライトたち のために開けていたかのように、必要な道は全て拓かれていた。逆に言えば、導かれてい たのかもしれない。その先に入っていった誰かに。  多少の薄気味悪さを覚えながら三人は天空城内部に入る。内部には照明の類は無く窓も 無かったが明るかった。それが気になってディライトが所々侵食している植物を調べると、 その中に光ゴケの一種が含まれていることが分かった。 「これほどまで発光する光ゴケは見たこと無いのです。新種――なのですかね」  ディライトは懐から魔法処理された試験管を取り出しそのコケを入れて、先に進む。  かつんかつんと三人分の足音が天空城の廊下に響く。  風化していない廊下からは魔術的な仕掛けが施されているようにアキコは見えた。  さらに詳しく調べたいがまずは全体を掴むことが重要だ。というのが共通見解であった のでぐっとこらえる。先に進むディライトがトラップを発動させないかと冷や汗をかきっ ぱなしであったが、幸いにも一度もトラップが発動することは無かった。  開いている扉どおりに進んでいく三人。少しすると信じられないものを見た。 「これは――」  ディライトが息を呑む。  三人の目の前に広がった光景は、街だった。                ■ ■ ■ ■ ■         「ふーむ……」  ガトーは手に持った本を読みながら小さく唸った。  さすがは先史時代の書物である。何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。 「ガトーさん、そろそろお昼にしませんかー」  遠くでグレイシアの呼ぶ声が聞こえる。今丁度読んでいた本を小脇に抱えて声のする方 に向かう。  数時間前に三人は朝日とともに目覚めた。天空城に来て二度目の朝である。  地上と違い上空に雲の無いここは常に晴れである為、大抵の天空人は朝日を浴びて起き るとグレイシアに教えられた。  一昨日に女王と謁見し、昨日に天空城の中をいくつか見学し、朝食中に今日は天空城の 何処を回ろうかとアーキィたちがグレイシアに相談したところ昨日主要な所は見て回って しまったらしく、残すは大図書室と各位の石の住む集落――街とも言えるほど巨大らしい ――ぐらいしか見るところは残っていないと言われた。  集落の方は今日中にグレイシアがアポを取るが、今すぐにと言う訳にはいかなかった。  そして、連れて来られたのがここ大図書室である。  ここは天空人たちの間ではあまりに本が多いため無限書庫と呼ばれているらしく、それ も納得できるほどの広さである。  おそらくカサンドラの大図書館よりも広いそこを適当にふらふら歩くとグレイシア達を 見つける。  少々駆け足気味に三人に近付いていくと、 「あ、ガトーさん危ないですよ」  皇七郎がそう言う。  言われた瞬間、ガンと大きな音を立ててガトーは壁にぶつかった。  結構痛そうな音だったので皇七郎は苦い顔をして自身の鼻を押さえる。 「いやはははは、どうにも慣れないな」               ・・・・・・  照れ笑いをしながらガトーは起き上がった。 「僕はいい加減慣れましたけどね。重力操作の一部だとは思いますがまぁ、確かに効率的 だとは思いますよ」  ぐるりと無限書庫内を見回す。  天井に届くほど高い本棚が四方の壁に配置してあるだけではなく床にまで本棚が敷き詰 められており、これでもかというほど本が詰められている。そして異常なことに、天井に も本棚が敷き詰められているのだ。 「四方の壁――床と呼んだほうがいいですか――に引っ張る力を生み出すものがあるんで しょうね。空間のいい利用方法だと思いますよ」  グレイシアの淹れたお茶を飲みながら皇七郎は部屋内部を観察する。 「何処も床扱いだから空間が六倍使えるって訳か。しかしあれだね。そうすると何処の壁 にリコの写真が入った額をかければいいのかな」  食事の手を止めてアーキィが皇七郎を茶化す。ガトーは皇七郎が何か反論するものだと 思っていたが、何も言うことなく眉根に皺を寄せてアーキィを睨んで一言呟く。 「本読んであげませんよ」  アーキィは一瞬固まった後、自分の持ってきた大量の本に目をやった。 「……すまなかった」  無限書庫内にある本は言うまでもなく先史時代に書かれたものである。アーキィやガ トーもそれを読むことは可能であるが、それは訳ではなく、ほぼ解読の域に当たる行為で あり、この文章をすらすらと読むことが出来るのはほんの一握りの人間、それこそウォン ベリエ内にある学園の長でもあり、魔物生態学者三人やガトーの恩師でもあるエル=エデ ンスや、ガトーたちをこの天空城に送った絃魔館の主孤伯などの化け物じみた人――と 言っていいのかすら分からないものたちだけである。しかもそれは勉強したからと言って 読めるようになるものではないらしい。素質が必要なのだ。そして、今ガトーの目の前に いる夢里皇七郎もその素質を持っている一人であった。  エデンスや孤伯よりはよほど親近感が湧く彼も、目の前ですらすらと読まれるとどこか 隔たりがあるようにガトーには感じてしまう。人ならざる何かを。  ガトーの視線に気付いたのか皇七郎は彼をじろりと見やって、「座らないんですか」と 言った。それでガトーはようやくここに戻ってきたのは昼食をとるためだったことに気付 き、席に着いた。  机の上にはすでに歯抜けになった、サンドイッチの入っているランチボックスが置いて あった。 「私はね、サンドイッチが大好物なんだよ」  嬉しそうな顔をしてガトーはランチボックスに手を伸ばす。伸ばして気付いた。 「卵が――無い」  綺麗にエッグサンドが無いのである。誰かが先に食べてしまったのか。それともグレイ シアがエッグサンドの存在を知らないのかもしれない。なんにしろここで騒いではあまり にも子供過ぎる。そう考えてトマトサンドを手に取った時―― 「エッグサンドはね、皇七郎君が全部食べてしまったよ」 「バッ」  アーキィはお茶を飲みながら意地悪そうに笑い、皇七郎はアーキィの口を手で塞ごうと する。 「私は良くないと言ったんだがね。さっさと来ないガトーさんが悪いんですよとか理屈こ ねて食べちゃったんだよ」  皇七郎にガトーが冷ややかな目線を送ると、ぐっと唸って「すーみーまーせーんーでー しーたー」と全くすまないと思ってない様子で謝った。 「別にいいんだよ。皇七郎君。私は怒ってなんかいない。怒ってなんかいないとも。でも ね、地上に帰ったら色々したい実験があるんだ。付き合ってくれるよね?」 「やっぱり怒ってるじゃないですか!」 「怒ってるね」 「怒ってないともさ!」  そんな三人の様子をグレイシアは笑いながら見ていた。                ■ ■ ■ ■ ■          ここが城の中だと言う事も忘れるくらい大きな街がそこにはあった。石畳は敷かれ、レ ンガ造りの家があり、入ってすぐの場所がメインストリートの始まりなのだろう。長く延 びた道の先には広場、そして噴水まである。  この街はほんの少し前まで誰かが管理していたかのように綺麗で整っていた。しかし、 当たり前だが遺跡であるそこに人の気配は無く、遠くでシャアシャアと噴水の水しぶきの 音だけが聞こえていた。  上を見ると星空と月があった。まるで外にいるかのように錯覚させるそれはアキコが ディライトと初めて出会った遺跡にあった者と同じものであろう。 「ふーむ……」  ディライトとゆかっちは大まかな年代測定のため建物の石材をこそぎ取ったり、あちこ ち歩き回って建築物のスケッチやこの建物の配置図の作成をしていた。さすがに本業であ る。その馴れた手つきをアキコは感心しながら見ていた。  が、それはそれとしてアキコはあまりに手持ち無沙汰になってしまっていた。遺跡調査 について来たはいいが、彼女自身は遺跡調査をしたことは一度も無い。ディライトたちの 仕事を横から見ているぐらいしかする事は無かったからだ。  そこでふと気になってしまった。  ここには建物が沢山ある。建物があるということは入り口があるということ。アキコは 家捜しをしてみたくなってしまったのだ。ディライトたちは建物の外側に執心気味で中身 にまで手をつけていない。だから、ちょこっとくらいならいいかなーと思ってしまったの だ。先史時代の魔導具があれば儲けものである。  こっそり、建物の中に入ってみる。  意外と中は狭く、入ってすぐに居間があり玄関の右手には台所がある。埃が積もってい ない。まるで誰かが掃除していたかのように。  ずかずかと中に入る。あまりに綺麗過ぎて皇国あたりで泥棒をしている気分になる。遺 跡荒らしとはこういう気分なのかと考えながらとりあえず居間の中央に行く。  大きなテーブルがあった。その上に置かれた物は―― 「はぁあああ!?」  それを見てアキコは大声を上げた。  家の外にまで響いた声を聞いてディライトとゆかっちが建物の中に入ってくる。 「どうしたんですか! というか、建物の中に勝手に入っちゃ駄目なのです! アキコさ んたら何考えてるのですか! もしかして何かくすねようとかそういう事考えてたのです か。もしそうだとしたら私はアキコさんを叩かないと駄目なのです!」  普段は温厚なディライトが怒鳴りながら入ってくる。ディライトにとってこのアキコの 行動は遺跡荒らしとほぼ同列の扱いなのであろう。しかし、アキコはそんなことお構い無 しとばかりに机の上に置かれていたものを手に取りディライトに示した。  それは――カップだった。  冷え切ってはいるがその中には黒々とした液体が入っている。 「これが、どうかしたのですか」  それの意味をすぐに理解できずにディライトが尋き返す。  尋き返して数秒してから理解した。 「え、なんでこんなものがあるのです」  アキコからカップを受け取り中の液体に紙を浸し、その反応を見た後でディライトはそ れを舐めてみた。 「コーヒーなのです……」  その黒い液体の正体はコーヒーだった。  何故こんなものがここにあるのかは分からない。  だが、これは一つの事実を示していた。  でも、ディライトはそれを言えない。そんなことがあり得る筈がない。 「最近までここには誰かがいた可能性がある。ということになりますね」  ディライトの言えなかったことをゆかっちがぽつりと呟いた。 「でも、私たちの前に誰かが来ているのです。もしかしたらその人が――」 「じゃあその人がここでコーヒーを飲んだとしましょう。ならこの綺麗に掃除された室内 にはどのように説明をつけますか? わざわざその人がコーヒーを美味しく飲みたいから ここを掃除したというのですか?」  あり得なくは無い。しかし、今はそう考えるよりも誰かがここで生活を営んでいたと考 える方がより自然である。  ――こんな遺跡で?  ディライトの疑問も尤もである。  いるはずが無い。いるわけが無い。よしんばいたとしてもその住人はどこに行ったのだ ろうか。疑問は尽きない。  念の為三人は他の建物も調べてみる。そこにもたった一、二日前に誰かが住んでいた形 跡があった。 「どういう……ことなのですか」  ディライトにとって天空城は神々に捨てられた古城という認識であったし、他の学者も 皆そう考えていたに違いない。誰かがそこに住んでいるだなんて想像したことも無かった。 しかし、今ディライトの目の前にある街はそれを裏付ける証拠である。この城は、民ごと 捨てられたと考えれば信じられないことも無い。ただし、信じたとしてもこの現状は一体 どういうことだろうか。ほんの数日前まで生活をしていた何かが消えてしまっているのだ。 「とにかく――もう少し調査をしてみないことには分かりません」  ゆかっちの言うとおりである。  ディライトたちはその街の探索もそこそこに上の階への階段を見付け、少しの逡巡の後 それを上っていった。  始まりの街――便宜上こう呼ぶようにしている――を通り抜けた後、三人はまた二つの 街を見つけた。これらも始まりの街と同じく上方には擬似天空が広がっていた。三番目の 街についた頃に擬似天空の天頂には太陽が昇っていた。二番目の街、三番目の街と行くに したがって建物の数は減っていたが、その建物の装飾や建物の中の調度品などは始まりの 街など比較にならないほど豪華になっており、おそらくは始まりの街、二番目の街、三番 目の街と上方に行くにしたがって身分の高いものが住んでいたのだろう。  でも、痕跡だけはあったがそこにも誰もいなかった。  そして、今ディライト、アキコ、ゆかっち達三人は長い螺旋階段を上っている。今まで の階段の長さを考えればここが最上層部に至る階段であろう。三人は息切れすることもな く上っていった。  ぐるぐると回りながら上に向かう。ふとアキコが左手を見るとすでに相当な高さになっ ており、下の方はぼやけて見えなかった。  ようやく階段が終わるとそこには大きな扉があった。  これも――開かれていた。  部屋の中には長い長い赤絨毯が敷かれている。  顔を見合わせて三人は部屋に踏み込むと嫌な空気がその場を包んでいた。  それに気付いたのはアキコとゆかっち。ディライトは気付くことなくずんずんと奥に進 んでいく。見兼ねて二人はその後を追った。 「ん……」  ディライトは目を凝らして奥を見る。  人影があった。  ようやく、この天空城に住んでいる者たちを見つけることが出来たのだと思いディライ トは走り出す。それを見てアキコとディライトも走った。  そこにいたのは―― 「おや、アキコ君にディライト嬢じゃないか」  王立魔法研究所所長ガトー=フラシュルと、 「本当だ。久しぶりだねアキコ」  神学者にして魔物生態学者の夢里皇七郎と、 「ゆかっちじゃないか!」  王立魔物生態研究所所長トゥルシィ=アーキィだった。  何故ここにいるのか問い質そうとアキコが思った時に、威圧感を感じた。先ほどから感 た嫌な空気のもとがそこにいた。 「何用だ」  王座に座したままそれは言った。  それの脇にいる少年が腰にさげた剣――極東の刀と呼ばれるものだ――に手をかける。 明らかにディライトたちを警戒している。 「あぁ、大丈夫だよ。この子達は私の知り合いだ」  ガトーがそう言うと少年は安心した様子で刀から手を離した。  その時、部屋がぐらぐらと揺れて何かが轟音と共に壁を突き破って部屋に入ってきた。  ――始まりのベルが鳴った。  誰かがにやにや笑いながら言った。                         ■始まりのベルは高らかに鳴る(終)