龍っ子SS               『アキコのいない日』  魔術師トゥルーシィ=アキコはしばしば家を空ける事がある。  その内容は様々で王立魔法研究所に仕事の報告に行ったり、資料集めのためカサンドラ にある彼女の母校ウォンベリエの図書館に行ったり、ただ単純に旅行に行ったり。  そういう時は大抵その家に確りと鍵を掛けて出かける。  しかし、今は違った。  今回の用事は王立魔法研究所の所長ガトー=フラシュルに呼ばれたからなのだが、現在 アキコの家に鍵はかかっておらず、いつもであれば静かなはずの家の中も火が点いた様に うるさかった。  現在アキコの家にはとある成り行きで三人の少女が居候している。  事象龍である蒼のインペランサの化身、蒼のいんぺらんさ。  同じく事象龍である暁のトランギドールの化身、暁のとらんぎどーる。  古代龍種である賢龍シャルヴィルトか人の形を取った賢龍しゃるびると。  その三人が留守番をしているのであるが。そのうち青色の髪をした少女――いんぺらん さが騒いでいるのだった。 「やだやだ! こんな井戸水じゃいやだ!」  事象龍はこの世の事象に宿る龍で各地で神と崇められていることもある。蒼のインペラ ンサも例外ではない。だが、今床で手足をばたばたさせ、駄々をこねている少女からはそ のような威厳は全く感じられなかった。何処からどう見ても奇抜な格好をしたただの七歳 児であった。 「いんぺらんさ、文句を言うのは良くないぞ」  それを落ち着いた様子で眺める金髪の少女がとらんぎどーるである。一応注意をするも のの、あまり関心が無い様であった。右手に持ったカップを口元に近づけると、む。と小 さく唸った。 「おいしゃるびると。何だこのぬるいミルクは。我を馬鹿にしているのか!」  じろり、と七歳児では出来ない冷たい目線をやった先には黒いドレスを着た長い銀髪の 少女がいた。この少女がしゃるびるとである。 「す、すみませんでした!」  とらんぎどーるに謝るとカップを受け取りもう一度暖め直し始める。十五歳ほどの少女 が七歳児にこき使われる風景はどこか滑稽である。  賢龍シャルヴィルトは基本的に冷静で落ち着いた態度のものが多いが何故かこの個体に 限っては気弱で穏やかである。その為いんぺらんさととらんぎどーるの世話を任される事 が多い。 「ほら、いんぺらんささん。我侭言っちゃ駄目ですよ」  しゃるびるとがなんとか宥めようとするのだが、いんぺらんさは半ベソを掻いたまま駄 々をこねるのをやめない。 「やだやだ! こんな井戸水なんて飲めないー!」 「いい加減にしなさい!」  あまりの我侭ぶりにしゃるびるとはアキコがするようにいんぺらんさを叱った。 「大体、いんぺらんささんが飲んでるのはいつもと同じ水じゃないですか。何が気に食わ ないんですか!」  そう、いんぺらんさが飲んでいるのはアキコがいるときは何の文句も無く飲んでいる水 である。それなのに文句を言うということは何かあるのだろうか。  ――と思ったのだが、 「別に……」  特に何も無いようだった。  それを聞いてしゃるびるとは何かが切れる音がした。 「もう知りません! 勝手にしてください!」  そう叫んで家から飛び出していった。  いんぺらんさは涙目でそれを見届け、とらんぎどーるは何が起きたのか全く理解できて いない様子だった。  こぽこぽとミルクの沸騰する音だけが家の中に響いていた。           ★  家を飛び出した私の足は無意識に喫茶店に向かっていた。  とりあえず困ったことがあるとここに駆け込む癖はどうにかしないといけない。  でも、今回のことはどう考えてもいんぺらんささんととらんぎどーるさんが悪い……は ずだ。最近あの二人の自由さを見すぎで自分の感覚に自信が持てなくなってきているので ここらで一般常識を再確認した方がいい。  そんな事を考えながら歩いているといつの間にか喫茶店に着いていた。  扉を開けるとカランコロンと来客を告げるベルが鳴る。足を踏み入れるといつもと同じ く中はひんやりとしていた。マスターのおじさんとアルビノの少女――エリスさんが私に 気付いて笑いかけてくる。 「しゃるちゃんいらっしゃい。今日はどうしたのかな」  どうも私がここに来た理由は見透かされているようだった。  そりゃそうだ。ここに一人で来る時はいつも愚痴言いに来てるんだもん。  適当にテーブル席に腰掛けてチョコパフェを頼む。この店に来ると私はいつもこれを頼 む。この店のチョコパフェは絶品なのだ。 「それで、どうしたのしゃるちゃん」  注文してすぐ向かいの席にエリスさんが座る。普通の喫茶店だったらこんな行動は許さ れないはずなんだろうけど、この喫茶店は特に客の入りが少ない。だからマスターからの お咎めも無いようで、私はエリスさんに今日の出来事を話した。 「いや、それは大変だね。というかアキコさんもよくそんなん居候させてるね」 「あぁ見えて子煩悩な所ありますからね。結婚して子供が出来たら大変なんじゃないで しょうか」  その場面は想像に難くない。きっと甘やかすんだろうなぁ。  などと思いつつもアキコさんには結婚してもらいたくないなどと我侭な願いもある。い つまでも私達のアキコさんでいて欲しい。誰かのものにならないで欲しい。  私の中でアキコさんは重要な位置を占めている。アキコさんの中で私はどれほどなのだ ろうか。  そんなことを考えているとほっぺたを突付かれた。 「幸せそうな顔してるね」  どうやらいつの間にか顔がにやけていたみたいだ。恥ずかしさで顔が紅潮しているのが 分かる。思わずほっぺたを押さえた。 「なんだかんだ言って仲いいでしょ。しゃるちゃん達」  それは私とアキコさんとの事を言ってるのだろうか、それともいんぺらんささんととら んぎどーるさん達のことだろうか。後者の事を言っているようだが、だとすればあり得な い。 「だってさ、さっきの話聞いてるとどうやったら仲直り出来るか聞いてるみたいだったよ」  やはりエリスさんは後者のつもりで言っていたようだった。  それは――無いだろう。  私はそんなつもり毛頭無かった。いんぺらんささんととらんぎどーるさんが謝ってくれ るならそれもやぶさかでないが、今回ばかりは私は悪くない。 「今回は私から仲直りなんて絶対しませんもん!」 「今回は――?」  エリスさんがにやりと意地悪そうに笑った。  やはり、私は仲直りがしたいようだった。賢龍の癖に誘導尋問に引っかかるだなんて恥 ずかし過ぎる。 「ごめんごめん、意地が悪かったね。まぁでもそれがしゃるちゃんの本音だよね。仲直り したいなら早くした方がいいんじゃないかな」 「う……。うぅ……」  答えられない。  その時チョコパフェが丁度出来上がったようで、マスターがカウンターから出てくるの が見えた。  それだけで私の脳みそから悩みはすっ飛んだ。  よし、これ食べたら仲直りしよう。  ごめんなさいって言うんだ。  龍でも女の子だ。甘いものには勝てない。  私の目はチョコパフェに釘付けだった。  少しずつ近付いてくるチョコパフェ。  口の中ではもうその味が広がっている。  チョコパフェ。  甘くて美味しい魅惑の食べ物。  チョコパフェ。  山に引きこもっている仲間は絶対食べられない。  あぁチョコパフェ。  そのチョコパフェが――飛んだ。  何が起こったのかチョコパフェだけ見ていた私には皆目検討がつかなかった。  チョコパフェはそのまま宙を舞い、一回転半ぐるりと回って、べちょりと床に落ちた。 「チョコパフェええええええ!!」  絶叫。その後で何故チョコパフェ様が宙を舞ったのか瞬時に理解した。  男が内開きのドアを思い切り開けて入ってきた為、マスターがそれにぶつかり、バラン スを崩して吹っ飛んだのだ。 「おい、これが見えるか! 店の有り金――」 「私のチョコパフェをぉぉぉおおおおお!!」  男は何かを言おうとしてた気もするがそんなの関係ない、私は今この男をぶちのめせれ ばそれでいいのだ。  瞬時に男の腹部に飛び蹴りをかます。チョコパフェ様に対する無礼は一撃じゃすまない。  すまないのだが、男は私のとび蹴り一発でどこか見えないところまで飛んでいってし まった。これでは一撃で済ますしかない。  私はお亡くなりになったチョコパフェ様に敬礼をして――涙を流した。           ★ 「ふーんだ。別にしゃるちゃんに怒られてもいいもんね」  ここにももう一人家にいない少女がいた。  蒼のいんぺらんさは反省をしないことで有名だ。  先ほどのことなど何処吹く風で、魚屋に向かっていた。  魚屋にはいんぺらんさと一番仲のいい少女アムルがいる。そこらで拾った汚い木の枝を 振り回しながら商店街を歩いていく。  どうみても事象龍には見えない。 「ぽーんぽーんすぽぽぽぽーん、すっぽぽすぽぽ、すぽぽんぽーん」  枝でリズムを取りながら口からでまかせの歌を歌う。最近のいんぺらんさのマイブーム である。商店街のものは皆それを聞きながら笑いをこらえるので必死だ。 「アールーちゃーん、あっそびましょー」  魚屋の前で子供がやるようにいんぺらんさがそう言うと少女ではなくひげ面のおっさん が出てきた。 「おぅ、いんぺちゃん。今日はアル体調悪くてな。ちょっと外遊びにいけないんだ」 「なぁんだ……」  申し訳なさそうにひげ親父が言うのを聞いて残念そうにするいんぺらんさ。 「でもアルもつまらなそうでな。話し相手になってやってくれねぇかな」  それを聞くが早いか嬉しそうな顔をして店の奥に入っていくいんぺらんさ。 「でもあまり無理させちゃ駄目だぞー」  その後姿におやじが声をかけると分かっているんだかいないのか。おー、とだけ返事を して、いんぺらんさは二階部分へ上がっていった。 「いんぺちゃん……?」  一番奥の部屋に入ると、ひげ面の魚屋のおやじからは想像もつかないようないかにも線 の細い少女がベッドに横たわっていた。それこそがあのおやじの愛娘アムルである。おそ らくは母親に似たのだろう。いんぺらんさは母親似でよかったなぁと未だに思う。 「今日は具合悪いの?」  右手に枝を持ったまま部屋に入る。  アキコの部屋のような女の子の匂いがした。 「うん、ちょっとね……。ケホ、ケホッ」  季節柄風邪という訳でもない。やはり持病が出てしまったのだろう。 「大きくなると大丈夫になるって言うんだけどね。早く大きくなりたいなぁ」  言い終わるか終わらないかの内にアムルはまた咳をする。いんぺらんさはそれがいたた まれなくなった。しかし、彼女にはどうすることも出来ない。彼女がつかさどるのは嵐や 洪水などといった水の事象であり、治癒は全くの畑違いだからである。 「あ、いんぺちゃん。その枝なあに?」 「これ? えぇと……これはね、勇者の剣!」  だから、今いんぺらんさに出来るのはアムルの話し相手になることだけである。 「勇者様の……?」 「そうだよー、これで悪い魔物をばったばったと倒すんだ」  びゅんびゅんと枝を振り回すいんぺらんさ。それを見てアムルはふと疑問が浮かぶ。 「でもいんぺちゃんって魔物だよね。勇者様じゃなくて倒されちゃう方なんじゃないの? ……でもこんなに優しいいんぺちゃんが倒されちゃうんだったら私勇者様嫌いだな」  布団をぎゅっと抱きしめてアムルは難しい顔をする。 「アルちゃんあたしを優しい魔物だと勘違いしてたの……? ふふふ、実はあたしは優し いフリをしている悪ーい魔物なのだー」  両手を上げてがおーと全く迫力の無い脅しをかける。それを見てアムルは思わず笑って しまった。 「いんぺちゃん怖くなーい」 「なにおー、あたしはすごいんだぞー、こわいんだぞー」  なおも脅しをかけるがアムルは笑うばかりで全く怖がらなかった。 「……むぅ、この恐ろしい魔物であるあたしを恐れないとは。貴様は勇気ある者だな。仕 方ないこの勇者の剣を与えよう」  そう言って小汚い枝をいんぺらんさが渡そうとすると、アムルはとても嬉しそうな顔を して答えた。 「ありがとう、怖い魔物さん。でもね、私はこの剣は要りません」  アムルは枝を受け取らなかった。 「私は魔物さんを倒す剣は要りません。だってもうこんなに仲がいいんだもの」  ぎゅっとアムルがいんぺらんさを抱きしめる。その暖かさはアキコと同じ人間の暖かさ だった。 「私はね、魔物さんとももっと仲良く出来るんじゃないかって思うの。大人は難しいこと ばっかり言って魔物さんたちを倒そうとするけど、私といんぺちゃんがこんなに仲良く出 来るんだから出来ないはずがないの。仲が悪いのは――嫌だよ」  抱きしめたままアムルがそう話した。  ふっといんぺらんさの脳裏にしゃるびるとの姿が浮かぶ。  あのときの彼女はどんな顔をしていただろうか。  たしかに声は怒っていた。でもあれは――とても悲しそうな顔だった気がする。 「む、ごめんアルちゃんちょっとやること出来ちゃった」  アムルは不思議そうな顔をしていんぺらんさを放した。 「どうしたの?」 「いや、実は今日しゃるちゃんと喧嘩しちゃってさ……」  バツが悪そうな顔をしてアムルにそう言うとぽこん。と叩かれた。 「駄目だよ。仲直りもしないで遊びに来ちゃ」  痛くなかったけど、痛かった。いんぺらんさはアムルに謝って部屋を後にした。  階下に降りて出ようとすると、おやじが仁王立ちをしており外に出る為の通路が塞がれ ていた。  なんだろうかと仁王立ちしているおやじの股の間から顔を出すと随分と薄汚れた男が剣 を持って喚いている。 「金出せつってんだよこのクソどもが!」  随分と錯乱しているようであった。いんぺらんさはそんなのお構い無しにおやじの股の 下を抜け、おやじが止めるのも無視して家に戻ろうとした。が、矢張りその男がいんぺら んさに気付いた。 「おい、このガキ! てめぇぶっ殺すぞ!」  何故そうなるのかいんぺらんさには全く分からなかったがとりあえず面倒だったので右 手に持った枝で男の腹部――よく見ると足形がついている――を思い切り叩いた。  結構頑丈な枝だったようで、それは折れることなく強くしなり、元に戻る反動で男を文 字通り吹き飛ばした。ちゃんと確認はしなかったがおそらくあの勢いでは商店街の端から 端まで飛んでいった事だろう。多分、ここにはもう近寄れないはずである。 「あ、時間食っちゃった」  そう呟いてふと魚屋の二階を見上げると、窓からアムルが笑いながら手を振っていた。 それに手を振り返して、いんぺらんさは家に帰っていった。           ★  静かな家で我は一人本を読んでいた。  うるさいの――主にいんぺらんさ――がいないとこうも静かになるのかと思いながら頁 をめくる。  昔は本といえば学術書ぐらいしかなかった印象であったが現在は小説というものも新し く作られ、娯楽の分野に突出してきたイメージがある。これでは吟遊詩人の仕事も無くな るのでは――と思ったりもしたが、幾分話の主流が違うようである。彼らは英雄譚をよく 話すが、小説は恋愛ものが多い。といっても我が読む本はアキコのものなので彼女が好ん でそう言う話を買っている可能性もあるが。  それにしてもこのような話を好むということはアキコにもそれなりに結婚願望があるの だろうか。まぁ、我らがいる限り結婚などはさせないが。  ぱらりぱらりと話を進めていく。今回の話は良家のお嬢様が下働きの男と懇ろになるが、 その身分の差ゆえに悩むという話であった。  以前であれば鼻で笑っていたであろうこの話も人間たちに馴染んだ今は分からないでも ない。感情のままに動きたいという気持ちと立場が許さないというその葛藤。それを悩み 苦しんだ上でその女性がどのような決断を下すのか。我は楽しみであった。  頁を繰りながら左手でカップを取るが、思っていた以上に軽かった。本から目を外して 中身を覗くといつの間にか空になっていた。 「しゃるびると、お代わりを頼む」  いつもなら空のカップを掲げると直ぐにお代わりを持ってきてくれるのだが、今日はい んぺらんさだけでなくしゃるびるともいなかったのだ。  掲げたカップを下ろして溜め息を吐く。  考えないようにしていたがあれが怒ることは稀だ。と、いうよりもあそこまで怒ったの を我ははじめて見た様に思う。  ――悪いことをしたな。  我は正義だ。我の行うことが正義だ。  そう思っていたし、今でも思っている。しかし、過ちを犯すこともある。  帰ってきたら謝らなければいけない。  栞を挟んで本をテーブルの上に置いた後、我はふらふらとリビングのソファーに突っ伏 した。少し、寂しかった。  アキコがいない事は今まで何度もあったが、我らの仲がここまで気まずくなったことは 無かった。このまま二人が帰ってこなかったら――。  その時、家のドアが開いた音がした。  我は勢いよく飛び起きて玄関に向かう。  いんぺらんさだろうか。しゃるびるとだろうか。  しかし、そのどちらでもなかった。  二人が仲良く並んで玄関にいたのだ。 「ただいまー!」 「ただいま帰りました」  我はよく状況が飲み込めなかった。  喧嘩していたはずの二人が仲良く帰宅などは考えていなかったのだ。  それが顔に出ていたのかしゃるびるとが説明する。 「さっき、家の前でばったり会いまして……、仲直りしたんです」 「喧嘩はよくないもんねっ!」  笑いながらいんぺらんさが言った。  これでは我がしゃるびるとに謝る機会が無くなってしまったではないか。  しかし、謝る機会が無くとも謝らなければいけないものでもある。  我はしゃるびるとのスカートの裾を軽く引っ張る。 「ん、どうかしたんですか?」 「その、あれだ。我も……」  悪かった。  そう言おうと思った。しかし、それは突然の訪問者によって遮られた。 「おい! 有り金全部出しやがれ!」  押し込み強盗だ。  右手に小さなナイフを持っている。が、それ以上に目を引いたのがその珍奇な格好だっ た。腹に足跡と木の枝で叩かれたような変な跡がついており、頭にはドロや鳥の巣がつい ていた。  怒りがふつふつと湧く。  今折角謝ろうとしてたのに。 「こいつ……」  右手に魔力を集中させる。と、残りの二人もその男に気付き、戦闘態勢を整えていた。 「また、強盗なんかしてっ!」 「なにっ! しゃるちゃんのとこでもやったのか!」  なるほど、これは根っからの悪である。  それなら話は早い。 「我が正義だ。――ライトニングランス」 「ごーとーなんかしないでしごとしろ! ――タイダルウェイブ」 「馬鹿ですねぇ。――ホーリィシルバー」  我ら三人の魔法――さすがに手加減をしている――が同時に炸裂し、砂埃を巻き上げる。 それが収まった頃に男は何処にもいなかった。 「またどこかにとんでっちゃったんだろーね」  いんぺらんさはそう呟いて遠くの方を見た。  この家に強盗に入ろうとは全く愚かな人間であった。  が、一番恐ろしいのは家主がいなくて良かったということであろう。  アキコは手加減を知らない。あれがいたら男の臓器がいくつか無くなっていた。なんて こともあり得る。 「そういえば、とらんぎどーるさん先ほど何を言おうとしてたんですか?」 「べ、別に。ただたまには我がお主にホットミルクを作ってやろうと思っただけだ!」  素直になれない。  しかし、その真意を理解してくれたようでしゃるびるとは笑ってありがとうございます と答え、我の頭を撫でた。それはアキコのようで心地良いものだった。           ★  本来であれば今日の昼には帰れる筈だったのだが随分と遅くなってしまった。  周囲の魔力残留を調べるが、特に魔法を使った形跡は無い。よしよし。  家の玄関を開けると、少し軋んでいた。直さないといけないよなぁ。 「たっだいまー!」  久々にこの言葉を言った気がする。  それに反応してちっこいのが二人駆け寄ってくる。 「おー、いい子にしてたか」  二人を抱きかかえてキスをする。 「わーい、ひさしぶりのちゅーだー」 「や、やめろ。恥ずかしい」  いんぺの方は喜んで私にキスし返すのだがとらぎはいつも恥ずかしがる。それが可愛く てついついもう一度とらぎの方にキスをしてしまった。 「む……」  唸って、私にキスを仕返してきた。ハハハ、こやつめ。今日は随分素直だ。 「おかえりなさい。随分遅かったんですね」  奥からしゃるが出てくる。夕飯の支度でもしていたのだろう、水で濡れた手をエプロン で拭いていた。 「いや、実はガトーさんにつかまっちゃってさ。食事してきたよ。今度あんたらもおいで って言ってたわ」 「そうですか、じゃあ今度は皆で行きましょうか」 「あー、そうね。そうそう、これお土産」  鞄から四角い箱を取り出す。ガトーさんが持たせてくれたものだ。あの人は甘いものが 嫌いだったから多分中身はクッキーだろう。  取り出した箱をいんぺととらぎが開ける。  やはり、中身はクッキーだった。 「それで、何か変わったことあった?」  三人に聞いてみる。 「何もありませんでした」 「何も無かったよ!」 「何も無い」  三人同時に返してきた。  喧嘩しているかと思ったら仲良くしていたようだ。  良かった良かった。 ☆月θ日 ガトーさんにおごってもらったご飯が美味しかった。いいもの食ってんなぁあの人。 久しぶりに家に帰ったけど三人が仲良いようでよかった、 喧嘩はいかんね、喧嘩は。                      『トゥルーシィ・アキコの日記から抜粋』