■ 亜人傭兵団奮闘記 その十一 ■ 『ゲッコー市にて その八』 ■登場人物■ ・パーティー 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 剣士 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 副長 無口 ガチムチ 重戦士 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 剣士 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 魔法剣士 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 怪力 重戦士 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 今回出ない 「ファイ」  コボルド 男 … いい子 最年少 わぁい レンジャー 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ ・『敵』 「バンダルペイモン」  悪魔 男 … 三頭多腕の異形 蜘蛛の化身 --------------------------------------------------------------------------------------- ■熱闘■ 目の前に現れた怪物はもはや「案内役のロスマン」とはかけ離れた異形を晒していた。 それに似た姿は例え魔物生態事典をくまなく調べたところで見つからないであろう。 まさに自然の理を離れた醜い姿だった。 亜人にもさまざまな種類があり、その中には蟲人属という虫と人間のあいのこのような種族もある。 代表的なものでは大砂漠に棲む「アンタレイ族」や蜘蛛人間「タランテリア」などがあげられる。 それらの種族全てに共通して言える事は彼らはまったく機能的な、均整の取れた姿をしているという事だ。 厳しい自然を生き抜くために、彼らは自らの体を自然に適応させてきた。 それは結果としてある種根源的な美しさを感じさせるようなかたちを彼らに与えたのだ。 だが目の前の怪物はどうだろうか? 互い違いに生えた三つの首、それらは比較的人間に近いような顔立ちのものと蜘蛛そのもののような 顔のものが混在している。 そして背から生えた巨大な八本の蜘蛛の脚。一本一本が屈強な戦士の腕ほどの太さを持ち 更に三つに枝分かれした先は人間の腕になっている。 それはまるでサンドウォームの醜く開いた口を想像させる。 一つの生き物としてあまりに不恰好でおぞましい姿。 まさに神話に出てくる恐ろしい悪魔を連想させるものだった。 だがそのような姿に恐れをなす亜人傭兵団ではない。 醜い悪魔が半狂乱の勢いで憎悪を叫んでいる間に リーガンは「ドッグハウンド」を構え、ゴルドスは槌を足がかりにさせてエピリッタを飛ばし リゲイとジャックも悪魔に向かって跳躍し、カーターは左手で法術の印を切り ミラーは手を胸の前にかざして何か呪文を唱え始めていた。 勿論バンダルペイモンも我を忘れて叫んでいたわけではない。 長々と憎悪を一行にぶつけていたのはそれだけの余裕があったからだ。 ジャックの拳とエピリッタ、リゲイの刃が体に届くよりも早く、彼は 十二組の腕で奇妙な印を切り終えていた。 三人の攻撃が見えない壁に弾き返される。 三人が吹っ飛んで地面に叩きつけられるよりも早く第二派の攻撃がバンダルペイモンを襲う。 ゴルドスが地面ごと吹き飛ばしたつぶての弾丸が飛んでくる。 それを空中を滑るようにして避けるとそこにカーターの魔法剣の一撃。 ジャックたちを弾き返した障壁が凍り付いて砕ける。 「「「ぬぬぅッ!貴様!貴様!貴様ぁッ!」」」 二本の脚でカーターを殴り、残りの腕で新たに障壁を張りなおそうとしたところに 「ドッグハウンド」の咢が飛んでくる。 「もらった!」 肩口から生えている脚の付け根に「ドッグハウンド」の牙が食い込む。 「「「ぐおおっ!は・・・な・・・・せぇええええ!」」」 さすがの「ドッグハウンド」の牙も硬い悪魔の皮膚を貫き通す事は出来なかった。 しかし、脚を噛み裂く事が第一の目的ではない。一瞬の気を引ければそれで充分だったのだ。 『獄炎よ我が敵を灰燼と帰せ』  ミラーの手から放たれた青白い小さな火球が、バンダルペイモンの体に向けてまっすぐに飛んでゆく。 「「「甘いっ!」」」 払い飛ばそうとしたバンダルペイモンの脚が火球に触れた瞬間、その炎は瞬時にして悪魔の体を 覆い尽くした。 「「「ぐうっ!?ぐおおおおおおっ!」」」 火達磨になるバンダルペイモン。 空中から落下し、土の上でのた打ち回っている。 体勢を立て直したジャックとエピリッタが止めを見舞いに行こうとする。 リゲイはうまく受身が取れなかったようで、したたかに背を打ち付けてしまったようだ。 『待ってください!』ミラーの念話が響く。 『あれは敵を燃やし尽くすまで消えない獄炎です、今手を出すのは危険だ。…それに。』 「それに?」 『…どうやら仕留めきれていないようです。』 ミラーが苦々しげにつぶやく。その言葉は真実のようだった。 先程まで地面を転げまわっていたバンダルペイモンは、いまだ体中が炎に包まれているにも関わらず ゆっくりと立ち上がった。まるで何事も無かったかのように。 それぞれの頭が互いに笑いかける。 「「「ククク…喜び勇んで仕留めに来ると思ったのだが…惜しい、惜しい、惜しい。」」」 「いってー…うわっ!なんだあれ!」 ようやく起き上がってきたリゲイが素っ頓狂な声をあげる。 「あんだけ燃えてんのにくたばらねぇとは…マジでバケモンだなー。」 「呑気なこと言ってんじゃないわよ!」 バンダルペイモンは三つの口でクククと静かな笑いをあげる。 「「「お褒めの言葉感謝するよ、トカゲ君。そうとも、私はバケモノだ。なにせ君達が生涯目にする事のない   『地獄』で生まれ育ったのだからな。地獄の炎を呼吸してきた私をこの程度の力で焼き払おうとは…   甘い、甘い、甘い!」」」 バンダルペイモンを包んでいた獄炎が、彼の意思に従うかのように八本の脚へと分かれてゆく。 それぞれの脚の先の枝分かれした三本の腕が、練り上げるようにして炎を球状にしてゆく。 「「「私にとって、この炎は何一つ苦痛ではないが……では君達にとってはどうかな。」」」 火球を抱えたまま、一本の脚が振りかぶるようにして動く。 『皆さん!私の傍に!』 轟音を立てながら青白い火球が一行を襲う。 間一髪のところでミラーは魔法を無効化する障壁を展開し、火球は虚空に消えた。 薄青い透明の壁が一行をドーム状に覆う。 「「「味な真似を…しかし、それもいつまで持つかな?根競べといこうじゃあないか。」」」 バンダルペイモンは抱えていた火球を次々と放り投げる。 ミラーの火球を流用した最初の八つを投げ終えた後も攻撃は止まない。 投げた端から次々と新しい火球を作り出しているのだ。 「「「それ、それ、それえええ!」」」 あの蜘蛛の化け物が言ったとおり、この障壁もそう長くは持たないだろう。 「どうする、このままじゃいつか丸焦げだ。」リーガンがつぶやく。 「避けつつ、叩く…しかないだろうな。散開すればある程度は敵の眼をくらますことも  出来るかもしれん。」カーターが法術を使って傷を塞ぎながら答えた。 『あの火球一度だけ無効化できる程度の障壁なら皆さんにお与えできます。』 「…むう。」足の遅いゴルドスには荷の重い仕事である。 「ゴルドスはここに残っていた方がいいな…。奴は圧倒的優位に立って慢心している。  いつか必ず隙が出来るはずだ。そこを狙って飛び出すぞ!」 ジャックが皆に伝える。 その瞬間、バンダルペイモンの投じた火球が障壁を突き破った! 「うああああっちいいいいいいい!!!」 火球はリゲイの尻尾を直撃し、炎をあげている。 「あっちいいっ!うわっ!たすけてえええ!」 『触ってはいけません!触れたら燃え移ってしまいます!』 「ひいいえええええ!」 「じっとしてて!切るよ!」 と、エピリッタの戦斧がリゲイの尻尾を切り落とした。 『!』 「はぁ…はぁ…サンキュー、エピりん!あぶねーところだった!」 切られた尻尾が燃える。あたりにトカゲ肉の匂いが漂う。 トカゲ肉は旅慣れた冒険者なら一度は口にしたことがあるものだ。この世界のトカゲ肉(リザードマンも含む)は 鶏肉のような味がして以外に美味なのだが… まぁ、なんにせよ食欲をそそられる暇など無い。 呆気にとられているミラーとカーターにリゲイが言葉をかける。 「あ、心配いらねーよ。その内生えてくるから。」 「ええ、こいつの心配はどうでもいいです。それより障壁が…。」 エピリッタが言うよりも早く、バンダルペイモンが高らかに笑う。 「「「クククク!もう限界かね!?さて、そろそろ止めと行こうか…」」」 蜘蛛の化け物は全魔力を集中して巨大な火球を練り上げている。 障壁越しでもその熱気が伝わってくるようだ。 もしあれが投じられれば辺り一帯は焼け野原になる事だろう。 しかし、その瞬間こそが反撃のチャンスでもある。 『あの火球は私が何とかします…皆さん、この好機を逃さないでください!』 全員に緊張が走る。 「「「ククククク!!さぁ!!絶望のうちに燃え尽きろ虫けらども!」」」 極大火球が一行に向かって投じられた。 ─続く─