■ 亜人傭兵団奮闘記 番外 ■ 『ファイの憂鬱』 ■登場人物■ 「ファイ」  コボルド 男 … いい子 わぁい レンジャー 「ミュー」  コボルド 女 … お姉さんキャラ 幼馴染 許婚 ---------------------------------------------------------------------------------------------- ■ファイの憂鬱と『守ってあげる』■ 右腕がひどく痛む。 何度も意識を失いそうになるが腫れ上がった右腕から響いて来る痛みのせいで、ろくに眠れない。 村に侵入してきたゴブリンの一団との戦い、ファイにとっては初めての実戦。 村の戦士達の奮闘のおかげであらかた片付き、敵も逃げ腰。 だがそんな中でファイはまだ一匹も仕留められてはいなかった。 当然の事である。初陣でまともな戦果を挙げられるものなどそうそういない。 ただ実戦の空気になれるための稽古のようなものなのだ。 ファイを焦らせていたのは幼馴染のミューの存在だった。 ミューは幼いながらもとても優秀な弓使いで、この戦いでもすでに三匹のゴブリンをその弓の 餌食にしている。 一緒に狩りに出かけたときも何度彼女の弓に助けられたか解らない。 いつもミューは「ファイが弱らせてくれたから」と励ましてはくれるが、そのフォローが余計にファイの 悔しさをあおるのだ。 それは周りの人々の眼を気にしてだとか、女性に負けたからとかではない。 友人達の中ではファイは最も腕の立つほうであったし、里の戦士達からは筋が良いと認められている。 だが、そんな評価に関係なく彼はミューを守れるような戦士になりたかったのだ。 ミューはファイの許婚だ。 それはコボルドの隠れ里の古くからの慣習であるから、彼らは当然のように受け入れたし それに親達が決めた相手とはいえ彼らは元々相思相愛の中だったのだ。 双方の家族が一堂に会して開かれた宴席の中で、ファイはある一つの決心をした。 それは「いかなる危険からをも、ミューや家族を守れる男になる」というものだ。 いささか陳腐な決心に思えるかもしれないが、ほんらい穏やかで臆病なコボルド族 が他種族からの襲撃に耐え抜いてここまで生き抜いてこれたのは、一族一人ひとりの このような決心の積み重ね故なのである。 一番後ろに控えていた彼らの族長が奇妙な叫び声をあげるとゴブリンたちは退却を始めた。 彼らの逃げ足は尋常ではない。これはゴブリンどもと剣を交えたことのある者なら誰もが納得する事だ。 傷ついた味方がいようが、全てほっぽり出して一目散に退却していく。 安堵する里の戦士達、しかしファイは一人焦っていた。 皆が止めるよりも早く、一人駆け出して逃げ遅れた一匹に切りかかる。 ゴブリンは低い姿勢でファイに体当たりをしてきた。ファイのショートソードが空を切る。 取っ組み合いになり地面を転げまわる。もみ合ううちにゴブリンの短剣がファイの右腕に突き刺さった。 痛みにひるんだ隙に、ファイは完全に組み敷かれた形になった。 ファイを助けようと里の戦士達が駆け寄ってくる。どちらにしろ自分は助からないと踏んだからだろうか、 ゴブリンはあの世への道連れにしようと、ファイに向かって短剣を振り下ろす。 ファイの心臓に短剣が突きたてられるよりも早く、ミューの放った矢がゴブリンの頭を貫いた。 傷の手当をしてもらってからまず最初にファイが連れて行かれたのは里の集会所だった。 長老や里の戦士達に囲まれて、たっぷり一年分はお小言を食らった。 ファイの傷は浅かったものの、ゴブリンどもの一度も手入れされていない不潔な武器で傷つけられたからか 治りはひどく遅く、しかも腫れ上がった右腕はしばらく熱を持ったまま痛み続けた。 結局高熱を出して、二日の間生死の境をさまよう事になったファイを付きっ切りで看病し続けたのは 他ならぬミューだった。 朦朧とした意識の中で何度もミューの声を聞いた。 やっぱり私がいないとダメだ、とかなんとか。言葉の内容はいつものままだったが 声の調子は今まで聴いたことがないほど震えていた。 三日たつと熱もだいぶひいて、楽にはなってきた。しかしかなり体力を消耗してしまったので 未だファイはベッドでぐったりしたままである。 夜になり、もう薬師も帰ってしまったというのにミューはまだ付き添ってくれていた。 「もうだいぶひいてきたみたいね…あ、お水いる?」 ファイが頷くと彼女は水汲み用のバケツを手に、治療院の外に駆け出していった。 「水が欲しい」という度に彼女は井戸まで新鮮な水を汲みに行っているのだ。 申し訳ない気持ちで一杯になる。 「ありがとう…ごめんね」戻ってきたミューに声をかける。 「いーのいーの!怪我人なんだからじっとしてなさい!あ、おでこの布も変えとこうか。」 ミューは汲んできた水を病人用の水差しに入れ、引き出しから新たな布を取って水に浸す。 実にてきぱきとした動きだ。 「いや、そうじゃなくて…あの時ミューが助けてくれなかったら、僕…」 布を絞っていたミューの手が止まる。 「もう二度とあんな事はしないよ。…僕がバカだった。」 「…ほんとだよ!」 振り返ってファイを見つめる。意外なほどの語気の強さにファイは面食らった。 見詰め合ったまま、無言の時間が流れる。 いつものように怒られるだろうか、それも当然の事だとファイは思った。 が、ろうそくに照らされたミューの眼には涙がたまっていた。 「もし…もしファイに何かあったら…わたし…!」 みるみるミューの表情が崩れ、大粒の涙を流し始める。 彼女のこんな表情を見たのは初めてだ。 「ごめんね…」少しあわてながら、もう一度ファイが呟くと 彼女は涙を拭い、まるで母が子供にするようにファイの頭を優しく抱いた。 「いいの…これからずっと一緒にいて、これからずっとわたしがあなたを守ってあげるから。」 ああ…なんというか…情けないなぁ、僕。 「そろそろお薬が効いてくると思うわ。熱もひいてるから今日はゆっくり眠れるでしょ。」 「う…うん。」 なるべく元気にふるまおうと思ったが、どうしても落胆の色は隠せない。 ずっと一緒は嬉しいけど、ずっと守ってもらうってのは… 「どうしたの?」 「い、いや、なんでもない!おやすみ!」 上掛けを頭まで被る。 「…あ、よく眠れるおまじない、知ってる?」 「え、なに?」 ファイが上掛けから顔を出した瞬間。 完全なる不意打ち。 小鳥がついばむような口付け。 ミューはちょっと恥ずかしそうに笑いかけると、ろうそくの明かりを消し おやすみ、と一言いって出て行った。 明り取りの窓から入る月明かりに、ミューの姿が普段よりも幾分足取り軽やかに見えた。 「眠れるわけ…ないよぉ…」 顔が火照っているのは、果たして熱のせいだろうか? ともかく、その日は奇妙な胸の高まりに悶絶して、一睡も出来なかったファイであった。