PSIONIX GARDEN 三好 長虎 SS 「三好の闘牌!」 --市街地の小さな雀荘 煙草の匂いの充満した小さな一室にワシは居た。 ワシの名前は 三好 長虎(みよし ちょうこ) 青い長髪にキラリと光るオデコがチャーミングな七歳児だ。 いや、本名は“ながとら”、中身は52歳の男なんだが、今はワケあって少女の姿をしておる。 ワケは話が長くなるから話さん。 それよりも今は麻雀だ。 本当ならこんなガキは雀荘に入れてくれんのだが、受付のオッチャンに適当に金を掴ませて遊んでいたら 麻雀を打つカワイイチビッコが珍しいのかオッサンどもが群がってきて雀荘も商売繁盛、 お陰で今では何も言わずに店に入れてくれるし、右手を上げればオレンジジュースが出てくる始末。 ホントは冷たいビールが飲みたいが、どうにもこの体が受け付けんらしく今飲むと酷くマズイ。 まあビールなんて飲んだらホントに追い出されそうだが。 「あ、ロンです。おにーさん♪」 ニッコリ笑って適当に声色を変えて喋る。 世の中カワイイ子ぶったほうが生きやすいからな。 「・・・クソッ!これ通んないのかよッ!」 苛立った声で正面に座る無精ヒゲの頭悪そうな男が麻雀の自動卓を叩いた。 卓を囲んでいる他の男もワシの声を聞くや大きな舌打ちをした。 ワシの右は真っ黒に焼けた唇ピアスの若い男、左はトンガリ頭のニワトリ男が座っておる。 苛立つのも無理はない。 ワシをチビッコだと思って普段の10倍のレートでボロ負けしてるからな。 ワシの超能力は「超直感」 危なけりゃ背中にビビっときて分かる。 これまで賭博に株に、社運を賭けた大勝負もこの直感に従って勝ちに勝って来た男。 しかも麻雀は高校時代から磨きをかけてきた趣味だ。 普通にやってもこんな若造には負けん。 あ、今はワシの方が子供か。 「えーっと・・・門前、タンヤオ、平和、ドラドラ・・・あ、裏ドラが乗って跳満です。18000の一本場で18300ですね」 ワシが拙そうに役を数えるフリをする。 これで正面の男の点棒はマイナス。 トビが出れば終わりのルールだからこれでオシマイだ。 「ケッ飛んだ飛んだ!終わりだ終わりッ!」 ワシの右の唇ピアスの男が今までの負け分の金をバン!と卓に置いた。 それに習って正面と左の男も金を卓にたたきつけた。 「ご、ごめんなさい。今日はついてたみたいで・・・」 上目遣いで男達を見て言った。 三人の若造はワシを睨みつけて卓を立ち、店を出て行った。 フフフ、相手を見くびったお前らが悪い。 勝負の土俵に上がれば餓鬼相手でも本気でやるのが真の勝負師というものだ。思い知ったろう。 しかしまあ、若造相手に少々マジで打ってしまった。 普段のレートでオッサンどもと勝ったり負けたりを喋りながらやるのがイイんだ。 そう思って部屋を見渡す。 この雀荘は自動卓が6卓、座敷の方に普通の卓が2卓ある。 今はもう座敷の普通の卓はあまり使っておらず、 備え付けられたテレビを見ながらビールと枝豆をつまむオッサンの憩いの場になっている。 ・・・はずだが今は座敷には誰もいない。 皆自動卓で打ってる最中だからな。 と、そこに若いスーツ姿の男二人とOL姿のお嬢ちゃんが入ってきた。 男の片方は真っ黒のスーツに黒いカッターシャツで黒ネクタイ。 しかも肌まで黒い。黒尽くめだ。 もう一人の男は茶髪でレンズの小さいお洒落メガネをした軽そうな男。 OLのお嬢ちゃんは栗色の軽いウェーブがかったセミロングにワインレッドのスーツ、乳も大きいしかなりの別嬪。 腰あたりがタイトスカートでピチピチしててたまらんのう。 「ここ、あいてる〜?お嬢さん」 軽そうな男がワシに喋りかけた。 イカンイカン、OLの子ばかり見ていては怪しまれる。 「いいですよ。丁度、さっき終わった所なんです」 「さんきゅー」 軽そうな男が軽い返事をして、二人の男が卓に座った。 ワシの左に軽い男、正面に黒い男が座る。 正面の男をよく見ると相当面構えに重みがあった。 切れ長の眼に銀髪、黒尽くめのこの格好にこの威圧感は・・・ 極道の香りがする・・・ 「あ、あの・・・」 二人の男が卓に座ったのにOLの子はおどおどしていた。 もしかして打てないのかもしれない。 三人麻雀になるのか? ワシが、三人でも良いですよ、と言おうとした時に正面の黒い男がゆっくりと口を開いた。 「座れ」 「はい」 OLの子は口答えも全くしなかった。 ただただ、黒い男の言葉に従う。 縮こまって卓に座るその姿は、無駄な言葉を喋らせてごめんなさい、と語っているようだった。 ううむ、こんな可愛い子に冷たくしおって。 この男はちょっくらワシが痛めつけてやる必要があるな。 --市街地の小さな雀荘 勝負開始 この男達はこの雀荘は初めてらしく、ワシが軽くココの雀荘でのルールを話してから麻雀を開始した。 ガチャガチャと自動卓が牌をかき混ぜて準備OK、勝負が始まる。 当たり前だが二人の男は相当麻雀を打っているらしく、牌の取り方も打ち方も様になっていた。 黒い男も荒っぽい打ち方をするのかと思いきや、牌を捨てる時は至極静かで穏やかな水面を見ているようだ。 そしてOLの子は・・・ 予想通りと言うべきか、おどおどビクビクしながら牌を取っていた。 一応ルールは知っているようだったが、捨て牌を見ると打ち筋がバラバラで手もぎこちない。 捨て牌の感じからして、迷うような牌が来るとそのまま切っているようだった。 黒い男を気にして、少しでも待ち時間を減らそうとするなんて健気な子だ。 こんなイイ子が慕ってくれていると言うのにこの男は何と言う傍若無人な態度! ワシの心の炎がメラメラと燃えてきた。 --三好の闘牌! 3局目、緩やかに進んでいた場にとんでもない事が起きようとしていた。 僅か2順目で四暗刻がテンパイ、役満なんぞ半年ぶりだ。 ハクの単騎待ちで、ハクはすでに一順目で軽そうな男が場に切っている。 山に残る牌は後二枚! 場に一枚出ているなら二枚ギっている奴がいなければハクは充分出てくる牌・・・これは行ける! ドキドキしながら牌を取る。 なかなか出てこない。誰も切らない。 そして山牌も少なくなり、ワシも王牌にハクがあるんだろうと諦めかけていたその時。 ハクが場に出た。 「―!」 ワシが口を開けた瞬間、OLの子が縮こまった。 OLの子がワシの当たり牌、ハクを切ったのだ。 「お、どうした?当たり?」 ワシが牌をすぐに山から取らないモンだから軽い男がワシに話しかけた。 OLの子は目を瞑って俯いていた。 ワシは背が低いから彼女の顔が良く見える。 軽い男が発した、当たり?という言葉で彼女の顔は泣きそうだった。 多分、ワシに振り込んでしまう事を恐れているのだろう。 黒い男とワシらの勝負に邪魔をしてしまうから。 ワシは決断した。 この子からは和了がらん。 「あ、なんでもないです。手牌が難しくて・・・」 適当な事を言う。 その瞬間、正面の黒い男がワシを見た。 目が合った瞬間、背中に電流が走った。 危険だ。 ワシの直感がシグナルを出していた。 とてもじゃないが目を合わせていられない。 すぐに男から目を反らす。 これは・・・さっきの間で見逃しがバレてるのか・・・? 平静を装いつつ山から牌を取る。 ハクは出ない。 まあ当たり前か。 見逃してもツモなら和了れるんだがなあ。 軽い男も何事も無かったかのように牌を取って捨てる。 ハクは出ない。 黒い男の番。 男は普段と同じ用に滑らかな動作で牌を取り、手牌と取った牌を入れ替える。 入れ替えた要らない牌を捨てる。  パァンッ!! 男はけたたましい音を立てて、捨て牌を自動卓に叩き付けた。 ハク。 切られたのはハクだった。 男はずっとハクを手牌に持っていたのだ。 何順目で引いたのかは分からないが、終盤まで全く場に出なかったハクから危険を感じ取り、 自分の手を崩して用心深くハクを囲い続けていたのだ。 男の怒りの摸打は勝負を曲げたワシに向けられているに違いなかった。 どの道OLの子の捨て牌を見逃している以上、ワシはこの順では和了れない。 OLの子が牌を取って、捨てる。 ワシの番。 もう山牌はない。ワシで最後だ。 来た牌は西。 左の軽い男も正面の黒い男も3、4順目で切っていた牌だ。 字牌が場に少なかったが関係なかった。 現物だからだ。 OLの子はテンパイもしていない。 ワシは何の疑いもなく西を切った。 黒い男がゆっくりと口を開く。 「ロン」 「・・・え?」 ワシは男の声を疑った。 男はワシの放った声を無視して、左手だけで器用に自分の牌を倒した。 「字一色(ツーイーソー) 親倍で48000 ・・・トビだな」 ちょっと待て! お前は序盤の序盤で西を切っていたじゃないか! すぐにワシの正面にある男の捨て牌を確認する。 ・・・西が・・・無い! 自慢じゃないがワシが他家の捨て牌を見間違える事なんてありえない。 その時、脳裏に一つの方法が閃いた。 捨て牌のすり替え。 ワシが危険を感じて目を反らした瞬間、男は手牌と自分の川をすり替えたのだ。 あの時に感じた危険察知は男の殺気や威圧等では無い。 すり替えの行為にワシの体が反応したのだ。 ワシはOLの子の事を思うばかりに勝負を曲げていた。 そして男の眼光に気後れしてしまったあの時点で、勝負は決まっていたのだ。 イカサマは現場を掴まない限り意味が無い。 見逃した自分が悪いのだ。 「あはは、参りましたー。私の負けです」 乾いたワシの愛想笑い。 敗者はいつも惨めだ。 それは分かっていた事だ。 なまじ「超直感」なんて能力があるもんだから奢り高ぶり相手を見くびっていた。 何が、痛めつけてやる、だ。痛めつけられたのはワシの方だ。 ワシは負け分の金を出そうと財布を出すと、黒い男がワシに話しかけた。 「打ち筋が、昔打った男に似ていた。名前は?」 「み・・・み、美神令子です!」 アブねえ!危うく本名を言うところじゃないか。 咄嗟に名前が出てきて助かったぞ。 男は少し残念そうな顔をした後、椅子から立ち上がった。 「今度は二人で来るよ」 黒い男はそう言って雀荘を出て行った。 それに続いて軽い男も出て行く。 OLの子はガキの姿のワシに律儀にお辞儀をしてから、パタパタと黒い男を追って雀荘を出た。 その去り際の潔さにワシは金を渡すのも忘れていた。 --その男の名 黒い男の後姿を見て分かった事がある。 男には右腕が無かった。 あまりに美しく左手だけで牌を操作するモンだから気づかなかったが、 雀荘を出る時にスーツの右腕だけが不自然にバタバタと風に吹かれたのだ。 良く考えてみると、タバコを吸うときも左手だけだった。 ・・・火はOLのお嬢ちゃんが付けてたしな。 そしてあの面構え。 確かに、その昔一度打った事があった。 ワシがまだ“みよし ながとら”だった頃だ。 支倉組の組長と一杯飲んでいた時に半荘だけ麻雀をした事がある。 その時も賭け麻雀だった。 三好コンツェルンの社長と支倉組の組長との賭け麻雀。 無論、この雀荘のレートなんかとは格が違う。 桁が五つは違うレートの賭博。 負ければ普通の男は死ぬ。 お互い、組織の頭だからその額で死なないだけだ。 その卓に後二人、普通の男が座らねばならない。 無論、部下の負けの金の補填は上司がする。 しかし、部下の負けはその部下の死を意味した。 人の命も買える額。 そいう賭博だ。 その勝負の輪に組長が呼んだ男が居た。 「ウチの組の一番の出世頭だよ。馬鹿デカイ器を持った男だ」 そう紹介された男は鋭い眼光で卓に座った。 勝負の決着がつくのに、そう時間はかからなかった。 ワシの勝ち。 能力を使い、冷静に事を運んだ結果だった。 奢らず、昂ぶらず、絶好調のワシが負けるわけが無い。 しかしそのトンでもない額の賭博の中であの男は引かなかった。 普通の男が負けの恐怖で縮こまる手を、強引に押し切る。 命がけの賭けを何度も勝ち抜いてきたワシが、畏怖さえ感じる豪胆さ。 勝ちはしたが、ひと時も気が休まる時は無かった。 そして、例え負け勝負であったとしても その勝負で組長は男の評価をさらに上げたに違いない。 その男が、今日同じ卓に座った黒い男だ。 男の名は 柳 秋一(やなぎ しゅういつ) --三好の闘牌!2 「ローン!」 元気な可愛い声がタバコで煙たい雀荘に響く。 こんな雀荘にチビコイ女の子なんていない。 もちろんワシの声だ。 「げげー!またチョーコちゃん!」 「最近手加減無しだなー、おじちゃんスッカラカンになっちゃうよ」 「だから0.1で良いって言ってるじゃない」 0.1とは賭けのレートだ。 基本的に今の日本では賭博が禁止されている。 だから賭けのレートは“風速0.1”などと歪曲して表現されている。 ちなみに0.1とは1000点で10円だ。 大負けしたとしても大した額ではない。 「この前の黒いニイチャンにリベンジしようってんだろう?やめときなよ」 「嫌っ!次来たら絶対コテンパンなんだから!」 かわい子ぶってオッサンに叫ぶ。 正直、本音だ。 大体まだ一勝一敗! ほんとの勝負は次じゃっ! 次は手加減せんからなぁーっ見てろー! ワシはリベンジを誓って牌を打つ。 牙は常に磨いておかねばな。 「ツモ!」 「ええー!?またチョーコちゃん!?」 --END