■ 亜人傭兵団奮闘記 その十二 ■ 『ゲッコー市にて その九』 ■登場人物■ ・パーティー 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 剣士 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 副長 無口 ガチムチ 重戦士 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 剣士 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 魔法剣士 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 怪力 重戦士 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 今回出ない 「ファイ」  コボルド 男 … いい子 最年少 わぁい レンジャー 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ ・『敵』 「バンダルペイモン」  悪魔 男 … 三頭多腕の異形 蜘蛛の化身 ------------------------------------------------------------------------------- ■赤■ 炎は四元素の中で最も破壊的な性質を持つがゆえに、攻撃的な傾向を持つ 魔物達にはなじみが深いも。 統計が取ったわけではないが、爪や牙など己の肉体を武器とする魔物の次くらいに 炎を武器とする魔物は多いのではないだろうか? なにせあの知能が低い事で有名なゴブリン達でさえ──族長クラスだけだが── 火球の魔法を使ってきたことがあるのだ。 手軽に扱える割に、相手に与える被害が中々大きいのも炎の特徴である。 少し訓練すれば誰でも使える火球の魔法ですら、まともに食らえば大火傷だ。 それを自らの武器として自在に操る魔物たちならば、それがさらに致命的なのは自明である。 事実、あの鈍い動きの「火蜥蜴(サラマンダー)」でさえ何人もの戦士の命を奪っているのだ。 しかも、中々対抗手段を立てにくいのもまた厄介なところである。 龍の鱗を使った耐火性の鎧は高価なのでめったに手に入るものではない。 一番手っ取り早いのは水を引っかぶる事だろうが、事前に準備ができるならともかく 旅の最中に一体どこで全身に浴びるだけの水を確保できるというのか? 魔物たちの頂点として恐れられるドラゴン達も、全てを炭塊と化す炎の吐息と こちらの炎を全く受け付けない鱗がなければ圧倒的な脅威として人間達に恐れられる こともなかったはずだ。 さて、我らが亜人傭兵団はまさにその炎を操る強大な敵と刃を交えている最中である。 「炎を呼吸して育ってきた」らしいその蜘蛛とも人間ともつかぬ異形は、ミラーが 放った「獄炎」をいとも簡単に支配下に置き、逆にその「獄炎」を用いて反撃してきた。 防戦一方になった一同の焦りをあざ笑うかのように、その異形の悪魔「バンダルペイモン」は 家一軒は覆い尽くせそうな火球を練り上げている。 止めを刺すつもりなのだろう。   *   *   *   *   * 「なんとかして奴を地面に引きずり落とさなきゃならんな。」胸糞悪くなる笑みを浮かべている 三つの顔を睨みながら、ジャックは呻いた。 「じゃなきゃあ反撃に出たところで、叩き落されて火球に焼かれてそれでおしまいだ。」 「さっき『ドッグハウンド』で噛み付いたときに力づくで引き摺り下ろしてやろうと思ったんだが、出来なかった。  多分浮遊の魔法でも使っているんだろう。」 「それなら私に何とかできるかもしれん。」 ジャックと同じくバンダルペイモンを睨みつけたままカーターが答える。 「奴の障壁を凍らせる事ができた事からみて、私の法術は奴と相性が良いようだ。  上手くいけば奴に掛かっている魔法の効力を打ち消す事ができるかもしれん。」 「なんだオッサン!そんな便利な事できるならさっさとやっちまえばよかったのに。」 万事解決といった感じでリゲイがカーターの肩を叩くが、どうも表情が晴れない。 「…なにか制約があるんですね?」リゲイを小突きつつエピリッタが聞く。 「ああ…効力を発する為には奴に直接触れる必要がある…。」 「「「話し合っても無駄だぞ?潔く消し炭になったほうが苦しまずに死ねる。」」」 バンダルペイモンのくぐもった声があたりに響く。 三つの声が重なって非常に聞き取りづらくはあるが、それでも焦る一同を見て 楽しんでいるような調子だけはしっかりと聞き取れる。 「うるせーぞ蟲野郎!その気持ち悪ぃ面叩き潰してやるから降りてきやがれ!」 精一杯の大声でリゲイが罵倒する。絶望的な状況下だが、闘志は失われていない。 「「「ククク…地虫にも等しい存在でよくそのような威勢のいいことが言えたものだ!   その蛮勇に敬意を表して、キミは私の子供達の餌にしてあげよう…燃え残った部分があればの話だが。」」」 「へっ、自分は蜘蛛の癖によく言うぜ!てめえがくたばったらその薄汚ぇ毛を一本残らずむしりとって  揚げ物にして食ってやるよ!まぁどうせ不味くて食えたもんじゃねぇだろうけどなぁ!」 悪食のリゲイならではの台詞である。 リゲイとバンダルペイモンが罵り合っている間に、ジャックが皆に伝える 「いいか、あのでかい火球が飛んできたら一気に散開しろ。どれだけ効果があるかは解らんが敵の眼をかく乱する。  カーターさんはなるべく奴の背後に回って、俺達のうち誰かが奴に向かって跳んだら隙を突いて攻撃してください。  …用心して更に上空に逃げられたら、もう俺達になす術はない、チャンスは一度きりだ。」 『あの火球は私に任せてください。…なんとかしてみせます。』 ミラーの念話が響く。あの火球をどうにかして無力化しなければおそらくここら一帯は火の海にされてしまうだろう。 そうなればもはや反撃どころではない、みな火達磨になってそれで終わりだ。 他の誰にも、あの火球をどうにか出来る力はない。この魔導師の双肩に皆の運命が掛かっているといっても 過言ではないのだ。 「…頼みます!」 ジャックの一言に頷いて返す彼の横顔は、呪符に隠れてほとんど表情は見えなかったが 笑みを浮かべているようにすら感じられた。 後から考えればそれは、自らを犠牲にしてでも皆を守るという決意の表れだったのかもしれない。 「「「ククククク!!さぁ!!絶望のうちに燃え尽きろ虫けらども!」」」 巨大火球が投じられる。 「いくぞ!」 ジャック、リーガン、エピリッタ、リゲイ、カーターの五人は一気にミラーの障壁を走り出た。 もはや彼らを守るものは何もない、一度でも炎にあたってしまえばそれまでである。 しかし、バラバラに走り回る彼らを、バンダルペイモンの二十四の眼は確実に捉えていた。 火球がミラーの障壁に着弾すると、弾力のあるガラスのような質感の障壁がぐにゃりと歪んだ。 「…むぅっ!」 無駄とは思いつつもゴルドスは押し返すようにして内側から障壁を押す。 ただの炎の塊でありながら、まるで質量を持っているかのように火球は二人を押しつぶそうと迫ってくる。 ミラーは障壁の維持に全神経を集中させている。みしみしと音を立てて崩れそうになる障壁。 魔法の力を持っていないゴルドスにもはっきりと見えるほど濃くなった魔素が、ミラーの体から 障壁へと流れていく。 ミラーの顔を覆う呪符が、一枚弾けた。    *   *   *   *   * 「「「そぉら!逃げろ!逃げろ!逃げろ!」」」 バンダルペイモンは巨大火球を投じると同時に迎撃体制に入っていた。 三つの口が絶え間なく呪文を唱え、二十四の腕が同時に印を切る。 あるいは火球として、あるいは炎の波として、さまざまな形で必殺の獄炎が五人を襲う。 おそらく彼ほどの魔法の使い手であれば、五人が障壁から走り出た瞬間に 丸焦げにすることも出来たろう。そうしなかったのは情けゆえではなく、途轍もない 憎悪の故である。 大きな活躍もせず、大きな失敗もしない彼の最上の喜びは「命令を下されること」である。 自分よりも上級の魔族(転生者でない純粋な魔人)に命令を下され、それを遂行しているときだけが 彼が「バンダルペイモン」という名を持った魔人でいられる時間だからだ。 その時間だけは、「名も無き三匹の蜘蛛」でなくて済む。 足元を動き回る人間どものせいで彼の主人の立てた計画に狂いが生じた。 彼らを生かしておけないのは勿論の事、最大限の絶望を持って償わせなければならない。 それは彼が主人に対して、そして自分の存在意義に対して示す最大限の忠誠である。 「「「足掻け!足掻け!足掻け!私に苦しみの顔を見せろ!持てる全てを吐き出せ!   もしかしたら私に一太刀浴びせられるかも知れんぞ!?クククク!」」」 「畜生!反撃する暇もねぇじゃねーか!」木の裏に身を隠してリゲイが叫ぶ。 「バカ!じっとしてんじゃないよ!」 エピリッタの叫び声とほぼ同時にリゲイの足元が赤く光りだす。 「やっべ!」 なんとか跳んで逃れたリゲイ。ほんの数瞬前にいた場所から巨大な火柱が上がる。 火柱は木を丸々包み込んで、巨大な松明と化した。 「「「ククク!惜しい惜しい!」」」 バンダルペイモンがリゲイを嘲笑うために彼のほうに注意を向けた一瞬を誰も見逃さなかった。 エピリッタは火球を受けて燃え始めていた竜車を引っつかんで、持てる限りの力を振り絞って 放り投げる。 「どっせえええええええい!!」 蜘蛛の化け物は火の粉を払うかのように、二本の脚で竜車を弾き飛ばす。 と、その陰からリーガンの「ドッグハウンド」が咢を目一杯開いて襲い掛かる。 しかしそれもバンダルペイモンの張った障壁に阻まれ、彼の顔面を目前にしながらも ガチガチと空しく歯噛みするだけだった。 それと同時に樹上から飛び掛ったのはリゲイ、そしてリーガンの手元から伸びる「ドッグハウンド」を 駆け上ってきたのはジャックだった。 しかし二人の懇親の力をこめた一撃も、障壁を打ち崩すには至らなかった。 バンダルペイモンの体を捉えるかどうか、という所でリゲイの刃もジャックの拳もピタリと 動きを止めてしまった。 蜘蛛と人が入り混じったような、醜悪な三つの顔が不気味な笑みをこぼす。 巨大な脚が二人を貫こうと力を溜める。 しかし見つめたリゲイとジャックの顔には少しも絶望の影が見えなかった。 バンダルペイモンの背後でガラスの割れるような乾いた音がした。 こちらが本命だったのだ、思い切り叩き付けられたカーターの魔法剣が粉々に砕け散る。 しかしこれで厄介な障壁に突破口が出来た、後は少し手を伸ばして法力をこの怪物の体に流し込めば… 手がバンダルペイモンの体に触れようとした瞬間、カーターは空中に縫い付けられたようにピクリとも動かなくなった。 いくら力をこめても全く動けない、どころか地面へ落下する事すらかなわない。 それはリゲイもジャックも同じだった。 「これは…!?」 「「「私が何の怪物なのか…忘れたわけではあるまい?」」」 三人を中空に縫い付けたものの正体は極細の糸だった。目を凝らせばそれがバンダルペイモンの口の一つから 発せられたものであるのが解る。 さすがは地獄の蜘蛛である。皆が魔法の障壁と思っていたのは彼が編んだ蜘蛛糸だったのだ。 カーターが砕いたはずの障壁はそのままほどけて密度を変え、彼らの体を縛り上げたのだ。 糸はバンダルペイモンに直接つながっている、カーターは糸を伝って法術を流し込もうとしたものの すぐに目論見に気づかれ、切り離されてしまった。 石のように硬直したまま落下する三人。それをリーガンとエピリッタが何とか受け止める。 「「「クククク!残念残念残念!あと数センチで私を捉える事ができたろうに!」」」 玉砕覚悟の奇襲も全く奏功しなかった、しかも三人は完全に無力化されてしまっている。 いくらリーガンとエピリッタでも三人を担ぎながらあの猛攻を避け切れるはずはない。 万事休すだ。   *   *   *   *   * 「「「おお、そろそろあちらも決着がつきそうだぞ?」」」 ちらと後ろを見やると、火球は全く勢いを弱めずミラーとゴルドスを飲み込もうとしている。 薄気味悪い笑いを浮かべながら蜘蛛の怪物はリーガンとエピリッタを見下ろす。 「「「今のうちに逃げ出したほうが良いのではないかね?クク、必死で走ればどちらか片方は   逃げ切れるかもしれんぞ?…まぁ残った三人はどうなるか知らんがなぁ?ククク、クク。」」」 もはや限界だった、ミラーの障壁はあちこちに亀裂が走り、なんとか炎の侵入は防いでいたものの 熱気がどんどん伝わってくる。押し潰されまいと踏ん張るゴルドスの怪力も少しばかりの助けには なっているものの、とても押し返す事など出来そうになかった。 「…むううううっ!」 体中から汗を滴らせながら障壁越しに火球を支えるゴルドスは、まるで神話の巨人さながらであったが その表情は苦しさに満ちている。 「…もう…持たん!」 ゴルドスが唸る。と、背後でミラーが立ち上がる気配がした。 『…下がれ』 普段の声とあまりに違う念話を聞いて思わずゴルドスは後ろを振り返る。 いつの間にかミラーの口元を覆っている呪符は一枚を残して後は千切れ飛んでいた。 あらわになった肌は明らかに人間のものではなかった。 炎のような赤。 それは御伽噺で聞いた「悪魔」のような…。 無理やりつなぎ合わせたような痛々しい傷跡の境界を乗り越えて、その赤はミラーの体中に広がり始める。 「あ…あなたは…一体!?」 「 下  が  れ  !  死にたいのか! 」 今度は念話ではない、ミラーの口から直接発せられた言葉だ。 乱暴にゴルドスの肩を引っつかむと自分の後ろに放り投げる。巨体が軽々と宙を舞う。 「全く…さっさと体を明け渡しておれば、よかったものを…。」 そう言ってミラーは口を覆っていた最後の呪符を邪魔臭そうに引っぺがした。 障壁が破れ、解き放たれた火球がミラーを包む。 「「「ククク、ハハハハハ!時間切れだぁあ!焼け死ぬがいい!」」」 思わず身構えるリーガンとエピリッタ。 しかし火球は爆発する様子も無ければ、炎が広がる様子も無い。 ただ少しずつ、少しずつその大きさを減らしている。 「え?どーなってんの?」変な格好でぶっ倒れたままのリゲイが思わず声を上げる。 「「「な…何故だ!?これは一体!?」」」 困惑する全員の前に、炎の中から一人の男が歩み出た。 それは一行が見知ったミラーの姿からはかけ離れたものだった。 銀色の長い髪、額に生えた一本の禍々しい角、蝙蝠のような羽、全身を礼服に包み 背から二匹の黒龍の頭が生え、こちらを睨みつけている。 「ううむ、まさか目覚めて早々にこのような濃厚な獄炎を口にすることが出来るとは…  ミラーの奴め、中々気を利かせおったな。アンドロクタシア、アンピロギア、残りは食らってよいぞ。」 男が背の黒龍に許可を出すと、黒龍たちはかぶりつく様にして火球を平らげてしまった。 あまりに突然の出来事に呆気にとられる亜人傭兵団の面々。 あの男は一体何者なのか?ミラーはどこに消えてしまったのだ? 彼らの困惑をよそに、バンダルペイモンだけは一人、ガタガタと震えている。 「「「『魔審官』…ジルベンリヒター…様!」」」 「その名で呼ばれるのも実に久しぶりだ!私が退いてからは誰が勤めているのかね?  あのいけ好かない『星公』の連中か?それともロイランス、アルダマス殿もあり得るな?  ハハ、以外にアドルファスなぞも面白いかも知れんな!?」 まるで懐かしい輩にあったかのような彼の話しぶり。 亜人傭兵団の一行には彼が何の話をしているのかは良く解らない。 ただ一つ確かなのは、ミラーの代わりに現れたこの男は、紛れもなく「悪魔」だという事だ。 「さて、友人に呼ばれてここに参ったのだが…。蜘蛛よ、君はいかなる罪を犯したのかね?  『魔審官』の前では黙秘は許されんよ…。」 懐から手帳を取り出して、何かを書きとめながら その唐突に現れた男はバンダルペイモンに微笑みかけた。 ─続く─ ---------------------------------------------------------------------------------- 新たに使わせていただいた設定 ジルベンリヒター http://wikiwiki.jp/rpgpoi/?%A5%B8%A5%EB%A5%D9%A5%F3%A5%EA%A5%D2%A5%BF%A1%BC 〜SilbernRichter〜 リヒター(裁判官)の称号を持つ悪魔 銀色の長髪で背には二匹の黒竜の頭が生えている 日頃はヘタレそのものだが、法を犯した悪魔を裁く事ができ その裁きは悪魔らしく悪質極まりないものだと言う 真の姿は八頭を要する巨大な銀竜と伝えられている