大賢邪の誕生。その記憶。 「大賢邪ベルティウス」 「ヘロ=ドトス」 -------------------------------------------------------------- 「目を覚ましておくれ、ベルティウス。闇が晴れる、新しい光をその美しい瞳に。」 「…奇妙な事だ。死に絶えたはずの私の眼が、君の暖かいまなざしを捉えている。  非道な冥王の気まぐれか、それとも永く昏い眠りの中で見る夢だろうか?」 「そのどちらでもないよ、愛しい人。君の時代から変わらず冥王は非道なままだし  私は確かに君の目の前にいる。さぁ僕に触れて、そして温もりを分けておくれ。  長い旅を続けるうちに僕の体は冷え切ってしまったんだ。」 「たとえこれが幻であろうと、私の魂は救われた。」 だがベルティウスの手は青年の体に触れることはできなかった。 「…何故だ。確かに君はそこにいる、魂の息吹を感じる、眼差しが私の瞳に返ってくる。  なのに、何故触れることが叶わぬのだ。」 「世界とは非情なもの。僕の最後の我侭は許されなかったようだ。  君の命をもう一度目覚めさせる為に、私は世界のあらゆる戦場を旅して周り  魂を集め続けた。一度にたくさんの魂を集める事ができたし、戦の匂いを嗅ぎつけるのは  得意だからね。  でも千の年が過ぎた頃だろうか、僕は少しづつ『戦場を見る眼』そのものへと変わっていった。  今日の日が沈む頃には、僕はもう僕の意思で言葉を発する事もできなくなる。  そしてこの星の記憶に愚かな争いを記すための、ペンになるんだよ。」 「愛する人に触れることを我侭というのならば、私は世界を見限ろう。  一度失われた命よ、毫ほどの未練も無い。」 「それはできない、君は人間の殻を破って、魔の者として新たな生を授かったのだ。  刃を喉笛につきたてようとも、生への渇望は理性を上回り、たちどころに  傷を癒すだろう。」 「…。」 「悲しそうな顔をしないでくれ、愛しい人。最後に君の姿を見ることができて  僕はとても嬉しいんだ。」 「君の…君のために私は生涯喪に服すとしよう。愛する人を持たず、一人の友も持たず  ただ君を思って時を過ごそう。」 「大賢者ベルティウス、その必要は無い。一度目の生と同じく、君は君の思うままに  知の喜びに身を任せてくれ。それが君への最後の願いだ。」 「ならばそうしよう。私はこの非情でくだらない世界の全てを知る事にしよう。  そしてもし永遠ともいえる生が尽きたとき、私も森羅万象を記すペンとなろう。」 「それで良い。…ふふっ、次に会うのはペン立ての中か。」 「願わくは隣同士に並ぶ事を。」 青年を照らす最後の光が、少しづつ消えてゆく。 「そろそろ時間のようだ。…さようなら愛しい人、さようなら、また会おう。」 「一時の別れだ。…ほんの数千年の。」 消え入りそうな姿の青年と、生まれたばかりの魔人は唇を重ね合わせた。 錯覚だったとしてもいい。 確かにそこには温もりがあった。 了