守りたいものがある 守りたい人がいる ならば 何があろうと立ち続けよう 誰であろうと刃を振るおう それが『英雄』の証だから ■オレキャラスレRPG/SS 次なる英雄■ 斧を振り上げたサイクロプスの股下をくぐり、腱に刃を走らせる。 牙を剥いて走り寄るヘルハウンドの顔面に刃を叩きつける。 ゴブリンの群れが放った石つぶてを最低限の動きでかわし、先へと進む。 踊るような足運びで魔物たちの間をすり抜ける。 目指すのは、ただひたすらに、前。 魔物たちを操っている魔王だけ。 しかし圧倒的な数の間断ない攻めになかなか前へと進むことが出来ない。 今、このときも魔物の侵攻は続いている。 焦る気持ちを抑えながら、最短の道を進み続ける。 いつの間にか、隣を男が走っていた。 男は魔物の猛攻をまるで気にすることもなく、無造作に腕を振るうだけで弾き返していく。 まるで子供のように無邪気な笑顔を浮かべ、男は走る。 そして私を追い越しざまに、一瞬、こちらに笑顔を向けた。 「よぉ、あンた…邪魔!」 そう言い放った男は私に向けて拳を放った。 私は矢のごとき速度で迫る拳をかろうじてかわすと、体勢を低くして男の脚を払う。 男も私の仲間達のように魔王に操られているのかと思ったのだ。 出来れば無傷で振り払いたい。そう思ったのだ。 考えが甘かった。 男は脚払いを放った私の脚を掴み、力任せに周囲の魔物にたたきつけた。 衝撃が体を突き抜ける。 二撃、三撃…なんとか振りほどこうとするが、男の力は強く、放してはくれない。 まるで棍棒か何かのように、男は私を振り回す。 「ンだよ…あンたまだ意識があるのか。」 「………。」 「いいからさっさと気絶しろよ。オレが暴れるには人間は邪魔なんだよ。」 より一層の力を込めて、男は私を振りぬいた。 身軽さが武器である私は、決して打たれ強い方ではない。 無論、常識外れの怪力で何度も体を叩きつけられて無事なはずもない。 足の骨が折れる感触がある。腕の骨が折れる感触がある。 肺の中から空気が押し出される。頭を乱暴に打ちつけられる。 衝撃で薄れる意識の端で、幾体もの魔物が吹き飛ばされるのを見ていた。 この理不尽な男は何だ? 私は魔王を倒さなくてはならないんだ。 国を守るために。家族を守るために。 この楽園を守るために。 目を覚ました。 まず訪れるのは熱にも似た痛み。体の隅から隅まで広がる痛みだった。 痛みに耐えてあたりを見回す。 霞む目に入るのは深い緑。そして幾筋かの光と黒い闇。 鈍い痛みと鋭い痛みで、首すら動かすことは出来ない。 目を動かしても入ってくる色に変化はない。 私は敗北した。 ヒンメルはどうなったのだろう? 妻は、娘はどうなったのだろう? まだ死ぬわけには行かない。守るべきものがあるのだから。 生きたい。生き延びて確かめたい。大切な者たちの安否を…。 「大丈夫…ですか?」 すぐそばで声がした。 やわらかい光と共に意識がはっきりとしてくる。 霞む目ははっきりと焦点を結び、動かなかった体が少し動くようになる。 視線を動かすと私のすぐそばに一人の女性がいた。 ぼろぼろの法衣は血にまみれ、彼女自身も傷ついている。 薄汚れてはいるが美しく、かすかに甘い香りがした。 彼女の息は荒く、相当疲労しているのだろうことは想像に難くない。 治癒魔法が徐々に弱くなってゆく。 「ハァ、ハァ…。今は、これが…限界のよう、です。申し訳ございません…。」 倒れそうになる体を手で支えながら、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。 彼女の前髪を伝って汗がこぼれ落ちる。 「………か…ンしゃ…する。」 私はかすれた声をなんとか搾り出し、それだけを伝える。 彼女は安心したように笑顔を浮かべた。 あれから何年の時が過ぎただろう…。 半死半生の私は、彼女の世話になるより他になかった。 たまたま近くにあった山小屋に留まり、毎日彼女の治療を受けている。 彼女の魔法力も徐々に回復し、治癒魔法の効果も上がってきた。 彼女は献身的に私を助けてくれた。過剰ともいえるほどに。 何故ここまで親身になってくれるのかを一度問うてみたところ 「貴方が、生き延びたいと望んでいるから。」 と返してくれた。 さらに時は過ぎ、私はとうとう歩けるまでに回復した。 小屋の周囲を歩きまわり、十分に体が癒えたことを実感する。 小屋に帰ると、彼女は旅支度を整えて待っていた。 「………何故?」 「貴方がそう望んでいたから。」 「…すまない。」 彼女には心を読む術でもあるのだろうか? 私は彼女と共に小屋を後にした。 久しぶりに訪れた街は活気に溢れていた。 人々の喧騒に思わず目頭が熱くなる。 ああ…、帰ってきたのだ。 「活気があるところはいいですね。生き返るような気がします。」 彼女はきょろきょろと辺りを見回している。まるで子供のようだ。 長いあいだ共同生活を余儀なくされていたが、こんな彼女を見るのは初めてだ。 周囲の商店からは甘い花の香りがかすかに漂ってくる。 私は花屋に立ち寄ると、店頭に飾られている花を三本購入した。 そのうち一本を彼女へと差し出す。 「………。」 「これは?」 「…感謝の印。」 あの日、彼女に助けられなければ、私は二度とこの地を踏むことはなかっただろう。 彼女には感謝しても仕切れないほどだ。 これは口下手で女性の扱いなどよくわからない私の、精一杯の感謝の表現だった。 「残りの二つは誰に渡すのですか?」 「妻と…娘に。」 そこには何も無かった。 それは予想されていたことだ。 戦に行ったまま何年も帰ってこない、帰ってくるかわからない人を待てないことを誰が責められようか。 「………。」 何年分かのホコリが積もった空き家を見回し、私は踵を返した。 空き家から出てきた私に、彼女はいつものように問う。 「会えませんでしたか?」 「………ん。」 「会いたいですか?」 「………ん。」 私は空き家を後に、城へと向かった。 既に死亡扱いかもしれないが、仕事は最後まで終わらせなければならない。 私の帰還に城内は沸いた。 あの戦から無事に帰ってきた騎士団員から詳細を聞くと、魔王は勇者に討伐されたという。 勇者は単身、魔物の群れを引き裂いて走って行ったらしい。 ひょっとして私に襲い掛かってきたあの男が勇者だったのだろうか? あの男は勇者というよりまるで狂戦士のような、遊びまわる子供のような…。 そうこうしているうちに王への謁見の許可が下りた。 王の前に跪き、事実のみを淡々と報告する。 ありがたいことに、国を守れなかった私に王は労いの言葉をかけてくださった。 よく帰ってきてくれた、と。これからもこの国を守って欲しい、と。 「ところで…そなたの後ろに控えている女。それがそなたの命の恩人ということじゃな?」 「…はい。」 「礼を言わねばならんな。面を上げよ。…名はなんと申すか?」 女性は顔を上げ、いつもの穏やかな微笑を浮かべている。 ただ、何かが違った。数年間見てきた天使のごとき女性とは、何かが…。 「私は、ただ仕えるもの。名など必要ございません。」 甘い香りが周囲を包む。 その香りが私の記憶を刺激した。 「ただ、こう呼ばれています。」 徐々に意識が遠くなる。 ああ、ここに至ってようやく私は自分の愚かさに気がついた。 「エリシオン…」 甘い香り。 …。 「『偽りの楽園』アンジエラと。」 私は立っている。 門の前に立っている。 何故ならそれが私の使命だからだ。 この楽園に仇なす者を討ち果たす。 それが私の望みだからだ。 守りたいものがある。 守りたい人がいる。 ならば…。 何があろうと立ち続けよう。 誰であろうと刃を振るおう。 それが『英雄』の証だから。 眼前に一人の少女が飛び出してきた。 私は右手を腰のシミターに、左手を肩口のダガーに添えた。 何者であろうとこのヒンメルを脅かす者は、私が討つ! 「………ヒンメル騎士団、メイン=フルレギュラー…参る。」