2.少女が求めるもの  それは衝撃と共に現れた。  城を揺らし、その頭で壁を突き破ったのだ。 「――空に落ちる命」  そして石組みがガラガラと音を立てて落ちて行く中に高らかな笑い声が混じった。 「はーっはっはっは!」  こんな大騒ぎと共に現れるのはあの男しかいない。  その場にいる彼を知る全員が思った。 「見ろハイド君! これが神々の住んでいた城だ! こんな場所には滅多に来れないから しっかりと目に焼き付けておいた方がいい。さぁ、こんな上空にいる酔狂な魔物はどこに いる!」  子供のような目を輝かせながら魔物生態学者、ハロウド=グドバイは空に落ちる命の頭 の上であたりをきょろきょろと見回した。 「なんだ、魔物なんかいない割りに知った顔はいるじゃないか。こんなとこまで来て皇七 郎君やアーキィ君の顔を拝むとは全くついていない。なんだね、君らは私の追っかけかな んかかい。魔物が追っかけてくるなら大歓迎だが、君らに追っかけられるなんてぞっとし ないね。そうそう、見て分かる通り私は空に落ちる命の背中に乗せてもらったんだ。いい だろう! 彼の背の上は全くもって不可思議だ。一つの小さな大地を作り上げている。揺 れることと少々風が強いことを除けばこの上で生活することも出来るだろうね。そこで私 が考えたのが――」  よく通る声でハロウドは喋り続ける。それを皇七郎とアーキィの二人はうんざりした顔 をしつつも、空に落ちる命の上にいる彼を羨ましそうに見つめていた。 「今回ばかりは実地調査した私に分があるようだね。机の上にかじりついていちゃ分から ないことも沢山あるさ!」  最後にそう締めくくった。  その後で、大層変な顔をした。鳩が豆鉄砲食らったような、そんな顔である。 「……ティル君。彼が君の探していた少年じゃないのかな」  その声は謁見の間に響く。  ハロウドの話を適当に聞いていたハイド=ガーベラはその一言で顔を上げ、ティルは指 差した先を見る。そこにはグレイシアがいた。 「グレイシア!」 「ティ……ティル!? 何でここに!」  困惑の表情を浮かべながら少女の愛称をグレイシアが呼び返すと、ティルは嬉しそうに 笑い、空に落ちる命から降りようとした。 「おい、あぶねぇぞ」  足元が覚束ないでよろけるティルをハイドは抱きかかえて空に落ちる命から降りた。ハ ロウドもそれに続く。 「ほれ、行って来い」  ハイドはティルを腕の中から下ろし、少し躊躇っている彼女の背中を押した。ティルは 振り向いて少しだけ笑った後でグレイシアに向かって一直線に走って行った。 「ハロウドさん、いくらなんでも非常識すぎると思うんですけどね」  いつの間にかティルの後姿を見ている二人の隣に皇七郎が立っていた。 「空に落ちる命で突っ込んでくるなんて一体何考えてるんですか。重要なものが壊れたら 取り返しがつかないし、何より彼が――」 「うわっ! 皇七郎博士だ! ハロウドさん、この方が皇七郎博士で合ってますよね!」  皇七郎の話をハイドは興奮した声で遮った。 「そうともさ。これが高名な神学者にして魔物生態事典を作った男が一人、夢里皇七郎。 ついでに言えば私の親友だ」  ハロウドは嬉しそうな顔でそう語った。それに皇七郎は知人だよ。とやけに知人という 部分を強調した訂正をした後で、 「この失礼極まりないバカはバカのなんなんですか」  ハイドを見返しながらそう言った。  無論、前者のバカは皇七郎を色んな角度から眺めながら「ちっちぇー」とか「エルフの 耳なげー」とか「女みてーだ」とか言っているハイドに向けられたものであり、後者のバ カはハイドを連れたハロウドに対して向けられたものである。 「勿論私の友人だよ。君らと違って交友関係は広いからね」  ハロウドは屈託無く笑った。そこに遅れてアーキィ、ガトーが。次にディライト、アキ コ、ゆかっちがハロウド達の許に辿り着いた。 「わー! ハロウドさんなのです! は、始めまして。私はディライト=モーニングと申 す者なのです。愉快な仲間たちの大ファンなのです!」 「どうもお久しぶりですハロウドさん。お元気でしたか」 「元気だとも。先の調査ではお世話になったね。先生はまだ生きているのかな」 「なんだハロウド君。きみはこのゆかっちと知り合いなのか」 「私も初耳なのです」 「うお、アーキィ伯爵まで! 二人ともサイン下さい」 「なんだいハイド君。私には頼まなかった癖にこの二人には頼むのか」 「ハロウドさんのサインなんか誰ももらいたがりませんよ」 「その通りだ。私だったらサインもらう時間があるなら昼寝でもしてた方がいいと思うね」 「君らは本当にハロウドに対して容赦が無いんだな」 「ガ、ガ、ガトー所長! なんだなんだ、今日はなんのお祭りだ! 引きこもって研究所 から出ないで有名なガトー所長までいるなんて。魔導目録も愛読書です。サインいいです か?」 「勿論だとも」 「ていうか、ガトーさんなんでここいんのよ。皇国はどうした」 「ハッハッハ、それについては聞かないでおいていただこう! それになんでここにいる のか、というのは私の言葉でもあるんだけどね。子供たちはどうしたんだい」 「留守番ですよ。出来ない歳でもないですし」 「あれ、アキコいつの間に結婚なんかしたんだい」 「ちょっと色々事情があるんですよ……。それはそうと博士こないだの魔法式随分お世話 になりました」 「そりゃよかった。ついでにアキオ先生にも宜しく」 「あのー……ハロウドさん。サインもらってもいいですか?」 「おい、二人とも! この子が私のサインもらいたがってくれてるぞ!」 「奇特な子もいたもんだな」 「ですね……」  天空城という異様な遺跡で顔見知りに出会ったからだろうか。全員の緊張感が弛緩して しまった。と言ってもほとんどの学者は神経を張り続けていたがいつもよりも緩んでし まったのはたしかである。そしてその緩みに対して起きたのは振動。  先ほどとハロウドたちが壁を突き破って入ってきた時とは別種の、まるで城自体が揺れ ているかのような縦の振動が起きた。  それと同時に全員が身構えた時、高い笑い声が室内に響いた。赤い絨毯の先、天空城の 玉座を全員が見る。  そこには、グレイシアと、一人の女と、ティルと――黒いローブの男がいた。                ■ ■ ■ ■ ■          ハイドに背を押されてティルはグレイシアに向かって走った。  ずっと会いたかった相手。彼は急に彼女の前から姿を消した。  彼女は彼を探し続けた。  殺されそうになったことも少なくない。  それでも、自衛の手段を持たない彼女が逃げ延びることが出来たのは、彼に会いたいと いう思いそれだけだった。一歩グレイシアに近付くごとにティルの鼓動は早くなる。  走っているからだけではない。彼女は興奮しているのだ。 「ティル!」  グレイシアが叫び、玉座の隣からティルに向かって走り出す。  二人の距離は次第に縮まり、そしてゼロになる。 「シア、会いたかった……」  抱きついてきたティルをグレイシアは強く抱き締め返した。 「俺もだ」  ティルはその言葉を聞いてぎゅっとグレイシアの肩口に顔を押し付けた。グレイシアの 肩が段々と湿っていく。 「ティル……」  泣いているのかい、と言って顔を覗こうとすると首に回した手で後頭部を叩かれた。 「いてっ」 「泣き顔を覗くような騎士にした覚えはありません」  そう言ったティルの瞳には涙が浮かんでいたが、笑っていた。それだけでグレイシアは 安心してしまったのだ。  そして、同一の疑問が二人に生まれる。  ――どうして急にいなくなったんだろうか。  それを二人がまさに口にしようとした時、ぱちぱちと乾いた拍手がなった。 「感動の再会ご苦労様でした」  声は玉座の方から聞こえた。  しかしそれはこの城の主の声ではなかった。 「そして同時に二人には同じ疑問が浮かんでいることでしょう」  いつの頃からか玉座の隣にいた黒いローブを着たにやにや笑いの魔導師は、表情とは反 対の、感情の伴っていない声でそう言った。その後で玉座に座る天空城の主である、天空 人の姫にお伺いを立てるようにぼそぼそと呟き、その姫が頷くのを確認して二人に向き 直った。 「姫は説明するのが難しい。と申しております。なので僭越ながら姫の代わりに僕が貴方 がたの疑問にお答えしましょう」  にや  にや  にや  にや  魔導師は嫌らしい笑いを浮かべながら言った。 「簡単な話ですよ。貴女を貴方から離したのは僕。そして君をここに連れてきたのも僕。 これだけの解説で分かるでしょう」  魔導師の言葉を聞いて、ティルはグレイシアがいなくなった時のことを思い出す。  あの朝、グレイシアはティルに森に薪を取ってくるように言った。  そして帰ってきたら彼はいなくなっていた。  男の言葉を聞いて、グレイシアはティルがいなくなった時のことを思い出す。  あの朝、グレイシアが珍しく寝坊するとティルはすでにいなかった。  そして天空人が現れたのだ。  つまりは、そういう事だった。  それを理解したあとで、ティルは魔導師を睨みつける。  すると、魔導師は先ほどまでの薄ら笑いは何処に行ったのだろうか、神妙な顔をして 訥々と語り出した。 「姫の願いは一つ。貴女をここに呼び寄せたかっただけなのです。唯一地上に残った天空 人の貴女を。しかし、貴女は天空城から逃げ出した者達の末裔だ。一筋縄では戻ってこよ うとはしないだろう。そう考えた姫は貴女の大事な人をここに連れてくることを思いつき ました。それもこれも全ては同胞を助けたいという思いから。ただそれだけなのです。こ んなことをした僕が言うのは信用なら無いかも知れません。でも、姫のこの気持ちだけは わかって欲しいのです」  魔導師の頬に一筋の涙が流れた。それでもティルは魔導師を睨むのを止めない。それに 気付き、魔導師は何かを言おうと口を開いて――制止された。  先ほどから微動だにしなかった姫が手で魔導師が言葉を発するのを止めたのだ。 「……」  結局、魔導師は開いた口から何を発するでもなく、バツが悪そうにまた閉じたのだった。 「ティルメール=ウル=ライアス。真石の姫よ」  姫――白のドレスを身に纏い、王冠を戴いた女性――がゆっくりと、澄んだ声で話し始 める。 「私は、貴女に会いたかった」  ティルにそっくりの――それでいてどこか暗いその顔はティルの目に薄気味悪く映った。 「昔話から始めましょう。この天空城がどのようにして生まれたのか。そして何故我々天 空人は存在するのかを。語り手は私、フォルテシア=ウル=ライアス。貴女と同じ、真石 を核に持つ天空人です」  その時、グレイシアは初めてこの女性の瞳を見た。虚ろな何も見えていない瞳だった。 「これらは全て私が無限書庫の蔵書から手に入れた知識であって、真偽は定かでない事を 言っておかなければなりません。私がこの城の主となったのは、人の時間で換算して約百 年ほど昔のことでした。真石の天空人として迎え入れられ、私はこの者たちの王であるこ とを自覚しました。そして、王であるのならせめて我らの歩んできた道のりを知らなくて はなりません」  そうですね、グレイシア。と作り物のような微笑しながらフォルテシアは言った。  それに頷くと、また続きを始める。 「無限書庫の書物によると、そもそも、この天空城は神々――と呼ばれる古代人の技能者 集団の手によって作られたそうです。彼らは凡夫の民と違い、人を超越した能力を持って おり魔道を極め、技術を研磨し、海や空を渡り、世界を狭め、そして世界へと近付きまし た。その技術力を利用してこの空飛ぶ城を作り、この城を拠点としてさらに上空を目指す ようになりました」  フォルテシアは天を仰ぐ。釣られてティルとグレイシアも見上げるが、其処にはただ天 井があるだけだった。彼女には何か別のものが見えているのだろうか。 「そして、彼らはそこに至ることが出来た。いや、書の記述を真似るのなら――至ってし まった、のです」  目線を二人に戻してフォルテシアは話を続ける。 「彼らは見てはいけないものを見たとその書物には書かれていました。さて、見てはいけ ないものが何かは私には知る由もありません。神々と呼ばれた彼らが本当の神を見てし まったのかもしれませんね」  くすくすと哂った彼女はどこもおかしそうではなかった。 「それから、彼らは遥か天上を目指すのを止めてしまい、この城を放棄したのです。そし て彼らは凡夫の民に混じったと記されています」 「それで、天空人は」  ティルがそう尋ねると、フォルテシアは不思議な目で彼女を見ていた。 「我々天空人はその者たちによって作られた存在です。彼らがこの城にいた当時は彼らの 身の回りの世話をしたり、天空人の持つ魔力を持つ石――飛行石を実験に使用していたそ うです。そして、城を放棄するのと共に天空人も放棄されたのです。放棄と言うと聞こえ は良くないですが、実際は自由を与えられたと考えてよいでしょう。さて、自由を与えら れると困ったことが出てきました。それが――」  時間の使い方であろう。  それまで誰かに仕える生活をしていた天空人は唐突に与えられた時間を持て余してし まったに違いない。そうグレイシアが言うと、その通りですとフォルテシアは返した。 「当時の天空人は大層悩んだそうです。与えられた時間をどのように過ごそうかと。そう して悩んだ結果、彼らはその古代人の行動を真似し始め、農耕、牧畜なども古代人がいた 時と同じように再開しました。そのうち、生存の為に栄養摂取を必要としない我々の間で も料理は嗜好品としての地位を築き、人と同じく食事を取るようになりました。その頃、 ほとんど天空人たちは自らが天空人ということを忘れるほどに――人でした」  そう言った瞬間、魔導師がぴくりと動いた――ようにグレイシアには見えた。 「しかし、その中でもやはり人として生きられず、天空人として誰かに仕えなければ生き ていけない、といった者たちが現れました」 「それが――」  ――私たち。  ティルは感慨深げにそう呟いた。 「そうです。まぁ、中には下に降りてからここに戻りたいと願った者もいるようですがね」  そう言ってフォルテシアは目線を動かし、城内に頭を突っ込んだままの空に落ちる命を 眺めた。 「さて、ここからが本題となります。彼ら下に降りようとした天空人は一つの大罪を犯し ました。罪を犯すことでここから追放され、下に降りようと考えたのですね」  愚かしいことです。と言い、溜め息を吐いた。 「その罪というのは?」 「彼らはこの天空城の要である真石の飛行石――双子石の片割れを盗んだのです。この玉 座に安置され、常にこの城を浮かべ、世界から隠匿する為に必要な真石を」 「真石の姫とは――」  戸惑いながらグレイシアはティルとフォルテシアを交互に見る。 「私と――」 「――私」  ティルとフォルテシアが似ているのは、双子であるからだった。 「ティルメール。愛しい私の妹……」 「お姉ちゃん……?」  ふらふらとフォルテシアに近付いてゆくティル。  フォルテシアも玉座から立ち、ティルを迎える。グレイシアは嫌な予感がした。  噛み合っている様で何かが噛み合っていなかった。  しかし、彼女が生まれて初めて見た同類――しかも姉との出会いを邪魔できるほど彼は 根性がなかった。 「お姉ちゃん……」  ティルはフォルテシアに抱きついた。フォルテシアもティルの後ろに腕を回した。  視界の端で、黒いものが動いた。グレイシアがそちらを見ると、ゆったりとした足取り で、にやにや笑いの魔導師が二人に近付いていく。  汗が噴出したのが分かった。  何故かなんて理由は分からなかった。ただグレイシアは直感で魔導師をあの二人に近づ けてはいけない、ということだけは理解した。  魔導師に向かって走り出すグレイシア。  二人に向かって走る間、あの魔導師を除いて全てがゆっくり動いているように感じた。  魔導師は以前ゆっくりと二人に近付き続ける。それなのにグレイシアはその場から全く 動けていないような感じがして――実際、魔導師の魔法によってグレイシアは動きを遅く させられていたのだが――もどかしく思う。  グレイシアが二人に辿り着かぬ内に魔導師はティルの後ろに立つ。  ――やばい。  どこから取り出したのか、剣を持っている。  ――やめろ。  それをティルに突きつけた。  ――やめてくれ。  魔導師はそのまま彼女の身体にねじ込み、フォルテシアごと貫いた。 「――え?」  ティルの声が小さく漏れ、 「フ、フフフ……、アハハハハハハハ!」  フォルテシアが甲高い声で笑い、天空城が鳴動した。 「刺しましたか? 刺しましたね! これで、これで我らが天空人は蘇る! 二つに分か たれた力をようやく元に戻すことができる! あぁ、あなたに感謝します」  何を言っているのか、グレイシアには理解できなかった。 「さぁ、力を統合するのです。わが騎士――トイ=ヘスよ」  最凶の魔導師は依然にやにやと笑っていた。                ■ ■ ■ ■ ■         「始まったかな」 「始まったようだな」 「大丈夫かな」 「大丈夫では……無いだろうな」 「どうしましょうか」 「どうもしない。我らは与えられた役目を果たすだけだ」 「怒られるのはやだもんねー」 「そうですか。そうですよね」 「死ぬならそれまでだろう」 「死なすのは惜しい気もするけどね」 「死んで欲しくないという願いは?」 「却下だ」 「はっきり言うねー」 「死ぬタマではないのは我も分かっているが、死なさないようにするのはダメだ」 「むー」 「まぁ、そのときが来るまで大人しくしてようよ」 「うむ、どうせすぐ終わる」                ■ ■ ■ ■ ■          硬直している男と、抱き合っている二人の女と、二人の女を眺めているだけの黒いロー ブを着た男。  笑い声を聞いた学者たちはその光景を見て、すぐに何が起きているのかを理解できな かった。  笑い声に続いて女性の声が聞こえるが何を言っているのか分からなかった。  まず一番に動いたのはハロウドだった。  彼は玉座に向かって一直線に駆け出し、それに残りの学者も続いた。  揺れ続ける天空城。  不安定な足場をものともせず進んでいく実地派とよろけつつ走るデスク派。  実地派の代表格でもあるハロウドが玉座に辿り着いた時、ローブの男は振り向いた。  ハロウドはその顔を知っていた。 「ヘイ=スト君か」  数ヶ月ほど前の南海で起きた事件で二人はちょっとした顔見知りになっていた。 「いえいえ、他人の空似でしょう。私は二十四時の魔法使いが一、黒夜球の十二時トイ= ヘスですよ」  にやにやと笑いながら答える。 「何をしようとしている」 「何も」 「何を起そうとしている」 「何も」 「何を考えている」 「何も」  ハロウドの問いに答えるつもりは全く無いらしい。  そこに一人、二人と学者が追いついてくる。 「すでに開幕ベルは鳴り響き、今序説が終わりました。貴方たちを本編へとお連れいたし ましょう」  そう言ってティルとフォルテシアに刺さった剣の柄に手をつけた。 『――集え』  その言葉を理解できたのはティルとフォルテシアと皇七郎だけだった。  剣が生き物のように蠢いて――熔けた。 「さぁ、ティルメールよ。一つになるのです」  剣で開けられたフォルテシアの腹部の穴が大きく膨らみ、ティルを包み込んでゆく。  ぐにぐにとフォルテシアの身体が蠢いて肥大化し、それは人の形をやめた。  虫のような形になったそれの中心には衣服を失い虚ろな目をしたティルがいた。  その時、何かの呪縛が解けたかのようにグレイシアが叫んだ。 「ティルーッ!!」  しかしそれは彼女に届くことはなく、ただ醜く低い声で―― 「ご苦労だったグレイシア。下がりなさい」  それだけ言った。 「ということなので貴方は用済みです。今までご苦労様でした」  魔導師――トイ=ヘスは嘲る様に笑う。 「では――ごきげんよう」  トイ=ヘスが手をグレイシアに向けると光の玉がその周囲に円を描き、彼をどこかに消 してしまった。 「貴方たちもですよ」  次にその手を学者たちに向け、ハロウド、次にハイド、アーキィ、皇七郎と消してゆく。 皇七郎が消えた瞬間に丁度その場に着いたディライト、ゆかっちもすぐに消された。 「これで終わり……じゃないみたいですね」  最後に誰もいなくなった玉座に向かって二人が来るのを確認しそちらに手を向ける。 「えっ、これ何!?」  状況が掴めないままアキコも消された。 「……」  最後に残ったガトーに手を向けた瞬間―― 「てめぇ、生きてやがったのか!」  ガトーは叫んだ。  トイ=ヘスは彼が何を言っているか分からなかった。分からないフリをした。 「さようなら」  今までの学者たちと同じようにガトーを消した。 「姫、新たな身体はいかがでしょうか」  誰もいなくなった玉座の前でお伺いを立てるようにフォルテシアともティルともつかぬ それに尋ねる。 「力がみなぎるようだ。しかし、まだ身体の使い方が分からぬから、慣れるのに時間がか かりそうではある」  そうですか、それはよかったと答え、胸を撫で下ろす真似をする。 「しかし、トイ=ヘスよ。奴らは未だ城内にいるようであるが――」  一際低い声でトイ=ヘスにそれは問う。 「分かたれた二つの力が戻ることで結界の強さが増し、私の力では外に放り出すことが出 来ませんでした。姫が力を制御できるようになればすぐにでも外に――」 「そうか、そういうものなのか」  勿論――嘘である。  トイ=ヘスの力を持ってすれば彼らを結界の外に出すことなど造作も無い。だが、それ をしてはいけないのだ。  それでは、彼の暇は潰せないのだから。                ■ ■ ■ ■ ■         「いちち……」  俺は瓦礫に突っ込んだ頭を引き抜いた。  辺りには誰もおらず、見上げると夜空がある。  ここは――街だ。  家が沢山あり、シャワシャワと音がする。噴水でもあるのだろうか。 「おーい、誰かいねーのか」  大声を出してみるが誰かの声が返ってくる事はおろか、物音一つしなかった。 「おーい!」  先ほどよりも大きい声で叫ぶ。すると、声が反響した。  ――声が反響?  俺は首をひねる。街だったら声が反響するはずが無い。ということはここは四方を壁に 囲まれている、ということだろうか。  そこまで考えて、先ほどと空気が変わっていないことに気付き、ここが未だ天空城であ ることを知った。 「おいおいおい、なんだよこりゃ。城に街が一個丸々入ってるって言うのか」  少しの混乱のあと、天空城の中に街が入っているという情報を脇に置いた。今はそれほ ど重要な問題では無い。混乱する頭を整理してようやく、俺は辿り着くべき疑問にた辿り 着いた。  その疑問とは―― 「あの野郎、何のつもりだって言うんだ」  天空城から追い出せばいいというのに、あの魔導師はそれをしなかった。  その一点に尽きる。  おそらく俺らの役割はあの姫さんをここに連れてくることだろう。その役割を果たした 今となっては俺らは必要ない。  カラリと背後で音がした。 「……そうか、そう言うことか」  最後に一つ役割があることを思い出した。 「俺は――お前と決着をつけなきゃならんかったよな」  振り向くとそこには金髪に赤い瞳、機巧式の腕をつけた男――阿修羅崎眼九郎がいた。 「いよう」  眼九郎は片手を挙げて挨拶する。 「こんな世界に来たからには、たのしまねぇとな」 「どういうことだ」 「俺の話なんてどうでもいいんだよ。それよりも今度は――」  ――逃げんなよ。  そう言って眼九郎は笑った。                              ■少女が求めるもの(終)