■ 亜人傭兵団奮闘記 番外 ■ -----------------------------------------------------------------------------------------  『魔王』が闇と炎の地から穢れたる魂たちを率い  この地に姿を現すよりも更に前  この地が『バール』という古の言葉で呼ばれていた時  あの<滅び>の詩に詠われる神代の時  かつて、人間と同じように肉体を持ち  同じ大地を踏みしめ同じ空を仰いでいた一つの種族があった  彼らは森の賢人エルフとも土の民ドワーフとも、神々の直系たる  あの巨人達とも似つかぬ姿かたちをそなえた異形の者達であった  また彼らは精霊の眷属たる数多の妖精たちとも違って  はっきりと肉体をそなえた一つのいきものであった  彼らがいかにしてこの地に現れたのかを知るものはいない  ただ一つ確かなのは、人間達の崇めるあの美しき龍たちとは異なった  『始祖の魔』という神を崇めていた事である  バールの地にやってきた人間達が最初に作り上げた  絢爛にして壮大な黄金の都、サルナスの人々はこの奇怪な隣人を恐れた  谷間を抜ける風のように低く響く彼らの声も  獣とも人ともつかぬその顔立ちも  彼らの全てが人間達のこころを不安にさせた  そして<滅び>の詩にあるように  彼らは異形の都エルダーから追われ、一人残らず皆殺しにされてしまった   *   *   *   *   *  死を向かえた異形の者達は、あることに気づいた  肉体を失って尚彼らの力は一片たりとも失われていなかったことを  そしてそのおぞましい体から抜け出したその時  彼らは彼らが崇める『始祖の魔』と同じ姿かたちになっていたのだ  禍々しくも美しい姿に変わった彼らのこころは生まれたての赤子のように  無垢で、すがすがしいものであった  彼らは彼らの住むバールの地を人間達に譲り渡そうと考えた  そして彼ら自身は、誰にも知られぬ新たな地を探して旅に出ようとしたのだ  やがて日が沈み、夜がやってきた  体を貫く光の無い闇は彼らにとって非常に心地よく  これこそが彼らの安住の地に欠かせぬものだと考えた  彼らがしばらく体を横たえていると、そこに一つの大きな影が這いよってきた  それはバールの地を流れる大河を覆い尽くすような長さで、三つの口と  六つの眼を持っていた  その口が吐き出す息は、屍体の燃え滓のように焦げ臭いもので  その眼が発する光は妖しくこころを揺らめかせた  名を問われるとその影は『混沌』『争乱』『悪』と名乗った  影は彼らに、成すべきことを成せ、と言った  彼らは、成すべき事とは何か、と聞いた  影は硬い鱗を捻じ曲げておぞましい笑みを浮かべた  『混沌』は、復讐を忘れるな、と言った  『争乱』は、人間の声を真似て、あらゆる悪口雑言を彼らに吐いた  『悪』は、人間の命を奪うあらゆる方法を、彼らに伝えた  いつの間にか彼らの無垢な心は夜よりも昏く染まった  安住の地を探すという目的に代わって、一つの使命が彼らのこころに刻まれた  これを成さぬ限りはなにごとも彼らのこころを満たす事は出来ぬと  誰が言うとでもなくその言葉が彼らの口をついて出る  『殺せ、殺せ、殺せ』  大きな影はこの上なく満足そうに三つの口をゆがめるとどこへともなく消えてしまった  彼らはまずサルナスの都を滅ぼした  サルナスの人々の剣は姿の見えぬ彼らを捕らえる事はできなかった  偉大なるホモ=ペドは彼らの来襲を告げる前に狂死し  古の王スロウ=ストはその剣を振るう前に殺された  偉大なる指導者を失ったサルナスは混乱を極め  やがて燃え落ちた  オルレアンヌやティトーといった都市が燃え落ちるのは  それよりももっと早かった  バールの地から一人も人間がいなくなったのを見て彼らは大いに満足した  そして血と灰で汚れた大地にはもう何の興味も湧かなくなっていた  その時、サルナスの都の上を未だ黒く染めていた煙が、大きな門となって口を開いた  その先には夜よりも黒い闇と、燃え盛る業火が渦巻いていた  彼らは変わり果てたバールの地を捨てそこを安住の地とすることにした   *   *   *   *   *  バールの地に起こった惨劇から、数え切れないほどの月日が流れた  彼らは闇と炎の地をいたく気に入り、そこに王国を作り上げた  そこでは人間の殲滅に力を貸し、彼らをこの地に導いたあの不浄なる影レギナブラーフ  そして、その眷属たち、カリギュラ、ヴァレンタイン、クリオライ、ジェノザイン、ロンゲーナ、フラーエルが  神として崇められていた    彼らは自分達を悪の化身、『悪魔』と呼び、その長を『魔王』と呼んだ  魔王は不浄なる影とその眷属たちが現す二十二の悪徳をそなえた  絶大なる力と汚れきったこころをもった者であった  ある日魔王は神と崇めるレギナブラーフの託宣を聞いた  それは『バールの地を見よ』というものだった  あまりに長い時が経ってしまったゆえに、彼は『バールの地』ということばが  何を意味するのか理解できなかった  彼は腹心たる四人の悪魔を呼び集めて首をはね、その体を  五十六の欠片に分けるとそれを業火にくべ、レギナブラーフへの捧げものとした  そのたゆたう煙の中にひどく眩しい光が見えた  光の先には彼が生れ落ちてから一度も見たことの無いさまざまな色が広がっていた  そこは悪魔達が遠い昔に見捨てたバールの地であった  灰と化したはずのバールの地にはどこから湧き出たのか、古のサルナスの都にいたよりも  多くの人間達があふれ、灰まみれの荒地は豊かな緑をたたえた草原に変わっていた  魔王はその光景を見た自らのこころに並ならぬ憎悪が浮かぶのを感じた  悪魔という種族に刻み込まれた人間への悪意が彼を動かした  彼は自らの領地を駆け回り集められる限りの生贄を集めた  それは例えば夫を迎える女であり、妻を娶る男であり、生まれたばかりの赤子であった  彼は筆舌尽くしがたい責め苦をもって、この希望に満ちた同胞達を殺し、その亡骸を  業火にくべた  その亡骸だけで炎の山が出来るほどだった    勢いを増す煙の中に人間達の蔓延る世界が大きく映し出される  魔王はそれを見て轟くように歯軋りをすると、悲しみに暮れる彼の民に向きなおり、告げた    『この先に棲む愚かしい生き物、人間どもの魂を供物とすることによって、犠牲になった者共は   再び生を得る事だろう。殺せ、殺せ、殺せ。』  『人間』ということばを聞いたことの無い悪魔達は大いに戸惑ったが、しかし  魔王と同じく彼らの血に刻み込まれた悪意は彼らに拳を振り上げさせた  『殺せ!殺せ!殺せ!』  こうして魔王を先頭に悪魔達はその闇と炎に満ちた世界を離れ  人間達の世界へと歩みを進めたのだった   *   *   *   *   *  人間達は彼らの崇める美しき光の二つ名をとって、自分達を『暁の戦士』と呼んだ  悪魔達は彼らの崇める不浄なる影の二つ名をとって、自分達を『黄昏の戦士』と呼んだ  戦いは凄惨きわまるものだった  栄華を極めたいくつもの人間の都市は灰燼に帰した  悪魔達もまた人間達が新たに身につけた『魔法』という武器によって  次々と死んでいった  その戦いと時を同じくして、闇と炎の世界で充分に力をつけたレギナブラーフは  宿敵たるトランギドールといつ終わるとも知れぬ決闘を繰り広げていた  それは天を覆う黒雲とそれを裂くかのように走るいかづちとして  人間の眼にも悪魔の眼にも見ることが出来た  世界は昼も夜も無い、灰色となった  人間達と魔王との戦いは、一人の『勇者』の手によって  人間達の勝利に終わった  魔王を打ち倒す為に天から遣わされたという英雄の剣は  肉体を持たぬ悪魔達を断ち切り、遂にその長である魔王  すらも滅ぼしたのだ。  呼応するように世界を覆っていた黒雲もまた、たちまちにして晴れた  それはつまり不浄なる影レギナブラーフが敗れた事を意味していた  不浄なる影と、魔王が斃れた事によって、闇と炎の世界は誰にも手の届かぬものとなった  行き場を失った悪魔達はその穢れたる魂を肉体の檻に閉じ込める他無くなった  その中で地を這う獣たちの体を新たな肉体とした者たちがいた  これは新たな種類の亜人達のはじまりとなった  彼らは霊性を失う代わりに人間をしのぐ怪力や俊敏さを得た  また、敵であった人間達に興味を示したものたちもいた  彼らは人間の女に宿った新たな命、つまり赤子を新たな肉体とした  忌み子として命を絶たれたものも少なくはなかったが  それでもいくらかは逃げおおせて、人間達に並ぶ新たな種族として結束していった  これが魔人のはじまりとなった   *   *   *   *   *      偉大にして一なる長『魔王』と、崇めるべき不浄なる影レギナブラーフを失った悪魔達は  闇と炎の地に戻る事はできなくなった  だが、彼の地は失われたわけではない    今も彼の地では、夜よりも昏き闇と燃え盛る業火が昔と変わらず渦巻いているのだろう  新たなる主人を待ちながら                                    ヘロ=ドトス  『魔人神話集』 より --------------------------------------------------------------------------- 参考 創世神話十七章神鳴りの化身と混沌 http://stinger.s57.xrea.com/000/58.txt 滅び http://stinger.s57.xrea.com/000/a23.txt     http://stinger.s57.xrea.com/000/a24.txt 魔物生態事典 「エルダーデーモン」 http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/642.html