異世界SDロボSS 「聖王騎、降臨」  世界の北西の海に浮かぶ島国があった。  その国は古くからの名門王家が統治し、伝統を重んじつつも科学技術の発展に積極的な国風を持ち、  専用の騎士型ロボを持つ王と12人の騎士で構成される円卓騎士団が国土を護っていた。  その名はスリギィランド、誇り高き騎士の国である。  …ところが、数年前より暗黒大陸と呼ばれる東方大陸で覇を唱える闇黒連合の軍勢が世界各地への侵攻を開始。  スリギィランドも例外ではなく、円卓騎士団の精鋭の奮戦によって  主要都市の陥落こそ免れていたものの、中小の街や村は甚大な被害を受けていた。  国王エドワーズ=ウィンザーノット=スリギィランドは剛勇英邁な王であったが、  身分を越えた熱愛の末に結ばれた庶民出の王妃が風邪をこじらせての肺炎で病死して以来、  ショックで急激に老け込み、最近は死の床にある状態であった。  そこに折り悪く闇黒連合の侵攻が開始され、王妃の病死や王の病は連合の謀略との風聞も流れたが、  それは毎日政務の合間に愛妻の部屋へ足繁く通っていた国王自身が『漫画じゃあるまいしw』と苦笑しつつ否定した。  さて、ここは王の寝室…。  国王エドワーズは、現在摂政を務める王女アゼイリア(アゼイリア=グロリアーナ=スリギィランド)から政戦の近況報告を受けていた。  父譲りの長い金髪に蒼く澄んだ瞳と母譲りの美貌を持つこの王女にエドワーズは惜しみない愛情を注ぎ、  彼女の幼い頃より王として為すべき政(まつりごと)の心得に、剣術や素手の護身術といった帝王学の基礎はもちろん、  民の使う一般的な工業ロボの基本的操縦やテーブルマナーに挙句の果てには歯磨きまでと、  教育係を差し置いて自ら厳しく教育するほどの子煩悩ぶりを発揮していた(さすがに性教育は泣いて嫌がられたので断念したが)。  その甲斐あってか、現在彼女は優秀な王族や家臣団の補佐も受けつつ、政務に関しては見事に王の代理を務めていた。  …しかし、戦場に出る事はエドワーズや彼女はまだ子供だと公言する王族のリチャード、多くの家臣の反対によって止められており、  日頃より軽率さを嫌うアゼイリアもその言を容れ、まだ戦争への参加は果たしていなかった。  そんな彼女がある戦場での被害報告について言及した時、透き通るような声が怒りに震えた。 「…この戦場での我が軍の損害は…ガードエアー100機です……!」 「何っ!? 我がスリギィランドの空の守り手ガードエアーが100機撃墜じゃと!  …して、敵の数はいかほどなのか」 「はい、当初は敵機40と数の上で我が軍が優勢でしたが、 たった一機の奮戦によって次第に劣勢となり、やがて壊滅したとの事です…」 「…悪名高き『紅の悪魔』か……」  事実、闇黒連合スリギィランド侵攻部隊のエース、トロリス・キューベルシュタインは  その真紅の機体と悪魔のような戦いぶりで、人々から「スカーレットデビル」と恐れられていた。 「王国各地の騎士達にさらに守りを固め、敵の疲労を待つように伝礼せよ。 相手は遠征軍、いずれ攻勢にほころびが…ゲホッ!! ゴホッ!!」 「お父様っ!!?」  自分に駆け寄り介抱してくれる愛娘の心配げな顔に、エドワーズは亡き王妃の面影を思い出していた。  そう言えば、彼女と初めて出会った日もお忍びで安酒をあおって酔い潰れていた自分をこうして介抱してくれたなと……。  そこへ、円卓騎士団の一人で王女のお守り役を務める小さき大公シルヴァルヴァリ=ベロ=ベルが  口をギザギザにした青ざめた顔で飛び込んできた。 「陛下っ! 王都が闇黒連合軍に包囲されました!!」 「何じゃと!!?」 「何ですって!!?」  異口同音に驚きの声を上げる二人にシルヴァルヴァリは驚きつつも咳払いの後、報告を続けた。 「…どうやら、王国各地に展開していた敵部隊は長期の陽動で、 我々の主力である円卓騎士団の分散を狙っていたのでしょう。 各地の円卓騎士を招集するにも、隣国スコトラッドやエリンランドの動静も気になりますし、 頼みの綱は、比較的近いバーミンガンにて闇黒連合軍と現在交戦中のリチャード様でしょうか……」 「うぬぬぬ…! のんきに寝てなどおられぬ……!! エクスカリバーを持てぃ!! 余が聖王騎キャリヴァーンで蹴散らしてくれようぞ!!!」 「お父様…そんなに興奮されては……。 シルヴァルヴァリ、王都に残っている円卓騎士全員を円卓の間に」 「御意!!」  …こうして、王都に残る円卓騎士全てが円卓の間に集結して軍議が始められた。  集まった面々は以下の通りである。  女癖が悪いものの、騎士としての実力は王族の二強エドワーズ、リチャードに次ぐランスロット・バン。  エメラルドグリーンに彩られた人馬型の機体、アロンダイナーを駆って敵陣を切り裂く姿は壮観である。  ランスロットの息子で、母親似の美貌と常識を持つガラハド・バン。  ただし、武勇は父親に匹敵し、月をイメージさせるかのような曲線を持つ白銀の機体バルガーハを駆る。  金髪狐目の優男トリスタン・フィックス(この時点では独身)。  狐の面をモチーフにしたフェイスを持つ狐色の機体ベルフィットで敵を幻惑し、無音の剣を叩き込む。  円卓騎士に加入したばかりの若き騎士、ロク=ヘンフォール。  古くよりスリギィランドとの関わりも深いマルゲン連邦産の炎の魔騎士ロボ、魔焔騎スルトと共に燃える。  そして、先ほどから登場している小大公シルヴァルヴァリ=ベロ=ベル。  蝶と蛾、冷静と情熱の間を行き交いつつもその実力は高い。  スリギィランドの誇る円卓騎士団のうち5騎がここに揃ったのである。  重々しく黙っていたエドワーズが重々しく口を開く。 「…皆の者、此度の一戦でのロンドム陥落はスリギィランドの滅亡に直結するであろう。 王国の騎士達よ!! 余と共に闇黒連合の軍勢を……」  そこまで言いかけて咳き込むエドワーズを見て、忠誠高き騎士達が一斉に奮い立った。 「ご病床の陛下のお手を煩わせるまでもありません!  男ランスロット・バン、ロンドムにいる淑女の貞操、命を賭けてお守りしましょうぞ!」 「私もバン家の男として死力を尽くしましょう!」 「せっかく円卓騎士団に入れたんだ! 闇黒連合なんて俺とスルトがみんな燃やしてやるぜ!!」 「このトリスタン=フィックス、喜んで陛下の剣となりましょう…」 「陛下、姫様…お二人はこのシルヴァルヴァリ=ベロ=ベルが闇黒連合の者どもに指一本触れさせません」  その頃、ロンドム郊外に駐屯していた闇黒連合の本陣では……。 「ふん…古ぼけたつまらん都市だ。 女もここに来るまでの街や村同様に期待できんなぁ…トロリスくんよ!」 「………………」 「ちっ、相変わらず面白みのない若造めが!!」  そう毒づき、双眼鏡をトロリスと呼ばれた青年に投げ渡す卑しい目をした肥満体の巨漢は  暗黒帝国所属の軍人で闇黒連合スリギィランド侵攻部隊の指揮官を務めるピザデモン=ヴデロテック。  本人同様見苦しいまでに肥満した悪魔を模した機体、グリードルで各地を蹂躙していたが、  一旦戦況が不利になると真っ先に逃げる小心者で、命がけで部下を守ろうとするトロリスへの人望が自然と高まるのを不満に思い、  何かにつけて彼に冷淡な態度を取り続けていた。 「兵士どもに飯を食わせておけ、正午にはロンドム攻撃を開始する…今回の任務内容を復唱せよ!」 「はっ! 未だに頑強な抵抗を続けるスリギィランドの民に恐怖を植え付けるべく、一切の投降を許さず王都ロンドムの徹底掃滅。 国民の心の拠り所となっている国王親子の殺害と、我々にとって危険な聖剣エクスカリバーの破壊であります!」 「うむ、説明的な台詞ご苦労! ふわぁ〜あ…時間になったら起こせ、それまで俺は寝とくぞ」  力任せで暴れる以外は無能な愚物でしかない上司を無言で見送り、トロリスはテキパキと部下への下知を始めた。  所変わって、ここはロンドム市内のとあるパブ。  闇黒連合の軍勢に王都が包囲された時点で自暴自棄になり、ヤケ酒をあおる市民でごった返していた。  その中に不穏な一団がいた、パンクファッションのゴロツキ達である。  中心にいるモヒカン頭の男、ジョー・キリングが頭の悪そうな顔を得意げにして仲間達に語りかける。 「いいかおまえら、スリギィランド一かしこい俺様にいい考えがある。この混乱に乗じてだな……」 「金目のものを略奪!!」 「おんな! オンナ!! 女!!!(ビクンビクン)」 「何をおっしゃるイナバさん!」  欲望を思うがままに吐き出す仲間達を制しつつ、ジョーはなおも語る。 「名のある騎士を闇討ちして闇黒連合への手土産にするんだよ! その手柄で街の一つぐらいはもらえるに違いねぇ……」 「なるほど! そうすりゃ闇黒連合をバックにつけて金も女もやりたい放題ってわけだ!」 「「「「ぎゃーっはっはっはっはっはっ!!!!」」」」  そして運命の正午…闇黒連合の軍勢は怒涛の勢いで王都ロンドムへなだれ込んだ。  陸はバンブギン、バクリシャス、ジャンクーダS型、空からはスカイーグルという部隊編成で、  トロリス専用デーモンナイトとピザデモンのグリードルが指揮を執っていた。  王と王女(一部の護衛)を城に残して出撃したスリギィランド軍は一般的な兵士ロボのスリギィッシュ・アーミーと  その上位機である王宮近衛歩兵連隊に配備されているロイヤルガードンが主であった。  そして王家の威信と民の生命を守る為、それぞれの持ち場で異形の軍勢に斬り込む5人の騎士と愛機達……。 「円卓騎士ランスロット・バン! いざ参らん!! 行くぞぉーっ!!!」 「同じく円卓騎士が一人、ガラハド・バン! いざ!!」  アロンダイナーが大包丁や斧などを手に襲いかかるバンブギンの群れを真一文字に串刺しにし、  バルガーハがそれを補うような曲線的な動きで黄金の剣を振るい、その死角をカバーする。  普段は水と油のような親子だが、戦場においてはその絆の強さを存分に見せた。 「う、うわぁーっ!!」  スリギィッシュ・アーミーがバクリシャスに捕食されんとした瞬間、  突如飛来した蛾を模した機体が熱く狂ったように乱舞し、バクリシャスを微塵切りにした。 「やれやれ…食虫植物が虫にやられてどうするんですか……」  歳相応の悪戯っぽい笑みを浮かべるシルヴァルヴァリ=ベロ=ベル。  ベルフィットの鈴の音で幻惑され、制御を失うジャンクーダS型を鋭い刺突の雨が襲う。 「…貴様らに容赦はしない……」  トリスタンの眼は、獲物を狩る狐となっていた。  逃げ惑う市民に空から襲いかかろうとするスカイーグル。 「おおおおらあ────っ!!!!!」  地獄のような業火が迫り来るスカイーグルの編隊を包み込み、跡形もなく蒸散させる。 「どうだ!! これが魔焔騎スルトの炎だぜ!!!」  それぞれが一騎当千の強さを誇る円卓の騎士達の強さに物陰でビビる一団…先ほどのジョー・キリングの一味である。 「あわわわ…あんな強い奴らに勝てっこねぇよぉ!」 「おいジョー! 言いだしっぺのてめぇが先行けや! ご自慢のモヒカーンがあんだろうがよ!」 「まだだ! もう少しあいつらが疲れるのを待ってだな……」  そこへジェントルハートに乗った紳士が通りかかり、彼らに声をかける。 「おや? 君達も闇黒連合に立ち向かう市民義勇軍かね?」 「寝ぼけてんじゃねぇぞオッサ…はぐうっ!?」 「はい! 実はそうなんですよ! やっぱりこういう時は助け合わなくちゃね〜」  速攻で都合の悪い仲間を殴り倒して黙らせたジョーの変わり身の早さに、他の仲間達はすっかり呆れていた。  …戦闘が始まってから数時間が経過した。  円卓騎士達の奮戦と市民義勇軍の参加により、闇黒連合軍は思わぬ苦戦を強いられていた。  しかし、いかに一騎当千の円卓騎士でも疲労の色が見え始めていた。 「…やはり、あの手しかないか……」  王宮の大広間でその報告を聞いた国王エドワーズはそう言うと、おもむろにエクスカリバーを鞘から抜き、床に突き立てた。  そして、戦装束に着替えて傍らに控えていた王女アゼイリアに毅然とした表情で振り向き、  病に倒れる前と何ら変わらない威厳に満ちた声で叫んだ。 「聞けぃ王女アゼイリアよ!! 我がスリギィランド王家の祖アーザー王以来、 このエクスカリバーを引き抜きし者は王となる定めは知っておろうな!?」  スリギィランド王家に生まれた者は、勇敢なるアーザー王の伝説を子守唄のように聞いて育つ。  エドワーズの問いは、新たな王となる覚悟を問うものであった。 「はい…! 覚悟はできています……!!」 「先ほどは皆の手前言えなかったが、余にはもうキャリヴァーンを駆る力は残っておらぬ!!」 「あの、お父様…正直過ぎるのもちょっとどうかと思いますけど……」  アゼイリアは父王のあまりの正直な告白に突っ込みを入れつつも、  細くしなやかな指をエクスカリバーの柄にかけ、床から引き抜かんと力を籠める。  その瞬間、彼女の脳裏に見た事もない風景や音が次々と流れ込んできた。  次々と襲いくる魔物の群れ、倒れていく民や将兵達という凄惨な光景。  金色の影が光の剣で全ての闇を斬り裂き、訪れた青空と平和の中で微笑む赤子。  まばゆい光の中に顕現せし黄金の騎士……。  この剣に宿りし者が歴代の王達と共に見てきた一連の光景から再び王宮の大広間へと視界が戻った時、  アゼイリアはエクスカリバーを頭上に掲げていた。 「我、聖剣を引き抜きし新たなる王なり……。 降臨せよ!! 聖王騎…キャリヴァーンッ!!!」  その場にいた全員が目を覆うほどのまばゆい光があたりを包み、  光が止んだ後には金色の翼と鎧を纏う大きな騎士がそびえ立っていた。  アゼイリアは気がつくと王の玉座を模した搭乗席に座っている。  これがスリギィランド国王に代々受け継がれ、その敗北は国の滅亡を意味する同国の守護神「聖王騎キャリヴァーン」である。  髭を蓄えた威風堂々とした壮年の王といった姿をしており、  エドワーズが病に倒れる前は演習のたびにその姿を見せて将兵達の士気を大いに上げていた。   「お父様……」 「行けぃ新たなる女王アゼイリアよ!! 聖王騎は常にそなたと共にある!!」  マント状になっていた翼を広げ、天井を破壊して飛び立つキャリヴァーン。  その姿を見たエドワーズは、新たなる聖王騎伝説の始まりに誇らしげな笑みを浮かべ、  そして、病身に堪える寒風に慣例どおり王位継承の儀式は屋外でやるべきだったとちょっぴり後悔していた……。  だが、一つだけ気がかりな事が残っていたのである。   「(妙だ…キャリヴァーンは代々の王の性質によってその姿を自在に変化させる。 聖剣はアゼイリアを新たな王として、まだ認めておらぬというのか? しかし、これ以外に方法はなかったのだ…神よ、王家の祖先達よ、我が愛娘…新女王を守り給え……)」  再び壮絶な市街戦の続くロンドム市内……。 「テレビの前の皆さんっ! ロンドム市内ではいまだに激しい戦闘が続いておりますっ! わたくし、立っているのがやっとの状態です!!」  緊張のあまり上ずった声で視聴者にややズレた表現で状況を解説しているのは  SBC(The Srigish Broadcasting Corporation(スリギィランド国営放送)の略)のアナウンサーである。  スリギィランド全土にロンドム殲滅戦を見せつけるべく、ピザデモンがトロリスの反対を押し切って報道陣を泳がせていたのだった。  (無論、見せしめの手伝いが終われば彼らも皆殺しにされる予定であったが) 「ああっ!! あそこに見えるはこの邪悪な侵攻を指揮する闇黒連合の指揮官機です!! もう少し…近くへ寄って中継したいと思います……」 「ふははは!! どちらにお出かけかなぁ〜!?」  逃げ遅れた市民の母娘に巨大な爪をつけた腕を振り上げるグリードル。  搭乗者のピザデモンは弱者を痛めつけるサディスティックな快感に酔いつつ、邪悪な笑みを浮かべた。 「死ねぃ虫ケラども!!!」  ザシュウッ!! 「!!?」  物体が斬り裂かれる音が響く。  だが、それは振り下ろされるはずであったグリードルの腕がキャリヴァーンの鋭い斬撃によって切断された音だった。  切り落とされた腕は、エクスカリバーの聖なる力によってたちまち溶解した。 「あれは国王陛下の機体、聖王騎キャリヴァーン!?」  アナウンサーの疑問は無理もなかった、母娘を救った機体は紛れもなく国王専用機であり、  国王が病床に臥している今、この場に現れるなど考えてもいなかったからである。  母娘にすぐさまこの場を離れるよう促し、柳眉を逆立てグリードルとピザデモンを睨みつけるアゼイリア。 「これ以上…王都での狼藉は許しません!! スリギィランド女王、アゼイリア=グロリアーナ=スリギィランドがお相手します!!」 「アゼイリア殿下!? そうか…陛下の名代としてご出陣なされたのか……コホン! 皆さん、ただ今お聞きになられたように、王女アゼイリア殿下がご出陣なされたようです!!」 「ほほ〜う…麗しき姫君のお出ましというわけか。 この国の新聞で顔は見た事があるが、可愛い顔に似合わんじゃじゃ馬ぶりだな!! ぬぅん!!」  ピザデモンが念を籠めると、近くに転がっていたバクリシャスの残骸が浮かび上がり、  切断されたグリードルの腕に吸い寄せられた瞬間、みるみるうちに変形して元通りの腕となる。  その様はロボと言うよりはモンスターそのものであった。 「…っ!」 「ふふふ…では、参りますぞお姫様!!」  ギャオオオオオオオッ!!!!!  血に飢えた魔獣のように咆哮し、その巨体からは想像もつかない敏捷さでキャリヴァーンに襲いかかるグリードル。  アゼイリアも幼い頃より父王に剣術を叩き込まれて育ってきたので、並みの騎士では敵わないほどの使い手である。  もっとも、この戦いの時点では父王や王族のリチャード、円卓騎士団の面々には及ばず、  まだキャリヴァーンも使いこなせていない彼女にとって、この猛攻は防ぐだけがやっとであった。 「そらそらそらそらそらそらぁ────っ!!!!!」 「(強いっ…! 反撃する事すらおぼつかない……。私はこんなに無力だったなんて……)」  タァーン!!  突如響く銃声、それは先ほどからこの場にいるアナウンサーがアゼイリアを救うべく拳銃を撃ったのであった。  無論グリードルの装甲に効くはずもなく、お楽しみを邪魔されたピザデモンの怒りを買うだけでしかなかった。 「………このゴミどもが、ブチ殺されたいらしいなぁぁぁぁぁぁーっ!!!!!」 「ひ、ひぃーっ!! 皆さん!! ゴヅラがこちらに向かって来ます!! さようならーっ!!!」  攻撃の標的をアゼイリアからアナウンサー達に変え、グリードルは狂ったように飛びかかった。  己の無力さゆえ、守るべき民を危険に晒してしまった事にたまらず絶叫するアゼイリア。 「やめてぇぇぇぇぇーっ!!!!」  その叫びと共にキャリヴァーンが光を放ち、手にしたエクスカリバーもさらなる輝きに包まれ突進する。  ガキィン!! ザシューッ!!!  次の瞬間、まさに光速の突きがグリードルのぶ厚い胴体を背後から刺し貫いていた。  それは胴体内部にある暗黒エネルギーの充満した動力炉を捉えており、聖魔の力が反発しあって大爆発を引き起こした。 「バ、バカな…!!? ぎゃはぁぁぁーっ!!!!!」  チュドォォォォォーン!!!!!   ピザデモンの聞き苦しい断末魔と共に爆発四散するグリードル。 「やりました! さすがはスリギィランドの守護神キャリヴァーンです!!」  歓喜の声を上げるアナウンサー。  ところが、この一撃が思わぬ結果を呼ぶ事となる。 「こ、これは……」  なんと、エクスカリバーから光が失われ、刀身にみるみるヒビが入っていく。  アゼイリアはここに至り、幼い頃に父王から聞いたアーザー王伝説の一節を思い出していた。                        ──回想── 「…前略、激戦の末にキレて後ろから敵を斬りつけたアーザー王のエクスカリバーは騎士道に反したという理由で折れてしまった。 その後、王のふんばりで再生したが、それから我が王家でエクスカリバーを用いて戦う際は 敵の背後から斬りつけぬよう歴代の王達は気を遣ってきたというわけじゃ……」 「おとうさま、りゆうとかではおおめにみてもらえないのですか?」 「ダメ!! 絶対!!! 残すのがもったいないからといって、バイキングにタッパーを持参するぐらいにダメ!!!」                       ──回想おわり──  …焦ってその事をうっかり失念していた、アゼイリア15歳であった。  そこへ、禍々しくも赤い塗装の鮮やかなトロリス専用デーモンナイトが現れる。 「あーっと!! 闇黒連合の新手です!! すっごいピンチであります!!」 「隊長機の反応が消えたと思ったが…やはり暴走して自滅したようだな……」  異形の機体を通して聞こえる搭乗者の声はまだ若い。  しかし、漂わせる底知れない威圧感はピザデモンなど比にならなかった。  ボゴォッ!! 「ぐ…!! がはぁっ!!!」  山となったグリードルの残骸の中から、満身創痍のピザデモンが立ち上がる。 「おーっと!! 案外しぶといやられキャラ!!」 「隊長…?」 「トロリスゥ…貴様、今頃のこのこ出てきやがって!! この愚図が!!」  トロリスはピザデモンの下品な罵倒も意に介さず、淡々と報告を始めた。 「隊長、今回の作戦に参加した我が軍の損害はすでに80%を越えています。 それと、先ほど入った通信によりますと、バーミンガン攻略部隊が全滅したそうです。 敵将リチャードは余勢を駆ってロンドムの救援に向かっているとの事。 …負傷兵や残存兵に撤退のご命令を」 「なにぃ!! あのスリギィランドの獅子リチャードがレオソウルに乗って来るだとぉ!? 俺は前に奴の領内の村を暇潰しで皆殺しにしたんだ…この状態で出会ったら八つ裂きにされちまう!!! おいトロリス! さっさと俺だけを連れて撤退だ!!」 「負傷兵や残存兵がいると申し上げたはずですが……。 あなただけ逃げたければ、いつものようにお一人で逃げてはいかがですか?」 「だーかーらー!! グリードルをぶっ壊されちまったこの状態じゃ逃げようがねぇだろうが!! ちったぁ空気を読め!! それに、下っ端どもがどれだけくたばろうと俺の知った事か!! 代わりなんざ本国に賄賂つきの報告書でも送りゃあ、いくらでも補充できるんだよ!!」 「なっ…! あなたは…それでも一軍の将なのですか!?」  あまりに身勝手なピザデモンの言葉にアゼイリアが憤る。 「お高く止まった小娘が利いた風な口抜かすんじゃねぇ!! 今度会ったら存分に辱めた上でなぶり殺しにしてくれるぜ!! おいっ!! 何ボケッとしてやがるトロリス!! 上官命令だ、さっさと俺様を連れて撤退し……あ゛」  ジュッ…  トロリス専用デーモンナイトの腹部の目が禍々しく光り、  見苦しく喚き続けていたピザデモンの醜く肥え太った肉体はこの世から完全に消滅した。 「あんたに部下の命を預かる資格はない……! こちらトロリス、ピザデモン隊長はたった今、名誉の戦死を遂げられた。 隊長代理として命ずる、ただちに負傷兵や残存兵をまとめて撤退開始せよ。 私も『手土産』を回収次第、合流する。 …さて、スリギィランド王女、アゼイリア=グロリアーナ=スリギィランド殿下ですね。 あなたに恨みはありませんが…お命頂戴いたします」  そう言うやいなや、トロリス専用デーモンナイトは紅の疾風となりキャリヴァーンに襲いかかる。 「くっ!!」  俊敏かつ強烈な斬撃をヒビの入ったエクスカリバーで受け止めるアゼイリアとキャリヴァーン。  だが、その結果は火を見るより明らかであった  パキィィィィィン!!! 「!!? きゃああああああーっ!!!」  刀身の中ほどからエクスカリバーが折れ、それと同時にキャリヴァーンの実体化が解け、  空中に放り出される格好となったアゼイリアはそのまま地面に何度も叩きつけられる。 「あぐうぅっ……!!!」    防御魔法を籠めて編まれた戦装束と鎧のおかげで即死や致命傷こそ免れたものの、  アゼイリアはその小柄で華奢な身体を襲う衝撃と激痛に顔を歪めた。 「勇敢なる姫君よ、そこを動かないで。 あなたの勇気に敬意を表し、苦しませないよう止めを刺してあげましょう」  倒れたアゼイリアに近づいていくデーモンナイト。  ……ところが………。 「……まだ、勝負は終わっていません……!!」  なんと、アゼイリアは傷だらけの状態でありながら気力を振り絞り、歯を食いしばりつつ立ち上がった。  美しい金髪は頭からの出血で一部赤く染まっている。 「見上げた精神力だ……何があなたをそこまで駆り立てる? 王家の意地か? 民を守ろうとする義務感か?」 「それもあります……ですが!! 私の身体には誇り高き王家の血と、愛すべき民の血が両方流れています……。 ここで挫けて戦いに背を向けるようでは、それらはもちろん……私自身をも否定するからです!!!」 「うう……えぐっ……テレビの前の皆さん……お聞きになられたでしょうか? 剣が折れ、どれだけ傷つこうと、なおも我々の為に戦おうとするアゼイリア殿下の決意を……。 わたくしは今……猛烈に感動しております……!!!」  二人とも涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらも、なおも実況するアナウンサーとカメラを回し続けるカメラマン。  パブの酔客も、田舎の農民も、テレビを見られる環境にある国民は画面を通じ、固唾を呑んでその様子を見守っていた。  ある者はあどけなさを残したアゼイリアの悲壮なまでの姿に涙を流し、またある者は神に必死の祈りを捧げていた。 「そうか…ならば私もその闘志に対し全力を振るう!!!」  腰に帯びていた短剣を抜き、目をそらそうとせずデーモンナイトに立ち向かうアゼイリア。  一切の憐憫も同情も見せずアゼイリアに剣を振り下ろそうとするデーモンナイト。  物理的意味では勝負以前の構図であったが、互いの譲らぬ信念はどちらも劣っていなかった。    フォン… フォン…  その時、アゼイリアの足元に転がっている折れたエクスカリバーが温かな光を帯びた。  刀身にはいつの間にかアゼイリア自身の血が付着している。  デーモンナイトの刃がまさにアゼイリアの身体を両断しようとした瞬間!!    ガキィィィン!!!  剣を携えた大きな金色の影が、デーモンナイトの刃をしかと受け止めていた。  それと同時にアゼイリアの周囲を金色のまばゆい光が包み、  母の胎内のようなぬくもりと共に傷だらけの肉体がみるみる回復していく。  気がつくと、彼女は再び玉座を模した搭乗席に座っていた。  手にはさらなる輝きと共に再生したエクスカリバーが握られている。 「キャリヴァーン……あなたは……私を王として認めてくれたのですか……?」    そこには、先ほどまでとはまったく違う姿の新たなる聖王騎が降臨していた。  今誕生したアゼイリアのキャリヴァーンは、華奢な体つきと柔らかな顔立ちの女性的な姿で、  その体躯こそ一回り小さくなっていたものの、立ち上る黄金の輝きと静かにして高貴なる闘気は以前の比ではない。 「なっ!? これが…この国の伝説…聖王騎キャリヴァーンの奇跡なのか!!?」  驚きの声を上げるトロリスに部下からの通信が入る。 [負傷兵の収容及び残存兵の撤退準備完了!] 「了解…! すぐに合流し撤退の指揮を執る。 では、第二ラウンドは手短に済まさせてもらおうか」 「望むところです……!!」  身構えるアゼイリアと新生聖王騎キャリヴァーン、ところが……。  ジャッ!!  デーモンナイトの放った光線は、アナウンサーとカメラマンに向けて放たれた。 「「ひえぇぇっ!?」」 「危ないっ!!!」  すかさず跳躍したキャリヴァーンが光線をエクスカリバーで受け止めて四散させたが、  すでにデーモンナイトの姿はその場から消えていた。  最初からアゼイリアがアナウンサーとカメラマンを庇うと見越しての行動であった。 「では、ごきげんようアゼイリア殿下…いや、新たなる女王陛下よ! 勝負の続きはまたの機会に……」  不敵な挑戦の声があたりにこだまする。  敵でありながらあまりにも優れた采配と信念、王国を脅かす者の強大さを改めて噛み締めるアゼイリアであった。  ふと、今しがた助けた二人に声をかける。 「…二人とも、怪我はありませんか?」  新たな女王直々の言葉と、聖王騎の優しいまなざしに胸がキュンとするアナウンサー。 「あ…ありがとうございますです……。 テ、テ、テレビの前の皆さん…ご覧ください……ゴホン!! こちらにおわしますが我がスリギィランドの新たなる女王陛下!! そして守護神であります!!!」  その様子は、テレビを見ている国民全てに希望と勇気を与えた。 「「姫様〜!!」」  アゼイリアが声の方を振り向くと、バン親子の機体が遠くから駆けてくる。  その周囲には勝利に沸き立つ将兵や市民の姿が散見できた。  ボロボロになったロイヤルガードンから降りてきた兵士に駆け寄る、おそらくは妻子であろう先ほどの母娘。  共に戦う事で友情が芽生えたのか、手を取り合って踊りつつ勝利の酒盛りを楽しむ紳士達とジョー・キリング一味。  今後の課題こそ残ったものの、王女…いや、新たなる女王アゼイリアは初陣にして王都防衛を見事果たしたのである。  翌日、アゼイリアは正式に戴冠式を執り行い、スリギィランド国王に即位した。  SBCのテレビ放送を通じ、その様子は離れた任地にいる騎士達や国民にも伝えられる。 「私はこのたびの王都防衛戦で自らの未熟さを痛感いたしました。 スリギィランドの騎士達よ! そして民よ! 臣民の助けなくして王は存在できません! あなた方の助けを得て、私は必ずやこの聖剣に相応しい女王となりましょう!!」  女王の言葉に威儀を正し、流れるような動きで騎士礼を取るスリギィランドの騎士達。  王族リチャードが代表して返答する。 「ははっ! 我ら臣下一同、女王陛下の剣となり盾となり、万難に立ち向かう所存にございます!! (ふっ…不思議だな、あのちんちくりんの姫…女王陛下がずいぶん大きく見えるものだ……)」  日頃からアゼイリアをちんちくりんと子供扱いしてからかいつつも、お互い忌憚なく話のできる間柄である彼だが、  今回の戦いを機に大きく成長した新女王に頼もしさを覚え、王家の藩屏としてなお一層獅子の心で戦い抜く事を誓ったのであった。  それから数日後、先王エドワーズがいよいよ末期の時を迎えた。  家臣達を退出させ、寝所で二人きりとなる先王と女王。 「悲しむ事はない……歴代の王達や母様の待つ場所へ旅立つのだからな……。 思えば、そなたには幼い頃より王としての教育ばかりで、父親らしき事は何もしてやれなかったな………」 アゼイリア、もっと余の近くへ寄るがいい」 「…………………」  誰にも聞かれたくない遺言でもあるのかと思い、アゼイリアは父王の枕元に顔を近づける。  エドワーズはアゼイリアの髪を撫でながら彼女を幼い頃そうしたように抱き寄せ、優しく語りかける。 「この世でそなたを抱くのもこれで最後じゃ……しばらく抱かぬうちに大きゅうなったのう。 王としての戦いは痛かったであろう……怖かったであろう……時には弱音の一つも吐きたかったであろう。 今は父の腕の中で存分に泣くがよい……我が愛娘アゼイリアよ!!」  時には変な教育もされたが、厳格ながらも自分に惜しみない愛情を注いでくれた父王の  とても末期の人間とは思えない力強い抱擁と、これまで王女としての責務で抑えてきた内心を見透かしたような言葉に、  様々な感情が堰を切ったように溢れ出し、それはアゼイリアの大きな瞳からとめどない涙となって流れる。 「うわぁぁぁぁぁぁ───っ!!!」  後年、どんな困難にも毅然と立ち向かった精神的な強さから『鋼の女王』と称せられた彼女が  この時ばかりは一人の少女として泣きじゃくる。  そこには王と王女ではなく、一組の父と娘がいたのであった。 「アゼイリアよ…王の心は…魂は…常に……祖国や……聖剣と……共に………………………………」  父王の腕から力がふっと抜けていくのがアゼイリアの小さな背に伝わる。  先代スリギィランド国王、エドワーズ=ウィンザーノット=スリギィランド逝去。  享年59歳。 「お…父…様……? お父様ぁぁぁぁぁぁ────っ!!!!!」  振り絞るような悲痛な叫びの後、アゼイリアはしばらく嗚咽していたが、  やがて亡き父王の腕をそっとほどいた後、悲しみを振り払うかのように立ち上がり、目元を拭った。  その瞳にはもう涙は流れておらず、女王としての凛然たる決意が宿っていた。   ……戦時下の特例として先王の葬儀も簡素に済ませた女王アゼイリアは、  各地の復興支援、敵戦力の研究・対策、各都市の防衛力強化、陸続きの隣国スコトラッドとの関係改善などに努め、  時には自ら聖王騎キャリヴァーンを駆って戦場に赴き、群がる敵をエクスカリバーで斬り伏せつつ将兵達を鼓舞した。  ロンドム防衛戦のテレビ放送を機に、王国各地で反闇黒連合の気運が高まり、圧倒的不利だった形勢は徐々に好転。  半年後には五分の状況にまで回復していたのであった。  アゼイリア自身も聖剣の加護とたゆまぬ努力で聖王騎の操者としての実力を着実に上げ、一年後には名実共に国内最強の騎士となる。  また、それと時を同じくして家臣団や民衆からは、スリギィランド伝説の英雄アーザー王の再来と呼ばれるようになっていた。    強く気高き女王に率いられた円卓の騎士達は、その後も一丸となって戦い続けたという……。                        ─終─