異世界SDロボSS 『勅命』  暗黒大陸にその名を轟かせる闇黒連合をなす暗黒帝国、その王宮を歩く1人の男がいた。  灰色の長髪に、鋭く尖った黄色い目をし、歳は初老を過ぎた頃合と思われる。  その顔には表情らしきものは見受けられず、感情そのものが無いようにすら見える。  紫紺のローブを纏った彼こそが、帝国でもっとも残虐な人物として畏れられている暗黒帝国宰相であり、軍事・政治を取り仕切る重臣である。  名をゲゾブ=ベゼグという。  彼は今、供も連れず長く暗い回廊を進んでいた、やがて一つの扉の前にたどり着く。  そのまま暫く佇み、そしてそっと扉をノックする。 「…どうぞ」  っと一拍の間をおいて扉の奥から鈴の音のような軽やかな返事が返ってきた。  彼は畏まり静かに扉を開けて中に入った。  室内には仄明るい光が浮かび、爽やかな春を感じさせる幻想的な雰囲気をかもしている。  しかし彼にはこの部屋が先ほどの回廊より、なお暗く重々しい空気に包まれているように感じられた。  そしてその闇の中心に1人の美しい女性がいた。  闇を切り取ったかのような黒髪、鮮血のように赤いルビーアイ。品の高さをうかがわせる柔らかい物腰。  彼女こそ、この暗黒帝国皇帝にして闇黒連合惣領、レヴィア=スペリオルその人である。  レヴィアは優しげな微笑を湛え、彼に注視している。  ゲゾブは立礼した姿勢のままで考えを巡らせていた。  帝国宰相の彼の前にあってはどのような相手であろうと、警戒し憎悪し、またある者は畏怖の念を抱く。  彼はそういった雰囲気をまとっているし、そう思わせるだけのことをやってきた。  しかし今、彼の前にいるレヴィアだけは違った。  まるで無防備にしか見えず、その細く白い肢体は、手を伸ばせば容易く手折れそうにすら思える。  親しい友人を迎えたような柔らかな笑みを浮かべ、表情からはとても帝国でもっとも恐れられる男の前にいるとは思えない。  しかしそれらが全て真実でないことを彼、ゲゾブは知っていた。  世に恐れることなき彼が唯一畏れ威圧される、彼女こそこの国でもっとも深く濃い闇を抱いた存在であること…  彼はそんな考えを何一つ表情に出さないまま、しかし一筋の汗を背に流した。  レヴィアは他愛のない世間話や昨日作ったお菓子の出来栄え、また新しく手にいれたぬいぐるみの自慢などをいていた。  彼女を知らぬものからすれば、無垢な乙女のように見える言動である。  だが先代皇帝が存命中よりレヴィアの教育係であり、レヴィアを誰よりもよく知るゲゾブには彼女の言葉の裏に隠された真の意味が分かっていた。  すなわち世間話とは帝国内部の国情に対する不満であり、菓子はそれを解消できぬ臣下への叱責、そしてぬいぐるみは軍門に下した敵国の将のことである。  ゲゾブはこれまでもそれらの言葉を正しく理解し、彼自身慄然とするような数々の非情な命令を下してきた。  と、一通り話し終えたのか不意にレヴィアの言葉が切れる。  畏まったまま皇帝の言葉を待つ。  闇そのものが生きているかの如く彼にまとわり付き、押し潰そうとしているようにすら感じられる。  それらがまやかしであると自分に言い聞かせ、ともすれば消えてしまいそうな自我を保つ。  と、闇を体現したかのようなレヴィアのルビーアイが妖しく煌く。  そしてレヴィアは言った。 「世界中の人を招待してお茶会がしたいなぁ」  その言葉にゲゾブは雷で撃たれたかのような衝撃を受ける。  もはや体面を取り繕うのも忘れ、大きく目を見開いて皇帝を見つめる。  その皇帝は小刻みに揺れているように見えた、しかしそれは誤りであり、震えているのは彼自身であることを知る。  ゲゾブは震える身体を押さえ込もうと強く拳を握り締め、先ほどの言葉を反芻する。  皇帝はこういったのだ。 「世界中の国を滅ぼし哀れな愚民供を我が面前に跪かせよ」  と。  ついにこの時が来たのだ。  全身の震えは、恐怖から高揚のそれへと変わっていた。  しかしそれもすぐに収まり、いつもの無表情へと戻っていった。 「…畏まりました」  と一礼しレヴィアの前から辞する。  逸る気持ちを抑えて、急ぎおもだった臣下を集めての会議が開かれた。  そしてその議場で彼は皇帝の言葉を正しく列席の武官、文官に伝えていく。  ある者は怯え、ある者は嘆き、そしてそれらよりも多くの雄雄しき叫びが議場を包み込んだ。  それらを前に最後一言を発する。 「下知は下った、これは勅命である!」  そして戦いが始まった…  完 ちょっとだけ続く  レヴィアはうきうきしながら準備していた。 「明日のお茶会にはエルダーちゃんやマアレシュさんも誘っちゃおう、一杯お菓子作らなきゃ、きっと楽しいお茶会になるわね、うふふ」  後の世に、この茶会が歴史の転換点となる『血のティーパーティ』と呼ばれることになることを彼女は知る由も無かった。 ちゃんちゃん ほんとにおしまい