人魔大戦後SS番外編         『刀子ちゃんが唐突に呼び出しされたでござるの巻』 「ほえ?」  冒険者ビスカ=テンリョウは素っ頓狂な声を上げてその客人を見つめ返した。  身長の高いビスカは必然的にその客人を見下ろす形になってしまう。 「だから、夢宮刀子という人物がいないか。と訊いたんだ」  客人――冬村カヤはそう言ってビスカを見上げるのを止めてその脇から部屋の中を覗き 込んだ。  丁度その時、ベッドの上から起き上がる少女がいた。おそらくそれが夢宮刀子なのだろ う。カヤは彼女が着ている服を知っている。  ――本当にセーラー服だ。  カヤは元々自分がいた世界からこの世界に飛ばされてしまった異空間からの旅人である。 勿論、この世界が偽物だとは言わないし思わない。ここでは何千万という人がちゃんと生 きているのを知っている。それでも、本物の――自分の世界に戻りたいと考えている。そ んな彼女が刀子に興味を持ったのは服装からだった。  刀子の着ている服はセーラー服といい、遺跡から発掘されたものだ。しかし、そのセー ラー服は彼女がもといた世界の学校の制服の種類とそっくりなのだ。  それが遺跡から発掘された物だとカヤは知る由もなく。だから刀子も自身と同じように この世界にやってきたものなのではないかと考えたのだ。  そして自分と同じような境遇の者がいれば一人で帰る方法を探すよりも効率的にその方 法を探すことが出来る。  しかし、刀子から話を聞くだけではなかった。そもそもカヤが刀子を知ったのは力試し をしてくれる相手を探している時のことだった。  だから、決めた。  『力試しもする。刀子から話も聞きだす』  ということを。  そんな訳で現在に至る。  ベッドの上から寝惚け眼でこちらを見る少女はどう見ても強くなさそうだった。 『見た目で判断すると痛い目にあうぞ』  腰にさげた黒い魔剣――ストームブリンガーがカヤの脳内に直に語りかける。  そんな事は言われなくても分かっていた。 「でも力試しって言われてもねぇ」  カヤと刀子の間に立つようにもう一人冒険者が現れる。 「私たちだって暇じゃない訳だし。貴方の我侭に付き合うわけにもいかないのよね」  その冒険者の名はリーニィ=エンフォース。カヤはリーニィを見て驚いた。彼女には色 が無かった。 「……何が言いたい」  驚きを表情に出さないままリーニィを見ると、涙目のままにかっと笑い答えた。 「これよこれ」  リーニィは指でわっかを作った。つまり金が欲しい。とそういうことなのだろう。 「……仕方ない。今は手持ちが無い。今日の夜、広場で待っている」  告げるべき事は告げた。これ以上ここにいても意味は無いと判断してカヤは宿から出て 行った。 「とーうーこー」  部屋の窓からカヤが出て行ったのを確認してリーニィは刀子に詰め寄る。 「あんた何したのよ」 「んー……、鶏さんが沢山ですよね……」  リーニィは未だ寝惚けている刀子の口に親指を突っ込み、 「起きろこのバカちん!」  伸ばした。 「あわわわわ、リーニィちゃん。そんな事すると刀子ちゃんのほっぺたが伸びちゃうよ」 「ちょっとぐらい伸びたって構わないよ。もーっ、昼間は本当に使えないんだから!」  ぎりぎりぎり……と音がするほど刀子の頬を伸ばし、ぱっと手を離した。  パチンと鳴ってようやく、目をこすりながら刀子は覚醒した。 「あぁ……、おはようございます」 「もう昼だよ昼」  眉間にしわを寄せてリーニィは刀子を睨みつける。当の刀子は何故リーニィがご機嫌斜 めなのか良く分かっていない。 「あの、どうかしたんですか?」 「どうかしたんですかじゃな、い、わ、よ」  またもや刀子の頬を伸ばすリーニィ。 「あんた何した! 決闘申し込まれたわよ!」 「あわわわわ、リーニィちゃん伸びちゃうってば」  みょいーんと頬を伸ばされている刀子はリーニィが何を言っているのか分からず首をか しげた。 「……?」 「? じゃないわよこのバカー!!」  パッチーンと弾けて頬が元に戻る。 「決闘って……、決闘ですか?」 「あの子は力試しって言ってたけどねー」 「あの子がなんと言おうと実質決闘よ決闘。もー、なんか恨まれるようなことしたんじゃ ないの」  ベッドのシーツを叩きながらリーニィは刀子を怒り続ける。刀子はというと、起きてす ぐに理不尽なことで怒られてるので不機嫌を通り越して呆れていた。 「私そんな事しないですよ。大体、私が恨まれるならリーニィさんとビスカさんが恨まれ てたっておかしくないじゃないですか。むしろ私よりも恨まれてる可能性高いですよ」 「そんな顔してひどい事言うなーッ!」 「ていうか刀子ちゃん私のこともそう思ってたんだ……」  憤慨するリーニィとは正反対に落ち込むビスカ。 「刀子、そういやあんた過去に遡ったとか言ってたわよね」 「言いましたけど……」 「じゃあそん時ぼこぼこにした人の子孫かもね」 「なっ! そんなこと……」  と、そこまで言って刀子は天井を見上げ、窓の向こうを見つめ、明後日の方を見て何か を思い出した。 「……してましたかもね」  妙に疲れた顔をしてそう呟いた。 「やっぱりね」  リーニィは腕を組んで嬉しそうに刀子を見る。自分の予想が当たっていたので嬉しいの だろう。 「で、どうすんのよ。夜中に広場来いって呼び出しだったわよ」 「そんなの無視しますよ。私は寝たいですもん」 「でもそれは無理でーす」 「なっ――」  反論しようとした刀子の目の前にリーニィが差し出したものは皮袋だった。  いつもならそこに金貨、銀貨、銅貨が入っているはずなのだが今日ここに至っては―― 「空っぽなのです。お金がなければ明日は野宿です」 「なっなっ」  刀子が言葉に詰まって声にならない声を上げている横でビスカが聞いた。 「何でー?」 「はい、答えは刀子が仕事もせずにごろごろしてるからでしたー」 「違いますっ! こないだ仕事もらってきたら『めんどくさーい』とか言って断ったの リーニィさんじゃないですか!」 「そうだっけ?」 「覚えてないな」  どうやら本気で二人とも覚えていないらしい。 「兎に角、ベッドでゆっくり寝たいなら働くのね」 「働くって……」 「うん、決闘じゃん? 勝ったらお金ふんだくればいいんだよ」  刀子はがっくりと肩を落として溜め息を吐いた。 「それ、強盗じゃないですか」 「冒険者なんて大体そんなもんだよ」  たしかにリーニィが言うことももっともなのだが、さすがにお金をふんだくるのには抵 抗があった。それについて反論すると、 「大体刀子が昼間ほぼ使い物にならないのがいけないと思うんだけど」 「うっ」  そう言われた。  刀子は夜になると身体能力が強化される。  本来であればその身体能力強化は夜間にとどまらず、自在に引き出すことが可能なのだ が、如何せん未成熟の少女にその力を使いこなすことが出来ず―― 「刀子ちゃんは昼間は役立たずー」 「うぐぐっ」  そう言われてしまうのだ。 「刀子が昼間も頑張れればもっと仕事も出来て安定した収入になるのにねぇ……」  痛い所を突かれる。  夜間は強い刀子も昼になれば使えない。それこそ駆け出し冒険者に毛が生えた程度の戦 闘能力になってしまうのだ。 「うー……」  ベッドのシーツを掴んで刀子は唸る。  とりあえず自分の情けなさとリーニィとビスカの冷たさと過去に遡った時にやっちゃっ たことの後悔を三ついっぺんにした。 「分かりました。決闘しましょう決闘。お金もふんだくりますよ」 「それでこそ刀子!」 「私たちに出来ないことを簡単にやってのける!」 「そこから先は言わなくていいですよ」  そう釘を刺すと二人は同じような顔をして「えー」と言った。 「どこに呼び出されたんですか」 「えーとね、確か広場に来てくれって言ってたよ」 「で、時間は」 「夜って言ってたけど……」 「訊き忘れたんですね」  その問いにリーニィは答えず代わりにニカッと笑った。                 † † † †  時刻は夜。  舞台は皇都の中心に近い噴水がある円形の広場。  三人はそこで待っていた。  日が沈んでからずっと。 「うぅ……。寒いよリーニィちゃん」 「布団が恋しいわね」 「誰の所為だと思ってるんですか」  二人が身体を抱えて震えている中で刀子は微動だにせずただ腕を組んで待っていた。  昼間の顔からは想像出来ないほど真剣な表情。  目は月が昇るほど赤みを増していく。 「お、あれじゃないか?」  リーニィが目を凝らした先には一人の少女がいた。  それは紛れもなく今朝ビスカ達に挑戦状を叩きつけた冬村カヤその人だった。 「……」  無言のまま刀子は霧咲を引き抜く。普段であれば街中で抜く事は無い。抜かずに済むな らそれ以上いいことは無い。  でも今回は違った。  カヤが発する気は本気であり、殺気であった。  殺す気でなければ殺される。  夜になり研ぎ澄まされた刀子の感覚は鋭敏にそれを感じ取ったのだ。 「じゃあ、行ってきます」  刀子は振り向かず二人に言った。直後、自身の得物を抜いたカヤが踏み込む。  キィィイイン  澄んだ剣戟が街に響き渡った。  刀子の膝下から振り上げられたカヤの魔剣を弾きながら刀子は思う。  ――四間半はあったはずなのに。  間合いが一瞬にして詰められた事に驚く間もなくカヤは上に弾かれた魔剣をそのまま刀 子に振り下ろす。  それを霧咲で受け流したあと、カヤが振り下ろす力を利用して霧咲の腹で魔剣を下に押 し付ける。  ガギッと音がして地面に突き刺さった魔剣を刀子は足で踏みつけてそのまま霧咲をカヤ の喉元へ真っ直ぐ突く。 「フッ」  カヤの一呼吸が聞こえ、刀子の世界がぐるりと回った。 「――な」  頭で理解するより早く刀子の体がその状態を理解した。  カヤは魔剣を刀子ごと振り上げたのだ。  あと数瞬で足先が魔剣から離れ身体が完全に宙に浮いてしまう。この瞬間をとられては お手上げである。  だから、刀子は魔剣を蹴り――跳んだ。  カヤの頭を通り越してその背後に着地する。カヤもそれが分かっていたかのごとく振り 向き、バックステップで刀子と距離を取った。  刀子が呼吸を整える。気分的なものであるが、相当楽になる。  その一瞬の安堵を見逃さず、カヤはもう一度刀子との距離を詰めた。  二度目のそれを見てようやくその移動法の正体が分かった。  縮地と呼ばれる移動法である。  長い距離を一瞬にして移動する歩法であるが、カヤの場合は空間を歪曲してほぼタイム ラグ無しに刀子に近付いてくる。こんな反則気味な移動法を使える人間を刀子は見たこと が無かった。  ――こんな人間に恨み持たれるような記憶ないよ!  声を大にして言いたかった。  が、そんな事をしていたら刀子はその真っ黒な魔剣で切り刻まれることだろう。  カヤは右から、左から力任せに魔剣を叩きつけてくる。  その見切りを誤れば刀子の身体は真っ二つになってグッバイ人生になること請け合いだ。  右から打ち付けてくる魔剣を弾くとその魔剣を左手に持ち替えて今度は左から打ち付け てくる。その動きを二、三度捌いてタイミングを掴む。  左から打ち付けてくる魔剣を弾く。  刀子の予想通りカヤは六度目の持ち替えをする。  魔剣が宙に浮いている瞬間に刀子は霧咲を引き、肩からカヤに体当たりをかます。  ミリ――と音がして刀子の肩がカヤの鳩尾に埋まった。 「カハッ」  刀子は容赦なくそのまま肩をカヤの鳩尾に押し付ける。  肺の空気が全て吐き出され――なかった。  カヤは刀子が肩を鳩尾に押し付ける瞬間に地面を蹴って後ろに跳んでいたのだ。 「あー、今のは完璧に流されたね」  後ろでリーニィがそう言っているのが聞こえる。刀子もそれが分かっていた。  分かっていたが故、刀子はそのままカヤとの距離を詰める。  カヤが着地した瞬間、刀子はカヤのほぼ真下にいた。  そして右下からそのまま霧咲を振り上げる。  カヤが出会い頭に刀子へ使った技だった。  完璧な死角からの一撃であったが、流石は自身の技である。カヤはそれを危なげもなく かわし、霧咲を切り上げて空いた刀子の右脇腹へ魔剣の柄を当て――押し付けた。  メキッ――と嫌な音が刀子の身体に響く。  肋骨の一本がしなっただけか、それともひびが入ったか。  ――肋骨一本やって何も取れなければ笑いものだ。  そう考えた刀子は右手を霧咲から離して、魔剣を持つカヤの左腕に思い切り肘を叩きつ けた。  それこそ自分の腕が痛むぐらい思い切り。  が、カヤの顔は変わらない。  痛みを感じないのかポーカーフェイスなのか。  対して刀子は肘と肋骨の痛みで泣きそうだった。  ――私なんでこんなことやってるんだろうか。  そう考えると段々むかっ腹が立ってきた。  向こうはこっちを殺す気でやってくるこっちは殺される覚えなんてない。  殺す気なら殺してやろうか。などと考えて――、  ギィイイン  再度剣戟が鳴り響く。  今度は刀子が打ち付けた。それを魔剣でカヤは受け止め――吹き飛ばされた。  刀子が何の容赦もなく振りぬいた霧咲で魔剣ごとカヤを飛ばしたのだ。 「あ、刀子ちゃんが怒った」 「ありゃ怒ったね」  そんなリーニィとビスカの声は刀子に聞こえない。  刀子は背負った鞘の止め具を外し、腰に構えて霧咲を鞘に収める。  居合いの構え。  目を閉じるとカヤの気配がくっきりと分かった。  カヤはどう見ても一般人のはずなのに、気配がおかしかった。  人魔が混じった気配とでも言うのだろうか。  あえて言うならば前に出会った魔人の学者に近かった。それははほかならぬカヤの持つ 魔剣の所為でもあったが、今はそんなことを考えている暇はなかった。  どこから攻撃が来てもいいように四方八方に巡らせた神経をその気配一つに集中する。  刀子は自分の神経がカヤの気配と繋がっていくような感覚を得る。  そうしてどれほどの時間が過ぎただろうか。  十分、二十分はそうしていた――気がした。  ようやく、カヤの気配がゆらりと動いた。  その後、カヤの気配と刀子の神経の繋がりが切れた。  ――来る。  カヤの縮地は空間を歪める。  だから、他の人から見ればカヤは一瞬この世界から消えるのだ。 『四連抜刀――』  霧咲にかけた手に力が入る。 『――百花繚乱』  その言葉と共に霧咲は引き抜かれた。  四連抜刀。  その言葉の通り一度抜刀して斬りつけた刀をもう一度鞘に収めまた抜刀するというのを 四度繰り返す技である。  高速で抜き放たれた霧咲は四方向からカヤに襲い掛かる。  その斬撃は――           ――全て捌かれた。 「――ッ!?」  刀子は息を飲む。  ほぼ同時に襲ったはずのそれは、カヤに届く事はなかった。  急いでその場から離れようとするが筋肉が硬直して動けない。  ほんの数秒の硬直。  それがこの技の欠点だった。  ――だからこそこれで仕留めなければならなかったのに。  カヤは魔剣を振り上げる。  その動きはひどくゆっくりで、刀子は脳内でやばいやばいと繰り返していた。  動かない体が酷く恨めしい。  ギュとカヤが魔剣を握り締める音がした。  そしてそれは刀子に向かって振り下ろされ――  ガッパーン  なかった。  刀子とカヤの間に何かが突き刺さる。それは―― 「はーいそこまでそこまで」  リーニィの真・バトルアックス・Mk2・改だった。  きっと彼女お得意のアックス投げだろう。 「何をする」  刀子と真・バトルアックス・Mk2・改で隔たれ、酷く不満げな顔をしてカヤはリー ニィを睨みつける。 「ごめんねー。うちのお姫様朝弱いのよ」  そう言ってリーニィがちらりと東の空を見ると、朝日がまさに昇ろうとするところだっ た。 「む……」 「どうしてもって言うなら私が相手してもいいけど?」  真・バトルアックス・Mk2・改を引き抜きながらリーニィはカヤを見やる。  しかし、カヤはリーニィに目もくれず背を向けた。 「日が変わる前には帰るって言ったのに。怒られるな……」  顎に手を当てて思案するカヤ。 「こらー! 無視すんなー!」  無視されてご立腹のリーニィをビスカと刀子がまぁまぁと押さえる。 「すまん、急いで帰らないといけない。えーと、刀子。今度またやるぞ」  それだけ言ってカヤは皮袋を置いて去っていった。 「まぁ、なんだ」 「嵐みたいな子だったね」 「……」  刀子は何も言わない。 「およ? どしたー?」  リーニィの呼びかけでようやく反応して、溜め息を吐いた。 「はぁ……」 「刀子ちゃんどした?」  ビスカが覗き込む。 「いや、最近強いっていうアイデンティティが音を立てて崩れてるような気がして……」 「……」 「……」  リーニィとビスカは黙って顔を見合わせて大声で笑った。 「アッハッハッハッハ!」 「笑い事じゃないんですよ! 大体あんたら二人が濃いからいけないんでしょうが! 宿 の人にだって最初リーニィの仲間ビスカの仲間って覚えられてたんですよ! これで強い ってアイデンティティまで無くしたら私は何ですか!」 「……ヘタレ?」 「だねぇ」 「あーん!」  その日の朝、皇都では鶏の鳴き声の変わりに少女の泣き声が響いたという。                 おわり