RPG嘘大戦ベストシーン            第3位『何かが道をやってくる』  男は、自由だった。 「ああ――――――――――いい天気だ」  そんな、誰もが気軽に口にするようなことを、男は感慨深い声で言葉にした。何もない地面 の上で大の字になり、空を見上げている。視界を遮るものは何もない。彼の目には今、空と太 陽しか見えていない。二つの月も、光を遮る雲も、そこにはないのだ。  音のしそうな、晴天。  男はそれを見上げている。その地に住むものならば誰もが平等に見上げることのできる空を 、今初めて目にしたかのような顔で。何気ない世界を愛しむような声で、彼は言う。  いい天気だ、と。  皇国外壁からほどよく離れたそこには何もない。地平の彼方に城壁が見えるものの、他には 草一本生えていない。なだらかな丘陵があるものの、死に果てたような大地だった。かつてそ こには森も草もあったが――紅眼黒龍王を名乗る少女と、虐殺聖女と呼ばれる聖女、そして男 が三つ巴の争いを繰り広げた結果、このような不毛の大地になった。人魔大戦がはじまった今、 そんな不吉な土地に近寄るものはいない。  そこに、彼は横になっている。  彼は、人類最強の存在である。  彼は、人類以外の天敵と恐れられている。  彼は、人類の守護者と崇められている。  彼は、非道かつ悪逆な希代の殺戮者として憎まれている。  その全てを含めて――彼を、ただの一言で表せる言葉がある。  ――勇者。  勇者ガチ=ペドは、独りきりで横たわり、空を見上げていた。特に理由がある行動ではない 。特に意味がある行動でもない。ただ、そうする余裕があったからしてみただけだ。長い長い 呪縛が消え失せ――今の彼は、真に自由だった。勇者という鎖は消えていないものの、この地 に留まることもない。  北へいくもいい。  南へいくもいい。  どこにいってもいいし、どこにいかなくてもいい。今まで通り、今まで以上に、やりたいこ とをやって、戦いたいように戦えばいい。少なくとも――人類を救う義理はあっても、この国 を救う義務はなくなった。  この国――大陸最大の単一国家、皇国を。   ガチ=ペドは、自由だった。自由になった。  故に。 「こんないい天気だから――死ぬには丁度いいと思わねえか?」  それを良しとしないものがいるのも、また事実だった。  ガチ=ペドの挑発の言葉に応えるように、誰もいなかったはずの平地に気配が増えていく。 いかなる手段をつかって隠れていたのか、それに合わせて姿が現れる。  考えるまでもないことだった。勇者ガチ=ペドは人類最強であり、それを手放すことなどで きるはずもないのだから。いや、手放すだけならばまだいい。もしもそれが真に自由になり、 敵の手に渡ることを考えれば、無理にでも捕殺を考えてもおかしくはない。なにせあの男は、 勇者が愚者となり得ることを知っているのだから。それこそ、十二の手駒を注ぎ込んででも自 身を止めにくるだろうと、ガチ=ペドは、予期していた。  そして、その通りになりつつあった。  気配が増えていく。一つから二つへ。二つから四つへ。四つから六つへ。六つから十二へ。 「あいにくと俺たちは俗物でな――死ぬのは怖いんだわ」  亀の甲羅を潰して引き伸ばしたような、厚手の剣をもつ男が言う。薄紅の鎧に朱のマント。 髪を後ろに流した精悍な中年男性。口元に笑みを浮かべているものの、ガチ=ペドの気配に圧 されて微かにひきつれている。それでも彼は退かない。  第二軍団『攻速軍団』軍団長――ジェレミー=C=ハインライン。 「我々の死はただ天命にのみよるもの。我らの死すべき場所は、平和の果てにある」  白い馬にまたがる女が言う。腰から引き抜いた白い剣の先から白炎が立ち上る。白い鎧、白 い髪、汚れを知らぬ白い姿。かつての教皇である少女は、今は武人としてそこにいた。  第三軍団『神記軍団』軍団長――「神童」エレム=P=エルンドラード。 「そのためにも、アンタをこのまま行かせるなとの――皇帝坊やからの命令さ」  空からその隣に降り立ったのは、背から赤い翼の生えた悪魔。山羊のような青い足をむき出 しにし、初めから真の姿を見せる彼はれっきとした魔人である。右手には禍々しいウィップブ レードを。左手には厄々しいガンブレードを。魔そのものである彼は、けれど人の側に立つ者 である。  第十軍団『裂攻軍団』軍団長――同時に魔同盟小アルカナが『金貨の騎士』、クラウド=ヘ イズ。 「大人しく城に戻りなさいな、当代の勇者。世界は――陛下は、まだ貴方を必要としています 。今ならばまだ、間に合うのですよ」  エルフの女性が諭すように言う。十二単衣の如き着物を着た姿は戦場には似つかわしくない 。そも、彼女が表に出てくること自体ありえないことなのだ。学者にして賢者。ウォンベリエ の第一期卒業生である彼女は、歴史を知る者としてここにいる。  第七軍団『賢聖軍団』軍団長――ミサヨ=J=オロチェル。 「さもなくば――」   漆黒の全身鎧に身を纏い、左手と同化した黒剣を構えた男が、地の果てから響くような声で 囁く。世界を呪うかのような声。堕ちた聖騎士、皇国の始末番たる闇騎士は、その存在意義を 果たすために此処にいる。 「――死すのみだ」  第十一軍団『闇哭軍団』軍団長――ゼファー=ローデス。  巨人がいる。忍者がいる。獣人がいる。全身鎧が、頭に立方体の王冠をかぶった少女が、小 さなリスがそこにいる。誰もが『軍団長』という二つ名を授かった、皇帝が司る十二の駒にし て十二の戦士。大陸最強の軍団を統率する、十二人の戦鬼。  皇国十二軍団が――一同に会していた。  たった一人の、『敵』となった味方のために。  一対十二という、絶望的な戦。絶望的すぎると、その場にいる誰もが心の底では思っている 。表層では勝てると思い、その奥では負けてたまるかと信じ、その最果てではこれが無謀であ ることがわかっている。たとえ皇帝直々の命令だとしてもだ。  一対十二。  ただ一人で、人類全てを守るような相手を敵に――十二の最強で挑まねばならないのだから 。  それでも彼らはここで退くわけにはいかないのだ。これは皇帝の権限の発露であり、何より も皇国と人類の未来をかけた戦なのだから。ここでガチ=ペドを引きとめねば人類に未来はな い。勇者だったモノが人類の敵に回れば、それだけで全てが崩壊してしまうだろうから。  人類を守るはずの人類最強を、十二の守護者は、打破するためにここにいる。 「ひゃ――」  それが、わかっていて尚。 「――はははははははははははは! 死か! 死ときたか! オレを殺しに? オレに殺され に? いいこと言うじゃねえかローデスの生き残り! ひゃははははははは!」  寝そべって空を見上げたまま、天にも届けとばかりにガチ=ペドは笑った。空へと笑い声が 吸い込まれるように広がっていく。十二の殺意に完全に包囲されて尚、ガチ=ペドは愉悦に満 ちた声をあげる。  戦場も、  殺意も、  死すらも、彼にとっては既に笑い飛ばす対象でしかない。  武器を構えるどころか、起き上がることすらせずにガチ=ペドは笑い続ける。エレムが眉根 を寄せ、クラウドが露骨に嫌そうな顔をする。ゼファーが無言で剣を構え、 「どけい闇哭! わしがやる――きゃつはもはや気狂いよ!」  誰よりも早く先端を切ったのは、雲をつくような巨人だった。ミサヨの術によって姿だけは 消えていた彼の全身が、動くことによって露わになる。ガチ=ペドの十倍はある体躯に、ひげ と髪の毛を三つ編みにした太陽のようないでだち。巨人族の彼は両手に握った長々槍『雲裂』 を一気に振り下ろす。  第五軍団『圧壊軍団』軍団長――「太陽号」ゲイル=アンバーサナー。  山が一つ墜落するような圧力。空気を裂く雲裂の威力をゲイルは誰よりも信じていた。彼の 体躯と力で、が打ち砕けないものも斬り裂けないものも、これまでに存在しなかったのだから 。相手は自分よりもはるかに小さな人間であり、当たれば肉片すらも残るまい。どちらによけ ても衝撃は奴を翻弄する――そう信じていたからこそ、彼は理解できなかった。  振り下ろした雲裂が、ガチ=ペドに衝突する寸前で止まったことが。  止まったのではなく寝転がったままに受け止められたのだと――理解することができなかっ た。信じられるはずもなかった。槍の穂先よりも小さな人間が、ソレを両腕で挟みこむように 白刃取りするなど。  理解が遅れる。  一秒遅れる。  勇者を敵に回すには、十分すぎるほどに致命的な隙が生まれる。 「デカブツ。テメエはどう見ても人間じゃねえよな。だったら――」  ガチ=ペドが両腕で雲裂を握り締める。絶対的な位置差にも関わらず、ゲイルが力を加え続 けているにも関わらず、槍はぴくりとも動かない。遅まきながらにゲイルは理解し、実感する 。コレはもう、人などではないのだと。  全ては、取り返しのつかないほどに遅すぎた。 「――容赦はいらねぇよなああああああああああぁぁぁぁぁぁああああッ!!」  槍がねじられる。空気が歪むほどに高速で槍が逆回転する。ガチ=ペドの手によって。槍を 握っていたゲイルの巨腕ごと――槍が捩じれる。  ぐしゃりと、  肉が潰れ、骨が砕ける異音が響いた。 「ぐ、ぅお――」  一拍遅れて骨が肉を突き破り、使い物にならなくなったゲイルの両腕から大量の血液が降り 注ぐ。空の高みから、まるで雨のように。戦場を濡らす赤い雨。ずたずたになった手が保持し きれなくなり、雲裂が轟音とともに地面に落ちて自身の重みで地に埋まる。  そうして、  意外なほどにゆっくりと、ゲイルの身体が後ろへと傾いだ――その時にはもう、倒れゆく彼 を除いた誰もが動き出していた。 「発現しろ! 『オリュドライザー』!!」  ジェレミーが厚剣を地面に突き刺して吠える。大地の事象獣オリュドライザーの力を模した 彼の剣は事象武器であり、大地に干渉して破壊を巻き起こす。  つまり、地震だ。  そして――手加減無用の一撃は、それどころの話ではなかった。大地が揺れるのではなく、 大地が裂ける一撃。剣を突き刺した個所から大地が隆起し、地割れは一直線にガチ=ペドへと 伸びる。彼らの知る限り、ガチ=ペドは魔法を使うことができない。ならばその強大な力ごと 地の底に封じる――そのための一撃であり、それを補うためにゼファー=ローデスが直線的に ガチ=ペドへと剣を掲げて迫り、  その全てを縫いとめる、黄金の剣の舞。  数にして十二。聖剣と呼ぶに相応しい黄金色の剣が十二本、裂けた地の中から飛び出した。 剣はひとりでに宙を舞い、三本がゼファーへと迫り、残り九本が再び大地へと突き刺さる。地 割れの先端に突き刺さった刃は固い音をたて――そこで、地割れは断ち切られた。 「……矢張りか」  ゼファー=ローデスがぼそりとつぶやき、危なげなく三本の大剣をまとめてなぎ払う。剣は 剣圧に追いやられ、けれど宙空で向きを変えて再びゼファーへと襲いかかる。舞うように、舞 い踊るように、彼を果敢に攻め立てる。  足を止めざるを得ないゼファーの横を抜けるように飛び出たのは、彼とおなじ黒い全身鎧。 「――――」  ただしその性質は大きくことなる。ゼファーが聖が落ちた魔ならば、彼は魔を超えた人であ る。魔人すらをもしのぐ精神力と力。『動くことなく敵を倒す』はずの彼はその仇名を返上し て一直線に進軍する。  知っているからだ。彼の配下では、ガチ=ペドの足止めすらなるまい。アレを止められるも のがいるとすれば、それは人間において他ならない。  第四軍団『死鋼軍団』軍団長――ブラックバーン・アーム。  逆支配した魔鎧ザーフリドの力ではなく、自身の力を持ってブラックバーンはガチ=ペドへ と襲いかかり、  その足を。  地面から伸びた、黄金色の籠手が握りしめた。 「――――!」  握りつぶされなかったのは、それがまがりなりにも『剣のA』の鎧だったからだ。そうでな ければ、ソレの握撃に耐えることはできなかっただろう。代わりに、抜けることもできない。  地の中に潜んでいた彼女は、その全身を露わにする。  全身を覆う、黄金色の鎧。黄金の剣の群れを従者として引き連れた彼女は、聖騎士にして勇 者の妹である。巨躯のブラックバーンと遜色ない巨大な体を持って、ガチ=ペドに襲いかかる ものを斬りはらう存在。  黄金色の聖騎士――ロリ=ペド。 「正義――――執行」  掴み上げたブラックバーンの巨体を、ロリ=ペドは片手で振りまわして投げ飛ばそうとし― ―飛ばされかけたその瞬間に、ブラックバーンは右の籠手をロリ=ペドの兜にひっかけるよう にして殴り飛ばす。  身じろぎすらしない。  仁王立ちする黄金鎧の前に、ブラックバーンは腕から逃れて着地する。黄金鎧の後で、よう やくガチ=ペドが立ちあがるのが視えた。  これで――二対十二。  知っていたことだ。わかっていたことだ。彼は、彼らなのだから。  勇者。  三人組の、最強のパーティ。  そのうちの二人を敵にして、尚。 「亜人どもは金ぴかを! 私らは勇者を叩くよエレム!」  彼女たちは、諦めていなかった。 「イエス・マム――ってかぁ!? まかせな――オレは強いぜぇ!」  六本足の馬型魔物がガチ=ペドめがけて突撃する。騎乗するのは、常に眉間に皺を寄せた金 髪の女傑だ。馬上槍を構え、一直線に突き進む姿は「槍」そのものである。  彼女の言葉に答えたのは、鎧に身を押し込んだ虎の獣人である。龍の首をも跳ねそうな斧を 振り回し、脇目もふらず黄金鎧に襲いかかる。    第八軍団『怒轟軍団』軍団長――イライザ・フロム・フューリー。  第九軍団『超獣軍団』軍団長――ヴァヴァ・ロア。  彼らのとった戦法は間違っていない。  ガチ=ペドは、勇者である。  人類を守る勇者である彼は、人類以外にとっては絶対的な敵対者であると同時に――人類そ のものを殺すことはできないという制約が付きまとう。魔王や事象龍すら倒し得る力を、同じ 人間に全て注ぐことができないのだ。  故に、純然な人間である者たちがガチ=ペドと対峙し、ヴァヴァ・ロアやクラウドといった 亜人、魔人がロリ=ペドを食い止める。それが彼らの、唯一にして絶対の攻略法だった。  果たしてそれは――正常に機能した。      † 「正義――此処――所在――」  黄金剣が間近で振るわれる。空間を裂き、時間すらをも切り裂くような輝く斬撃。雷の如き 斬撃を、 「キキッ!」  勇ましい鳴き声とともに、彼はあっさりとかわした。小さな体を思いきり伸ばして飛び上が り、軽やかに剣の上をこえる。空中で翼をはためかし、返す一撃すらもよけきる。手にもった 細身のサーベルは二本。どちらもロリ=ペドの鎧を貫通できるほどの逸品ではないが――それ らで器用に鎧や剣を叩くことによって、自身の位置と剣の軌道を調整していく。  触れれば死ぬ相手との、零距離での斬撃戦を――むしろ彼は、楽しむように飛びまわってい た。  第一軍団『空挺軍団』軍団長――テトラ・V・V・グラン。  可愛らしい二足歩行のリスであるテトラは、その外見からは想像もできないような動きでロ リ=ペドを翻弄する。倒すことはできない。けれど、足止めとしては十分すぎる活躍。 「テトラ殿オオオオオオ! 獣人はぁぁぁぁぁあ! 獣人こそが最強の種だとこやつに教えて やりましょおおおオオオオオオッツ!!」  同じ獣人として思うところがあるのか、なかば感涙しつつ吠えるヴァヴァ・ロア。その間に も手は止まらない。むしろ吠えれば吠えるほど、感情の鷹ぶりによって彼の威力は増していく 。鈍重の代表格である斧を、虎人の力によって軽々と振りまわす。踏みしめた地面が陥没し、 黄金剣と打ち逢う度に火花が飛び散る。 「兄貴イイイイ! 兄貴のためにイイイイイ! こいつの首を捧げましょうやぁぁぁああ!」  感応したように――もとから熱血系であるが――クラウド=ヘイズが叫びまくる。斬撃の音 よりも声の方が大きい。右手のウィップブレードが分割しながら伸び、迫りくる黄金剣の群れ をはじき、その間に見える黄金鎧めがけて左手のガンブレードが銃弾をまき散らす。  軽い剣と、重い斧と、伸びる鞭剣と直進する銃弾。  それらをすべて――ロリ=ペドは、ただ独りで捌き続ける。『剣の従者』が銃弾と剣鞭を弾 き、手に持つ黄金の大剣でテトラを狙い、返す剣で斧をはじく。その繰り返し――けれども、 彼女は一向に焦らない。十二人のうち三人を相手に退くことなく、攻めることもなく、ただ斬 りあいを繰り返す。  そこにあるのは、絶対的な信頼に他ならない。  背後に立つ、彼女の兄への――最強の勇者への。  そして、いけすかないもう一人に対しての、信頼である。         †  十二人から三人を引き、九人――そこから戦力を奪われたゲイルと直接戦闘に向かないミサ ヨを除き、七名。  七名が、同時にガチ=ペドを責め立てていた。  重鎧戦士であり主戦力であるゼファーとブラックバーンはむしろ攻めあぐねている。イライ ザは最初の突撃で馬型魔物を粉砕され、騎乗しているのはエレムのみとなっていた。  理由はひとつ。  ――速いからだ。  ガチ=ペドは、その場にいる誰よりも速いのだ。誰よりも速く、誰よりも重く誰よりも強い 。彼らが勝っているのは唯一数だけであり――数を最大限に生かすために、彼らは自身の特化 した部分で攻めざるを得なくなっていた。  最前列は、二人。 「――シャァッ!」  ガチ=ペドの手刀が繰り出される。武器も持たず、防具すらつけないガチ=ペドの一撃は誰 よりも速い。軍団長最速である彼ですらよけられないほどに。まっすぐに繰り出された手刀は 胸板を突き破り、  突き破った瞬間に、男が木片と変わった。 「またかよ――うっぜぇなオイ!」 「……あんたとまともにやるほど、戦に狂ってはいない故に」  ガチ=ペドの真後ろに現れた忍び装束風の男は、赤いマフラーをたなびかせて答えた。手に はなにもない。武器を持つことなく、拳を牽制のように前へと突き出している。  その繰り返しだった。ガチ=ペドが攻撃し、攻撃した瞬間男が別のものに変わり、後に現れ る。決して攻撃を返してはこない。ガチ=ペドの攻撃をいなすことだけに、彼は全技能を費や していた。  第十二軍団『刀魂軍団』団長――無刀のキルツ。  キルツは自覚している。自分の力では、ガチ=ペドに驚異たりえないと。だから彼は、命を かけて相手の手数を削っている。マフラーの下で歯は震えて音を立てそうになり、鎧の下では 汗をかいているが、それを表に出すことなく攻撃をかわすことだけに命をかける。  それと、同じ様に。 「う――!」  繰り出される手を、足を、手に持った宝剣の鞘で少女は受け流す、こちらは鎧どころか、服 すら着ていない。全裸に、頭を覆い隠す立方体の冠。小さな身体で機敏に動き、一撃で致命傷 を負わせるガチ=ペドの手足を斜めにそらしていく。  第六軍団『瞬閃軍団』軍団長――ロロ。  キルツとロロ。二人がかりで、ガチ=ペドの攻撃をさばいていく。さばきながらも、キルツ の焦りは止まらない。  接触するほど近くで命を削っているからこそ、理解したからだ。  ガチ=ペドは――ことここにいたっても、本気を出していない。出していないのか出せてい ないのかはともかく、これで全力というわけではないのだ。魔剣、聖剣の類を抜きすらしない 。こちらにあわせるように、すでで打ち逢ってくる。  その顔は、 「ひゃはははははははははは! いいさいいさそれがテメェのやりかたなら死ぬまでよけきっ てみせろよォ!」  笑っている。  楽しそうに――笑いながら、死を振りまいている。俗っぽい、下町にいけばいくらでも見ら れそうな笑いと言葉。とても英雄とは思えない、勇者と思うことができない、  まるで――人間のような態度。 「……凱歌を歌え」  しかけたのは、ブラックバーン・アームだった。  長い沈黙を割って言葉を放ち、右腕を振りかぶる。その手には何も握られていない。赤い宝 玉を埋め込まれた篭手があるだけだ。  そして、その宝玉が光を放つ。  魔鎧ザーフリドの能力――魔鎧の召喚。  ブラックバーンが行ったのはその変手だった。普通に召喚すればガチ=ペドに打破されるも のを、限定的に解除したのだ。あくまでも「魔物」ではなく、魔鎧、魔剣――すなわちただの 武器として、右手の先にのみ限定的な召喚。  これならば、魔を振るう人でしかない。  部分的に召喚された魔鎧が絡みあい、一つの巨大な剣と化す。何ものにも砕かれぬ鎧は何物 をも圧倒する武器と成る。生まれ出た魔剣を、 「――やれ!」 「――うー!」  キルツとロロがタイミングをあわせてガチ=ペドの両手両足に一撃を加える。わずかに一瞬 動きが止まり、その一瞬を目がけてブラックバーンは剣を振り下ろす。  完璧なタイミングでの、  完全な一撃。  ガチ=ペドには、よけることも、受けることも、叶わない。  元より。  彼は――そのどちらも選ばなかった。ガチ=ペドはただ、自身めがけて振り下ろされる剣を 見上げて、  にぃ、と。  笑いを、浮かべて。 「――――ばぁ」  その笑いを酷く酷く酷くしたようなニヤニヤ笑いが――剣を受け止めたのだった。 「な――!」  声をあげたのが誰だったのか。ガチ=ペドと相対していた者たちの誰かであったことに間違 いはない。ガチ=ペドの影から生まれ出た者以外、ガチ=ペド本人も含めて全員が硬直したの だから。  影。  地面に映る影から――その男は、這いずり出ていた。  黒い髪、黒い瞳、黒い姿。暗黒と漆黒と絶望と悪意を塗り固めたような姿と笑み。にやにや と、にやにやにやと、張り付いたような笑いを浮かべて、黒い魔道師ははせ参じた。振り下ろ された剣を時計の杖で一秒前にあった場所まで戻し、『何も起きなかった』という結果だけを 引き連れて、男は笑っている。  ガチ=ペドは、三人組の最強パーティである。  最強の勇者、ガチ=ペド。  黄金色の聖騎士、ロリ=ペド。  そして――もう一人。  唯一の純然な人間にして――誰よりも最悪という二文字が相応しい大魔道師。いくつもの国 を暇を潰すためだけに滅ぼし、数えきれない人間を悪意によって破滅させてきた最悪の男。対 人類の敵の中にあって、もっとも人類の敵に近い存在。  大魔道師ヘイ=ストは、にやにやと笑っている。  笑ったまま、彼は「ぱん」と口に出してブラックバーンの前で手を叩いた。間の抜けた音が 響き、それがその場の硬直を破った。 「三人目かよ――!」  ジェレミーが驚愕と共に剣を振り上げ、 「貴様は――!!」  その姿に――否、そのにやにや笑いに覚えがあったエレムは、激昂と共に剣を振り上げて馬 を駆け、 『――――鉄壁不倒』  二人をなぎ払う、魔剣の一閃。 「ブラックバーン!? 貴様!!」  キルツが驚愕とも憤怒ともつかない声をあげる。それほどまでに見事な一撃だった。ヘイ= ストの前に立っていたブラックバーンが、突如として右手の魔剣を、味方であるエレムとジェ レミーに向けて振ったのだから。  味方による、完全な不意打ちであり、魔剣による一撃を――かわす術はなかった。  エレムが馬から転落し、ジェレミーが吹き飛ばされる。砕かれた白と紅の鎧の破片が宙を舞 った。それでもなおブラックバーンの暴走は止まらず、振り返った一撃をキルツに、 「――――」  振り下ろそうとした一撃を、ゼファー=ローデスが受け止める。  完全に――拮抗した。  味方同士で。  そのさまを見て、ヘイ=ストはにやにやと、にやにやにやと笑いながら囁く。 「僕はなぁんにもしてませんよ――ただほんのちょっとだけ、彼の意識を飛ばしただけですか らねぇ――ですから勇者殿、アレが本質なんですよ。ああ恐ろしい!」 『感謝する、悪意の子よ』  応えたのは、ガチ=ペドではなく。  ブラックバーン・アームの――着込む鎧そのものが、喋っていた。  ブラックバーン・アームは、その膨大な精神力によって魔鎧を完全に支配下においている。 しかし、だ。もしも魔力衝突による猫だましのような集団で、短い時間でも意識を完全に飛ば されたとしたら――その支配は、当然交代することになる。そんなことは、普通ならばあり得 ない。相手がヘイ=ストでもなければ、あるとすら考えさえもしないことだった。  表である、ブラックバーン・アームから。  裏側である――彼へと切り替わるなどということは。 『我が名は魔鎧ザーフリド。魔の同盟に従い――先ずは貴様らから皆殺しにさせて頂こう』  魔剣の先は、かつての味方である――つまりは、ザーフリドにとっては敵である――皇国十 二軍団へと向けられていた。 ―――――――――――――――――――― 「とうとうベスト3までやってきちゃいました人気投票! 見事三位に食い込んだのは、『何 かが道をやってくる』!」 「皇国十二軍団vs勇者三人組、でした」  わー、とあちこちで拍手。おもに皇国勢十二人が酒盛りをしている辺りが盛り上がっている のだが、相反するように周りの目はジト目になっていた。  檀上にいる司会のピンク生物こと夜智(姉)はうにょうにょと触手をかしげて、 「……あれ?」 「……あれはね姐さん。四位でも出張ったのに今回も出張った彼らへの嫉妬よ。最近出番がな かった私が持っているのとおなじ感情」 「でもでも!」  にっこりと笑うピンク触手。 「今回やられ役じゃないっ!」 「…………そうね」  がっくりと落ち込む皇国勢。代わりに中央付近で酒を飲んでいたヘイ=ストが「どーもどー も、どーもどーも」と回りに愛想よく挨拶を振りまいていた。  黄金鎧の姿はなく、ガチ=ペドは椅子に腰かけて適当な笑みを浮かべている。 「えーっと、解説には事情中のJさんからのお便りがあります!」 「……Jさん?」 「魔同盟のJさんです!」  ばればれやんけー、と客席からヤジが飛ぶ。  が、やっちーはそれをすべて無視して、 「『このイベントはかなりのレアイベントです。幾つかの条件が重ならないと発生しません。 1、長い腕のディーンが活躍し、皇帝の信念が揺らいで「百年前の契約」が破れること。 2、魔同盟内部で仲間割れが発生し、皇国侵攻イベントが発生しないこと。 3、それにともない、ヘイストとガトーの決着がついていないこと。 4、お兄ちゃんが妹と和解してること』  だそうです!」 「……絶対起きないんじゃない?」 「たまーにおきるそうです。でも――」 「でも?」  やっちーはしみじみとうなだれ、 「これ起きると、バッドエンド一直線だってよなちちゃん」 「……皇国が滅びるとか?」 「ぎゃくー。皇帝さんが暴走して、皇国が滅びなくて戦い続けて、そのせいで統合軍が生まれ なくて、結果的に人類滅亡、皇帝サンはあわれ絞首刑だそうです」 「……救われないわねー。一度滅びる必要があるのね、すべて」  嫌そうな顔でいうなちに、やちは「そこから希望よ、希望がうまれるんだよっ!」と和気あ いあいと口にした。 「それじゃあ、続いて第二位の――――――」