魔道商人別記 〜ミュラスの日々〜 ミュラスという国がある。 王国連合の中でも小国ながら、確固たる地位と権威を保っている国だ。 それは王国連合内において、ミュラスこそが最も『魔法』という概念への探求心 を持った者が集結してくる国であるから。故に、魔法国家の別名を持つのだ。 わたしは現在、ほんのちょっとだけ困っている。 それは、普段のわたしの自他共に認める楽天的な性格からは考えられない事だ。 何に困っているかと言えば、学生ならではの悩みとでも言うか何というか。 つまりは、学業と友人関係の双方で悩んでいるのだ。 わたしを悩ませている原因の一つである学業に関しては、解決の方法は明確だ。 後期必修レポートを教授に提出すればいいだけの事なのだ。 そうすれば、魔道生物学の単位を修得できて、晴れて次年度に進級できる。 しかし、それがまったく進まない。その理由もまた明確だ。 つまりはもう一つの悩みの原因である、友人関係に原因があるのだ。 そもそもわたしは、彼の事を友人とは思いたくもないのだ。 たまたま1年次に同じ課題を課せられていた同じ班というだけの関係なのだ。 腐れ縁と呼ぶほうが相応しいのだ。 だいたい、何故に彼はミュラスの魔法学校に入校出来たのだろうか。 わたしが見る限り、彼の魔力は我が校どころかミュラス全体で見ても下位だ。 確かに1年次と比べれば大分増加したようにも思うが、それでも不足だ。 推察するに、あの良く働く悪知恵で、常に何か仕出かしているに違いない。 もしくは、知識だけは無駄に豊富なので、教師の弱みでも握っているのだろう。 何にせよ俗悪な男だ。あんな男は…っと、こんな事で悩んでも仕方が無い。 今日中に終わらせればそれでいいんだから、気楽にいかなきゃね。 そもそもわたしことリラーク・テラピーが、ミュラスの魔法学校に入学したのは 家業の薬屋を継ぐためだ。わたしの実家は代々薬作りを生業にしていて、わたし も当然のように、薬作りの道を目指したのだ。 しかし、わたしの故郷はあまりに田舎すぎて、薬について学べる学校など無かっ たし、わたし自身も独学では研究を進めていたが、壁にブチ当たっていたのだ。 ミュラスの魔法薬学課に入れたのは、本当に幸運だったと思う。 あの男にさえ出会わなければ、もっと幸運だっただろうに。 キンコーン おっと、チャイムが鳴った。ようやく来たのかな。 わたしは寝室のドアを開けて、居間兼台所兼食堂というステキな部屋を通って、 狭苦しい玄関のドアノブに手をかけた。ミュラスの一人暮らし用アパートとして 平均的な間取りというか、むしろやや狭いというわたしの部屋も、彼に言わせれ ば贅沢の極みなんだそうだ。一体彼はどんな部屋で生活していると言うのか… 「ちょっと待って。開けるから」 「さっさと頼むぜ。今日中にアレを捕獲しなきゃならねェんだからな」 ドアの向こうから、傲岸不遜な態度の声が聞こえる。間違いなく彼だ。 鍵を外しノブを回すと、ガチャリと必要以上に大きな音が鳴った。 「相変わらず狭っちい部屋だな。オレの部屋よりはマシだけどな」 そこには、凶悪な目つきと顔立ちの男が立っていた。 まったく代わり映えのしない、いつもと同じ羊毛を編みこんだ厚手の服を着て、 膝まである皮製のブーツを履いてきている。訳のわからない荷物も足元にある。 どうせまたロクでもない道具を自作してきたんだろう。 この男は魔力が低いにも程があるクセに、何故かこういった道具作りには才能を 感じさせる。高位魔法など使えるハズもないのに、魔力回路を組み込んだ護符を 自作して、低魔力で高位魔法を発動させたりしているのだ。 当たり前のように高位魔法を自分で生み出せる魔道士たちは、それを笑ってバカ にしているが、わたしなどは恐ろしくて仕方がないのだ。 この男は、いつかトンデもない事を仕出かすんじゃないだろうかと。 ロクな魔力も持たない人間が、周囲の魔力や精霊達を騙し込んで魔力をかき集め 高位魔法を生み出す様は、まるで悪徳商人が善良な市民から金を騙し取っている 姿のように見えるのだ。だからわたしは密かにこの男をこう呼ぶ事にしたのだ。 『マジックトレード』と。 「ウルサイな。それより、出発の用意は出来ているの?」 「あー、うん。バッチリだ。捕獲用の道具も作ってきたぜ。  んじゃあ出発するか。さあ!目指せ樹精類『銃口蕾』の捕獲!」 「んもう!わたしは自分の事を楽天的な性格だと思ってるけど、  キミの方がず〜っと楽天的な性格だよね」 この男は信じがたいほど楽観的に言い放ったが、この銃口蕾は容易に捕獲出来る ほど単純な生物ではない。外見は大きな蕾をつけた花の姿をしていて、根が進化 した小さな多数の足で、ちょこちょこと移動するだけという、何もしない限りは さしたる害は無い生き物なのだ。だが、一度危険を感じると、蕾から砲弾ほども ある巨大な花粉の塊を発射してくるという、実に厄介な生態の持ち主なのだ。 では何故、そんな厄介な生き物の捕獲が、魔道生物学の単位の習得条件なのかと 言うと、これは簡単な話なのだ。第一には簡単であればわざわざ課題として設定 する意味がないという事。そしてもう一つは、花粉を調合して得られる薬も多く ギルドなどでは銃口蕾の花粉採取の依頼がよくあるのだ。 つまり…魔法学校の運営上の問題解決策なのだ…ろう。 長い歴史があるとは言え、ミュラスが魔法国家として成り立つのは、王国連合内 だけの話なのだ。この世界のだいたいの魔法使い志望者は、普通はミュラスより も、学術都市ウォンベリエの魔法学校に入学してしまう。メジャーには勝てない とでも言うべきなのだ。それでも、ミュラスの伝統的な校風を好む者も少なくは 無いし、わたしもそういった伝統ある格調高い魔法授業を好ましく思っている。 と、格好よく言ってはみたが、実家の資金力の問題ってのが本当のところ。 ウォンベリエまで留学するには、ちょっと資金が不足していたのが本音かな。 「お前さ、オレの事をバカにする割に、自分の成績もけっこう悪くねェか?  何でこんな単位を落としてンだよ。魔法構成論なんて普通は落とさねェだろ。  構成を理解してねェのに、何で高位魔法とか使えンだよ。  高度な調合したりしてただろ。『透明化の薬』とかさ。  あー…さすがに薬学はブッチギリの成績なのな。魔道植物学満点!?  こりゃもうこの課題も合格したも同然だな。楽勝楽勝」 『銃口蕾』を求めて、わたし達はミュラスから外に出て、草地に出た。 その道すがら、これまでの学業の成績を見せ合いっこしたって訳だ。 わたしは彼の成績を見ながら、心底あきれてしまっていた。 この男、手抜きの達人だ。 どうでもいいと感じた科目は、まったく勉強した形跡が見られない。 ギリギリの点数で合格した科目は、わたしやロジィタ、エルデやドリーなどに、 無理やり手伝わせたり泣きついたりして通ったものばかりに思える。 それより驚いたのは、この属性の偏り具合だ。完全に雷一辺倒。他のものには目 もくれないと言わんばかり。ちょっとだけ火属性の習得があるようだけれども、 水も土も風も光も闇も、皆無と言っても過言ではないのだ。 それにしてもこの男、さっきからわたしの成績をバカにしすぎだ。 でも、ところどころ褒めてるみたいだし、まあいいか。 「さて、植物学の神様としては、この草原のどの辺りにヤツが潜んでると見る」 「もう生息地に入ってるから、あとは運だけなのだよ。  適当に探していれば、そのうち見つかるんじゃないかな」 「何だよ、能天気だな」 「お互い様でしょ」 それからしばらく周囲を探したが、お目当ての『銃口蕾』の姿はなかった。 すると彼は急にガリガリと地面に線を引き始めた。 「じゃあさ、オレはここからこっちを探すから、リラークはそっちを頼む」 「いいよ。見つけたら声をかけてね。  キミのその捕獲道具よりはマシな方法があるから」 それからさらに数刻ほど探し回ったが、『銃口蕾』は見つからない。 おかしいと思ったその時、わたしは自分のバカさ加減に呆れてしまう事実に気づ いてしまった。『銃口蕾』がこの辺りに自生しているのは「皆が知っている事」 なのである。つまり、皆が片っ端からゲットしてしまったため、こんなギリギリ の時期に捕獲しに来たわたし達が見つけられないのは当たり前の事なのだ。 「こんな事なら…もっと早くに採りに来ていれば良かった…」 そう愚痴っても後の祭り。というか、あの男と二人だけで来た方を恨むべきかも しれないのだ。例えば、これでロジィタでも居れば、得意の地相術を使ってもら って、他に自生してそうな場所を教えてもらえるだろうに。 「ううん。大丈夫!一生懸命探せば、きっともうすぐ見つかるよ!」 わたしは、自分で自分に励ましの気合を入れた。 ちょっとだけ足踏みしたけど、この止まった時間はきっと無駄じゃないよ。 「ん〜〜でもまぁ〜、一緒に探した方が、楽なんじゃないかねぇ〜」 ビックリして振り向く。そこには親友のロジィタ=アクナーテンの姿があった。 「ロジィ!どうしてここに!?」 「スレトマトン八卦盤で占ったら〜、リラークが困ってるって出てねぇ〜」 そう言うと、ロジィは愛用している香草パイプから、プカリと煙を吐き出した。 煙はフワフワとたなびき、ガケの下あたりで丸く輪を描いていた。 今彼女は、地相術で風の流れを読み、『銃口蕾』の生息地域を調べているのだ。 「ん〜〜…あの辺りに目指すものが有りそうねぇ〜」 ロジィはいつも通り、少し気だるそうに言った。 ちょっと大雑把だけど、何もヒントの無いわたしには凄く嬉しかった。 「ロジィ!ありがとう!」 「ど〜〜いたしましてぇ〜〜…ところで、アレは?」 「別行動中。ホント好き勝手なのよね」 「いや、まあ、そりゃ確かに好き勝手やってるけどな。  おうロジィタ。手伝いに来てくれたンだな」 「ん〜〜…リラークの手伝いにねぇ〜」 「キミ、いつの間に来てたの」 「ロジィタが煙を吐き出した辺りだな。リラーク、お前まだ見つけてないのか。  オレはもう見つけて捕獲したぜ。魔式電流ネットで捕獲楽勝って感じで」 「ちょっと、見つけたら声をかけてって言ったじゃない」 「夢中で忘れてた。それより、煙のところにあるンだろ?  さっさと採りに行こうぜ」 近くに見えたガケも、実際に歩いてみると案外と遠かった。 わたし達はちょっとだけ休憩をして、それからまた歩く事にした。 「これくらいでヘバるなんて情けないヤツだ」 この男は、またこんなイヤミを言う。しかしわたしには秘策がある。 「すぐに回復するもの。ジャ〜ン!」 わたしはポシェットの中から、自作の薬ビンを取り出した。 さっそくゴクゴクと飲み干す。うん。美味しい。それに、失った体力がグングン 回復していくのが実感できる。 「ほら、キミもこれを飲みなよ。元気になるぞ」 「ありがたいンだが…これは何だ」 「体力回復に絶大な効果のある栄養ジュースだよ。オリジナルの調合なんだ。  これを将来、『リラークのジュース』として売り出そうと思うのだ」 「オレにはスライムをビンに封じたようにしか見えねェんだがな」 「いいから飲んでみてよ。凄く元気になるはずだから。味も保障するよ」 「そうか。んじゃあ…んぐ…んぐ…ぐ…  って、やっぱマズイじゃねェか!見た目通りだ!」 「失礼なヤツだな。そんなんじゃ女の子にモテないぞ。  さ、元気になったし出発しよー!」 「ん〜…?地面の気に乱れが〜…探知草の煙も移動してるわねぇ〜…  リラーク〜…『銃口蕾』がこっちに向かってるわよぉ」 「え?」 気づいた時には、目の前に『銃口蕾』の姿があった。わたしは混乱して、何が何 だかわからなくなってしまっていた。そんなわたしの姿を察知して『銃口蕾』も 危険を感じたのか、蕾をわたしの方に向けて花粉の塊を発射しようとしていた。 「アブネェ!」 身動き出来なかったわたしを花粉弾丸から庇ったのは、彼だった。 わたしはそれを見て我に返り、ポシェットの中から薬ビンを取り出し、目の前に 居た『銃口蕾』に投げつけた。この薬ビンの中身は、わたしが独自にブレンドし た特性の魔法薬で、闘争心を抑えて穏やかな心になるハーブを調合したものだ。 ついでにネバネバ成分をたんまりと仕込んであるから、これが直撃したら最後、 どんなに暴れても脱出できなくなるのだ。 運良く薬ビンは『銃口蕾』に直撃し、それ以上は花粉弾丸を放つ事が出来なくな った様子だ。わたしはホッと一息つくと、彼のほうを振り返った。そこには花粉 弾丸の直撃を受けて、その効果で全身に痺れが回ったであろう彼の姿があった。 「大丈夫?」 「ふぁいひょうふふぁふぁふぇふぁいふぁふぉうふぁ」 「何だかわかんないよ。ちょっと待って。解毒剤を出すから」 わたしはポシェットの中から、解毒薬の入ったビンを取り出した。もちろんこれ もわたしのオリジナルブレンド品であり、将来的には『リラークの解毒剤』とし て売り出すつもりの逸品である。それを出したとたん、何だか彼の表情が青ざめ ているように見えたので、これは大変だと、わたしは急いで彼の口の中へ解毒薬 を流し込んだ。 「だからマズイっつってンだろうがぁー!」 おお、完全復活。これで効果はバッチリ確認できた。良かった… ネバネバ薬まみれの『銃口蕾』は、ロジィが手早く捕獲してくれていた。 これでどうやら課題提出も果たせそう。本当に良かった。 「庇ってくれて、ありがとうね」 「あー、いや、まあ、うん。ほら、男が女を庇うのは当たり前だしさ。  それに、リラークの分の『銃口蕾』捕獲、ロクに手伝ってなかったからさ」  「痺れ、完全に取れたみたいだね」 「ん?ああ、それは大丈夫そうだ。にしてもちょっとマズすぎるぜ。  栄養ドリンクといい、もうちょっと味をどうにか出来ないのか」 「良薬は口に苦しってね。ウチの先祖代々の教えだよ」 「先祖代々なぁ…先祖からずっと、薬に関係した職に就いてるって事か?」 「そうだけど」 「将来やりたい事が決まってるってのは、どうにも羨ましいな。  オレはこれから先、何をしたらいいか全然わかってねェんだよな。  ロジィタはどうすんだ?」 「ん〜…世界中を旅して回ろうかしらねえぇ…」 そうか。皆もう自分の将来について考えてる時期なんだ。 わたしは…わたしのオリジナル調合薬を、故郷の薬屋で販売したい。 それは確かに長年の夢だったし、目標でもあった。 でも、本当にそれでいいのかな。もしかしたら、他にも… 「そんじゃ、とっととミュラスに帰って、コレを提出しちまうか」 「そうね。もうじき日が暮れちゃうし」 「ん〜…ちょっと急いだ方がいいんじゃな〜ぃ?ギリギリになるわよ〜?」 『銃口蕾』を抱えながら、わたしは、彼とロジィと一緒にミュラスまで全速力で 走って帰った。わたしは自分で言うのも何だけど、楽天的な性格だ。つい今日の 朝までほんのちょっと困ってた事が解決し、もうすっかり安心しちゃったけれど もうすぐこの楽しい時間が終わるのかという思いが、ほんの少しだけかもしれな いけれど、楽天的だったはずの心を揺さぶっているような気がしていた。   完 <登場人物> リラーク・テラピー   〜代々薬作りを生業にしている楽天的な片田舎の少女。魔力を込めたその薬は非常に高い効果を持つが、              いかんせん彼女は重度の味覚音痴。魔法学校の1課程を修了して最近帰ってきた              という設定だったんで、ミュラスの学校に入っていたかもね・・・というSS ロジィタ=アクナーテン 〜赤銅の肌を持つ、羊系獣人の女性。 無頼で大雑把だが、筋を通す性格の風来坊。              方角や地形から気脈の流れを読み利用する、地相術師(ジオマンサー)。              占術や開運は勿論、呪法や結界等、地相を利用して様々な術法を使う。 魔道商人ブレイブ    〜本名は不明。男性。年齢は20代半ばくらい。かつては悪夢の雷嵐公とも呼ばれた程の              魔道高位者だが、職業は商人。モチリップ市の町外れで嫌々ながら中古品販売をしている              んだけど、過去にはミュラスで学生とかやってたみたいです。 銃口蕾         〜魔物生態辞典 第六章 [ 精霊種・悪霊種 ] 精霊種 樹精類 『 銃口蕾 』              植物型のモンスター。 危険を感じると蕾から砲弾ほどもある花粉の塊を発射してくる。