ある晴れた日、スリギィランド女王アゼイリアは王族リチャードの領地における軍事演習に招かれていた。   閲兵式を終えた後、将兵達に乞われて聖王騎キャリヴァーンとレオソウルの模擬戦が行われる事となった。 「エクスカリバー!!」  聖王騎キャリヴァーンの手に光と共に顕現せし聖剣エクスカリバー。   「出でよ! ハートオブレオンッ!!」  対するレオソウルの全身から迸った光が収束し、一本の刃を形作る。  それはバクフ国や中州国で使われるような曲線的な刀身をしていた。  すぐさま両者は跳躍し、凄まじい剣戟を繰り広げる。  互いに素晴らしい攻防の妙を繰り出し、見る者全てを感嘆させる。  やがて間合いを保ったままピタリと動きを止め、構えを解く二体。 「お見事でした女王陛下、また腕を上げられましたね」 「リチャード殿も、さすがは王族の武の要ですわ!」  搭乗者のアゼイリアの微笑みと呼応するように、優しく手を差し出すキャリヴァーン。  レオソウルもそれに力強く頷き、同じように手を差し出す。  二体の魔導機はガッシリと握手を交わした。  観戦していた将兵や付近の領民達から惜しみない拍手と歓声が巻き起こる。    …数十分後、アゼイリアはリチャードの居城に招かれ、紅茶を飲みつつ二人きりで雑談をしていた。 「…まったく、ほんの一年ほど前までは、剣術の練習試合で手加減した俺にも勝てなかった ちんちくりんの姫が短期間でよくぞこれだけ成長したものだ!」  王族の中でも指折りの武人たるリチャードは、けじめをつける意味で公的な場では一貫してアゼイリアに臣下の礼を取り続けていたが、  二人きりの時には昔のような子供扱いをし、時には「ちんちくりん」呼ばわりする事もあった。  だが、アゼイリアは別段気にせず(以前ある家臣にちんちくりんと陰口を叩かれた時には笑顔でキレたらしいが)  お互い気を遣わず話のできる間柄として彼に強い信頼を変わらず寄せていた。 「…いえ、リチャード殿や円卓騎士団の皆の助けとエクスカリバーの加護あってこそです……。 女王として、そして騎士として……私はまだまだ精進を積まなくてはなりません……」  若年ながらも女王としての自覚と誇りに満ちた彼女に対し、リチャードは満足げに頷いた。 「うむ、奢らず己を見失わない……いい心がけだ……。 俺やレオソウルも聖王騎に及ばずながらも、獅子の爪牙を研ぐ事は怠らぬよ。 アゼイリアよ、これからも共に我らがスリギィランドを守っていこうではないか!」 「はいっ!」  それからしばらくは他愛ない話題が続いていたが、  アゼイリアはリチャードがいつしか自分の顔を遠景を眺めるような眼で見ている事に気づいた。 「……あら? どうかなさいましたかリチャード殿?」 「ん……いや……おまえの顔を見ていると、先王ご夫妻を思い出してな………」  ああ、といった感じでアゼイリアは微笑む。 「髪の色と目つきは父に、顔立ちや体つきは母に似ている……と、昔からよく言われてきました……」 「先の模擬戦でも思ったのだが、おまえと手合わせしていると、 おまえの父エドワーズ先王陛下にしごかれていた子供の頃が、まるで昨日のように感じられる……」 異世界SDロボSS 『王位を賭けた恋』  ─今を遡る事17年前─ 「あうっ!」  剣術の稽古をしていた少年が練習用の木剣を弾き返された勢いで尻餅をつく。 「どうしたリチャード!! 踏み込みが甘いぞっ!!!」  リチャードと呼ばれた少年は、なおも立ち上がって構える。 「も、もう一度お願いします!!」 「うむっ! それでこそスリギィの王族じゃ!!」  少年に厳しく剣術指南をしているのはスリギィランドの国王、エドワーズ=ウィンザーノット=スリギィランドである。  彼は今年で43歳になるが、若い頃から女性の好みが激しいせいか未だに独身で童貞であった。 (見合いの話も何度かあったが、運悪く気の毒な顔立ちや性格の女性しかおらず、選り好みの激しい彼には無理な相談だった)  この歳で子のいないエドワーズにとって、若獅子のような覇気に溢れる親類の子リチャードは半ば息子のような存在で、  週に一度、こうして剣術の稽古をつけてやっていた。  養子にする事も考えたが、そうなると彼の実家を継ぐのは出来のあまりよろしくない弟のジョンとなる。  さすがにそれは気の毒すぎたので、強引な性格のエドワーズでも遠慮せざるを得なかった。  さて、その当のジョンであるが……。 「ジョンの奴はまた稽古をサボりおったのか?」   「はい、さっきまた向こうでメイド達が……その……スカートをめくられるいたずらをされたと騒いでいました……」  そこまで言って赤面するリチャード。 「やれやれ、しょうがない奴じゃな……まったく、うらやましい……」 「えっ?」 「あー…ゴホン!! 何でもない!!! ジョンには後で罰として『童貞』について原稿用紙30枚の感想文を書かせよう。 よし、今日の稽古はここまで! 紅茶でも飲んでおやつにするかの」 「はいっ!」  リチャードを連れて庭園から城内に向かう途中、髭を生やした堂々たる体躯の騎士と出会う。  円卓騎士団の一員、ランスロット・バンである。  ランスロットは細い目をさらに細め、可愛らしい男の子が写る一枚の写真をいとおしそうに眺めていた。 「おおランスロット、また息子の写真を見ておるのか」 「これは陛下…お恥ずかしい所を見られてしまいましたな。 …はい、息子の成長が毎日楽しみでございます……」   「しかしランスロットよ、自慢の息子はそなたにまったく似ておらんな。 あれだけ美しい妻じゃ、間違いやキチガイの一つや二つはあってもおかしくはないぞ〜?」 「へ、陛下!? お戯れにもほどがありますぞ!!? 息子ガラハドは母親似なだけでございます!!! このランスロット・バン、妻に不義をされるほどの軽薄な行いは断じて……」 「はっはっは! ほんのスリギッシュジョークじゃ!! ところでどうじゃ、今夜忍びで城下のパブに飲みに行こうと思うのだが……」 「おお、喜んでお供……したいのはやまやまなのですが、近頃妻子と夕食を囲むのが楽しみでしてな……」 「そうか……あい、わかった! ならば無理に誘うのは野暮というものじゃな! リチャード、行こうか……」  剛勇英邁ながらも少しズレた所のある王であったが、  意外にお茶目で気さくな一面もあってか臣民の人気は悪くなかった。  …ただ、無断で城下に繰り出して遊び歩く癖は少年の頃より周囲の者達を困らせていた。  歳が近く、性格的にもくだけた所のあるランスロットはたまに護衛と称して付き合っていたが、  息子ガラハドが誕生してからはそれも以前より激減した。  …その夜、ロンドム市内のとあるパブ。 「お客さん…飲みすぎは身体に毒ですよ?」 「う〜い……マスターもういっぱい」 「聞いてないし……しょうがないなぁ、あと一杯だけですよ?」 「おうっ!! 『いっぱい』飲むぞ〜っ!!!」  安酒を調子に乗ってガブ飲みして、エドワーズはすっかり上機嫌である。  その有様は王と言うより、ただの酔っ払い親父であった。  パブを出た後、千鳥足で歩いていたが、ついには石畳の上に大の字になって横たわる。 「おお〜っ、今夜の星空はキレイじゃのう〜♪ ZZZ……」  おおいびきをかいて眠りだすエドワーズ。  彼の意識はまどろみの底に落ちていった……。 「(頭が痛い……ああ、昨夜は久しぶりに酔い潰れるほど飲んだな……)」  二日酔いとは違う意味での頭痛に違和感を覚え、エドワーズは目を覚ました。  そこは路上ではなく、城の立派なベッドでもなかった。  どうやら、自分は庶民の家の床に寝かせられていたらしい。  キレイに掃除されてはいるが、建物自体の古い造りや経年による汚さは隠しようがなかった。  おそらくここは、いわゆる貧民街なのだろう。  ……頭痛は頭をぶつけてできた傷のようだが、酔っ払いと喧嘩でもしたのか……。  だが、頭にはキチンと包帯が巻かれていた。おそらくここの家人の厚意だろう。  礼を言って城に戻り、後ほど褒美でも出そうかと考えていた所に、ここの家人が戻ってきたらしい。 「…ただいま……あら、目が覚めたのね」  古びたドアを開けて姿を現したのは、栗色の長髪と青い瞳の少女であった。  屈託のない春の陽だまりのような笑顔にエドワーズはたまらず見とれてしまう。  舞踏会で着飾った王侯貴族の娘達は大勢見てきたが、彼女ほどの美しさの者は誰一人いなかった。  そのふわりとした微笑みは、見ている者の心に暖かい風が吹き込むようであった。  後に彼はこの出会いをまさに一目惚れであったと述懐する。  とは言え、この時は王として、紳士として冷静さを保ちつつ話しかける。 「き、君はここの家の娘さんかね? お恥ずかしい所を見せてしまった。 ご両親はいつ戻られるのかな? 是非ともお礼を言わせていただきたいのだが……」  少女の表情が少し曇る。 「大工だったお父さんは私の小さい頃に現場での事故で、お母さんは去年病気で死んじゃったわ……」  まずい事を聞いてしまったと思い、エドワーズは慌てて謝罪した。 「す、済まぬ! 知らぬ事とは言え、失礼な……」 「いいの、私には勤め先の食堂のお爺さんとお婆さんがいるもの!」  どうやら、少女はこの若さで働いているらしい。  両親を早くに亡くした境遇はさぞかし辛いだろう。  だが、明るく微笑んでみせる彼女の顔からは気丈さが感じられた。 「では、改めてお礼を言わせていただこう。 私はエドワーズ=ウィンサー。職業は……い、一応騎士の端くれだ……。 酔っ払っていた所を介抱していただき、傷の手当てにも心より感謝する……ありがとう!」  立ち上がってうやうやしく礼をしようとしたが、頭の怪我のせいかふらつく。 「ダメよ! あんなに出血してたのに!!」 「済まぬ……酔っていたとは言え、酔っ払い相手に不覚を取るとはこのエドワーズ、一生の不覚……」 「あっ、それ違うわ。あなたってすごく重かったから、私が家まで引きずってきたの。 多分、その時に何度も頭をぶつけちゃったのよ……ごめんなさいね!」   「え!? そうなの!!?」  そう言って真実を語りつつ、悪戯っぽく笑って舌を出す少女に素っ頓狂な声を出すエドワーズ。  顔に似合わぬ面白い反応(エドワーズにとっては素であるが)に、たまらず笑い出す少女。   「うふふ……面白い人……」 「そ、そうだ、君の名前をまだ聞いていなかったな」 「私はディアナ、ディアナ=スピースよ」 「ディアナか…いい名だ。改めてありがとうディアナ……。 君さえよければ、また遊びに来てもいいかな?」 「あなたって悪い人じゃなさそうだし、私も友達が増えるのは大歓迎よ! よろしくね、エドワーズさん……」 「歳が離れているとは言え、私は君の友人だ。『エディ』と呼んでくれて構わない」 「そう…じゃあ、改めてよろしくエディ!」 「う……うぷっ、昨夜の酔いが戻ってきた……」 「だ、大丈夫!? 洗面器持ってきたわ!!!」  吐き気に襲われ、介抱してもらいつつもエドワーズは思った。  今回の恩義はもちろん、治安の悪い貧民街に少女一人が暮らす現状は心配で見守ってやりたくなったし、  この歳の離れた友人と話をしていると無性に癒される。  出来る事ならば毎日顔を会わせていたい。  こうして、エドワーズはディアナの家に足繁く通う事となった。  ディアナの家に通い慣れた頃、城でリチャードとの剣の稽古中……。 「たぁーっ!!」  ポカッ!! 「あっ…へ、陛下! 申し訳ございません!!」  木剣でしこたま頭を叩かれて漫画チックなでかいタンコブを作るエドワーズ。  いつもの彼なら決してあり得ない不覚であった。 「よい……ちょっと考え事をしていた……今日の稽古はこれまで……」  いつもの覇気もどこへやら、フラフラと夢遊病者のように歩き、  しまいには植木の手入れをしていた庭師のハシゴにぶつかる王を、リチャードは心配そうに見ていた。 「陛下……だ、大丈夫なのかな……?」  リチャードばかりでなく、王の変化を心配する者は少しずつ、そして確実に増えていった……。  ある日、エドワーズはディアナの家で料理の手伝いに悪戦苦闘していた。  いつも何気なく食べているジャガイモを茹でるのがこんなにも難しいとは……。  包丁で芽を取るにしても、剣術とはまったく勝手が違い何度も指を切ってしまったし、  いざ茹でるとしても、紅茶やスープと風呂など以外に熱い湯を扱うという状況を経験していない彼には新鮮だった。 「うむ、美味い!!」  怪我や火傷と散々な目に遭ったが、茹で上がった熱々のジャガイモに塩を振ってかぶりつくのがこんなに美味とは。  まるで子供のように嬉々としてジャガイモを頬張るエドワーズを、ディアナは不思議そうな顔で眺める。 「あなたってどういう暮らしをしているの? 普通、家でお母さんがジャガイモを茹でるぐらい見ててもおかしくないのに……」 「そ、それは……むぐぅっ!!?」  ギクッとした拍子にエドワーズはジャガイモを喉に詰まらせてしまう。 「大変!! 水、水……」  ディアナから水の入ったコップを受け取って一気に飲み干すエドワーズ。 「んぐっ……ぷはぁ〜っ! 息の根が止まるかと思ったよ! しかし、貴重な経験をさせてもらった……ありがとう。 その件だがね、うちの母が男子を台所に入れない方針だったんだ。うん!」 「そうなんだ……でも、何事も直に経験した方がいいわよね!」  その日の城での夕食にはマッシュポテトが添えられていた。 「料理人を呼べ」  何か不手際があったのかと思い、コック長が厳格な国王の叱責を思い浮かべつつガチガチに緊張して出頭する。 「申し訳ございません陛下! 何かお気に障るような……」 「いや、今宵のマッシュポテトは実に美味かった。褒めてつかわす!! これほどのものを作るまでの手間暇……そなた達も苦労しているのだな……」 「え…? あ…はい、恐れ入ります……(見習いに作らせたんだけどな〜?)」  間もなくエドワーズはディアナに勉強を教えるようにもなった。  彼女は経済的事情から学校に通えなかったせいで、日常生活での最低限の読み書きと計算しかできず、  新聞を読むのにも苦労していたのを見かねたエドワーズが、自ら家庭教師役を買って出たのである。 「君は決して頭が悪いわけではない、偶然勉強の機会に恵まれなかっただけだ」 「エディ、私ね……新聞を一人で全部読めるようになったの!」 「ほう! さっそく勉強の成果を見せてもらうとするかな?」 「よ〜く聞いててね……『巨乳女優と有名騎士が熱愛! 超エロ深夜の密会を激写!!』」 「エロ記事だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」  エドワーズは慌ててテキストを王家の歴史書に変えた。  子供の頃から嫌というほど聞かされた歴史の数々だったが、  彼女にわかりやすいよう、ジョークを交えつつ講義すれば案外自分も楽しく再勉強できたし、  ディアナも昔話を聞く子供のようにそれを楽しみ、自らそれを読もうと一層勉強に励んだ。  二週間もした頃には、エドワーズが少年時代に嫌々3年かけて読んだアーザー王物語を読破する。  エドワーズがディアナとの交流で知らない事柄を学んだのと同様、ディアナもまた彼との交流で成長していった。  しばらく経った頃、昼食後のひと時に城内の庭園を散歩する二人の騎士がいた。 「ランスロット殿、あなたに相談があるのだが……」 「ほう、恋の悩みか? フィックス殿も隅に置けないな」  フィックスは「私にもあなたと同じく愛する妻子がいる」と苦笑すると、再び真剣な面持ちになる。 「……いや、陛下の事だ………。 差し出がましいかもしれんが、皆の模範たるべき国王ともあろうお方が、 街娘との戯れで少しご自分を見失っておられるのかと思ってな」  寡黙な彼にしては珍しく、王への不満を忌憚なく漏らす。  彼は建国三十六系譜の中でもあまり発言力のないフィックス家の当主であったが、  静かながらも国を思う心の強さは誰もが認めていた。  やはり建国三十六系譜の一員であったが、比較的発言力のあるバン家の当主である自分にこういう相談をしたのも、  そういった立場と自身の赤心の間で葛藤した末の決断だったのだろう。 「う〜む……フィックス殿の言う事は至極もっとも。 陛下のお気持ちはわからんでもないが、確かにご自分の立場を弁えていただく必要がある」 「ではランスロット殿、明日の会議の際に……」 「わかった、皆でお諌め申し上げるとしよう」  翌日、建国三十六系譜や円卓騎士の面々は連名での意見書を提出し、  国王たる者が街娘にうつつを抜かし諸事を疎かにするようでは臣下一同への示しがつかぬとエドワーズに詰め寄った。  これにはさすがのエドワーズも反省せざるを得なかった。 「……済まぬ、余とした事が少々浮かれすぎていたようじゃ……」 「聞けば、陛下はその街娘を王妃にお迎えすると仰せになられたとか……。 メイド達の間で噂になっていたのを厳しく口止めしましたが、 もし下賎なマスコミにでも嗅ぎ付けられたら、いかがなさるおつもりですか?」 「えっ!? 庶民を王妃に迎えるのはダメなのか!!?」  呆れたような沈黙の後、臣下一同が次々と猛反対の声を上げる。 「恐れながら、陛下もご存知のようにスリギィランド王家には庶民の血が入った前例はございません!!」 「長らく独身であらせられた陛下が初めての恋愛でお喜びになられているのは別問題としても、 王妃となられる女性はしかるべき家系からお迎えすべきではないでしょうか?」 「陛下が率先しての王家の血統の価値を下げるようなお振る舞いは、 スリギィが一層オフランスに軽んじられる結果を招きましょうぞ!?」  勇敢なるアーザー王の末裔である由緒正しき王家の血統に、長年確執の続くオフランス王国への対抗心……。  確かにエドワーズとてそれらを軽視するつもりは毛頭ない。  だが、それとは別に彼らが庶民の血を…ディアナという人間に直接触れ、理解しようともせず、  前例と偏見のみで蔑み、頑なに拒むように感じられたエドワーズは荒々しく立ち上がり、臣下一同を大喝した。 「庶民の血が何だというのだ!! 貴族も庶民も同じ赤く温かき血が流れる人間ではないか!!!」 「陛下は一国を統べる国王でございます!! 下級貴族の三男坊あたりならまだしも……ご自分の立場を今一度お考えください」 「あくまで友人としておつき合いなされるのでしたら、我らも異論はありません。 ですが、お会いする回数は減らされた方がいいでしょうな」  取り付くシマもない群臣達に、今これ以上抗うのは得策ではないと判断したのか、エドワーズは急に表情と声を和らげる。 「……一週間に一度会うぐらいならダメかな?」 「……ま、まあそれぐらいでしたら……って言うか、気持ち悪いからやめてください」 「ところで陛下、そのご友人とはおいくつなのですかな?」  ランスロットが興味深げに質問する。 「確か、16歳と言っていたっけな」 「ほう! いいですな……」 「「「じゅ、16歳ぃ〜!!?」」」  来る者拒まずなランスロットは好意的であったが、さすがに真面目な他の面々はそうではなかった。 「陛下は43歳…27歳もの年齢差ではありませんか!!?」 「これではまるでロ……」 「「「ロリコンではないですか────!!!!!!!」」」  こうして、エドワーズはディアナと会う機会を大幅に減らさざるを得なくなった。  彼女には仕事が忙しくなったと説明したが、ディアナは嫌な顔一つせず自分に変わらぬ笑顔を見せてくれる。  一週間に一度しか会えないのなら、その一度に七日間の気持ちを籠めよう……そう思っていた矢先………。 「ディアナ! 私だ、エディだ!」 「………………」  ディアナの家の前で彼女を呼ぶも、いつもと違う沈黙を不審に思うエドワーズ。 「どうしたんだディアナ……身体の調子でも悪いのかい? だったらなおさら入れてくれ、私と一緒に病院へ行こう!」 「……ってよ」 「えっ?」 「帰ってよ!!」  今までの彼女からは考えられない冷たい反応にエドワーズは戸惑った。 「何故だディアナ……私が何か気に障るような事でもしたのかい? 君の使ったティーカップに間接キッスをした事か?  それとも、洗濯物の下着をニヤニヤしながら眺めた事……」 「…エディ、あなたそんな事してたの?」 「え゛、違う……の???」 「と、とにかく! 私には新しい若くてカッコイイボーイフレンドができたの!  あんたみたいな中年なんて、もう顔も見たくないわ!!」  途方に暮れるエドワーズはドアの前に王家の紋章が入った万年筆が置かれているのに気がついた。  それは先日、自分がどこかに落としたと思っていた物である。  万年筆を手に取ったエドワーズはすべてを理解した。 「……君と過ごした日々は、本当に楽しかったよディアナ……ありがとう、そしてさようならだ………」  エドワーズの足音が遠ざかるのを聞きながら、ディアナはドアを背に両膝を抱えて嗚咽していた。  横には国王としてのエドワーズの写真が掲載された新聞が落ちている。  国王が街娘との密会で政務をおろそかにしているというゴシップ記事であった。  皮肉な事に、ディアナはエドワーズと勉強した成果で彼の正体を知ってしまったのである。 「ごめんなさい……ごめんなさいエディ………」  それからエドワーズは傷心から目を逸らすかのように政務に打ち込むようになった。  ディアナとの別れから一ヶ月ほど経ったある日、エドワーズはスコトラッド王との会見を終えて帰城。  遅めの夕食を摂った後、自室へと戻るべく廊下を歩いていた。  メイド達が窓の外を見て何か騒いでいる。 「何事じゃ、騒々しい……」 「あっ、陛下……貧民街の方角から火の手が上がっているのです」 「!!」  あの方角にはディアナの住むアパートがある。  逃げ遅れてはいないだろうか、混乱に乗じたゴロツキに乱暴されてはいないだろうか。  いや、彼女の家が燃えていなくとも、ディアナの友人知人なら彼女はきっと危険を顧みず助けようとする。  様々な不安が一気に襲ってきた。  自分が今すぐ行って彼女の安否を確かめたい。  だが、おめおめと自分が顔を出した所で、きっとディアナは自分を拒むだろう……。  それでもいい、彼女が無事でさえいてくれれば、自分は黙って去ればいい!!  意を決したエドワーズは自室に急いで戻り、一振りの剣を手にした。  スリギィランド王家に受け継がれし聖剣エクスカリバーである。  エクスカリバーを腰に帯び、城の中庭に向けてひた走るエドワーズ。   ただならぬ様子に侍従長や近衛兵達が驚きつつ彼の前に立ちはだかる。   「お待ちください陛下! エクスカリバーを持ち出すなど一体何事でございますか!?」 「どけ!! 愛する女性の安否を確かめに行くだけだ!!」 「あの街娘の事でございますか!? それぐらい使いの者を行かせれば済む話でございます!!」 「それでは余の気が済まぬ!! そこをどけぃ!!!」 「やむを得ん……陛下をお止めするのだ!!」 「「「陛下!! 失礼いたします!!!」」」  王国全土より厳選された屈強な近衛兵達が次々とエドワーズを取り押さえようとする。  だが、エクスカリバーに継承者と認められた王は飛躍的に各種身体能力が上昇している。  兵士達は次々と投げ飛ばされ、人の山と化す。  一番下では侍従長が潰れたナナフシのように失神していた。 「愛する女性一人守れずして何が王か!! 何が男かっ!! 誰であろうと……神であろうと余を止める者は許さぬ!!!」  中庭に飛び出したエドワーズはエクスカリバーを鞘から抜き放つ。  まばゆいばかりの黄金の光が辺りを包み、国王専用魔導機である聖王騎キャリヴァーンが姿を現した。  キャリヴァーンは金色の翼を広げ、ロンドムの夜を飛翔する。 「ディアナ……今行くぞ!!!」  火事になっていたのはディアナのアパートであった。  彼女の勤め先の主人が二週間ほど前に亡くなり、今日はその妻が息子の住む田舎へと引っ越す手伝いで帰宅が遅れていたのである。  そして今、燃え盛るアパートの前で張り付いたような笑みの大家と対峙していた。 「大変でしたねディアナさん」 「大家さん? すぐに消防車を呼ばないと……!」  ディアナの細い手首を背後から何者かが乱暴に捻り上げた。 「きゃっ!?」 「へっへっへっ……こんばんわぁ、ディアナちゃ〜ん♪」  下卑た笑いを浮かべるのは、この辺でも札付きのワルとして有名な大家の息子であった。 「これこれ、レディに乱暴しちゃいけませんよ」 「どうしてこんな事を……ちゃんとお家賃は払ったのに……」 「私もね、慈善事業をしてるわけじゃないんですよ。 少しの家賃を払うだけのあなたしか住んでいないボロアパートなんてさっさと潰して、 カリメア企業のハンバーガーショップを建てた方がよっぽどいい……。 それに、あなたうちの息子のプロポーズを断りましたよね?」 「俺らの家で一晩一緒にスキンシップすりゃあ、考えも変わるだろうよ!! さあ来なディアナ……」  キ────────ンッ♪ 「はひょおぉっ!!!?」  大家の息子の急所にディアナの膝蹴りが入っていた。  エドワーズがもしもの時を考えて彼女に護身術の基礎を教えていたのである。  地面に倒れて悶絶する息子の魔手から離れたディアナは、この場を逃れようと走り出した…が!  ガシィッ!! 「きゃあっ!!?」  そこには量産型の破壊工作専用ロボ、ワルドーザーが召喚されていた。  搭乗席には大家が乗り込んでいる。 「あんまり手間をかけさせるんじゃありませんよ……この小娘がっ!!! ひゃっひゃっひゃっ……その方がいたぶりがいもあるがなぁ……」  本性を現したのか、口調も下品で粗暴なものになる。 「へっへっへっ……サンキュー親父……」 「放してよ!! 誰があんたらなんかのオモチャにされるもんですか!!」 「黙れ」  バリバリバリーッ!!! 「あああああーっ!!!」  このワルドーザーの左手にはスタンガンが仕込まれていた。  大家は騒ぐディアナを黙らせるべく、これで彼女を感電させたのである。 「モタモタするな息子よ、さっさと路地裏に連れ込んでやっちまうぞ……」 「いてて……使いもんにならなくなったら、どうしてくれるんだクソアマ!! わかったよ親父、俺らに逆らった事を後悔させてやろうぜ♪」 「い……いや……たす……けて……エディ………」  ズブシャアッ!!! 「「!!?」」  その瞬間である、ワルドーザーの左手が一筋の閃光によって切断された。  宙に放り出されたディアナを優しく、そして力強く受け止めたのは……エドワーズの聖王騎キャリヴァーンであった。 「か、神…さま? 私……死んじゃったのかしら?」 「残念だが私は神ではない……君を守る為にやってきた一人の騎士だ!!」 「その声……エディなの?」  ディアナの問いに無言で頷くキャリヴァーン。  悪役親子から離れた場所にディアナを横たえ、その前に仁王立ちする。 「我が最愛の女性ディアナを傷つけた罪……絶対に許さぬ!!!」 「お、親父……あれ国王専用機じゃね?」 「国王に逆らうって……もしかして死刑? くそーっ!! もうヤケクソだーっ!!! ブッ潰れろぉーっ!!!!!」  ワルドーザーが巨大な鉄球を振り下ろしたが、キャリヴァーンは避けようともせず片手で軽々と受け止める。 「バ、バカな!? 普通ならペシャンコに……」 「ふふふ…スリギィランド最強の聖王騎を舐めるなよ? 貴様如きにエクスカリバーを振るうまでも……なかったな!!!」  まるで鉄球がプリンかのようにキャリヴァーンの指が食い込み、ワルドーザーの巨体が宙に舞った。 「うわぁ───っ!!?」  ドンガラガッシャーンッ!!!  ワルドーザーがしこたま路上に叩きつけられた衝撃で大家ものびてしまい、  逃げようとしたバカ息子も先ほど切断されたワルドーザーの左手をぶつけられて気絶した。  キャリヴァーンをエクスカリバーの中に戻し、ディアナに駆け寄るエドワーズ。 「……怪我はないかディアナ?」 「うん……大丈夫……でも……」 「でも?」 「……私、エディにあんな酷い事言ったのに……どうして助けに来てくれたの?」 「どんなに嫌われても、私は君が不幸になるのを見過ごせなかった……それだけさ。 正体を隠していたのは改めてお詫びしよう。 そう、私はこの国の王エドワーズ=ウィンザーノット=スリギィランドだ」 「……………」 「君とのささやかな交流を壊したくないばかりに、私はエディという一人の男の仮面を被り続けてきた……。 だが、それは結果的に君の心を踏みにじる事となってしまった」  立ち上がり、ディアナに背を向けるエドワーズ。 「こんな私に、君のような素晴らしい女性を愛する資格などない……! しかし、こんな場所に住む限り君には危険がつきまとう。 最後の餞別として、君が静かに暮らせる場所を探す手伝いだけはさせてもらえないか? それだけさせてもらえれば……私は遠くから君の幸せを願っているよ………」  エドワーズの大きな肩が震えている。  背を向けたのはディアナに涙を見せたくないからであった。  先のスタンガンの後遺症からか、ディアナはよろめきながらも立ち上がる。   「バカ……エディ、あなたって大バカよ!!! あなたみたいな優しい人をほっといて、私だけ幸せになんてなれるわけないじゃない!!!」 「えっ…? じゃあ、若くてカッコイイボーイフレンドってのは……グスッ」 「ウソよ……ううっ……あなた以上にステキな男の人なんていないわ……」  二人とも涙を思い切り流しながら、沈黙が続いた。 「…で、では、今ここで私が君を妻としたいと言ったら?」 「エディ、あなたとはいつもステキな思い出を作ってきたわ……。 だから、これからは家族として、ステキな思い出をもっともっと作りましょう……」 「ディアナ!!!」 「エディ……」  …と、抱き合おうとした二人であったが、エドワーズが物陰に潜む気配を察知した。 「…そこの、出て来い」  ばつが悪そうに出てきたのは、いわゆるパパラッチと呼ばれる悪質なカメラマンであった。  キャリヴァーンの圧倒的な強さと王の怒りを目の当たりにしたせいか、ガタガタ震えている。 「ひぃぃ…フィルムは今すぐここで破棄しますし、この事は決して口外しません!! どうかお見逃しを……」 「いや待て、余にいい考えがある……。 ディアナ、城に行く前にやる事があるからちょっとだけ協力してもらえないか? ……おい貴様ら起きろ!! 死刑は勘弁してやるが、その代わり……」 「エディったら、何をする気なのかしら?」  気絶している大家親子を叩き起こし、ディアナにも協力してもらってエドワーズはある作戦を実行したのである。  翌朝、城に宿泊したディアナは、起床後に落ち着いたドレスに着替えさせられて食堂に案内されていた。  スリギィランド国王の朝食はオフランスなどに比べて質素な部類に入るが、  それでも庶民から見ればレベルの違う豪華さであった。   「おはようディアナ、遠慮なく食べなさい。 なるべく君の好みに合うよう、私自ら厨房でコック達に指示を出して作らせたからな♪」 「え、ええ……ありがとうエディ……。 これからどうなるのか、不安であまり食欲が湧かないけど……」  二人が優雅な朝食を摂っている頃、王国各地では号外が乱れ飛んでいた。   爆発するワルドーザー(無理矢理立たせて斬られた)の炎をバックにカッコイイポーズを決める聖王騎キャリヴァーン。  同じく炎を背後に熱い抱擁と接吻を交わす国王と一人の街娘。  ついでにコントのようなチリチリ髪と真っ黒な泣き顔の大家親子の写真。  そして、若干の誇張が入った街娘との身分を越えたラブロマンスと、  王侯貴族の反対に悩んでおり、退位も考えているとの国王のインタビュー(直筆サインつき)が掲載されていたのである。  それはテレビでも大々的に報道され、国内が騒然となった。  無論、それは反対派の面々の目にも触れ、ある者は朝の紅茶を勢いよく噴き、またある者は歯磨き粉を飲み込んでむせた。  ところが、国民の反応はいたって好意的であった。 「あら、王位を賭けた恋なんて素敵じゃない!」 「あのいかつい王様がこんなに純情とは驚いたなぁ。 それにしても、お貴族様ってのは話のわからない人達だ……」  王侯貴族の皆が血相を変え、城への道を戦時さながらに息せき切って登ってくるのが見える。  顎鬚を撫でつつ双眼鏡でその様子を眺め、悪戯っ子のように笑うエドワーズ。 「おお、みんな急いどる急いどる」 「エディ……なんだか私、すごい騒ぎの原因になっているみたいなんだけど……」 「はっはっは…心配無用さディアナ。頭の固い連中にはこれぐらいがいい薬になる。 何事も直に経験してみなければわからない……君にはそれを教えられたよ……。 ディアナ、私の部屋で待っていてくれ。この勝負がどう転ぼうと……私は君の夫となる男だ」  大広間には円卓騎士団の面々や建国三十六系譜の当主達が集まっていた。  エドワーズが玉座に着席するやいなや、皆が怒りや戸惑いの表情を浮かべて詰め寄る。 「へ、陛下!! あの報道は一体何なんですか!!?」 「全国民にこういった事柄を暴露するとは……。 陛下は王家の誇りを何と思っておいでなのですか!!!」 「パパラッチってこわいよな〜、おまえらがまだ結婚するなと言うのならそうしてやってもいいが、世論が許さないだろうな〜……。 いっそ王を辞めて庶民になっちゃおうかな?」  王がその地位を捨てて庶民になる…伝統を重んじるこの国では前代未聞の話であった。  無論、それは王侯貴族全ての存在への疑問符を国民に突きつける事となる。  それを考えれば王妃の出自など些事に過ぎない。  もちろんエドワーズとて本気で皆を路頭に迷わせようなどとは思ってもいない。  これで無理ならリチャードの父にでも正式に王位を委ね、  その後一人の男として、ディアナの夫として下野するつもりであった。  シリアスな顔になるエドワーズ。 「余は……いや、私は愛する女性の為に一人の男として行動した……それについて後悔はしていない。 改めて言おう、我が最愛の女性ディアナを妻とする事ができるのならば、私は王位返上も厭わない!!!」   微妙な空気となった大広間に、昨夜の騒ぎで顔に絆創膏を貼った近衛兵が真っ青な顔で駆け込んできた。 「も、も、も、申し上げます!! 国内はおろか、海外からも押し寄せた報道陣に城が包囲されましたー!!!」  結局、この勝負は報道陣の援軍が決め手となり、反対派の降参で決着がついた。  内心では国王を支持していた一部を除き、げっそりとした表情の王侯貴族達。 「……わ、我々の負けです陛下……お好きになさいませ……」  さっそくエドワーズは一部報道陣を大広間に通し、結婚会見を行う。 「ご成婚おめでとうございます陛下! 王妃様は庶民のご出身とか……」 「出自など関係ない、余にとって全ての愛を捧げるに値する女性と出会えた……それだけじゃ」 「このご成婚について一言お願いします!」 「これぞ愛と勇気の勝利じゃ♪」  …こうして、数週間後には盛大な結婚式が執り行われ、国内は祝福ムードに包まれたのである。    一年後、ディアナは無事に元気な赤子を出産した。  その連絡を聞き、ディアナの滞在する静養地の小城にキャリヴァーンで駆けつけたエドワーズ。 「生まれた赤子はどこじゃ!!?」  城内に入るやいなや、妻子のいる部屋めがけて爆走するエドワーズ。 「ぬおおーっ!! 早く顔が見たいぞ────っ!!!」  やがてエドワーズはドアを蹴破らんばかりの勢いでディアナと赤子のいる部屋に入る。 「でかしたぞディア……」 「しーっ……静かに……今、赤ちゃんが寝た所なんだから……」  嬉しさに逸るエドワーズをたしなめるディアナは、すっかり母親の顔である。 「あ……ごめん……」  スヤスヤと寝息を立てる赤子はエドワーズ譲りの金髪とディアナに似た雰囲気の顔をしていた。 「髪の色と目元は私に似ているが、顔立ちは君にそっくりだよディアナ。 大きくなったらさぞかし美形になるのだろうな」 「いやだわエディったら……ところで、この子の名前はもう決めたの?」 「うむ、我が王家の勇敢にして偉大なる祖先アーザー王に倣い、『アーザー』と名づけるつもりだ」 「エディ…この子、女の子よ?」 「へ? う〜む…男が生まれる事を期待するあまり、女の名前は考えておらなんだわ。 男女両方の愛情を注いで育てればいいとして、名前…名前…そうじゃ! 『アーザー』をもじって『アゼイリア』と名づけようぞ」 「アゼイリア……いい名前ね。勇敢で優しい子に育ちますように……」 「私と君の子だ、きっとそうなるさ……のうアゼイリア………」  アゼイリア誕生後、エドワーズは政務の合間におむつの交換や離乳食作りにまで挑戦した。  ある程度の成長後は、各種帝王学や剣術を自ら叩き込むのはもちろん、  歯磨きやテーブルマナーまで教えるほどの親バカぶりを発揮する。  性教育も教えてやろうと意気込んだが、アゼイリアは泣いて嫌がり、ディアナに笑顔でぶっ飛ばされたのは言うまでもない。  …ともあれ、仲睦まじい国王一家として国民に慕われる事となる。  ─そして、再び現在─  二つの墓標の前で黙祷を捧げる少女がいた。  美しく聡明に成長したエドワーズとディアナの愛の結晶アゼイリアである。  今年で母が父と出会ったのと同じ16歳となった。  彼女は冒頭での演習が行われたリチャードの領地からの帰途で王家の墓地に立ち寄り、  歴代の王…そして亡き両親の墓参りをしていたのである。 「陛下ーっ!」  円卓騎士団に属する空戦タイプの魔導機、ペリノイアが背後に降り立つ。  魔導機を墓地内にまで乗り入れるとは、何かあったのだとアゼイリアは即座に確信したが、  決してうろたえる事無く搭乗者のエルザ・パーシヴァルに問いかける。 「何事だエルザ? 落ち着いて報告せよ」 「闇黒連合の闇騎士ジェラードが部下を引き連れ、ロンドム郊外に現れました! 今はランスロット殿やトリスタン殿、そして…ガラハドの三人が交戦中です!!」 「わかった、直ちに戦場に向かう!」  そう言った後、アゼイリアは両親の墓標に視線を移し、母の面影の残る優しい微笑みをふわりと浮かべる。 「(お父様にお母様……行ってまいります!)」  そして、大きな蒼い瞳に父譲りの気高く鋭い眼光を宿らせ、聖剣エクスカリバーを抜き放つ。  剣から迸るまばゆい光と共に聖王騎キャリヴァーンが降臨し、彼女はその中に吸い込まれるように乗り込んでいく。  あの夜のように金色の翼を広げ、戦場に向かって飛び去るキャリヴァーンとアゼイリアを、二つの墓標は寄り添うように見守っていた。                            ─終─