異世界SDロボ アゼル=ヴィシャスSS          - 勇者の鎖 -                黒闇連合惣領にして、暗黒帝国皇帝、魔王レヴィア=スペリオルの召集を受け、俺は謁見室へきていた。   集まった面々は、黒闇連合の者達ではなく、暗黒帝国の者達のみだった。   魔王レヴィアは、面々が集ったのを確認すると、長い黒髪を靡かせて玉座から立ち上がり、ルビーの如く紅い瞳で、  全員を見渡した。   「みなさん、お早う御座います。本日集まって貰ったのは、魔導の国の最終侵攻についての話です。  指揮に当たったヴェー(皇帝の義弟にして、皇子ヴェータ=スペリオルの愛称)の活躍によって、  もう最後の一歩、次の侵攻で終わります。  最後の侵攻は、今までは今回の作戦に入って頂いていなかった、アゼル、貴方にお任せしたいと思います」   魔導の国、そこは俺の生まれ育った故郷だった。   彼女は俺に気を使い、作戦から外していたのだろう。   しかし、何故今更になって俺にその鉢が回ってきたのだろうか?   いずれにせよ、命じられれば行く、それだけの話だった。   俺が、返事をしようと口を開きかけた時だった。 「姉上っ!?何故ですか!!何故、この信用ならない余所者に手柄を横取りされなければならないのですか!?」   ヴェータ=スペリオル。   彼は、有能ではあるが年端もいかない少年だと言う事もあり、普段は冷静ではあるものの、  このように激昂する事もままあった。   しかし、私を"信用ならない余所者"扱いするのは彼だけじゃない。   黒闇連合、暗黒帝国内の大半の者から、いつか裏切るだろう、と誹られている。   それは、当然の事だろう。   元魔導の国出身であり、この国に俺は攻め入り、魔王レヴィアと一戦交えたのだから。   一戦交えた――とは言え、俺の力は彼女に及ばず、敗北した。   だから――俺はここにいる。 「ヴェー?彼は余所者ではありません。私の大切な友人の一人。  悪く言ってはいけませんよ。  それに、貴方は十分に手柄を立てているし、とても頑張ってくれているのは私がよく知っています。  今回の件を任せるのにはちゃんと理由もあります。  元はと言えば、魔導の国の方々、アゼル達が暗黒帝国に攻めてこられた時から始まりました。  でもそれは、彼らにしてみれば仕方のない行動でした。  隣国軍事力の急激な増大、何れは訪れるであろう自国の危機から脱する為の賭け。  そして、国宝でもある、神魔導機の死守。  彼らには、申し訳ない事をしました...」   彼女は言葉の語尾を窄め、遠くを見つめた。   その表情には、計り知れない程深い、哀しみに似た感情が含まれていた。   彼女が言う通り、暗黒帝国の突然始まった隣国への侵攻による力の増大は、魔導の国にとって脅威だった。   何故、魔王レヴィアが保たれていた世界の均衡を崩すような行動に出たのか、俺は知らない。   何らかの目的があっての事なのは確かだが...恐らく、誰もそれを知らないだろう。   しかし、その目的の為に必要な事として一つとしてわかっている事がある。   それは、神魔導機、と呼ばれる魔導機が必要がある、という事だ。   神魔導機というのは、神が創ったとされる強力な力を持つ魔導機の呼称。   遺跡に埋もれている物もあれば、国で国宝として受け継がれている物もある。   神魔導機については謎が多く、操れる者はいないらしい。   それを手に入れる為に魔導の国を占領する必要があった。   何せ、神魔導機は幾代も以前、さらに遡る国家建国時から守られてきた物だ。   王の役目は、それを守り抜く事だ、とされている事もあり、渡す訳にはいかなかった。   だがそれも惜しく、報告を聞いた所によると騎士団はほぼ壊滅、王の乗る魔導機にも深手を負わせ、  修理もままならないであろう、との事だった。   皇帝の血を継ぐだけあってか、指揮を任されたヴェータは率いる部下はそちらのけで単機でほぼ壊滅させたという。   その結果として、兵にもあまり被害はなかったらしい。   過程はともあれ、良い結果だ。 「姉上がそのような顔をなされる必要はありません!  奴らは暗黒帝国の力を妬み、それを横取りしたくて、この様な者を送り込んできたのに違いないのですから!」   ヴェータは、彼女の方を向き、手を震わせて叫んだ。 「ヴェー...人を悪く言う物ではありません。  例えそれが敵であっても、です。  私達は、他国の人々を恐怖に陥れる行動を取っています。  私はそれを自覚しているからこそ、"魔王"を名乗っているのです。  そして、皆さんもその魔王の手下です。  ですが、心まで魔に貶めてはなりません。例え手が汚れても、人であってください」 「姉上...なんとお優しい...」   ヴェータは、恍惚とした表情で彼女を見つめ、洩らした。   彼女の度々言うこの言葉は、決して演技ではなく本心から出ている言葉だ。   だからこそ、何故彼女が他国への侵略を開始したのか、謎に包まれていた。 「...そうでした、何故、アゼルにお任せするのか、です。  彼は魔導の国の出身者で、城内の事情についても詳しい。  そして彼らが隠す神魔導機の場所や、秘密についても。  それについては彼から聞けばいいのではないか、とも思うかもしれませんが、  彼らが神魔導機を守り通す為に嘘や罠を仕掛けてくる可能性があります。  それを見破る事ができるのは、やはり彼の国出身者である、彼のみだと思います。  ですのでアゼル、お任せできますか?」   俺は一歩前に歩み出て、皇帝レヴィアの顔を直視した。 「御命じ通りに。  一つだけ許可を得たい事があります。  よろしいですか?」 「はい、何ですか?」 「闇の国、大暗黒八武将の一人、蒼紫=ヤンダガレックを供にさせてよろしいでしょうか?」   蒼紫=ヤンダガレック。   俺が魔導の国から出、皇帝レヴィアに仕える様になってから出会った若者だった。   彼も俺が裏切り者だと信じて疑わない者の一人だった。   彼が言いがかりをつけて来たのがきっかけで、俺は彼と勝負する事になった。   勝負の結果、彼は負けた。   素質を秘めてはいるものの、若さ故か未熟な部分が多かった。   ただ、それだけでなく...その力は真っ直ぐで、どこか懐かしかった。   彼は数日後、自分を弟子にしてくれ、と願い出てきた。   最初はただ疎ましく、あしらっていたが熱心にせがまれ、弟子とする事に決めた。   今では闇の国に居る事より、俺の弟子として暗黒帝国にいる事の方が多い。   皇帝レヴィアからの出動命令が下った時は、供に出る事が常だった。   勿論、暗黒帝国の人間に下された命令に同盟国とは言え、無断で参加させる訳にはいかない。   毎回、許可を得てから供に行く事にしている。   ...その許可も、毎度毎度二つ返事で許される所を見ると、彼女自身は気にしていない様子だ。 「貴様...暗黒帝国の行う作戦に他国の者を毎度参加させて、どういうつもりだ!  やつらには無関係な事だぞ!姉上がお優しいからと図に乗るな!」   そう言ってヴェータが俺を睨みつける。   いつか裏切るであろう、と言われている人間が(実際、彼らにしてみれば私は故郷を裏切った前科者なのだ)、  同盟国とは言え他国の人間を作戦に参加させる...この国の転覆を図っていると思われて当然の事だ。   仕方のない事だし、俺は特に気にしないでいる。   そして、俺は裏切るつもりはない。俺は魔王の下僕であり、人形だ。 「ヴェー、あなたは少し怒りっぽいわ。いつもは大人しくて良い子なのに...。  良い紅茶の葉が手に入ったから、後でいらっしゃい。  淹れてあげるから。...そうすれば、きっと落ち着くわ。  アゼル、蒼紫=ヤンダガレックと供に行く事を許可します。  気をつけて行って来てくださいね。帰ってきたら、お茶をしましょう?」   彼女はハーブティーや紅茶に凝っていて、よく人をお茶に誘う。   俺自身何度も誘われ、茶を淹れてもらっている。   誘われて断る事はできないが断る理由もなく、特にそのティータイムが不快というわけでもない。   むしろ、彼女の入れる茶は、美味しい。 「はい。それでは早速行って参ります」 「あ、そうでした――」   魔王に呼び止められ、振り返る。 「如何致しましたか?」 「アゼル、神魔導機の力は絶大なモノです。封印には力を要するでしょう。  私の力を使って下さい。封呪を送ります」 「はい」    そう言って、皇帝レヴィアは手を俺にかざし、呪文を唱えた。   魔力が彼女の手に集結し始め、空間がぐにゃり、と歪む。   その場にいた全員が、息を呑み、収束される魔力に飲まれぬように身体を強張らせる。    「手を、出して下さい」    俺は、手を皇帝レヴィアに向け、翳す。   彼女の翳す掌へと一気に魔力が収縮し、鎖となって放出され、俺の掌に、ず、と突き刺さった。 「...ぐっ」    その衝撃に思わず、呻く。   圧縮された魔力の鎖は、体内を侵食するように入り込んでゆく。   鎖が全て俺の体内に入り込み、魔力の余波が衝撃波となり飛び散る。   体内に入り込んだ魔王の魔力は、圧縮されているというのに、全身を侵食されているかのような錯覚を覚えるほど、  強い力だった。   魔王の力の強大さ、そして神魔導機の力の強大さが如何なる物か。   この、体内で疼く封印の呪文こそが、それを示している。   俺が翳した手を下ろすと、皇帝レヴィアは口を開いた。   「神魔導機の前で、力を解放して下さい。そうすれば、神魔導機の力を封印できるでしょう」 「はい。それでは行って参ります」     頭を下げて謁見室を出ると、魔導機の格納庫へ向かった。   蒼紫を呼ぶ為だ。   格納庫には多量の魔導機やマナスレイヴが並んでおり、整備員達が作業を行っていた。   その中に、蒼紫の乗る、カブトムシ型、クワガタ型、ライオン型の三機のロボが合体して成るキメライザーが彼を見下ろすように立っている。   彼はキメライザーの整備に精を出していた。   彼は整備士としては年齢以上の腕を持つが、操者としてはまだ未熟な部分が多々あった。   それは、生身での戦いをあまり経験していないからだ。   例えばマナスレイヴのような機構に魔術的な要素が多く含まれて居ない類の物は、機械頼りであるから、  その機械に最も馴染み、手足のように扱えるようになる事が最も重要となってくる。   しかし、魔術的要素を多く持つ魔導機は、感覚そのものを魔導機自身と共有させる物が多いために、  実戦経験が操縦に影響する。   空いた時間に実践訓練をしてはいるが、どうも彼は機械弄りの方が好きらしい。   長年それを続けてきたから仕方の無い事なのかもしれないが、彼の魔機鍛冶の腕は一定以上まで洗練されている。   魔導機乗りとしての腕を上げるには、生身での戦いを数多くこなさせる必要があった。   とは言え、魔導機乗りとして未熟であるのに若くして大暗黒八武将として名を連ねるだけの事はあり、  未熟な部分を整備師としての腕だけでカバーし、戦場ではエースと肩を並べる程の腕前を持っていた。   彼は、まだまだ成長する。 「あ、アゼルさん!出撃ですか?」   俺の姿を確認した蒼紫が、先に声を掛ける。 「ああ」 「今回は、どこへ行くんですか?」 「魔導の国だ」 「はい...魔導の国、ですか。その...余計な事かもしれないけど、大丈夫なんですか?」   故郷を攻める事に対しての気遣いだろう。   全く、余計な心配だ。 「大丈夫、大丈夫じゃないという話じゃない。皇帝からの命だ。  それに、あの国に未練はない」 「そう...ですよね。すみません。じゃあ出撃の準備しますね」 「ああ」   俺は一言答え、暗黒帝国城から出た。   そして、俺の武器であり、魔導機の召喚器でもある鎌、アビティースを構え、念じる。   周囲の空気が収縮し、アビティースの先端に収束する。 『出でよ、煉獄の鴉、ダークロウ』   眼前に闇が生まれ、漆黒の鴉が旋風を巻き起こし、その中心に巨大な黒い影が生まれ、  魔導機が姿を現した。   地獄の大鴉を思わせる概観を持つ魔導機、ダークロウ。   これが俺の乗る、魔導機だった。   元は白い鳩を模した魔導機「ホワイドーヴ」だったが、俺の心と供に、黒く染まり、鴉となった。   ダークロウの前に立ち、手をかざすと、重力が消えて体が中に浮き、ダークロウの中へ吸い込まれ、操縦席に入り込んだ。   それとほぼ同時くらいか、キメライザーの近づく音が聞こえ、次の瞬間にはダークロウの隣に並んでいた。 「行くぞ」 「はい、アゼルさん」   俺がダークロウを魔導の国に向けて走らせると、彼も続いてキメライザーを走らせた。   他国に攻め入る等の作戦時は、兵団を引き連れるのが普通だ。   しかし、俺は兵を与えられていない。   というより、俺は暗黒帝国の機士団には所属しておらず、皇帝レヴィアの私兵扱いとなっている。   攻城作戦には基本的に参加せず、遺跡調査等の単独任務が多い。        それにしても、懐かしい。   何時ぶりだろうか、あの国へ戻るのは。   忘れようとした記憶が、鮮明に甦る。    暗黒帝国の脅威により、魔導の国、暗黒帝国を除く隣国は先手を打って出る事を決定した。   選ばれたのは、勇者の血筋である俺、友人であり高名な魔法使いであるギンシャス、僧侶であるバラク。   それぞれ、魔導機操者だ。   俺は婚約者であるエリナに「帰って来たら結婚しよう」と告げ、三人を連れ立って暗黒帝国へ攻め入った。   三人だけでゆく事になったのは、俺達が負けた時の事を危惧しての事だ。   激しい戦いだった。   相手は数が多いだけでなく、強力な者達が揃っていた。   唯一の救いは、ほぼ兵が出払っていた事だ。   将軍格の人間が他国へ出陣している隙を狙っての作戦だったので、当然だが。   しかし、それでも数が多い。   何体の魔導機、マナスレイヴを切り刻んだか数えきる事ができない程だった。   暗黒帝国はそれ程までに、力をつけ、軍備をしていたという事だ。   戦いの中でギンシャス、バラクは死んだ。   哀しみに暮れる間もなく、俺は城内まで攻め入った。   長い黒髪にルビーの瞳、黒衣に身を包んだ魔王レヴィア=スペリオルが優雅に姿を現し、  神帝騎「クラウブレイザー」を召喚し、乗り込んだ。   彼女を打ち倒せば、全て終わる。   世界はまた均衡を取り戻し、俺は帰って、エリナと結婚し、幸せに暮らせる。   そう信じていた。   俺は魔王を戦うまでに、数多くの敵と斬りあい、疲弊していた。   それは確かだ。   だが、例え疲弊していなくとも、敗れていただろう。   其れほどまでに圧倒的な力差があった。   満身創痍の俺は、彼女の手によって殺されるのを待った。   しかし、彼女が俺に最後の一太刀を浴びせる事はなかった。 「あなたはまだ、死んではなりません。あなたの帰る場所に、お帰りなさい」   魔王と呼ばれ、畏怖される存在とは思えない優しい声が、俺にそう言った。   俺と同様、激しく傷付いた「ホワイドーヴ」を駆り、魔導の国へ戻った。   俺は、国に帰れば、エリナが心配してくれ、優しく抱いてくれるものだと信じていた。   国に入ると俺は裏切り者と謗られ、訳も分からぬまま牢獄へ入れられた。   傷付いていた俺は、思いも由らないその扱いに、怒りより動揺と哀しみが打ち勝ち、言葉を発する事もできなかった。   俺は厳重に手枷で拘束され、牢獄で哀しみに暮れていた。   そんな中でも、唯一つだけ、希望を持っていた。   きっと、エリナが弁明してくれる。俺をここから出してくれる。   それだけが救いだった。   数日経ち、エリナが面会に現れた。   俺は愛しいエリナの顔を見るために身を乗り出し、優しい言葉を掛けられるのを待った。   だが、愛しいエリナは顔を歪め、俺を睨みつけていた。 「人殺し」   彼女の憎しみの篭った言葉が牢獄に響く。   俺は訳がわからず、阿呆のように口を開けていた。   なんとか舌を動かし、「何故」と返す。 「とぼけないで...!」   彼女の口から続いて出たのは、驚くべき事だった。   俺がギンシャスを殺したというのだ。   友人を殺す理由など、ある筈が無い。   そう言う前に彼女はさらに言葉を続ける。   俺が、エリナとギンシャスが関係を持っている事を知り、殺したのだ、と彼女は言った。   なんという事だろうか!   彼女は俺を裏切り、ギンシャスも俺を裏切り、密かに通じ合っていたのだ。   俺はそれを認識した途端、絶望に叩き落された。   何も聞こえず、何も見えず、闇しか見えなくなった。       勇者という俺の呼称は、言葉どおりの勇ましくある者、という意味じゃない。   実際に人と掛け離れた強大な力を持ち、生まれて来ているからだ。   一説では、始祖が神の力の破片を受けた者だ、と言う。   人が作ったただの枷程度は、引きちぎる事など容易い事だった。   だが、そうする気が起きないほどに俺は疲弊し、絶望の淵へ落ちていた。   そうして幾日も過ぎ、肉体的に傷などがある程度回復した事もあり、精神的にも少し、力を取り戻した。   まどろむ意識の中、決意した。    この世に、もう、俺の生きる場所はない。   俺は、自ら命を絶つ事を、決意した。   枷を断ち切り、力を込めて、心の臓に狙いを定め、力を解き放つ。   その時だった。   あの、優しい笑顔。   それは、俺が殺す為に対峙した、魔王の笑顔。 『あなたはまだ、死んではなりません。あなたの帰る場所に、お帰りなさい』   帰る、場所。   俺の帰る場所は、どこだ?   故郷に裏切られ、愛する人に裏切られた俺の居場所。   またもや激しい絶望が俺に襲い掛かろうとした時、暖かさが、俺を覆った。   それは、俺の絶望を遥かに凌ぐ大きさだった。   俺は、帰らなければ、ならない。   俺の、帰るべき場所に。   魔王の、元に。   だが、それは俺の正義と相反した。   俺は国を、愛する人を守るために、勇者であり続けたのだ。   例え裏切られ、絶望しても、それは、代わりはしない。   だが、このまま生きている意味等どこにもない。   なら、ここで鎖に縛られ、死ぬのか。   このまま生きている意味等ないのだから。 『あなたはまだ、死んではなりません』   死を望もうとすると、魔王の顔が浮かび、拒絶させた。   主が、死ぬなと言うならば、俺は、死ねないのだ。   だが、俺は勇者である以上、あそこにはゆけない。   ならば、俺は――主の物となる為に、   俺"勇者"である事を捨てよう。     決断と共に俺の身は、闇に染まった。   先ほどまでの疲労は嘘の様に消え、体中に力が漲る。   鬱陶しい枷を引きちぎり、投げ捨て、ここから抜ける為に、ホワイドーブを呼び出す。   出現したホワイドーブは最初純白だったが、俺の心に呼応するように、黒く染まっていった。 「お前はもう、白き鳩"Whidove"ではない。黒き、鴉"Darcrow"だ。俺の様に」   ダークロウは、応え、グググ、と啼いた。それは怒りか、哀しみか、喜びか。   裏切られた怒り、捨てられた哀しみ、そして今、開放された喜び。   こいつは、俺の心と共にある。ならば、気持ちも同じだろう。      俺は搭乗すると、牢獄を破壊し、暗黒帝国、魔王の元へと向かった。   当然、兵達に警戒され、攻撃を受けた。ただ、俺はそのまま、魔王と面会を望み、待った。   数分して攻撃は止み、美しく、魔王が俺の前に、姿を現す。 「お帰りなさい。アゼル」    彼女は一言、言って微笑んだ。       魔導の国は既に兵力をほぼ失っており、いとも簡単に制圧を終えた。   俺は、国王の部屋に向かった。   彼と会うのも、久しぶりだった。   部屋に入ると、彼は国がもうじき自らの物ではなくなると言うのに、特に憤る風もなく、窓際に佇み一人黄昏ていた。   代々勇者であり、国の守護者とされていた俺を牢獄に入れた、入れるという決断を下したのは彼だったが、  俺は不思議と、彼に対して怒りを覚えなかった。 「来たか、アゼル」    振り向かずに彼は言う。 「ああ。貴方を殺しに」 「そうか。遅かったな」    そこで、ようやく彼は振り返った。その表情に、絶望や怒りは見えない。   むしろ、俺を歓迎し、微笑んでいるようにすら見える。 「...神魔導機の封じられている扉の開け方を聞こう」 「それについて教える事はない。あの扉はこの国から魔を払った英雄、ヴィシャスの名を継ぐ者のみが封印を解く事ができる。  あれは、力の強大さ故に勇者自身があそこに封じたのだから。だが、お前には扱えないだろう」    ヴィシャスと名乗る男がこの国に巣食った魔を消し去り、建国の礎となった。   その男が操った魔導機がその、神魔導機と呼ばれ、封印されている物で、  大地に力を漲らせる為の礎となっており、動かす事ができない、と聞いている。   俺にその神魔導機の封印を解く事が出来るという事は、初耳だった。   その、ヴィシャスという男が封じ込め、二度と使えなくしたと伝えられているからだ。 「俺が扱えるかどうかは関係がない。ただ、持ち帰れと言われただけだ。  もう貴方に用はない」    俺は鎌を、王の首元に突きつけると、王は微笑い、洩らした。 「全ては、予言通りか」 「予言?」 「そう。預言だ」 「何を言っている?」 「預言には、こうある。  『魔が再び大地を埋め尽くさんとせし折、戦が起こる。  そして彼の勇者は裏切り、魔に染まる。そして国を滅ぼすだろう』」    この国には遥か昔から書かれた預言書が存在し、それに目を通す事が出来るのは王族だけだった。   王は国を治めると同時、預言を伝える神官としての役目も果たす。   成る程、預言は正しい様だ。しかし、一つ違う。 「俺が国を裏切ったのか。国が俺を裏切ったのか」    俺は彼に問う。 「私がお前を裏切った。だがそれも全て、預言を伝え、行う為」    俺を裏切ったのは彼本来の意思ではなく、預言を行う為、という事か。   いいや...彼の意思は預言を行う事。ならば、俺を裏切ったのは彼の意思という事だ。   「そうか。ではその預言の続きにはなんと書いてある」 「続きはない。何故なら、この国は滅ぶのだから。いや、滅んだのだ。  続きがあるとすれば、魔王の持つ預言に記されているだろう」    予言。あの国――暗黒帝国にも、そんなものが存在していたというのは、初耳だった。   しかし、不思議な事ではない。この国がそうであったのだから。   もし予言があるのだとすれば、彼女が俺を逃がしたのも、予言に記されていたからなのだろうか?   それは、わからない。そして、知る必要はない。俺は、ただ、魔王の駒であればいいのだから。   俺に、感情は必要ない。 「...それで王のお告げは、終わりか?」 「......」    王は、黙したまま、答えない。   もしやすると、彼は予言の先を見据えた時点で死んでいたのかもしれない、そう、王の潔い横顔を見て思う。   俺は、王の首を刎ねた。   首が飛び、床を転がり、血で汚してゆく。   身体も血を噴出させながら、床を転がり、俺に血の雨を降らせた。   血の匂いが、鼻につく。それが、少し不愉快だった。       王室を出て、地下に向かう。地下には、神魔導機が封印されている。   扉の場所は知っていたが、見るのは初めてだ。   単純に、来る必要はないし、危険な程、強大な力が封印されている、と伝えられている場所だ。   まず、誰も寄らない。そもそも、衛兵が警護しているから   剣をこちらに向ける地下への扉の衛兵の首を刎ね、酸えた匂いのする地下へと入る。   地下は明かりがなく暗くしんとしており、階段を降りて先に進むと、奥は大きな広間となっていた。   広間には、巨大な魔方陣が敷かれている。   広間の奥には、大きな、それこそ魔導機が入る大きさの巨大な扉があった。   強大な力ゆえに封印された。そう云われるだけあり――強い魔力を肌にびりびりと感じた。   しかしそれは、扉の向こうの神魔導機の物というより、魔方陣による封印自体の強さによるものらしい。   歩き、魔方陣の中心に立つ。意外な程にすんなりと、魔方陣は消え去った、   だが、それと同時に扉が開き、ばがぁん、と大きな音と共に衝撃波が俺を襲う。そして衝撃波と共に、埃が舞う。   そして扉の向こうに姿を現す、神魔導機ソラリス。純銀の剣の魔導機。神々しさが力強く放つ、魔力の波動。    これに似た波動を、俺は一度受けていた。   魔王が乗する、神帝機クラウブレイザーの発する波動。   こんなものを、俺の始祖は操っていたというのか?   少なくとも、俺には操りきれるとは思えない。   ダークロウも、強力な魔導機ではあるが、唯の魔導機でしかない。   ...力に驚嘆している場合じゃない。   俺は右手を翳し、魔王から授かった力に意識を集中させ、魔力を解凍し、呪文を解放させる――       体内で魔力が爆発し、一気に魔力の鎖が右腕を抜けてゆく。 「ぐ......!」    腕が、千切れる――そんな感覚に襲われ、咄嗟に左手で右腕を支える。   魔力の鎖は剣で一閃したかのように直進し、神魔導機ソラリスに向かい、触れた途端、蛇のように巻きついてゆく。   鎖は一気に俺の体内から抜けきると、神魔導機ソラリスの波動を封じ込めた。   やはりそれでも、完全ではなく、かなりの力が漏れている。   さて、如何にして運ぶかと思案し始めると、神魔導機ソラリスは一歩、一歩とこちらへ歩み始めた。   その歩き方はぎこちなく、ただ、右足、左足を交互に出し、無理矢理歩かされているかのようだった。   どうやら、魔王から授かった封呪には、力を解呪の使用者に連いて歩くように呪いが仕掛けられているらしい。   そうと判れば、もうここに用はない。   地上に上がり、城から出ると、俺はダークロウに搭乗し、歩き始めた。   蒼紫に帰還の魔信(魔力による信号)を送り、返信を受け取ると、城門へと歩き始めた。   相変わらず、ぎこちない歩みで、ガコ、ガコと音を立てながらソラリスが俺の後をついて歩いている。   歩いていると、突然、ダークロウの前に一人の女が立ちはだかった。    「アゼル、アゼル!待って!」   それは、エリナだった。   身体が、震え、身体の内側から、白の力が溢れる。   思い出す、思い出す―― 「......」 「お願いよ、それを持っていかないで!それがなくなれば、この国は滅ぶのよ!?いいの、あなたはそれでもいいの!?」   幾度も抱き、愛し合った彼女の白い肌、美しい裸体。感触。    「お...俺は...」   酷い頭痛が襲いかかり、俺は頭を抱えた。 「魔王に言って、この国を見逃させて!私達の国が別の国になってしまうなんて、無くなってしまうなんて嫌よ!  覚えているでしょう、私を。あなたの愛した、エリナよ――」   必死の、哀願。     だが、最後の言葉を聞いた途端、黒の力が身体を覆いつくした。   憎しみ、怒りが蘇る。   ああ、覚えているとも―― 「覚えている。しっかりと覚えているぞ。お前が俺を裏切った事を!!」   俺は、ダークロウの鎌をエリナに振り下ろした。 「きゃぁあああ!」   エリナの悲鳴と共に、魔導機を斬る感触が、伝わった。   刃は彼女に届く事はなく――   代わりに、キメライザーの腕が、彼女の眼前に転がっていた。   蒼紫が、キメライザーを犠牲に、彼女を救ったのだ。 「蒼紫、何故邪魔をしたァッ!!」 「ダメだ...ダメだ、この人を殺しちゃあ!!   俺はアゼルさんの事を詳しくしらない!だけど、この人を殺したりしたら絶対後悔するのはわかる!  だって、大切な人だったんだろ!?」   蒼紫の声が響く。エリナは地面に這い、怯えながらこちらを見ている。   大切な、大切な、エリナ。   裏切られた事への怒り、憎しみではなく、哀しみが俺を覆いつくす。   白の力が、意識を浸食してゆく。   だが、内部で黒の力が反発を起こし、怒り、憎しみが白の力を圧迫する。    「は...はやく、俺の前から去ってくれ、エリナ。  "俺"が意識を保っていられる間に...っ!」   白の力が黒の力に侵食されていくのを感じながら、声を絞り出す。    「......!」   エリナが立ち去ると同時に、黒の力が俺の意識を支配する。    「...余計な真似をしてくれたな、蒼紫」 「すみません...でも、あなたに、あの人を殺させたくなかったんです」   真っ直ぐな男だ。だからこそ、俺は彼を弟子にしたのだろう。   昔の俺の様な、彼を。   俺が、俺を忘れない為に。      数日後、俺と蒼紫は無事に、暗黒帝国へとたどり着いた。   謁見室へ行くと、皇帝レヴィアが俺を笑顔で迎える。 「おかえりなさい、アゼル。お茶にしましょうか」   そう言って、彼女は微笑んだ。    「少し、よろしいでしょうか?」    僕が、アゼルさんと任務を追えた次の日、庭園をヴェータ=スペリオルと歩いていた皇帝レヴィアに話しかけた。   ヴェータは、鬱陶しそうに、僕を横目で睨み付けた。   彼は、皇帝レヴィアを心から慕っている。姉弟水入らずの一時を邪魔された事が、不愉快なんだろう。    「どうしました、蒼紫?」   皇帝は、それに気付いてか気付かざるか、特に気にした様子もなく魔王、という呼び名に全く相応しくない穏やかな笑顔を、  僕に向けた。 「唐突に申し訳ありません。お尋ねしたい事があり、参上させて頂きました」 「何でしょう?」 「アゼルさんの事なんですが...」   そう言って僕は言葉を濁し、ヴェータにちらり、と視線をやった。   できれば、彼が居ない状態で話をしたい。   聞かれても問題はないだろうし、皇帝が知っている事ならば弟である彼も知っている可能性は大いにある。   ただ、気分の問題だった。   視線を外すと彼と目が合う。彼は僕を睨み付けたままだ。   早く立ち去れ、といわんばかりだった。 「ヴェー、席を外してもらっていい?」 「あ、姉上、このような賊とも違わぬ輩と二人きりになるなど...!」   賊か。酷い言われようだ。   でも、よくある事だし慣れてる。いい気はしないけれど、なんとも思わない。 「いつも言っているでしょう?友人に向けて、賊等と言うものではありませんよ、ヴェー。  それに――私は、魔王、です。心配する事はありませんよ」   確かに、僕ごときでは皇帝を傷つける事すら適わないだろう。   僕は彼女の事を嫌いでは無いし、そんなつもりは毛頭ないけど。   皇帝に言われ、ヴェータは顔をは、とさせ俯いた。 「ごめんなさい、姉上...でしゃばった事を言ってしまって...」 「いいの、ヴェー。謝らないで...。あなたは本当に優しい子。  いつも私の身を気遣ってくれているのね。散歩はまた明日ゆっくりしましょう?」 「はい、姉上!」   ヴェータは俯いた顔をあげ、綻ばせるとどこかへ去っていった。   すんなりといって、助かった。正直な所、彼がいるのを見た時点で半ば諦めていた。   彼より僕の方が、闇黒連合内での地位が下だ。彼が去れ、と僕に言えば、僕は去らざるを得ない。   僕は胸を撫で下ろすと、皇帝を真正面から見据えた。    「皇帝陛下、アゼルさんにかけられた呪を...解いて頂けませんか?  あの人は、いつも苦しそうなんです。無理に、冷たい風に装ってるように見えます。  例え、勇者に戻ってもアゼルさんは、裏切ったりしないと思います...何も根拠はありませんが...。  もし、元に戻って裏切るような事があれば、説得します。それで駄目なら、僕が命がけでも、止めてみせます。  だから、お願いします!」   俺の言葉を聞くと、皇帝は儚げに、遠くを見た。 「...私は、確かに、彼へ呪をかけました。  ですがそれは、彼を縛る様なものではありません」 「じゃあ、どうしてあの人は...!」 「私がかけた呪は、極、軽度の物ですし、彼の力を持ってすれば解呪も容易いでしょう。  ...私はただ、彼の居場所をここに作った、それだけです。  自分の居場所を失った時に、ここを、私を思い出すように。そして、決して自ら命を絶たぬように。  それはただ、私のお節介と――ある事の為です。  ...彼は、自ら、あの様に成っています。  恐らく、勇者は魔王の手下になる事ができないのでしょう。  それは彼の意思。彼の生きる為の選択。  そういった意味では、彼が漆黒に染まってしまったのは、私の所為ですね...」   皇帝は、自らを責めるように、唇を噛んだ。   だから、アゼルさんは、辛そうにしながらも、決してそれに抗おうとしないのか。   彼の勇者である事を捨て、黒に染まるという決意は、それほどまでに深いんだ。 「そうでしたか...。すみません、僕の邪推でした。  お願いですから、ご自身を責めないで下さい」 「ありがとう、蒼紫。あなたも、優しい人ですね。  確かに彼は今、闇に堕ちています。ですが、彼はいつか、それを自らの力で乗り越えるでしょう。  その時こそ、彼は真の勇者となり、この世界を、救う力の一つとなります。  だから、それまで彼を信じて、見守っていて下さい。  彼は、貴方に心を開いている様子ですし、いつも傍にいる。  それは、貴方にしかできない事。お願いできますか?」   皇帝の顔に、穏やかな笑みが戻る。   俺は、しっかりと頷いた。 「あの、さっき、アゼルさんは裏切らないだろう、と言っておいて矛盾した事を言うんですが...。  アゼルさんが"真の勇者"になった時、貴方に剣を向ける事にはならないのでしょうか?」     皇帝は、微笑を変える事無く、答える。 「それは、わかりません。少なくとも、預言には、記されていません。  ...ですが、私は、彼を信じています。私の行動を受け入れてくれると。理解してくれると」    そう言って、遠くを見つめた。   一つ、引っかかった事がある。 「預言、と言うのは?」   皇帝は、顔をは、とさせて僕に視線を戻し、人差し指を口元にあてた。 「ふふふ、口が滑ってしまいました。それは貴方と、私だけの秘密にしておいて下さいね」    悪戯を隠す様に、彼女はそう言った。   預言。   どうにも、腑に落ちなかった。   もし、その預言、と言う物があるとするならば、皇帝は預言に従い、行動している、という事になる。   暗黒帝国の諸外国への侵攻、闇黒連合の結成等も、預言に従った行動という事なのだろうか。   疑問はそれだけじゃない。   何故、そんな行動を取る必要があったのか。   世界を巻き込む何かが、起ころうとしている。   それが何なのか、預言に記された皇帝の役目、アゼルさんの役目、そして僕の役目は一体何なのか。   僕は数日間、もやもやと、それが頭から離れなかった。 ―――勇者の鎖(終)