『悪魔部下自慢日記』 「我が奴隷は目つきは悪いし、愛想はないし、不遜甚だしい。 しかし、それも含めて超絶に愛らしく、狂おしいまでに魅力的で……」 ページを隈なく埋め尽くした膨大な惚気を前にして、 悪魔バルディル=バルト=バルバロスはその端正な顔に苦笑を浮かべざるをえなかった。 一国の王の部屋にしては些か質実な私室で、彼は熱心に一冊の本に向き合っていた。 その本は、華美ではないが落ち着いた気品を漂わせる上質な素材で出来ていた。 そして、その表紙には「悪魔部下自慢日記」と不気味なまでに不自然なタイトルが刻まれていた。 ことの起こりは、中々に馬鹿げていた。 不定期不予告自由参加で行われるいい加減極まりない悪魔達の会合。 「いやぁ、うちの臣下の可愛いことといったら――」 その宴の席で、ほろ酔い加減の悪魔が自分の部下の自慢話をポロリと漏らした。 「ふん、それなら俺の部下なんざ――」 「俺のところの側近だってなぁ――」 程よく酒の入った悪魔達はそれを聞き捨てならぬと息巻き、喧々轟々と各々の部下自慢を繰り広げた。 そして、とうとう悪魔の悪魔による悪魔のための部下自慢コンテストの開催が決定されたのだった。 その手始めとして、この部下への愛と自慢を書き綴るとんでも日記が彼の元にも回ってきたのだ。 「どいつも気合入ってんなぁ」 ページを捲るごとに現れる熱烈な言葉の数々を、彼は実に楽しそうに眺めていく。 どれも当の部下が読んだら赤面して爆発しそうな内容ばかりだ。 案外、魔族も親ばか根性してる奴が多い。 「さて、どうするかな」 一通り読み終えると、ギシリと椅子に寄りかかって一唸り。 国の統治者としても、自分の信条としても負けるわけにはいかない。 しかし、ただ延々と惚気を書き綴るのはありきたりだし、何より趣味ではない。 簡潔かつ鮮烈な一文でビシッとキメるのが好ましかろう。 羽根ペンを弄びながら彼が思案を続けていると、控えめなノックの音が耳を打った。 「王」 「ん、アレクサか」 音もなく扉を開けて恭しく一礼したのは、ちょうど題材にしようとしていた人物だった。 アレクサ=ヴァルティア、以前自分に料理勝負を挑み散った元料理人、現宮廷料理人。 その姿を見ながらも、彼は思案を続け 「南方に活きのいい魔牛がいると聞きまして、しばらく狩って来ます」 「ああ」 ふと、思いついた 「ちょっと、待った」 「は―――〜!?!?//////」 振り返りざまに額へのキス。 「よし」 文章にすればそれだけだが、彼女にとってはまさに晴天のグラニエス。 振り返った体勢のまま硬直しながら、アレクサはたちまち赤く染まっていく。 一方で、バルディルは満足げな表情で部屋に戻り鼻歌混じりに執筆を始める。 チャプリと羽根ペンがインクに浸るのと、パタリとアレクサが倒れたのは、ほぼ同時だった。 ⇔ 「俺のシェフは料理もキスも良質だ」 国交相手でもある同胞からの一文に、彼は唸った。 どこのジゴロだと言い出したくなる気障っぷりだが、これが奴の素なのだ。 奴の天然タラシ属性は長年の付き合いで熟知している。 臣下の過半数が勝負で負かした相手という驚異的な記録保持者だ。 部下自慢コンテストでは有力候補に違いないだろう。 そして、あの「狂王」も強敵だ。 奇天烈な臣下を数多従えていると聞く。 そもそも、本人もかなりの奇天烈だし。 この勝負、並大抵のことを書いたのでは相手になるまい。 単なる強さなどではなく、連中の度肝を抜くような個性を持った奴を考えねば。 目から血が出るとか、スイカやメロンの妹がいるとか、タガメとか 「おい、浴場の湯の出が調子悪いんだが、どうすりゃいいんだ?」 風呂が壊れたとか……ん? 視線を上げれば、扉の先には少女の姿をした親爺が立っていた。 ツグフ=バウヘンス、過去に彼に戦いを挑み、紆余曲折の末に存在をそっくり変えられた「男性」である。 彼女(ということにしておく)の経歴を知らぬ者はその容姿に惚れ、 知る者はそのギャップに惚れるという不世出の萌えキャラ(悪魔談)。 そんな彼女は、ブカブカのシャツにトランクスという色々危ない出で立ちで実に堂々と仁王立ちしていた。 「お前まだ男子兵舎の浴場使ってたのか?止めろといったのに」 「何故だ?疚しいことは何もない」 「兵士及び俺の精神衛生に非常にまずいだろう?」 「最近はあいつらも慣れてきたぞ」 「そうか、後でそいつらの名前を教えろ全員解雇だ」 「何故だ?減るもんでもないし。男同士、疚しいことは何もない」 「じゃあ、何故俺には見せてくれないんだ?」 「俺を元の姿に戻す約束をまるで守る気がないだろうが」 「馬鹿者、お前が男に戻ったときの周りの反応を考えろ。国の士気を暴落させるつもりか」 「じゃあ、見せねぇ」 「それは困る」 「じゃあ、戻せ」 「分かった。検討するから見せて下さい」 「ほれ」 ブバ―――−−ッ ⇔ 「生えてなかった」 ⇔ 「ロリオヤジなど邪道。うちのは正真正銘のロリババアだ」 ⇔ 「わしのももっちは世界一ィィ!」 ⇔ 「一億と二千万年前から相思相愛だぜ」 ⇔ 「あいつの右手はドリルになります」 ⇔ 「ふ……」 そして、狂王アドルファスは全てを読み終えると 横で涎を垂らして高いびきをかいている三つ目の珍獣をちらりと一瞥し 何も言わずに日記を焼却した。 その後の顛末は、一切の闇である。