かつて、魔道を極めたとされる男が居た。  男ははじめ、何の取り得も力もない、非力な魔術師だった。     うつろわざるもの、おぞましきもの、外れたもの。  そう言った外道のもの達と契約を交わし、男は膨大な魔力を得た。  それでも足りぬと吼えた男は、禁断の領域にまで足を踏み入れる。  失われた秘術、その中でも外法と呼ばれる禁忌。  人の認識外にある領域にまで踏み込んだ男は魔道の王と呼ばれ、力に溺れた。  離島を人為的に創り出し、どこからか知った古の魔物達を蘇らせ、配下として従える。  まるで、世界全体に自らの力を誇示するかのように。  それから数ヶ月の後、男は自らの野望を実行する為に動き出す。  ――自らが新たな神となる――  あまりにも馬鹿馬鹿しく、だからこそ狂気は深く、行動は苛烈。  全てをひれ伏させる為に、古の魔物達を尖兵とし、密偵とし、手駒として。  だが、その行為は長く続かず。  当然の如く鎮圧され、男は島と共に結界により沈められ、動乱は歴史の闇に葬られた。  こうして、愚かな男の物語は終わりを告げたのである。    ――……我は終わらぬ。まだ終われぬ。ならば、ならばこそ。この身を投げ捨てようとも――    皇国歴年のある日、突如としてその島が浮上するまでは。  始祖の島と名付けられた離島。そこには原初の時代に生息していた、今では失われた筈の生態系が存在しているという。  その島を調査する為、王国連合は調査隊を結成。離島の調査に乗り出した。  調査隊には選出された者と自ら志願した者とで構成された調査隊。  彼、あるいは彼女達が離島で見つける、真実は。  奥深くに尚生きる、おぞましきものとは。    ―路銀も尽きかけてるからなぁ、まぁ仕方ないと割り切れ―  ―別に我は気にしてない。それにな、あの島から少しばかり気になる気配を感じたー  『エオス・フルグラント/白雷のグラニエス』  「一つ言っておく、我は生半可な覚悟で振るえるほど易くはないぞ」  今まで無意識のうちに避けていた問題を、突きつけられたような気がした。  果たして、そこまでの覚悟はあるのかどうか。  人であることを完全に捨て、それこそ悠久とも思える時を過ごすだけの覚悟が。  まさかこんな時に、そのような決断を迫られるとは。    ―……うみ―  ―そうか、海を見るのは初めてだったな―  『陽炎のレオン/ルビィ』  守りたいと――そう、強く願った。  それなのに、一体何をしているのだろうか。  冷静さを欠き、一人焦った挙句がこの状態なのだから。  お似合いだと思った。けれど、このまま終わりたくはない。  視界に映るのは、守るべき対象であるアルビノの少女。  今彼女は捕われていて、不安なはずなのに、それなのに。  どうして、こちらを心配するような表情なのだろうか。    ―新米の駆け出しには厳しいとは思ったけど。でも見てみたかった―  ―同じ気持ちなんだね、知らないもの、見えないものを見てみたい―  『シャラ/異邦の晶妖精パース』  やはり、力も経験も圧倒的に不足している自分は、足手まといでしかないのだろうか。  違う。  例えその通りだとしても、自分には自分のやるべきこと、できることがあるはずだ。  自分の特徴を知れ、長所を知れ、短所を知れ、引き際を見誤らず、慎重に大胆に。  動く。    ―しかし、ここは正に魔窟だね―  ―大いに上等!魔が潜み手薬煉引いて牙剥く洞窟だろうと貫くのみだっ―  『レイエルン・アテル/ドリー=ルーガー』  レイエルンもドリーも、特別な力や武具を持つわけではない。  ごく普通の冒険者であり、傭兵。  けれども、だからといって場違いという訳では、決してない。  群がる雑兵を貫き穿ち、文字通り道を開けることができるのだから。    ―これはこれは珍しい、どうだろう、後で観察させてはくれないかね?―  『ハロウド・グドバイ』  なるほど、とハロウドはひとりごちる。  故に開かれた口から際限なく溢れる言葉は、点と点を結びつけ線へと変え、一つの推論を創りあげる。  後は、確かめるだけだ。    木々をなぎ倒し、古の覇者が迫る。  勝てるのか――いや、勝つしかない。勝たなければいけない。  かつてこの地上の覇者として君臨していた大いなる存在、エルダーデーモン。  ハロウドの推論を聞くまではただ恐れ、戦う事を避けて逃げ回っていた。  けれど、目の前にいる物が真のエルダーデーモンではないとしたら。  それを証明するためにも、打ち勝たなければならない。  この一体を倒しても、後にはまだ数百と控えているのだから。    ルビィは夢を見ていた。  何処とも解からぬ場所にいる夢を。  誰ともわからぬ女性に話し掛けられる夢を。  視力が弱く、はっきりと物を見ることが出来ないはずの目であるのに、不思議とその女性はみてとれた。  自分と同じ白髪に赤の瞳を持ち、自分と異なる翼と角を持つ、赤き鎧に身を包んだ姿を。  「 」  女性は何かを伝えようと口を動かすが、それは言葉にはならず、ただ掻き消えてしまう。  どこか哀しげな表情で、何度も何度も声無き言葉を届けようと試みる。  そのうち、いつもと同じように視界がぼやけて見えなくなり、ルビィの意識は現実へと引き戻された。    「暁は幾つもの姿を持つ、故に幼子以外の姿が等しくあっても、何ら不思議ではない」  成人女性の姿をとったグラニエスが、エオスを背後から抱きしめて言う。  「雷電は常に共にあり。人の歩みを決め、行動の源となる」  故に、迷いを見せれば等しく迷い、時には自身を焼き尽くす。  「お前が振るう力はそのような力。果たして、覚悟はあるのか?」  エオスは思う。これは最後通告なのだと。  今ならばまだ戻れるが、超えてしまえばもう戻れぬぞ、と暗に告げているのだ。  だから、エオスは言う。  「腹は、括った」  何故かは解からないが、グラニエスが笑った気がした。  「良く言った――ならば、存分に振るえ。踊れ、進め、自らが思うまま、自らの決めるままに!」  直後、エオスの内側から白い雷が爆ぜた。    「お前達は、何者だ」  真っ白な空間の中、レオンは二人の巨人と対峙していた。  右の巨人は青く、凍りつきそうなほどの冷気を放っている。  左の巨人は赤く、燃え尽きそうなほどの熱気を放っている。  そんな人ならざる者を前にして、レオンは臆する事もなく問い掛けた。  お前達は何者なのだ、と。  「お前達が精霊と呼ぶ存在。お前が持つ鎧に宿る者」  青い巨人が言う。  「お前達が悪霊と呼ぶ存在。お前が持つ剣に宿る者」  赤い巨人が言う。  『麗しき古の覇者、その眷属たる白き少女。その祈りに応え目覚めた者。  我等をまといし人の子よ。我等には少女がお前を気にかけるに値する存在とは思えぬ。  同時に我等をまとえる者とも思えぬ。故に、故に人の子よ。お前の力、我等が試してやろう』  「……面白い!」    レイピアとは、相手の急所を的確に射貫き殺す為に存在する武器である。  シャラの脳裏に浮かぶのは、武器図鑑に記載されているレイピアの説明文。  迷っちゃダメ。力を振るう時には、迷ってはいけないの。迷いのある刃は、諸刃になるから。  同時に、剣士であった母の言葉。  ――うん、憶えているよ。  己の記憶を確認して、したからこそ、シャラはレイピアを抜く。  迷うな、と自分に言い聞かせて。彼らを殺してでも、自分は生きなければいけないんだ、と。  「パースっ!!」  「オーケーベイベーッ!!」  相棒である異邦の晶妖精は素早く反応し、雷をレイピアに付与。  多少はマシ、という程度ではあるが、その僅かな差が明暗をわける時がある。  だから、大した力を持たない彼女は自身の持てる力を全て使って、技術も奥の手も全てつぎ込んで、文字通りの全力でぶつかっていく。  狙うのは、頭。眼球の奥にある、絶対的な急所。  放つのは、最大級の大技。  「雷魂叫震天(レコンキスタ)ァァァァァァァァ!!!」  レイピアに付与された雷が全て先端の一点に収束され、長い刀身をさらに延ばす。  その雷の針とも言える刀身は細い。細いが、だからこその貫通力を有していた。  まだ未完成の現状では、これが精一杯。それでもその精一杯は。  「貫けぇぇぇぇぇっ!!!」  確かに、通用したのだ。    「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」  ドリーの雄叫びが強まる。  螺旋魔法により回転力を加えられたランスが、金属質な唸り声をあげた。  「あんたの螺旋魔法、私の得物にもかけておくれよ」  背後、ドリーの背中を守るように立つレイエルンが、盾を構えながら言う。  「そういやあんたのも、飛び出して貫く武器だったっけな」  「そ、しかも今回持ってきたのは特別製。回転しながら飛び出すのさ」  いいねぇ、とドリーの声が聞こえた。  「いいねぇ、アンタ最高だ。この冒険が終わったらどうするつもりだい?」  本来なら場違いな質問なのだろうが、どうしてかレイエルンにはそう思えなかった。  むしろ、この状況に相応しいとさえ、感じられる程に。  「そうだね……。アテもないし、アンタを気に入ったから、一緒についていこうかね。……アンタは迷惑かもしれないけど、ね」  「はっ、迷惑どころか同じ事を考えてた。誘ってみようかな、ってな。そしたらアレだな、その得物も俺の得物と同じように改造でもするか」  「それじゃぁそれを現実のものにするために、ここを乗り切らないとね」  二人の心にある言葉は、ただ一文字。  ――貫く――    「いや、まったくその執念には頭が下がる。そうまでして生き延び、目的を達成したいと思う執念には、ね。  しかしそれもここまでだ。いや、ここまでにしてもらおう、と言った方が正しいかな?」  「何故、拒む」  「何、単純だよ」  ハロウドはそう前置きして、目の前にいる存在に答えを返した。  「僕は学者だからね、答えを与えられるより、探す方が好きだからだよ」  「愚か」  その存在が敵意を爆発させて、ハロウドに襲い掛かった。  一瞬で展開する焔。古代神語を遥かに超えたレベルの魔術。  だが、それを目の前にしてもハロウドは動じない。  迫り来る焔を避けようともしない。  避ける事を諦めているというよりは、避けなくても大丈夫だと、そう言っているよう態度で。  直後に乱入者が現れた。壁を破壊して、二人が対峙する部屋に割り込んできたのだ。  乱入者はハロウドと焔の間に割り込み、雷剣を焔へと向けて放つ。  それと同時に、ハロウドは口を開いていた。  「それに、もう二度と、目の前で失うのは御免なのでね」  その言葉は、焔と雷がぶつかり爆ぜる音に飲み込まれ、誰の耳にも届くことはなかった。    『上等だ!』  剣を構え、エオスとレオンが同時に声をあげる。  「行け!道は俺が開いてやる。だからお前はただ、助ける事だけを考えて走れ!」  「言われずともっ!」  エオスが呼び出した白雷が、レオンの行く手を阻む魔物達を貫く。  「ルビィ……今、行く!」  不意に飛び出してきた魔物の頭を踏みつけて、一気に跳躍。  「お前が意識を掌握するまでの時間を教えたのは失敗だったな」  無防備なレオンに殺到する武器や魔物を、エオスが、ハロウドが、ドリーが、レイエルンが、シャラが一丸となって防ぎ、迎撃し、その場で足止めする。  「れ、おん……」  薄紅色の球体を目指してレオンは跳ぶ。半透明のその中から、此方を見つめるルビィの姿が見えた。  ――斬れるのか  ――いや、斬れる!!  「灼熱の赤よ、焔の魔剣よ!お前が俺を認め、その力を真に委ねたというのならば――」  焔が収束し、紅色の輝きが増した。  「俺の斬りたいものだけを。斬ってみせろぉぉぉぉ!!」  大上段から振り下ろした剣は正確に球体の中心を捉え、溶断する。    剣は長さを変え、ルビィには触れる事無く、半球のみを斬り裂いていた。    「馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」      「一体君は、何になろうというのだね」  「――神だ」    古に沈んだ島を舞台に、集った者たちの物語が展開する。  古びた野望、今だ捨てずに磨く者。  張り巡らされた罠と牙。  その魔手に捕らえられて落ちる者。  救い出そうと足掻く者。  背負って前へと進む者。  己の足で、歩くことを望んだ者達。    果てに見るのは、一体何か。  垣間見たのは、何の真実。  そこで知るのは、何処の一端?    RPG世界長編SS  『魔道の亡王〜始祖の島〜』        ――この娘の身体を得て、我は再び王となる――                          やぁ、いらっしゃい。  うん、勘付いている人もいるかと思うし、またかと思う人もいるだろう。  それでも、これを読んでいる時にはある種のときめきを感じてもらえたと思う。  そう、すまないね。  これ、嘘予告なんだ。