■正義の炎と氷の華■ 氷室と綾子が激戦を繰り広げていたちょうどそのころ 「……」 「不満か少年?」 凍華と緋野は路地裏を突っ切っていた 「……別に不満じゃねえよ……ただ」 「私が貴様を助けたことか?」 「……」 どうやら緋野にとっては図星だったらしく珍しく言葉が詰まっている NEXTの彼女にとって彼はどう転んでも敵にしかならい それでもだ 彼女は彼を助けた 元々が熱血なほうである彼にとってその理由を聞かなければ気が済まなかったのである 例えそれがどんな理由であろうとも 「……簡単よ、利害一致よ」 「利害一致?」 「そう、私達が生きるためにはここを抜け出さなければならない――まあ私には別な用件があるが」 「……」 「それもお前と一緒なら……まあやりやすい方だ……」 「つまり協力しろと?」 「ああ、そうだね少なくともここを抜けるまで」 彼女はそう言い踵を帰す 周りには数十人の魔女狩り部隊 「……さて、PGの学生さんの実力見せてもらおうかしら?」 「望むところだ! 驚くんじゃねえぞ」 そんな状況にもかかわらず二人は別段普段と変わらないような態度を見せる 「あ、そうそう……あんたは私から離れて戦いなさい」 「ああん? どうしてだよ」 「私は火というモノが嫌いなんだよ」 「フフフ、順調に罠にかかってるようね……」 二人が今正に戦おうとしていたとき裏切り者――皆沢 明菜――はクスクスと笑っていた 「フフフ、凍華先輩に仕掛けた発信器まだ気づかれてないみたいね」 皆沢は液晶に映る画像を見ながら言った 「魔女狩り部隊も頑張っているみたいだし私もそろそろ動くときかな?」 彼女に取っては魔女狩り部隊やましてやNEXTなんて関係なかった ただ利用するモノは利用してやるだけ 「見てなさい凍華先輩、今日があなたの」 パチン 指を鳴らす ――命日よ (おかしい) 氷花 凍華は疑問に思った (攻撃が薄すぎる) ここに追いつめた時点である程度は攻撃される事は覚悟はしていた だがそれにしたって攻撃が薄すぎる (おまけに裏切り者からも攻撃が来てない……) 皆沢からの行動が無いのも彼女の疑問に拍車をかける事となった (……さて、ヤツはどうするのか……) 疑念が疑念を呼び警戒心を呼び起こす 周りへの警戒、敵の警戒――そして 緋野への警戒 それらが彼女の心に徐々に積もりそして、一つの隙を作り出す (……!?) 僅かな隙を (これは……) 彼女は今し方路地裏で戦っていたはずだ だがここは―― ――暖かい家であった (……幻?) 親と子供三人で誕生日を祝っている、そんな暖かい家 ふと見覚えのある顔が見える (これは) 忘れるはずがない なぜならその顔は (やめて……!) 彼女の (これ以上見せないで!) 子供の時の顔だから 場面は変わる 家が真っ赤な、真っ赤な炎に包まれる (……嫌だ……) 「お母さん! お父さん!」 必死に叫ぶ『自分』 (やめて……!) それを止める『大人』 (やめてぇぇぇぇぇぇ!) そして肌に突き刺さる炎の『熱さ』 (嫌だ……!) 幼いながらも感じる『無力感』 (もう、やめて……) ピキ 彼女の足下から氷が生え始める (これ以上、こんな悪夢……見せないで……!) ピキ 幼い『自分』から……そして…… (……嫌だよ……) ピキ 『自分』からも (……!? 寒いって、何だよアレ……!) 最初、異変に気付いたのは皮肉も敵であった緋野 洸輝であった 吹雪が吹いていた 全てを氷漬けにする無慈悲な氷 「おい……! 大丈夫か!」 その中心で彼女は絶望していた あの時何も出来なかった自分 両親を助けられなかった自分 ただ叫ぶことしか出来なかった自分 それらが彼女を絶望に縛り付けていた 氷に縛り付けていた 「……おい……」 「もう、嫌……」 か細い声で紡ぎだされたその言葉はあまりにも弱々しく その瞳は絶望しか写しておらず 彼女は全てに絶望をしていた 「くそ……!」 緋野は厄介そうに舌打ちをする 冷気は彼をも包み込もうとしていた 「仕方ねえ……あら治療だ!」 (嫌だ) そこは何もないと言っても良かった (嫌だ、嫌だ) あるのは彼女と (もう見たくない) 彼女を包み込む氷だけだった (もう何も……ん?) ボッ 火が見える (何……だ……?) ボッ、ボッ 取り囲むように火がつく (……熱い、だけど) ボッ、ボッ、ボッ、ボッ それは『幻』の炎より熱くて (暖かい) ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボッ 暖かい (……忘れるところだった) いつの間にか彼女を包み込む氷がとけ始める (私は……) 空間もとけ始める (――だ) 「お目責めかい? 女王様」 彼女が目覚めて見ればそこにいたのは不機嫌そうな顔をした緋野 「ああ、目覚めは悪いがな」 凍華は素っ気なく答える 「なら良かった、頑張ったかいがあるもんだ」 「……緋野よ」 「あん?」 「少し――を貸してくれぬか?」 「良いが何に……」 「良いから、貸せ!」 彼女は有無を言わさぬ口調で言った 借りは帰さねばならない それも 最大級にして まずいことになった そう幻を破られたとき皆沢は感じた 「逃げないと……」 凍華から一刻も早く 彼女は液晶のモニターを確認する 凍華の居場所を、そして向かっている方角を 「よし!」 凍華はあの場からあまり動いておらず方向も彼女とは逆方向であった 恐らく魔女狩り部隊との戦いで足止めを喰らってるのだろう (フフフ、まだ運は向いている……) 彼女はそんな魔女狩り部隊のことなどほっといて逃げ出すことを決意した (所詮あんた達は駒なのよ) どれくらい歩いたのだろう もう路地裏から出る直前までさしかかっていた 「フフフ、ここまで来れば……」 皆沢は綺麗だった髪を振り乱し、目を充血させ叫ぶように言った 「勝ったぁぁぁぁぁ、これで私は……」 「私は? 何だって」 聞き覚えのある声が響いた 「え……何であんたが……」 それは氷の処刑人、氷花 凍華その人であった 「ここにいて悪い?」 おかしい、発信器は確か違う方向に…… 皆沢がそう思ったとき一つの違和感に気付く 「あんたその服……」 いつもの暑苦しい服とは違う、黒い学生服 「交換したのよ服」 フフ、冷たい笑みを皆沢に向けて凍華は言った その時、彼女は自分が罠にようやく気付いた 「そんな……まさか……う!」 ガシ おもむろに凍華は皆沢の首を乱暴に掴む 「あなたは間違えを三つ犯した」 ピキ (さ、寒い……) 冷たい冷気が彼女に襲いかかる 「一つはNEXTを裏切った事」 ピキ、ピキ (ひ、いや……このままじゃ凍死しちゃう) 徐々に体の動きが緩慢になっていく 「一つは策に嵌りすぎた事」 ピキ、ピキ、ピキ (わ、私は……こ、こんなところで……) 氷が徐々に彼女浸食し始める 「そして最後の一つは……」 ピキ、ピキ、ピキィ! 「あ……が、う……」 すでに声帯や他の気管はほぼ全て氷に包まれている 最早吐く息は白く染まっており、その量も段々と少なくなっていく (私はこんなところで終わるような女じゃないわ、こんな、こんな……こ……ん……な……) 「私を怒らせた事だ!」 ピキィィィィン! ……そこには氷像があった 手や恐怖のために大きく開かれた口からはつららが生えており、足から伸びた氷柱が支えとなり後ろに転ぶのを防いでいた。 冷たく白く染め上がったその体はある種の美しさを出していた もしこれが生きた人間でなければ立派な芸術品になっていただろう おもむろに凍華は皆沢であったモノをノックする コンコン 金属音の様な鈍く鋭い音が鳴り響いた 「仕事は終わったみたいだな」 ■氷と炎の終焉■ 「……ああ」 凍華は綾子に言った NEXT幹部として、裏切り者を始末する処刑人として 「なら良いのだ……さてどうする?」 傍にはカタカタと子猫のように震える氷室の姿がそこにはあった 「疲れたし、帰るわ」 「そう、それじゃあ……ね、さよならよPGの学生さん」 綾子はそう言いスタスタと路地を出ようとする 「何?」 「あ、あの……」 その時氷室はおそるそる声を出した 「ありがとうございました!」 出来るだけ精一杯の声で言った 「……どういたしまして」 彼女はその声に答えて、そっと右腕をあげた そして彼女達は繁華街の光へとその身を隠して行った NEXTと言う闇を抱えたまま 「……ありがとう」 彼女はホントに感謝していた 例えそれが敵同士だろうとも なぜなら彼女に教えられたのだから…… 生きると言う事を、信念を持つ事を だから彼女は誇りを持とうと思った それが彼女に対する敬意の表れだと信じているから…… <<了>> 「ところで服は」 「……あっ……」