異世界SDロボSS 『ある旅人達の来訪』  よく晴れたある日、スリギィランドのロンドム港に三人の旅人が降り立っていた。  それは、金髪ツインテールの小柄な少女、緑髪に眼帯の青年、そして全裸男であった。 「ここがスリギィランドか。伝統のある国と聞いたが、他の国の港町とあまり変わらねぇんだな」  肩に槍を担いだ青年が辺りを見回しながらつぶやく。 「フッ、潮風が肌に心地いいぜ……」  潮風を股間の黒丸以外に何も纏わない全身に受ける男……。  多分、10人に8人が彼の姿を変態と呼ぶだろう。 「ちょっと二人とも! この国には遊びに来たんじゃないんですよ!?」 「わかった、気を引き締めるよ(キリッ)」 「おい、全裸で言っても説得力ねぇぞ」   「(ホントに大丈夫なのかしら……)」 「……失礼ですが、貴方がエヴァック=キャスカ=ディオール王女ですか?」 「? そうですが、貴方は一体?」  一行に声をかけてきた狐を思わせる細目の男は、  流れるような、しかし卑屈さを感じない動きで膝を屈して貴人に対する礼をとる。 「これは申し遅れました、私は女王アゼイリア=グロリアーナ=スリギィランドの命で、 貴方がたをお迎えにあがった円卓騎士団が一員、トリスタン・フィックスと申します」 「ご丁寧な出迎え、痛み入ります……。 貴国を訪問できた事を嬉しく思っていますわ」  話を続けるキャスカとトリスタンを眺める二人の男。  流浪のロボ乗りアキ=モフリとバクフ国の粗野な足軽頭で、  今はキャスカ一行に加わって武者修行の旅を続けるサイゾウである。 「サイゾウ、あいつ……」 「ああ、動きを見るだけでかなりの使い手と見たぜ。円卓の騎士は伊達じゃねぇってか」  キャスカとの会話を一段落させたトリスタンが、二人の方を向いて困ったような顔をする。 「……非常に申し上げにくいのですが、我が国では紳士的な振る舞いが尊ばれます。 我らが女王に謁見なされる前に、貴方がたも然るべき服装にお着替え願いたいのですが……」 「失敬な、これが俺の正装で……」 「アンジェラアタック!!!」  反論も終わらぬうちにキャスカの召喚した魔導機アンジェラの強烈なツッコミを受けるモフリ。  キャスカはサイゾウをギロリと睨みつける。 「サイゾウは正装してくれますわよね?」 「正装ったって……武士として公の場で恥ずかしくないよう、裃ぐらいしか準備してねぇよ」 「カミシモでもカモシカでもいいから、ちゃんとしてください!!」 「カミシモ……ああ、貴方はバクフ国のご出身ですか! それでしたらバクフの正装で結構です!!」  それまで落ち着いた物腰だったトリスタンが子供のような喜色を顔に浮かべる。  トリスタンの用意した馬車で王城へ向かう途中、一行は彼の話を延々と聞かされるハメになった。  臣下の身でありながら、バクフとスリギィの友好の証として将軍家一門である御三家の姫を妻に迎えた事。  その妻の素晴らしさ……は、長すぎるので割愛するとして、  バクフ出身のサイゾウを彼女に諸事情で会わせられないのが、非常に残念だと何度も繰り返していた。  そうしているうちに馬車はスリギィランドの王城内へと入っていったのである。  城に到着した直後、三人は身支度をする為に別々の部屋へと通された。  サイゾウは手際よく衣服を脱いで褌一丁になった後、竹筒から裃一式を取り出した。  この竹筒、本来は愛機蛮武ー丸を収納しておくものなのだが、  スペースごとに衣類や保存食を入れておく事もできるので重宝していた(たまに酒と味噌が混ざったりする欠点もある)。  蛮武ー丸に言わせると、物置に押し込められているようでいい気分はしないそうなのだが。  着替えを終えたサイゾウは、案内役の兵士に連れられて女王のいる大広間へ向かった。 「さてと、あいつらはどんな格好してきやがるのかな?」 「サイゾウ!」  聞き慣れた幼い声の方向を向くと、そこには謁見用のドレスで正装したキャスカがいた。  やはり王族だけあってか、表情もいつもと違う雰囲気である。  サイゾウはそれが妙におかしく、ついからかってみたくなった。 「へへっ、馬子にも衣装ってか!?」 「アンジェラアタッ…」 「わーっ!? 殿中でござるー!!!」 「何よそれ?」 「知らねぇか? ま、無理もないかな……」  そこにトリスタンに連れられたモフリがやってきた。 「………………………………」  トリスタンが急遽城下の古着屋に馬を走らせて購入してきたというタキシードを着せられ、  モフリは叱られた子犬のような何とも言えない表情をしていた……。 「さあ、陛下がお待ちです」  大広間の扉が開かれ、視界の向こう側に女王の姿が見えた。  赤い絨毯の上を進むにつれ、その姿はより鮮明になっていく。  美しい、それが若き女王に対するサイゾウの第一印象であった。  やがて女王の数メートルほど手前でキャスカが立ち止まって膝を屈し、  残る二人もそれに倣うが、ぎこちなくキャスカの真似をするモフリに、  サイゾウは丸っきりバクフにおける座礼を取っていた。  キャスカが代表して挨拶の言葉を述べる。 「ディオール第二王女、エヴァック=キャスカ=ディオールです。 この度は女王エヴァック=テレサ=ディオールが名代として参上いたしました……」  サイゾウは内心「ほう」と思った。  前から暴走しがちなワガママ娘と思っていたが、王族の一員として締める時は締める。  キャスカの意外な一面を垣間見て、純粋に感心したのである。  対するスリギィランドの女王アゼイリア……彼女もまたいい眼をしている。  歳はキャスカより二、三歳ほど上の少女であるが、ぎこちない自分達を軽侮する様子もなく、  悠然かつ毅然とした物腰は一国の主たる威厳に満ちていた。 「よくぞ参られました、エヴァック=キャスカ=ディオール王女。 私がスリギィランド女王、アゼイリア=グロリアーナ=スリギィランドです。 テレサ女王からの書簡も拝見させていただきましたわ。 貴国ディオールと我がスリギィランドの末永き友好を、心より願っております」  今回キャスカ一行がスリギィの地を踏んだのには理由があった。  闇黒連合との戦いの旅を続ける中、キャスカの故郷ディオールからの急使が一行に合流した事が発端である。  使者が見せた魔導ビジョンによるキャスカの母ディオール女王テレサからのメッセージによると、  (ちなみに、彼女はサイゾウの好みのタイプであるセーソでカレンでボインな女性に見事当てはまっており、  目をハートにしてテレサの胸元を凝視していたサイゾウはアンジェラアタックで昏倒させられた)  闇黒連合の侵略にあえぐ両国の一層の関係強化を図るべく、キャスカに自分の名代としてスリギィに向かって欲しいとの事だった。  スリギィに入国するまでの間に色々と不安もあったが、  無事にキャスカと女王アゼイリアとの会見が実現し、サイゾウは内心ホッとしていた。  それからしばらくの間、闇黒連合との戦いについて互いに情報交換が続けられていた。   「なー」  何とも愛らしい鳴き声が響く。  どこから迷い込んだのか、窓際に一匹の猫がいたのである。  その瞬間、モフリがいきなり立ち上がった。 「ちょ、ちょっと!!?」 「やべぇ!! 今はやめ……」  モフリの体がオーラに包まれ、せっかくのタキシードが膨張した筋肉でビリビリ破れていく。 「フオオオオオオーッ!!! 猫・即・モフ!!!!」  あっという間にいつものあられもない姿となった彼は、猫に向かって猛ダッシュし、窓の外へ飛び出していった。  間もなく「タイヘンだー!!」「ヘンタイだー!!」という悲鳴が外から聞こえてくる。  その場にいた人間の大半はあっけに取られ、アゼイリアも少し引きつった顔で苦笑する。 「う、噂に名高い裸の勇者……色々な意味で噂以上のようですわね……」 「「………………………………」」  いつもの事とは言え、キャスカとサイゾウは真っ赤になって俯いた。 「フッ、ただの変態か」  その声は明らかに侮蔑の色を帯びていた。  確かにモフリは少し変わっているが、強敵に立ち向かう勇気や動物への優しさにサイゾウは一目置いている。  自分はともかく、仲間を侮辱された怒りは鋭い眼光となって声の主に向けられた。 「どうしたサムライ、本当の事を言って悪いのか?」 「セ、セキス殿……!」  トリスタンが細面を青くして声の主の名を呼ぶ。 「セキス殿! 陛下の御前ですぞ!!」  女王の傍らに控えていた妙に態度の大きい子供が声を荒げるも、 (サイゾウはこの人物が大公シルヴァルヴァリ=ベロ=ベルというのを後で知った)  まったく意に介さないセキスと呼ばれた男は茶髪に細い黒目の二十代前半の男で、その冷めた言動はサイゾウの怒りを余計に煽った。 「てめぇ……!!」  サイゾウが立ち上がろうとした瞬間、アゼイリアの凛とした声が響く。 「セキス、遠路はるばる我が国を訪れた客人への侮辱は私が許さぬ」  静かながらも、その声には有無を言わせぬ迫力があった。  セキスも女王の言葉を受けて一応謝罪する。 「申し訳ございません陛下……サイゾウ殿とやら、お許し願いたい」 「私からも臣の非礼をお詫びいたします……」  セキスはともかく、女王直々の謝罪を受けてごねるほどサイゾウは子供ではなかった。  いつもなら大声で止めに入るが、今は場を弁えて黙っているキャスカの辛そうな顔を見て頭も冷えた。  再び威儀を正し、自分の国の貴人にそうするように平伏する。 「ははっ! それがしも軽率でございました。ご無礼を平にご容赦くださりますよう……」  誰に対しても粗野な態度で接するサイゾウを知るキャスカもこれには驚き、小声でサイゾウに話しかける。 「(ちょ、ちょっとサイゾウ! そこまで頭を下げなくても……)」  その姿を見たアゼイリアは優しく微笑んだ。 「サイゾウ殿、貴方の誠意はしかと受け止めました。 これ以上、頭を下げる必要はありません」  その言葉を受け、サイゾウは頭を上げる。 「キャスカ王女、素晴らしき仲間をお持ちですね。 バクフ国の戦士『サムライ』は誇り高き方々だと、そこのトリスタンから聞いていましたが、 サイゾウ殿の振る舞いを拝見してそれが実感できました……。 今日はささやかではありますが、宴の用意をさせております。 それまでの間、ゆっくりとくつろいでください」  こうして、会見は少々の波乱を含みつつもひとまず終わりを迎え、  サイゾウはやれやれといった面持ちで与えられた寝室のベッドに横たわっていた。  コンコン  ドアをノックする音が聞こえる。  気だるそうに「どうぞ〜」と言うと、ドアを開けて入ってきたのはキャスカであった。  多分、さっきのゴタゴタで恥をかかされたと怒っているのだろう。  何発で許してもらえるかなと思っていたサイゾウの耳に入ったのは意外な言葉だった。 「サイゾウ……今日は……ごめんね……」 「あ!? な、何がだよ!?」  キャスカの意外な詫びの言葉に面食らうサイゾウ。 「私の用事に無理やりつきあわせちゃったし……その、やな思いさせちゃったから……」 「……ぷっ……くっくっく……ぶわっはっはっはっはっはっは!!!」  突然バカ笑いをするサイゾウにキャスカは不機嫌な顔をした。 「な、何よ!? せっかく人が心配してるのに〜!!」 「あー、笑った笑った……。 カッとなっちまうのは俺の悪い癖だし、 足軽やってりゃ内心ムカついてても頭下げなきゃならん場面は何度もあるさ。 おまえの国云々は関係ねぇ、あれは俺なりのケジメをつけただけだ」 「サイゾウ……」 「ま、普段面倒かけさせられてる分、今日はここでたっぷりうまい飯を食わせてもらうぜ。 それまで寝とくから、飯時になったら呼んでくれ」  キャスカはホッとしたような表情を浮かべ、部屋を出ようとする。  その際、小声で「……ありがとう……」と言ったように聞こえた。 「へへ……いつもああなら可愛げもあるんだがな……」  その夜、城ではキャスカ一行を歓迎する宴が開かれていた。  子猫のTシャツ姿のモフリ(アンジェラアタックを受けたのは言うまでもない)を加え、  三人は料理の数々に舌鼓を打ちつつスリギィの貴族達と歓談していた。  キャスカはアゼイリアと共に大勢に囲まれて大小様々な質問に答えており、小さいながらも王族としての公務をこなす。  こうした場に慣れていないサイゾウとモフリは自分達から話しかける事はなかったが、  窮屈さを感じていた二人には、異国の人間である自分達にも気さくに話しかけてくれるトリスタンの存在はありがたかった。  ノロケ話と質問の嵐には閉口気味だが、しばらくして互いに打ち解けたせいか、交わす言葉も自然と友人同士のそれになる。 「今度、妻イズーの誕生日にプレゼントを贈ろうと思うのだが、 同じバクフ出身の貴方が私の立場なら何を贈る?」 「あんたがいいと思えば、何をやっても喜ぶんじゃねぇのか? 俺は頭悪いから上手く説明できねぇがよ、気持ちさえこもってりゃ喜んでくれると思うぜ」 「そうか……そうだな……ありがとうサイゾウ。贈り物を選ぶ指標ができたよ」 「へへっ、ちょいと暑苦しいが、あんたみたいな旦那を持てた嫁さんも幸せだろうな」 「ははは……いやぁ、お恥ずかしい!!」  その時、サイゾウはすっかり上機嫌なトリスタンの数メートル後方にセキスの姿を見つけた。  セキスもサイゾウの視線に気づいたようだが、冷たい視線を返した後、プイッと向こうを向いた。 「…ちっ」  トリスタンも後方のセキスとサイゾウの表情を見た後、昼間の一件がまだ尾を引いていると思ったのか、  サイゾウ達に対し、申し訳なさそうな表情を浮かべる。 「すまない……だが、セキス殿は少々不器用なだけで、決して悪い人間ではない。 同じ円卓騎士の一員として、このトリスタン・フィックスが保証する」 「……あんたが謝る事じゃねぇよ。いい奴だろうが悪い奴だろうが、 どこへ行ってもウマが合わん奴はいるもんさ。なぁモフ……」 「窮屈だ……脱ぎたい……」 「聞いちゃいねぇ……おい、脱ぐんなら庭でやれよ。今脱いだら昼間より気まずいからな……」  そう言って外へ出て行く二人を、複雑な表情で見送るトリスタン。  できる事なら明日も自分が彼らと一緒にいてやりたいが、  早朝には女王アゼイリアの命でスコトラッドに使者として向かわねばならない。  人間関係とはつくづく難しいものだと思い、トリスタンは細い目をさらに細めた。 「ああ〜っ……気持ちいい〜っ♪」  広い浴場で歓喜の声を上げるのは、宴が終わって息の詰まるような質問責めから開放されたキャスカである。  トレードマークのツインテールを下ろし、美しい金髪はセミロングとなっている。  普段旅を続ける彼女にとって、風呂にありつけない日も珍しくはなく、  いつもなら安宿のシャワーでも御の字であったが、やはり城の広いお風呂が一番いい。  熱い湯をふんだんに使って身体を洗いながら、故郷ディオールの城で母や姉と一緒に入浴していたのを思い出す。  ふと、彼女しかいないはずのこの場に人の気配を感じた。  メイドが背中を流しにでも来てくれたのだろうか? 「ご一緒してもいいかしら?」  そこに現れたのは一糸纏わぬ姿のアゼイリア本人である。  これにはキャスカも仰天した。   「そう緊張なさらないで、裸のつきあいに堅苦しい礼儀は無用ですわよ?」 「は、はい……」  横で身体を洗い始めたアゼイリアをそっと見るキャスカ。  胸は彼女の姉アリシアほど大きくないが、華奢でありながら程よく引き締まった肢体は、  アゼイリアが日頃から騎士としてたゆまぬ鍛錬を続けている証であった。  それにしても、自分の貧弱な胸はいつ見ても……。  キャスカは薄い胸板に手をやり、内心溜息をついた。 「大丈夫、胸なんてじきに大きくなるわ。私も数年前までは貴方と同じぐらいでしたもの……」    そう言うアゼイリアの蒼い瞳は昼間とは違う妖しい色気を帯びていた。  キャスカは耳まで赤くなりながら慌てて目を逸らし、身体についた泡を洗い流そうとする。   「あ、ありがとうございます(なんだろう……今、女の子同士なのにドキッとした……)」 「明日は王都内の各部署への視察を行います。よろしければご一緒しませんか?」  話題が妙な方向に行かずに安堵したキャスカは、当然快諾する。  それ以降、別段変わった事もなく、穏やかな眠りにつくキャスカ一行であった。  翌日、サイゾウは王都ロンドムの通りを槍を担ぎながらほっつき歩いていた。  異国の者は彼だけではなく、見慣れない肌の色をした人間や獣人の観光客も大勢闊歩している。 「王族ってのも、つくづく大変だな……気楽に観光もできねぇんだからよ」  今朝早くから何やら騒がしいと思っていたら、女王アゼイリアが王都の各部署への視察を行うらしい。  キャスカも後学の為に彼女に同行し、サイゾウ達も参加を呼びかけられたが、二人はそれを丁重に断った。  ディオールとスリギィの国交に、これ以上部外者である自分達が関わるのも心苦しかったのである。  いつもなら文句を言いそうなキャスカも、堅苦しい場に不慣れな仲間達を連れてきた負い目があるのか渋々了承した。  護衛の面々はおそらく自分達に匹敵する実力者だろうし、  昨夜トリスタンから聞いた話によると、女王アゼイリア自身が魔導機を駆る国内最強の騎士だそうなので危険もないだろう。  たまにはワガママ姫様のお守りから解放されるのも悪くないもんだ。  そんな事を考えながら、酒場で軽く一杯やっていこうと思ったサイゾウはとあるパブに足を踏み入れた。 「いらっしゃい」  人の良さそうなマスターが声をかけてくる。  サイゾウは「おう」と気さくに声を返し、カウンターの椅子に腰掛けた。 「酒を頼む……おっと、外国じゃバクフシュって呼ぶんだっけな」 「バクフシュと言っても、うちは色々揃えてますよ。まずはメニューをどうぞ」 「おっ、いいねぇ! どれどれ……」  サイゾウは上機嫌でメニューに目を通すが、すぐ不機嫌な顔になった。 「高ぇなおい!! 安い酒でもバクフの三倍はするんじゃねぇか!?」 「お客さん、うちはこれでも良心的な方ですよ?  バクフシュは輸送費とかでどうしても高くなっちゃいますからね。 お財布が寂しいのでしたら、手頃で美味しいビールなんていかがです?」 「しょうがねぇな……じゃ、それで頼むわ……」  ポテトチップをつまみにビールを飲みながら、サイゾウは店内を見回した。  昼間というのもあってか、店内に客はほとんどおらず、静かに飲むには最高の雰囲気を醸し出していた。  だが、サイゾウの視界にこの場にそぐわない一団が入った。  にこやかな初老の男が体格のいい男三人に少女一人とテーブルを囲んでいるのだが、  その服装はどう見てもこの国の人間ではなく、サイゾウの故国バクフ国のものである。  自分以外にも海外を旅する酔狂な者がいるものだと、しばらく一団を眺めているうちに、その中でも特に人相が悪い男と目が合った。  しかも、互いに今回が初対面ではない事に驚いたサイゾウとその男は飲んでいた酒を同時に噴き出した。 「イ、イゾウ!? なんでてめぇがここにいやがるんだ!!」 「貴様はサイゾウ!! キィエエエエーッ!!!」  次の瞬間、イゾウは奇声を上げながらテーブルを両断しつつ抜刀し、跳躍してサイゾウに斬りかかる。  ウェイトレスが悲鳴を上げ、周囲の客やマスターも突然の凶行に慌てふためく。 「久しいな……異国の地で再び会えるとは思わなんだぞ!?」  すかさず槍を一閃させて刀を弾いたサイゾウの姿を凝視するイゾウは、卑しく舌なめずりをした。  それを見たサイゾウは嫌悪感を露わにする。  以前、くだらない理由でこの男に因縁をつけられて叩きのめした事があるが、  やはり、あの時は仏心など起こさず息の根を止めておくべきだった。 「相変わらず危なっかしい野郎だぜ……。 やるなら外でやるぞ、関係ない奴に怪我させたら酒がまずくならぁ」 「ふん、死に場所ぐらいは選ばせてやる。殺し方はわしの好きにさせてもらうがな」 「…ちっ、狂犬めが。厄介事を増やしおって」  イゾウの連れの男達も腹立たしげにパブの外へ出て行く。  それとほぼ同時に真っ青になったマスターが受話器に向かって悲鳴のような声を出していた。 「もしもし……警察ですか!? 客同士が刃物を持ち出して喧嘩を……」  その数十分ほど前、キャスカはアゼイリアと共にロンドム警視庁(通称スコトラッド・ヤード)に馬車で向かっていた。  二人以外にはアゼイリアの信頼が厚いという魔術師マリン=アンブロジウスが馬車に同乗し、  エルザ・パーシヴァルという女性騎士が古式ゆかしい騎兵隊を率いて馬車を護衛している。  アゼイリア自身もドレスから鎧に着替え、聖剣エクスカリバーを携えて厳めしい表情をしている。  まるで戦場に向かうかのような様相に、キャスカはガチガチに緊張していた。 「あら〜? 陛下、キャスカ王女ったらすっごい緊張してますよ?」 「だ、大丈夫です!!」 「マリン、そんな事を言ってはキャスカ王女が余計に緊張するではないか。 …失礼、我が国もディオールと同じく闇黒連合との交戦中…すなわち戦時下に置かれています。 臣民の士気を引き締めるためにも、定期的にこうやって武装しての視察を行っているのです」 「陛下、陛下、お忍びでの抜き打ち視察は説明しないんですか?」 「あ、あれは非公式で……って言うか無意味にくっつくなマリン!! キャスカ王女の前だぞ!!?」  妙に仲のいい二人を眺めつつ、キャスカは同じように戦時下である故郷ディオールの事を考えていた。  母テレサや機士団の面々は今頃どうしているのだろうか……。 「陛下、警視庁に到着いたしました!!」 「うむ! ではキャスカ王女、参りましょうか……」 「はい!」  きっと母やみんなも今できる事を全力でしているに違いない。  故あって旅を続ける自分もできる事を頑張ろう。  キャスカはそう思ってアゼイリア達と馬車から降りた。 「陛下! お待ち申し上げておりました!!」  丸々と太ったヒゲの警視総監が屈強な警官達を従えて敬礼する。 「うむ、これより視察を始める」 「ははっ……そちらにおわしますはディオールから参られた王女キャスカ様ですね? いや〜、お噂は我々も聞いておりますよ! 我がスコトラッド・ヤードを視察していただけるとは光栄の極みであります!!」  実はこの警視総監、美人と幼い外見の女の子が三度の飯より大好きなどこにでもいる(?)紳士であった。 「コホン、キャスカ王女も公務で来ておられる……無駄な私語をせず、己が職務を果たすように」 「これは申し訳ございません陛下! では、こちらへ……」  総監に案内され、キャスカはアゼイリアと共にロンドムの治安を守る警察について勉強するのであった。  サイゾウと蛮武ー丸は酒場の前で意外な相手と対峙していた。 「イゾウ……なんでてめぇが機械人に乗ってやがるんだ!!?」 「貴様と対等に死合うにはちょうどいいモノをもらった……なぁ裏風刃よ」  裏風刃と呼ばれたヒョロヒョロした細身の機体は赤い瞳を輝かせ、呻くような声を発した。 「ギギギ……キル……コロス……!!」 「サイゾウ殿、一気に蹴散らすでゴザルよ!!」 「おうっ!!」  サイゾウの駆る機械人、蛮武ー丸が愛槍をしごいて裏風刃に向かっていく。 「でりゃあーっ!!!」  裂帛の気合いと共に繰り出される連続突き。  並みの相手ならば、一瞬で穴だらけにされてしまう蛮武ー丸の得意技である。  ところが、裏風刃は横降りの豪雨のように襲いかかる突きをゆらり、ゆらりとかわしていく。 「なっ!?」 「どこ狙ってやがんだバカブー丸!! ちっとも当たらねぇじゃねぇかよ!!!」 「ムッカー!! 拙者だって真面目にやってるでゴザル!!!」  ヒュッ! ストッ… 「「!!?」」  なんと、裏風刃は蛮武ー丸の槍の柄に飛び乗ったのである。 「死ねぃ!!!」  相撲取りが四股を踏むように細い片足を上げた瞬間、  足が槍のように伸びて蛮武ー丸の喉に迫った。 「やべぇ…」 「(む、無念なり!!)」 「トリャッ!!」  バキィッ!!  その瞬間、何者かが裏風刃を蹴り飛ばしていた。  無駄な装飾のほとんどないシンプルな格闘戦用の機体。  アキ=モフリ専用機、モフリオーである。 「大丈夫か?」 「モフリ殿、かたじけないでゴザル!!」 「てめぇなぁ!! ボケッとしてやがるからそうなるんだよ!! あ、うちのバカブー丸を助けてもらってありがとよモフリ」 「なぁに、たまたま近くを裸で走っていたら騒ぎを聞きつけただけさ。 …それより、あいつは闇黒連合の新手なのか?」 「おまえも別の意味で騒ぎを起こしてるんじゃ……まあいい、昔の最悪な知り合いってとこだ。 なぜあいつがこの国に来てるのかまでは知らねぇがよ」  突然始まった街中でのロボ戦は近辺を騒然とさせていた。  やがて、通報を受けた警官隊(内訳はポリスナイツ一台と生身の警官数名)が現場に駆けつける。  蹴り飛ばされたイゾウと裏風刃は起き上がり、自分達に向かってくる警官隊をぎらついた目で見据えた。   「ほう、わしらを捕らえに来おったか?」  イゾウの声が狂喜を帯びる。 「イゾウ!! やめろ!!!」 「異人どもの血をすするのも悪くはない……」 「さあ、大人しくしろ!!」  シャバァッ!!!  裏風刃を捕らえようとしたポリスナイツが腰から上を両断される。  斬り飛ばされた上半身は石畳に叩きつけられて煙を上げ始めた。 「いかん、チャールズ!! 早く脱出するんだ!!!」  警官隊を率いる初老の隊長にチャールズと呼ばれた若い巡査がコクピットから必死に這い出す。  彼がポリスナイツから転げ落ちるように地面に降りて伏せた瞬間、機体が小爆発を起こし炎が上がる。  チャールズに駆け寄って彼の無事に安堵する警官達の前に裏風刃が立ちはだかった。 「ふん、まとめて殺してやる」 「ぐっ…王都ロンドムの平和は我らが守る!!!」  隊長の気迫と共に警官隊は一斉に拳銃を構えて発砲する。  ロボの前では拳銃を持った生身の人間程度が無力なのは承知しているが、市民を守ろうとする誇りが彼らを突き動かしていた。  イゾウが無慈悲な刃を警官達へ振り下ろそうとした瞬間、強力な水流が裏風刃を襲う。  蛮武ー丸の武装の一つである水鉄砲型水圧銃による放水であった。  ついでに燃えるポリスナイツの残骸にも水をかけて鎮火する。 「てめぇの相手は俺だっつってんだろうが!!!」   「ちぃっ…次から次へと気に入らん、殺してやるぞ!!!」  再び激しく戦う二人をよそに、モフリが警官隊に話しかける。 「こいつらの相手は我々がするから、あなた達は逃げ遅れた人の避難を頼む!!」  自分達と同じ正義に基づき行動する異国の戦士達に、警官隊は全員敬礼した。 「ご協力に感謝する! 行くぞみんな!!」 「行くぜ、蛮武ー丸っ!!」 「心得たっ!!!」 「手を貸すぞサイゾウ!! モフリオーの力を見せてやる!!!」  蛮武ー丸に加勢しようとするモフリオーであったが、突然その両手が何かに絡め取られる。 「なっ、何だ!!?」  謎の男達のリーダー格であろう初老の男が明朗かつ邪悪な声を上げる。 「かっかっか! このマツナガの毒蜘蛛斎と……」 「拙者ライ…」 「…と式神のおケイの沼池之助がお相手するゲコー♪」 「おケイ、それ調子狂うからやめてくれ……」 「え〜?」  モフリオーの両手を捕らえたのは、毒蜘蛛斎の糸と沼池之助の鎖鎌であった。 「く、くそっ…まだ仲間がいたのか……」 「悪いが、もう一人いる……このニッコウの操る英風丸だ」  イゾウと裏風刃だけならまだしも、三体の機体の加勢にはサイゾウも肝を冷やした。  いずれも実力者である事は、彼自身も力量があるが故に理解できる。  そんなサイゾウの焦りを見透かしたかのように、一層狂った刃の勢いを強めるイゾウ。 「わしの相手は俺だと抜かしたのは嘘だったのか?  気に食わん、その二枚舌を三枚に下ろしてくれる!!!」 「ちっ! 何とかに刃物とはよく言ったもんだぜ!!」  場所は変わって再びスコトラッド・ヤード……。  アゼイリア達は視察を一通り終えた後、警視総監室で紅茶を飲んで一息入れていた。 「この国の紅茶って、本当に美味しいですね!」 「いや〜、キャスカ様にそう言っていただけると光栄ですなぁ! あ、これは私が自宅で焼いたクッキーとスコーンです。 妻や娘達にも大好評なんですよ? ささ、遠慮なさらずどうぞ……」 「警視総監!! 大変です!!!」  そこに一人の警官がノックもせず転がり込むように入ってきた。 「何事だ!? 女王陛下とディオールの王女様がおくつろぎの所に失礼だぞ!!?」 「も、申し訳ありません!!  しかし、街中で闇黒連合と思しき機体が破壊活動を行っているとの情報が入りまして……」 「ええっ!? 闇黒連合の戦闘ロボなら、ポリスナイツでは歯が立たないぞ……。 陛下、円卓騎士を出動させた方がよろしいのでは?」  アゼイリアは柳眉を逆立て、ソファーから立ち上がった。  エルザやキャスカも(マリンはワンテンポ遅れて)それに続く。 「すぐに私達が魔導機で向かう!! エルザ、マリン、行くぞ!!!」 「はっ!!」 「は〜い(もぐもぐ)」 「アゼイリア女王、私も連れて行ってください!!」  キャスカの意外な提案に、マリンとエルザは顔を見合わせていたが、  アゼイリアは彼女の瞳に宿る真摯な思いを汲み取ったのか、凛々しい笑顔を浮かべた。 「これはありがたき申し出……女王として、そして一人の騎士として、貴方の援軍を歓迎いたします!!  では警視総監、王都内の警官を総動員して治安維持に当たれ!!!」  女王の厳命にビシッと敬礼する警視総監。 「了解いたしましたぁー!!!」  一行が飛び出していった後、警視総監は内線で指示を一通り行い、テーブルに視線を移した。  そこにはアゼイリアやキャスカの小さな歯型がついたクッキーやスコーンが残っている。  彼は鋭い眼でそれら貴重な遺留品をそっと袋に入れるのであった。  魔導機を召喚する場所を求め、庁舎から駐車場へ走り出る一行。  アゼイリアはエクスカリバーを鞘から抜き放ち、マリンやエルザもそれぞれ魔導機召喚の手順を踏む。  キャスカも負けじとビームソード兼アンジェラの起動キーであるパンツァーシュナイダーを掲げた。  その場に光が満ち、彼女達の魔導機が姿を現す。  アゼイリアの駆るエクスカリバーの化身、聖王騎キャリヴァーン。  魔術の粋を集めて造られたマリンのフィンカイラ。  高速で天を駆けるエルザの愛機ペリノイア。  そして、ディオールの科学と魔法によって蘇った機械仕掛けの天使……キャスカの操るアンジェラである。 「では、これより戦場に向かう!!!」  四体の魔導機は四つの光となり、戦場の様相を呈した現場へと向かうのであった。 「どうする? 命乞いをするなら即効性の毒で楽に死なせてやろうぞ?」 「マツナガ殿、こいつはなかなかの逸材。我らが同志に迎えるも悪くない……」 「あたしもライに賛成ゲコー♪」  勝手な事ばかり言う連中に苦笑しつつ、モフリは余裕を見せる。 「悪いが、どっちもお断りだ」 「ならば用はない!! おケイ、飛斗(びっと)の準備だ!!!」 「残念ゲコー♪」 「けっ、ならば苦しみに苦しんで死ねや!!!」  沼池之助からは無数の手裏剣型飛斗が、毒蜘蛛斎からは霧状にした猛毒が発射される。  だが、モフリオーは避けようともせず、それらを真っ向から受け止めようとしていた。 「モフリ!! てめぇ死ぬ気か!!?」 「余所見をするなサイゾウゥゥゥ!!!」 「だーっ!! いちいちしつこいんだよイゾウ!!!」  その時、モフリオーが光に包まれた。光はそのまま飛斗や猛毒の霧を吹き飛ばす。   光が止んだ後、そこには獅子を思わせる雄々しきロボが聳え立っていた。  ロボに糸や鎖鎌を軽々と引きちぎらせ、名乗りを上げるモフリ。 「精霊合体!! モフライガー!!!」 「わー! カッコいいゲコ〜♪」 「のんきな事言ってる場合かおケイ!!」 「ぐっ…こりゃ予想できんかったわい……」 「マツナガ殿にライよ、うろたえるな。 相手が神だろうと仏だろうと、邪魔者は俺と英風丸が叩き潰す……」 「そ、そうだな……拙者とした事が少々焦っていたようだ」 「三人寄れば文殊の知恵……我ら三人で一気にかかるぞい!!」  その時、息巻くマツナガ達の前を一筋の光の矢がかすめる。 「おっと、そこまでだぜ珍獣ども」 「な、何者じゃ!!?」 「スリギィランド円卓騎士が一員、セキス=イーハイムだ……」 「同じく円卓騎士が一員、ガラハド・バンだ! 君達はどこの動物園から逃げてきたんだい? 僕が檻の中へ送り返してあげるよ」  二人はそれぞれ愛機である弓術士アーチャーとバルガーハに搭乗していた。  彼らが加勢してくれれば対等の勝負となるが、  相変わらずイゾウと死闘を繰り広げるサイゾウがセキスに毒づく。 「……またてめぇか、高みから喧嘩見物でもしに来やがったのか?」 「フッ、勘違いしてもらっちゃ困るぜ?  陛下のお膝元を騒がせる事は、円卓騎士の一人として許せないだけなんでね。 おまえらの喧嘩など最初から眼中にない」 「セキス殿! いくらなんでもそんな言い方は……」 「野蛮人どもに理解させるには、これぐらいでちょうどいいのさ……。 それより、街の被害を拡大させる前にケリをつけるとしようぜ」 「ひゃっひゃっひゃっ……命知らずのうつけどもがぁ……。 我ら凶党に逆らいし者は皆殺しじゃあ!!!」  マツナガの言葉に驚きの色を露わにするガラハド。 「凶党!? なぜスリギィに奴らが……」 「ガラハド、凶党ってのは例のバクフのテロ集団か?」  マガツトウ……サイゾウがその名を聞くのは初めてであった。  異国の騎士達の反応からすると、バクフ国に関するろくでもない話なのはわかるが、  一介の足軽頭に過ぎなかった彼には、事情がサッパリ理解できなかった。 「イゾウ!! てめぇら何を企んでやがる!!?」 「わしも知らん!!!」 「いいのかそれでー!!?」 「奴らの気に入らん者を殺せば、金・酒・女は意のまま……それ以外を知って何の価値がある?」 「そうか……やっぱりてめぇは大嫌いだぜ!!!」 「ふん、所詮は人斬りか……まあいい、冥土の土産話をしてやるかの。 実はぬしら異国の者どもが使うからくりの調査に来ておったのじゃよ。 我らの国にはない技術の数々は、凶党のお偉方がえらく気に入りでのう。 異国の技術で凶人(マガツビト)を強化・量産すれば後々やりやすくなる」 「……ならば、おまえ達は今まで俺達が各地で戦ってきた闇黒連合の者ではないのか?」 「さて、それは今後どう転ぶかわからんのう。そろそろ死ぬか?」  モフライガーの左右にアーチャーとバルガーハが並んで身構える。 「ねぇライ、誰と戦うゲコ?」 「あの白い奴だ! なんとなく正統派って嫌いだし、乗ってる奴も美形っぽいからな!!」 「俺は真ん中の奴を叩き潰す」 「では、わしは弓使いじゃな」  六体の敵味方は三方に散り、それぞれ一騎討ちを始めた。 「ゲコゲコゲコォォォーッ!!!」  大蝦蟇形態となった沼池之助の口から炎や無数の飛斗が射出される。  バルガーハの白く輝く鏡の盾は、全ての魔法を弾き返す利点を持つが、  同時に物理攻撃で砕け散る欠点も併せ持っていた。  したがって、こうした複合攻撃を用いる敵には盾を使う事ができない。  しかし、バルガーハはガラハドの卓越した操縦で猛攻を掻い潜りつつ、  沼池之助の顔面を黄金の剣で斬りつけた。 「どうだっ!!」 「ゲコォッ!!? 凶党一の男前に酷いゲコ!!!」 「沼池之助!! そのツラでなーに言っとるか!? やはり、正統派相手に正攻法はいかんな……忍法・透々(ステルス)の術ーっ!!!」  ライの叫びと共に沼池之助はドロンと煙に包まれる。  姿はもちろん、気配すらも完全に消えてしまう。  ガラハドは感覚を一層研ぎ澄ませ、敵の次なる攻撃に備えるも、  このままどこかへ逃げ去ってしまったのではないかと思うぐらいに沈黙が続く。  遠方で他の者達の激闘が続く中、ガラハドの周囲は張り詰めた空気に満ちていた。  パラッ… 「!!!」 「ゲコ────ッ♪」  ガラハド達が瓦礫の崩れる音に反応した途端、先程とは比にならない火炎放射が彼らを襲う。  高熱によって石畳は溶け、マグマのように煮えたぎる。  バルガーハは間一髪で跳躍して炎から逃れたが、  その頭上には人型の格闘形態に変形した沼池之助が滞空しており、抜刀してガラハド達に斬りつける。  姿を消してすぐに大蝦蟇形態での頭部となる武器庫を分離させ(式札となったおケイがそれを操る)、  武器庫と本体による二段攻撃を敢行したのであった。  ガキィッ!!!  ガラハドも円卓騎士団の勇士、なすがまま両断されるわけもなくバルガーハの剣で斬撃を受け止める。 「ぐぐっ……!!」 「ちっ、残念!! もう少し反応が遅れていれば、真っ二つにしてやったものを!! だが、我らの変幻自在の戦法にどこまでついてこれるかなぁ〜?」 「ついてこれるゲコ〜?」 「ゲーッコッコッコッコッ!! 沼池之助様の本気を見せてやるゲコ!!!」 「さすがに遠いスリギィまで少人数で乗り込んでくるだけあるよ……。 でも、僕は負けない!! 騎士の誇りに賭けて!!!」  ガラハド達から離れた場所では、モフリのモフライガーとニッコウの英風丸が激しくぶつかり合っていた。 「グオオオオ────ッ!!!!」  凄まじい咆哮と共に英風丸が石畳に拳を叩きつけ、砕けた瓦礫が嵐のようにモフライガーに襲いかかる。 「なんのこれしき!!」  モフライガーも目にも止まらぬ拳の乱打で瓦礫を粉砕し、攻撃を無効化するも……。 「もらったぞ」 「!!?」  英風丸は瞬く間にモフライガーとの間合いを詰め、その豪腕を振り上げていた。 「(しまった……間に合わないっ!!)」  ブオッ!! ガシィッ!!! バキバキバキ…… 「ぐぬぉぉぉ……!!!」  両手で英風丸の強烈なハンマーパンチを受け止めるモフライガーであったが、  その威力を殺し切る事はできず、石畳を破壊しながら脚部を半分地面に埋める。 「他愛ないな、このまま三味線の皮のように平らにしてやろうか?」 「まだだ!! 勝負は終わっちゃいない!! モフレイム!!!」  ゴォッ!!!  モフライガーの胸部にある獅子の口から巨大な火球が飛び出し、英風丸の顔面を直撃した。  英風丸はタフさが自慢の凶人であったが、不意を突かれた事で後ろへよろめく。  モフリはその隙を見逃さず、モフライガーが獲物を狩る獅子のように飛びかかった。  次々繰り出される拳や蹴りの乱打が英風丸を容赦なく襲う。 「うおおおおお────っ!!!!!」  やがてモフライガー渾身の回し蹴りが英風丸を吹き飛ばし、石畳を盛大に破壊しながらダウンさせる。 「はあっ……はあっ……」 「……………………」  英風丸はムクリと立ち上がるが、各部の損傷は誰が見ても明らかであった。 「……英風丸を得てから初めてだ……ここまでやりあえる相手と出会えたのは……」 「俺もモフライガーのパワーをここまで出したのは久しぶりだ……」  こうして、再び身構える二体であった。 「行けぃ平蜘蛛っ!!」  毒蜘蛛斎から射出された小さな蜘蛛型飛斗は、まさに蜘蛛の子のように散ってアーチャーに飛びかかる。 「フッ」  弓をメインに戦うアーチャーは相手の接近を許さないよう、  各部のバーニアによる高速移動を得意としていた。  平蜘蛛はあっさりと標的を逃してしまい、互いにぶつかって爆発してしまう。 「なるほど、自爆機能つきビットというわけか」  あくまで落ち着き払った態度でセキスはアーチャーに矢をつがえる動作をさせる。  次の瞬間には無数の光の矢が残る平蜘蛛と毒蜘蛛斎に襲いかかっていた。  次々と爆散する平蜘蛛の間を、蜘蛛形態となった毒蜘蛛斎は建物と建物の間に張った糸を頼りに掻い潜っていく。 「ひぃ〜っ!! 厄介な奴じゃ……おっ?」  マツナガは視界に勝機の種が入った事に陰湿な笑みを浮かべた。  再び変形して地上に降り立ち、情けない声を上げる。   「そんなはずは……わしの平蜘蛛が通用せんとは〜!!」 「何度でもやってみるがいいさ……」 「言われずともやってやるわ!! 行けぇ〜いっ!!!」 「無駄だと……むっ!?」  今度発射された平蜘蛛は、セキス達とは違う方向に一目散に向かう。  その先にいたのは、親とはぐれたらしい幼女である。  カッ!! チュドォォーン!!!  閃光と爆音が治まった後に見えたのは、幼女の前で仁王立ちとなって盾になるアーチャーであった。 「……早く逃げな、可愛いお嬢ちゃん……」 「うっ……うわ〜んっ!!!」  母親らしい女性が幼女の姿を見つけて駆け寄る。 「アガサ!!」 「ママ〜!!」  娘の無事を確認し、母親はアガサと呼んだ幼女を抱きしめる。 「よかった……無事で……あっ、騎士様……本当にありがとうございます……」 「俺なら大丈夫だ、それより早くお逃げなさい……」  逃げていく母娘を見送りつつ、毒蜘蛛斎を睨みつけるセキス。 「貴様……最初からこれを狙っていやがったのか……」 「いやいや、実に感動的な三文芝居だったぞ? 怪我したくなくば、見ず知らずの小娘なんぞ放っておけばよかったのじゃよ。 わしゃな〜んにも悪くない、ぬしが勝手にカッコつけたのが悪い……。 しかし、だいぶ消耗が激しいようじゃの。んん〜? さっきのような光の矢をマトモに射る事もできまい?  …さぁて、どうやって殺してやろうかの〜?」  毒蜘蛛斎はじわじわとアーチャーに歩み寄っていく。 「(一か八かだ、最後の魔力を使ってアレを食らわせてやるか……あいつに隙があればの話だが)」  アーチャーの背負う矢筒型ブースターユニットが熱を放出するべくゆっくりと展開していく。 「くかかかかっ!! 何をしようと無駄じゃよ!! ぬしは羽虫じゃ、蜘蛛に捕食されるだけのなぁ!!!」  獲物アーチャーを狩るべく、毒蜘蛛斎は毒牙を剥き出して一気に走り出した。 「(来い!! 円卓騎士の意地を……最後の一矢ってやつを見せてやる!!!)」  ビュッ!! ザシュッ!!! 「あがぁっ!? ど、毒牙がぁー!!?」  突如飛来した鋭利な刃物によって毒蜘蛛斎の顔面は毒牙ごとザックリ斬られていた。 「だ、誰だ!!?」  建物に突き刺さった刃物……それは蛮武ー丸の愛刀の一本であった。 「サムライ!? おまえ……」 「勘違いすんじゃねぇ!! 俺はな、その蜘蛛野郎みたいな外道が大嫌いなだけなんだよ!!!」 「サイゾウ殿、素直じゃないでゴザルよ?」 「うるせぇよ、俺があの子を助けようとしてたのをやってもらった借りを返しただけだ。 あんな嫌味な奴を助けるつもりなんざ毛頭ねぇ!!!」 「ふふふ……サイゾウ殿がやらなければ、拙者がやっていただけでゴザル」 「ギギャギャギャ!!! ムシスルナァ────ッ!!!!」 「ええい!!! さっさとくたばれサイゾウ!!!!」 「んじゃ、こっちもそろそろケリつけるとするか」 「心得たでゴザル!!」  弱った相手をいたぶり殺すはずが、逆に自分が追い込まれる立場になった事で見苦しく狼狽するマツナガ。 「フッ、ずいぶんと色男になったじゃないか」 「あ、あががが……殺してやるぁ〜っ!!!」  すっかり逆上したマツナガは、毒蜘蛛斎の六本の腕を振り上げてアーチャーに迫る。   「(今だ!!)おおおおおお────っ!!!!!」  ザ シ ャ ア ッ !!!  アーチャーの弓が光を帯びた双剣へと変化し、下から上へVの字に閃光が走る。  毒蜘蛛斎は六本腕を全部斬り飛ばされ、衝撃で腕を失った身体を後方に吹き飛ばされていった。 「バ、バ、バカなぁ────っ!!?」 「へ、へへ……ざまあ……みやがれ……」  人機共に消耗が激しいのか、アーチャーはそのまま膝をついた。 「マツナガさんと毒蜘蛛斎がやられちゃったゲコ〜……」  おケイの悲しそうな声と不利な状況に外の人似な中の人ライが顔をしかめた時、  空の彼方に輝く四つの未確認飛行物体が彼の視界に入った。 「むっ? あれは一体……」 「陛下達だ!!」  歓喜の声を上げるガラハドとは対照的に、さらに状況の悪化を感じたライの顔が青くなる。 「まずいぞ……このままでは我らは全滅だ」  相変わらずモフリ達と格闘戦を続ける英風丸のニッコウも同じ事を考えていたらしい。 「すでにこの国での任務は終えているし、余興も十二分に楽しめた……退くか」  そう言うやいなや、英風丸は近くにあった無人の黒いタクシーを軽々と投げる。  タクシーが飛んで行った先には、一匹の猫がのんきに歩いていた。  モフリはモフライガーを疾駆させ、猫を庇って猛スピードで飛んでくるタクシーを受け止める。  英風丸はその隙に体躯からは想像もできない敏捷さで動けない毒蜘蛛斎や、  ボロボロになりながらも戦いを続けようとする裏風刃を回収し、沼池之助のいる場所へと走った。 「ぐぐぐ……わしの毒蜘蛛斎がここまでやられるとは……無念じゃ」 「サイゾウよ、今度こそ必ず殺してやるぅぅぅぅ!!!」 「モフリとやら、久々に楽しめたぞ。また会おう!」 「これで全員だな? さっさと退散するぞ!!」 「退散ゲコ〜♪」  ドロンと煙に包まれた凶党の面々は、あっという間にその場から消え失せていた。  そこにアゼイリアやキャスカが魔導機に乗って到着する。 「みんな!! 怪我はありませんか!?」 「「キャスカ!!」」 「ガラハド、状況を報告せよ」  ガラハドの説明を聞いたアゼイリアは、セキスとアーチャーを筆頭に傷ついた者をマリンに治療させつつ、  現場の事後処理に当たったが、幸いにも警官や市民への人的被害は軽傷程度で死者はゼロだった。  無論、キャスカ一行もそれに協力し、ロンドム市民の熱烈な歓迎を受ける事となる。  消えた凶党の面々の行方については、必死の捜索にもかかわらず何の手がかりも得られなかったらしい。    それから数日後……スリギィでの滞在期間を終えたキャスカ一行が再び旅立つ日が訪れた。 「キャスカ王女、貴方がたの旅のご武運を臣民一同と共に祈っております」 「身に余る光栄、感謝いたしますアゼイリア女王。 闇黒連合との戦いが終われば、母や姉と一緒に再びこの国を訪問させていただきたく思います!」 「ええ、大歓迎いたしますわ。その日が一瞬でも早く訪れるよう……お互い誇りを持って戦いましょう!」  公務の都合で見送りができないアゼイリアと大広間で別れた一行は、  またトリスタンと共に馬車に揺られ、大陸まで送ってくれるという海軍の船の待つ港へと向かった。 「サイゾウ、貴方にプレゼントを贈りたい人がいるそうだ」 「俺に? セーソでカレンでボインな姉ちゃんからだといいなぁ……」 「アンジェラアタック!!!」  馬車が横転しそうなツッコミにトリスタンは苦笑しつつ、楽しみにしていて欲しいとだけ言った。  しかし、プレゼントを持った人物が彼らの前に現れないまま船は出港してしまった……。 「……結局、なんにもないじゃねぇかよ……」 「きっと何か事情があって来られなかったんだろう……それよりいい陽気だな。 気晴らしとして、一緒に甲板を裸で走らないか?」 「全力で遠慮しとく」  不満そうに甲板でぼやくサイゾウと、それをたしなめる(?)モフリである。  ヒュゥゥゥゥゥ〜…………ザクゥッ!!! 「「うおっ!!?」」  二人の間に槍と言っても差し支えないほどの巨大な矢が突き刺さった。 「危ねぇなおい!! 贈り物どころか嫌がらせじゃねぇか!!!」 「い、いや待てサイゾウ……これは?」  矢には大きめな皮袋が括りつけられており、その中にはバクフでも決して安くない酒や手製の燻製などが入れられている。 「多分『あいつ』だな……へっ、いけ好かねぇ野郎だったが、最後に味な真似しやがって……」  一緒に入っていた猫のぬいぐるみをモフりながらモフリがつぶやく。 「ああ……きっと俺達を共に戦う仲間として認めてくれたんだよ……」  一行が乗る船がよく見える岬にセキスとアーチャーが潮風に吹かれて立っていた。 「さらばだ、異国の勇者にサムライ。餞別と言っちゃ何だが、旅の息抜きにでもしてくれ……」 「ここにいたのですかセキス殿。例の贈り物は渡せましたか?」  セキスを探してここまで来たトリスタンが陽光に目を細めつつ話しかける。 「ああ、今度会う時には酒でも酌み交わせりゃいいんだがな……」  誇り高き騎士達の国での戦いを終え、キャスカ一行の旅はまだまだ続く。  果たしてこれからどんな出来事が待ち受けているのかは……また別のお話である。                         ─終─