異世界SDロボ SS          - 百獣王機!モフリオー -         第一話 - 裸の勇者、あらわる!  カン、カン、カン、カン――   某月某日、午後8時。   某都市某駅に電車が停車し、甲高い踏み切り音が鳴り響いた。   電車の中に所狭しと敷詰められた人々が、疲労感を漂わせながら降車してゆく。   サラリーマン、OL、学生、様々な服装の男性、女性――そして、裸の青年。     刑法第175条に猥褻物頒布罪、という物が存在し、猥褻な文書、図画、その他の物を分布、販売、公然と陳列した物は処罰を受ける。   本来ならば、裸である彼を誰もが指差し、軽蔑した視線を投げ、女性は悲鳴を上げてもおかしくはない。   しかし、誰も、気に留める事はなかった。   それが彼らの日常であり、何の変哲もない出来事に過ぎないからだ。   彼自身も裸であるつもりもなければ猥褻物を陳列しているつもりもない。   彼にとっても、それが"普通"であって"正常"だった。 「あ〜ぁ...仕事疲れたな...」   青年は、改札口を出ると、肩をすくめて徐にそう呟いた。   そうしながらも帰路への歩みを続ける為に、改札口から踏み切りの前まで歩き、遮断機の前で立ち止まる。   遮断機は、疲れながら帰路に着いている人々に対して煌々と赤い光を点滅させながら甲高い音を鳴り響かせる。   それはまるで、威嚇しているかのように見て取れた。   それは、電車が通り過ぎ、遮断機が上がるのを待つ彼らの疲労に追い討ちをかけるような勢いであった。  カン、カン、カン、カン――  ガタゴトン、ガタゴトン――  カンカンカ――   遮断機があがるのを今かと待つ者達を風で煽り、電車は彼らの前を通過した。   そして、遮断機が徐々にあがってゆく。   たった数秒の間の出来事ではあったが、彼らにとっては億劫なひと時の一つだった。 「あっ――」   裸の青年は何かを思い出したように呟いた。   遮断機が上がるのを待っていた者達は、立ち止まる彼の横を通り過ぎて、行ってしまった。   彼は、ぽん、と手を打った。 「今日は金曜日――オレキャラスレの立つ日じゃないか!」   そう、誰に言うでもなく、虚空に向けて叫んだ。   途端に、疲労感募っていた彼の顔はぱあと明るくなり、突然駆け出した。   彼を追い越していった者達を追い越し、街灯に照らされながら、何本もの電柱を追い越して、走り続ける。   湧き上がる感情に任せ、勢い良く走ったは良かったが、すぐに肩で息をし始め、歩調を緩めた。   そしてあるアパートの前にたどり着くと、その中へと入っていった。   そこは彼が住まうアパートだった。   ガラス扉を開けてアパートの中に入ると、彼はエレベーターの呼び出しスイッチを押した。   この、数秒のエレベーターのボックスがやってくるまでの時間、これもまた、彼にとって憂鬱のひと時でもあった。   数年前、就職が決まり、仕事場からそこそこ近く、そこそこ家賃が安く、そこそこ広い部屋を探し、このアパートを見つけた。   そして実家からこのアパートに引越してきた時。   あの時は、このエレベーターを待つ時間も胸のときめくひと時だった。   今では、足踏みしながら現在の階表示を睨み、催促するだけだ。   ごうん、ごうん、とボックスを動かす音が、エレベーターの扉の向こうから静かに唸るように聞こえる。   5,4,3,2,1...   一分満たないほど待つと、階表示の1が光り、少し耳障りな高い音が、チン、と鳴る。   そして、扉がゆっくりと開く。彼はするりと滑り込むように、その鉄扉の向こうへ入った。   毎日くぐる扉の一つだ。体感でどれくらいで扉が開くかは心得ていたし、   もう条件反射的に身体がすぐさま滑り込んでしまうのだった。   エレベーターボックスの中に入ると、彼は何気なく周囲に目を配った。   ボックスの中は、一人だと逆に落ち着かないもので、誰もいなくても誰かがいるような気分に襲われる、妙な空間だった。   一度身体をぶると震わせると彼はそそくさとエレベータースイッチの4を押し、たて続けに"閉"ボタンを連打した。   それに合わせ、カチカチカチカチ、とスイッチの押される音が鳴る。   エレベーターの扉は急かされるのに構う事なく、ゆっくりと一定の速度を保って閉まった。   一度ボックスはがくん、と揺れると、彼を乗せ、ごうんごうんと音を立てて上昇し始めた。   重力が彼を襲う。   沈黙、当然ながら彼が独り言を話しでもしない限り、声はない。   ただ、エレベーターの動く音だけが、ボックスの中で響く。   数十秒でボックスは彼の部屋がある四階に到着し、少し彼の身体を揺らした。   そして、すうと開いたボックスから彼は入る時と同じように滑り出ると、自分の部屋を目指した。   安すぎず、高くもないアパートの廊下は、そう汚くはないとは言え、綺麗とも言えない。   若干切れ掛かった電球が、パチ、パチと音を立てて点滅していた。   窓から明かりの漏れる部屋の前を幾つか通り過ぎ、彼は自室の前に立った。   鞄から鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差込み、回す。   がちゃり、と音を立て、鍵が開いた。   彼は鍵を鞄にしまうと扉の取っ手に手をかけ、ふと、同居人の事を思い浮かべながら、勢い良く扉を開けた。 「ただいまッ!」   扉の向こうには、小さな、子供くらいの身長の――後ろ足で直立している、人のような猫が立っていた。   人でもなく、猫でもない。   それでいて、どちらかというと猫よりだった。   そして、どことなく、女性、というより少女といった風に見える顔断ちをしていた。   それはただ、彼女が小柄であったからかもしれない。   その、猫のような人――猫人の彼女は、鋭い、まさに猫のような瞳を扉から入ってきた彼に向け、口を開いた。 「お帰んニャ――」   彼はその言葉の続きを瞬間的に思案した。 『ご飯?お風呂?それとも、わ、た、し――?』 「お前だッ!」   猫人の女性が続きを言うまでもなく、彼は彼女に飛びつき、胸に顔を埋めた。 「なにしてんニャ!!離すニャー!!」   彼は彼女が言うのも聞かず、顔をで彼女の胸をえぐるように動かした。   彼女は必死に爪を立てて彼を引掻いた。   しかし、それに気付いていないのか、彼はもろともせずにそれを続けた。   彼女――猫人の名前は、コノピ=スクゥ=ピニャスト。   とある、この世界とは別次元に別世界に存在する猫の国の姫であり、聖騎士という高位な立場の人間――猫人だった。   彼女が何故、別次元に存在するこの世界へ来るに至ったのかは、本人も知らない。   ある日、何の前触れもなく、唐突にこの世界に"居た"という。   この世界は、人間、少なくとも彼女の住んでいた世界の人間、という生き物に近い種族のみで構成されている。   その中にあって、彼女はかなりの異端な存在だった。   突然この世界に来て、何が何やらわからぬまま、途方に暮れていた所、彼と出会い、半ば強引に彼の部屋に連れて行かれ、   現在では彼の家政婦兼、心の慰安者として住み着いている。   彼が彼女を強引に連れ帰ったのにもわけがあった。   彼が大の猫好きであったという事もあるが、彼にとって彼女が理想の女性像の一つであったという事も述べられる。   猫人の女性、そもそも猫人なる異質な存在は彼の世界には存在もしないし、幾ら憧れても出会える存在ではなかった。   その、偶然、万に一つ、億に一つ...いや、通常では100%有り得ない出会いを彼は見逃す事などできなかった。   それは彼女にとってもありがたい事ではあった。   この世界に住む、普通の人間であるならば、異端な彼女の存在を受け入れる事はできなかっただろうし、恐れただろう。   それだけなら良いが、怪物として捕らわれ、何らかの研究機関で調査、実験対象とされるであろう事が考えられた。   彼女は元の世界では強力な戦士ではあったが、この世界とはどこか勝手が違うらしく、本来持つ力を発揮できない、という事もある。   彼が第一発見者だった事は、全くの幸運であった。   と、諸手をあげて言えるのかは、不明だ。   理想の女性を目の前にして、手を触れない男はいない。   彼は彼女に肉体的な関係を要求したりはしなかったが、彼は事あるごとに、彼女の身体に顔を埋めて顔をすりつけた。   彼女はその度に抵抗し、爪を立てて彼を引掻いたが、彼は全く動じる事はなかった。   今の彼のように。   彼は帰宅してすぐの日課を堪能すると、体中を傷だらけにしながら、顔をあげた。   眼前に、彼女の顔があり、二人の視線が交わった。 「はぁ...」   彼女は視線を伏せて毎度の事にため息を突くと、彼の身体を手で押しのけた。   手で、乱れた胸の毛を整えながら、彼女は呟いた。 「...晩御飯、出来てるニャ...」   部屋の中には、焼いた魚の匂いが立ち込めていた。   彼はその匂いに食欲をそそられ、腹をぐぅと鳴らす。   しかし、少しだけ不満そうに彼女に呟いた。 「...また魚ですか...」   彼の言葉に彼女は少し頬を膨らませ、部屋の奥へと足を向けた。 「...わたしは、魚とネズミと昆虫ぐらいしか食べ方を知らないニャ。  魚が嫌ニャらそっちにするかニャ...?」   彼女は彼に振り返らずに、言葉を返す。   彼女は見た目どおり、というのか、この世界の猫と同じ食べ物を好んだ。   雑食ではあったし、何でも食べる事はできるが、調理法として心得があるのは、今述べた、鼠、昆虫、魚のみだった。   それでも彼は魚だけ食べて過ごす訳にはいかなかったし、ちょっとした野菜の調理法と、米の炊き方だけは、なんとか習得していた。   彼が魚以外の物の料理を教えれば良かったが、多忙な生活からインスタントの食品で済ませていた彼は、料理がさほど上手というわけでもなかった。   だから彼女に米の炊き方と野菜の簡単な和え物等の作り方だけを教え、任せていた。   彼女は大きめのフードのついた服を着て、手袋をはめて買い物に出かけ、彼の食べられる自分の作れる料理の材料を買い、食事を作った。   そのお陰で、料理を作るのも買いに行くのも面倒な彼にとって、かなりの助けになっている。   だから、文句を言うつもりはかったが、流石に毎日魚だと飽きる。   かといって、虫や鼠を食べる気にはならず――というより、流石に食べられない――、毎日、彼女の作る魚を食べていた。 「いえ、だいすきです。さかなが」 「......」   彼女は特に言葉を返しもせず、部屋の奥に設置された、小さな机に座った。   (料理の本でも買ってみるか...)   幸い、彼女は割と器用な方であったし、教えさえすれば大抵の事は理解し、こなせた。   本を買い与えれば、幾らかレパートリーも増えるだろう。   彼は心の中で呟くと、扉の鍵を閉めると彼女に続き、部屋の奥へ歩いた。   部屋の奥では既に、彼女――コノピは、小さなちゃぶ台の前に座り、食事を始めていた。   机の上には、焼き魚、ほうれん草の和え物、湯気を立てているご飯が二人分並んでいた。   彼女は、小さなふわふわの手で、器用に箸を握り、焼き魚をつついていた。   彼はそれを見ながらすぐには食事の席に座らず、彼の腰程度の高さのある棚に向かった。   棚の上には、小さな、少女の人形が置かれていた。   それはまるで、生き物のように、生々しい作りをしていた。   しかし、紫の髪に薄手のワンピース一枚、なにより翼を思わせる機械の手と、蛇のような長い尾は、人と呼ぶにはかけ離れた容姿をしていた。   その人形は、彼が近付くと、まるで生きているかのように立ち上がった。   彼は、その生きた人形に手を伸ばすと、手のひらで優しく包み、持ち上げた。 「ヴィオ、可愛いヴィオ!いい子にしてたかい?寂しかったろう!」   ヴィオ、とよばれた少女の人形は、ささやかに否定するように、小さな首を横に振った。 「よしよし、可愛い子だッ!」   彼はコノピにしたように、ヴィオの反応には構わずに、彼女に頬擦りを始めた。  ざく   彼女は彼の頬が自らに触れる前に、鋭くとがった爪を突きたてた。   ヴィオの爪が頬に突き刺さるのも気にせずに、彼は頬擦りを続ける。   彼女は、巷で流行している食玩、センチメートルヴァルキリー、と呼ばれる生きた人形だった。   戦わせる為に生まれた少女達であるが、彼は生活の多忙さ故に、ただ、自らの慰安のひとつとして購入した。   発売が開始されてから数年を経ており、現在では第16弾まで発売されている。   彼が購入したのは、流行が開始してから三年目に発売された第7弾であった。   コノピと出会ったのが半年ほど前であり、付き合いとしてはこの、ヴィオの方が遥かに長い。   一人孤独なの生活に耐えかねた彼は、特に、ねらい目の物もなく、このセンチメートルヴァルキリー、正式名称ヴィオレット・Sを購入した。   そして、偶然であったこの小さな少女を、彼は甚く気に入った。   彼が孤独に耐えれたのはこの少女の存在あってのものとも言えた。   なので、彼は頬を鋭い爪に掻かれるのも構わず、毎日愛撫するのが日課だった。   それを、彼女自身、そうして愛される事を恥らいながら喜んでいた。   爪を立てるのは、その彼女の恥じらいからくるものだった。   彼はヴィオへの愛撫に満足すると、彼女を棚におろし、少々恨めしげに彼を見つめるコノピの視線に気付く事もなく、食卓についた。   彼は食事を始めた。   魚を箸でつつきながら、コノピに仕事場であった出来事や、悩みを話す。   彼女はそれに相槌を打ちながら、彼の至らなかった点を指摘したり、彼の努力について褒めた。   自分の事を認め、励ます彼女の言葉を彼は、明日の仕事への糧になっていた。   十数分かけて食事を終えると、彼は部屋の隅に置かれたパソコンデスクへ向かった。   パソコンデスクには当然ながらパソコン、ディスプレイ、キーボードにペンタブレットと呼ばれる特殊なデジタルで絵を描くための画板のような物、そして周囲を賑わす様にロボットの玩具が飾られていた。   彼はパソコンの電源を入れると、インターネットのサイトをチェックし始めた。   ふたばちゃんねる、と呼ばれる総合掲示板のサイトだった。   そこからいくつかのページを飛び、「俺たちの考えたオリキャラを描いてもらうスレッド」と書かれた画像の貼り付けられた掲示板にたどり着いた。   その内容に目を通してゆく。   数分、内容を観覧したした後、その掲示板に書かれた一つの文章に注目した。   その内容が、彼の心を燻るものだったらしい。   何度か内容を読み返すと、彼はペン型マウスを握り、ペンタブレットに何かを描き始めた。   その表情は、今までの彼の少し奇異な行動からは想像もつかないほどの、真剣な表情だった。   「こうか?」「いや、こうなっていた方が」「ここはもっとこうかな...」   独り事を漏らしながら、絵を描き進めてゆく。   その姿を、身ながらコノピはため息をつきながら、見ていた。   しかしそれは呆れ顔ではなく、母親が、自分では理解できないものに熱中する子供を、暖かい眼差しで見守るような優しさを持っていた。   彼女は熱心に絵を描いている彼から視線を外すと立ち上がり、食事の後片付けを始めた。   コノピの後片付けの音も止み、静かな時が流れ、数時間も過ぎた。   時間は十二時を回り、深夜に差し掛かっていた。   彼は深夜まで起きてパソコンに向かっている事が多かったし、コノピは布団を敷いて眠りについていた。 「あ...あぁーーっ!!??」 「にゃっ!?」   突然、彼は叫び声を上げた。   コノピはその大きな声に驚き、飛び起きた。   彼女が見ると、大声を出した主はパソコンに座って愕然としていた。   コノピは寝ぼけ眼で立ちあがり、口をあんぐりと開けたまま動かない彼に近付いた。 「...夜中に大声だしたら煩いニャ...どうしたニャ?」   彼女がパソコンのディスプレイを覗き込むと、そこには、何も表示されていなかった。   ただ、いくつかのブラウザと、背景だけが表示されていた。   何が起きたのかわからず、コノピは少しの間画面を見つめていた。   そして、一つ疑問が沸き、それを口にする。 「...絵を描いてたんじゃなかったニャ?」   彼が深夜まで起きているのは、絵を描いているからだ。   それがない、というのは変だった。   彼はその言葉に反応して椅子から立ち上がり、自らの頭を抱えた。 「間違えて...消しちゃったッ...!」 「ニャ...!?」   彼は、描いていた画像の保存を間違え、消去してしまっていた。   数時間頭を悩ませて作り上げたモノが一瞬で消え去る。   彼が叫び声をあげてしまうのも、当然と言えた。   彼は突然床にうずくまると、転げ周り始めた。 「うお...うぉぉぉ死ぬ、俺、今から死ぬ!尻尾で首くくる!」 「やめるニャ!!私の尻尾は首くくれるほど長くないニャ!離すニャー!」   彼がコノピの尻尾を掴んで首に巻こうとしたので、彼女は尻尾を引っ張り返して抵抗する。   すると、すんなりと、彼は尻尾を離した。   その代わりに、彼は部屋の隅まで移動すると膝を抱えたまま床に転がった。 「...死ぬしかない...かなりのエネルギーを注ぎ込んで描いたのに...  それを投下するのが生きがいだというのに...  できなきゃ死ぬしかないじゃん...」   彼の吐いた言葉は、世界の終焉を告げるかのような沈んだ声だった。   その凄まじい落ち込み様に、コノピは動揺しながら、とかく彼を慰める為に部屋の隅に転がる彼に近付いた。 「そ、そんなに落ち込む事ないニャ...?  絵はまた描けばいいニャ」   彼はコノピに背を向けたまま首を横に振る。 「いいや…だめだ…  テンションや脳内のドーパミンの出具合とか、閃きとか、スレの進行内容によって一つの奇跡として、絵が生まれる。  その一つでも変われば、まったく違う絵になってしまう...  あの精魂込めた一枚がおじゃんになってしまっただなんて...  かなりの出来だったのに...もう明日から仕事行かない...」   彼はあらん限りの負のオーラを発しながら、ぼそぼそと呟いた。   コノピはその姿にため息を着き、目を伏せた。 「...仕方ないニャ...モフらせてやるからニャ、元気だすニャ...」 「その言葉、誠かっ!?」 「ニャッ!?」   彼は彼女の言葉に飛び起きると、コノピの方を勢いよく振り返った。   彼の真剣な眼差しを受けて、コノピは目を反らし、指で頬を掻く。 「...今晩だけは特別ニャ...その代わり、ちゃんと明日から頑張るニャ?」 「頑張る、俺、頑張れるよ!その代わり、思いっきり逝っていいよね?」 「え...それはニャ...」   コノピは、彼の、思いっきり、という単語に不安を覚え、たじろいだ。   それを見ると、彼はすぐにまた彼女に背を向けて膝を抱えた。 「...そうやってぬか喜びだけさせるんだ...  今、俺は絶望のどん底にいる...」 「わ、わかったニャ!女に二言はないニャ。思う存分やるといいニャ!」   彼があまりにも哀れそうに言うのを見て、彼女は思い切って言い放った。   すると彼は目を輝かせて飛び起き、小さな彼女の身体をしっかりと掴んだ。 「じゃあお言葉に甘えて!まずはチューから...」   彼は口を尖らせて彼女の顔を近づける。 「ニャ!!それは言ってな...ニャーーッ!!」   コノピは、嫌々と身体をよじってもがく。   コノピは猫であると同時に女性であるし、彼の力には敵うはずもなかった。   彼の唇が徐々にコノピに近付き、唇同士が触れ合う――   瞬間だった。 「う―――」 「ニャ―――」   空間が閃光し――   二人は、消え去った。 ――――――――――――――――――――――――――――――   そこは、埃のかぶった薄暗く、石造りの広い部屋だった。   室内は装飾が施され、埃さえなければ煌びやかと言えなくはない。   その部屋の中には、数人の人間が集まっていた。   集っている面々の顔は、暗く、影を帯びていた。 「勇者さまは...まだ来てくれないの!?」   苛立たしげに歯を食いしばり、その面々の一人が吐いた。   その人物は、金髪セミロングのツインテール、碧眼をもつ少女だった。身長は低く、凹凸はあまりない。 「もうすぐなハズなのですが...」   周囲の老人達が不安げに洩らした。部屋が静まり返り、待てど来たらぬ来訪者に、ため息をついた時だった。   かっ、と空間が閃光する。 「きゃあっ!」 『おおっ!?』   集まっている面々は悲鳴をあげ、手で目を覆った。そして、ゆっくりと目を開けた。   そこには、つるりと形のいい頭の男が、裸で唇を尖らせていた。 『???』   突如眼前にあらわれ、不可解な行動を取っている男に、その男を除いた全員は、方眉をしかめ、眺めた。   裸の男は相変わらず、むう、むうといいながら唇を突き出している。 「ゆ、ゆうしゃ...さま?」 「そのようです、キャスカ王女。この国が危機に陥った時、裸の勇者が現れる、と預言には記されております」 「んむむ...む?」   裸の男は、唇をひっこめると、ようやく自分が見知らぬ場所にいる事に気がつき、あたりを見回した。自らを囲む老人達と、  キャスカ、と呼ばれた少女の存在を確認して、疑問符を浮かべた。 「あれ...俺のスイートタイムが...?ていうか、ここどこ?」   老人の一人が、一歩、裸の男の前に歩み出た。反射的に、裸の男はその老人に視線を向けた。 「勇者殿...ここは、ディオール王国でございます。勇者殿、お名前は何と?」 「ディオール...?そんな国あったかな。名前、名前かぁ。あき もふりかな」   老人が尋ねる。裸の青年は、自分の置かれた状況を理解できないまま、聞かれたとおりに答える。   彼には、とりあえずそうするしかなかった。 「そうですか。モフリ様、只今服をお持ちします」 「あ、別にいいよ。気を使わなくて」   頭を下げる老人に、モフリは手を振った。 「服をお着にならないのですか?」 「ああ、着ないよ。というか既に着てるかな?産毛とか」 「何わけのわからない事言ってるのーっ!?そ、その、服をちゃんと着てください、勇者さま!」   年端もいかない少女であるキャスカにとって、男性の裸は、刺激が強かった。彼の一物が見えやしないかと、ひやひやしながら、  視線を外したり、戻したりしていた。 「イヤだよ」   眉をしかめ、あっさりとモフリは拒否する。その返答に、老人達もキャスカもたじろいだ。服を着せろというならまだしも、  服を着ない、と言い張る人間がいるとは思いもしていなかった。キャスカは見たことはないが、この国の乞食ですら、服を着ている。裸になるのは、湯浴みする時だけだ。      「あの、どうか服を...」   老人達は、キャスカの教育係を請け負っていた。男の裸を、みだりに王女の前にさらけさせたくはなかった。もし、この男が、  勇者などでなければ、兵を呼んで槍で尻をついてやっていたところだった。しかし、相手はこの国を救う者だ。手荒に扱う事はできなかった。 「だいたい、勝手に勇者とか呼んで、アンタタチ一体なんなのさ!?てか俺なんでここにいるのか教えてよ」   頑として服を着る事を承諾しないモフリをどうする事もできず、老人達はとりあえず諦めた。それより、状況を説明し、  この国を救ってもらわなければならなかった。 「モフリ様自身の力でここにいらっしゃったのではないのですね。ならば、大地に眠る神のお力やもしれませぬ。  モフリ様は、この国を、世界を救う為にここに呼ばれたのです。  闇黒連合なる、悪逆非道の国家軍が、方々の国に攻め入り、領土を奪っており、我が国も危機に瀕しております。  後ろを、ごらんになってくだされ」   老人がモフリの後ろを指差す。モフリは振り返り、息を呑んだ。   そこには、部屋の暗闇を全てすいこむように純白で、どこかつるりとした外見の、3メートルほどの高さで、  おおよそ三頭身ののロボットが彼を見下ろしていた。おお、と彼は感嘆をもらした。 「この国の古くよりの預言には、全ての大地が危機に瀕したとき、裸の勇者が世界を救う一端をになうであろう、と記されております。  それが、あなた、モフリ様、というわけでございます。そして、その勇者は、その魔導機――"全ての獣を司りし王"モフリオーに乗り世界を救う、と。  我が国には誰一人、否、この世界の誰一人にも、これを動かす事はできないでしょう――おおお!?」   どがん、どがん、と爆発音が部屋の外でなりひびき、建物全体がゆれた。老人は、足をよろけさせて尻もちをついた。   建物のゆれはおさまったものの、爆発音は室内にまだ聞こえていた。   老人達とキャスカは、外で何が起こっているのか理解しているらしく、部屋の扉――というより、その外をにらむようにして、  歯をくいしばった。 「わたし、行ってくる!!」 「ひ、姫様!あぶのうございます!」   部屋の扉に向かったキャスカを老人は手を突き出して制止した。キャスカは、眉を寄せ、真剣な表情で老人に振り返る。 「じい、止めないで!この国が滅んだら姫もなにもあったもんじゃない。それにみんな戦ってるのに、  私だけみんなが傷つくのを黙って見てるのなんて、ゼッタイに、イヤ!!」   キャスカはそういい残すと、扉を勢いよくひらき、走りさった。扉が開くと、光が差し込むのと同時に、外の光景があらわになった。   外では、大量の手足の生えたカボチャのロボット――バンブギンが、町を破壊しそれを制止入るロボを次々と破壊している。   その奥には、水生昆虫――タガメを模した魔道士風のロボットタガメガロードが、腕を組み、立っていた。    『フォーッフォッフォッフォ!破壊しつくすのです!ディオールは今日から我ら、闇黒連合のものとなる!魔王もお喜びになられる!』   タガメガロードの内側から、声が響き渡る。その声にはやされるように、バンブギンは激しく暴れまわる。 「くっ...ディオール機士団さえ、遠征にいっていなければ好き勝手はさせぬというのに...」   老人が、町の様子をみて、悔しげにツメをかんだ。   街の様子をモフリ達が見守っていると、バンブギンの群の中に光弾が打ち込まれ、爆発を起こし、屑のように飛び散った。   ちょうどバンブギンの群飛び散った場所に、天使のを思わせる概観のロボット――アンジェラが降り立った。 『そこまでよ、フナムシ!』 『やややや!?アンジェラ!?またもやアナタですか、虫刺され姫...それにしても海辺にいるフナムシと、  誇り高い水中生物最強のタガメを同じ扱いにしないでください!そもそもフナムシは海辺の生き物であって、水中でも、  海中の生物でもない。一応、泳ぐ事はできますが、長距離泳ぐことはままならず――」 『昆虫の解説なんてしなくていいの!それより、今日という今日はゆるさないわ!たがめ!覚悟なさい!』   アンジェラが、びし、とタガメガロードに指をつきつけた。話を中断された事に腹を立てたのか、タガメガロードは、  どしん、どしんと足を踏み鳴らした。 『許せません!人の話を最後まで聞けない悪い子にはおしおきが必要ですね!!』   タガメガロードが、掌を向き合わせた。掌の中心に、黒い渦が収束してゆく。 『――水なる王の力よ、ここに至れ。全てを破壊せし力と成れ!"ダークネスフォリナ"!!』   タガメガロードの掌に収束し、黒く巨大になった球体は呪文の詠唱が終わると、破壊された街の残骸を吸収しつつ、  アンジェラに向かって直進する。アンジェラは両手をかざす。 『魔の盾、私を護れっ!』   アンジェラの両手の前にくもの巣のような形状の光の壁が出現した。黒球は光の盾と接触すると、激しく閃光し、ぎぎぎぎ、  と石同士をすり合わせたような音を発した。少しの間、押し合いが続くが、光の盾は徐々にひび割れ、光をちらしながら砕け散った。   黒球は、アンジェラに衝突し、爆発を起こす。アンジェラの体は、吹き飛び、宙を舞った。 『きゃああああーーー!』   「姫様ぁーー!」 「あれ?こっちに飛んできてない?」   モフリは、アンジェラが吹き飛ばされ、うろたえる老人達に向けて、冷静に言った。老人達は、うってかわって、慌てだした。   アンジェラは指摘通り、モフリ達の部屋にめがけて、飛来し、部屋の入り口にぶちあたった。どがぁん、と大きな音がなり、  部屋の扉ごと、入り口の壁はこわれ、がらがらと崩れた。   ひめさま、ひめさまと慌てふためく老人達をよそに、モフリは、アンジェラを間近にみて興奮しつつも、怒りを覚えた。   ――こんな可愛いロボットを傷付けるなんて、許せないな!   この国を救うかどうかは別にしても、アンジェラが破壊される事に耐えられないモフリは、よし、と意気込むとモフリオーの前に立ち、  登場席を探した。外からではわからず、モフリはうん、うんと、思考を巡らせた。    「コックピットのハッチがないのかな...?こういうタイプのロボットってのは大抵...ああ...そうか!オーケイ!」   モフリは一人で納得すると両手をひろげ、モフリオーの顔を見つめた。 「モフリオーッ!」 『グォォォォン!』   モフリの声に応え、モフリオーは獣のうなり声をあげ、瞳を赤く発光させた。そしてモフリオーの額が輝き、モフリを光で包む。  モフリの体は宙に浮き、額にはりつくと、モフリオーのなかへと、沈むように入った。   モフリオーのコックピットの中は見た目に対して広く、壁には周囲の様子が映し出されていた。 「操縦桿無しのタイプか...よし、行くぞモフリオウ!」   ぐおおおん、とモフリオーは吼えると、ゆっくり、一歩を踏み出す。ずしん、と部屋がゆれた。   また一歩、一歩と踏み出す。 「お、おお...動きましたぞ...!モフリオーが!」   老人達が、歓声をあげた。 「よし、じゃあいってくる!」   モフリオーは走り出すと、高らかに跳躍し――落下した。城内の庭園にモフリオーは体をうずめていた。   老人達は、背中をだけを見せてしばし沈黙しているモフリオーを見て、  彼の登場後のやりとりからして不安があったというのに、更に不安になった。   ずぼ、と音を立てて体を起こす。全身が土まみれで、まるで茶色の模様に塗装されているかのようだった。 「モフリ様!無事でございますか!」 「う、うん。まぁ、最初はこんなもんだよ、多分」   自信なさ気に答えると、街で暴れているバンブギンの元へと走り出った。 『やや、新手ですか!』   モフリオーの存在に気付いたタガメが、言った。 「そうさ!俺の名はモフリ、この相棒の名前はモフリオー!お前達を、今からコテンパンにしてしまうんだぜ!」   そう叫ぶと、モフリオーはバンブギンに拳を叩き付ける。 「あれ??」   バンブギンは少しよろめいたが、攻撃に動じる様子はなかった。バンブギンは仕返しに、手に持つ斧をモフリオーに振り下ろした。   斧はモフリオーの頭部に命中するとがん、と音を立てて火花を散らした。モフリオーはぐらつき、中のモフリは目を回した。 「ど、どうしてだ。弱いとかって話じゃ――うろおーん!?」   次々とバンブギンがモフリオーに襲い掛かり、かぼちゃの山を作った。モフリオーは身動き一つとれなかった。   その上へと、さらにバンブギンは乗りかかってゆく。モフリオーの体はみし、みしと悲鳴をあげ、壊れる一歩手前だった。 「くそう、このままじゃ――!」   モフリオーが、まさに圧壊しようとした時だった。   空から何かが舞い降り、バンブギンの山を蹴散らした。それは一体のロボットだった。   モフリオーを救いに入ったそのロボットは、猫の様な面構えで、手足にはツメが鋭く尖っており、刀身に布が巻かれた奇妙な剣を手に持っていた。 「た、助かったっ!」 『な、誰ですかアナタは!?』 『...わたしの名前はコノ...いや、猫姫ニャ。この魔導機はニャン神丸。訳あって助太刀するニャ、モフリオー』 「猫姫...なんか声に聞き覚えが...」   モフリは、猫姫、と名乗った人物の声が自分の記憶の中にある誰の声だっただろうか、と首をひねった。 『ないニャ。そんな事より、こいつを受け取るニャ』   ニャン神丸は、淡褐色で透明な、丸い宝石を、モフリオーに手渡した。モフリオーは受け取ると、それを眺めた。 「これは??」 『ラットパーズ。魔獣玉の一つで、ネズミの力が封じ込められているニャ。それを、ネズミをイメージしながらモフリオーの胸に埋め込むニャ』   モフリオーは言われた通り、ラットパーズを胸に埋め込む。きらり、とラットパーズが輝くと、全身が光に包まれた。徐々に、  モフリオーは姿を変えてゆく。ついには、大きな耳、額から飛び出た鼻の様な突起から小さな二本の前歯が伸びていた。  ネズミを模した概観へと変化していた。変化を終えると、光は収まった。その姿は、獣の王たる風格は存在せず、  どこかしら、ひ弱に見えた。   しかし、モフリは変身の 「おお...これで力が出るのか!さっきの状態はいわばマイティフォーム...いや、グローイングフォーム的なものってわけだな。  いくぞカボチャども!」 『待つニャ!!』   モフリの耳には猫姫の制止が届かず、モフリオーはカボチャの群に突っ込み、はじき出され、宙を舞い地面に落下した。   むくっ、と体を起こすと、ニャン神丸を恨めしげに睨む。 「ぐぐう...なんで?弱いままじゃないか...」 『はぁ...人の話はよく聞くニャ。なぜ弱いままなのか、教えてやるニャ。  モフリはどんなネズミをイメージしたニャ?』 「まぁ、普通にハツカネズミかな」 『それがダメニャ。ラットパーズは、イメージしたネズミに変形する。ハツカネズミが強いわけがないニャ。  猫にも噛みつきそうな力強いネズミをイメージするニャ!』 「力強い...ネズミ...」   強いネズミ、強いネズミ、とモフリは繰り返し唱える。暫く悩むと、ある一つの考えに到達した。   (このぴーに噛みついて悲鳴をあげさせ、俺の胸に泣きついてくるような...そんなネズミ。そんなネズミ...っ!!是非欲しい!)   モフリオーは、またもや輝き、姿を変えた。黒く、さきほどより一回り大きくなっていた。頭部から伸びる二本の前歯も、長く、  ロボットの顎に当たる箇所まで伸びていた。   その姿はクマネズミと呼ばれる、大きめの黒いネズミを模していた。先ほどとは違い、ネズミの概観でありながらも、  力強さを見せていた。 「よし、いくぞモフラット!」 『ガオォン!』 「啼き声はそのままなんだな。まあいいか。次こそ畑に帰してやるぜカボチャども!」   モフラットはバンブギンの群につっこむと、身軽に飛び回り、拳をたたき付け、蹴り、噛み付いた。   右からも左からもバンブギンは襲い掛かる。しかしモフラットは跳びまわってバンブギンを翻弄し、攻撃をかすらせもしなかった。   バンブギンは、みるみるうちに数を減らし、街中をカボチャ畑にかえていった。 『ええい、何をしているんですか!たかだか一体のネズミ相手に!』 『タガメ様。ディオール機士団がこちらに引き返してきている模様です』 『チィッ!退却しますよ!覚えていなさい!』   タガメガロードはその巨体にも関わらずふわり、と宙に浮くと、くるりと踵を返し、いずこかへ飛び去った。バンブギン達も、  後を追い、小さな群を作りながらがっしゃ、がっしゃと音を立てながら走り去った。かぼちゃが押し合いへし合い群れて逃げる姿は、  まるで蜂の巣が独りでにうごいているようだった。   モフリが、なんとかタガメとカボチャ達を追いかえす事ができた、とほっとしていると、ニャン神丸はモフリオーに背を向けて歩き始めた。 「猫姫!どこへ行くんだい?」 『わたしにはすべき事があるニャ。モフリ、お前はお前のすべき事をするニャ』 「俺のすべき事...あのタガメとか、カボチャ...闇黒連合と戦うって事かい?」 『今は、そうなるかニャ?でも、目の前の敵だけに翻弄されてはダメにゃ。しっかりと真実を見極める事が大事にゃ。  魔獣玉の事だけどニャ、もっと沢山いろんな種類のものが世界各地にあるにゃ。それを集めながら、  敵と戦っていくんだにゃ。それと、そのモフリオーは、変身してないとそこまで強くないけどニャ、お前が扱い慣れ、  モフリオーと心をひとつにしてゆけばゆくほど、強くなるニャ。そして、変身した時にはさらに強い力を手にすることができるようになるニャ。  精進するといいニャ。それじゃあまたニャ』   ニャン神丸はモフリオーを振り返らずに言うと、だだだっ、と助走をつけて、高らかに跳ぶと、地平線の向こうへと去っていった。   モフリはそれを見送りながら、猫姫、きっと、それはもうモフい女性なんだろう、と想像してにやにやしていた。   そして、口端からよだれをだらり、とたらした。 「勇者、モフリ様。街を救って頂き、まことにありがとうございます」   ディオール王城、謁見間にて、玉座の前でモフリはひざまずいていた。内装は煌びやかで、ディオール王家の紋章の編まれた旗が、  幾つも壁から飛び出していた。床にはアンジェラに似たロボットが金色で刺繍された、真っ赤な絨毯がひかれている。謁見室の壁際には、  鎧を着込んだ兵士達が、均等に間隔を開けて直立している。誰かはなくそでもほじってやしないかとモフリは眺めたが、誰一人、  微動だにしない。まるで、いつだったか、美術館で見た鎧の置物のようだな、と彼は思った。  玉座には、美しく、その席に座るに相応しい風格をもつ、女王エヴァック=テレサ=ディオールが座っていた。  娘であるキャスカと、顔立ちや雰囲気は持っているものの、凹凸が激しく、魅惑的な女性だった。その傍らには、キャスカがじっと立っていた。  その姿は、まるで蝋人形のようにかわいらしかった。  女王は、礼を述べると、ひざまずくモフリに小さく頭を下げた。 「いやいや、いいんだ。慣れれば何でも楽しいものだし」   楽しい、という言葉に周囲の人間が眉をしかめる。命がけの闘いを、楽しいと言ってしまう。これぞ、勇者の余裕なのだろうかと。 「モフリさん。あなたは、これからどうなさるおつもりなんですか?」 「え?まぁ、そうだね。とりあえず、猫姫って人が言う通りに、ここの国から出て魔獣玉っていうのを集めながら、闇黒連合と戦うよ」 「わかりました。支度金や旅費などをこちらで用意させて頂きます。これで当分の間はもつでしょう」 「あの...母上」   黙って話を聞いていたキャスカが、何か言いたげに、何かを編んでいるように手をもじもじとさせ、口を開いた。 「母上、ほんとう!?」 「じょ、女王!?」   重臣達が、驚いて女王の顔を見る。そんな危険な、それも裸の男と共に、と言いたげだった。   女王は手を重臣達に向け、制した。老人達は、口をつむぐ。 「キャスカ、あなた...アリシアの事が心配なんでしょう?」 「あ...」   女王に心のうちを見透かされ、キャスカは、黙った。そして、小さな首を、縦に振った。   それを見て、女王は満足気に、微笑む。モフリの知る所ではなかったが、  キャスカの姉にして第一王女エヴァック=アリシア=デイオールは、転移魔法の実験中に、原因不明の事故を起こし、いずこかに飛ばされてしまっていた。  アリシアは高い魔力と魔法の技術、そして知恵を持ち、成功すると踏んだからこそ、実験を行った。だが、結果は、失敗だった。  誰もが、これは誰かが仕組んだに違いない、と考えたが、犯人はおろか、失敗の原因すらも解明できなかった。   ただ、転移に失敗し、何処かに飛ばされてしまっただけならば、特に問題は生じない。彼女は、キャスカが搭乗している物と同じ魔導機、  アンジェラをどこでも呼び出す事ができるし、長くても数週間あれば、この世界の端からでも帰還する事が可能なはずだった。   実際、ディオールにはアンジェラが四機存在しているが、そのうちの、アリシアが搭乗するアンジェラは倉庫から姿を消している。   だが、半年以上たって尚、アリシアは姿を現していなかった。どこかで、足止めを食っているに違いなかった。   現在、世界各地では闇黒連合と呼ばれる国家軍が方々に攻め入っているし、それに便乗してか、テロを行っている組織も少なくない。  アリシアの身に、何かが起こっている。王宮全体、そして国民も、その身を案じてやまなかった。   しかし、広いこの世界のどこにいるとも知れないアリシアを探し出す事に兵力をさく程には、余裕がなかった。   闇黒連合である。頻繁に攻め入ってくるディオールを遥かに凌ぐ軍事力を持つ闇黒連合から国を護るためには、  兵力を国内にとどまらせておくしかなかった。実際、今回も、ディオール機士団が遠征にでかけていた間に攻め入られていた。   「優しい子ね、キャスカ。きっと、彼と方々を旅していれば、消息がつかめるでしょう。気をつけていってらっしゃい」 「うん!!」   キャスカは、力いっぱい、うなずいた。   こうして、キャスカ一行の旅は始まった。後に勇ましい侍の心を持つ機械人に乗る、足軽に出会い、仲間を増やし、、  幾度も闇黒連合や、様々な強大な敵と戦い、幾度も危機に陥る事となる。だが、旅を始めたばかりの彼らは、それを知る由もない。 「あの...勇者さま?服は...」 「彼らは、それを着る由もない」 「意味不明よ!!アンジェラアタック!」 ―― 第一話 - 裸の勇者、あらわる!(完)