異世界SDロボSS 『誰が為に』  ここはエリンランドの闇黒連合駐屯地のダークネス・フォートレス……。 「ん〜っ…! 今日はいい天気です♪」  ベッドから身を起こし、窓から見える青空に愛らしい声を弾ませるのはピリス=アイリス。  スミレ色の大きな瞳が印象的な幼い顔立ちはまるっきり十代の少女だが、これでも立派な二十歳。  そして、闇黒連合軍のエースの一人で、「バイオレットデビル」を自称するに恥じない実力者であった。  目覚ましの熱いシャワーを浴び、軍服の袖に細腕を通す。  スミレの花を模した髪飾りをつけて身支度を整えた後、朝食を摂るべく食堂に向かう。 「おはようピリス!」 「おはようですメルリさん!」  廊下でピリスに声をかけた女性は、闇黒連合スリギィランド侵攻部隊に新しく配属された整備士のメルリ=シャッヘン。  ピリスの乗機グレープス・サワーは試験機ゆえかピリスの操縦の荒さゆえか故障も多く、  修理にはわざわざ専門の技術者のいる工房へ送らなければならず、その費用もバカにならなかった。  予備機の専用スカイーグルに乗ったりもしていたが、それではピリスの実力を100%発揮できない。  これを見かねたピリスの上官、スリギィランド侵攻部隊長が旧知の仲であったメルリを呼んでくれたのであった。 「頼まれてたグレープス・サワーの修理、ついさっき終わったよ!」 「いつもありがとです♪」 「壊れた機械を直すのが私の仕事だけど……ホント、あんたって機械使いの荒い女だよ! 将来の旦那は使い潰すんじゃないよ〜? あっはっは!!」  旦那という言葉にハッとしたような顔になるピリス。 「そう言えば、旦那様は!?」 「ああ、あんたに旦那って言ったら大好きな旦那様だったね。 外見てみな、朝っぱらから元気だよ……じゃ、私は他の奴らの修理に行ってくるわ」 「?」  ピリスが窓から外を見ると、深紅に塗装されたデーモンナイトが高く飛び上がってパジャマ姿の男を宙吊りにしている。 「ほ〜ら隊長、早く起きないと永久に寝るハメになりますよ〜……」 「わーっ!!! わかった、起きるから許してくれぇ〜っ!!!!!」 「ああ旦那様っ!(ポッ)」  この深紅のデーモンナイトを操るのがピリスの言う旦那様ことトロリス・キューベルシュタインである。  彼は若くしてスリギィランドにおける2年間の戦いで華々しい功績を上げ、  「スカーレットデビル」の異名(ピリスの「バイオレットデビル」はこれに倣ったもの)と共に恐れられていた。  だが、それは窮地に陥った部下を救うべくがむしゃらに戦った結果であり、多くの部下達に慕われる人物でもある。  割と調子に乗りやすいピリスの抑え役としてコンビを組まされたが、ピリスはそれ以上の感情を彼に抱いていた。  そして、朝っぱらから醜態を晒していたのは、闇黒連合スリギィランド侵攻部隊長のジェラード=モードレッド。  ピリスはトロリスから簡単に聞いただけだが、スリギィランド王家と因縁のある血統らしい。  彼の操る闇王騎カリブルヌスはスリギィの名だたる騎士達を束にして蹴散らすほどで、  スリギィランド女王アゼイリアの操る聖王騎キャリヴァーンと互角に戦えるのは、ピリスの部隊ではジェラードだけであった。 「まったく……もう夜更かししちゃダメですよ?」 「だって……もうちょっとで伝説の剣が手に入ったんだもん……」  そんな彼だが、どうやら夜遅くまでゲームをしていて寝坊したらしい。  子供じゃあるまいし……ピリスは呆れながらその場を後にする。 「さ、朝ご飯食べてくるです……」  朝食後、ピリスは会議室に呼び出された。  そこにはパジャマから悪そうな闇騎士の鎧に着替えたジェラードが待っていた。  恵まれた体格と悪人面美形、そして王家の血を引くだけあってか、なかなかの威厳である。   「おう、待っていたぞピリス。もうじきトロリスが客人を連れて来るそうだ」 「客人? まさか旦那様、わちしというものがありながらっ……!!」 「おいおいおいおいおいおい、いくらなんでもそりゃ飛躍しすぎだろう……」  やがてトロリスが見慣れぬ人物(一部疑問符がつくが)達を連れて入室する。  ピリスは全員男性なのに安堵すると共に、彼らと以前から面識のあるらしいトロリスが、  まるで十年来の友人のように接しているのを少しうらやましく思った。 「ジェラード隊長、エリンランド義勇軍の方々を連れて参りました!」 「ご苦労、まあ遠慮せずかけてくれ。俺は新しく侵攻部隊長に就任したジェラード=モードレッドだ」 「わちしはピリス=アイリスです!」  二人の自己紹介に対し、エリンランド義勇軍の面々も快く名乗りを上げる。 「俺はエリンランド義勇軍を率いるフィン=ティーシャクだ!!」  屈託のない少年のような笑顔が印象的なフィンに続き、犬耳のいかつい双子の男がむさい笑顔でしゃしゃり出る。 「「俺達はブランスとコーラン!!!!」」  次に緑の鎧を纏った人物(?)が前に出るが、一番奇妙な風貌をしていた。  本来、首があるはずの部分には学校で使うようなマジックボードがついている。  相当練習したのか、それに「私はエリンランド義勇軍の参謀、テューラー・パンです。ヨロシク!」と器用に書いてみせた。 「ほう、世の中には色々な人がいるもんだ」  別段驚きもせず感心するジェラードを見て、ピリスはこの人が大物なのか単なるアホなのかよくわからないと思っていた。 「…では、我が隊とエリンランド義勇軍の合同作戦について会議を始めます」  トロリスの言葉に一同が真剣な顔になる。  ほぼ同時刻、スリギィランドの王城。  円卓の間に続く廊下を二人の男女が歩いていた。 「まさか、父さんまでが風邪をひくとは思ってもいませんでしたよ」 「ふふふ……普段、見境なく女性に手を出しているからバチが当たったのよ」  円卓騎士団のガラハド・バンとマリア・ガウェインである。  二人の話題は近頃流行の風邪についてであった。  身分を問わず猛威を振るっており、剛勇を誇るガラハドの父ランスロット・バンも風邪には勝てないようである。   「ガラハド・バン、参上いたしました」 「マリア・ガウェイン、参上いたしましたわ!」 「「?」」  二人が違和感に気づいたのはすぐだった。  円卓に座るべき騎士達がほとんどいないのである。  それは女王にして国内最強の騎士でもあるアゼイリアも同様であった。  今、この場にいるのは……  老人のような魔導機フィンカイラを操り、魔法においては右に出る者はいない魔術師マリン=アンブロジウス。  光の矢を放つ弓を用い、あらゆる局面で活躍する弓術士アーチャーを駆るクールな弓の名手セキス=イーハイム。    ツヴァイハンダーを得物とするミステリアスな魔導機アヴァロニースに搭乗する仮面の騎士、ベディヴェーレ・ルミナス。  そして、ガラハドとマリアの二人を加えた五人だけであった。 「これは……」 「さすがの円卓騎士団も風邪には勝てなかったって事かしらね?」  そこに女王のお守り役である小さき大公、シルヴァルヴァリ=ベロ=ベルが入室してきた。  彼の指示の下、近衛兵が本来女王が座るべき場所にカメラつきモニターを設置する。  シルヴァルヴァリは今この場にいる面々を見回し、咳払いの後に現況の説明に入る。 「すでに予想がついているかと思われますが、風邪の猛威は我が円卓騎士団をも脅かしております。 陛下も昨夜から風邪をお召しになられ、現在静養中であります!」 「では、ここにいない全員が風邪に?」  ガラハドの質問に不機嫌そうな顔(これは彼の地顔で、悪感情を抱いているのではない)で答えるシルヴァルヴァリ。 「さすがにそれはありませんが、何名かは風邪の影響で手薄になっている重要拠点の警備に向かってもらいました」  やがてモニターの準備が終わり、寝所からの中継で女王アゼイリアが皆の前に顔を出す。  これは円卓騎士団の面々に風邪を感染させたくない彼女の気遣いであった。 「皆の者、心配をかけて済まぬ……。 さっそくだが、エリンランドで反乱軍が再び挙兵した」  一同がそれぞれに驚きの色を顔に出す。 「……陛下、我々のうち数名が援軍に向かうと?」  その中にあってあくまで表情を変えないセキスが女王に質問した。 「そうだ、現在エリンランドで反乱軍と交戦している護国卿クロムオル=ウェリバーの援軍に向かって欲しい」  クロムオル=ウェリバー、その名を聞いた一同の表情が強張る。  アゼイリアはそれを察したようだが、なおも続ける。 「……あの者の強引なやり方にはそれぞれ思う所があるだろうが、 クロムオルも我がスリギィランドを守るべく戦う忠義の士だ……これを見捨てるわけにはいかない」  護国卿ことクロムオル。彼は若年ながらもその政治的・軍事的手腕により高い地位に就いていた。  だが、国を守るためには他の国を滅ぼすことも已むなしという思想の持ち主である。  その為、近隣諸国への政策は強圧的で、議会に軋轢を生じさせていた。  陸続きの隣国スコトラッドと対闇黒連合の共闘を始めたばかりの頃に、  独断専行の多かった女王メアリ=スチュワードを女王アゼイリアとマリンが夜通しで説得して協力的にさせたが、  もしアゼイリアが自ら動かなければ、彼がメアリを暗殺していたのではないかと密かに噂されていた。  建国三十六系譜を始めとした国内の有力者の中には彼に同調する者も多かったが、それ以上に反対派も多い。  アゼイリアも両者の軋轢が国内の混乱を招く事を危惧し、クロムオルには奏上の際に何度も疑問を呈しているのだが、  クロムオルは賛成派の多さと功績を盾に頑としてその方針を変えようとはしない。  現在、クロムオルはエリンランドで反乱鎮圧や統治に辣腕を振るっていた。   「ところでマリン、おまえにはエリンランド行きを命ずる」   「え〜? 陛下の護衛と治療(強調)がしたいですよぉ〜!!」 「はぁ…あまりわがままを言うなマリン……エリンランドには闇黒連合の駐屯地がある上、 侵攻部隊長である闇騎士ジェラードが出撃してくる可能性がある。 正攻法では苦戦を強いられるが、おまえの魔法を使った搦め手でなら奴を翻弄できるだろう。 次にマリア、セキス、あとは……」 「陛下、ベディヴェーレを連れて行っていいですかぁ?」 「おまえが私以外の同行者を指名するとは珍しい。何か策でもあるのか?  ……よし、ベディヴェーレの同伴を許そう。 では、ガラハドとシルヴァルヴァリには王都の防衛を命ずる。 その他四名はクロムオルと協力してエリンランドの武装蜂起を鎮圧してくれ……ゴホゴホッ……」  アゼイリアは苦しそうに咳き込んだ。  それを見た全員が我先にと立ち上がり、ほぼ声を揃えてこう言った。   「「「陛下!! 後は我々にお任せください!!!」」」    皆の力強い声に安堵したような微笑みを浮かべるアゼイリア。 「うむ、皆の健闘を祈っている……」  そう言ってアゼイリアは円卓の間との通信を切った。  女王の忠実なる騎士達や魔術師は次々と各々の持ち場へと向かう。  それから少し後のエリンランドでは、義勇軍がいよいよ戦場に向かおうとしていた。  義勇軍に参加する者の妻子達が様々な感情の入り混じった顔で見送る。  その中にあって、赤いリボンとドレスの可愛らしい少女が小さな手を振っていた。  少女の姿を見つけたフィンは愛機C=Cの手を振って返す。 「あの子は?」  ジェラードの問いにフィンが弾んだ声で答える。 「娘のシーンだ!」 「なっ!? あんた、やる事はちゃんとやってたんだな!!? うらやましい……」 「いつも、ああやって俺達の姿が見えなくなるまで見送ってくれるんだ……。 俺達はシーン達が笑って暮らせる平和なエリンランドを取り戻すまで戦い続けるぜ!!」  その無邪気な様子にピリスは微笑ましさを覚えながらも質問する。 「スリギィの支配って、そんなにひどいんですか?」  それに対し、フィンの声が一転して負の感情を帯びる。 「……ああ、俺達の仲間を踏みにじっているクロムオルって野郎は人間じゃねぇ……!!」  フィンのような快活な男にここまでの怒りを覚えさせるとは……。  ピリスは改めて今から戦う男に興味を抱くのであった。  スリギィランドの一行は海軍と合流し、海路でエリンランドに入っていた。  本国の沿岸警備は「海賊提督」の異名を持つ海軍提督ドラーク=フレンシスが、愛機エルドラコと共に睨みを利かせていた。  今回同行したのはその親友であり、シャチを思わせる機体トラファルガスで幾多の海戦を制してきた女性提督ネルソニアである。  港に降り立った一行を一人の男が出迎える。  現在エリンランドに駐留しているスリギィランド軍の指揮を執る護国卿クロムオル=ウェリバーその人であった。  小柄で童顔だが、その眼はどこまでも暗く冷たく、マスクで口を覆っている事もあってか、その感情を窺い知る事は困難だった。 「……援軍を派遣してくださった陛下のご厚情に感謝いたします……」  感情のこもらない冷たい声で事務的に礼を言った後、一行を近くのホテルの会議室に案内した。  現在、反乱軍は次々と各都市を陥落(彼らに言わせると開放)させて北上しているという。  予想される戦場は内陸部であったが、ネルソニアも海兵隊を率いて援軍に向かうと申し出た。 「私達海兵隊が陸でもどれだけやれるか、とくと見せてやるよ!」  思わぬ助力に皆が沸き立とうとした時、クロムオルがマスクの下から発した言葉は冷淡であった。 「過程など聞いていない、私が欲するものは結果のみだ」 「うわ〜……相変わらず血も涙もない、実にやな奴です……」  マリンは以前クロムオルに自分が長である国立魔法協会に圧力をかけられた事があり、彼への敵意を隠そうとしなかった。 「フッ、いいさ……結果至上主義は私も嫌いじゃない」  敵と戦う前から不協和音を生じさせる様子に、セキスがマリアに対し眉を顰めつつ肩をすくめる。 「…ったく、先が思いやられるぜ」 「まあまあ、戦ってるうちに仲良くなれるわよ」 「………………」  ベディヴェーレは誰に話しかけるでもなく沈黙していた。  午前10時、スリギィランド軍と闇黒連合・エリンランド義勇軍の連合軍は荒野で対峙していた。  闇黒連合の戦力はバンブギン、バクリシャス、ジャンクーダS型、スカイーグル。  そして、ジェラード、トロリス、ピリスの乗機がそれらを率いる。  エリンランド義勇軍の兵士達はほとんどが歩兵だったが、一部は闇黒連合の払い下げ品であるワルドーザーや、  数十年前にスリギィランド軍で主力だったナイトルーパーという機体に乗っていた。  ナイトルーパーはとうの昔に現役を引退しており、今では田舎の自警団などで細々と使われる程度だが、  一部の不届き者が横流しした結果、エリンランド義勇軍の貴重な戦力となっていたのである。  やはりこちらもフィン、テューラー、ブランスとコーランの乗機が指揮を執る。 「見ろよ! あいつら今時ナイトルーパーなんかに乗ってやがる!!」 「うちの親父が新兵だった頃に主力だった化石じゃねぇかよ!?」  スリギィッシュ・アーミーに搭乗する兵士達の嘲笑が響く。 「やれやれ、俺らも舐められたもんだね〜」  苦笑するフィンに対し、ジェラードは負けじと悪役笑いを浮かべる。 「なぁに、すぐに俺達の強さにビビってベソかくぞ!! 全員突撃!!!」  ドドドドドドドドドドドドドドドドドド………… 「「「「「ワァァァァァ────────…………」」」」」  大地を揺るがす将兵達の声と共に、両軍が一斉に敵陣へと突き進む。  スリギィランド軍の先陣を切ったのは、ネルソニア率いる海兵隊であった。 「野郎ども!! 海兵隊の強さを見せてやりな!!!」 「「「おおーっ!!!」」」  ネルソニアの愛機トラファルガスは、その風貌どおり海戦を得意とする機体だが、  地上戦においても、敏捷な動きと文字通り敵艦を叩き斬る対艦刀の威力は健在であった。  バンブギン、バクリシャス、ジャンクーダS型が大勢群がるも、小波を斬るかのように次々と両断されていく。  また、海兵隊仕様スリギィッシュ・アーミーに乗る荒くれ男どもの士気も高く、次々と残骸と屍の山を築いていった。 「……さぁて、俺達も負けちゃいられないねぇ……」  比較的高さのある巨岩の上に陣取っていたのは、セキスの弓術士アーチャーである。  目立つ場所にいたせいか、スカイーグルの編隊がこちらに向けて迫ってくる。  バルカン砲の雨がセキス達を襲うが、次の瞬間にはアーチャーがバーニアで飛翔していた。  スカイーグルのパイロット達がそれに気づいた時には、すでに数機がアーチャーの放った光の矢に貫かれ、地上へと落ちていった。  すかさず反撃に移るスカイーグルだが、アーチャーはバーニアで巧みに攻撃を掻い潜る。  一機、また一機と獲物を狩っていくアーチャーの姿は、まさに狩人であった。  乱戦の中、一対一で対峙する二体の魔導機がいた。  マリアの搭乗する真紅の魔法騎士型魔導機ガラーチェと、テューラーの頭部のない不気味な機体である。 「あら、あなた確か私に首を……昼間から幽霊が見られるなんて珍しいわね」  以前、テューラーはロボから降りての決闘でマリアに首を跳ね飛ばされた因縁があった。  普通ならマリアの言うとおり幽霊になっているはずなのだが、  妖精族出身の彼は死なず、マジックボード頭のネタ要員扱いされる恥辱に耐えつつ再戦の機会を待っていたのである。  「ここで会ったが百年目!!!」とマジックボードに殴り書きし、猛然とガラーチェに斬りかかっていく。 「今度はどこを跳ね飛ばしてやろうかしら? 行くわよ!!」  マリアの駆るガラーチェも負けじと突進し、鎧の重さを感じさせない跳躍を見せる。  ガラーチェは魔法の力で朝から正午まで力が三倍になり、それは機体の瞬発力にも反映されていた。  テューラーと機体はそれを目どころか首のない視線で追うが、なぜか陽光によって視覚が遮られる。  ガ ゴ ン ッ !!!  鈍い金属音が響く。  ガラーチェは魔法の宝玉が埋め込まれた巨大なチェーンハンマーを、  渾身の力でテューラーの機体の背中に叩きつけたのであった。  華麗に着地するガラーチェと、たまらず前のめりに倒れるテューラーの機体。 「もう終わり? ずいぶんとあっけないわね……」  ところが、テューラーの機体は幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、笑うかのように不気味に身体を震わせた。  みるみるうちに機体が変形し、やがて巨大な顔へと姿を変えた。 「「驚いたかね? ここからが本番だよ」」  機体の口を介し、テューラーの声が不気味に響く。 「(今は11時半……30分もあれば十分ね……)いいわ、遠慮なくかかってらっしゃい!!」  マリアとガラーチェは巨大な首に果敢に立ち向かっていった。 「対大型ロボ砲発射準備完了!! てーっ!!!」  ド ゴ ォ !!!  スリギィッシュ・アーミーの部隊ごとに配備されている対大型ロボ砲が火を噴き、闇王騎カリブルヌスを襲う。  ところが、カリブルヌスは避けようともせずに砲弾をその身に受ける。  煙が晴れると共に、まったく無傷なカリブルヌスが傲然と姿を現した。 「どうした? そんなもので闇王騎は倒せんぞ?」  余裕をかましまくりなジェラードの目の前に、とある機体が現れていた。 「!!? 貴様、女王アゼイリアに聖王騎キャリヴァーン!!!」  本来なら、王都ロンドムで寝ているはずの女王アゼイリアの駆る聖王騎キャリヴァーンである。  が、その姿はジェラード達にしか見えていない。 「ホ、ホントに効いてるみたいだぞ……」 「ああ、マリン殿の作った幻覚弾の効果はてき面だったというわけだ」  キャリヴァーンは踵を返し、高速でこの場から離れようとする。 「ほう、俺と闇王騎から逃げられると思ったか? 逃さんっ!!!」  おそらくスリギィランド軍にとって最大の障害の一つであるカリブルヌスは、まんまと戦場から離脱する事となる。  幻のキャリヴァーンの近くには透明化魔法で姿を消したフィンカイラと、その掌の上に乗ったベディヴェーレがいた。 「うまくいったようですね、マリン殿……」 「ベディヴェーレ、今からあなたの出番ですよ……」 「わかりました……どうした闇騎士ジェラード!! 私と聖王騎に追いつけるものなら追いついてみろ!!!」  仮面の下から出る凛とした声はまさしくアゼイリア本人のものであった。  それは拡声器でジェラードの耳朶にも響き、挑発の度合いも一層高まっていく。 「こぉのバカ! アホ!! マヌケ!!! 童貞!!!!」  ネタが尽きかけてくると共に、挑発は女王のイメージとはちょっと違う低レベルになっていくが、  マリンの魔力で意のままに動く幻のキャリヴァーンの有様はもっと酷かった……。 (術者のマリンと今その魔法の影響下にあるジェラードとベディヴェーレには見える)  白い顔が割れて赤く大きな舌が出てアカンベーしたり、挙句はお尻ペンペンまでかました。 「ぬが────っ!!!!!!!」 「マリン殿……陛下って、あんなに下品でしたっけ? いや、私もこんな小学生レベルの挑発ですけど……」 「い〜や、あの人のおつむのレベルじゃこれでも高尚な方ですよ。 それに、陛下のベッドの上での乱れぶりはあんなものでは……」 「え? え?」 「あ! いやいや何でも……」  マリンはいずれベディヴェーレも自分達の秘密に引き入れるべきなのかと思案していた。 「ぶえっくしょい!!!」  場所は変わり、スリギィランド女王の寝所……アゼイリアは特大のくしゃみをした後、ティッシュで鼻をかんだ。 「……変な噂をされているような気がするわ……」  悪寒と共に嫌な予感がするが、それは余計にだるさを倍増させる。  気晴らしにまたアレを飲もうと思ったアゼイリアは、内線でメイドを呼んだ。  しばらくしてメイドが湯気の立つ飲み物を運んでくる。  それは円卓騎士団に所属するトリスタン=フィックスからの見舞い品で、  彼の妻、伊豆姫……トリスタンは「イズー」と呼ぶバクフ国出身の女性が  故郷で風邪をひいた時に飲んでいたという「タマゴザケ」というホットカクテルの一種らしい。  今朝早く、トリスタンは彼女から教えてもらったレシピと材料一式を持って城の厨房へ直接出向き、 (最近はスリギィランドの貿易商達もバクフ国の様々な物品を積極的に輸入し始めており、  向こうの「セイシュ」「ショウチュウ」といった酒類も少し高価だが、パブや酒屋で容易に賞味・購入できるようになった)  陛下にそれを飲ませて差し上げて欲しいと頼んでから任地へ向かったそうだ。  夫婦揃って自分を案じてくれるその気持ちが、この異国の飲み物を一層温かく感じさせる。  今度トリスタンに会った時に余裕があれば、礼のついでに彼のノロケ話を多めに聞いてやろう……。  そんな事を考えながら、アゼイリアは一人ごちる。 「誰かの為に……という気持ちは、洋の東西を問わないのね……」  今の自分にできる事は、そういった気持ちを裏切らないよう、ゆっくりと休んで身体を全快させる事だ。  各地で自分の快復を願い、それぞれ為すべき事に臨んでいる皆を信じ、自分も病魔との闘いに臨もう。  そう思いつつアゼイリアはタマゴザケを飲み終え、再びベッドに横たわって目を閉じた。   さて、再びエリンランド……。  キャリヴァーンは鬱蒼とした森の中へ入っていくが、カリブルヌスは体格が災いして入れない。  邪魔な森を消し飛ばすのは造作もないが、故郷を愛するエリンランドの面々の悲しむ顔や、  死んだおばあちゃんに自然は大切にしろと言われたのを思い出したジェラードは、  カリブルヌスをエビルカリバーに戻して森の中に入っていった。 「出て来い女王アゼイリア!! あれだけ人に喧嘩を吹っかけておいて逃げるとは男らしく……あ、女らしく……ってあれ???」    自分の言ってる事で混乱するジェラードの背後に人の気配が現れた。 「誰だっ!!」 「こんにちは、お久しぶりね」 「グ、グロリア!? なぜ君がここに……」  それはジェラードが初めてスリギィランドに足を踏み入れた日に王都ロンドムの市場で会った少女であった。  実は女王アゼイリアのお忍びの姿なのだが、この時点でジェラードはまったく知らずに惚れていた。  無論、ベディヴェーレがアゼイリアを真似ているだけだが、ジェラードはやっぱり気づかない。 「伯母がエリンランドに住んでいるの」 「なんだ、そうか」 「ええ(こんなにあっさり引っかかるなんて!!?)」 「君と再会できるとは思ってもいなかった……」 「あ、ちょうどサンドイッチを持ってきたの! よかったら食べてくれない?」 「ああ、いただこう!!」  ジェラードはサンドイッチを一切警戒せずパクつく。 「おいしい?」 「君の作った物に不味い物などな……い……(パタッ)」  ついにジェラードは夢の世界へと旅立った。 「ZZZZZZ……………」 「ここまで単純な人、初めて見ました……」  近くの草むらからマリンが姿を現す。 「私特製の睡眠薬だから、あと10時間は余裕で寝てますね〜。 ついでなんで顔に落書きしときましょう♪」 「……………」 「あ、ひょっとしてこの人にホの字? 後になって隠した恋心を吐露するとか??」  ベディヴェーレはゲッとしたような冗談じゃないと言いたげな顔で首を激しく振った。 「私、バカは大っ嫌いなので(ニッコリ)」  その笑顔は女王アゼイリアがキレた時などに出す凄みのある笑顔に酷似していた。  あまりの瓜二つぶりに自分が彼女を探してきたのも一瞬忘れて驚くマリン。  大好きな女王アゼイリアにもしもの事があった時の影武者として、  アゼイリアには内緒で国立魔法協会の情報網を駆使して王国全土から  容貌や声が女王に似た同年代の女性を探した結果、彼女が見つかった。  苦労して様々な裏工作の果てに仮面の騎士ベディヴェーレ・ルミナスとして円卓入りをさせる一方で、  一人の侍女ベティ・アンとして女王に可能な限り近侍させ、アゼイリアの口調や癖などを学ばせている。  先ほどクロムオルに毒づいたが、非道さでは自分も変わらないのではないか?  もし女王に真実が知られたら……斬られる事も怖いけど、それよりも嫌われる事の方がずっと恐ろしい。  マリンはそんな将来への不安を振り払おうとするように爆睡するジェラードの顔に視線を移す。 「すっごい幸せそうな顔で寝てやがりますね……ま、この人を殺すのは良心が咎めるからやめときましょ。 どうせこの人を殺した所で、闇黒連合からさらにややこしい新手が来るわけだし」 「そうですね、敵の最大戦力はこれでしばらく動けなくなった……私達は戦場に戻るとしますか」 「ムニャムニャ……グロリア……キレイな裸だね……」  戦場では依然として凄絶な死闘が繰り広げられていた。 「この忙しい時に隊長はどこ行ったんですか!?」 「どうせ腹の調子でも崩したんだろう、それより目の前の敵に集中しろピリス!!」 「わかったです!!」  スリギィッシュ・アーミーの一斉掃射を難なくかわし、  背中のスミレの花のようなユニットから合計20ものホーミングレーザーが発射される。  それは次々と敵機を貫き、それから逃れられた者もレーザーサーベルの餌食となる。  これがグレープス・サワーの、そして「バイオレットデビル」と恐れられるピリス=アイリスの実力であった。 「その意気だピリス! 私は苦戦している者の救援に向かう! この付近の残敵掃討は任せたぞ……」 「はいですっ♪」 「行っけー!! ゲイボルグ!!!」   フィンの叫びと共にC=Cが愛槍ゲイボルグを敵軍に投げ放つ。  すると、それは数十もの数に分裂し、同じ数だけの敵兵を貫いた。 「今だっ!! 敵はひるんだぞ!!!」     C=Cはすぐさまゲイボルグを回収し、スリギィランド軍に突撃する。  義勇軍の兵士達もそれに続かんと次々と斬り込んでいく。 「「兄貴に続けぇーっ!!!」」  ブランスとコーランが灰色のマッハセイ(ブランス)と黒のグリウ(コーラン)という  馬をモチーフにした同型の機体で爆走し、逃げ惑うスリギィッシュ・アーミーを次々と踏み潰す。  スリギィランド軍の崩壊は止まらず、侮っていたナイトルーパーに蹴散らされ、  逃げようとした所をワルドーザーの鉄球に叩き潰される有様である。  トロリスに率いられた闇黒連合軍もそれに加わり、形勢は連合軍に傾きつつあった。 「も、申し上げます……現在我が軍は圧倒的に不利です……うぐっ……」  本陣に残っていた護国卿クロムオルは、力尽きた伝令兵に目もくれず冷徹に言葉を発する。 「私が出陣しよう……」  次々と陣形を崩され苦戦するスリギィランド軍……。  一騎当千の騎士達も後退を余儀なくされていた。   「おいおい、魔法使いのお嬢ちゃん達はどこで油売ってやがるんだ? まさか、闇騎士の野郎にやられちまったんじゃないだろうな……」 「あまり悪く考えない方がいいわ。 『まさか』ってのは的中するものよ……」 「へっ、的中させるのは矢だけで十分さ」  自慢の弓術を持ってしてもこの劣勢は覆し難く、生き残った部下を率いて後退していたセキスと、  後一歩の所までテューラーを追い詰めるも、正午過ぎで怪力の魔法が解けてしまい、  苦しい勝負を続けて部下の生命を危険に晒す事を避け、勇気ある退却を選んだマリアである。  そこへ同じく部下を連れて引き揚げてきたネルソニアが合流する。 「ずいぶんと歯ごたえのある相手だ、海の上でも戦ってみたいよ」 「各々方、ここから先は私に任せてもらおう……」  クロムオルが無骨な鋼鉄の機体ロードアイアンに搭乗して一同の前に現れた。  セキスが皮肉っぽい笑いを浮かべて彼に語りかける。 「そいつは結構だがよ護国卿さん、兵達はあの通り恐慌状態だ。 ここはひとまず全軍退却させて、近場の古城に篭城しながら援軍を待つべきじゃねぇのか?」 「少々の劣勢如きで怯える生身の兵になど用はない……死をも恐れぬ我が鋼鉄の軍勢がこの戦に勝利をもたらす。 ……出でよ、鉄騎隊………!!!」  クロムオルの冷徹かつ凄みのある声と共に、無数の鉄の兵士が地面より湧き出てきた。 「行け鉄騎隊、立ちはだかる者は全て粉砕・蹂躙せよ」  勢いづく連合軍はその様子を見て驚愕した。 「てっ……鉄騎隊だぁ────っ!!!!」  鉄騎隊の名は、敵軍の中では恐怖と共に知れ渡っていた。  その重そうな見てくれに反し、鉄騎隊は鉄の疾風となって敵軍に襲いかかる。   「ヒィィッ!!?」 「た、助け…ぎゃあっ!!!」  コクピットを狙って攻撃を繰り出し、的確に敵機の息の根を止めていく鉄の兵団。  逃げ惑う義勇軍の生身の兵士達も容赦なく踏み潰され、地獄絵図が展開された。 「ちくしょう……このままじゃ持ちこたえられねぇ!!!」 「バカ! フィンの兄貴は俺達以上に頑張って……うわぁーっ!!!」  ブランスとコーランが鉄騎隊の猛攻に飲み込まれかけた所に、  トロリスがデーモンナイトで鉄騎隊を蹴散らして助けに入った。 「大丈夫か!? もう少し頑張るんだ!!!」  そこにフィンが遅れてやってきた。 「済まねぇ、うちの弟分達を……。 ブランスにコーラン、俺とトロリス殿が時間を稼ぐ!! おまえらは生き残った奴らを連れて逃げてくれ!!!」 「「で、でも兄貴……」」  そうしている間にも鉄騎隊の新手が次々とやってくる。 「行けぇ!!! おまえらの兄貴はそんなにヤワじゃねぇ!!!!」 「「わ、わかった!!」」  形勢は一気に逆転した。  クロムオルはトロリスやフィンの性格を見越し、傷ついた者や未熟な少年兵ばかりを狙っていた。  彼らが部下達を庇おうとする隙を突いてロードアイアンの容赦ない攻撃を加え、  反撃されるや否や、再び弱った者達を鉄騎隊の餌食にする。  その効果的ではあるが非道な戦術にマリア達は嫌悪感を露わにする。 「ひどい……傷ついた者を狙うばかりか、それを庇う指揮官の弱みにつけこむなんて!!」 「ああ、気に入らないね……!!」  それを聞いてか聞かずか、冷たい目のままクロムオルは静かにつぶやく。 「私は祖国を守れればそれでいい……あの悲劇を二度と繰り返さぬ為に……正義などとうに棄てたのだよ……」 「ほう、何やら背負ってるみたいだねぇ」  セキスは顎に手をやりつつも、静かに成り行きを見守っている。  ピリスも鉄騎隊をグレープス・サワーで必死に蹴散らしつつ、トロリスの所へ行こうと足掻いていた。  トロリス専用デーモンナイトは部下を庇い続けたダメージが蓄積し、浮かんで剣を振るうのがやっとの状態であった。  バンブギンに乗った兵士が一人逃げ遅れていた所に割って入るが、押し寄せる鉄騎隊に飲み込まれて袋叩きにされる。 「ぐうっ……!!(よし、あの兵士は逃げ切ったようだな……)」  「スカーレットデビル」の異名を響かせたトロリスであったが、  我が身を犠牲としてまで部下を助ける性格が致命的な弱点となっていた。  死んだ上司には嘲笑われ、自分を慕う部下達からも心配されていたが……ついにこの日が来たとは。  トロリスは自嘲も後悔もせず、人生の終焉を覚悟し目を閉じた。 「旦那様に……旦那様に触るなぁぁぁぁ────っ!!!!!」  聞き覚えのある……しかし、鬼気迫る声が響く。  目を開けたトロリスの視界には、グレープス・サワーが鉄騎隊の前に立ちはだかるのが見えた。  その足元にはレーザーで貫かれたり、レーザーサーベルで両断された鉄騎隊が転がっている。 「旦那様っ!! お怪我は!!?」 「ぐっ…なぜ私を置いて逃げなかった!!?」 「そんな事……そんな事できるわけないじゃないですかっ!!!」  ピリスは泣きそうな声で答えるが、元々稼働時間の短いグレープス・サワーのボディは悲鳴を上げ始めていた。  ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ  そこに鉄騎隊が無情にも近づいてくる。  フィンもその様子を見て助けに向かおうとしたが、彼の周囲にも鉄騎隊が無数にひしめいている。 「ピリス、私が囮になる!! おまえだけでも逃げるんだ!!!」 「嫌ですっ!! 死ぬ時は旦那様と一緒です!!!」 「スリギィに逆らわなければ、貴様らはこんな末路を迎えなかった……死ね」  ザグッ!!! メシャッ!!!  鉄騎隊の無情な暴力の嵐が二人を飲み込もうとした瞬間、黒い影が一瞬で鉄騎隊を蹴散らしていた。  そこには、この場にいないはずの闇王騎カリブルヌスが立ちはだかっている。 「「ジェ、ジェラード隊長!!?」」 「済まん、ちょっと知り合いとピクニック……もとい、聖王騎を深追いしてしまった。 何者かは知らんが、よくも俺の部下どもを可愛がってくれたな……ただで済むと思うな!!!」  なんと、ジェラードの強靭な肉体は常人なら10時間は眠るマリン特製睡眠薬の効果を2時間弱としてしまったのである。  なぜか戻らないマリン達は、この最悪の誤算にまったく気づいていなかった……。 「助かった!! あんたが来てくれたら千人力だぜ!!!」  フィンが思わぬ援軍に歓喜の声を上げる。 「うむ、だが戦況はあまり芳しくはないようだな。 ここは俺達が殿を務めて全軍を退却させるべきか……」 「ああ、悔しいがこのまま進撃するには犠牲が大きすぎた……俺もあんたの案に賛成だ」  フィンの同意を得てこれからの行動が決まったのか、ジェラードはトロリスとピリスの機体をカリブルヌスで持ち上げた。 「た、隊長? 一体何を……」 「まさか、わちし達を敵めがけてブン投げるつもりじゃないでしょうね!?」 「どっちみち貴様らの機体は満足に動かせまい。 とりあえずダークネス・フォートレスの方角まで投げてやるから、後は友軍に拾ってもらうなり歩くなりして帰れ」 「ちょっと!!?」 「ムチャクチャ言わないでくださーい!!!」  ブ ン ッ !!! 「「あ────れ────!!!」」  反論や疑問を挟む余地もなく、二人は仲良く遠くまで投げ飛ばされた。 「さて……これで心置きなく暴れられるな……」 「逃さぬ…鉄騎隊、追撃せよ」 「おまえらの相手はこの俺達だっつーの……ここから先は一歩も通さねぇ!!! これ以上、大事な仲間を死なせてたまるかぁ────っ!!!!!」 「同感だ!!! 来い雑魚ども!!!!!」  無数の鉄騎隊の前に仁王立ちするC=Cとカリブルヌス。 「……鉄騎隊、構わず進め」  部下を庇った傷と疲労の蓄積したフィンと、マリンの睡眠薬がまだ抜け切らないジェラード。  だが、二人の騎士と二体の魔導機は圧倒的に数で勝る鉄騎隊をひたすらに突き、斬り、薙ぎ倒していく。  クロムオルの魔力も無尽蔵というわけではなく、徐々に鉄騎隊の数は減り、動きや耐久力も落ちていった……。 「そろそろ俺達も引き揚げるか……」 「同感!! ゲイボルグ!!!」  またゲイボルグが炸裂し、二人の周囲の鉄騎隊が次々に倒される。  その流れ弾は疲労していた円卓騎士の面々や兵士達にも容赦なく襲いかかった。  マリンとフィンカイラがいれば瞬時に広範囲の防御魔法が使えるのだが、あいにく彼女達はまだ戻ってはいなかった……。  残りの力を振り絞って光の矢を放ち、一発でもゲイボルグを減らそうとするセキスとアーチャー。  せめて自分の周囲だけでも守ろうと、やはり最後の力で盾から結界を出すマリアとガラーチェ。  慣れない陸戦でも必死についてきた部下を守るべく、自ら前に出てゲイボルグを薙ぎ払おうとするネルソニアとトラファルガス。  それぞれがそれぞれのできる範囲で誰かを守ろうとした……その時!!  ザクザクザクッ!! ドゴォーン!!!  彼らの代わりにゲイボルグが貫いたのは、新たに現れた鉄騎隊であった。  クロムオルも自分を鉄騎隊に守らせていたが、魔力を他に回すのを優先させたせいか手薄になり、  ロードアイアンの無骨な鋼鉄の身体は傷だらけになっていた。  機体のダメージと搭乗者の消耗の両方からか、膝をつくロードアイアン。  フィンとC=Cがゲイボルグを回収しながら彼らに声をかける。 「はぁっ…はぁっ…! さすがにキツイようだ……そろそろ俺達も退かせてもらうとするかな? だが、あんたもできるじゃないか……誰かを身体張って守るってのがよ!!」 「…………………………」 「スリギィは女王以下(散々おちょくられた事はすっかり忘れている)、実に天晴れな心根の奴が多い。 ますますもって俺はこの国が手に入れたくなったぞ。さらば!!!」  フィンとジェラードはそれぞれクロムオルを称えて去っていった。  そこにベディヴェーレを連れたフィンカイラが今頃戻ってくる。 「道に迷うなんて最悪ですマリン殿!! なんですか、テキトーに飛んでたって!!?」 「エリンランドの細かい地理なんてわかるわけないじゃないですかー!!  それに……ちょっとぐらい遅くに駆けつけて私の魔法でパーッと決めてやろうと……あ、怒った顔が陛下そっくり」 「いけない、仮面を被らないと……」    後日、マリンはこの失態から一ヶ月間の女王への寝所立ち入り禁止という彼女にとっては軽くない処分を受ける。  ともあれ、戦いは終わった……反乱軍と闇黒連合軍に手痛い打撃は与えたものの、  スリギィランド軍の損害も大きく、事実上の敗北と言っても差し支えない結果であった……。    数時間後……星空の下、スリギィランド海軍の艦隊は本国に帰還する準備の真っ最中であった。  港で一人星空を見上げるクロムオルに艦内から出てきたセキスが声をかける。 「よう護国卿さん、一人で天体観測かい?」 「…………………………」 「俺以上にクールと来たもんだ」  そう言いながらセキスは肩をすくめ、苦笑する。 「ま、今日の事は『ありがとう』と、礼儀として言っておくぜ」 「……貴公らは陛下の、そして国家の駒。 無闇に失うのは得策ではない……それだけだ」 「噂にゃ聞いてたが、おまえさん難儀な性分だねぇ。 祖国を守る使命感も大事だがよ、人はそれだけじゃ生きられねぇぜ。またな!」  忠告とも取れるような言葉を残し、セキスは艦内へと戻っていく。 「…………………………」  やがて艦隊はスリギィランド本国に向けて出港していく。  それを見送るクロムオルの瞳はどこまでも冷たく、そして哀しかった。  一方、ダークネス・フォートレスでは……。  トロリスとピリスはジェラードに投げられた後、メルリ率いる整備班に発見されて無事帰還していた。  ピリスはトロリスの部屋まで来ていたが、トロリスは憮然とした顔で黙っている。 「あ、あの旦那様……」 「……なぜ、あの時おまえは私を助けた?」 「そりゃ旦那様を助けようとしたからで……」 「余計なお世話だっ!!!」  苛立ちを露骨に出すトロリスにビクッとするピリス。 「部下を助けるのは私が勝手にしている事だ!! おまえが要らぬ気を使う必要はない!!!」 「旦那様……」  ピリスの大きな瞳から涙がボロボロと流れ出る。 「ごめんなさい……わちし、旦那様が死んじゃうと思って……ごめんなさい……」 「おいおい、助けてもらった礼ぐらいは言うべきだと思うぞトロリス? ピリスの助けがなければ、貴様はおろか多くの将兵が死んでいた……」 「ジェラード隊長……ぷっ!!!」  部屋に入ってきたジェラードの顔には、マリン達にされた落書きがそのまま残っていた。 「な、何がおかしい!? 俺がマトモな台詞を言っちゃいかんのか!!?」 「い、いえ……続きをどうぞ……くくく……」  泣いていたピリスも笑い出している。 「ぷぷっ…せっかくシリアスに泣いてたわちしが、まるでバカみたいです……」 「……トロリスよ、貴様の味方を死なせたくない気持ちはよくわかる。 だが、それはピリスや俺も同じだという事を忘れてはいかん。 一人で背負いすぎるのはストレスが溜まるぞと言いたい……俺の話はそれだけだ」 「……………」  そこまで言ったジェラードは「くしゅん!」と見てくれに似合わない可愛いくしゃみの後、だるそうに言い残す。 「あー……寝冷えしたせいか風邪ひいたかも……貴様らも早く寝ろよ……」  部屋を出て行くジェラードをトロリスとピリスは笑顔で敬礼して見送った。 「ちょっとバカだけど、やっぱりわちし達の隊長ですよね♪」 「ああ、そこまで言うのは少々気の毒だが、大体合ってると思うな」  その後、しばらく沈黙が続く。 「……ピリス、さっきは……その、すまなかった……私は少し焦っていたのかもしれない。 だ、だが、これからはあまり無茶して心配させないでくれよ?」  ピリスの顔がパーッと明るくなる。 「はいです旦那様っ!!」  ピリスは満面の笑顔で小さな小指を差し出す。 「約束の指きりげんまんです♪」 「……まったく、まるで子供だな……わかった、私もこれからは無茶は自重する。 しかし、おまえも私を無用に心配させるなよ……約束できるか?」 「はいっ!!」  トロリスはそれを見てフッと笑い、同じように小指を差し出した。  二人は一層絆を深め、明日からの戦いに決意を新たにしたのであった。                           ─終─