■ 亜人傭兵団奮闘記 番外 ■ 『とある魔王の始まり』 ------------------------------------------------------------------------------- リザードマン五大氏族の居住地は皇国の中心を囲むようにして点在している。 彼らが神代の時代の大戦において人間の手助けをし大陸の五つの地を 暁の竜に分け与えられ、人間と共存し始めたのは、誰もが知る事だ。 しかし、彼らに与えられた五つの地がどのような役割を持っているのか その真の意味を知るものはほとんどいない。 それこそ森羅万象の全てを識るという「隠者」の魔王でもない限りは…。    *   *   *   *   * 「隠者」は問われる事がなければ、彼の持つ知識を外界へと発信する事は決してない。 それは彼自身の気質のせいでもあるが、何よりも秘匿された知識が世界に無用の混乱を もたらしかねないものだと彼自身が知っているからである。 「隠者」に会う為には「愚者」の魔王が治める地にある「狂える森」をくまなく探し、隠された庵を 見つけ出さなければならない。それもたった一人で、「愚者」の監視の眼を潜り抜けて。 「狂える森」はただの森ではなく強力な結界である、火をかけて焼き払う等森を害する行為もできなければ 複数の者で立ち入る事もできない。更に中を凶暴な─だが「愚者」と「隠者」、「隠者」共の者には無害な─ 魔物がうろつく。武器も魔法も使えない状態で太刀打ちできるものなどまずいない。 知恵を求める者のほとんどは、進む事も戻る事もできずに静かに死んでいくか 森の魔物たちの餌となりながら断末魔の内に死んでいくか 森に足を踏み入れた時点でその二つの末路を運命付けられるのだ。 例え数々の死の試練を潜り抜け、幸運にも「隠者」に会う事ができたとしても 「隠者」の知恵を求める者にとって更に更に不幸な事は、彼は相応の代償を払わぬ限り口を割ろうとはしない、という事だ。 彼が奪うのは「力」である。 権力も、魔法力も、腕力も、生きる力=若さも、全てを失って尚、野心の衰えぬものだけが 「隠者」の知恵を存分に振るい、王となる事ができるのだ。 この数百年、一体いくつの命が「狂える森」の胃袋に納められてきたことだろう。 彼らの魂は天に昇ることもできず、地に堕ちる事もできず、ただただ新たな体を求めて さ迷い歩くばかりである。 その死霊達の群れを払いのけて、最早体を起こす力すらも失いながらも、ジリジリと這いずり 口に入り込んでくる土を噛み締めながら、ジリジリと這いずり それでいて目に灯ったドス黒い炎だけは絶やすことなく、ジリジリと這いずり 迷うことなく一直線に外界へと開いた口を目指す、一つの影。 森の魔物が一匹好餌を見つけて飛び掛ってくる。 狼に似たその魔物は涎の光る大きな咢を開いて影に迫る。 あわや噛り付かれようかというその時、彼は魔物の口に思い切り腕をねじ込み、舌を掴み 腕に力が入らないので体を捻って舌を引き抜いてやった。 魔物は予想外の抵抗と、突如襲った激痛に驚き飛びのいた。 (血が止まらない。) (そんなバカな)。 (久しぶりの肉だったのに…。) (脚がふらつく。) (あ。) 大量の血を失って倒れ伏した狼に目もくれず、引き抜いた舌に齧り付く影。 口一杯に広がる獣の唾液と血の臭い。吐き戻しそうになるのを堪えて 一心不乱に噛り付く。 本当に久しぶりに腹を満たした影は思った。 まだ動ける。歩ける。 ぼやける視界の先には外界へとつながる光が見える。 彼を動かすものは、ただ一つの風景。 ただあの懐かしい古里へ。 影と炎の蠢く故里へ…。 外の土を踏みしめた瞬間、全ての力を使い果たして影は倒れた。 今度こそピクリとも動けない。 どんどん目が霞んでいく。いやだ、いやだ、こんな所で死ぬのは… … … … ? 「気分が優れぬようだな!小僧っ子!」 声がする。遠くから響くようで、それでいてはっきりとした…。 「やぁねぇ、これだから頭でっかちの男ってキライ。」 倒れ伏している感覚はあるのに、土の感触がしない。 「生まれて百年にも満たぬのだ、これからどう化けるかは知れんぞ。」 体に力がみなぎっている。 「果タシテ『王』ニ見合ウ器カ否カ…」 星の煌く夜空のような風景が、どこまでも続いている。 「それは僕達が決める事じゃあないでしょお?」 彼を取り囲む二十二枚の石版。 「ここに呼ばれたって事はよ、それだけの価値があるってことよ。」 その前に立つ二十一人の魔王 「ですね。さぁお立ちなさい、新たなる後継者。私達は貴方を受け入れましょう。」 空白の一枚が輝いている。眩しい。 「ようこそ、『魔同盟』へ。」 …!『魔同盟』!? あの分別無しの、放蕩の、堕落した、残虐な、それでいて力を持った魔王達の組織! 我ら魔人貴族を追い落とし、苦汁をなめさせたにっくき仇! 「…何を考えている。私は貴様らの敵だぞ。いつ私が貴様らの寝首を掻きに行くか  知れぬというのに。」 嘲笑が空間を包む。 「新人クンは随分と血気盛んなんだねぇ〜!」「出来るものならやってみるがいいわ!」 「そうやって何人死んでいったことか…。」「どうせ口だけでしょ。」「キサマデハ傷一ツツケラレンヨ」 「頑張ってね、ボーヤ!寝床に来るならいつでも大歓迎よぉ?」 「おう、寝床でならワシも『恋人』に負けんぞ?ワシの老獪な手練手管を見せてやるワイ!」 つまらぬ冗談を交し合う魔王達。下卑た笑いが方々から聞こえる。 沈黙を保っているのは『世界』の位置に立つ少女と『隠者』、兜の面を降ろしたままの『愚者』 そして豪奢な衣装に身を包んだ老人『悪魔』だけだった。 「お止めなさい。」 『世界』の一言で笑いはピタリと治まった。 「私達はあなたが敵であろうと味方であろうと構いません。あなたに課せられる使命は唯一つ。」 「『汝の成すべきことを成せ』まぁ、好きにせいっちゅうことじゃ。ワシのように贅沢に命をかけるもよい  知恵と力があるなら国を治めてもよい、何もせんでもよい。」 『悪魔』がにっかりと笑顔を浮かべて答える。 「その内ニ…必ズ…見つかるでショウ…が…」 『愚者』は、まるで崩れかけのアンデッドのような口調で答えた。 「私は…。」 迷う事など一つも無い、何百年かかってもいい。 悪魔として魔人貴族として、成すべきことを成すのだ…! 「私は軽蔑する。  貴様らのような日和見主義者達を軽蔑する!  この世界にしがみつくもの達を軽蔑する!  停滞を甘受する愚か者達を軽蔑する!  私の嗅覚は魔界の瘴気を知っている、私は魔界の炎を知っている!  連綿と続く我ら『星公』の魂が教えてくれる。  知っていてもそれを嗅ぐ事も体に浴びる事も許されぬ!  これほどの苦痛を受けて平然としていられるか!  私は!魔界への扉をもう一度開き、あの炎と影の地を、再び我らの手に取り戻すのだ!」 『法皇』の石版がより一層輝きを増した。 「良く吠えたぞ、虚星公爵アルダマス!」「貴様こそ、新たな玉座に相応しい!」 「己の知恵と力の全てを使い、成してみせよ!」 「新たな『法皇』よ!法皇アルダマスよ!」 「「法皇アルダマス!」」「「法皇アルダマス!」」 「「法皇アルダマス!」」「「法皇アルダマス!」」 「「法皇アルダマス!」」「「法皇アルダマス!」」 「「法皇アルダマス!」」「「法皇アルダマス!」」 「「法皇アルダマス!」」「「法皇アルダマス!」」 声の一つ一つに呼応して、自らの細胞の一つ一つに 今まで味わった事の無い力が漲ってくる! 「「征け!」」 『法皇』の石版に吸い込まれてゆくアルダマス。 この名前、『法皇』はもう、私のものだ。    *   *   *   *   * 気づけば、また元の草原に戻っていた。 しかし、体中に力が溢れている。今ならなんでも出来そうだ。 「来たれ、魔の者よ。『法皇』の元に跪くがよい。」 一言呟いただけで遠くの空からインプどもの一団が飛んでくるのが見える。 それよりも早くに彼の元に…跪くのではなく 抱きついたのは一匹の淫魔だった。 「お兄さん偉い人なのね?お兄さんの為ならなんでもしちゃうわよん?」 配下となるものに抱きつかれるとはなんとも情けない話だが…。 まぁ気分は悪くない…。 その時一つ、彼の頭に閃いた事があった。 彼の「傾国・離間の計」はここから始まった。 了 ------------------------------------------------------------------------- 登場人物 「レイリス・アレイシア」http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/489.html 「大賢邪ベルティウス」http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/170.html 「魔王アルダマス」http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/151.html その他、前代の魔同盟の方々。