■ 亜人傭兵団奮闘記 その十四 ■ 『ゲッコー市にて その十一』 ■登場人物■ ・パーティー 森にいる組 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 剣士 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 副長 無口 ガチムチ 重戦士 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 剣士 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 魔法剣士 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 怪力 重戦士 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 市庁舎にいる組 「ファイ」  コボルド 男 … いい子 最年少 わぁい レンジャー 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ ・悪魔たち 「バンダルペイモン」  悪魔 男 … 三頭多腕の異形 蜘蛛の化身 「ジルベンリヒター」  悪魔 男 … 元『魔審官』 銀龍の化身 ------------------------------------------------------------------------------- 「ふう、む。要するに、そこに這いつくばっている彼らが見事に騙されるか、死んでくれるか  すればよし。それ以外なら殺してしまえ、と命を受けたわけだね?」 「仰せの通りにございます。」 『裏がある』どころの騒ぎではない。 リザードマン騒動は元々市長達がでっち上げたものであり、当初の予想通り 亜人傭兵団の面々はヤパルラの森を攻める口実として使われようとしていたのだ。 相次ぐ謎の殺人、手練れの冒険者達でも手に負えない。 となれば後は皇国軍の出番である。彼らは仲間を殺されて怒り心頭である。 「聖地」へ攻め入る、という背徳感は、怒りが掻き消してくれる。 そもそも軍よりも先に冒険者達に依頼が成されたという事実は、少なからず 彼らへの期待の低さを感じさせる事になる。ただでさえ十二軍に隠れて 影の薄い正規軍からすれば、面目を取り戻す為に躍起になる事だろう。 「随分と回りくどい事をするものだねぇ…。それこそ君の炎で森ごと焼いてしまえば  早かったのではないかね?」 「…何故そうせざるを得なかったのか。理由を実際にご覧に入れましょう、前任魔審官閣下。  あちらに聳える石壁をご覧ください。」 バンダルペイモンは握り拳ほどの大きさの火球を作り出し、石壁に向かって投じた。 障害となる木々をなぎ倒し明々と闇を照らしながら突き進む火球。 しかし、火球は石壁に当たる前に急速に光を失い、掻き消えてしまった。 「ご覧になられましたか。」 「ほお、これはこれは…。随分と強力な防御結界だね。恐らく並の魔族では、いや  『魔王』とてアレを破る事はできまい。」 「我々魔族では力を以ってあの壁を打ち破る事は出来ぬのです。故に我が主は  人間どもを用いてアレを取り除こうとしました。」 「成る程。結界などというものは、一部でも外界とつながってしまえば、後は容易いからね。」 「御考察の通りにございます。」 「それほどまでに、お前らにとって重要なものがあの中には隠されてるって訳だ。」 縛られたままのジャックが口を挟む。 二十四の瞳が憎悪の炎をたたえて見据えるが、ジャックは動じない。 「『戦車』や『皇帝』達、武闘派の差し金じゃあないだろうな、回りくどすぎる。  奴らならもっと派手にやってる。」 「よく知ってんね、ダンチョー。」 「これぐらい常識よ、常識。特にあの戦に関わった人間にとってはね。」 「まぁ、俺も関わりが無いわけではないからな。」 「汚らわしい人間如きが、あの崇高なる王達の名を口にするな!」 鋏角をガチガチと鳴らす蜘蛛の怪物。 彼の激昂をものともせず、ジャックは言葉を続ける。 「お前の『主』があの市長なら、市長もまた魔同盟の一員、しかも小アルカナだろう?」 「…な!」 「図星か?大アルカナの連中だとすればこんな辺境にはわざわざ足を運ばないだろうし、魔同盟の者が  無銘の魔族を率いる事があっても、逆はほとんど無いからな。」 世に数多潜んでいる、ある程度知恵を持った悪魔達は決して魔同盟を軽視しない。 確かに組織としてのつながりは皆無に等しく、内紛も多数起きてはいるが それでも従う事による利益のほうが、不利益よりは余程に多い事を知っているのだ。 小アルカナにでも配されれば、名も上がる。そう考えて協力を申し出るものも少なくない。 ほとんどは捨て駒にされてそれまでだが… 逆に魔同盟側から見れば、わざわざ仕える相手を探す必要はない。 放っておいても、有能でさえあれば二十二人の魔王達の誰かから、必ず声はかかる。 故に小アルカナの者達は特別な理由が無い限り、あまり外部のものと交流を取ろうとはしない。 …とは言っても、例外だけで出来たような組織なので、あまりあてにはならないが。 「今度は何をやらかすつもりだ?魔同盟。ヤパルラの森に一体何が眠ってる?」 「貴様に答える必要はない!」 「まぁ、まぁ、落ち着きたまえ二人とも。法廷は静粛を保たねばならんのだよ?」 微笑を浮かべながら制するジルベンリヒター。 どうもこの悪魔はいまいち緊張感が無い。 「失礼いたしました。先程ご忠告を賜っておきながら…。」 「うむ、うむ。…さて、ヴァン、先程喋ってもらった君の一連の行動についてだが  …賞賛に値するものだと私は考える。  人間達を騙し、主君と自らの名誉のために密殺しようとする…まるで悪魔の鑑だよ!  人間達に加担する世の腑抜けたちに見せてやりたいぐらいだ。」 「もったいないお言葉…光栄の至りでございます!」 亜人傭兵団の面々の顔が曇る。   *   *   *   *   * 「おいおいおいおい…なーんか雲行きが怪しくないか?」 「結局あの偉そうな奴も敵だったって事?」 リザードマン二人組みは、得意のどつき漫才も忘れて慌てている。 「リーガン、糸は切れそうか?」 「さっきから何度かドッグハウンドに噛ませちゃあいるがさっぱりだ。」 「法術も効き目が無い。奴が自ら解かぬ限りはこのままだろうな。」 落ち着き払ったリーガン、ジャック、カーターの三人。 彼らの出した結論は、とにかく自由なリーガンだけでも逃げる、という事だ。 「とにかく皇国軍キャンプまで逃げ切れ、彼らならある程度抵抗できる。  彼らに時間を稼いでもらっている間に、緊急連絡用の呪文書で中央に危機を伝えろ。  キャンプの司令詰所に必ずあるはずだ。頼むぞ。」 「…うむ。…また…会える事を祈ってるぜ。団長。」 「よって被告バンダルペイモンは無罪!」 ジルベンリヒターが一同に向きなおる。 リーガンは逃走の準備に、そして他の面子は死を受け入れる用意。 「(長い冒険生活もここで終わりか。まぁいい、旅の楽しみは充分堪能できた。)」 「(今頃あの子は何してるのかしら…皆元気でやってるかな…ごめんね。約束守れなくて。)」 「(十二軍の連中なら、被害が広がる前に何とかしてくれるだろう。あの銀髪の方は  …魔審官というくらいだから、無闇に暴れる事もあるまい…。  後はリーガンが逃げ切ってくれる事を祈ろう。)」 「(ああ、ちっくしょー…せめて死ぬ前に酒池肉林の宴を味わってみたかった…。)」 「原告、亜人傭兵団には侮辱罪、傷害罪により死刑を申…」 リーガンが全力で走り出す。流石の俊足。バンダルペイモンも咄嗟の反応が出来ず。 取り逃がしてしまう。 ほんの一瞬の出来事だった。 後は逃げ切ってくれれば… 「…しわたすと言いたい所だが!」 「「……………………ん?」」 奇妙な間。 「逆転無罪!無罪放免!おめでとう、おめでとう!」 「「……………………ええ?」」   *   *   *   *   * 既にリーガンは逃げ去ってしまった。 が、取り残された一同は奇怪な発言をしたジルベンリヒター以外は皆呆気に取られている。 口に手を当てて笑いをこらえていたジルベンリヒターが噴出した。 「はは、は、ははははは!驚いたかね!?驚いたろう!?ははは、はは、は!」 両肩の龍頭達もグアグアと奇妙な笑い声を上げて身をよじっている。 「くく、くくく…リーガン君のあの逃げっぷりといったら…ははは、はは!  しかも君たちの顔が…もう…あははは、ははは!」 バンダルペイモンは亜人傭兵団の面々よりももっと呆気に取られている。 理解できない、全く理解できない。 前任魔審官殿はご乱心召されたのか? 無罪、とはどういうことだ?私を、主を侮辱し傷つけたこの虫けらどもを 見逃せというのか? 「ミラーの友は私の友。君らを傷つけるような真似はできんよ…。  ぶふっ!  いや、失礼……ぷっ!  ああ、もう駄目だ!ははははは!」 いまだに腹を抱えて笑っている前任魔審官に対して、声をかける。 多少怒気が混じっている。 「仰る意味が…理解できませぬ。この許しがたき虫けらどもを放免するとは一体…」 「ヴァン!理解できない事はないだろう?そのままだよ、もう君は彼らに手を出してはならない。  彼らに罪は無いんだからね?まぁ、ほら、面白い顔が見れたんだから…ぷぷっ…良しとしよ…はははは!」 「お気は確かですか!?人間どもに与するなど…悪魔の法を司るあなた様にあってはならぬ事!」 ジルベンリヒターの動きがピタリと止まる。 「ごちゃごちゃうるせえよ、 虫 け ら 。」   *   *   *   *   * 空気が凍りつく。誰一人として身動きの取れぬ、黒い威圧感。 背骨に氷柱を差し込まれたような、鎖に雁字搦めにされたような。 震えすら起こらない。 初めて解った。 ジルベンリヒターに対して自分達が何の感情も抱けなかったのは 本能が、彼の存在を認識する事を恐れたからだ。 「お前…俺に口答えしたな?この俺に口答えしたな?  『法 を 司 る』 『こ の 俺 に』 口答えしたな?  法そのものの俺に口答えしたな?  したよなぁ?しただろ?したよなぁ、なぁ?」  二つの龍頭に問いかける、二匹とも激しく頷く。 「前任魔審官殿!私は決してそのような…。」 「あ〜残念、今のは聞き逃せないなぁ〜。もうこれは決定的だ。うむ、しょうがない。  いやぁ、俺の言う事を否定するなんて、たいした度胸だ。  悪魔の鑑、は返上だな。愚か者の鑑だよ、お前は!素晴らしい!」 「気が狂ったか!銀龍!」 たまらず叫ぶバンダルペイモンを全く気にも留めず、また龍頭に話しかける。 「なぁ、アンドロクタシア、アンピロギア。そんな愚か者には、どんな死がお似合いだと思う?  なぁ、とびっきり苦しくて、情けなくて、惨たらしいのがいいよなぁ?」 内緒話をするように、耳元でグアグアと鳴く龍頭。 ジルベンリヒターの口元がキュウと歪む。 「それがいい、それがいい!それが一番いいぞ!それが最高に楽しいぞ!」 「させるかああああああ!」 火球を手に、蜘蛛糸をジルベンリヒターに絡めつかせる。 炎を食われぬように龍頭も一緒に。 「死ね!死ね!死ね!死ねぇえええええええ!」 空中へと舞い上がり、次々と火球を投げつける。縛られたまま火達磨になるジルベンリヒター。 投じられた火球の爆発で地面が抉られてゆく。 そのうち狙いを外れた一つが縛られたままのリゲイに向かって飛んでゆく。 「あ!(ダメだ、死んだ!)」 …っと言う間もなく、炎の中から龍の頭が飛び出して火球を喰らった。 「さぁて、そろそろ終わりでいいかな?芸がないなぁ虫けらは。」 刃にも怪力にも耐えるバンダルペイモンの糸が易々と切り裂かれる。 まとわりついた糸屑を払い、涼しげな顔で蜘蛛の魔人を見上げるジルベンリヒター。 「じゃあ、死刑執行といくかね。…『法典を左に!』」 ジルベンリヒターが左手を返すと、辞典の様な分厚い本がその手の上に現れた。 ぱらぱらとページをめくる。ある所で止め、今度は指でなぞりながら、一枚づつページを捲ってゆく。 「ああ、あったあった、これだ!…『首切り斧を右に!』」 右手にドス黒い魔力が満ちてゆく。 「う…うおおおおおおお!」 恐怖に駆られたバンダルペイモンが突進してくる。 八本の腕全てを使った渾身の一突き…は指一本で止められた。 目線は法典に落としたまま、こちらを見てもいない。 つらつらと呪詛を読み上げる。 『生きた肉を持つに値せぬ者には、似合いの友を授けよう。』 『刑ノ死拾伍 PULSE OF THE MAGGOTS』 ぱちん、と指が鳴らされる。 「ぐ・・・・い・・・ぎぃいぃぁああ!!」 空中から落下したバンダルペイモンは狂ったように体を掻き毟り始めた。 掻き毟る、ばりばりと、がりがりと。体を捩じらせて。皮膚が裂けるのも厭わず。 自ら眼を潰す、耳を抉る、脚を引きちぎる…奇妙な事に血が一滴も出ない。 そのうち、蜘蛛の怪物はピクリとも動かなくなった。   *   *   *   *   * 「くくく、く…あはは、はははは!見たかね、あの悶え様!『いぎゃあああ』だと!」 また爆笑するジルベンリヒター。 亜人傭兵団の面々は、決して同じように笑う事は出来ない。 「一体…何をしたんだ?」 ジャックが聞くと、心底可笑しそうに、銀髪の悪魔は答えた。 「はぁはぁ…あー可笑しい。彼の体の中に流れる血を、全部、肉食の蛆に変えてあげたのさ!  痒くて痒くてたまらなかっただろうなぁ!…くっく、くはははは!  自分を餌にするなんて、なんて美しい心がけだろうねぇ!」 よく見れば蜘蛛の怪物の 眼孔も口の中も 裂けた皮膚から見える肉も もがれた脚の傷口も すべて真っ白に波打っていた。 胡麻粒ほどの小さな小さな蛆たちは、仲間と押し合いへし合いをしながら 美味しい美味しい餌を少しづつ齧りとっていた。 ─続く