魔道商人記 11話目 〜別離〜  暗くジメリとした空気が漂う地下回廊。 手に持ったランタンの明かりだけが頼りだ。 長い年月をかけて地下水が浸透して来たのだろう。床面は水浸しだ。 よく見ると、壁面の隙間から、水が滴り落ちるのが見える。 その水を糧にしたのだろう、コケやカビがビッシリと壁を覆う。 よどんだ水は、瘴気でも溶かし込んだかのように混濁し、臭気を放っている。 「こうまで酷い環境だとは思わなかったぜ。  あの連中は、これ見たらどう思っただろうなぁ…」 独り言が回廊で残響する。この暗い地下回廊には彼一人だけだ。 魔道商人ブレイブは今、魔法都市ミュラスの地下回廊に一人で居るのである。 元々は古代地下都市の遺跡だったと聞く。 その上に、魔法都市ミュラスを作り上げたのだと。 しかし今は遺跡としての跡形も無く、荒廃した地下回廊と化している。 複雑に入り組んだ回廊は、閉鎖区域も含めるとあまりに膨大な規模であり、その 全容を知る者はミュラスの中でも一握りしかいないだろう。 だからこそ、ここから侵入するのである。 かつての騒動で追放されたブレイブには、それしか手は無かった。 足を踏み込む度に、靴底から腐水が染み込んでくるようにすら錯覚する。 錯覚ではないのかもしれない。回廊の奥から、酷い腐敗臭がする。 それは、何かの肉がそこで腐敗したというよりも、腐敗そのものがそこを拠点に 蠢いているかのようであった。 その観念的なとらえは正鵠を得ている。回廊の奥に陣取っていたのは、腐敗した 何かの肉ではなく、腐敗と汚物を糧とする魔物、下水ドラゴンであったのだ。 何らかの学名や、少しは格調高い名前もあるのだろうが、冒険者達は都市の下水 に巣くう下等な龍族を、そう呼称するのだ。 体長は10mほど。大きなものになると15mを超えるのだとも言う。 下水ドラゴンは濁った目を暗闇で光らせ、獲物を物色している。 この暗闇では、視力はあまり意味を持たない。 下水ドラゴンは、周囲との温度差を視覚の代わりとして獲物を感知するのだ。 おそらくその視界は、獲物としてブレイブを捕らえただろう。 「会いたくないヤツに会っちまったなぁ…」 周囲には誰もいないのに、愚痴をこぼしてしまう。 『グエェブルォォォォ!ブルァァァブルォォォ!  ワグァモドゥォオァ!ノルルィゥオオァァァ!』 それまで静寂の中にあった回廊に、突如騒音が響き渡る。 おおかたのドラゴンはブレスを吐く事が出来る。 例えばファイアドラゴンならば、炎のブレスを吐くなどである。 ならば、下水ドラゴンの吐くブレスとは何か。答えは単純である。汚物だ。 この音は、下水ドラゴンが口から汚物を吐き散らかし始めた音なのだ。 触れて害がある訳ではないが、悪臭で神経がマヒするとも言う。 「1対1でモンスターと戦う趣味は無いんだ。悪ィな。  ホラよ。これでも追いかけといてくれ」 ブレイブは手に持ったランタンを、回廊の横道に放り投げた。 すると、下水ドラゴンはブレイブではなく、ランタンの方に気を取られた。 より強い熱源を探知しているのだろう。 その隙に、ブレイブは下水ドラゴンの横を走り抜けた。 後ろでバシャリという大きな水温が鳴り響いた。 下水ドラゴンがランタンに食らいついた音だろう。 それが人であれば…即死であったかもしれない。 「光明〈ライティング〉!」 火属性魔法の初歩中の初歩、光属性魔法の超基本である「光明」を唱える。 ランタンの火は既に無く、暗がりの中ではこの明かりだけが頼りだ。 回廊をさらに先に歩き続ける。不意に広間が目の前に現れた。 が、それも罠の一つだ。 『立ち去れ…』 広間に声が響き渡る。魔力によって合成された声だ。  『立ち去れ…』      『立ち去れ…』   『立ち去れ…』 『立ち去れ…』    『立ち去れ…』 声が幾重にも重なり、反響し、増幅され、襲い掛かる。 ブレイブは声の元を探ろうとした。 暗がりの中、視界はほとんど無いも同然だが、頭上から声が響いてきているのを 微かに感じる。魔力の光球をコントロールし、周辺の様子をうかがう。光球は掌 から頭上へと上っていき、次第に広間全体を照らしはじめる。 そこには、無数の顔があった。それも、巨大な石作りの顔だ。 『立ち去れ…』 顔が声を放つ。おそらくはゴーレムの一種なのだろう。 意思があるのか、それともプログラムされたものだろうか。 『立ち去らぬのならば…』  『立ち去らぬのならば…』 『防衛…』    『我らが眷属…』   『防衛開始…』 その瞬間、ガコンという音が鳴り響き、石造りの顔の口部分が開いたかと思うと そこから何やら粘液質の物体が大量に排出されはじめた。 スライムである。それも、プリンスライムと呼ばれる上位種である。 本来ならば、名の通り黄色とカラメル色のツートンカラーの体色をしているのだ が、このスライムは、環境の影響を強く受ける特徴があるためか、吐き出された ものは、どす黒く、汚くよどんだ体色をしていた。 「回廊のガーディアンってトコか?しょうがねェな。  やるだけやるか…よっ!」 右腕を振りかざし、虚空に素早く指先で陣を描く。 「魔力起動…雷精霊召喚」 陣は魔力で鈍く光り、右腕の篭手の隙間からは雷精霊が何匹も顔を出し始めた。 光がバチバチと音を立ててあふれ出す。 「魔法陣展開…雷魔法上位公式の二!」 雷精霊達は地下回廊を鈍く照らし出しながら、空中に複雑な文様を描き出した。 「地を這う物を捕らえ掠めよ!縛雷網〈ウェボルト〉!」 唱えると同時に、幾条もの電撃の帯が、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされて いく。その蜘蛛の巣はプリンスライムの群れを捕らえたかのように見えた。 しかし、雷属性上位魔法である縛雷網をもってしても、プリンスライムの動きを 止める事は出来なかった。何故ならば、プリンスライム自体が地属性と雷属性を 兼ねた存在だからなのである。 縛雷網によって多少のダメージを受けながらも、プリンスライムの群れはジリジ リと近づいてくる。魔法を使った事によって荒れた息を整えながら、冷静に状況 を分析する。 「クソッ!雷属性上位を食らって平気って事は、アイツら雷属性か!  属性確認しとくべきだったか。最近どうにも不勉強だな。  仕方ねぇな。危ねェからやりたくは無かったンだけどな」 ジリジリと広間から回廊へと撤退していき、プリンスライムを誘導していく。 プリンスライムの群れは次第に融合していき、巨大な一塊になっていく。 そこで、荷物から液体の入った小瓶を抜き取ると、素早く巨大スライムに向けて 投げる。瓶はスライムによって即座に溶かされたが、それによって中身の液体が スライム全体に飛び散った。 「それじゃ、タップリ油を浴びたところで、燐火を食らってくれ」 マッチをすってスライムに投げつける。すると、ビンの中に入っていた油に引火 し、スライムは炎上し始めた。 しかし、その程度ではプリンスライムが絶命する事は無い。狙いは別にある。 炎上する事によって熱量があがり、周囲との温度差が生じたその時、回廊の後ろ からもの凄い叫び声が響いたかと思うと、一瞬のうちに炎上するプリンスライム に黒い巨体が覆いかぶさった。 下水ドラゴンである。ランタンを丸のみにして、後を着いて来たのだろう。 プリンスライムの周囲が急激に温度が上昇したため、熱探知の視界が誤作動でも 起こしたのだろう。下水ドラゴンは完全に混乱の中にあった。 炎上し、表面温度が急上昇したプリンスライムに首を突っ込み、その毒に塗れた 牙を深々と突き立てている。 「っと、このままじゃオレもヤバい!」 炎上するスライムと、それにからみつく下水ドラゴンの横を何とかすり抜けて、 元の広間に駆け足で戻る。 相変わらず顔は『立ち去れ』と連呼しているが、意に介さずに彼は歩き始めた。 ブレイブは広間奥にあった扉に手をかけた。鍵はかかっていないようだ。 ノブを回すと、ガチャリと重々しい音が響き扉が開く。 その先にあったのは、今までとはうって変わって小奇麗な廊下と、その一番奥に 備え付けられた古びた扉、そして、まるで最後の門番のように立ちすくむ一人の 騎士の姿であった。ブレイブはその人物に覚えがあった。 「オルトルーズ…」 ブレイブの前に立ちはだかった人物、それは、魔法国家ミュラスの魔法騎士で、 『爆炎』の二つ名を持つ、騎士団長オルトルーズであった。 「久しいな。追放されてもう何年になる。  お前さんの事だ。追放したところで、いつか必ず戻ってくると思っていた。  今度は何を仕出かすつもりだ。学院裏口から侵入して、大暴れでもして積年の  恨みでも晴らすのか?それともセコく盗みでも働きに来たのか?  お前は広間の顔を見なかったのか?ちゃんと警告はしたはずだぞ。  そしてこれが最後の警告だ。立ち去れ。さもなくば、殺す」 オルトルーズが右手を高く掲げると、彼の目の前に炎で魔法陣が描かれた。 火属性高位魔法『業火竜』である。殺すというのは偽りない言葉なのだ。 ブレイブは動揺していた。魔道士としての格が違いすぎるのだ。 敗北、そして死は必至だ。それほどまでにレベル差はある。 「何でアンタほどの魔法使いが、こんな下水の回廊にいるンだよ」 「国を守るのが騎士団長の勤めだからだ。  最下層の住民から、最近この辺りの下水ドラゴンが大きくなりすぎたと苦情が  入ってな。冒険者ギルドに駆除の依頼を出したのだが、返り討ちにあった。  それで仕方なくオレが出張ってきたというワケさ。  お前さんに会うとは思ってもみなかったがな。  まさか下水ドラゴンの巨大化は、お前さんの仕業か?」 「ンなワケねェだろうがよ。  にしても、ミュラスのギルドは弱体化してンだなぁ。  下水ドラゴンなら、プリンスライムに食らいついて燃えカスになってるぜ。  止めを刺しておいてくれると、帰り道が楽でありがたいンだけどな」 「今すぐ帰るというなら、協力してやってもいいがな。  どうせ何か仕出かしてからではないと帰らぬと言うのだろう?」 「正解だよ。ダメで元々!  オルトルーズ…!アンタを倒す!」 そう叫ぶと、ブレイブは両腕をオルトルーズの前に向けた。両方の人差し指から 稲光のような強烈な光が溢れ、それは瞬く間に魔法陣へと姿を変えた。 「愚かな真似を!お前さんの実力で、オレにかなうはずも無いだろう!  命だけは助けてやろうと思ったのに…仕方あるまい!  食らえ『業火竜』!」 オルトルーズが右手で描いた魔法陣に魔力を込めると、魔法陣から竜を象った炎 が吹き上がり、ブレイブの全身を包み込んだ。 が、魔族ですら焼き尽くすこの魔法で、ブレイブは絶命しなかった。 両指先を魔力で光らせて、立ちすくんでいたのだ。 「何と…さすがにあの頃よりは実力をあげてきたと言う事か。  ならばこれならどうか!我が『ギュラルド』にて絶命せよ!」 オルトルーズは超一流の魔道士というだけではなく、剣技もまた一流なのだ。 王から賜った白銀の剣『ギュラルド』に断てぬもの無しとまで言われている。 が、何故かオルトルーズは『ギュラルド』を振りかぶったままで、ブレイブに対 して振り下ろさずにいた。 「これはやはり…立体幻像の魔法か…」 今、オルトルーズの目の前にいて、業火竜で焼かれていたのは、ブレイブが魔法 で作り上げた彼自身の幻だったのである。 「さて、あいつはどこに消えたかな。  私は常に魔法眼鏡で索敵を怠っていなかった。  何らかの魔法の使用は感知していた。それがこの立体幻像の魔法ならば。  あいつ自身はどこに消えたというのか。透明化の魔法か?  あれは高度な魔法だ。立体幻像の魔法と同時に使えるとも思えん。が。  ならば単純に腕をあげたという事か…やれやれ、まったく。  大人しくミュラスで学んでいれば、それなりの魔法使いになれただろうに。  困った教え子だよ…」 「ヤバかった。久々にヤバかった。  オルトルーズ…と正面からやりあって、勝てるワケが無ェ。  リラークから『透明化薬』を買っといて良かったぜ」 ブレイブは『立体幻像』の魔法で自分の幻を作ると同時に、『透明化薬』にて姿 を消し、オルトルーズの後ろの扉から逃げおおせたのである。 リラークの『透明化薬』は姿だけではなく、気配や魔力も消し去る1級品であり オルトルーズの魔法眼鏡による索敵にも見つからずにすんだのである。 欠点としては、その効果が切れるのが早い事と、臭いが酷い事である。 つまり、嗅覚的にはまったく透明になっていないのだ。 下水が近くにあったからこその切り札なのである。 これはむしろ、リラークが悪用されないように工夫した結果でもある。 「さぁて、さっさと書庫に行くとするか!」 ブレイブは立ち上がると、地下書庫に向けて走り始めた。 書庫には無数の蔵書が収められていたが、ブレイブに迷いは無かった。 必要なのは『矢』に関しての本なのだ。 この書庫には学生時代に幾度となく訪れていた。 『時業雷』の完成に向けて。居場所の少なかった自分の安寧の場として。 『箱舟の櫂』、『事象の残滓』、学生時代に飛ばし読みしていた古代の文献が、 まさに今必要となるとは思ってもみなかった。それが彼の本音だ。 彼は手早く必要な書物をかき集め、あさるように読み始めた。  残る2本の矢、『蒼の翼』と『黒の意思』に関しての情報が必要だったのだ。 彼は1冊だけ関係の無い本を手にした。 『雷電封神』 それは、自分の魔力の無さに絶望した彼を救った本であった。 「雷電は見えずとも常に我が傍にあり…  常に共にあり。たとえ時空を隔てても…  時空…なんで時空なんだろうな。今でもわからない。  『時業雷』の本質はそこにあるんだろうけど。  まあいいや。今はそんな事を考えてるヒマはない」 ブレイブは本を読み進める。 『皆殺しの矢とは…』  『蒼の翼は北天にあり…』 『黒の意思は人の手を渡り続ける…』   『人の造りし事象龍…』 『大空は汝が狩場なり…』  『箱舟墜落頃という神代の時代の産物…』     『終末の…』   『魔王との決戦…』     『闇の障壁…ミード・ヴォーヴ…』  『退魔の宝珠…』 『北天に妖魔あり。ダークエルフの集落に蒼の翼は伝わる…』 ページをめくるブレイブの指が止まった。 「あった!これだ!  『蒼の翼』は、ダークエルフの集落にある。  北を示す集落なら、間違いなく『黒の樹海』の事だ。  ここからなら、グリナテッレ領を抜けるルートか」 ブレイブはパタリと本を閉じると、勢いよく立ち上がった。 モタモタしてると、誰か来るかもしれない。 少なくとも、オルトルーズがノンビリとはさせてくれないだろう。 本を持ち去ろうとも思ったが「セコく盗みでも働きに来たのか?」というオルト ルーズの言葉を思い出し、渋々と本棚に戻していく。 「っと、ヤバッ」 ブレイブはツルリと手を滑らせて『雷電封神』を落としてしまった。 ページがバタバタとめくれていき、あるページで止まってしまう。 そこには、ある詩の1小節が書かれていた。 それはまったく詩の形式をとらえていない駄作と思える存在であったが、何故か ブレイブの心を捉えて仕方がなかった。  時の彼方にもう一度、会おう  業の果てに世界に繋がろう  雷電は見えずとも常に共にあるものと  はるか昔に君は言った  時の旅の果てにもう一度、会おう  旅路の果て  行く当ても無く  魔力拙く消え去る身  法王は、だから祈り続ける  だれも知らぬ旅の果てにもう一度  よろこびの園で、君に会いたい… 「誰かいるのか!?」 書庫に衛兵の怒号が鳴り響く。 オルトルーズからの通報を受け、ミュラス市内は騒然としていた。 「ここはもう調べました!もう一度下水路を調べてきます!」 「うむっ!そうか!  しかし貴様、随分と臭うぞ。  下水路探索とは貧乏くじを引いたな。ハハッ!  しかし、賊を見つけたらすぐに俺たち衛兵に知らせるんだぞ。  相手は身の丈10尺の化け物魔法使いだからな」 「承知しております!」 「うむっ!うむっ!では下水路を探索してこい」 「はいっ」 「チョロいというか何というか。  ミュラス、大丈夫なのかよ。  追放された身ながら、先行き不安になるぜ。  まともなのはオルトルーズ…くらいじゃねェだろうなぁ」 衛兵を何とかゴマかし、ブレイブは地下回廊へと戻っていた。 ここさえ抜ければ仲間のところへと戻れる。 「騎士団をなめるなよ。衛兵ならともかく、精鋭ぞろいだぞ。  一度くらいならお前さんと戦わせてもいいかもしれんな」 「そうか。騎士団は確かに実力者を集めてるだろうな」 ブレイブが面倒くさそうに壁の方に視線を向けると、『透明化』の魔法を解いて オルトルーズが姿を現した。 しばしの静寂。先に口を開いたのはオルトルーズであった。 「ツッコミを入れなくてもいいのか」 「待ち伏せているとは思ってたからな。  むしろボケで来ると思ってなかったから。  オレ、アドリブ苦手なンだよ」 「まずは先ほどの手並みを褒めさせてもらおう。  あれほど見事な変わり身が出来る者は、我が騎士団にも居ないだろう。  ああそれと、下水ドラゴンは仕留めておいたから安心しろ。  これで安心して帰れるだろう?」 「何だ。帰してくれるのかよ」 「教え子の命を本気で取りたいと思う人間が居る訳が無いだろう。  お前も、リラークも、立派に頑張っているのだな。安心したぞ」 「チッ…リラークの透明化薬、バレてたのかよ。  まったくオルトルーズ先生も人が悪ぃぜ」 「いや?今はじめて知ったぞ。  なるほど透明化薬を使ったのか。考えたものだな」 「ホントに酷い人だな、アンタは。  そんじゃ、遠慮なく帰らせてもらうぜ」 「ああ、もう二度と来るなよ。お前さん、追放された身なんだからな。  それと、手紙くらいはよこせ。偽名なら何とかなるだろう。  元老院のクソジジィどもなんて気にするなよ」 「騎士団長がそんな事を言うなっての。  んじゃな、先生」 数刻ほど地下回廊を歩き、ブレイブは地上へと戻った。 下水ドラゴンは確かに排除されていたため、行きよりは遥かに楽であった。 グッと背伸びをして辺りを見渡す。周囲には誰もいなかった。 「確かに宿で待ってろって言ったけど。  誰か一人くらいはここで待っててくれてもいいだろうによ」 「何を贅沢言うとんの。  まったくアマノジャクなんやからもう。  アマノジャクって知っとる?  極東の妖精なんやよ?」 不意に頭上から声がした。地下回廊入り口の屋根で、ハンナが待っていたのだ。 「知らねェよ、んな事。つーか危ねェから早く降りろ」 「なんやの。珍しく心配してくれとるやん」 「んな事はどうでもいいんだよ。  それより、次の目的地が決まったぞ。  ナキムシが行きたがってたし、丁度良かったぜ。  グリナテッレを抜けて、『黒の樹海』に行く。  ちょっとは先の見通しがついたぜ」 『黒の樹海』 その言葉を聞き、一瞬だけハンナの表情が曇った事を、ブレイブは見落としていた。   12話目に続く <登場人物など>     魔道商人ブレイブ 〜本名は不明。男性。年齢は20代半ばくらい。かつては悪夢の雷嵐公とも呼ばれた程の               魔道高位者だが、職業は商人。モチリップ市の町外れで嫌々ながら中古品販売をしている。   ハンナ・ドッチモーデ 〜田舎から丁稚奉公に出たはいいが、あまりの商才の無さに放逐されてしまい、               冒険の旅にでたら魔道商人に拾われた19歳の女性。多分ブレイブが好き。      プリンスライム 〜その名の通り、黄色とカラメル色のツートンカラーのスライム。               スライムの中では上位種で、雷属性と地属性の攻撃を放ってくる。       下水ドラゴン 〜都市地下の下水道に生息する下級のドラゴン               汚水ブレス(通称ゲロ)を獲物に吐きかける習性がある       オルトルーズ 〜魔法国家ミュラスの魔法騎士で爆炎の二つ名を持つ。               二つ名の通り炎を中心とした魔法が得意。