異世界SDロボSS 『過ぎ去りし日々』  今を遡る事十年前……。  ここはスリギィランドとスコトラッドの国境近くに位置する海辺の古城。  両国の国王が会見を終え、帰路に着こうとしていた。  王妃を連れたスコトラッド王が、スリギィの王エドワーズ=ウィンザーノット=スリギィランドとその妻子に話しかける。 「おお、庶民出の王妃殿と姫君もお元気そうで何より何より……」  数十年前にスコトラッド王家に先代スリギィランド王の妹(現スコトラッド王の母)が嫁いだ関係で、  小競り合いを続けてきたスコトラッドはスリギィランドに実質吸収された……という形ではあるが、  大陸の強国オフランスの大貴族出身の妻を迎えた事によってスコトラッド王は増長していた。  特にスリギィの王妃にしてエドワーズの愛妻ディアナに対しては、彼女が庶民の出である事から完全に見下していたのである。   それは彼女の生んだ王女アゼイリアに対しても同様で、露骨な冷笑をもって接していた。  スコトラッド王夫妻の娘メアリはこの日おたふく風邪で来ていなかったが、  彼女もアゼイリアへの態度は棘があった(後に親密な仲になろうとは、この時点で両親はおろか本人同士も知らない)。  それはさておき、大好きな母を侮辱されているのを小さいなりに理解しているのか、  アゼイリアはスコトラッド王夫妻に向かってアカンベーをした。 「べーっだ!」 「んまっ!! なんて礼儀知らずな子なんざんしょ!!?」 「こらアゼイリア、自分の『誇り』を貶めるような事はやめなさい」  ディアナはそう言ってアゼイリアの頭を軽く小突く。  彼女自身、庶民という出自に対する周囲の視線から必死に庇ってくれる夫の気持ちに応えるべく、  王族の一員としての品位と自覚を持つよう努力しており、日頃から娘アゼイリアにもそれを厳しく教えていた。 「ごめんなさいお母様……」 「ふふ…いい子ね、わかればいいの」  そんな母娘を露骨に見下した目で見るスコトラッド王夫妻。 「くくっ…実によくできた王妃殿と姫君だなぁ?」 「ほほほ! 元庶民とその子にしては上出来ざます!!」  これには我慢して黙っていたエドワーズがキレた。 「さっきから黙って聞いておればいい気になりおって……余はともかく、妻子への侮辱は許さんぞ!! この嫌味チビに高慢デブ!!!」 「チ、チ、チビちゃうわ!! 周りの奴らがほんのちょっとだけ長身なだけだ!!!」 「きぃ〜っ!! 少しだけぽっちゃり系と言って欲しいざますーっ!!!」 「やるか!? 何なら円卓騎士団総出で殴りこんでもいいんだぞ?」 「ぐっ…な、ならば我が国も高地で鍛えられた精鋭が……!!」  ガ ゴ ン ッ !!! 「ぷおっ!!?」  ディアナがエドワーズの後頭部を近くにあった大きな花瓶で思い切り殴りつけていた。 「あなた、お願いですからやめてください!! アゼイリアの前でみっともないでしょ!!?」 「ごめん…でも、もうちょっとやり方考えようよディアナ……。 すまんなスコトラッド王よ、お互い子供の前で低レベルな振る舞いはやめようではないか」  シリアスなら致死量でもおかしくないほどの血をダバダバ流しながら謝るエドワーズであったが、  スコトラッド王夫妻は凄まじいツッコミに真っ青になって口をパクパクさせていた。 「あ……いや……こちらこそ王妃殿と姫君に失礼した……」 「ほ、ほんの冗談ざますから、気にしないで欲しいざます……ごめんあそばせ〜っ!!!」  まるで小型犬にそうするようにスコトラッド王の首根っこを掴み、  スコトラッド王妃は逃げるように馬車に駆け込んでいった。  それから十数分後、スリギィランドの王都ロンドムに向けて帰還する馬車の中……。 「ごめんなさいエディ、私ったらつい……」  ディアナは公的な場では王妃としてエドワーズに接していたが(先ほどのような事もたまにある)、  家族だけの時には昔のように「エディ」の愛称で呼び、エドワーズもそれを強く望んでいた。 「いや、おかげで頭に上った血が抜けたよ。すっごく痛かったけどね……。 私も本気で戦争などする気はないが、少しカッとなってしまった……すまない。 それより、スコトラッド王……私にとっては従兄弟の関係だが、あいつは子供の頃から性格が悪い。 あまり気にしない方が賢明だよ? 私が言っても説得力はないがな……」    時々ズレた言動があるものの、愛情深い両親の下でアゼイリアは健やかに成長していた。    それから数日後、アゼイリアは週に一度行う父との剣術の稽古を終え、両親と夕食を摂っていた。  稽古は6歳の幼女にするものとしては割と厳しく、エドワーズもついついマジになりすぎて拳骨が出てしまう事すらあった。  後になってからディアナに指摘されて反省し、色々とフォローはしているが、娘が純粋に稽古を楽しんでいるのには嬉しさを感じていたし、  アゼイリアも身体を動かす事が好きなので、風邪でもひかない限りは真面目に稽古に励んでいた。 「ディアナ、来週に軍を挙げての演習が行われるんだがね……。 アゼイリアに騎士の修行の一環として、その見学をさせてやるのも悪くはないと思うんだが」 「えんしゅう…ってなぁに?」 「ああ、小さい子には難しい言葉だな。我々騎士や兵隊さんのお勉強会といった所かな?」  食堂には給仕やメイドが控えているので、ディアナは口調を正して夫に疑問を投げかける。 「アゼイリアも演習に参加させるおつもりなのですか?」 「ははは……いや、さすがにそれは早すぎる。君達はあくまで見学だよ」 「でも……私は騎士の人や兵隊さん達と何をお話したら……」 「そう難しく考える必要はない。 将兵の家族達も多く見学に来るし、半分運動会みたいなものさ。 最近は公務が忙しく、君を息抜きに連れ出す事もままならなかった……。 演習地に行くまでの間、アゼイリアと一緒にゆっくり景色でも楽しむといい」  そう言って笑った後、エドワーズは傍らの給仕におかわりを命じた。 「ローストビーフの大盛りをもう一皿頼む」 「私もー! いっぱい食べて、お父様みたいに強くなるの!」 「ほほう、余と勝負するじゃと? 剣術の稽古同様に手加減はせんぞ! おい、やっぱり特盛じゃ!!」  独身時代に大衆食堂で働いた経験もあるディアナは、  アゼイリアが成長するにつれ、同年代の子供よりよく食べるようになったのを見て驚いたが、  元気な証拠だし、好き嫌いがないのはいい事だと思うようになって最近は微笑ましく眺めていた。  一週間後の演習当日……前日まで降り続いていた雨も嘘のように上がり、絶好の快晴となっていた。  エドワーズは早朝から聖王騎キャリヴァーンで騎士達を率いて現地へ向かったが、  ディアナ&アゼイリア母娘は遅れて馬車でロンドムを出立した。 「見てみてお母様! お山がすごくきれい!」 「ええ、本当にきれいね……」  遠くにそびえる山々に陽光を反射して輝く湖……。  ディアナはアゼイリアを出産するまでの間、王家の静養地にある小城で過ごした以外は、  生まれ育ったロンドムから出る事がなかったので、実は内心娘と同様にワクワクしていた。  やがて演習地に到着し、二人は演習の全景を見られるよう観覧席が設置された櫓へと案内される。 「陛下はただ今、行軍演習の指揮を執っておられますが、終わり次第こちらに戻られるご予定です」  エドワーズからの伝言を伝えると共に、二人へ挨拶をしに現れた男の名はリーマン=アンブロジウス。  スリギィランド王家に代々仕える魔術師の家系に婿入りしたが、  魔術の才能が一切ない元サラリーマンゆえに世襲のマーリンを名乗らず国立魔法協会の事務などを任されている。  ちなみに彼の娘マリンは類稀なる魔力の持ち主で、今日も父にくっついていた。 「姫様、こんにちは〜♪」 「あらあら、マリンちゃんは今日も元気ね……ほら、アゼイリアもちゃんとご挨拶なさい?」 「こ、こんにちは……」  マリンは2歳ほど年上であったが、身長はこの頃からアゼイリアより低かった。  アゼイリアにじゃれつく姿は、まるで妹が姉に甘えるかのように微笑ましい。  しかし、アゼイリアは顔を紅潮させてなすがままにされていた。 「変ね……アゼイリアったら、熱でもあるのかしら?」 「ははは……うちのマリンがあんまりくっつくから恥ずかしいんでしょう。 マリン、姫様がお困りのようだから、その辺にしておきなさい」  アンブロジウス親子が去った後に来たのは、王族のリチャードとジョンの兄弟である。  一昔前まではエドワーズに剣術の稽古をつけてもらいに王城によく来ており、ディアナとも親しく話をする間柄となっていた。  彼らが成長するにつれて公務の量も増える関係上、その回数もめっきり減っていたものの、  いつもと違って戦時さながらに鎧を纏う立派な姿は、もう一人前の騎士の風格を漂わせている。 「まあ……二人ともご立派になって……」 「あっ…は、はいっ! 陛下のような強き騎士になるべく、鍛錬を続けてまいりました!!」 「兄上、顔が赤いけど〜?」 「へ、変な事を言うなジョン!! 俺は……その……あの……」  ちなみに、ジョンは人妻には興味がなかった。  そこに間もなく模擬試合が開始されるという放送が入り、参加する騎士は直ちに準備にかかるようにと告げる。 「では王妃様、行ってまいります!!」 「兄上ったら張り切っちゃって……ちょ、ちょっと、足踏まないでよ!!」 「ええ、お二人とも頑張ってくださいね!」 「「はいっ!!」」 「リチャードお兄様にジョンお兄様、がんばって!」 「ああ、しっかり見ておけよアゼイリア!」 「フフン、兄上なんて僕が軽〜く倒しちゃうもんね〜!」  演習場に向かって駆けていく兄弟の背を、ディアナは優しい微笑を浮かべて見送っていた。  キィン!! ジャキィン!!  二体の魔導機が激しい火花を散らす。  円卓騎士団の騎士、ランスロットとフィックスが駆るアロンダイナーとベルフィットである。  両者共に得物は殺傷力のない演習用の物に換装しているが、その気迫は実戦さながらの凄まじいものだった。  当初は機動力で勝るベルフィットが有利だったものの、アロンダイナーも装甲の堅さで猛攻をしのぎつつ、  元来備えるパワーと、円卓騎士の中でも五本の指に入るランスロットの技量で着実にベルフィットを押していった。 「それまで!!」  試合時間終了を告げる鐘と審判の鋭い声が響き、二体の魔導機は戦いを止めて一礼する。  この模擬試合はどちらか一方の降参か、複数の審判らによる協議でのポイント集計で勝敗が決する。  審判らの協議が終わり、審判長が厳粛な表情でマイクを通じて演習場の人々に向け勝者の名を叫ぶ。 「勝者、ランスロット・バン様とアロンダイナー!!!」  観戦していた将兵やその家族、周辺から集まってきた領民達から大きな歓声が上がる。 「流石だ、ランスロット殿。アロンダイナーの堅き守りを突き崩すには、少し修行不足だったようだ……」  魔導機から降りていたフィックスは敗れはしたものの、満足げな笑みを浮かべてランスロットに握手を求める。  対するランスロットも力強く彼の手を握り、満面の笑顔を見せる。 「いや、少しでも防御が遅れていれば、一気に崩されていただろう。 ベルフィットの鈴の音を使えば、いかにわしやアロンダイナーとて防ぎ切れなかったであろうに……」 「悔いはない……小細工など用いず、全力であなたにぶつかりたかっただけだ」  ランスロットの息子ガラハドは大きな瞳を輝かせ、感激に震えていた。  それはフィックスの息子トリスタンも同様で、誇り高く戦った父に対して切れ長の目に涙を浮かべつつ笑顔で拍手する。  きっと彼らは今日の父親達の雄姿を魂に焼きつけ、立派な騎士に成長するだろう。  スリギィの騎士達は、代々この演習を通じて多くの事を学ぶのである。  ディアナは騎士道とは縁遠い世界で育ってきたが、  目の前で繰り広げられる男達の爽やかなぶつかり合いに目頭を熱くさせていた。 「どうだいディアナ、こういうのも悪くないだろう?」  遅れてやってきたエドワーズの言葉に、ディアナは涙ぐみながら笑って答える。 「ええ……素晴らしいわエディ……」  アゼイリアも深くは理解できていないであろうが、小さな手で拍手をしていた。  続いては、先ほどのリチャードとジョン兄弟の操るレオソウルとラックランドの試合である。 「行くぞーっ!!」  白馬型マシンに騎乗したラックランドはジョンの号令の下、ランスを構えて突進する。  対するレオソウルは俊敏な動きで突撃を避けた後、横から猛烈な乱打を見舞う。  ラックランドはしばらく盾で防ぐが、やがて耐えられなくなった盾の方が砕ける有様であった。 「今だ!!」  獲物を襲う獅子のように飛びかかるレオソウルであったが、凄まじいパワーで払いのけられた。  無論、すぐさま体勢を立て直して着地した後、再び身構える。 「ふっふーん……ラックランド・パワーモード!!!」  白馬型マシンが変形してラックランドに装着され、その体躯は逞しく変化していた。 「行くよ兄上!! そりゃあーっ!!!」  ド ゴ ォ ッ !!!  ラックランドの繰り出した剛拳は地面に巨大な穴を開けた。 「まあ……! あれじゃリチャード君が危ないわ!?」 「心配いらんよディアナ、リチャードもすでに一端の騎士。あれしきの攻撃で怯むわけはない……」  エドワーズの言葉どおり、リチャードは単純なパワーでレオソウルに勝るラックランドにも物怖じせず立ち向かっていく。 「うおおおーっ!!!」 「ちょ、なにマジになってんのさ……うわっ! 速い!?」  パワーで勝るものの、その代償で機動力を犠牲にしたラックランドの弱点を突き、  レオソウルは次々と鋭く重い打撃を叩き込んでいく。  しかし、一瞬の隙が生じた所を捕らえられてしまう。 「…ったく、チョロチョロすんじゃないよ!! このままギブアップするか壊れるまで締め上げちゃうからね!!!」  だが、ジョンの気の緩みから生じたラックランドの足元の隙をリチャードは見逃さなかった。 「おまえはいつも詰めが甘い……そらっ!!」 「おわっ!!?」  足払いでよろめいたラックランドの巨体を持ち上げるレオソウル。 「だああああーっ!!!!!」 「うっ…うわぁ〜っ!!!!」  ドズゥゥゥン……!!  ラックランドはしこたま地面に叩きつけられ、ジョンはあっさり降参した。 「いたたた……少しは手加減してよ兄上〜……(てか、さっきからかったお返しかよ?)」 「まったく、だらしないぞジョン……」  こうして、模擬試合も一通り終了し、演習の終了式までの休憩時間となった。      エドワーズは休憩時間中に各騎士の陣を訪れ、それぞれにねぎらいの言葉をかけていた。  その途中で一台の魔導機が彼の目に入る。  「ほほう、ナイトルーパーか……幼い頃、これで亡き父上に魔導機の操縦を教えてもらったな」  それはこの時点から見ても大昔にスリギィランド軍の主力であった機体であった。 「…そうじゃ!」  演習場の周りでは近隣の村や街から業者が集まって屋台を出店しており、アゼイリアもその一つでソフトクリームを購入していた。  彼女は社会勉強の一環として両親とロンドムの城下町に出る事も多く、  普通の子供と同程度のお小遣い(これはディアナの方針である)をやりくりして買い物をするのが楽しみでもあった。  この幼少時の経験が女王となってからの治世にも活かされる事となる。 「ありがとう」  小さな手でソフトクリームを受け取って無心な笑顔で味わう様子は、やはり子供である。  そんなアゼイリアを大きな何かの影が覆う……人馬形態となったナイトルーパーであった。  キョトンとして大きな蒼い瞳でナイトルーパーを見上げるアゼイリア。  護衛に就いていた近衛兵達が彼女を守るように立ちふさがる。 「何者だっ!!」 「無礼者!! こちらにおわすは王女アゼイリア様なるぞ!!」 「余じゃよ、国王のエドワーズじゃ」 「お父様?」 「へ、陛下!? これはご無礼を!!!」 「乗りなさいアゼイリア、今から魔導機の操縦を教えてやろう」 「(エディもアゼイリアも遅いわね〜……!)」  それから数十分後、観覧席ではディアナが待ちぼうけをしていた。  挨拶に訪れる王侯貴族への対応は肩が凝るし、夫がどこをほっつき歩いているのかは知らないが、  正直言ってさっさと帰ってきて欲しいとイライラしていたのである。  そんな所にまた来客が訪れたと近衛兵から聞かされ、ディアナはウンザリしつつも気を取り直して王妃の顔に戻った。   「王妃様、息子達への応援ありがとうございました……」  来客は王族の有力者であるリチャードとジョンの父であった。当然息子二人も同伴している。  彼はディアナへの偏見を持たず普通に接してくれる数少ない人物であり、彼女も敬意を払っていた。  一通りの挨拶や雑談を終えた後、ディアナは彼に夫と娘の行方を尋ねる。 「あの……陛下とアゼイリアを知りませんか?」 「いえ、残念ながらお会いしませんでしたな。リチャードにジョン、おまえ達はどうだ?」 「父上、俺…いや、私も陛下と姫様には模擬試合から会っていません」 「そこら辺の屋台で、食べ歩きでもしてんじゃないのぉ?」  そこに先ほどアゼイリアの護衛に就いていた近衛兵達が観覧席に帰ってきた。 「あっ、あなた方は確かアゼイリアに……」  ディアナは彼らにも同様の質問をしたが、近衛兵達は先ほどの件を報告した。 「一応、お止めはしたのですが……その、『余がいるから大丈夫じゃ!!』と強引に……」 「やれやれ、陛下は思いついたら即実行というお方だからな。 私を弟のように連れ回してくれた子供の頃から変わっとらんわ、ふふふ……。 わかった、では私がお二人を連れ戻してこよう」 「父上、我々も行きます!! 行くぞジョン!!」 「ま、待ってよ! 父上に兄上〜!!」 「ご迷惑をおかけします……」  …ところが、目立つ魔導機に乗っている割には演習場周辺でその姿は見られなかった……。  王と王女が消えたという噂は次第に拡大し、やがては演習に参加した将兵の大半が捜索活動を行うハメになったのである。   「陛下ーっ!! 姫様ーっ!!」  捜索の範囲は演習場周辺から近くの森に拡大し、皆が不安を抱く。  そんな中で円卓騎士数人が集まり、情報交換を行っていた。 「……近隣の村人達にも尋ねてみたが、この辺の森は地元の人間でも迷う事があるらしい……」 「やはり、本格的な捜索隊を整えてからにすべきではないのか?」 「陛下はともかく、姫様が心配だな……」 「ああ、陛下がご一緒ならお怪我の心配こそないが、幼い姫様は不安や環境の変化で体調を崩される危険がある」  そこにリーマンが冷や汗を浮かべつつ走ってくる。 「今、魔法協会に連絡して探知魔法の名手を手配してきました。あと一時間もすれば到着する予定です」  多くの人々に迷惑をかけている事に、ディアナは本当に申し訳ないといった面持ちで頭を下げる。 「……皆様、演習でお疲れの所を申し訳ありません……」  そう言うディアナに対し、ランスロットが豪快に笑いながら返答する。 「王妃様、何を申されます。陛下や姫様、そしてあなた様の為に働くのが我らの務めでございます! なぁに、陛下は私以上の強さを誇るお方……万が一にも危険はありませんし、姫様も全力でお守りしてくださるでしょう!!」  円卓騎士の中でもその強さと人柄で多くの信頼を得ている彼の言葉を受け、他の騎士達も同様にディアナを励ますのであった。。    一方、当のエドワーズ&アゼイリア親子は……。  エドワーズが手取り足取り操縦を教えたせいか、アゼイリアも父の手を借りてであったが魔導機を動かす事ができるようになっていた。  嬉しくてついつい森の奥へ奥へと入ってしまい、エドワーズも娘の上達に浮かれすぎて帰る事をすっかり忘れてしまい数時間……。 「お父様……もうダメです……」 「弱音を吐くでないアゼイリア!! 王たる者は最後まで諦めてはならぬのだ!!!」 「そうだけど……そうじゃなくて……」 「そうじゃなくて……何じゃ?」  アゼイリアの母譲りの白い頬が一気に紅潮し、泣きそうな声でつぶやく。 「おしっこ……」 「わ〜っ!! わかった!!! すぐ降ろしてやるから、その辺で済ませてきなさい……」  もう6歳にもなれば恥じらいも出てくる。  そう言えば、最近は風呂に入るのもディアナとばかりで、自分とは滅多に入ってくれなくなった。  父親として娘の成長が嬉しくもあり、少しだけ寂しい。  やがて事を済ませて戻ってきたアゼイリアを再びナイトルーパーに乗せ、  エドワーズは先日からの雨で増水した川を眺めつつ思案した。 「いっそ川沿いに下って行くか……確か、この川のはるか下流には小さな漁村があったはずだ。 少し増水しているようだが、魔導機に乗っておれば大丈夫だろう」  このまま夜を迎える事は危険を増やすし、アゼイリアの心身にも大きな負担がかかる。  それならば、多少無茶をしてでも人里に出た方がいいと判断したのである。  再び演習場……。   「あのナイトルーパーは、我輩が整備する前は田舎のゴミ捨て場で朽ち果てかけていた年代物だよ? 陛下もよくそんな機体で飛び出していったものだ……。 もっとも、我輩が整備した機械はその辺の新品なんかよりずっと……」 「わかりました、わかりましたから、何かいい案はありませんかウルフィウス卿」  ランスロットにたしなめられた老騎士……と言うより怪しげな科学者然とした男の名はウルフガング=ウルフィウス。  こう見えても円卓騎士団の現メンバーの中では最年長であり、魔導機にこだわらず科学によるロボットの研究をしていた。  他のメンバーからは趣味と人柄を少し異端視されていたが、その発明品はある程度の効果を挙げる事でも知られていたので、  今回の捜索でも協力を仰ごうとしたのであった。 「諸君、我輩にいい考えがある。陛下のエクスカリバーを持ってきたまえ」  スリギィランドの国王が代々受け継ぐ聖剣エクスカリバー。  ウルフガングが最高傑作と自画自賛する科学ベースのロボット「機狼騎士ハウリンガー」がその柄の匂いを嗅ぐ。  やがてハウリンガーの目が輝き、森に向かって歩き出した。 「おお! 成功だ!! さあ、ついてきたまえ諸君!!」  騎士達は顔を見合わせた後、魔導機で彼らの後をついていった。  ずんずんと森をかき分けて突き進み、やがて川の近くへとたどり着く。  ハウリンガーがピタリと足を止める。 「ど、どうかしたのですかウルフィウス卿!?」 「ふーむ、この辺に陛下の汗に酷似した反応がある」 「……と、申されますと?」 「尿だよ」 「「「へ???」」」 「おそらく、この近辺で陛下か姫様が用を足されたのだろう。 詳細な分析によるとだね、これは姫様の……」 「ゴホン!! も、もう結構です……」 「陛下と姫様がこの近辺におられる事はわかりましたし、少人数で散ってお二人を探すとしましょう」 「き、君達! もう少し聞いてくれてもいいんじゃないかね!?  ……ちょ、ちょっと!! 我輩を無視するんじゃない!!!」  こうして、捜索隊は一人、あるいは二人組で捜索を続行する事となったのである。 「ジョン、そうベタベタと俺にくっつくな!!」 「だ、だって兄上……もう薄暗いし怖いよ〜!」  情けない声を上げる弟に呆れつつも、リチャードはレオソウルの感覚を研ぎ澄ましてエドワーズ達の気配を探っていた。  ザザザザザザ……ザザザザザザ……ザザザザザザ……  増水した川の音ばかりしか感じられない。 「ねぇ、兄上ぇ〜……」 「!? 黙ってろ!!! 今、何かが聴こえたような……」  ザザザザザザ……い……ザザザザザザ……お……い……ザザザザザザ……お〜い…… 「間違いない!! 陛下のお声だ!!!」  そう言うやいなや、リチャードはレオソウルを全速力で駆けさせる。  ジョンとラックランドも置いていかれては大変と必死にその後を追う。  しばらく走った後に彼らが目にしたのは、激流の中から上半身を見せつつ流されていくナイトルーパーの姿であった。 「陛下ぁーっ!!!」 「おお、リチャードか!! 川沿いに歩いていたら足場が崩れてこうなってしまった!! ナイトルーパーの馬力ならこの程度抜け出せるかと思ったが、動力部が壊れておるのか力が入らんのだーっ!!!」 「ど、どうしよう兄上……」 「演習で消耗した魔導機で直接川に飛び込めば、二次災害の危険がある! 何か陛下達を直接掴む手段があればな……」 「もうっ! 陸地がもっと近くにあればいいのに〜!!」 「陸地がもっと近く……陸地……足場……そうだ!!」  リチャードは近くにあった巨岩を指差す。 「一か八かだ…ジョン、ラックランドでこの岩を陛下達の行き先に放り込んでくれ。 あの川はナイトルーパーの全長から察するに、辛うじて川底に足がつく深さだ。 この岩なら足場にするには十分だろう」 「で、でも兄上……」 「早くしろ!! 根拠のない自信はおまえの大得意だろう!? 弟よ、俺はおまえを信じているぞ……」 「兄上!?」  兄の意外な言葉を受け、ジョンは奮起した。 「ぐぬおおおお……!!!」  ラックランドより大きな岩を持ち上げ、ナイトルーパーが十数秒後に流されるであろう地点に狙いを定める。 「うぉんりゃあ────っ!!!!!」  ブン!! ヒュゥゥゥゥ……ザブンッ……!!  岩は激流の中心に食い込み、中州のようにその場に留まった。 「よし! でかしたぞジョン!! たぁーっ!!!」  リチャードのレオソウルは助走をつけ、足場となった岩へ向かって跳躍…もとい、飛翔した。  岩に着地した後、身をかがめて水面近くに腕を差し出す。 「陛下っ!! 俺のレオソウルが手を掴んだ瞬間、ナイトルーパーの下半身を切り離してください!!!」 「うむ!!」 「お父様……こわい……」 「大丈夫じゃ、余やリチャードを信じよ!!!」  緊張感が支配する中、ナイトルーパーとレオソウルは徐々に距離を縮めていく。  ガシッ!! 「今です陛下!!」 「よし!!」  レオソウルの手を握ったナイトルーパーの下半身が切り離され、上半身は騎士を模した人型の体型となる。  旧式でなおかつ全身に鎧を纏った関係上、その重量はなかなかのものであるが、  リチャードの気合いと共に、レオソウルはナイトルーパーのボディを砲丸投げのように投げ飛ばした。  上半身の支配から解放された下半身は、そのまま下流へと流されていく。 「うぉおっ!? やったぞリチャード!!!」 「ジョン!! 陛下達をしっかり受け止めろよ!!!」 「え、え、あわわわ……オーライ、オーライ……ぶおおっ!!?」  せっかく決められると思ったのも束の間、ラックランドはその身を地面との緩衝材として役立てたのである。  岩肌に直接激突するダメージこそ避けられたものの、ナイトルーパーの内部ではエドワーズはえらい目に遭っていた。  衝撃からアゼイリアを守ろうとして彼女を抱きしめたものの、  予想外の衝撃によってナイトルーパーが二転三転した結果、何度も頭をぶつけたのである。  常人より鍛えているとは言え、エクスカリバーを持っていなければ肉体の強度は常人と変わらない。  エドワーズは頭から血を流しつつも、腕の中の娘に大丈夫かと声をかける。  アゼイリアは怪我をしてまで自分を庇ってくれた父の姿を見て、じわっと涙ぐんだ。 「う…うわぁ〜んっ!!!」 「これ、泣くでないアゼイリア!! 真の騎士はな、これしきの傷など物ともせぬのだ……」 「グスッ……はい、お父様……」 「それよりジョン、しっかり受け止めんか!!!」 「も、申し訳ありませぇ〜ん……」 「ところで、リチャードの奴は大丈夫なのか?」  リチャードとレオソウルは陸地の騒がしさをよそに、岩から軽やかに飛んで地面に着地してみせる。  そのしなやかで雄々しい姿は、まさに百獣の王である獅子そのものだった。 「陛下にアゼイリア、ご無事で何よりです!」 「うむっ! 見事であった!!」 「リチャードお兄様、ありがとう!」 「陛下、恐れ入ります……そして、無事でよかったなアゼイリア。 ですが、ジョンの奴も褒めてやってくれませんか?」 「えっ、兄上?」 「今回はおまえの協力がなければ、陛下達をお助けできなかった。正直言って見直したぞ!!」 「え、えへへへ……僕だって一応王族だもんね……」 「ありがとう、ジョンお兄様」 「うむ、その調子で心身の鍛錬に励むように……な?」  釘を刺されつつも、普段あまり褒めてくれない王の言葉に照れるジョンであった。  その後、父娘はリチャード達に案内され、すっかり夜の闇に覆われた演習場へと戻ってきた。 「……や、やあ皆の者……心配……かけちゃった……かな?」 「「「へ〜い〜か〜!!!」」」  エドワーズは家臣一同はおろか、ディアナにもこってり絞られた。  アゼイリアも皆に迷惑がかかるこういう事をしてはならないと、帰りの馬車の中で母から延々注意されたという。  父と一緒とは言え、心細かったし、怖かった。  軽率な振る舞いはロクな結果を招かないという事を身をもって学べたのが、  彼女にとってのいい演習であったのかもしれない。  数時間後、国王一家は城に帰還していた。   「やれやれ、今年の演習はどっと疲れたわい……」  明日からも公務が目白押しだし、演習の汗を風呂で流してさっさと寝よう。  そう思ったエドワーズは、浴場へ向かった。  一人で湯を浴びている所に、聞き慣れた声が浴場に響く。 「エディ、今日は疲れたでしょう?」 「ディ、ディアナ!? 君がなぜ浴場に!!?」  バスタオルで身体を覆っているが、23歳の若々しい肢体はうっすらと見えている。 「アゼイリアから聞いたわ、今日はあの子の騎士になったんですって?」 「う、うん、まあ……騎士として以前に、父親として当然の事をしたまでだよ……」 「やっぱりあなたって、あの頃から変わってないわね……」  あの頃、それは7年前にお忍びの王と一人の街娘が過ごした素敵な日々であった。  無言でカァーッと赤くなるエドワーズを見て、クスクス笑って彼の背中を流しつつ、ディアナは意外な言葉を口にした。 「ねぇ、アゼイリアが将来どんなお婿さんと結婚したいか、あなたは聞いた事がある?」  ギクッとしたような不安げな表情を押し殺しつつ、エドワーズは引きつった笑みを浮かべつつ聞き返す。 「は、ははは……アゼイリアの奴はおませさんだなぁ……まだ6歳なのに。 ところで……ど、どんな男が好みと言っていたんだい!!?」 「ふふ……それはね、お父様みたいな人ですって……」 「…………………………」 「やっぱり、私に似たのかな? ちょっと変だけど、強くて優しいあなたみたいな人がいいだなんて……ねぇ、エディ……」 「つ、強くて優しいのはいいが、変人ってのはちょっと違うと思うんだけどなぁ……。 い、今から頭を洗うよ!! 君はその間に身体を洗っていなさい……」  照れを隠すかのように一心不乱に頭を洗う夫をいとおしそうに眺めつつ、ディアナはバスタオルを身体から外す。  こうして、今日もロンドムの夜は更けていくのであった。                           ─終─