■『伝説の傭兵』        (Nameless, the Legend 不明-2256年?)   男性   人種不明(人と悪魔とのハーフ、または竜人という説はあるが根拠はな   い。出身地は北部大陸との情報もあるがこれも定かではない)   『群れ』(レギオン)と呼ばれた超巨大傭兵団を率いた傭兵隊長。   第四次東部魔族侵攻およびバースワーズ争乱ののち消息不明。死亡と思   われる。   『賢竜』を連れていたという情報があり、前述の竜人説は恐らくそこか   ら来ているのであろう。   名前を名乗った事がないと言われ、事実彼の名前は伝わっていない。   2254年にファーライト王国からフリトラン伯爵に任じられているようだが、   その際のサインもMの一文字となっている(恐らく傭兵の略であろう)   また、『群れ』と言う団名も周囲の他称に過ぎない。   傭兵隊長としての活動期間は驚くべき事に実質約3年。   バースワーズ消滅直後においての『勇者』の発言を受け、伝説の一人に   名を連ねる事となったが、その業績の仔細すら不明の為『伝説の傭兵』   とだけ呼称される。                        「ガーベラ年代記第四巻二版」より              『天から見捨てられた街にて』  伝説。  そう伝説だ。  例えば創世の神話、これは伝説に違いない。数ヶ月前に俺達が求めた天空城も相違なく 伝説の地だった。あのハロウドさんが遭遇したというトランギドール、インペランサ、そ して未だ名のみで知られるオリュドライザーやレギナブラーフと言った事象存在。二十四 時を生み、剣の都と杖の祠を遺したはじまりの魔法使い。ももっちと呼ばれるモンスター の先祖だというエルダーデーモン。あらゆる原型が在るという始祖の島。聖王朝以前に存 在したと言われる謎の機工文明……。  多くの伝説がある。  そしてその中には人の、つまりは伝説と言われるような人々も居る。  上であげたはじまりの魔法使いもそれに含まれるだろう。他にも、聖教会が削除した翼 を持つ女教皇。砂海賊ジャン=H=サウスバーグ。  多くの伝説の人物がいる。  中でも『伝説の傭兵』が特異なのは、その男はたった5年前まで戦場、それも第一線に 居たということだ。魔王ロイランスとその麾下バースワーズの軍勢の侵攻に対する為、人 間側が組んだ大連合。その中に。  そして消えたのだ。  バースワーズ王国そのものと共に  彼が何処へ行ったのか、それを皆知らない。  戦争に参加した男の傭兵団、群れ(レギオン)としか呼びようのなかったそれは、事件 の後に男を失った事で自然消滅的に崩れ去った。更には、彼と近しかったであろう者の大 半がバラバラに去ってしまっている。  レギオンの大軍団を具体的な意味で指揮していた参謀が居る。超のつく巨体に常時フル プレートを纏い、一度も素顔を見せた事がないと言われる彼もまた事件の前後に同じく消 息を絶った。  男の側近で、切り込み隊長としてレギオン最強と呼ばれた剣士が居る。彼は今や第十二 軍軍団長として皇国中枢に居り、何も語ろうとはしない。  そこにいた傭兵たちはいつものように新しい戦場や危険へと散って行き、別の傭兵団を 作るとか新しい所属先を探すとかして別れていった。  そして賢龍。  シャル、とだけ呼ばれていたらしい彼女は、常に男の横に居た。男の女だとか、妹だと か、娘だとか、口々に言われても男も彼女も何も言わなかったようだ。その正体さえ、二 人が姿を消す直前まで皆には知られていなかった。  結局、殆どの傭兵たちは勝ち馬に乗るようにただ集まり……しかもそれを奇跡的なバラ ンスの上で全て受け入れられていた。大きくなることによって勝ちを、金を得る。そして それによって更に大きくなる。そんな薄氷上の巨城に。  だとするなら、結局それはただの偶然の産物で遅かれ早かれ無残に崩れ落ちるものだっ たのか?  しかし、現実はそうならなかった。何もかも曖昧なままその傭兵団は消えた。よしんば 偶然だったとしてそれがどうだと言うんだろうか?それも一つの奇跡ではある。  だからやはりそれは伝説なんだろう。傭兵たちは皆、よく分からぬ男によく分からぬ霊 威を感じていたんだろう。  だから彼が何者だったのか、それを皆知らない。  そして彼が何処へ行ったのか、それを皆知らない。  しかし彼と会ったものは数多くいるのだ。  彼と共にあの戦場、あの『場所』へ挑んだ勇士たちがいる。  常に男と共に居た彼女がいる。  そして何より、男を『伝説』と呼んだのは―― 「はあ…………」  立ち止まって見上げると、緊張の糸が切れた。吐き出した息と共に魂が抜けて行きそう だ。  広がるのは文字通り雲ひとつない晴天のはずだが、しかし俺には太陽の光なんて届かな い。見えるのは中空に吊り下げられたテント。向こうとあちらを結ぶつり橋。エトセトラ、 エトセトラ。  ここは縦長の街。  天から見捨てられた街・サーンウィル。  海の……というか元は大陸の一部だった場所に空いた大穴。そこに螺旋状に、蜘蛛の巣 状に、色んなものが張り巡らされ出来ているこの街は、陽のあたる場所には住めないヤツ らが蠢いている。 「あっっちぃーー……リセッタ」  襟元を緩めながら相棒の名を呼ぶ。その、氷の妖精が冷気でもっていくらか冷やしてく れた。まあ実際俺としては陽光が届いてねえのは助かるってとこだ。全身は汗でぐっしょ りだったから。  言っとくが別にここが暑いわけじゃない。周囲の海は地狭海から流れ込んでいる水で出 来ている……つまりかなり北の方だし、今は冬。太陽も届かないしすんげぇ寒い。だから 俺も着込みまくってる。まあ旅ばっかしてっからいつだって軽装じゃねえけどよ。  だから汗は、つまり緊張のせい。今まで俺はちょっとしたインタビューを受けて貰って いて、その相手が相手だった。いや別に俺の肝っ玉が小さいわけじゃないぜ。  何にしても、今頃あの人がとってるだろうインタビューとあわせれば、これで合計十二 名。時の女神を現す数字か。因果な事だよ。 「――ガーベラ博士よぉ!」  ちょっとばかし感慨にふけっていた俺は、ガラの悪い女の声で現実に引き戻された。視 線を下げると赤い翼が見える。それは白い娘の背から生えていた。その更に後ろには無骨 な鎧に身を包んだ巨漢。  見えた二人は、この街に来た時に俺が案内役として雇わせて貰った二人だった。手前の 事は手前で何とかするのが信条だが、ここは言わば都市の裏面のみが延々と続いてるよう な場所だ。顔通ってるヤツがいねえとまともに歩き回る事も出来ねえ。  懐を探りながら二人の方へ歩いていく。 「おう!仕事なら終わったぜ。助かったよ」  言って、封筒を取り出した。軽くぱたぱたと振る事で指し示す。こちらが歩いてくるの を認めて、二人も寄ってきた。 「どうだったよ、満足に話が聞けたのか?相手は勇者なん――あ!」  相手が、突然言葉を切って声を上げた瞬間、俺はその理由が分からなかった。だが一瞬 の後その理由を悟る。手に持った封筒の重みが失せていることに気付いたから。  封筒から飛び出た紙が薄暗い空に舞う。 「うわ!っちゃ!」  あわてて手を伸ばすが流石に全てには届かない。頭が真っ白になる。その前を、赤いも のが過ぎた。 「Hey、Hey」  俺達の立つつり橋を軽く揺らして、翼の女が俺の横に着地する。 「学者ァってのは大概どっか間抜けだよな」  空中の紙を全て掴みとってくれた彼女が、俺には天使に見えた。  ――というか天使なんだったか。  赤い翼の天使は俺の肩を叩いて、呆れ顔で原稿用紙を差し出す。その様は天使には見え ないが、だからこそ彼女もこの街に居るんだろう。  そもそも天使というのはどういう存在であるのか?  うーん、興味深いネタではあるけど、当然ながら色んなヤツがあれこれ調べてるからイ マイチ真面目に取り組む気にならねぇな。やっぱ人と違う事をしねえと。  ――――とかやってるから散漫になるんだけどよ。  ともかく受け取る俺としては、小さくなるしかない。 「いや、すまねぇ」  念のため枚数を数える。五枚。あれっ?一枚足りねえ!? 「…………下」  焦った俺に後ろから声がかかる。もう一人の、鎧の男。  言われて足元を見れば、そこに紙が一枚。 「ああ……なんだ」 「だからどっか間抜けっつったろ」  慌てて拾う俺を見てニヤニヤ笑う天使。 「ったく……」  安堵の苦笑いと共に封筒に差し込んだ最後の一枚。その冒頭には、ローレンス=バーク シャーと書かれている――