■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』その弐 登場人物 頼片 蓬莱(ヨリヒラ ホウライ) ・三味線弾き ・ダメオヤジ http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/669.html 霜舟(ソウシュウ) ・??? http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1440.html ----------------------------------------------------------- 帝都の南西、裏鬼門にあたる場所に歓楽街「高間原」はある。 遊郭、芝居小屋、見世物小屋、賭博場、商店、食堂その他様々な施設が所狭しと並び 人、鬼、妖、妖混じり、魔物、悪魔、亜人、外人…目抜き通りを歩く人々は 一人として同じ類の者はいないのではないかと思えるほど多彩である。 朝は酒場と「逢引宿」から帰ってゆく者達で 昼は絶品料理を味わおうとする美食家達で 夕方は芝居小屋に集まる人々で 夜は飲んだくれ共で… 静寂と夜を知らない場所、日々の鬱憤を有耶無耶にする無礼講の街 それが「高間原」。 蓬莱もこの町には幾度と無く世話になっている。 極東の芸人…浮草達はまずこの地の光に誘われて故郷を旅立つのだ。 異常なまでに雑多な人々が集まり、異常なまでに一時的人口が多い この街がそれなりに平和であるのは商売事を仕切る穢人頭と 捕り方の長である無宿人頭の二頭体勢で仕切られているからである。 穢人頭・弾右衛門一派は商売の邪魔になるものは確実に排除してゆくし 無宿人頭・善七郎は荒くれどもが面倒を起こす前に上手く懐柔してしまう。 無礼講ではあるが、無法ではない。 秩序を乱すものには死の制裁が待っている。 両派の住み分けが出来ているからこそ、大事になる前に事を収めることが出来るのだ。 結局の所、十六代目弾右衛門・十四代目善七郎の時代に至って、両者の間で 抗争が勃発。「高間原の乱」と名づけられた世紀の大惨事によって、施設の七割が消失し 千名近い死者を出す事になるのだが…それはまた別のお話。 ---------------------------------------------------------------------------- さて、ここは芝居小屋「高間座」の前の大広場。 弁当屋、役者絵など様々な出店が連なるここは、休演日には大道芸人たちが 己の腕を試そうと極東各地から集まってくる。 通称「芸人広場」などと呼ばれているここに、特に大きな人だかりが一つ。 他の大道芸人たちの下に集まるよりも二倍近く人がたかり、よく見れば子供までいるではないか。 人の列は二重にも三重にも連なり、とてもじゃないが中心を見る事ができない。 少し視点を変えて上から見てみると、おや、婀娜っぽく着物を着崩した女性が一人。 脇には桶に並々と注がれた墨と何十にも重ねられた紙。 両手に何本も絵筆を持って、観衆に向かっている。 似顔絵描きにしてはこの人だかり、特に一人を観察している様子も無い。 では只の早描きかといえば、それにしては人が集まりすぎている。 ではいわゆる性風俗的な踊り子なのかと言えば、肩を露にはしているが脱ぎだす素振りも無い。 公衆の場でそんな事をすれば即座に捕り方が飛んできてキツイお叱りを受ける事になる。 そもそも人だかりの中に女子供もいる。 では彼女は一体何を始めようというのか? ------------------------------------------------------------------------------ 「さぁて、お集まりの皆々様方、これよりお眼にかけるは摩訶不思議、転地驚愕の  あやかしの技にて御座います!皆様ゆめゆめ足元にはお気をつけくださいませ…  種も仕掛けもございませぬこの技をば見たならば、じじばば曲がった腰が飛び跳ね  女男は腰抜かし、洟垂れ小僧は転げ転げてどこへやら!  …あ、そこのお嬢ちゃん前においで!特等席で見せたげるよ!  あ、申し遅れましたがあたくし霜の舟と書きまして『ソウシュウ』と申します。  あたくし生まれも育ちも隅野のほとり。  穢人村で産湯につかり、草の根食って生きてまいりました。  荒くれ者の者があたしの父御、遊女崩れがあたしの母御。  礼儀のれの字も知らぬ故、無礼千万おかけいたすも  そこは痘痕も笑窪の言葉に免じ  どうぞお許しくださいませ〜。」 深々と一礼する霜舟。やんややんやの大喝采。 顔を上げてにこりと笑顔を返す霜舟。目元に遊女の如く紅を引き、後ろで無造作に 纏め上げた髪…決して品のある容姿をしているわけではないが、その屈託の無い笑顔は 独り身…または独り身でなくとも男の心を掴んでしまうのであった。余談。 (迷惑極まりない話だが、付文したしないで、目の前で大喧嘩を繰り広げられた事もある。) 「さてさてそれでは皆様に…」描いてほしいものを言ってくれ、と言いたかったのだが。 そこかしこで手が挙がって、誰を選んだらいいものやら解らない。 なにせこんな芸を披露出来るのは彼女一人しかいないので、常連客も多いのだ。 うーむ、どうしたものやら、と迷っていると、視線の下。 五、六歳の女の子がおずおずと手を上げているのが見えた。 「じゃあ…お嬢ちゃん!なにを描いて欲しい?」 ぱぁ、っと女の子の顔が明るくなる。 「ちょうちょ!こないだおかあとみた、きれいなきいろいちょうちょ!」 「ちょうちょか、よぉしあたしに任せときな!」 胸を叩いて笑顔を返す霜舟。 紙を取る為にうつむいた一瞬 観客の誰も見れない一瞬 彼女の顔が曇った事を誰が知ろうか? 羨ましい、羨ましい…「きれいなきいろ」を知ってるこの子が羨ましい… あたしは墨の色しか見えないのさ… ごめんねお嬢ちゃん、「きれいなきいろ」は描けないけれど 「ちょうちょ」はいっぱい描いたげる! 「さぁて皆々様、可愛いお嬢の望むのは、空いっぱいの蝶の群れ。  ここはあたしのあやしの技で、そのお願いを叶えて差し上げましょう!  一枚が二枚、二枚が四枚…」 腰にさした短刀で紙を細かく切り分けてゆく。一畳ほどの紙が、見る見るうちに 掌大の紙束に変わる。 「そぉれ!」 天へ舞い上がる紙吹雪。 持っていた絵筆を左手にまとめ、ざんぶと墨桶に漬ける。 それを両手に振り分けると、なんと、宙を舞う紙の一枚一枚に蝶を描き込んでゆくではないか! 指に一本一本の筆を挟んだ両手を舞うように動かし…すると ひらひらと落ちてゆく紙が、それぞれ蝶の絵に変わってゆく。 彼女の身のこなしを眼で追えている者は一人もいない。 いや、一人… 全てが舞い落ちるまでに彼女は全てを描き終えてしまった。 割れんばかりの拍手が起こる。 女の子もただみとれてぽかんと口を開けている。 礼をしながら荒い呼吸を整えて、また霜舟が喋りだす。 「おありがとうござい、おありがとうござい!しかし皆々様方!  あたしの技はここからが本番!今のはほんの小手調べ!  さぁとくとご覧じろ!世にも奇妙な『生き絵』でござぁい!」 胸のサラシに挟んでいた粗末な一本の筆を取り出す。 これに墨もつけずにさらさらと地面に散らばった蝶の絵を撫でてゆく。 …するとどうだろう! 墨絵の蝶が、紙を抜け出してひらひらと舞い始めたではないか! 今度こそ大喝采である、観衆は手を痛めるほど拍手をし、口々に賛辞を送る。 女の子も宙を見上げてはしゃいでいる。 これでいいんだ。 師匠はこの技を「人の世を正す為に使え」なんて言ってたけど 頭の悪いあたしにゃあ、これが精一杯だし… これで充分楽しいさ! 「さて皆々様!ここで終わりじゃ芸が無い。あたしの腕も疼いてる。  まだまだ描きましょう!」 ---------------------------------------------------------------------- それから約半刻ほど、ひっきりなしに描き続けた。 物、動物、人、妖怪、またはそれらを組み合わせて小芝居をやったりなんかもした。 これは大体締めに行われる恒例行事のようなもので、役者は霜舟とその絵達。 声はすべて霜舟が当てる。 今日は少しばかり大人向けの内容なので、家族連れはここでご退場である。 題して『浮草村物語』 浮草村の若い女が出て行く男を引き止めるという、三文芝居なのだが 霜舟が演じる登場人物の『お冬』が、どう考えても霜舟本人だと言うので人気である。 「嗚呼!留サン!イカナイデオクレヨ!アタシャア胸ガハリサケソウサ!」 「オフユ、解ッテオクレ…俺ァ芸ノ道ニ生キルト決メタノサ…」 しかし、この相手役の『留八』という絵…どこかで見た事がある顔だ。 若干後退した額に、背負った三味線…下帯が見えるほどたくし上げた服…下駄履き… 「オフユ、俺ァオ前ェヲ…」 丁度大団円、留八が改心して村に残ると決断するシーンの直前で、捕り方の笛が鳴る。 観衆を掻き分け掻き分け、捕り方が入ってくる。 「相変わらずすげぇな霜の字。だがな、集めすぎだ。ほれ、散れ!おめぇら散れ!  あ、お代は置いていけよ!」 「またくるぜ!」「ありがとう!」「楽しかった!」などと霜舟に声を かけながら渋々と散ってゆく観衆達。 ふぅ…と長い溜息をつく捕り方。霜舟はつんとあさっての方向を向いたまま黙っている。 「おう、霜の字。あんだけ客集められるんだったらよぉ、小屋付いてやった方がいいんじゃあねぇのか?  そうすりゃ俺達だってよ、悪者になんなくて済むんだからよぉ…。」 「あの髭もじゃのド助平の業突く張りの下であたしの芸を披露するなんて真っ平ゴメンだね!」 「バカ、お前ぇ声がでかいよ!…まぁとにかくだ、場所を少しは考えてくれって事だよ。  …どうせまたやるんだろうけどよ。じゃあな、あ、ショバ代は貰っていくからな。」 捕り方の背中にあかんべえをしてやると、霜舟は片付けに取り掛かった。 どこの世も、大道芸人というものはお上に圧されて生きていくのが常である。 それは当然放覩においても変わりの無い事である。 片付けの様子を遠巻きに見つめる観衆達。 また集まれば捕り方達が飛んでくるだろうから。 ------------------------------------------------------------------------- …と、その中から一人、霜舟と同じく大道芸人であろう、奇妙な風体をした 中年男がつかつかと霜舟に歩み寄ったのを観衆は見た。 霜舟の隣にどかっと座る。男の顔を見た霜舟の表情が驚愕に変わった… と思った次の瞬間、男の手は霜舟の尻たぶを、がっしと掴んだ。 「ひやぁあっ!」 飛び上がる霜舟。広場中に響き渡る声。 恐らくこの光景を見ていた男の全てが「なんと羨ましい!…いや、なんと破廉恥な!」 と思ったはずだ!絶対そうだ!書いてる俺もそう思うと思う! 飛び上がった拍子に今度は墨桶が倒れ、男は墨塗れになる。 ちいとも気にせずに男はへらへらと笑いながら立ち上がり、霜舟に声をかける。 「ちいと肉置きがよくなりすぎたんじゃあねぇか?へへ、まぁ五年前とはちげぇか。  お乳も随分と大きくなってまぁ…。少々さわり心地をば…」 顔を真っ赤にして怒りに震え、俯く霜舟の胸に男の手が伸びる。 男の鼻の下は伸びに伸びきっていて、最早見るに耐えない。 ああ、危ない!触られる!と、男も女も捕り方も止めようと構えた瞬間 「てめぇ…どの面下げてあたしに会いに来たんだゴルアアアア!」 霜舟の爪先蹴り(洋名:トゥーキック)が男の股間にめり込んだ。 男性読者諸氏には解るだろう、この痛みが。 前出の小太郎の頭突きは、前からの衝撃であり、ある程度は、いわゆる「竿」の部分が 衝撃を吸収してくれた。 しかし今回はまさに直撃である。 高速度撮影で見てみよう。霜舟の黒塗りの下駄は蓬莱の足の間を、するりと通過し 丁度真下から、下帯に包まれたいわゆる「両玉」の部分を直撃している。 高速度で動く硬い木に、両玉を叩き潰される感覚を想像していただきたい。 「ぉ……☆」 と呻く事すらできず蓬莱が前のめりに倒れこみ、生きもできなくなったのが納得できるだろう。 〜続く〜