RPGSS 兄貴は動かない 第1.5話 「兄貴、全力で逃げる」 心地よい陽射しの昼下がり、子供達はボールを追いかけ、母親達は井戸端話に花を咲かせている。 そんな光景を微笑ましく見ている男と黙々とパンケーキを食べる少女がいた。 カフェのオープンテラスでその一角は異様だった、テーブルの上に山のように詰まれた皿と立て 掛けられた大剣。 「ロリ=ペドちゃん、どうかなここのパンケーキ。俺は世界で一番おいしいと思うんだけど?」 「・・・・・・」 黙々と食べながら睨むロリ=ペド。 聖騎士である彼女にとっては大敵である魔王。それが目の前にいるのだが攻撃は出来ない。 何故なら彼女は一文なしだからだ。 ぶっちゃけ目の前のすかした優男、ジェイド=T・I・S・A=ルーベルを倒してしまうとパンケーキ 代が払えない。 それは聖騎士として、勇者の妹として、可憐な美少女としての自分の立場が崩壊してしまう。 「口に入ってる時に話しかけちゃいけないよね。ごめん、ごめん、男の一人暮らしだとそういう所に 気が回らなくて」 「もぐ・・・おいしいです。聞きたい事が一つ、なぜ貴方は私を助けたのですか?」 「それはねぇ・・・・だって前のめりに突っ伏しててお腹をグーグー鳴らした女の子を助けないわけ にはいかないよ。ほら、俺って紳士だし」 「そういうことを言う人は大抵よくない事を考えています」 「そりゃないよ。お兄さん、こんなに善人オーラ出してるじゃない!」 「貴方が昔どういう存在だったかは聞いていますよ。「国喰」」 ロリ=ペドの言葉に苦笑するジェイド、全て真実なのだから仕方が無い上に世界平和とか、地に平穏を 人には愛をとか言っても立場が立場だけにまったく意味がない。 「はははは、お兄さんがやさぐれてた頃のあだ名を出さないでよ・・・・イヤ、マジで昔の事知ってる 人が少なくなってきてけっこう安心して暮らしてるんだから」 「他の人が忘れていようと私や兄様が知っています」 魔王というのは人類の天敵として存在している。 だが、この男の場合は魔王になってからの悪名が一つも無い。むしろ魔王となる前の方が苛烈すぎるくらいだ。 考えてみればこの男と色々あったのは数年前に遡る。 勇者・ガチ=ペドは笑っている。 深く。 重く。 楽しく。 嬉しすぎて。 ガチ=ペドは笑う。 一人の男を思うだけでこんなにも笑えてくるのだ。 不幸な男の名は、ジェイド=T・I・S・A=ルーベル、魔王。 魔王が勇者と相対した場合どうするか? そんなことは決まっている「戦う」のだ。 どんなに彼我ノ実力差があろうと勇者と魔王は戦う。力を技を知恵を勇気を事象を狂気を使い戦う しかないのだ。だから、戦う事が出来る魔王以外は十重二重の罠を張り巡らし、強大な配下を使い 勇者を倒そうとする。もしくは出会わないように避けるのだ。 だが、魔王ジェイドは違った。 ジェイドは、逃げるのだ。避けもせず戦いもせず逃げ回る。 出会う事十数回、その度にガチ=ペドは逃げられてきた。事象展開を使わずに勇者から逃げる魔王 など聞いた事が無い。 だからこそガチ=ペドは楽しいのだ、こんな状況でも。 「にゃはははは、ごめんねガチ君♪これで3勝目だねぇ」 孤伯は倒れ伏すガチ=ペドに座り酒盃を仰ぐ。 皇都のヨロズ屋『絃魔館』の女主人 ・孤伯、勇者を凌ぐ戦闘能力と守銭奴ぶりが有名であり、今日も こうして喧嘩を売ってきたガチ=ペドをノして椅子としているのだ。 そんな二人を見て、オロオロするロリ=ペドとは対照的にヘイ=ストは含み笑いを浮かべていた。 「だから・・・ババア・・・てめぇは黙ってあの野郎を捕まえられる道具を出せってんだよ」 「誰がババァだってガチ君?」 「ぐおおおおおおお」 背骨を指でぐりぐりと押す。勇者も構造的には人間なので痛いところも同じなのだ。 何故こんな風になったかというとガチ=ペドが絃魔館にジェイドを捕まえる為の道具を求めていった が取り合わない孤伯に業を煮やし喧嘩を仕掛けたが、結果はこの通り返り討ちとなった。 「しかしさ、なんでガチ君はそんなにジェイドちゃんに情熱を向けるのさ?」 「自分でも知らねぇ。だがよう、こんなに俺を熱くさせてくれる奴はいやしない。楽しくて楽しくて 楽しくて頭がおかしくなりそうだ」 「なんかカッコイイこと言ってるけれどこんな状態じゃカッコつかないね」 「だからどけババア」 「また言った・・・ほ〜れ、グリグリ〜♪」 「ぎゃおおおおおおお」 背骨の痛点を突かれのた打つガチ=ペド。 痛みに歪む視界に何かが映る、黒い何かが。 黒いそれは、白いものを携えている。 「ほう・・・これは面白いですね」 黒いそれを見てヘイ=ストは呟いた。 ロリ=ペドも唖然としている。 ガチ=ペドも驚愕した。 「孤伯さん、買出しに行くのはいいですけれど生理用品ぐらいは自分で・・・・」 愚痴をこぼす男、「滅殺」と刺繍されたエプロンが妙に似合う粋でいなせなジェイド=T・I・S・A=ルーベルだ。 やはりジェイドも固まっている。 魔王の天敵である勇者が女に腰掛けられているのだから、特殊なプレイというのも考えられなくは無いが 自分に向けられている殺気を考えればその線は消える。 やっぱり自分と戦いに来たのだろう。 ならばすることは一つだ、全力全開で逃げる! 両手にぶら下げた買い物袋を下ろしクラウチングスタートの体勢を取る。 「ジェイド=T・I・S・A=ルーベルゥウウウウウウウウ!」 ガチ=ペドの絶叫を合図に全速力で駆け出す。 後ろは振り返らない。振り返ったら絶対に奴がいる。 事象展開を使えば楽に逃げられるかもしれないのだが、勇者の時間を停止させるとなると自身の消耗も測り知れないので なるべく足で確実に逃げているのだ。 だが、今回ばかりは勝手が違う。ガチ=ペド相手にジェイドが今まで逃げ回れていたのにはワケがある。 魔王「星」ヴァニティスタの能力である先読みを使って、出会う日付や場所を知り地図を駆使して逃走経路や対策を立てるのだ。 今回は何も対策を立てていない、傾向と対策を立てて確実に事を運ぶのだがいきなり出くわすなど考えていなかった。 (今だけだ・・・何とか連中を振り切って後は静かに暮らそう!そうだ、変装しよう!髪をトンがらかして、金髪に染めて 深紅のコートを着よう。色眼鏡の着用も忘れずに!口癖を「ラブアンドピース」にしよう!大丈夫、勇者の奴もメンツが あるから逃がしたなんて言わないだろう。このまま、皇国の一市民として、愛と友情と勇気とエロスに満ちた穏やかな生活を 送るんだ!) この間、約2秒 陰日向に咲く花のように慎ましやかに生きる事を決定した瞬間全てが崩れた。 「だから言ったでしょう勇者殿、最初からこうしておけばよかったと」 ニヤニヤ笑いを浮かべる最悪の魔術師 「そうですね。最初からこうしておけば無駄な事をしなくて済みましたね」 嘆息する聖騎士。 「クハハハハハハ、最高じゃねぇか!さあ、殺したり殺されたり!死んだり死なせたりしようじゃねぇか魔王!」 高らかに楽しそうに喋る勇者。 「ジェイドちゃん、荷物置いて行っちゃうなんて酷いね・・・・お仕置きしちゃうぞ♪」 四つん這いの勇者に座る、地上最強の女。 ああ、悪夢だ。悪夢だ。悪夢以外の言葉はいらない。 そして・・・・ 「ママ、あのお兄ちゃんどうして女の人に座られてるのに楽しそうなの?」 「シッ、ルルちゃん見ちゃいけません、行くわよ」 親子連れが、こちらを見て逃げるように足早に去っていく。 他の人々もこちらに目を向けないようにしている。 その無言の圧力が痛い、痛すぎる。 「なあ、勇者御一行さん、俺が奢るから飯でも食わないか?」 魔王ジェイドの「世界」と「世間」に対するささやかな抵抗だった。 「ガツガツガツガツ」 「モグモグモグモグモグ」 テーブルの上には大量の皿が重ねられ競い合うように皿を空にしていくガチ=ペドとロリ=ペド。 「ふむ、アクア・ウィタウェとは言うだけの事はありますね。命の妙薬だ」 「にゃあ、この赤ワイン美味しいねぇ。普段は極東の澄み酒しか飲まないからどんなのかと思ってたけど、この味なら コレクションに加えてもいいかな」 「君ら、その赤ワインがどれぐらいするか解ってる?皇国金貨で30枚よ?しかも40年物ヴィンテージワインだぜ」 「奢りでなければ、呑みませんねぇ」 「奢りだしね、もう一本いっとこ」 「テメェら鬼か・・・」 食堂内は昼間だというのに活気があり騒がしかった。それもそのはず、噂に名高い勇者御一行・『絃魔館』の女主人 孤伯 そして軽薄そうな優男が同じテーブルに着いている。冒険者ならば一度は憧れる勇者がいったいどんな会話をしているのか 気になりそば耳を立てている。 ここは皇国首都にある宿屋と酒場をかねた冒険者の店「剣と花束と火酒亭」、女主人である「おばちゃん」ことマリア=アルフリディ は勇者達の席をぼんやりと見ていた。 また若かった頃、マリアの初めての客はガチ=ペドだった。獣のようにギラギラした目と立ち上る血の匂いは今でも覚えている。何も 知らなかった自分に女の喜びを教えてくれた男、何度か肌を合わせたがどの客よりも荒々しく優しかった。女盛りをとうに過ぎた今でも 鮮烈な思い出として残っている。 (まったく何しに来たんだか・・・・) 心の中で呟く。 ふと気がつく、向こうは変わってないが自分は変わってしまったのだと。 「やめやめ、なんか今日は気が乗らないから引っ込むかね」 店の奥へと引っ込んだ。 「でさあ、飯奢ったんだから見逃してくれるよね?」 「あ?ねぇな」 「それはないモゴモゴ・・・」 「ないですねぇ」 「もう一本良い?」 見逃す気など更々ない3人、とことんたかるつもりの一人。 やれやれといった風に首を振り、懐から一枚の紙を取り出した。 「『絶対皇権』の前でもそれは言えるのかな?」 「『絶対皇権』だと!テメェ、あいつと繋がってるのか!」 『絶対皇権』、皇国皇帝が相手を縛り付ける絶対の盟約、皇国に所属するものならば逆らう事が出来ない、許されない。それは 勇者であってもだ。 羊皮紙に書かれた言葉は一つ「皇帝 クロノリオン=イクス=ギュスターヴが命じる。勇者 ガチ=ペドは彼の者を傷つける事を禁ず」 皇帝の持つ印が押された紙を睨みつけるが手を出さない。 「なんでお前があいつにそこまでさせる事が出来るんだ?お前はいったい何なんだ?」 「俺も君と同じだよ、少年の盤上の駒にすぎない。いや、勇者はジョーカーか」 「あのガキ一度も俺にそんな事を言ってないぞ」 「言ったら真っ先に俺を殺しに来るだろ?俺とお前が戦った場合、良くて相打ち、悪くて俺が死ぬ。これ以上「愚者」を増やすわけには いかない」 激昂するガチ=ペドをニヤニヤと見ているヘイ=ストが口を開く。 「なるほど全ては・・・あの少年の手の平の上ですか面白いですねぇ、私も手の貸しがいがありますよ。勇者殿を謀るその手管は中々 ですね、聖騎士殿はどう思われます?」 「私達も計画の中に入れられているんでしょうね。あの方が何を考えているのか・・・・」 「魔同盟の「女帝」ユリエータは、ぬいぐるみ作りが趣味でよくバザーとかに出している。「審判」フォルサキューズは意外と人当たりが 良いんでご近所づきあいはうまくいってるそうだ。どう思う?」 「何が言いたいんです?」 「知らなかっただろ?何も知らないっていうのは悪い事じゃない。だけど無知であり続ける事は悪だ。目をふさぎ、耳をふさいで 他者を傷つけ続ける。あいつはそれを絶対に許さない、俺もな」 いつも飄々としているジェイドだが、巌のような表情と揺ぎ無い決意が見て取れる。 「それが貴方の望む「世界」なんですね、魔王」 「ああ。それが俺と少年の望む世界だ。魔術師、お前も何かを感じたからこそ少年についているんだろう?」 「チッ」 舌打ちして立ち上がるガチ=ペド、続いてロリ=ペド、ヘイ=ストも立ち上がる。 「興が冷めた、ひとまず命は預けといてやる。昔馴染みの店を壊すのも気が引けるからな」 「ありがとう、ガチ=ペド。ああ、それと一つお願いが少年の事を守ってくれないかな?」 「気が向いたらな、全部終わったら殺してやるからな」 背を向け出口へと向かうガチ=ペドとロリ=ペド。 ふと、思い立ったようにヘイ=ストはジェイドに尋ねた、いつものニヤニヤ笑いを浮かべて。 「貴方はこの世界が好きですか?」 「好きじゃなかったら生きていないさ。だが、この感情を超越するとそれは憎しみに変わる、誰かを犠牲にする事でしか成り立たない この世界をあんたはどう思う?」 「質問に質問で返しますか・・・いいでしょう。貴方は予想以上に面白い存在だ」 ジェイドの答えを聞いて満足したのかガチ=ペドの後を追った。 その背中を複雑な表情で送った。 「終わった?」 「ええ、まあ」 「じゃあ、呑もう」 話が終わるまで待っていた孤伯は、ジェイドのグラスにワインを注ぐ。 血のように赤いワインを見て呟いた。 「逃げられるなら逃げたいですよね、宿命とかその他諸々って気が付くと何時の間にか足下まで来てるんですよね」 「にゃははは、私は逃がすつもり無いけどね。君はそうやって悩んでる顔が一番そそられるねぇ」 よりかかり、細く白い指で顎を撫でる。濡れた女の瞳が乾いた男の瞳を見つめた。 目は言葉よりも多くを語り、心を写す。 「お姉さんは、とってもムラムラした気分になってきましたよ」 「勘弁してください」 「時にジェイドちゃん、子供は好きかな?良ければお姉さんが産んであげるよ」 「子供は好きですけれど勘弁してください」 「嫌です」 その後、そういう風になったかどうかは定かではない。 20枚目の皿を重ねて一息つく、流石にメープルシロップとバターには飽きてきた。お腹は5分目ほどに膨れたが満腹には遠い。 次に何かを食べようか考えているとジェイドが口を開いた。 「さて、お嬢さん。お腹も多少は満足したと思うんで一つ交渉させていただきたいんだが・・・宜しいかな?」 「そういうのは楽しい食事が終わってからだと思うんですけどね」 「そうだよね。ごめん、ごめん」 苦笑しつつ懐から皮袋を取り出す。テーブルに置くとゴトンという重い音と金貨がこぼれだした。 「これは?」 「俺からの交渉は一つ。これから先、君の生活費その他諸々は俺が持つ。だが、一つ条件がある「皇帝を命を助けて欲しい」。俺の予想が 正しければ、彼は敗北する」 「・・・貴方や兄様がついているのに?何故?」 「世の中は複雑でね。「クロノリオン」の理想と「奴」の理想は同じだが明らかに違う。そこから先が「皇帝」としての「試練」なんだがね 、その前に死んでもらっちゃ困るんだ。この場合、君がどちら側にいるかは関係ない。ただ「命」を助けてくれればいい」 「あなたの真意は何なんですか?世界を守りたい?壊したい?まるで矛盾している」 「これは前にも言った事だがあるけれど、君だってこの世界に生きていなければ別の人生を歩めたかもしれない。普通の女の子、 子供に好かれる学校の先生、誰かの良き妻で良き母に慣れかもしれない。だから壊すのさ、俺はこんな「世界」嫌だね」 「自分が「世界」だってこと忘れていませんか?」 「俺は師匠が「世界」だから「世界」になっただけさ。で、心は決まったのかい?」 「まだ決めかねています」 「そう・・・・なら、その時が来たら決めてくれ」 薄く笑い席を立つ。 「どこへ行くんです?」 「ファーライトへ」 ひらひらと手を振り去っていった。 不思議な男だとロリ=ペドは思う。何で魔王をやっているのか疑問だ。 そして、なによりも重要な事がある。 「すいません、ホットドッグを30本」 世界がどうこうよりも彼女は食べる事の方が重要だ。 こうして、爆食女王ロリ=ペド伝説が始まった。 NEXT→「白い鴉が行く」                            おまけ ウォンベリエにある大盛メニューで有名な店に馬鹿が二人いた。 「ガスト、お前よくそんなに食べれるなあ」 「俺には倒さなきゃいけない女がいるんだ」 「誰?」 「あれ」 ガストが指さす方向を見ると写真が一枚飾ってある。 グランドスパゲティ完食者 ロリ=ペドと書かれていた。 「あれ?この間はお前の写真が飾ってなかったっけ?」 「あいつの作った記録を俺が打ち破ると奴は来てそれを追い抜いていくんだ」 「相手は生きた伝説の人だぜ?張り合うのがおかしいだろ?」 「うるせえ、俺はカイル=F=セイラムの弟子だぜ。師匠の技を無断使用するような女に負けるわけにゃいかねぇ」 「ま、頑張れ」 友人の胃袋を心配しつつ、ガレットはあくびをした。人魔統一暦の割と暇な一日だった。