ローレンス=バークシャーの戦場(中)  ――――会議は踊る。されど進まず。あれから数日が経った。 「皇国はともかく、西国だけでも来ていれば話は簡単だったんでしょうけどね」  現在司令部の代わりになってる市庁舎の一室。開いてるんだかさっぱりわからない糸目 をこちらに向けて、エイビスが嘆息する。  確かに西国はなんだかんだ言って世界的宗教権威ってヤツを持ってるから、昔ほどの権 勢はないにしても、居れば連合諸国の足並みは揃った筈なのよね。 「現状をアンタはどう考える?」 「ええ、ボクですか。いやあ……」  頭を掻くエイビスも、少しそうしていると真剣な顔に切り替わる。ふふ、いい顔よ。と 思うけどあんまり表に出すとこの子が嫌がるからしょうがないわ。 「……そうですね。今回東国が主導権をとるってのはないと思います。西国も居ません。 となれば王国連合ではやはりファーライトなんでしょうが……」  王国連合主要国を挙げるエイビス。私は相槌だけを返す。 「が?」 「個人的には非連合国で、ヴァルデギアが気になります。王もやや強引な所が見受けられ ますが、その分無理にでも自分の側へ物事を引っ張っていく気概を持ってると感じました。 既にかなりの兵が集結してますし、皇国も居ない今こそ存在感を示しておきたいという所 でしょうが……トルケ第三の女公に対するあの反論から始まって、ここ数日の間に幾度と 無くそういう場面が見られます」  それを聞いて私は頷く。本来ウチの首都防衛部隊を預かるこの子だけど、伊達に連れて 来てるわけじゃないのよね。  で、エイビスの考えは正しいと思う。ただエイビスは学がある分理屈に寄りすぎるきら いがある。腹芸も出来ないし、ちょっと真面目すぎんのよね。私たちは何もかもを知るわ けじゃないから、組み立てた理はピースが変わればまるで別のものになってしまう。  まー、そこに気を配るのも今は私の役目。  ゆくゆくはその辺りの感覚も掴んでくれれば、エイビスはもっと使えるようになる。連 れてきた理由はここにもあったりして。今のうちに仕込める事は仕込んでおきたい……本 人としちゃ息が詰まって大変でしょうけど。 「貴方はヴァルデギアが気になってたまんないわけね」 「……団長は違うんですか?」  含みのある言い方にエイビスが眉を上げる。ついニンマリ笑って顔を近づけると――― ―エイビスのヤツ3歩ぐらい下がりやがって、どんだけ退いてんのよ。  中東部北寄りに位置するボレリアは、今居るトルケとヴァルデギアの中間あたりにあり、 近頃東に延びてきてるヴァルデギアの台頭は懸念すべき事。そのヴァルデギアを抑える期 待は連合――――現状ファーライトになるわけだけど…… 「あの『男』が大きな一手になる気がする」 「傭兵隊長ですか。しかしこれと言って何もしてませんよ彼。もっと野心的で力強い男を 想像してたんですが……正直言ってヴァルデギア王と比べるべくもないですよね。ファー ライトを動かすならやはり『白の雷光』の方では……」  まー、実際あの傭兵隊長はここ数日一言も喋ってないし動いてない。精力的なヴァルデ ギア王と比べてしまうのもわかる。でもこんな人類連合軍的な状況にあって、一介の傭兵 隊長如きが持つにしてはその兵力は多すぎる。ファーライトに雇われてる形なんでしょう けど、『白の雷光』だって扱いかねてるのは間違いないわ。 「それこそあの爺さんに直接会ってこっちに何が出来るの?アンタは話でしか聞いてない から実感湧かないんでしょうけど、アレは本当忠誠心の塊みたいな爺さんだから……かと 言って今の私たちにファーライト全体の利になるようなカードは切れないでしょ。それよ りも、殆ど自前の兵で……タダで参戦してる傭兵隊長の言葉なら恐らく爺さんも無視でき ないだろうってワケよ」  つい苦笑してしまうけど、人柄の見極めはホント経験が全てよねえ。 「なるほど……」  頷くエイビスがふと扉の方を見る。つられて私が見ると同時に扉が開いて、部屋に甲高 い声が響き渡った。 「ただいま戻りましたでー」 「キャロルさん」  手をひらひら振ってる若い娘の名を呼ぶエイビス。そのキャロル――ウチの突撃隊長の 後ろには扉から顔だけ覗かせてる副団長のグスタボ。そんな事してるのは単純にジャイア ント系亜人種向けの部屋にでもないと入れないぐらいグスタボが大きいからなんだけど。  二人に頷き返して、キャロルに椅子を向ける。 「どうだった?」 「あ、キャロルさんたちを向かわせてたのは……やっぱりあの傭兵隊長の?」  私が何度か二人を使いパシってるのを見てたはずのエイビスが、合点が言ったという風 に手を叩く。 「敵を知り己を知らば百戦危うからず……今私が戦ってる敵は魔王でもなんでもなく列強 の首脳だもの……で」 「やー、団長聞ーてくださいよ。あの傭兵団の輜重隊ごっつ面白いんやわ」 「んだばんだば」  眼鏡をかけなおし大げさに身を振るキャロル。それにしてもこの娘ほんとボレリア訛り 酷いわねー……。グスタボはそういう問題じゃないけど。 「輜重隊、ですか」 「せや。あんたが団長と一緒に会議出とる間、ウチらは街の外に行っとったんよ。既に集 まっとる兵ですら中入れる数ちゃうからねー」  二人も私が信頼できる駒。キャロルはまだ若い女のわりに計算高くも思い切りがいいし、 それで突撃隊長みたいな事もやってるけど短気が問題だから政には向かない。グスタボも 斬った張ったオンリーの武力だから今させる事ないし……ってことで歩かせたってわけね。 「そんで、あの傭兵隊でひいきにされとるのがですよ。モーカリア家やらリード家の息か かったんが多いんすわ。武器の仕入れはどうもソリンジェンから直みたいやし」 「いや、いきなり商人の名前なんていわれても私わかんないんだけど……」  興味ないしねー。  と、エイビスが顔を上げる。 「……アウスト・ハンザですね!連合自由都市同盟ですよ。武具製作で有名なソリンジェ ンも加盟してます。有名なところでモチリップ。本来は違うのであまり商業的でないバト ルディアやトゥーリューズとかも参加していますが、事実上の遠隔商人の組合同盟ですよ。 ってことは『連合の財布』フォマルトハウト家も噛んでますかね」 「ようはウチの商売敵のあたりね」 「あとなんちゅーてもビビったんが酒保での値段ですわ。めちゃめちゃ安いんよ!武器が ソリンジェンからやー言うのが判ったんも、えらい質良さそうなんがまともな値段で売っ とるんで気ぃなって、調べてみたら……あー、欲しかったわぁあのナイフ……」 「あ、それなら――」 「じゃあこれで買ってきなさい。ほかにも適当に欲しいもんあったら」  ひょいと袋を渡してやる。硬貨がこすれる音を聞いてキャロルのやつ、全く現金に顔を 輝かせちゃってねー。 「私のポケットマネーからよ。もうしばらく調べてもらうつもりだけど、部外者の、それ もボレリア人が買いもしないでうろうろしてちゃ印象悪いでしょ。まー、あんまり使った ら使ったで逆恨みされかねないから程々にしときなさい。……アンタただでさえ訛り酷い んだから」  だからグスタボを一緒に行かせてるんだけどね。 「おおおお〜、おおきに団長〜〜!」  大げさにお辞儀をするキャロルが外へ向いた所で、彼女も私もエイビスもやっとある事 に気付いた。グスタボが会話に入らないのはいつもの事だと思ってたら、なんだか廊下の 方でごちゃごちゃやってるみたい。 「どしたの……?」 「だ、団長。なんが用事があるがらー通せー言うでー」  私が首をひねると 「なん、なん、だよ、こいつァは、よー!」  ガラの悪そうなのがグスタボの脇を無理矢理抜けて入ってくる。帽子をたたきつけてか きあげた髪は真っ赤。逞しい体は、とくに右腕が大きいような気がする。恐らく弓ね。 「ったく、ボレリアの代表さんに伝言があんだこっちは……」  息を吐いて見回す赤髪の青年と眼が合う。 「あ〜〜ら私好みのいいオ・ト・コ」 「…………うぇ?」    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  馬を歩かせ街を抜けていく。傭兵や各地からの農民兵なんかだけじゃなくて、今こそ儲 け時と張り切って外まで出てきてる(元から外に住んでるのも当然多いけど)街の商人、 娼婦、芸人……雑多な奴らがごちゃごちゃと騒いでいる中をかきわけて進む。  駆け足で先導するのはさっきやってきた赤髪。 「あ〜ん、ちょっと待ってよお」 「な、何で追いかけられてるように錯覚しちまうんだ…………」  何だかぶつぶつ言ってるあの子は、私が気にしてたあの傭兵隊長の使いらしいわ。会い たいって言われたんで、手っ取り早くこっちから行くことにしたわけ。 「エイビス。さっきのキャロルの話なんだけど」  併走する部下に話しかける。 「私あんまり商売どうこうってのピンとこないから判んないのよ。アレで何かわかる事っ てあるかしら」  馬が五歩歩いてからエイビスが口を開いた。 「どんなに優秀でも特に金のなる木のないフリトラン伯領の収入で今回ほどの規模の兵を 動かす事は不可能です。パトロンが居て――――」 「それがつまり主に王国連合に属する大商人のいくらかってこと」 「はい。そしてそれは、あの傭兵隊長に金を出せば元以上がとれると踏んだからこそ」  今回の戦いで稼ぐ…… 「自分とこの酒保の独占販売で?」 「そう単純な話ではないですが……それじゃ雇った傭兵達に払った金が落ちて来るだけで すよね。何かあるんです。それはボクにも判りません」  首を横に振るエイビスの表情には恐れが見えるわ。新しい情報によって一度考えた筋が 崩れてきている。その恐れ。慣れてしまうべきもの。 「ただ酒保ではないでしょう。いいものをしかるべき値段で売っているという事はそれだ けクリーンに商売が行われている証左。これで判るのはむしろ傭兵隊長と、輜重隊の責任 者が私腹を肥やしていないってことです。賄賂、袖の下がない。出来の悪い武器を配った りして下っ端の兵から搾り取っているわけでもない。あとは……」  そこで一つのことに気付いたわ。エイビスの恐れはただ思考の中にだけあるものじゃな いみたいってこと。さっきから視線が一点で動いていない。 「輜重隊長だけじゃないでしょうね。前を行く彼……ボクは部屋で喋っている時ずっと気 を張ってました。だからキャロルさんが帰ってくる時も気付きました。まあ彼女達はごく 普通に騒がしく帰ってきたのもありますが――――」  先導する赤髪の、あのいいオトコの後頭部をじいっと見ているエイビス。 「副団長と喋っている筈の時ですら、一切気配がありませんでした。いくら見えてないと はいえ、目の前で誰かと喋っている筈の瞬間にも気配が感じ取れない。あれは弓兵(アー チャー)というより狩人(ハンター)です」  それを聞いて、エイビスには隠しつつもつい笑みを零してしまう。  ――――と、こちらに手をかざしながら赤髪君が立ち止まる。 「あ、中隊長ぉ〜〜〜どうしたんすか今さっきぃ……」 「悪ィがあと。ジャックスさん呼んでくれ」  言われて奥へ消えた一人を軽く目で追ってから、視線を戻す。 「あら、アナタ中隊長さんなの?やだ、かっこいー」 「…………」  思いっきり目を逸らしちゃって可愛いわ。  そしてその視線の先には鎧の―― 「んー?なんであるかな?」  デカッ。  鎧を鳴らして歩み寄ってきた巨体に覗き込まれて流石にちょっと退く私。グスタボと比 べれば小さいけど……。 「おお、間違いなかろう。その紋章、幻豚騎士団のバークシャー殿であるな」  戦場には紋章官――ちなみにエイビスなんかは元々それねをやってたわ――ってのが居 て、戦場でそれぞれを見分けたり伝令なんかも引き受ける重要な役職なんだけど、まさか ここじゃコイツがその役割なわけ?このフルプレート巨人が?  あわてて馬を下りる私とエイビス。 「え、ええ、ローレンス=バークシャーよ。貴方が……」 「うむ、ジャックスという」  ジャックス……ジャックスっていえばどっかで聞いたような。 「有名な参謀ですね。通称『レギオンの灰色頭脳』。一年前の内乱になりかけた暴動なん かもあっさり治めてますし、彼が著した『戦術図二十稿』は破天帝国の魔帝が手から零し たって噂もあるほどです」  エイビスが呑気に小声で言ってくれるわ。確かに鎧はかなりの値打ちものじゃないかし らってデザインだし、意外と生まれはいいのかもしれないけど……これが文字書くんだ… …ああ口述筆記かもしんないわね。 「ではこちらへ来られよ」  言って背を向けるジャックス。にしても意外と礼儀正しいわね。まー、傭兵部隊も指揮 官や上に立つのは知識や諸々を持つ上流階級出身ってのが多いけど。でもあのガタイは… …。会議に出てない理由はうちのグスタボと同じか。頭の出来は全然違うみたいだけど。 「なるほどあの姿だから灰色頭脳なんですねえ……にしても一目で団長の家名を判断する なんてよっぽどの記憶力じゃないですか。こっちは連合非加盟国ですよ」 「ま、ウチ自体は色々有名ではあるでしょうけどね」  馬を置いてそのまま兵の群れを進んでいく。 「おい、どうしたんさ?」 「幻豚騎士団だとよおー」 「そりゃ何だべ?」 「しんねーのかよ?ったくおめはよー……」  やおら周りの傭兵たちがざわつきはじめたわ。  ウチの国は金満国家なんて言い方までされるんだけど、豚を崇めてる宗教が徹底的な現 世利益追求だから。商業を推奨しててお陰でウチは金だけは沢山あんのよ。実際、ウチの 幻豚騎士団に属してる常備人員は大半が継ぐべき領地等のない貴族の次男三男、どっかの 御落胤なんかで構成されてて、現物支給じゃなく直接金貨銀貨が支払われている。ボレリ ア金貨つったら信頼性は一級ね。  世の中カネよ、ってのもツマンナイ話だけどさー。ボレリア人的にはそれが正しい台詞 なんだけど。  そんで、その辺が連合や皇国と言った聖教会圏の人間から奇異な目で見られる理由だっ たり、連合に加盟していない大きな理由の一つだったりするわね。  それだから私たちを見る視線ってのもボレリアの騎士団の待遇を知ってる羨望と、目の 前の相手があの奇妙なボレリアンだって侮蔑の入り混じった視線だわ。下っ端の人間ほど 敬虔深いものだもの。現世が辛ければ辛いほど。 「ケッ、金貸しの豚野郎が……」 「幻豚騎士団長らしいぜ!」 「あの?………え?アレが?」  何最後の。ちょっと、誰よ今の。何よアレって。何で私見て言うのかしら。全く失礼し ちゃうわね。  テントの一つに入ると……居たわ。さっき眼のあったあの男。  気にはなった相手だけど、改めて見るとあんまり特徴がないわね。なんていうか無表情 で印象に残らない顔っていうのかしら。実際ここに来てまた見るまで透明そうなオトコっ てぐらいしか残ってなかったもの。整ってるし、ガタイもいいようには見えるんだけど。  ただ、何だか面白そうなオトコが居た。それだけ。 「まさかそちらからおいでとは」  で、驚いたのはその声の主。  男の横に少女が居たのよ。喋ったのはそっちの方。男の白い髪と違って輝くような銀髪 の、黒っぽい軽い場で着るようなドレスの少女。とはいえここじゃ場違いだわね。  よくよく思い出せばいつかの会議の終わり際、男が出て行く時にちらっと見たわ。正直 女なんて興味ないからあんまり覚えてなかったのよ。そういえば他国の騎士で堅物で有名 なライカってのが眼を剥いてた気もするわね。龍族で何百年騎士やってるガチガチ通り越 して化石みたいな女だから、目をつけられて後で揉めなきゃいいけど。  手を出す私と、応じる男。ひんやりした手を握って紹介を交わす。 「ご存知らしいけどボレリア幻豚騎士団の長ローレンス=バークシャーよ」 「名は……ない。ただの傭兵隊長だ。一応フリトラン伯爵か」  奇妙よね。わざわざ名前は無いって言うのも。とりあえずの呼び名が無きゃ不便でしょ うに。偽名でもなんでも名乗ればいいし、減るもんじゃないでしょ。何だか何にも執着が ないような顔だと思ってたけど、意外と拘りのある男なのかしら?傭兵団だって名無しだ し。それが『あの』で通じるようにしたってのは、ある意味そういう宣伝作戦だったりし てねー。レギオンなんて呼ばれてるってのも庶民的には何だか凄そうって感じるものね。 案外自称かもしんない。の割には伯爵を一応とまで言っちゃうし……計算だってのは現実 的じゃないか。 「傭兵隊長さんと呼ばせてもらうわよ。今回ただそう呼ばれるのは貴方しか居ないでしょ うし。こっちのはエイビス」 「シャルと、ジャックスだ」  赤髪君はどこへ行ったやらでテント内にいるのは五人だけ。エイビスは難しい顔してや たら外気にしてるけど。 「で、まー、来た理由はそっちの方が手っ取り早いと思ったからよ。変わり者のボレリア ンがこれぐらいしてもそう変じゃないでしょ?」  その自嘲に傭兵隊長さんが何か言いかけた瞬間、横の少女がぴくりと動く。どこか機嫌 悪そうに澄ました顔が冷たい声を吐く。 「……輜重隊長から連絡です。『エルから12万エギュー送金確認』」  あ、えー12万エギューはボレリア金貨で言うと、えーっと……  って今ので終わり?今の魔力通信よね?何の詠唱も動きもなしで……この少女が?それ とも連絡相手が凄い魔術師なのかしら?向こうに何か道具があるとか…… 「あ、それと『もうすぐリーユヴァルデンを発つ』……と」  シャルって娘が続けた言葉に、流し見たエイビスの顔が引きつる。そしてその口から出 た言葉に今度は私の頬が引きつった。 「……リーユヴァルデンはフリトラン伯領の都市です」  ってぇことは何?この街付近のどこかに居る誰かじゃなくて、ファーライトに居る誰か との魔力通信なの?一体どんだけ遠いと思ってるのよ。それだけの空間距離を突破して声 をやりとりする?そんな事が誰にでもできるなら戦争形態が完全に変わっちゃうなんて私 にだって判る事だわ。 「……凄い駒をお持ちね」  私が言えたのはそれだけ。  目の前にいる少女だけじゃない。当然『灰色頭脳』だってそうだし、エイビスの言によ れば使いに来た男なんかも。そして輜重隊長。今やっとフリトランを発つってことはギリ ギリまで領地経営を任されてたって事よね。しかも輜重隊長が居ないのに輜重隊はきっち り機能してるわけで……。  この世は不平等なチェスゲームのようなもの。例えばトルケは駒が少ない。だからいく ら上手く動こうが限界がある。駒が多いという事。駒が強いという事。このチェスではそ れが何よりも重要だと私は考えている。  駒の多い男。そして間違いなく有用な駒を活用している男。  ――――これは本当、イイオトコに出会っちゃったのかもしれないわ。  私がそう感嘆していると、傭兵隊長が不意に口を開く。 「会いたかったのはあることを教える為だ」  そして、彼は突然とんでもない事を言い出したのよ。 「女公フランセとヴァルデギア王は既に何度も密会を重ねている」  ボソリと。  それで背筋が震えた。  嗚呼、そうね。そうよね。ありえるわよね。あのギラギラした欲望丸出しの男と、まだ まだ若く野心でも負けていなさそうな美貌の女。利があれば女公は己を活用する事を厭わ ぬだけの覚悟は在る筈。  ……遠戚の心配も糞もないわね。女公は公子を、トルケ第二を、生贄にする気だわ。  そういう目で見るならあの一幕、トルケ第三が失ったのは面子だけ。ヴァルデギア王の 話は第二を生贄にする前提なら第三トルケにとってはむしろ利がある。ごねるだけごねて ヴァルデギア王に流れを持っていくのが狙い。どんな約束を交わしてるかまでは判らない けれど、戦後に第二の領地なんかを狙うのに王国連合諸国に対抗する後ろ盾としてヴァル デギアについてもらうってところか。ヴァルデギア側にとっても東進を睨む上では悪い話 じゃない、と。もしかすると連合からの離脱をも狙っている?実際のところ諸軍を招きい れたのは第三の女公の方で、第二の方はそんな余裕も無い状況なワケで。  ああ、くそっ。  人が居るのについ吐き捨ててしまう。 「――――やってくれるやんけ、あんの狸親父と女狐ぇ……!」                                 to be continued.