異世界SDロボSS 『マガツノウタゲ』  バクフ国の霊峰フジの裾野に広がる樹海、その鬱蒼とした木々の間を歩く一団がいた。  先頭を歩くのは整った身なりをした武士である。  彼に従うのは、凶悪な顔をした浪人と、重箱いっぱいに入った稲荷寿司をパクつく紅い瞳と着物の女性であった。   「もぐもぐもぐ……」 「……ちっ、次から次へとよく食う女だ。ズイザン殿よ、まだ着かんのか?」 「もうじき着くはずだ……それよりイゾウ、今日は初顔合わせの者もいるが、くれぐれも喧嘩沙汰は起こしてくれるなよ?」 「さあな、斬るか斬らぬかはわしが決める事。誰の指図も受けん……が、今日はあんたの顔を立ててやるとするか」  ズイザンと呼ばれた生真面目そうな武士は、ふんとだけ言って歩を進めた。  やがて一行は樹海の奥の奥にある鍾乳洞へと入っていった。  闇の支配する空間を提灯片手にどれぐらい歩いただろうか。  一行の目の前には、鬼の顔を模した朱塗りの門が聳え立っていた。 「開門を願いとうござる!!」  ズイザンの声に対して鬼の双眸が赤く輝き、重々しい声が返ってくる。 「合言葉を申せ……」 「ヒノモトを我らが手に!!」  ギィィィィ…… 「うむ、いつ見ても見事な構造だ。党員の声紋を覚える正門……ぷくくくく……」  ただでさえヒンヤリとした空気が凍りついた。 「ふん」 「……面白くないぞえ」 「……と、とにかく参ろうか!」  門をくぐると、さらに地下へと下る階段があった。  そこを下っていくと目の前が明るくなり、数十人が楽に収容できるであろう広間に出た。  すでに先客と思しき男女らが一斉にズイザンらに視線を向ける。  それに対し、イゾウがニヤつきながらつぶやく。 「ほほう、どいつもこいつもワケありという面をしておるのう」 「おう、ズイザン殿にイゾウも来たか」 「こんにちはゲコ〜♪」  ズイザンらに声をかけたのは蛙のような顔をした忍者と、  異様に歯が長い下駄と中州国の特徴が入ったような着物の少女だった。  故あって凶党に入った抜け忍ライと式神のおケイである。 「ライ殿、こちらの女性と会うのは初めてであったな」 「もぐもぐ……わらわの名は妖古じゃ」 「拙者の名はライ、こちらは式神の……」 「式神のおケイゲコ〜♪」 「それにしても、妖古殿は美人でござるな。やはり大人の女性はいい……」 「ライ、それはどういう意味ゲコ!?」  スッ、シュボッ!! 「!!?」  にやつくライの目の前に妖古の掌が差し出され、小さな妖火が爆ぜた。  だが、ライも忍びだけあって間一髪で後ろへ飛びのき、鼻っ柱を火傷する事を未然に防ぐ。 「そなた、顔の割にはできるようじゃな」 「伊達に忍び稼業で飯を食っておらんのでな……」 「ウソばっかり! あの目は絶対本気だったゲコ!」 「頼むから黙っててくれおケイ……」 「おうおう、騒々しいのう……」  そこにやってきたのは、にこやかな初老の男である。 「おお、マツナガ殿ではありませんか! 貴方に調合していただいた仮病薬は効果覿面でした、かたじけない。 参勤交代でスンプを通る前日にこれを飲んで、本物さながらの高熱と腹痛に襲われましたからな。 殿や家老達もまんまと騙されて、それがしを宿に残していってくれました。 表向きは医者に通って快復を見計らってからトサに戻ると言っておりますが、 まさか地元の医者も凶党の党員だったとは、このズイザン恐れ入りましてござる……」 「ははは、ここは『あのお方』のお膝元だからのう。 あの医者も元は『あのお方』の侍医だった男じゃ、協力は惜しむまいて」 「これズイザン、稲荷寿司がもうないぞよ」 「よっ、妖古殿……あれは三人前はあったのですぞ?」 「かっかっか! 育ち盛りはよきかなよきかな……。 会議が始まるまでまだ時間がある……すぐに食堂で作らせるゆえ、少し待っていなされ。 ズイザン殿やイゾウも昼飯はまだじゃろう? まずは腹ごしらえをするがよい」 「マツナガ殿、お気遣い痛み入ります……ん? どうしたイゾウ」 「あそこの男と女、辛気臭い面をしておると思ってな。 男は知らんが、女はなかなかの上玉だのう」  卑しい舌なめずりをするイゾウに侮蔑の視線を送りつつ、ズイザンが彼らについて説明する。 「……男の名はセイタ、女の名はランという。 私もあの者達を詳しくは知らぬが、凶党に入った理由が身内を失ったという事らしい。 それもこれもトクガワ一族の天下が続くからだ!! 私はこの国を……」  ズイザンの熱弁をよそに、イゾウはランという女に少し興味を抱いていた。  もっとも、それはランが女としてどういう味がするのかという獣欲的な好奇心に過ぎなかったが。    一行はとりあえず食事を摂るべく食堂へと向かった。  場所は変わり、バクフ国領内にあるマイヅルという港町。  今日はバクフ国の誇る超弩級鉄鋼戦艦「大和魂」が中州国から帰港すると聞き、大勢の見物人が集まっていた。  バクフ人から見て外国人の老人が沖合いからその様子を双眼鏡で眺め、子供のようにはしゃぐ。 「ほっほーっ! 見たまえトリスタン君、我々を歓迎しにあれだけの人数が集まっているぞ!!」 「え、ええ……この国の人間の好奇心は強いですから……それより、ウルフィウス卿の元気を分けてもらいたいものです……ううっ……」 「船酔いは大丈夫かトリスタン、顔色が優れないようだが」 「ふむ、それはいかんねトリスタン君。我輩特製の酔い止め薬があるが、飲むかね?」 「い、いえ! もうすぐ港に着くので、またの機会に……リチャード様のお心遣い、ありがたき幸せでございます……」  三人はバクフ国から遠く離れた島国スリギィランドからの使者で、  王族のリチャードと以前バクフとスリギィの同盟締結に携わった騎士トリスタン・フィックス。  そして、両国の技術交流の任を帯びて同行した騎士にして科学者のウルフガング=ウルフィウスである。  トリスタンは船酔いが苦手であったが、今回は王族の手前もあり船内でも魔導機から降りていた為に苦しい船旅となった。 「お待ち申し上げておりました……」  港へ降り立った一行を出迎えたのは、トクガワ一族の大名であるアイヅ・カタモリ(愛津・容盛)という男であった。  白い肌と柔和な顔つきの男だが、眼には静かに燃える炎のような煌きがある。  トリスタンは以前世話になった御三家の一人にして愛妻伊豆姫の父ミト・クニミツ(見都・邦三)に会いたがっていたが、  あいにく、クニミツは今回イエミツが留守の間、東の諸大名と協力して将軍の本拠地エドの防衛に就いているとカタモリは語り、  トリスタンは少し残念そうな顔をしていた。  カタモリの用意した馬車に揺られて今回の目的地であるチョウテイ国の都「キョウ」へ向かう途上、  リチャードは二週間ほど前のスリギィランド王城における女王アゼイリアとの会見を回想していた。  君臣の礼抜きで気兼ねなく話ができるよう人払いをさせ、神妙な顔をするアゼイリア。 「リチャード殿には、今度バクフ国及びその宗主国チョウテイ国へ私の名代として赴いてもらいたいのです。 副使兼案内役にはトリスタン、魔導機と機械人の技術交流の為にウルフガングを同行させます……。 先日ロンドム市内でテロ活動を行った凶党と名乗る者達の暗躍など、 危険が伴う遠国へ少数で赴いていただきますが、貴方を信じてお任せしてもよろしいですか?」  不穏分子が内部で蠢く遠国への外交、そこに向かうとなればそれなりの危険が伴う。  スリギィの王族の中でも武の要として戦い、女王の信頼も厚い自分が選ばれるのも理解できる。  無論、断る理由など最初からない。 「外交もまた一種の戦争のようなもの……俺は戦場に飛び込む事に躊躇いはない。 おまえが信じて任せてくれるというのなら、喜んで行かせてもらおう」 「ありがとうございます……出発は二週間後ですので、今日からでも準備を始めてください」 「わかった、ところでアゼイリア……」 「はい?」 「おまえ、俺が断ったら海外旅行とでもしゃれ込むつもりではなかったのか?」 「うふふ……ちょっとだけ当たりかもしれませんね」  アゼイリアが歳相応の少女らしい笑顔をするのに、肩をすくめて苦笑するリチャード。 「やれやれ……おまえはそういう所が子供っぽいよ……」  だが、エリンランドには闇黒連合スリギィランド侵攻部隊長のジェラード=モードレッドが居座っている。  スリギィの主力の一角である自分がいない間、何を仕掛けてくるかわかったものではない。  自分や供の騎士達が留守の間はいつも以上に警戒するよう、念に念を押してから今回の旅に出た。  アゼイリアを子供扱いしてしまう癖は昔から変わらないと内心苦笑しつつ、  あらかじめ予習してきたバクフ国の成り立ちに思考を切り替える。  今は事実上トクガワ一族の支配する国だが、本来はヒノモトという名でミカドと称する皇帝が全土を治めていた。  しかし、度重なる戦乱でミカドの持つ権力は徐々に失われる。  だが、不思議な事にあの国の権力者達は皇族を一網打尽にせず、その権威を背景に政権を正当化し、  皇族やその周囲の名門貴族達もそれをしたたかに利用して命脈を保ち続けたらしい。  現在、ミカドの直轄地のキョウという都市を中心とした一帯は外国人からチョウテイ国と呼ばれ、  トクガワ一族の統治下にある(対外的にバクフ国と呼ばれる)地域とは文化が違う独立国として存在していた。  スリギィの王家より歴史のあるミカドとはどのような人物なのだろうか?  戦場に赴くのとは異質の緊張感を胸に抱きつつ、リチャード一行は馬車から風景を眺めていた。  再びフジ山地下の凶党基地。  会議室には今回の作戦に参加する面々が集まっていた。  先に登場したズイザン、イゾウ、妖古、マツナガ、ライとおケイ、セイタ、ラン、  そして、額に真一文字の傷がある男を加え、首領の到着を待つ。  やがて、昆虫と鎧武者を融合させたような禍々しい凶人が上座に現れた。  傍らには暗い目つきの総髪の男が控えている。 「ふふふ……首領殿がお出ましとは、此度の任務は面白くなりそうだ……」  不敵に笑う男の名はニッコウ、凶党の仲間にも素性を明かさない謎多き男だが、  彼の操る英風丸の豪腕と俊敏さは凶党の大いなる戦力となっていた。 「ショウセツ殿、そちらの首尾はいかがかな?」 マツナガの問いに対し、総髪の男は陰湿な笑みを浮かべる。 「上々でござるよ、新たな同志があちこちでしっかり働いておるわ」 「おお、それはそれは……」  その時、凶人の奥から不気味な声が響く。 「時は来た、この国……ヒノモトを本来の姿へと戻し、この私が統べるのだ」 「おお、タダナガ様! お目覚めでございましたか……」  ショウセツがタダナガと呼んだ声の主は、なおも続ける。 「ズイザン、そちの方はどうじゃ?」 「はっ、それがしが独自に入手した情報によりますと、イエミツめが参内すべく、 わずかな手勢を率いて上洛し、ニジョウ城に滞在するとの事にございまする……」 「そこを我らが急襲してイエミツを討ち取り、凶党の武威を見せつけた後に帝をお迎えする……だな?」 「ははっ」  そこにマツナガが眉を顰めつつ異論を唱える。 「ズイザン殿の言う事も至極もっともじゃが、偽情報に踊らされての勇み足というわけではあるまいな?」 「私もそれは考えておりました……しかしながら、今回イエミツめが帝に拝謁する理由は、 遠いすりぎぃなる国からの使者と帝の謁見の仲立ちを行うとの事。 帝や周囲の方々からのお疑いを受ける危険を避けるべく、手勢も最小限としているでしょう」 「「「スリギィ!!?」」」  イゾウ、マツナガ、ライとおケイが声を揃える。 「ど、どうしたのでござるか?」  ライが気難しい顔をする。 「う〜む……ズイザン殿、実はな……」   「こないだその国に行ってきたばかりゲコ」 「まずいのう……あの国の使者が何人か知らぬが、腕の立つ騎士と魔導機とやらがおれば作戦の妨げになるぞ……」 「ふふ、揃いも揃って何をビクビクと……」  ニッコウが腕組みをしてまたしても不敵な笑みを浮かべる。 「スリギィでの戦いは慣れぬ異国の地に我らも少人数、オマケに昼間という悪条件だった。 この国の街中での夜戦は我らの得意とする所ではないか、特にセイタの螢光丸はな。 それに、セイタは異人相手の戦がしたくて仕方ない……だろう?」 「ニッコウはん、当たり前の事聞かんといてや……。 俺はな、この国に異人が来ると聞くだけであいつらを殺したくなんねん!!!」  それまで落ち着き払っていたセイタの顔は憤怒の形相へと豹変した。  隣のランはそれを悲しそうに見ていたが、意を決したように立ち上がる。 「あたしも今回の作戦に乗るよ! 兄さんを殺した幕府や将軍は絶対に許さない!!」 「ふふふ……それぞれが強い憎しみを抱いておるようだな……。 私も愚兄イエミツとその取り巻きどもへの恨みで蘇った!! 今こそ我が天下をこの手に収め、この国をあるべき姿に戻してみせようぞ!!!」 「おおお……!!」  ズイザンが双眸に涙を浮かべつつ、歓喜に満ちた表情を浮かべる。  イゾウには普段から秀才ぶったこの男が、理想に酔って時折見せるはしゃぎぶりが滑稽でならなかった。   「くくっ……ズイザン殿、あんたがあるべき姿の国とやらの大臣にでもなるつもりか?」 「く、口を慎めイゾウ!! 学のない足軽風情が国家を語るなど笑止千万!! おまえはただ我らの道具として、邪魔者を消しておればよいのだ!!!」 「左様か、くっくっくっ……」   イゾウはトサ藩の足軽の家に生まれた。  幼くして両親を亡くし、遠縁の親類の家に預けられて育ったが、  生来の凶暴な気質からか毎日のように喧嘩に明け暮れ、  大人達が止めなければ相手の息の根を止めてしまいそうな事もしばしばだった。  やがて地元のやくざ者の用心棒となり、養父母からも勘当される。  ズイザンの家はそんなイゾウの家の近所であり、幼い頃から顔なじみでもある。  ついには雇い主の極道一家すらも凶刃の餌食として故郷から飛び出し、  エドで気ままな人斬り稼業をしていたイゾウを凶党に誘ったのはズイザンであった。  しかし、イゾウにとって権威や権力になど興味はなく、与えられる報酬で好きなだけ飲み・打ち・買い、  凶人の裏風刃と共に殺しを楽しむ毎日を過ごしていた。  必ず殺してやろうと心に誓う男もいるが、それはまた別の話……。  こうして、この場に集まった凶党の面々はさらに計画を練るのであった。  スリギィからの使者一行はある村で休憩を取っていた。  庄屋が用意させた茶や菓子に戸惑う様子もなく、正しい作法で味わう一行にカタモリは驚く。 「ははは……驚きましたかな?  トリスタン君の愛妻伊豆姫殿から、この国における様々な作法をご教授していただいたのですよ」 「いやぁウルフィウス卿、そんな事を言われると照れてしまいます……」 「我らも相変わらずの熱愛ぶりに目のやり場が困ったよ、なぁトリスタン?」  伊豆姫の名を聞き、カタモリが懐かしそうな顔をする。 「ああ、伊豆殿とは子供の頃から顔見知りです。 貴方がたの祝言には父が出席しましたが、伊豆殿は息災ですか?」 「ええ、最近はスリギィの暮らしにも少しずつ……」  そこに老人の悲痛な叫びがこだました。 「ひぃぃ……すいませんだ! すいませんだぁ〜!!」 「おいクソジジイ!! この着物はなぁ、てめぇの命より金かかってんだぞ!!? それに茶をこぼしやがるたぁ、どういう了見だ!!!」 「へっへっへ……俺達優しいから、有り金全部で許しちゃうよん? ねぇ兄貴?」 「そういうわけだジジイ、金がないなら少しばかり痛い目に遭ってもらうか(パキポキ……)」  行商人風の老人に派手な着物のゴロツキどもが絡んでいる。  それを見たリチャードが露骨に眉を顰めた。 「やれやれ、ああいう輩はどこの国にでもいるものだなトリスタン」 「まったくです……」 「生身の荒事は若い頃からどうも苦手で……ここはお二人に活躍の場を譲りましょう」  あの程度のゴロツキなど、素手でも軽くいなせる。  たとえ異国の地にあっても、弱者を苦しめる無法者は騎士として許せない。  立ち上がろうとしたリチャードとトリスタンをカタモリは制した。 「お待ちを、貴方がたはこれより上様や帝にお会いする身……怪我をさせるわけには参りませぬ。 おまえ達、あの者どもをこらしめてや……」  ドカッ!! 「ぶおわっ!!?」  カタモリが供の武士達にゴロツキどもの排除を命じようとした瞬間、  暖簾の前で子分二人を両脇に従えてふんぞり返っていたゴロツキのリーダーが、後ろから誰かに蹴飛ばされた。 「「だ、誰だてめぇは!!?」」 「最初から見ていたぞ? 貴様らが爺さんに足を引っかけたんだろうが」 「何だとぉ〜? これが見えねぇのかぁ!?」  ゴロツキどもがナマクラ刀を抜刀するが、暖簾の奥にいる声の主は動じる様子もない。 「ほっ!!」  パキン ポキン  漆黒の剣が一閃し、ナマクラ刀はたちどころに叩き折られていた。  あっという間の出来事にゴロツキどもの顔が真っ青になる。 「さぁて、今度は貴様らを斬っちゃおうかなぁ?」 「「「ご、ごめんなさぁーいっ!!!」」」  ゴロツキどもは茶店の代金を置いて逃げ去っていった。  暖簾をくぐって姿を現した悪そうな鎧を着た大柄な男……。  リチャード達はその姿に見覚えがあった。 「や、闇騎士ジェラードッ!? 貴様が何故ここに!!」 「!!」 「な、何ですと!? ハウリンガーの起動キーはどこだったかな……」  トリスタンとウルフィウスも臨戦体勢に入る。   「おう、貴様はスリギィの王族リチャードではないか。俺がたまの休暇に海外旅行をしたら悪いのか?」  その頃、エリンランドの闇黒連合駐屯地のダークネス・フォートレスでは、  トロリス・キューベルシュタインとピリス=アイリスがジェラードが残していった未決済の書類と死闘を繰り広げていた。 「隊長め……とんだ置き土産を残してくれたものだ!! 結局私が尻拭いをさせられるんだから……」 「きっと隊長は旅行の準備でわくわくしてド忘れしてたんですよ♪ ハイ旦那様、続きの書類です!」 「うむ……おいピリス……」 「はい?」 「どっ、どさくさに紛れて婚姻届を渡すなぁーっ!!! 危うくサインする所だったぞ!!?」 「いやん! 旦那様ったら鋭いんだから♪」  引き続きバクフ国の茶店前、ジェラードが先の老人を助け起こしていた。 「ほら、大丈夫か爺さん……性質の悪い連中には気をつけろよ」 「ありがとうごぜぇますだ異人さん、お勘定を済ませて帰らにゃあ……久しぶりに孫の顔さ見に行くだ……」 「おう、長生きしろよ! ……さて、貴様らには話がある……」  やはり、ただで行かせてもらえそうにないようだが、スリギィ国内のいざこざを他国で繰り広げるのはまずい。  そう判断したリチャードは冷静さを保ちつつすげなく争いを拒否した。 「俺はこの国に外交で来た……悪いが、勝負ならスリギィに帰ってからにしてもらおうか」 「待て、そうじゃない。実は財布を持った連れとはぐれた……ここで飲み食いした代金を立て替えてくれ」 「「「はぁ!!?」」」  リチャード一行は口を揃えて素っ頓狂な声を出す。 「な、何が悲しくて貴様の無銭飲食の片棒を担がねばならんのだ……!!」  「ちょっとお客さん、奉行所行きましょうか……」 「ま、待ってクダサーイ! 今すぐ遠い親戚が立て替えてくれマース!!」  同情を引く為か、わざとらしい外人口調で哀願するジェラード。  先ほどからの騒ぎの影響でどんどん人が集まってくる。  これ以上事を大きくするのはスリギィの恥だし、カタモリ達にも迷惑がかかる。 「わ、わかった……いくらだ? 今度戦場で会ったら覚えていろよ……」  何とか代金を払ってもらった後、ジェラードは胸を張って礼を言う。 「いや〜、助かった。今回は素直に礼を言わせてもらおう。 ああ、スリギィに帰ったら茶代はちゃんと返すから安心してくれ」 「いらん、まずいカフェに入ってしまったとでも思って諦める……」 「おお、太っ腹だな! 持つべきものは親戚だ……感謝するぞ!!」 「親戚言うな!! 大体、貴様の家系が我らの祖先アーザー王から分かれて何代経ってると思っているんだ!? それより、我らは忙しいんだ。用が済んだらさっさと旅行の続きを楽しんでくれ!!!」 「おう、そうだったな……じゃあなリチャード、貴様もいい旅を楽しむんだぞ!」 「わかった!! わかったからあっち行けー!!!」  休憩どころかどっと疲れが出た一行であった。 「……あの御仁は親戚と連呼していましたが、貴方がたの御一門にあたられるのですか?」 「き、貴国で言うお家騒動が我が国にもありまして……」 「いやはや、こんな遠い国でも出会えるとは、モードレッドの悪縁恐るべしですな」  真っ赤な顔でカタモリに説明するリチャードを気の毒そうに見やり、ウルフィウスがぼやいた。  やがて馬車はチョウテイ国領内に入り、ニジョウ城へと向かう。   「上様のご到着は明日で、明後日御所にて帝に拝謁していただきます。 今日は長旅の疲れを癒しつつ、古都キョウをごゆっくり満喫してください」  翌日、凶党の面々はキョウに到着していた。  党員が経営する宿屋の二階に集合し、作戦会議を行う。 「ズイザンは表の立場上トサ藩邸から動けぬ。 タダナガ様と歪妖刹蟲は目立つゆえ遅れて現地入りなさる予定じゃ。 今宵の作戦では新たな同志に協力してもらう……骨右衛門、入れ」  ショウセツの呼びかけで襖を開けて入室して来た男は、  まるで骸骨にそのまま皮を被せたような風体をしていた。 「筋皮・骨右衛門にござる……以後お見知りおきを」  骨右衛門の貧相な姿を見たイゾウは失笑した。 「ショウセツ殿よ、そいつは葬儀屋か? 縁起の悪い面をしておるわ、くくっ……」  ズイザンがこの場にいれば激怒するであろうイゾウの侮辱も意に介する様子もなく、  骨右衛門は顔に似合わぬ朗々とした声で自己紹介を続ける。 「それがし、先日まで幕府の手先である所司代イタクラの家臣をしておりました。 都の地理は庭の如く熟知しておりますゆえ、大船に乗ったつもりでいてくだされ!!」 「ふっふっふ……元お役人殿に殺し合いが務まるかのう」 「これこれ、あまりいじめてやるなイゾウ。 ぬしは知らんだろうが、この者の凶人はなかなかに強力だぞ? まあ、今宵の戦いを楽しみにしておるがよい」  間に入るマツナガの事も生理的に好かないイゾウは(もっとも、彼が生理的に好く人間は少なくて当然なのだが)、  そうかとだけ言って空になった盃に酒を注いだ後、一気に飲み干した。 「さて、次はそれぞれの分担じゃ。ニジョウ城には少ないとは言え、所司代の手勢やイエミツの供がいる。 それと、異国の騎士が三名ほど滞在しているとの事……。 そこで出撃してくるであろう朝廷や幕府の兵どもの陽動と、ニジョウ城と御所を襲撃する者を選ぶ」 「ショウセツ殿、それならばすでにわしが決めてきた。 街中に繰り出した兵の陽動には闇夜での乱戦に長けたライとセイタ。 キョウに潜伏した党員の魔怒偶も合流して暴れるゆえ、ランと骨右衛門にその指揮を執ってもらう。 骨右衛門、例の手で我らに刃向かう者どもに地獄をみせてやれぃ……かっかっか!!」 「御意にございまする!」 「ニジョウ城強襲にはニッコウとイゾウと妖古。タダナガ様と歪妖刹蟲にショウセツ殿…そして、わしが帝のおわす御所へ向かう」 「こいつは意外だな、タダナガ様は憎き実兄イエミツ殿の首を狙わんのか?」  「ニッコウよ、タダナガ様は我らの総大将……軽々しく敵将の前に姿を出さんのだ。 イエミツが英風丸に叩き潰されようと、裏風刃になます斬りにされようと、奴の死という結果だけを得られれば良いのだよ」 「(腐っても武士の大将気取りというわけか……)わかった、大いに暴れてやろう」 「ほう、足軽のわしが将軍を殺してもよいのか? 殺りがいがあるのう」 「では、結構は今宵の丑三つ時とする。解散っ!」  会議を終え、それぞれが思い思いの時間を過ごす。 「イゾウ、わしは今から女遊びをする。ぬしにも一人ぐらい分けてやってもよいぞ?」 「抜かせ!! 貴様に女をあてがってもらうほど落ちぶれておらぬわ!!!」  そう言ってイゾウは荒々しく部屋を出て行く。 「ねぇライ、お腹空いたゲコ〜……」 「大仕事の前だし、寿司でも食いに行くか!」 「わ〜い♪ いっぱい食べるゲコ〜♪♪」 「待つのじゃライ、わらわも連れて行ってたもれ。稲荷寿司!! 稲荷寿司!!!」  他の面々は宿の者に適当なものを作らせる事にしたが、セイタは膳を持って自室へ戻った。 「セツコ……兄ちゃんだけこんなご馳走食べてええんかな? ううっ……あ、このお吸い物しょっぱいわ……」 「……セイタ、あたしも一緒に食べてもいいかい?」  部屋に自分以外誰もいないと思っていたセイタは、  いきなり部屋に入ってきたランの声に驚き、次に食べようとした芋の煮っ転がしを喉に詰まらせてしまう。 「むぐぐぐぐ……!!」 「ちょ、ちょっと大丈夫かい!?」  ランに介抱されたセイタは、彼女と一緒に昼食を取りつつ自分の境遇について語る。 「俺はな、5年前まではコウベって港町に住んどったんや。 怖いけどめっちゃ強かった海軍武士のお父ちゃんと、優しかったお母ちゃん、そしてたった一人の妹セツコ……」  そんな家族との平穏な日常を突然奪った謎の「ろぼっと」による空襲。  幼い妹セツコを連れて燃え盛る家々の間を逃げ惑い、避難所で変わり果てた姿の母と再会した事。  やがて、空襲を行った「ろぼっと」が出撃した異形の戦艦に父の艦が呆気なく沈められたのを知った人々が、  空襲前までは海軍武士の坊ちゃん嬢ちゃんと持て囃していた自分達を露骨に迫害した事。  コウベに居られなくなってニシノミヤという土地の親類を頼るが、  母の形見の着物を売り飛ばした金で親類一家だけがたらふく白米を食うなど、  何かにつけて辛く当たられた末に二人で親類の家を飛び出した事。  やがてセツコは栄養失調に倒れ、失意のセイタもそのまま野垂れ死にしそうな所を凶党の者に拾われ、  数々の汚れ仕事をこなして専用の凶人螢光丸を与えられて…… 「螢光丸で近所に住んどった連中やニシノミヤのババア一家を殺そうとしても、 あいつらが泣き叫んで命乞いする顔見とったら、空しいだけやったからやめたわ……。 やっぱりお父ちゃんとお母ちゃんとセツコを殺した連中、マツナガはんが言うには外国から来た異人どもに復讐せなあかん!!! それが……俺の……ううっ………うわぁ────!!!」  家族を失った辛い記憶と多感な時期を復讐の戦いに費やしてきたのを思い出してか、  セイタは言葉を詰まらせ、思い切り号泣した。  泣いた所で心配して駆け込んでくる者はいなかったが、彼の目前にいるランは違った。  ギュッ… 「!?」  泣くセイタに抱きつき、彼女もまた涙を流している。 「そんなに……そんなに苦しまないでよ……見ているあたしまで辛くなるじゃない……」  セイタはランの小さな肩に手を回そうとするも、一瞬ためらうような動きの後、彼女を優しく自分の身体から離した。 「ごめんなラン、みっともないとこ見せてしまって。 いつまでも泣いとったらお父ちゃんに怒られるわ、あはははは……。 さあ、ご馳走が冷めんうちに食べようや!」 「うん…そうだね!」    他の仲間には滅多に見せない笑顔を見せ、食事を再開するラン。  セイタも彼女の素性については、兄を幕府に殺されたという以外に詳しく知らず、  深く詮索するのも躊躇っていたが、彼女の箸使いや日頃から荒っぽい言動で繕っているが端々に見える品のようなものに、  ランがそれなりの武家の息女なのではないかと思っていた。 「どうしたんだい? あたしの顔をじっと見て……」 「あ、なんて言ったらええんかな? その……」  不意にセイタは吸い物の中に入っていたそうめんをおどけるような仕草で大げさにすする。 「お母ちゃんやセツコと一緒に飯を食ってた平和な頃を思い出したんや!」  ランはセイタの様子を見てクスクス笑う。 「なんか、あたしも大好きだった兄さんとご飯食べてた時を思い出すよ……」  部屋を暖かく優しい空気が支配する。  この様子だけを見た者は、この青年と少女が血塗られた道を歩んでいると思えるだろうか。  それでも彼らは進む、その修羅道の果てにある未来を信じて……。  さて、深夜のニジョウ城。  将軍イエミツはスリギィからの使者達も交えた宴を終え、明日の参内に備えて早々と就寝していた。 「上様! 上様ー!!」  廊下をドタドタと走ってくる青年の名はツルノシン。  平時よりイエミツの護衛を務める拳法道場の師範で、  彼の駆る「閥角(バッカク) 」の手刀は下手な刀剣を凌駕する。 「何事だツルノシン、静かにせんか……上様は今ご就寝中だぞ」  ツルノシンをたしなめる男の名はトウサブロウ。  彼の異母兄弟にして二刀流の達人であり、愛機「十飛(トビ)」の十文字斬りは天下一と謳われる。 「実は……」  ツルノシンから事情を聞いたトウサブロウは、イエミツの寝室へと一直線に向かう。  いざ行動となった時の迷いのなさは、ツルノシンも一目置いていた。 「上様、起きてくだされ……上様!」 「む……ぐ……」  イエミツの寝起きの悪さには定評があり、無理に起こそうとした小姓を切腹させようとして、皆に止められた事すらある。  それと同じように無理に主君を起こそうとするツルノシンを制するトウサブロウ。 「ツルノシン、正攻法で無理なら搦め手だ。 ……上様、よいではないかのお時間にございまする」  ムックリ 「これ、美少年小姓はどこじゃ?」 「………………(うわー、すっごい単純!!!)」 「夢でも見ておられたのでしょう……それより、一大事にございます!」 「……何っ!? 凶党の襲撃じゃと!!?」 「ははっ、街中でイタクラ殿が交戦中のほか、ここニジョウ城や御所にも敵方の別働隊が向かっているとの事にございます!!」 「すぐに具足を持てぃ!!」  甲冑に身を包んだイエミツがトウサブロウとツルノシンを伴って大広間に現れると、  同じく甲冑で武装したカタモリを始めとした武士達が一斉に平伏する。  イエミツがリチャードらスリギィの使者達も同様に武装しているのに気がついた。 「貴公らはすりぎぃから参られた友好の使者、ご好意はありがたく頂戴いたすが、 将軍として他国の使者を傷つけるような真似はできぬ」  イエミツの言葉に対し、リチャードは威儀を正しながら答える。 「我らが主である女王アゼイリアがこの場においでならば、必ずやイエミツ様に協力して戦えとお命じになられるでしょう。 それに、我が国では王族や騎士は戦場に出る事こそが誇りでございます。 友好国の危機に際して指をくわえて見ていただけとあっては、騎士としてこれ以上の不名誉はありません」  イエミツは少し思案していたようであったが、やがてそれを許可した。  実は彼も以前トリスタンがこの国で見事な戦いを繰り広げた事でスリギィ騎士の強さは認めていたが、  この場にいる者達の手前、あえて渋りつつも背に腹は代えられぬという素振りを見せておく必要があった。 「……ううむ、そこまで仰られるのならば……貴公らの援軍、ありがたくお受けいたそう」  そこに黒装束の男が音もなくイエミツの傍らに現れる。 「おお、ハンゾウか! 御所の様子はどうであった?」 「はっ、凶党は御所をも包囲しております」 「帝を手にかけるつもりだろうか……」  そこにカタモリがイエミツに進言する。 「恐れながら上様、凶党は帝のお命ではなく、帝を自陣にお迎えする事が目的かと思われまする」 「!! で、では、我ら得川幕府を朝敵として凶党に勅許が下るとでも申すのか!!?」 「……凶党が皇族や近臣の方々に危害を加えると申せば、帝もお心を痛められるでしょう……」 「ぐぬぬぬ……凶党め、こちらの手勢が少数なのをいい事に調子に乗りおって!!」 「上様、近隣諸藩に援軍要請の使者を送る猶予もございませぬ! 少数精鋭で御所に赴き、帝をお救いすべきかと。 その役目、何卒それがしにお任せを!!」 「カタモリ……」  そこに警備の武士が真っ青な顔で大広間に飛び込んできた。 「申し上げます!! 城が凶党の軍勢に包囲されましてございます!!!」  その報告を聞いた者達がざわめく中、イエミツは…… 「カタモリにハンゾウ、近う寄れ。すりぎぃの方々のお耳も拝借したいのだが……」  カタモリとハンゾウ、そしてリチャード一行はイエミツから小声で策を聞かされた後、ほぼ同時に頷いた。  ド ゴ ォ ー ン ッ !!!  ニジョウ城の門が轟音と共に爆発し、足軽々や裟武頼我の残骸が次々と積み重なる。  そこに現れるは三体の凶人、裏風刃(イゾウ)と英風丸(ニッコウ)と妖鬼姫(妖古)である。  「将軍の警護と聞くからには、どれほどの手練かと思えば……当てが外れたな」  「雑魚どもの大将の粗っ首など、わしが叩き落してくれる!!」 「わらわと遊べる男はおらぬのかえ?」  城内にいた武士達も裟武頼我や足軽々に搭乗して身構えるが、眼前の三体が漂わせる威圧感に圧されていた。 「く、くそっ! 鉄砲隊前へ!! てーっ!!!」  足軽々の鉄砲が一斉に火を噴き、三体の凶人は全身を穴だらけにして呆気なく崩れ落ちた。 「は、ははは……やったか?」 「ぎゃっ!!」 「ぐわぁっ!!」 「ひぃぃっ!!」  鉄砲隊を率いていた武士の部下達が次々と血祭りに上げられていく。  凶行に及ぶのは……先ほど撃ち倒されたはずの三体である。  先ほどの凶人達の最期は、妖鬼姫の見せた幻影でしかなかった。 「そ、そんな!? うわぁぁーっ!!!」  ガキィーンッ!!   そこに割って入ったのは、ウルフガングのハウリンガーとトリスタンのベルフィットの二体である。 「異国の友人達よ、心配は無用! 円卓騎士団が一員ウルフガング=ウルフィウスと……」 「同じく円卓騎士団が一員、トリスタン・フィックスが女王アゼイリア=グロリアーナ=スリギィランドに代わってお助けする」  ほほう、とニッコウが笑う。 「少しは歯ごたえのありそうな奴らが出てきたな……」 「同じ白い狐の機体……あれはわらわの獲物じゃ!」 「では、俺は爺さんを遊んでやるか」 「わしは将軍を殺しに……」 「……は行かせんぞ、このツルノシンと閥角が相手だ」 「気に入らん……殺す!!!」  その頃、暗い路地を白虎と獅子がひた走っていた。  ニジョウ城を襲う凶党を先述の面々に任せて御所に向かう白虎将とレオソウルである。  前方には黒い一陣の風と化したハンゾウが民家の屋根から屋根へと飛び移りつつ誘導している。   「(生身であれほどの運動能力……ニンジャとはいかなる鍛錬をしているのだ!?)」 「……リチャード殿、同行の方々に危険な役目をお願いして申し訳ない」 「いえ、ご心配は無用ですカタモリ殿。あれしきの敵に不覚を取る円卓の騎士ではありません」 「左様でござるか……では、急ぎましょう」  先を急ごうとする二人をハンゾウが無言で制した。 「お待ちを……この先には凶党の者どもがひしめいております。 その数、凶人三体に魔怒偶が十数体……」 「ハンゾウ、私達は血路を開いてでも御所へ向かうつもりだ」 「いえ、カタモリ様やご使者様はお力を温存なさるべきかと」  ハンゾウはそう言って静かに手で印を結ぶ。  すると、煙と共に漆黒の塗装が施された細身の機械人が姿を現した。 「忍々牙士…推参……」 「いたぞ!! 幕府の手の者だ!!!」 「「!!?」」 「ほほう、拙者の気配を感づくとはな……そこだ!!」  次の瞬間、忍々牙士が手裏剣を壁に向かって投げつけるが、  何もない空間から放たれた炎によって一瞬で蒸散させられた。  やがて空間の壁の色が変化して大蝦蟇が姿を見せる。  凶党の忍者ライの凶人、沼池之助である(おケイはその頃ぐっすり寝ていた)。 「イガ忍軍頭領ハンゾウ殿にそう言っていただけるとは光栄だ。 貴殿を殺せば、拙者がこの国一番の忍びとなる!!!」 「こいつは挨拶代わりゲコ!!!」  さらに強力な炎が沼池之助の口から発射され、忍々牙士は炎に包まれる。 「ゲーッコッコッコッコ!!! 楽勝楽勝……」 「油断するな沼池之助!! あれをよく見てみろ!!!」 「ゲコ? あーっ!! あれはただの丸太ゲコー!!!」 「こっちだ」  ガキィン!!!  背後から忍者刀で斬りつける忍々牙士に対し、沼池之助も素早く刀で受け止め、鍔迫り合いとなる。 「ここは拙者が食い止めまする!! お二方は今のうちに御所へ向かってくだされ!!!」 「済まぬハンゾウ!!」 「感謝します! ご武運を!!」  白虎と獅子は夜の街路をひたすらに走り続ける。  途中で魔怒偶の群れにも遭遇したが、全てその爪牙によって倒されていった。  そうやって先を急ぐ二人めがけて冷たく輝く光線が降り注ぐ。  無論、白虎将とレオソウルは素早く跳躍してそれをかわすのだが、  光線を受けた地面は厳冬の夜のように凍結していた。 「これは…魔法か!?」  驚きの声を上げるリチャードを冷たく見下ろすのはセイタの螢光丸であった。 「おまえ、異人やろ? 幕府のお偉いさんも異人どもの味方か……めっちゃムカつくわ……!!!」 「新手の凶人、それも飛行タイプか……」 「むっ…リチャード殿、どうやら我らは囲まれたようですな」 「くくくっ、無能な幕府の奴らに目にもの見せてくれる」  ゆらりと姿を現した髑髏のような凶人、死操能弄の周囲には魔怒偶の他に様々な機体がひしめいている。  なんと、その中には幕府側の裟武頼我や足軽々も混じっていた。 「貴様ら、凶党に内応したのか!? 恥を知れ!!!」  ところが、よく見てみると機械人の身体はあちこちが無惨に壊れ、目も虚ろだった。 「あ、あの〜……」  民家の影から申し訳なさそうに姿を見せたのは、凶党鎮圧に向かったはずのイタクラとその配下達であった。 「イタクラ! これはどういう事だ!?」 「申し訳ございませぬカタモリ様、奮戦空しく元部下の骨右衛門めに機体を奪われてしまい、 あの有様でございます……かくなる上は自害してお詫びをば!!!」 「よせっ!! そなたが自害しても状況は変わらぬ」 「そう、あんたらが逃げられないって状況は変わらないのさ!」  ランの無礼丸も加わり、凶党の面々はカタモリ達にじわじわと近づいていく。  そんな様子を近くの宿屋の二階から赤と青の瞳が眺めていた。 「まるで映画のピンチシーンだな……メルリ、ポップコーンとコーラを買ってきてくれないか?」 「この国にそんなもんあるわけないでしょ!!? …ったく、昼間も迷子になったりして世話焼かすんだから」 「だから、悪かったって言ってるだろうが!!!」  ジェラード=モードレッドと闇黒連合スリギィランド侵攻部隊の整備士メルリ=シャッヘンである。  メルリは観光旅行に行こうとするジェラードに無理やりついてきたのであった。 「我が傀儡どもよ!! 堕武者と共に生者を飲み込め!!!」 「行くよみんな!!」 「異人は死ねやぁーっ!!!」  白虎将とレオソウルは次々に襲いかかる敵を倒していくが、  魔怒偶はともかく、堕武者や死操能弄の傀儡は原型を留めないぐらいに破壊しない限り動きを止めない。 「ほう、相変わらずやるなリチャードは。あの白い虎もなかなかのものだ!」 「でもジェラード、生身のおサムライさんを庇いながら戦ってるのは辛そうだよね……」 「まあ、正義の味方だしなぁ……俺も部下を見捨てたりはせんが」  ドタドタドタッ  ジェラード達の隣室から誰かが階下に駆け下りていく音がする。 「お? なんだなんだ、隣の客が逃げ出したか?」  ギギ…カチカチ……  必死に戦う白虎将に物陰から狙いを定めるは、凶党の自律機動型の凶人の付喪である。 「!? し、しまっ……」  スパッ  次の瞬間、付喪は何者かに一刀両断されていた。  光線を発射する為に充填していたエネルギーが行き場を失ってそのまま爆発する。  爆炎に照らされるは、新しく現れた魔導機であった。 「ディオール機士団が一員、シオン=アマクサが助太刀します」  シオンと名乗った少女の操る機体はディオールで広く使われているプリンセス・アンバーであったが、  その外装部はバクフ国の機械人のような独特の甲冑に換装されており、得物も立派な太刀となっていた。  意外な援軍の登場にリチャードは驚きの声を上げる。 「ディオールの機士がなぜこの国に? あっ…私はスリギィランドの王族リチャードだ、君の援軍には感謝している」 「親類の結婚式に招かれた帰りにキョウの観光をしていたのです。 それより、お急ぎの様子……ここは私に任せてください」 「薄汚い異人どもが神州に次々足を踏み入れるとは不浄な!! 傀儡どもかかれぇーい!!!」 「覚悟せぇや異人ども!!!」  武者・行武刃が加わったとは言え、状況は圧倒的に不利であった。  レオソウルには奥義「獅子心砲」があり、この程度の敵なら瞬時に蹴散らすのも可能であったが、  破壊力が大きすぎるゆえに市街地での使用はできない。 「おのれ……このまま時間ばかりが……」  宿屋の二階。ジェラードが浴衣から闇騎士の鎧に着替えていた。 「……メルリ、ちょっと行ってくる」 「い、行ってくるって……立場上まずくないかいジェラード?」 「職務外の個人的な行動だ、誰にも文句は言わせん!! それに、借りを作りっぱなしなのは悪いしな」  宿屋の二階から黒い影が飛び出し、地面に着地した。 「よう、苦戦してるみたいじゃないかリチャード」 「ジェラードか!! やはり貴様が……」 「勘違いするな、おまえを倒すのはこの俺だ……なんて、ありふれた台詞は言わん」 「言ってるじゃないか」 「う、うるさいな!!」 「では、この騒ぎは貴様の差し金ではないのか?」 「ああ、闇黒連合はまったく関係ない。 そこでだ、遠縁のよしみと先日の茶店での借りを返す意味で、今回は協力してやろうじゃないか」 「こ、断るっ!! 俺はアゼ…いや、陛下の名代として来ている。闇黒連合の助力を得るなど言語道断だ!!!」  いちいちペースが狂う男だ。  アゼイリアは毎回よくこんな奴の相手をしているなと、リチャードは変な意味で感心した。 「だーかーらー!! 俺は今回親切な観光客として協力してやろうと言ってるだろうが!!!」 「あ、あのー……」  その場にいた二人以外の面々が気まずそうな顔をしているのが、機体ごしにも伝わってくる。  悔しいが、今回ばかりはジェラードの言う事を聞く以外にない。 「あ…し、失礼……ではカタモリ殿、参りましょうか」 「え、ええ……イタクラ、そなたらも我らに同行せよ」 「は、ははっ!!」  カタモリは白虎将の腕にイタクラ達を抱えて走り出した。 「逃さんぞ……ぶべらっ!!!」  彼らを追おうとした死操能弄をジェラードによって召喚された闇王騎カリブルヌスが蹴り倒していた。 「貴様らの相手は俺だ!! ディオールの…シオンとかいったか、そういうわけでよろしく頼む」 「心得ました」 「くううっ……傀儡ども、殺ってしまえぃ!!!」  二体に向かって襲いかかる凶党の中に黄色い機体が割って入る。メルリ専用スカイーグルである。 「メルリ、おまえもやるか?」 「かよわい整備士が戦わなきゃならないのは不本意だけどね……」 「なぁに、ちょっと強い奴は俺に任せておけ。行くぞーっ!!!」  その他大勢はカリブルヌスと武者・行武刃に瞬く間に斬られるか、  メルリ専用スカイーグルに手足の関節を分解されて倒れていく。  やがて、戦いは個人戦の様相を呈するようになった。  武者・行武刃と螢光丸が激しい剣戟を響かせる。  キィン! キィン! ギィンッ!! 「お父ちゃん…お母ちゃん…セツコ…異人どもはみんな死んだらええねん!!」 「あなたが私達異国の人間に憎しみを抱く詳しい理由は知らない……。 でも、あなたの家族は本当に復讐を望んでいるの?」 「俺は坊さんや神主さんとちゃう、あの世の家族がどう思ってるかなんて知らんわ。 ……でもな、とりあえず弱腰の幕府を倒して異人どもをこの国から追い出さんと……。 異人どもにいっぺん止められた俺の人生は、止まったままなんや!!!」  一方でランの無礼丸は軽やか、そしてしなやかな動きで華麗な蹴りを繰り出し、  ビームクローを展開しつつ低空飛行で戦うメルリ専用スカイーグルを追い詰めていく。  もちろんメルリとてマナスレイヴの操縦はその辺の兵士より上だし、  圧倒的に性能で劣るスカイーグルでは善戦していた。 「どうしたんだい異人さん? よけるだけで精一杯かい?」 「よけるだけじゃないよ……くらいなっ!!!」  ドシュ! ドシュ! ドシュッ!!  メルリはスカイーグルの標準装備であるサイドワインダーを発射した。  チュドォーン!!! 「やりぃっ!!」  思わずガッツポーズを取るメルリであったが、無礼丸は着弾する寸前に跳躍してサイドワインダーを同士討ちさせていた。 「終わりだよ……無礼丸、妖刀変化っ!!!」  無礼丸は巨大な剣へと姿を変え、メルリ専用スカイーグルに襲いかかる。 「よけろ、メルリ!!!」  ザグゥッ!!! 「………………………………」  メルリは当然回避行動を取っていたが、なぜか無礼丸はスカイーグルの翼を斬ったのみで、  地面に巨大な傷跡を刻みつけたまま人型形態へと戻った。 「え? え? 私、斬られてない???」 「無礼丸!? どうしたんだい無礼丸!!?」 「グ……ガガ……ガ……ラン、人を殺めては……いけ……な……ア、アタマガイタイィィィィィ!!!」 「おまえ…今、兄さんの声で!? 無礼丸!! 無礼丸ぅーっ!!!」 「な、なんかよくわかんないけど、今のうちに逃げよっと……」  メルリはスカイーグルをメモリーデバイスに収納し、雑魚を壊滅させたカリブルヌスの所へ一目散に走っていく。 「大丈夫かメルリ?」 「早く! 早くコクピットに乗せて!!」  ジェラードはカリブルヌスの手でメルリを拾い上げ、比較的広いコクピットの中に入れてやった。 「一体何があったんだ? 突然苦しみだしたようだが……」 「わからない……でも、あの娘に何かワケがあるってのはわかった」 「そうか、どっちみちあの様子ではマトモに戦えまい……と、なると……」 「ふん、それがしを倒すつもりか? 傀儡どもを倒した程度でいい気になるな!! 死操能弄……邪骸巨人(じゃいあんと)変化!!!」  元より足のない死操能弄を頭部にするかのように周囲の残骸が集結し、  やがて機械仕掛けの巨大な人型となった。 「ふははははは!!! これが死操能弄の真の姿よ。それがし…いや、俺を認めん奴ぁどいつもこいつもぶっ殺してやる!!!!!」 「ふん、あまりこの素晴らしい町並みを壊すなよ? このでくのぼうが」 「抜かせぇぇぇぇぇーっ!!!!!!」  ニジョウ城でも死闘が続いていた。 「ぐはっ…!」  トリスタンが妖鬼姫の幻惑鏡による幻によって惑わされ、  ベルフィットがお札型の爆弾をモロに受けてしまったのである。 「ほほほ! わらわを惑わそうなど百年早いわ!!」 「トリスタン君!? すぐ助けに行くからね!!」  それを見たウルフガングがハウリンガーを走らせるが、英風丸に行く手を遮られる。 「爺さん、あんたの相手は俺だと言ったはずだ」 「君ぃ!! お年寄りには道を譲れと親御さんから教わらなかったのかね!!?」 「さぁな、俺は昔から忘れっぽい。そろそろ死ぬか?」 「残念だが、祖国スリギィでは愛する妻子や孫達が我輩の帰りを待っているのでね。そのお誘いはノーサンキューだ!!  今夜は月がよく見えるが、あいにく半月……満月でさえあればハウリンガーの真価を発揮できるのに……」 「ご心配は無用ですウルフィウス卿……」 「ほう、まだ立ち上がる気かえ?」 「私にも祖国で待つ家族が……最愛の妻イズーがいる……何があろうと諦めるわけにはいかない!!」 「ふふっ…男はそうでなくては、の……」  コォォォォォォ………  妖古は妖鬼姫の各部に設けられた勾玉状の装置に妖気を蓄える。  それによる放熱で陽炎が発生、幻影の数も増して輪郭もより一層鮮明となった。 「こ、これは!!?」 「では、参るぞえ」  妖鬼姫は手首を旋回させて巨大な刀を出し、幻影達と共にベルフィットへ襲いかかった。  四方八方から乱れ飛んでくる刃の攻勢に防戦一方となるベルフィット。 「ぐぐっ……!!」 「「「「ほほほほほほ!! 無駄じゃ無駄じゃ…わらわの奥義『妖狐幻舞刃』からは逃れられぬ!!! そなたはもはや、まな板の上の油揚げも同然なのじゃ」」」」  鈴の音で惑わせられる相手ではないのは、すでに先ほど証明されている。  かくなる上は相討ち覚悟で飛び込むべきか。  いや、仮に成功してこの者を倒せたとしても、  それは同行している方々や主君アゼイリア、そして愛する妻を裏切るも同じだ。  この状況をどうすれば打破すべきか、諦めるつもりはないが打開策も見つからず進退窮まったが……。 「オォォオオオォォ──ン!!!」  その時、ベルフィットの咆哮が周囲に響き渡った。  だが、それは断末魔の叫びではなく、より力強い雄叫びのようである。 「トリスタン君!?」 「な、何が起こったのだ?」  ウルフガングとニッコウも戦いを止め、ベルフィットの変化を凝視していた。  外部装甲が開口し、手にしたレイピアも青紫色の光を放つ。 「ほう…そなたの機械人、先ほどとは比べ物にならぬ気ぞ」 「ほほ〜う! トリスタン君、そいつが話に聞いたベルフィットの真の姿かね!?」    ベルフィットがこの形態を取る事に驚きを隠せないトリスタン。  この者は自分が騎士として討つべき敵なのか……。  真の姿となったベルフィットの目を通して敵機を見据えると、  幻影の中に紛れ込んだ本体がハッキリと見えた。 「見える……もう私は貴方の幻影に惑わされはしない」 「ふふふ……粋がる小童も愛いものじゃ。わらわもゾクゾクしてきおったわ……」  興奮した妖古に狐耳と狐の尻尾が生えた。  同時に、大半を封じられているとは言え、彼女に内包された妖気が放出され、  妖鬼姫も不気味に輝く妖気をその身へと纏う。 「行くぞ! 騎士として、貴方を討つ!!」 「わらわもほんの少し本気を出させてもらうぞえ」  ベルフィットと妖鬼姫は同時に互いをめがけて飛びかかり、狐火を帯びた魔剣と妖刀が火花を散らす。  西と東の狐は化け比べから一転し、獣としての死闘を演じるのであった。  円卓騎士達の戦いぶりを見てニヤッと笑うツルノシン。 「……ほう、異国の騎士はなかなかの根性だな」  それに対し、苛立ちを隠さないイゾウ。 「貴様、わしを無視する気か!!?」 「ふん、薄汚い人斬りの刃など、澄んだ剣豪の刃の足元にも及ばん。 来い、この閥角の拳で打ち砕いてやろう!!」 「阿呆がぁ!! その減らず口ごと斬ってやる!!! 秘技・撫斬旋(なでぎりつむじ)ぃーっ!!!!!」 「とあっ!!」  閥角はまるで全てを飲み込む台風のように回転しつつ突進する裏風刃の真上にジャンプし、回転の中心部に拳を叩き込んだ。 「ギガァッ!!?」  裏風刃は禍々しい悲鳴を上げた後、フラフラとよろめく。  やがて、頭部の刃にヒビが入って粉々に砕けるのと同時に地面へと突っ伏した。 「貴様……何をしおった?」 「簡単な事だ、台風の目……攻撃のみに囚われておろそかになった頭頂部に一撃を入れてやった。 そいつは人間で言う脳震盪のような状態で立つ事もおぼつかないだろう……。 これが強者との研鑽を重ねた技の重み!! 弱者をいたぶり殺すだけの殺人剣に負ける道理はないっ!!!」 「おのれ……おのれぇぇぇぇい!!!」 「うむ、あっぱれな戦いぶりである!!」 「見事だったぞツルノシン!」 「上様に兄上!!?」  その場に現れたイエミツとトウサブロウはそれぞれの機械人、葵将軍と十飛に搭乗していた。 「城内に潜入した凶党はその方ら以外全て討ち果たした!! 降伏せよ!!!」  残った裟武頼我や足軽々も凶党の面々を包囲している。  ニジョウ城攻防戦は幕府側の勝利に思えたが……。  帝の居住する御所。  凶党の襲撃を聞きつけ、朝廷内でも高い武力で知られる多賀 久美と坂上・雲麻呂が警護していた。 「あそこが御所にござるリチャード殿!!」 「周囲を兵が囲んでいるようですが……」 「あれは埴輪防人といって、帝の直属兵が搭乗する機械人です」  何度も参内し、白虎将も多くの将兵に知られているカタモリのおかげで、  御所周辺を守っていた久美ともすぐに対面できた。 「久美殿、帝はご無事ですか?」  カタモリの問いに対し、久美は女性のような愛らしい顔つきで微笑んで答えた。 「ええ、雲麻呂殿が大魔刃で張り切ってお守りしておりますよ」 「よかった……この様子では心配する必要もないようですな」  そう言ってカタモリが視線を移すと、そこには無数の魔怒偶や付喪の残骸が積み重ねられていた。  ドゴォン!!! 「「「!!?」」」  突如、塀の向こうで爆発が起こった。  それと同時にどこからともなく魔怒偶の増援が現れる。 「敵襲ーっ!!!」  それまでの柔和な物腰から一変した鋭い声を張り上げる久美。 「(ただ家柄だけで重職に就く貴族ではない……この若者は本物の武人だ!)」  自らも王族以前に一介の武人として戦ってきたリチャードには、久美の真価が即座に理解できた。  久美は愛機の機械人、陸奥王丸に乗り込み、カタモリ達に一礼する。 「私は御所周辺の敵を退けます。貴方がたは雲麻呂殿と帝をお守りしていただきたい!」  白虎将とレオソウルは力強く頷き、火の手が上がる御所へと飛び込んでいった。 「さて……武者公卿、陸奥王丸が舞をとくとご覧いただこう」  久美の操る陸奥王丸は優雅に敵陣へと飛び込み、阿修羅が如き舞を舞うのであった。  御所内の帝の寝所、外の騒ぎを感じ取ったあどけない顔立ちの少年が、  不安そうな面持ちで髭面の屈強な男に話しかける。 「雲麻呂……」 「ご心配は要りませんぞ、帝には指一本触れさせません!!」  バキバキバキ…… 「ふふふ……帝、お迎えに参上いたしました」  寝所の屋根を引き剥がして姿を見せたのは、タダナガの歪妖刹蟲である。 「うぬぅ!! 控えよ妖怪め!!! 帝の御前で……」 「これは坂上・雲麻呂殿、私は元大納言の得川・唯永でござるよ」 「そ、そんなはずは……タダナガ殿は謀反の疑いで……」 「将軍イエミツの命によって自害して果てた……紛れもない事実ですな」 「ば、化けて出おったのか!!!」  帝は澄んだ瞳でじっと歪妖刹蟲を見つめている。 「くっくっく……帝はお若いながらも肝が据わっておられるわ。雲麻呂殿も少し見習ってはいかがですかな?」 「抜かせ!! 出でよ大魔刃!!!」  鋭い爪の副腕と巨大な戦斧の機械人が姿を現し、帝を守るべく立ちはだかった。 「朝廷一の武人、坂上・雲麻呂と大魔刃が相手だ!!!」 「雲麻呂殿……大人しく帝を渡してくれれば、貴殿も我らが同志にお迎えしますぞ?」 「黙れぇぇぇぇ────っ!!!!」    バキャアッ!!!  大魔刃の副腕が唸り、板張りの床を勢いよく破壊した。 「遺跡より発掘されし謎の機械人、相変わらずの強力ぶり……。 だが、貴殿はその力を半分も使いこなせていない……一心同体の攻めとは、こうやるのです!!!」  タダナガと文字通り一心同体となった歪妖刹蟲は瞬時に大魔刃の懐に飛び込み、  四本の豪腕で目にも留まらぬ拳打を連続で繰り出す。  雲麻呂も副腕や戦斧で必死に薙ぎ払おうとするが、悉くかわされて殴られるがままになっていた。 「く、雲麻呂ーっ!!!」  ここで初めて帝が悲痛な叫びを上げた。 「ふん、遊びもここまでにしましょうか雲麻呂殿。その機体は帝と共に我らが有効に活用させていただ……」  その時、余裕のタダナガ&歪妖刹蟲めがけて黒い機体が投げつけられる。  歪妖刹蟲は裏拳で叩き落すが、それはタダナガの忠臣であるショウセツ専用裟武頼我であった。 「タ、タダナガ様ぁ……」 「ショウセツ!? しっかりせよ!! 誰にやられた!!?」 「あの者どもと……ちょっとだけタダナガ様です」 「タダナガ殿……貴方が凶党の元締めだったのですか……」  悲しみに満ちた声でゆっくりと近づいてくるのはカタモリの白虎将であった。  イタクラ達が帝へ駆け寄って彼を保護したが、タダナガはそれを冷ややかに見るばかりで何もしようとはしない。 「カタモリか……一緒にいた蜘蛛のような凶人はどこへ行った?」 「あのマツナガと名乗る男なら、俺達に敵わぬと見るやそいつを見捨てて一目散に逃げたよ」  反対側からはリチャードのレオソウルが近づき、歪妖刹蟲は挟まれる形となった。 「三対一で貴様に勝ち目があるとは思えんがな……」 「タダナガ殿、このカタモリが介錯いたすゆえ、潔く自害なされよ!!」 「そうだ、帝に弓を引いた以上、死は免れぬ。自害か我らに成敗されるか選ぶがいい!!」 「……わかった、だがその前に……」 「?」 「カタモリ、昔のように一試合してもらえぬか? 武士として潔く戦った後に死にたいのだ」 「タダナガ殿?」 「何っ!? 寝ぼけるなこの逆賊めが!!!」 「悪党の常套手段だな……カタモリ殿、容赦する必要はありません!!」  雲麻呂とリチャードが口々に反対するも、カタモリは少し沈黙した後、タダナガの提案を受け入れた。 「わかりました……武士の情けです。お二方には申し訳ござらぬが、手出しは無用!!」  ヒュゥゥゥゥ……  帝らが見守る中、白虎将と歪妖刹蟲が向き合い、ほぼ同時に駆け出した。 「参る!!!」 「来い!!!」  ドボォ!!! ザシュ!!!   一瞬の火花と共にすれ違う両者。  やがて腹部が痛々しく凹んだ白虎将が膝をつくが、歪妖刹蟲も脇腹を斬り裂かれており、遅れて膝をついた。  どうやら、この勝負はカタモリ達の勝ちのようである。 「カタモリ、見事であった……」 「肉を切らせて骨を断つ。タダナガ殿の教えを忠実に守っただけでございます……」  白虎将は、一歩一歩歪妖刹蟲に近づいていく。 「供養はいたします……今度こそ成仏してくださ……」  ブシャアッ!!!  歪妖刹蟲の口からおぞましい色の毒液が吐き出され、  付着した白虎将の顔右半分が煙を上げながら焼け爛れる。 「グオオオオッ!!?」 「白虎将ぉーっ!!!!」 「ふ……ふひゃはははははははははははぁ────っ!!! おまえは昔から馬鹿正直だったのう、感謝するぞ!!! イエミツの信任厚いおまえを無惨に殺せば、あやつはどれほど悔しがるか……くくくくく……」  白虎将はしゃがみこんで右目を押さえながら震えていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。  ギラリ!!!  暗闇の中、白虎将の左目は怒りで爛々と輝いている。 「武士の魂まで失ったのか……タダナガァッ!!!!!」  カタモリはそれまでリチャード達が見てきた彼からは想像もできない、猛虎が吼えるかのような怒声を上げた。 「カタモリ殿ぉ!!! 助太刀しますぞぉーっ!!!!」 「お待ちをっ!!!」  息巻く雲麻呂の大魔刃を制したのはリチャードのレオソウルであった。 「異国の武人殿よ、何故止められるのだ!!?」 「異国の若輩者が差し出がましいようですが、カタモリ殿は先に手を出すなと言われました。 それに、同じ武人として痛いほど理解できるのです……誇りを傷つけられた怒りが!!!」 「……わかった、私も帝をお守りする武人の端くれ、貴殿の仰る事はもっともだ」 「……リチャード殿、かたじけない……帝に雲麻呂殿、御所での非礼をお許しくだされ……」 「ふん、片目を潰されては距離感もマトモに掴めまい」  ゲシュゲシュ……ギシャァァァァ…………  歪妖刹蟲の口が強酸性の涎を垂らしながら不気味に蠢く。  その姿は魑魅魍魎の類としか形容できなかった。 「心配せずとも一撃で仕留めてやるわ、逃げる間も泣き叫ぶ間も与えぬ」 「私は将軍家の藩屏、逃げも隠れもせぬ!!! 来い、妖怪っ!!!!!」 「この国の真の支配者を妖怪呼ばわり……その罪は万死に値する!!!!!」  再び突進する機械人と凶人。  ガバァッ!!! 「殺(と)ったぁ────っ!!!」  歪妖刹蟲の凶暴な顎が白虎将を襲うが、歯ごたえは空を切るのみであった。  ザクッ… 「!!?」  歪妖刹蟲の肩に鋭い爪で引き裂かれたような傷が深々と刻まれていた。 「な、何だと…み…見えなかっ……」  ザシュッ ズパッ シャバァ 「ウオオオオオオオオオオオ────────ッ!!!!!!!」  白虎将は咆哮と共に白い疾風となり、次々と刃のような牙や爪で歪妖刹蟲を刻んでいく。  それはまるで虎の群れが一斉に襲いかかるかのようであった。 「これぞ我らが奥義……百虎猛襲刃っ!!!!!」 「が……がふっ……」  歪妖刹蟲は全身におびただしい裂傷を受け、地面へと叩きつけられた。 「ご覧ください帝ぉ!! カタモリ殿が勝ちましたぞ!!!」 「う、うむ……」  帝は目を輝かせながら息を飲み、白虎将の雄々しい姿を見つめていた。 「どうやら、カタモリ殿の敵ではなかったようですな」  だが…… 「う…ぐ…がはぁっ!!!」  カタモリが急に激しく咳き込みだした。 「「カタモリ殿!!?」」 「大丈夫でござる……幼い頃より少々体が弱く、無理がたたっただけにござるよ……」 「朕ならもう大丈夫である。カタモリ、早く帰って休んでたもれ」 「み、帝……ありがたきお言葉にございます……」 「ふははははははは!!!」  一同が振り向くと、歪妖刹蟲がボロボロになりながらも歩き寄ってくる。 「まだだ……この国の天下を……我が手に収めるまでは……」 「往生際の悪い奴め!!!」 「我が主、女王アゼイリアの名代として貴様を討ち果たす!!」  御所周辺の敵を退けた久美の陸奥王丸や埴輪防人達も加わり、  タダナガと歪妖刹蟲はいよいよ最期の時を迎えようとしていた。  キィィィィィーン…… 「何だ? この音は…ぎゃはぁ!!?」  何かが飛んでくる音が聞こえた途端、次々と埴輪防人達が斬り裂かれ、熱線で焼かれていく。 「帝をお守りしろぉーっ!!!!」  一同が帝や生身の者達を庇う間に、御所を一瞬で地獄絵図に変えた張本人が地上へと降り立つ。  それは両足に鋭利な爪を備えた古代の翼竜のような機体であった。 「(速い!? スリギィでもあれほどの速さの魔導機は、アゼイリアの聖王騎など数えるほどしかいない……)」 「だ、大銀翔!? 私の作戦を邪魔する気か!!?」 「無様ね、凶鉄……。あなたの尻拭いをさせられる身にもなってもらいたいわ。 すでに都で生き残っている党員達は退却させたから、あなたも速やかに退却なさい」 「待て、おまえの助力さえあれば帝を手中に……」 「くどい!!!」  声からして若い少女であるのは確実だが、その声には凄みがあった。   「これ以上の醜態を他の四柱が許すと思って?」 「わ、わかった……すぐに撤退する……」 「待て、逃がさ……」  カ ッ !!!!!  大銀翔と呼ばれた少女の機体、飛鋼閃から凄まじい光が発せられ、この場にいる者全員の目を眩ませる。  視界が戻った頃には、飛鋼閃と歪妖刹蟲、ショウセツの姿は御所から消え去っていた……。  やがて夜が明け、ニジョウ城に戻るカタモリらはハンゾウやジェラードやシオンから、  敵を追い詰めたはいいが、突如現れた飛鋼閃によって目を眩まされて取り逃したという話を聞く事になる。  それはニジョウ城のイエミツらも同様で、帝やキョウを守る事には成功したものの、  イエミツにとっては弟との因縁が蘇った苦さを噛み締めつつの勝利となった。  しかし、白虎将の傷はニジョウ城詰めのからくり職人達の迅速な処置で完治し、  帝のスリギィからの使者への心証もすこぶる良好だったのだけが不幸中の幸いであった。    その頃、地下道では凶党の面々が近場の支部を目指して歩き続けていた。 「……眠いゲコ〜……」  無理やり起こされて寝ぼけ眼なおケイをおぶりつつ歩くのはライである。 「我慢しろおケイ、これもみんな幕府のせいだ。 それにしても、マツナガ殿があの妙な鳥のような凶人を連れてきてくれなければ、 今頃拙者らはハンゾウめに殺されていたかもしれません。 あれに乗っている者に礼を言いたいのですが……」 「わしも知らんし、ぬしらにもまだ秘密にしておきたいそうじゃ。ま…いずれわかるじゃろうて」 「うふふ……」  妖古は敗走という状況にもかかわらず満足げな笑みを浮かべていた。  ニッコウもまんざらではなさそうな顔で彼女に尋ねる。 「よほど異国の狐との勝負が楽しかったようだな」 「久しぶりじゃ、あれほど甘美な戦いはの。とりすたんとか言ったか……また会いたいものじゃ」  彼らから離れた場所をイゾウとランが歩いていた。  イゾウの手には血まみれの刀が握られている。 「あの慌しい撤退の中、よくもまあ人殺しをする余裕があったね」  ランの皮肉にイゾウはにたぁっと笑う。 「ふっ、苛立って仕方ないのでな、気晴らしに幕府の兵を十人ほど斬ってきた。 あの小生意気な若造もいずれ……くくく」  ランは汚物を見るような目をする。 「あんたみたいに狂えれば、セイタも楽になれるんだろうけどね……そう、私も……」  そう言った後、彼女ははるか後方を殿を務めるかのように歩くセイタへ哀しい目を向けた。  それを見たイゾウは卑しく舌なめずりをする。 「なんだ? わしに抱いてもらいたいのか? くくくっ……酒でも色でも、快楽に溺れれば嫌な事も忘れられるぞ」 「ふふっ…私がそんな安い女に見えるかい? 見くびるんじゃないよ!!」  イゾウをあしらった後、ランは早足で歩いていく。  それは、闇の道を脇目も振らず歩こうと足掻こうとする彼女の心情のようであった。  数日後、スリギィランド王城。  女王アゼイリアは今日も午後のアフタヌーンティーを愉しんでいた。  その相手を務めるのは、彼女の護衛シルヴァルヴァリ=ベロ=ベルである。 「ふふ……やはりヒンディア産の紅茶は美味しい……」 「ヒンディア王国と我が国は、長年の友好関係でございますからね」 「こうやって美味しい紅茶が味わえるのも、ヒンディア王国との交易の賜物……。 ところでシルヴァルベリ、リシュナ王女にまた何か贈り物を差し上げたいのだが、良き案はないか?」 「そうですね、以前お贈りしたティーセットには大層お喜びになられたそうですし……」  そこに近衛兵が入室してリチャード達の帰国を報告した。 「ご苦労、すぐに大広間へ向かう。ではシルヴァルベリ、その話はまた後ほど……」  アゼイリアは帝との謁見を終えたリチャードらの報告の中で凶党の話を聞き、細い眉を顰めて難しい表情を浮かべた。 「バクフ国とチョウテイ国、双方にとって今後は辛い戦いを強いられるでしょうね……」 「おそらくは……ですが、ご心配はいりません陛下。 あの国のサムライ達ならば、いかなる難敵であっても戦い抜くでしょう。 特に今回案内役を務めてくださったカタモリ殿の機械人は私のレオソウルにも匹敵……」   リチャードもトリスタン同様にバクフ国の武士に大いなる好感を抱いたらしい。  余談ではあるが、ジェラードとの奇妙な共闘もアゼイリアの耳に入り、  後日、彼女はその件に関する礼をジェラードに直接伝えた後、正々堂々と激しい一騎討ちを演じたという。  バクフ国とチョウテイ国の国境、戦後処理を終えてエドへ戻るイエミツの大名行列が延々と列を成していた。  それを一里ほど離れた山の頂上の一本杉から冷ややかに眺める視線があった。  大銀翔こと鴉天狗の少女シロガネである。 「クス……タダナガなど凶五柱の中でも小物の部類、私や他の者の足元にも及ばないわ。 束の間の泰平の世、せいぜい味わっておく事ね。いずれこの国は……『凶(マガツ)』に満たされる」  シロガネの背中から白い翼が現れ、音もなく彼女の姿は掻き消えた。    凶党、彼らはその後もバクフ・チョウテイ両国で数々の凶事を引き起こす。  そこに集う者達それぞれの野望・執念・想いを飲み込んだ凶の奔流は、  数多くの人間の人生ばかりか、島国ヒノモト全土をも飲み込んでいく……。                         ─終─