そこは廃れた工業団地だった。 壁やシャッターは落書きだらけでそこら中に廃車とガラクタの山が点在しかつての賑やかさは欠片も残っていない。 そしてそんな夢の後とも言うべき場所を走る1人の男がいた。 「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・クソッ!!」 男は酷く焦った顔で流れる汗も拭わずにただひたすらに走り続けている。 男は逃げていた。 逃げているといってもあくまでこれは戦略的撤退で時折後ろを振り返ったり辺りを見回したりと周囲に対する警戒を怠らず何か あれば即座に迎撃する準備も出来ている。 男は『NEXT』に所属する超能力者だった。 男の持つ超能力は圧縮した空気を掌から撃ち出し強力な衝撃波で対象を破壊するというもので人間どころか自動車だって一発で スクラップに出来るほどの威力を誇っていた。 決して弱い能力ではない。むしろ男は組織内でもそれなりの実力者である。 そして男はその実力に見合った任務としてある男の抹殺を命じられターゲットの隠れ家があるというこの工業団地へとやって来たのだ。 本来であれば狩人の役は間違いなく男のはずだ。 だが現実として男に与えられた役は狩人ではなく獲物だった。 「クソッ!クソッ!クソッ!どうして・・・俺が・・・逃げてるんだ!この俺が!!」 男は依然走りながら自分の置かれた状況に苛立ちの声を上げる。 「話が違うじゃねぇか!どうなってんだクソッ!あれのどこがC級だ!どう少なく見積もってもA級以上じゃねぇか!クソッ!」 一頻り不満をぶち撒けた男はシャッターの開いている工場の1つに入るとそこでようやく立ち止まった。 「ハァ・・・ハァ・・・ふざけやがってクソが!狩るのはこの俺だ!!」 男は息を整え汗を拭うと今自分が入ってきた入り口に向かって掌を向けた。 逃げる事に疲れたのかそれとも吹っ切れたのかあるいはその両方か。 男は自分を狙う狩人と戦闘する決意を固めたようだ。 といっても真正面からぶつかる訳ではない。 男の選んだ手段は待ち伏せである。 相手が自分を追いかけているのならば必ずこの工場にやって来る。 そして入って来た瞬間を叩くのだ。 本来待ち伏せなど男の趣味ではなかったが状況が状況だし相手が相手だった。 そもそも先に待ち伏せをしたのは相手である。 『NEXT』の情報部とはいえ完璧ではなくどこからか情報が流出したのだろう。 男も情報が漏れている可能性は念頭に置いていたので待ち伏せをされていてもさほど驚かずむしろ安心していた。 情報が漏れていれば逃げられているかもしれなかったが待ち伏せをしていたという事はターゲットはそこにいるという事でそこ にいるという事は殺せるという事である。 だが男はターゲットを殺すどころか逆に殺されかけあげく逃走までする破目となった。 「さぁいつでも来やがれクソ野郎が・・・」 プライドを踏み躙られた男は悪鬼の如き表情を浮かべ狩人を、いや、獲物を待った。 1分、2分過ぎ3分が過ぎた時1つの影が飛び込んできた。 ド ン 男は即座に飛び込んできたモノを撃ったが影は細長い身体を捻り男の衝撃波をあっさりと避けた。 飛び込んできたモノの正体は龍だった。 「な・・・りゅ龍ぅ!?」 驚く男を他所に龍は素早く男の身体に巻きつくと無慈悲にその身を締め上げた。 男は一瞬で全身の骨を砕かれ断末魔の悲鳴を上げる間もなく絶命した。 龍は動かなくなった男の身体から離れ遠くで待つ主の下へと帰っていった。                                                                                     ところ変わってここは某所にある『NEXT』の支部の一室。 広すぎず狭すぎない適度な広さの室内に3人の人間がいた。 「今回の件はお前らの耳にも届いているだろう」 3人の内の1人、『NEXT』の幹部であるその男は静かに口を開いた。 工業団地の一件からはすでに数日が経過しており男の亡骸も捜索班によって回収されている。 「「はい」」 残る2人は一般構成員のようで幹部の言葉を丁寧に肯定した。 「ならば呼ばれた理由は分かっているな。次はお前らに行ってもらう」 「「了解しました」」 2人の構成員はよく訓練された敬礼で幹部の言葉に応えた。 「詳しい情報は後で渡すがその前に何か質問はあるか」 「はっ、幾つか聞きたい事があります」 口を開いたのは白く長い髪の長身の男である。 名前をヴァイス=ヴァーグナーと言う。 「何だ」 「今回の任務に2人で当たる理由は何故でしょう。これまでは単独任務だったはずです」 「単独では厳しい相手という事だ」 「なるほど・・・ではもう1つ。我々2人が選ばれた理由は何故でしょう。私が選ばれたのは分かるのです。私の仕事は暗殺ですか ら。ですが彼女が選ばれた理由がいまいち分からないのです。彼女は戦闘向きの能力者ではないはずです」 「お前の疑問も最もだ。確かに戦闘力だけなら彼女よりも優れた人材がいるだろう。だが今回の任務に限っては彼女以上に相応 しい人材はいないのだ。むしろ替えるとするならばヴァイス、お前の方なのだよ」 真正面から替えが利くと言われ蒼白なヴァイスの顔がやや引きつる。 「・・・そうでしたか。では最後に1つ。今回の任務で彼女、御光院麻奴華が最も相応しいという理由はなんでしょう」 「・・・ターゲットである呪井影郎が彼女の師だからだ」 ...To Be Continued