「ねー、モナムー先輩」 「え? なに?」 「男に送って喜ばれるプレゼントって何ですか?」 (ぶぱっ)  うららかなある日の昼下がり。  保健室の白く清潔な空間に舞うオレンジジュース。  それを避ける術も無く、頭から満遍なく浴びるあたし。  ……きったないなー、もー。 ■PGSS■     〜 あなたに贈るもの 〜 「うわ。ちょっと先輩、これは無いんじゃないでしょーかー」  ブツブツ言いつつ体のあちこちを拭いているのがあたくし、鈴木 念太こと仮志名 映見。このサイオニクスガーデン中等部に所属するピチピチ(死 語)の女子中学生。  所有PSIはソートグラフィー(念写)、好きな食べ物は馬刺し。165pを越えて伸び盛りが終わらない身長が密かに悩みのタネ。  「ご、ご、ごめんね。念ちゃん」  そんで、おろおろと呟きながら、ハンカチを取り出したのは雌菜樅 つぶさ先輩。同じくサイオニクスガーデンの高等部に所属する女子高生。  所有PSIは乙女の羞恥に触れる為ヒミツ、好きな動物はウーパールーパー。今までの人生で彼氏がいた期間は、29日間。  ちなみに今の時間は絶賛授業中であり、本来ならあたし等もそれぞれの教室で授業を受けていなければいけないのであるが、それが何故保健室でま ったりしているかと言うと、それは要するにあたし達がいわゆる保健室登校組だからなのである。  少々特殊な人材が集まっているとは言え、そこはあくまで思春期の少年少女が集う、学校という空間。  他の学校の例に漏れず、ここPGでも、いまいち周囲と馴染めず浮いてしまう生徒は出て来るし、もっと酷い事態――まあ、要はいじめや引き篭も りなんかだ――が起こる事もままある訳で。  あたし達もそんな連中の一員で、スレたオオカミ少女と卑屈な劣等感の塊、内容に違いこそあれど集団の中での対人関係の構築に難があるという点 では同じ穴のムジナでして。……ありゃ、オオカミとムジナってどんなキメラですか、あたしは。  ともあれそういう訳もあって、そんな生徒達のリハビリと言うか、一応学校生活との繋がりを保たせる為に、保健室が解放されており。  あたし達は、ここで勉強したり、漫画や雑誌や文庫本を読んだり、昼寝したり、今みたいにダベったりしながら、あたし等なりの青春を過ごしてい るという訳である。  普段はもう3、4人ほどたむろってる連中がいるのだが、今日此処にいるのは生憎あたし達二人と、 「なになになに? プレゼントって、もしかしてもしかしなくても、にゅー太君へ?」 無類の子供好き(性的な意味で)という、なんかもう救いようの無い保健医だけであった。  西東 圭子。このサイオ(中略)ーデン高等部の保健医たる成人女性。  所有PSIはヒーリング、好きなタイプは子猫型より子犬型。これまでに受けた職務質問の回数は38回。 「なんで、そこで真っ先にお兄さんが出て来ますか」 「ん? あたし、あんたの他の家族には興味無いもん。いや、妹さんはまだ守備範囲かな?」  最悪だ。いや、最低だ。こんなんに思春期少年少女の健康管理を任せて良いのか。反語。  あたしは顔をしかめながら、先輩にぶっ掛けられたオレンジジュースを拭き続けた。先輩の唾液が混ざったジュースは、彼女の能力もあってひどく 粘ついている。ちゃっちゃと拭き取んないと乾いて固まっちゃう。 「んーと、でもそれじゃあ誰の? 私も、新太さんのだと思ってた」  拭くのを手伝ってくれながら、ほざく先輩。  モナムーよ、あんたも敵かい。 「兄貴へのプレゼントですよ。奴の誕生日が近いんで、それで」  あたしには、半分だけ血の繋がった兄が二人いる。一人は父親違いで、一人は母親違い。で、この二人の間には血縁は全く無い。ちなみに父親違い の方とは法的には家族ではない。なかなかにエキサイティングな関係性である。  あたしは母親違いの方を『兄貴』と呼び、父親違いの方を『お兄さん』と呼んでいる。何でかは話すと長くなるんで割愛。  「でもさ、念太くん。その歳でお兄ちゃんの誕生日にプレゼントー♪ってのも、少しキモくない?」 「う、うーん、そこまでは言わないけどぉ……、ちょっと変わってる、かな……?」 「……この前、ちょっと派手に喧嘩しましてね。その仲直りのきっかけに丁度良いかなーと。同じ屋根の下に暮らして、いつまでも口利かないって訳 にもいきませんから。  と言うかですね、お兄さんの方はナチュラルに受け入れといて、なんで兄貴にプレゼントするのはキモくなるんですか」 「だってキミ、にゅー太くんコンプレックスじゃん」  略してニューコンとかあっさり言い放つ保健医。こいつの真のPSIは鈍感力とか、そっち方向じゃないだろうか。あたしは両手を挙げて降参のポ ーズを取った。それを見て、保健医こと西東先生は軽くため息を吐く。  話題がそういう方向に向いた時は早々に降伏する事にしている。続けると、自分の深くて柔らかいところに踏み込んでしまいそうだから。いつかは はっきりさせないといけない部分なんだけども。それも近いうちに。  この先生は、それと知っててこうやって水を向けてくる。「もう、覚悟できた?」と。あたしは、その度にこうやって答える。「ごめんなさい、ま だ待って下さい」と。  む。  そう考えると、このヒトもあながち保健医の適性が無い訳でもないらしい。でもなあ、それ以外がなあ。具体的に言うと、その性癖と正直さが。 「それでですね。兄貴ぐらいの歳の男が喜ぶ様なプレゼントを考えて欲しいんですが」  あたしの軌道修正という名の話題逸らしに対して二人が取った反応は。  にんまりとした笑みと、「兄貴の事はお兄さんに聞いてみよう」という提案だった。 ……なんでそうなるよ。         ■ 「こんにちはーっ」  モナムー先輩の元気の良い挨拶に、部屋にいた人間が一斉に振り返った。この人、此処と保健室では別人みたいに明るくなるんだよなあ。  こちら警視庁特殊能力犯罪対策課。略して特対課。少々広すぎるぐらいの、窓際部署にしては意外と今時のオフィス程度には小奇麗な部屋である。  お兄さんは……いない。外回り中、ですか。 「鈴木なら、外回り中だぜ?」  あたしの推測を真倉さんが裏付けてくれた。 「やっぱり、神奈川さんとでしょーか?!」 「んにゃ、今日はオビさんと。神奈川の方は、課長と加瀬さんと伊東と一緒に、岬連れて本家の方に出頭中」 「やっぱり岬さんの件で……なんでしょうか?」 「でしょうなー。実現すれば岬め、一気に肩書き警部補だよ。しかも上に特務とか付くんだよ。くううう、奴に見下されるのだけは我慢ならねー」 「わひゃっ!? ふ、ふ、藤崎さん、いきなり後ろから抱きつくのはやめてっていつも〜……」 「ん〜、愛い奴じゃの〜。ほ〜れ、グリグリグリ〜。ってくっそー、まーた大きくなってやんの。全く近頃の若いのときたら〜」 「わっ、やめて、頬ずりは、頬ずりはやめて、あっ胸もや〜め〜て〜」  モナムー先輩と真倉さんの会話にいきなり割り込んだ藤崎さんが先輩を拘束して高速頬ずりと、あとチチ揉みを始めたので、そっちは勝手にじゃれ 合って貰う事にする。  先輩があたしに助けを求めた様な気もするが、無視むしムシ。どうせ先輩も、口ほどには嫌がってないんだし。むしろ楽しみにしてる節もあるし。 まあね、能力から来るコンプレックスのせいで誰かと触れ合うのを極度に怖がる先輩にとって、積極的にスキンシップを取ってくれる相手というのは 得がたい存在だろう。 「岬さん、本当に特進するんでしょうか?」 「さあなあ、人数合わせに放り込んだ『お荷物』にまさか能力が発現するって事態は、上の連中も想定してなかったみたいだからなー。  ま、特対課は本来エリート部隊って体裁だから、PSIだと分かった以上、何らかのハクを付けない訳にもいかねーんじゃねえかね」  あたしの問いに、真倉さんは読んでいた文庫本から顔を上げて答える。ちなみに今の彼はメガネ装備、読んでいるのはプラトンの『国家論』と来た もんです。ハンドル握っている時以外では意外とインテリっぽい一面もあるのだ、この人は。あたしも最初知った時はネタだと思ったもんですが。ま あ、メガネは雰囲気作りの伊達なので、本質はああやっぱりねって感じなんだけど。   「そーいうもんですか」  確かにまあ、そこら辺には色々大人の事情があるらしい。そもそも、PGのあたしや先輩と特対課のこの人たちは、所属する組織上では、決して仲 良しではない。と言うか反目し合っている立場だ。まあ、組織の話であって当人達は普通にフレンドリーなんですが。ご覧の通り。  PGが独占しているPSIという人材。それの独自収集と育成を掲げて警察庁が立ち上げたのが特対課で、つまりこの課は本来の所属は警視庁じゃ なくて警察庁で警視庁にあるのは人数集まってない段階でのテスト運営的に課ごと出向してるからであって本来なら課員の全てがキャリア組に属する エリートになるはずででもそんなに人材集まってないからテケトーなPSIもどきな人材を入れたり一般人を入れたりして体裁繕ってる状態でだから 藤崎さんや真倉さんなんかは特対課に「出向している」扱いな訳でそれはあたしのお兄さんもでただ今本家出頭中だという皆様だけが本当の意味で特 対課ででも当の皆様はそんな上の考えなんてわりと知ったこっちゃなくてキャリアもノンキャリも能力者もそうでない人も普通に皆仲間だと思ってて あたしはそれが羨ましいなと思ったりしてて。  ……ふう、頭の中でとは言え、一気に喋ったら疲れました。最後に妙な事口走ったかもですが、それは酸欠と知恵熱による戯言ですので悪しからず。 「おお、二人とも。お見限りじゃねーか」 「あ、あれ? 映見、来てたんですか?」 と、そこでオビさん……とお兄さんの登場です。  一日中歩き回ってたんだろうに、ガッチリとした体で平気のへいざな顔してるオビさんと、肩で息してるうちのお兄さん。や、「ウチの」じゃない か。儚いもんだね、若さなんて。つーか、体弱いんだから無理しないで事務屋してれば良いのに。  「あ、どーも。こんにちは! お邪魔してまーす!」  元気に右手を挙げて挨拶するモナムー。  だから先輩。あんた何でこの人たち相手だとそんな元気なんですか。これも所謂一つの内弁慶? ここおんもだけど。ところで、内弁慶の対が外地 蔵だって知ってる人ってどんぐらいいるんでしょうか。 「あのあのですね、実はですね、念ちゃんがですね……」  かくかくしかじか立て板に水。普段の彼女を知る人ならば我が目を疑う饒舌さとお節介さで、今日此処に来た用向きを全部喋っちまいやがったこの 先輩。  本当はあたしが自分で言わないといけない事なんですけどー。……ま、助かったけどさ。 「ほう、プレゼントねぇ。俺もこの前の誕生日に、日向の奴からネクタイ貰ったけな。よし、そういう事なら鈴木持ってって良いぞ、映見ちゃん。今 日はこいつ、もう上がりだしな」  そう言ってお兄さんの背中をドンと叩いてこちらに押し出すオビさん。あ、確かに5時とっくに回ってる。 「んじゃ念ちゃん、行ってらっしゃーい」 「え? 雌菜樅さんは一緒にいらっしゃらないんですか?」  ニコニコと手を振る先輩に、お兄さんが戸惑った様に聞き返した。両手に花を所望とは、こいつ案外欲張りだな。かあいい妹一人じゃ不満かい。い や、そんなんじゃないと分かってますよ? つーかあたしもびっくりだ。付いて来てくれるつもり無かったんかい先輩。 「んもー、お兄さんったら。そんな野暮な真似出来る訳ないじゃないですかー」 「そっすよ、ズッキー先輩。あ、映見ちゃん。後で何があったかちゃんと報告してねー」 「何ってナニをデスか!」 「ナニってそりゃ、ねー?」「ねー?」と二人仲良く顔を見合わせて頷いてみせる。畜生、こいつら脳内がピンクウィルスに侵食されてんじゃないか。 「さ、さ、早く早く鬼……もとい、えーこ先輩のいぬ間に」  ぐいぐいと背中を押す二人。  と、そこで真倉さんがよせば良いのに声を上げる。 「おいおいおいおい、俺の当直はどうなるんだよ。今日は鈴木に代わって貰う予定だってのにげぐばっ!」 「「自分でやれ」」  なにやら文句を唱えようとしたらしい真倉さんが、藤崎さんの裏拳を顔面に、先輩の肘鉄を鳩尾に食らって沈む。うぇ、会心の一撃、いや二撃か。  軽い溜息を吐いているオビさんとくず折れた真倉さんの背を踏み躙りつつイイ笑顔で手を振る2人に引きつった笑みを返しながら、あたしとお兄さ んは足早に出発したのでした。 ……怖えよ、この人たち。        ■ 「まだ保健室登校なんですか? まあ、それについては僕がどうこう言える筋合いでもないですけど、勉強はちゃんとしておきなさいよ?」 「……」 「お父さんとお母さんに多少煩い事言われたとしても、それは二人とも貴女のこと心配してるからで」 「……」 「雌菜樅さんは良い人ですね。友達は大切にね。特に貴女みたいなタイプはなかなか友達が作れないんだから出来た友達は大切に」 「……」  二人で宵の口の繁華街を歩く。とは言っても、夏になりかけのこの季節は、まだまだ明るいけど。空はまだ薄明るいのに、街燈がチカチ カ灯っているというこの何となく不思議な風景は、あたしの心に妙なざわめきを覚えさせる。  ひたすらに黙るあたしと、小言めいた事を喋り続けるお兄さん。別に変でもない。二人でいる場合は、いつも大体そんな感じだ。端から 見たらどういう風に見えるのだろうと考えた事もあったが、今やそんな事も気にならなくなってます。人はこうして物事に慣れてオッサン オバサンになっていくのだなあ。 「でもプレゼントかあ。どんなのが良いんだろうなあ。僕、そういうの疎いですから」 「元よりお兄さんには期待してませんよ。西東せんせーと先輩が無理くりに、お兄さんとこに行けって言うから」  口を尖らせてみせる。ついでに聞く。 「お兄さんでしたら、どういうものが欲しいですか?」 「え? 僕?」 「ええ。誕生日のプレゼント。お兄さんでしたらどういうものを貰えば、嬉しいですか?」  あたしの質問にお兄さんはちょっと、ちょっとだけ考えるような素振りをして。 「おめでとう」 「え?」 「「誕生日おめでとう」って言葉。うん、それが一番ですかね」  素面で言えない様な台詞を、あっさり言い切りやがった。なにこの恥ずかしい。思わず顔が赤くなる。 「ふーん。それは良い事を聞きました。お兄さんの誕生日はこれで安く済ませられそうですねぇ」 「え? 祝ってくれるんですか? 「誕生日おめでとう」って」    赤い顔をごまかしたくて皮肉を返したら、屈託無い言葉が返ってきました。 「そうかー、言ってくれるのかー。何だか嬉しくなっちゃいますね。自分が生まれた事を祝ってもらえるって。それも可愛い妹に。  先払いですけど、言って良いですか?」 「ありがとう」  言われちゃいましたよ。先払いで。お礼を。綺麗な目でまっすぐ見て。唇に微笑を浮かべて。思わず見とれる笑顔で。この純粋な笑顔、 こいつ本当に20代も折り返しのおっちゃんかよ。 (あーあ、勝てないなー) 「? 何か言いました?」 「別にー」  素っ気無く言い捨てて、そっぽを向いてみる。本当に、この人には勝てないなー。普段はあれだけウザったい癖に、時々何でこうもスル リとこちらの心にクリーンヒットをかましてくれるのか。 「安上がりな人ですねー、お兄さんは」 「ええ。おかげで、人生楽しいです」  エッヘンと胸を張られましたよ。本当に、この兄は。  まあ、試しに兄貴にプレゼントを渡す時に言ってみましょうか。 「お誕生日、おめでとう」って。  減るもんじゃないし。  ひょっとしたら、今のあたしみたいに何か感じるものをあの兄貴も持ってくれるかもしれないし。  そんな事を考えながら、歩く。二人並んで。  この後何度かこっそり手を握ろうとして失敗したのは、きっと不思議なざわめきが惑わしたせいだろう。うん。  それはきっと不覚。只の不覚。  繋ごうとして出来ない手も、やり込められるのに不快じゃない口喧嘩を仕掛けるのも、赤くなった顔も、今この人と並んで歩いているの も、あの日この人と出会ってしまったのも。  それはきっと深くて。この不覚からは逃れられそうにない、あたしです。 end.