一幕:SIGNAL ZERO           『ローレンス=バークシャーの戦場』(前)  私には私の戦い方ってものがあるわ。  当年とって37歳。バークシャー家の長男であり、ボレリアという国の代表って看板を 背負っている私は今戦っている。トルケ第三公国領内の都市タウラージュで、人間国家の 代表達が集結している――しつつある、ここで。  原因はたった一つ。  “魔王の進撃開始”  頭の痛い問題だわ。何せ魔王よ。しかも進撃してきたロイランスと言えばかの魔族大同 盟である『魔同盟』に組し人類を囲むとびきりの大物。彼の国バースワーズ一国ならとも かく、他の『魔同盟』が参戦ともなればそれは即ち人魔の大戦を意味してしまう。彼自身 強力な戦闘力を有するって聞くし、そりゃ強いオトコは好きだけど、流石に勘弁して欲し いものだわ。  そして、もっと勘弁して欲しいのが陣幕の面子だったりするワケ。 「皇国からの連絡が何故来ないのだ?」 「ブアーッハッハ、動けぬのだろう!所詮皇国もその程度ということォ」 「そういえばロンドニアには要請が行ったのであろうか?」 「現在イェカブルスがバースワーズ先遣隊によって包囲されているらしいが……」 「来ないと言えば西国もだ」 「ううむ……皇国だけならまだしもな……」 「ハアン!遠いのをいい事に日和見を決め込むつもりであるォうよ!」  …………いえホント、勘弁して欲しいわ。  間違いなく人類側最大の兵力を誇る皇国が連絡をよこさないんで大混乱。普段は王国連 合と敵対してる皇国だけど、今回ばかりは居ないと困るってのに。かつては王国連合内で 権勢を誇った西国も参戦を引き伸ばしてるみたいだし、誰が主導権を握るかの駆け引きも 相俟ってもうグチャグチャ。これで本当に戦争できるのかしら? 「フン!弱腰が多いぬぉではないかな!」  皇国、王国連合、非連合国の巴にあって皇国が欠け、天秤は連合に偏りつつある。  それが一番気に入らないのがやたら声を張り上げてる男。連合非加盟国であるヴァルデ ギア帝国の王ヴァルデギア=グラドラクス。ごたごたしてた地域をその手腕で纏め上げた 成り上がりのオッサンだからギラギラしすぎで好みじゃないわ。一代で国を興したのは凄 いけど、自分の個人名をつけて帝国を自称ってのがいかにも。まー、あの辺のいわゆる卑 国地域は、皇帝を僭称するのがいくつも居るけどね。当然ながら皇帝を抱く皇国とは敵対 してるんだけど……去年即位した若干十七歳の新皇帝がどう出るかが楽しみだったのに今 はそれどころじゃないし。  まー、それより何よりとにかく声がデカいのよあの男。  連合の方はホントばらばら。建設的な事言ってるのは『白の雷光』ぐらい。連合でも中 心的なファーライト王国出身で、聖騎士の称号を持つ笑った事あんのかしらってしかめっ 面の爺さん。王家に全てを捧げた忠義の男。いかにもお堅い騎士という感じで―― 「まどろっこしいんだよ」  ガン、と机を叩く音。金髪の下で光る真っ青な瞳が私を含めた列席者を見回す。 「誰が指揮を執るんだ?兵をどう分ける?何処を通っていく?何処でぶつかる?」  今回の東国代表。東国騎士団の長ジュバ=リマインダス。  王国連合内なら間違いなくトップクラスの戦争遂行能力を持つのが東国。荒っぽいお国 柄だから精強なオトコが多くて私も好き。魔同盟最大の破天帝国と小競り合いを続けてる から実力は折り紙つきだけど……。  若いわね。そう思って肩をすくめる私。  その眼光は鋭いわ。東国騎士団というのは地方部族の割拠する東国で確固たる地位を築 いているけど、その長に納まってるんだから当然よね。でも、やっぱり若いわ。アオい。  今25かそこらだったかしら?彼が団長の席についている理由は色々あるんでしょうけ ど、黙った多くは「この青二才の猪武者が」って思ってることでしょうね。  それじゃ動かせないわ。 「……団長」  横に居た壮年の男が押し留める。ジュバ君も渋々って感じで乗り出した身を戻してるの がちょっと可愛い。  ――――とりあえず東国はない。  元々王国連合内でも一番東にあって荒っぽい東国って他の宮廷にあんまり好かれてない もの。そもそも東国は連合入りして日が浅いし。  これはやっぱりファーライトになるかな。  白の雷光と言えば戦上手政上手で通ってるし、本人も国も年喰ってるだけあって反発も 少ないでしょうからね。  問題は…… 「全く……何をぐずぐずしておられるのか!」  白く輝く髪が揺れ、持ち主である若い女が手を振って地図を示す。 「既に第二公国の都市はそのいくつかが陥落し、公子が迎撃に出ているのです。一刻も早 く魔王軍を打ち砕く事が目的でありましょうや」  トルケは変な習慣があって分割前も、現在の分割された三公国も代々女の公爵が治めて いるのよね。第二の女公は現在病に臥せっているらしくて実際に音頭を取っているのは長 男の公子だそう。  今こうして声を上げているのが我々が滞在している方の国を治めているトルケ第三の女 公であるフランセ。第二の公子とは当然遠戚にあたり、ここに居ない第一・第二の代わり にトルケ側を代表してきてる。まだ三十にもならないけど、内政にあってはかなりのやり 手ではあるらしいわ。  赤みがかったその眼が周囲を睨みつける。 「そもそもここに来られた諸侯、諸王の方々、公子の支援要請を受けての参戦でございま しょう!」  そう、名目としては私たちは皆『トルケ第二の公子の要請を受け、魔王の侵攻を防ぐ為 に連合・非連合問わず救援に参戦した』という事になっている。でなければ、他国に軍を 進める事は侵略と同じくなり、周囲の国に対して理屈が通せない。  でも名目は名目。どう考えたってそれじゃ割に合わない。  各首脳部の思考はバースワーズ軍を撃退した後、他の魔同盟の動きがどうなるかという 心配に加えて、どう元をとるかという所にある。どこだって戦費の埋め合わせをしなきゃ ならない。こっちは迎撃側だし、相手が相手だからある程度は飲み込まざるをえないとし ても、ただで動くバカなど居ない。  つまりトルケ三国からどれだけ毟り取るか。  三国の中でも第三はフランセが辣腕を奮ってると聞いているわ。皇国を参考にいち早く 常備軍制を敷いたりもしている。しかし、それも彼女の実力と共に国土の小ささあっての 事よ。領土が小さい場合は権力を集中させるのが容易だし。  だからこそこうなってしまっては、大国や連合の思惑を受ける中心地となってしまって は、呑まれるのを抗うのも簡単ではないでしょう。彼女が噂通りなら、かなり踏ん張るで しょうけど……。  と、女公の首がこちらを向く。 「たとえばローレンス殿、ボレリアは如何なさるおつもりか」  真っ直ぐ射抜いてくる瞳。あー、こういう女嫌い。  ともかく私はすぐさま言葉を選びはじめたわ。 「そうですわね……そう……」  実際のところウチも事情は同じなのよね。トルケよりは大きいけど、トルケと違ってウ チは色んな理由で王国連合に属していない。今こそこうやって机を共にしているけど、正 直言って狙われやすい立場にはある。当然ながら今回の集結でもウチにお鉢が回ってくる 事なんてありえないし、そもそもこうやって出向いた事自体が下手に孤立化することを防 ぐ為なんだから、迂闊な言動は避けなければならない。  無論ウチも隙あらば近隣国であるトルケから得るものを得ようという打算を入れてここ に来ているわけだけど。  うーん。 「……団長、現在集結しているのは六千ほどでありますれば」  と、横から割ってはいる声。左隣に座る部下のエイビス。開いてるんだか判りゃしない 糸目の顔を一瞥し、私は頷く。 「このエイビスの言うように未だ我が軍集結ならぬのが現状。他の方々も同様の筈。今し ばらくの時が必要かと……」 「万全ではないから行かぬと申されるのか。戦争は騎槍試合ではないぞえ」  建前・道理、そう言ったものはしかし引っ張り出されたならば立派な理由。ただの建前 に戻ってもらうためにはそれを退けるだけの言い訳・理屈が必要になる。まさか『我々は ここを食いものにしにきたのだ』とは言えない。だから誰もが女公をひややかに、或いは 不愉快そうに横目で見ている。 「だから――」  東国の坊やが口を開きかけた、その瞬間。それを押しのけ 「しかぁしなあ!」  ヴァルデギア王がその無駄にでかい声を張り上げる。機先を制された東国代表君が舌打 ちする間にも、ヴァルデギア王は言葉を続けた。好戦的な王に、連合の面々が警戒するか のように眉をひそめる。  だけど、ヴァルデギア王の発言は予想に反したものだったわ。 「フランセ殿よ。事はそう簡単ではぬぁいのだよ!なあ!見られよ。現在敵軍はイェカブ ルぅスへと到達している。公子はここの包囲を邪魔しに出撃しておられるが……」 「で、あるから早急に」 「待たれぇいよ!話は終わっておらぬわ。ここの包囲は伝え聞くところによると五千かそ こら。つまりこれは敵軍本隊ではぬぁい!」  脂ぎった顔を厳しく締めて、王がバシと机上の地図を叩く。 「イェカブルぅスの守りは高々しれていようし公子の兵も急場凌ぎに集めた子飼いの分な らばそう数はいまい。故に早急な包囲解除は難しいところ。どぅぁぁぁあが!ここで我々 が不用意に動いてみよ!未だ捕捉せぬ本隊の動きによっては面倒になる。かと言って現状 で公子の軍、我ら救援軍となっておるぅ所へ更に軍を分けるは愚策よぉ!一時的に軍は三 点になり、敵次第では余計に面倒を被る!ローレンス殿も仰る集結の未完了は、動いた場 合に各個撃破の餌食になりかねん要因でも……ではないかな『白の雷光』殿」  言って、ヴァルデギア王は机の向こうへと視線を送る。大声で一発ぶつ王に突然振られ、 視線が集まる中でも鉄面皮のままな老騎士にはこっちも感心させられるわ。 「確かに……。通常、守りに入った城塞都市はそう早く落ちるものではありませぬな。逆 に都市側が抵抗の意思弱く早々に明け渡してしまうとなれば、撤退する公子の軍との合流 も視野に入れる必要が」 「恐らく南東のレぇーゼクンからこう、北西へとイェカブルぅスに進んだのが敵先遣隊… ………となると、本隊は動いていないか、真西に向かっているぅか……」  そこでヴァルデギア王が言葉を切って―― 「はたまた南下して、こちら、トルケ第三へ向かう三ルートが可能性の高いものでありま しょうぬぁ!」  女公の眉がピクリと動くのが見えたわ。 「…………確かに、それは」  当面は待ちに出るという方針は、事を急ぎたくない各代表達としても願ったり叶ったり のもの。空気がヴァルデギア王に流れていく。女公は言葉を詰まらせ、一瞬の静寂が場を 支配する。  ヴァルデギア王。声がデカいだけの男じゃないわねぇ。 「ヴぁ、ヴァルデギア王の言われる通りですよ……それに今はグリタリウスの月。年の明 けたばかりでは」 「ええ、ええ、魔王も良く分からぬ動きをしますな。いかに魔族とはいえ戦に向かん時期 には違いないでしょうに、何もこんな時期に……」  実際、年始よ年始。しかもここは大分と北の方だし、寒くって戦争どころじゃないって のよ。  ともあれ、女公が沈黙したことで再びだらだらとした雰囲気が戻ってきてる。まーしば らくはこのままかしら……。  ……あら? 「ちょっと、エイビス」  顔を近づけ小声で囁くと、エイビスがビクリと肩を震わせる。 「は、はい?」  なんで顔が引きつってんのよ。まーいいわ。 「アイツ誰?」  私が視線と顎で差したのは、ファーライトの爺さんの二つ隣に黙って座ってる男。真っ 白な髪と透明な瞳。薄汚れたマントと動きやすさ重視の鎧に身を包んだソイツはどっから どう見てもお偉方には見えないわ。 「…………ああ、フリトラン伯ですね」  あら?伯爵?フリトラン伯……ていうと確か…… 「はい。元クローゼンシール王国領ですよ。七年ほど前に革命が起きた……あれは結局周 辺諸国が革命政権を叩き潰したでしょう?その後ファーライトに併合されたものの一部が フリトラン伯領です。……土地柄暴動や反乱が多くて、一昨年の春にもごたごたが。結局 その時に兵を丸ごと出して、鎮圧後にそこに封じられたのが……」  そこまで言うと、糸目の若騎士が一段声を低くする。  ・・ 「あの傭兵団の長ですよ」  その言葉を聞いて、私もやっと得心したわ。こんな呼び方をされて示されるのはただ一 人、ただ一つ。三年前ファーライトに現れたっていう超やり手の傭兵隊長。巨大すぎるが 故にあの傭兵団といわれれば誰もが浮かべる。名乗りもしない男が率いる名もなき傭兵団。 呼ばれるとしたら『群れ(レギオン)』ぐらいのものね。  そうか、ファーライトの王宮は鎮圧後そのままそこの爵位と領地を与えたのね。まあ妥 当な手だわ。領地を封じてそこに縛り付ける事で裏切りの危険も減らせるもの。算盤だけ 弾いてたら駄目なものもあるわ。というか算盤が弾けないから現物支給なんだけど。 「これと言って何もない土地ですが、かなり上手くやってるみたいですよ。今回もファー ライト兵の大半があの傭兵隊長の提供だそうですから」  へえ、と息を吐く。 「伯爵ってガラじゃなさそうよね」 「成り上がりですもん。傭兵としちゃ、かの傭兵王に次ぐ成功者じゃないですか?成り上 がりと言っても、ヴァルデギア王なんかと違って飾る程の立場でもないってトコでしょ」  私たちがヒソヒソ話す間も件の男はじーっと黙って座っている。黙ってるのは右隣の褐 色の騎士も同じだけど、男は更に何も見てない。ただずーっと前を見てるって感じね。  これは分からなくなったわね。  というのも今回王国連合の兵はファーライトが圧倒的に多い筈なのよ。エイビスがそう 言ってたし。それってのも西国は居ないし、東国はバースワーズなんか目じゃない魔の帝 国と隣接してるから強いと言ってもそんなに兵を出してられない。  そのファーライト兵の多くを供出した一介の傭兵隊長。  面白い、と思うわけよ。  戦争は政治の延長。剣だの槍だの極めたところで所詮は個人の技。所詮兵卒の芸じゃな い。将には将の芸があるのよ。ま、戦術云々なんて私には興味ないけど。  ウチは主導権を握れるような位置にはない。となれば誰につくか。誰の言葉で動いてや るか。それを見極めてこそ我らの兵を生かし、高める事になる。それが長としての役目。  そもそもからしてこんな所で兵を使いたくないのよ。もしも魔同盟が動くとすれば戦い はこれで終わらない。動かないでバースワーズ一国相手ならそれこそ無駄遣いもいいとこ ろじゃない。  ここから相手側がどう動いてくるのか?  そしてこっちはファーライト?東国?ヴァルデギア?はたまた未だ参戦しない皇国・西 国?誰が主導権を握るのか?  そんな中、透明な氷のように静かにそこに居るその男に私は何か引っかかるものを感じ たのよ。  不意に男が視線を流し、私と真っ直ぐ目があったのはその直後の事。  その澄んだ瞳に、映る私自身がはっきり見えた気さえしたわ。                                 to be continued.