ヴァルデギア王の動きが予想外に大きすぎるわ。  傭兵隊長の陣幕から戻った夜。私はずっと考えていた。問題はヴァルデギアの動き。 「でも、なんだかねー……」  ふと湧き上がるのは、やる前から後の事ばかり考えてる自分。それこそが私の戦いだと しても、そこには一つの馬鹿馬鹿しい事実がある。  ――――『勇者』が勝つ。  誰も敗北なんて考えてない。相手が魔王なら最後は勇者様がどうせ助けてくれる。時間 だけ稼いで、建前だけ立てて、あとは元さえとれればいい。  それでも動いたのよ。あの傭兵隊長は。最も金にしか興味がない筈の人の群れは。 「何で私にあんな事を教えたのよ――」           『ローレンス=バークシャーの戦場』(後)  深夜の寒さが身に染みて意識が眠りに向かいそうになってきた頃、エイビスが私の部屋 に入ってきた。 「ただいま戻りました。赤髪の彼が連れでしたが、同道してるこちらが気配見失いかける 程でしたよ……」  口を開いてまず出た言葉がそれってのについニヤついちゃう。エイビスも結構強情って いうか拘るわねー。 「あの子欲しいわねホント」  ニヤつくのを紛らわす為にそう言うと、エイビスが一歩下がる。 「変な意味じゃないわよ」 「あ、ああ……」  咳払いしてエイビスが表情を変えた。 「それで間違いありません。王と女公の密会を彼と共に確認しました」 「毎晩ってワケ?やーねー……」  下世話な話じゃなくて本当にやな状況だから溜息しか出ないわ。挟まれてるウチとして はヴァルデギアがトルケ第三と結んで立ち回り、今回の騒動で発言力を増して貰っちゃ困 るし。  だからあの情報をウチにリークする事に意味がある、という彼氏の判断は正しい。 「で……結局、あの傭兵隊長はどうしたいのかしら。私にどうさせたいのかしら」 「こちらに切らせたいカードは金……でしょうか」  うーん、ぶっちゃけ算盤は苦手。戦争は政治の延長にして経済の延長とはいえ、私は根 回しや取引はともかく帳簿がどうこうってのは……。 「……まあ、その辺はこっちでやっておきます」  こっちが言う前にエイビスがそう言ってきて、とりあえず私は頷くだけする。というか やたら身を乗り出してきたんで頷くしか出来なかったってのが正確なところね  そーいやこの前騎士団の帳簿見て色々弄ってたら怒られたっけー。 「でもさ、向こうは連合商人の組合(ハンザ)から資金を引っ張ってるんでしょ?ボレリ アはその商売敵なのに」  ウチって、王宮よりも社会の裏にいる大商人達が取り仕切っている面があるのよね。商 業を奨励する国教だから、大商人たちはどれもこれも宗教的な権威を持っていたり親兄弟 子供が神官であるという事も多い。私達も、彼らの権益を守る事が重要な任務で、今回の この場で私に与えられた裁量はほぼその為にあるし、逆に言えばその為にしかない。 「少なくとも商人たちの手先じゃない事は確かですね」  言うエイビスの苦笑には自嘲が覗いていた。自分たちと違って、とまで口にはしなかっ たけど。 「私なんかに単独接触してる時点でどー考えてもファーライト宮廷に忠実とは言えなさそ うだし……」 「かといってヴァルデギアや女公と結んでるとは思えませんね。傭兵隊長は信用できるか 判らないですし、ウチを釣る策としちゃ多くを巻き込みすぎです」 「ま……そうよね」 「北方の顔立ちには見えますが」  あー弱ったわね。対応の軸が定まってこないー!  私が頭を抑えてると、エイビスが首をかしげる。 「ヤツはどうやって金をせびるつもりか、ですか?」  それに私は大きく首を振った。 「覚えておきなさい。権謀術数の芯にあるのはやはり人の心よ」 「……は、い」  ああ、コイツ判ってないわ。 「金が必要。金が欲しい。それは判ってる。問題はあの傭兵隊長の人生の指針よ。たとえ ばヴァルデギア王や女公が傭兵隊長に噛んでないことは簡単に判断できる……二人とも、 己のそういう姿を私や傭兵隊長に晒すような手を打つ人間じゃないから。そんなのあの二 人のプライドが許すはずない……って言えそうだから」  やっと理解したか、エイビスがしっかり頷く。 「東国の団長君は初めて会ったけど、アレは策に対抗はしても自分から張るタイプじゃな いわね。今回も戦って勝つ事を考えて来てるでしょう。そこからは例えばあの子が勇者な んてのを好んでないのがありありと見えたりする。白の雷光はひたすらファーライト王国 の利の為、連合の結束の為にいるでしょう。だから傭兵隊長の動きは白の雷光が関わって る筈がない」  その瞬間に決定権を持つ者の人格以上に重要な情報なんてあるわけがない。根回しをす るには絶対に必要な事。 「金を欲してる事はいいでしょう。問題はそれが目的なのか手段なのか……手段だとした ら更に上の目的は?より大きい富?地位?名声?ただ戦が好きとか?」 「それを知るために会わなければならなかったということですか?」  ……そして尚、判断できてないわけなんだけど。 「最初見た時は見透かされてるような気になったりもしたわ。んで、会っても似たような 感じなのよね。値踏みしに行ったのに、こっちが値踏みされたみたいな」 「そういう意味じゃ団長に似てるって可能性もありません?」  心中で「へえ」と呟いた。中々面白い見方も出来るんじゃないのエイビス。 「ま、立場は似たものがあるかもしんないけど、そうなると…………誰かを出し抜いて、 いい目みて、それでもってヤバい橋は絶対渡りたくない、って思ってるってことになるわ ねー」 「それが団長の芯なんですか?」 「アンタみたいに学あってなんでもこなせるわけでもないし、キャロルみたいに指揮が上 手いわけでもないし、グスタボに勝つには私百人でも足りないし。私がやる事ったらそれ でしょ」  柄にもなく自嘲してるのは眠気のせいかしら。 「でも、今対処してる事とか、団長が上手くやってくださるからこそウチはやってこれて るんでしょう」  顔を上げた私を見ている顔は、さも当然のことを当然のように言ったというようで。エ イビス、あんたって子は……… 「惚れちゃいそう」 「勘弁してください」  …………ともかく。 「ま、あの一言で全部ひっくり返されてさ、してやられたわよ。こっちは完全に取り乱し てさあ……」  探ろうとしてた相手に先手打たれるなんて、注意を払ってたのバレてたのかしら。 「団長が地丸出しで叫んだもんで傭兵隊長以外の二人はびっくりしてましたね」  エイビスの苦笑いに同じ顔で返して、私は一つ息を吐いた。 「もう一度会ってみたほうがいいかもしれない……今はこれ以上考えても無駄ね」  そういうとエイビスは意を得て「では」と退室しようとする。 「あ、じゃあ……」 「さっきのお金の事ですね。事後承諾で動かして問題視されない額……と、ギリギリ動か せるけど怒られる額。試算しときます」  全部先回りしたエイビスが扉を閉めた。  頼りになる部下だこと。    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  夜が明けて朝が過ぎ昼下がり。今日の会議の時間がやってくる。  どうせ今日も踊るだけの会議だし、これが終わったらまずあの傭兵隊長にもう一度会い に行って…… 「うぅぅんむ、皆様方……今日は提案があるのだがぬぁ……」  突然口を開いたのはヴァルデギア王。視線がぱらぱらと集まっていく中で、私は舌打ち しそうになっちゃった。  まさか、もう動くの?  女公フランセへの反論にはじまってヴァルデギア王が発言し場を引っ張っていく事は自 然になってきているから、皆は緊張を見せていない。傭兵隊長の方をちらっと伺ってもい つも通り……あら、今日はあの少女も横に居るのね。 「今日までの会議ではぁ……とぉりあえず全兵力の集結を待つという事であった……」  いやーん。やっぱり動く気だわヴァルデギア王。  でもそれを気にしてるのは私達だけ。ヴァルデギア王が早期解決を求めるフランセに対 立する立場にある、と特に連合諸国が思ってるから心配されてない。最初は気に喰わない 風だった東国のジュバ君もいい加減噛み付く気もなくなってきたみたいだし。  この空気こそ、ヴァルデギア王と女公が作り出したものってことになるんだけど。  こうなっちゃウチは傭兵隊長の対応に何らかの形で乗って手伝うしか出来ない。傭兵隊 長が私にリークしたのはその為の筈。恩をいくらで買わせる気かは知らないけどさ。 「が!未だ敵軍はレぇーゼクンより動いていないという報もあり、更に今はグリタリウス の月という事を考えればやはり補給の問題があるかとぉ思うわけでぇ……事実我が軍も厳 しい部分はありまするぬぁ。やはりいい加減一つ打って出るべきではないかと!」  一応これは想定済み。好戦派かと思われていたヴァルデギア王が、演技してまで女公と の対立をアピールして待ちの姿勢に見せかけた。となれば、再度一転して早期解決に向か う事で、戦後の分割について裏で話をつけるってのを遅らせ気味っぽい諸国の虚をつく。 流れを握って、より自分が望む形に戦争を持っていく。言ってることも実際どうだか。 「それにしても急ぐわねアイツ」  ふと零した言葉にエイビスが囁いてきた。 「……皇国が本国へ手出ししてくるのを恐れているのではないでしょうか」  なるほどねぇ、と頷いていると王国連合側から頼りない反応が飛び始める。 「しかしヴァルデギア王、それでは現状の兵であたろうと仰るのか?」 「うむ!そこで進軍を集中させることを提案しよう!主力軍を叩いてしまえばイェカブル スの包囲も解けるという寸法!」  おいおいおいおいおいおいー、それってスティル公子は援護しないってことじゃないの よ。ほんと上手い事言いやがるわねー。まー、戦後の分割統治を見据えてる各国からした ら公子を守ろうなんてのは居ないだろうけど……。  第二の現女公はもう統治能力がないし、ここでもしもスティル公子に何かあれば、継承 がないとは言え長男として支えてきた力が失われてしまう。フランセを抱き込んだヴァル デギアは戦後の介入を狙ってんのね。上手くいけば傀儡政権、と。 「ううむ、まあ、それは……確かに……」  ぶっちゃけ裏で第三公国を抑えられてる時点でヴァルデギアの勝ちじゃないのコレ。 「……待っていただきたい」  意外な声に、その主を皆が見やる。  今日の今まで彫像のようだった傭兵隊長が片手を挙げている。 「君はぁ……」 「フリトラン伯…………」  ヴァルデギア王と『白の雷光』がかすれた声で彼氏を呼んだ。 「今のヴァルデギア王の提案には全面賛成する事は出来ない」 「ぬぅん……では君は集結を待つのが妥当だとぉ?」 「いや。集結兵の一部を解散させる事を提案する」  傭兵隊長の言葉に皆怪訝そうな表情を浮かべる。真っ先に口を開いたのはジュバ君。 「おいおい、意味がわからん」 「賛成できないのは、兵を集中させイェカブルスの救援をしないことだ。敵軍主力との決 戦を避けつつ、イェカブルス包囲を解き、第一・第二公国兵と合流してから決戦をかける べきだと判断する」 「で、何故一部解散になるんだ?」 「このままの大軍を動かすとなると補給が問題になる。ヴァルデギア王も仰る通りだ。そ もそもこの時期の国外出兵となれば王と諸侯・領主との軍務契約外という事も多い。多大 な出血を強いられているというのが実情では」  確かに王国連合の諸国家ではそうなるわね。 「……どの道大軍維持に無理が出る、ってか。儲けられそうにないからって手ぇ引きたい のか傭兵隊長?」 「無論こちらの兵は下げない。我々の維持は問題ない」  と言って、横の少女から差し出される一枚の……契約書? 「トルケ第二公国との契約書だ」 「なんだ、えーっとなんて読むんだ。徴税……」  乗り出したジュバ君の横で同じく東国幹部らしき男が淡々と読み始める。 「占領地に対する税徴収権。トルケ第二公国内都市の奪還・包囲解除の際はその地域にお いて以下の税を課す権利を、フリトラン伯に与える……。治安確立税。略奪回避税。エト セトラ……何だこの税」  うっわ聞いた事ない。 「名前通り。治安の維持や略奪の回避の為、こちらが責任を持って兵を統制する。その費 用として税を徴収する。不足分は第二トルケ公が支払う」 「な、そんな支払いがトルケ第二に……」  誰かの反論が浮かびかけた瞬間。私の頭に何かがひっかかった瞬間。  バチ。  と一瞬だけ傭兵隊長の視線が私に突き刺さった。 「――ああ、それならウチが保証を頼まれていますわ」  当然ハッタリ!  傭兵隊長が私から引き出したかったのはこれだったのね。国際的に認められた通貨での 保証。信用。これだけは一介の傭兵には用意できない。  ヴァルデギア王、眉をピクっと動したのが見えてるわよー。 「自領をどうしようが自由の筈。しかもトルケ第二は現在この戦の当事国。無論、これは こちらが徴収したのち、全軍に分配される」  傭兵隊長が顔色一つ変えずに続けていく。って元から顔色が無いも同然だけどね彼。  逆にどんどん顔が青くなってるのは女公フランセよ。そりゃまーそうよね。  動揺が滲みはじめた所を、ファーライト貴族らしき一人が聞いてられないって風に席を 立った。 「き、貴様、勝手にそんな事を決めて良いと思っているのか!一介の傭兵上が……」 「ツェーベ卿。控えられよ」  それを『白の雷光』が制した。でも……きゃー、こわっ。台詞と眼光がかみ合ってない わよぉ聖騎士様。ついニヤつきそうになる私。  そして、一瞬気を抜いた耳に入ってきた台詞はとんでもないものだった。 「なぁるほどお。いいのではないかな?実際、集結している兵数で最も多いのは伯の兵で あろうしなぁ!」  ――――は?  思わず椅子をガタつかせてしまった……と思ったら自分じゃなかったわ。フランセ女公 の方だった。ってそりゃそうでしょ。なんせ口火を切ったのが他でもないヴァルデギア王 だったんだから。  エイビスも眼を見開いてる。あ、はじめて見たわ眼が開いてるの。  これは…………ヴァルデギア王、ギリギリのギリギリで女公を切った?  理由は恐らくエイビスの言う皇国の不在。  己を国際政治のテーブルで印象づける為に王自ら大量の兵を連れて参陣したはいいけど、 皇国が来ていないのが怖い。しかも傭兵隊長と私のせいでトルケ第三と結ぶ利が心もとな くなってる。  ……って、そうか……!これこそあの傭兵隊長の本当の目的だったのね!  ヴァルデギア王を引き込みつつ望むように動かす事。  考えてみれば傭兵隊長は新参者故に各国が謀るトルケ分割の密約に食い込みづらい。ト ルケ第二から契約をとったにしても、これを動かすには守旧派を牽制する為にヴァルデギ アが接近してくれたほうがスムーズ。  ヴァルデギアの謀りをリークしてきたから対立的に見てたけど、傭兵隊長の敵はむしろ 連合の守旧派だわ。  それにしたってヴァルデギア王も判断が早い。やっぱり覇者の器ねえ。  っとこっちもまだまだ動くわよー! 「我々ボレリアも賛成ですわ」  言いながら周囲の何人かに目を送る。すると…… 「お、おお……確かに」 「悪い提案ではありませぬぞ、王」  いくつかの国の幹部からパラパラと同調の動き。  おほほほほ!実は今日の朝のうちに根回し始めてたのよー!あっぶなかったーちゅうね ん!……ごほん。  金や弱味をチラつかせたりして話は切り出しておいたのが効いたみたいね。まー、大物 を狙ってる余裕はなくて不安だったけど、こういう流れならむしろ脇から崩しといて正解 だったわ。 「では……では、結局、総司令官はどうなさる」  ここまで黙って成り行きを見ていた女公がやっと口を開いた。声が震えてる。 「この軍の総司令官はどうするべきとお考えか。まさかフリトラン伯、貴殿はその座を得 る為に今のような提案を行ったのではあるまいな?この連合軍を己が私軍化しようという のではありますまいな!?」  沈黙。  この部分は、実際に侵略を受けているトルケ第二の代理である女公にこそ理があるのよ ねえ。契約書は契約書だけど、実際ここに居るのは女公だし。女公としても己の権益を守 る最後の砦よ。総司令官の座があれば、ある程度は戦の流れをコントロール出来るし、大 国の介入の中で小国であるトルケ第三が持てる数少ないカードの一つ。  どうするのかしら?ここは女公と妥協?  そう考えていると横の少女が、後ろから軽く傭兵隊長の手をつつくのが見えた。瞬間、 彼氏が口を開く。 「救援要請を受けて集まった我々の総司令官など決まりきっている」  傭兵隊長が色の無い瞳でフランセ女公を見返す。 「そ、そうよ。公子の代理である私が――――」  いえ、違う。彼が見てるのは女公ではなくその後ろ。女公の言葉を遮って窓の外から声 が響く。 「第二トルケ公爵のご到着ぅーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」  !?  立ち上がった女公が窓を乱暴に押し開く。会議室は一階。窓の向こうには一人の青年。 白っぽい髪と小豆色の眼が女公と同じ。 「スティル公子……ッッ」  叫ぶ女公に対して青年はあくまで落ち着いた声で言う。 「お久しぶりですフランセ小母さん。それと、公子ではありません。母は退位しました」 「僕がトルケ第二公国の元首です」  居並ぶ首脳が絶句した。無論私もだけど。  救援を要請した側の空洞化があるからこそ、フランセや諸国がつけいる隙がいくらでも あった。なのにスティル公子が何故かここに居て、しかも公位を継いでるですって!? 「…………団長。トルケが代々女性領主なのは知ってますよね。正確には『トルケの守護 獣ユニコーンに乗れる者でなければならない』というのが条件なので、事実上女性のみな のです。接触できるのは処女のみですから」  頷きつつこめかみを押さえる。 「乗ってるわね……」 「乗ってますね……」  純白の一角馬にまたがり、若き公爵は悠々と私達を見下ろした。    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「スティル公爵と既に結んでたなんて……貴方の最後の後ろ盾はそれだったわけね」  皆が去った会議室で、一つ息を吐く。  少しずつ説得を進めて最後にダメ押しの公爵登場……勢いは殺がれてるしヴァルデギア 王なんかもう靡いちゃってるから、ありゃ誰も反論出来ないわ。 「まったく、私としたことが上手く使われたかしら?」 「トルケ第三の動きは最初から知っていた。が、対応を決めたのは……お前が俺を見た時 だ。ローレンス=バークシャー」  視線の先には窓辺に立つ傭兵隊長。  ま、利用されたと言っても、察知してなかったヴァルデギアとトルケ第三の接近も防げ たし、これ以上あちこちへ無用に金をばら撒く必要も少なくなった。ウチにとっても理想 的と言える状況ではある。 「ウチの立ち回りとしちゃ確かに良いわよ。そこら辺は感謝してるわ」 「そしてその分は応えるつもりがある。お前は、そういう男だ」  当然と言った風に言う傭兵隊長。まったく話す甲斐のない男だわ。なのになんでか気に ならない。自分を理解してもらってるという意識がそうさせるのかしら。あまりにあっさ りしすぎて、知られているっていう気持ち悪さがないのよねぇ……。  肩を竦めて一枚の紙を差し出す。左上にはボレリア王家の印章を捺した蝋。ウチの商人 たちから金を受け取る為の契約書。  最後の更に次の、金づる。 「お見通し。誰しも自分のルールってものがあるものね。武人の誇りみたいなものよ」 「武人にとって血を流す場所の代わり」 「ええ、そうね――――」  私はつい胸を張って答える。テーブルの端に手を置いて。 「此処こそ私の戦場よ」  頷いたようにも見え、頷かなかったようにも見え、視線を窓の外、地平の先へ映した傭 兵隊長が呟く。 「ボレリアは……第一公国側か。頼むぞ」  スティル公爵登場後に編成等の今後はどんどん決定されていった。公爵が言うには第一 公国も戦闘してるらしく、結局軍を分割してあたる事に。傭兵隊長本人は本隊から外れた けど、それが反感を抑える為で、公爵の案は傭兵隊長の案であることは明らかね。ま、会 議上で傭兵隊長を援護する姿勢を見せたウチも本隊から外されてたりするあたりは、守旧 派の粘りを表してるけど。 「でもあの徴税、トルケ第二がボロボロになるんじゃない?公爵はよく呑んだわね」 「それは、スティルの問題だ。諸国の争奪戦に巻き込まれるよりはマシだと判断したのだ ろう」  ……多くの戦術戦略がある。けれど、策はそれを考え出す軍師、軍略家、政治家、諸々 の人々の信念や目標から完全に引き剥がされた位置に存在する事はできない。目的なくば 策は策足れず、目的とは算盤のみに宿るものじゃない。金儲けすら、最後に行き着くは何 故儲けるのかという誰かの内、好悪や情念。  そして下につく者がそれぞれの肚から生み出したそれをまとめあげ、最後の決定を下す のは上に立つ者一人の肚の底。  だから、強くもないし指揮だって好きじゃない私が騎士団長としてできることは、それ を読んで根を回す事だけ。  ヴァルデギア王は簒奪を。白の雷光は王道を。東国は戦功を。トルケ第三の女公はより 大きな独立を。トルケ第二の公爵は維持を。そして私はそれらの間隙を縫う二流の心底で、 尚彼らを出し抜き生き抜きたいという豚のような貪欲を心に置いた。 「なんで公爵に応じたの?」  そして、しかし、ここにおいてもまだ私には見えなかったわ。  傭兵隊長の肚の底。 「……ねえ、なんで貴方はここから戦に出るの?」  つい聞いてしまった。恐らく初めて眼を見たその時から気になっていたこと。ついに見 えなかったそれ。だから私が渡り切った戦場で、勝ったのはその男。  後に『伝説の傭兵』と呼ばれる事になる男。 「そう望む者が居るからだ」  ……聞いた答えじゃ、結局何もわからなかったけれどね。                         NEXT → ライカ=メギトゥス